『レクチャー保険法〔第 2 版〕』補遺 1 今井 薫・岡田豊基・梅津昭彦著 『レクチャー保険法〔第 2 版〕』補 遺 2 『レクチャー保険法〔第 2 版〕』補遺 『レクチャー保険法〔第 2 版〕』補遺 1 ◆『レクチャー保険法〔第 2 版〕』補遺 新保険法の制定 1 はじめに 商法第 2 編第 10 章の抜本改正となる新保険法は平成 20 年 6 月国会を通過し,平 成 22 年 6 月 6 日までに施行されることとなった。従来の商法に定める保険契約に関 する規定は,629 条から 672 条までの損害保険に関する規定 44 か条,673 条から 683 条までの生命保険に関する規定 11 か条の合計 55 か条であったが,新保険法では,こ れが合計 96 か条とほぼ倍増した。形式的には,従来はなかった保険に関する総則規 定(第 1 章 1 条〜 2 条)が設けられたこと,第 2 章の損害保険の規定の中に損害填補 型の傷害疾病損害保険の規定(第 5 節 34 条 , 35 条)が新設されていること,同様に 生命保険に関する第 3 章(37 条〜 65 条)に引き続いて,第 4 章に定額給付型の傷害 疾病定額保険の規定(66 条〜 94 条)が新たに設けられていることが,その特徴とし てあげられる。そこで,以下では新保険法の主な特徴を個別的に瞥見してみよう。 2 総則規定の新設 現行保険法の特徴は,なによりも保険一般に関する総則規定を欠くところにあっ た。これは,明治 23 年の旧商法の「商の一般通則」中に規定されていた保険に関す る規定が採用していた一元説(損害保険と生命保険の一元的把握)を,現行商法制定 に際して踏襲するのか,それとも二元説(損害保険と生命ないし定額保険を峻別する もの)をとるべきかについて,立法者が主要国の体制が決するまでペンディングにし ようとしたためである。しかし,その後の外国立法を見ると,定義規定に定額保険 と損害保険を併記する立法態度をとるもの(独旧保険契約法§1,伊民法典 1882 条), 具体的な定義規定を置かないもの(フランス保険法典,スイス保険契約法),両者を 漠然と規律するにとどめるもの(独新保険契約法§1)などの立法例がある。 新保険法では,結局第 2 条 1 号に定義規定を置くこととしたが,「当事者の一方が 一定の事由が生じたことを条件として財産上の給付(生命保険及び生涯疾病定額保険 契約にあっては金銭の支払いに限る。以下「保険給付」という)を行なうことを約し」 という形で,ドイツの新法同様の漠然とした定義にとどめ(独新保険契約法§1「保 険者は,保険契約により合意された保険事故の発生時に供すべき給付により,保険契 2 『レクチャー保険法〔第 2 版〕』補遺 約者または第三者の特定の危険を防ぐ義務を負う」),代わりに同条 6 号に損害保険, 第 7 号に傷害疾病保険,第 8 号に生命保険および第 9 号に傷害疾病定額保険の個別の 定義規定を置いた。なおその際,従来は保険規定(商法)の埒外に置かれた共済(無 認可共済を含めると約 700 程度も存在したといわれる)についても,用語の如何を問 わず新保険法の中で例外なく規律されることになった。 3 告知義務 告知義務は,損害保険(4 条),生命保険(37 条),傷害疾病定額保険(66 条)において, それぞれ定められ,損害の(生命保険では「保険事故の」,傷害疾病定額保険では「給 付事由の」)発生可能性に関する重要な事実のうち保険契約者・被保険者はともに保 険者により告知を求められた事項につき告知義務を負うこととなった。従来は,ある 事実が重要か否かは客観的に判断されるべく,被保険者側は当該事実につき自発的に 告知することを要すると解されていたが,新保険法ではこれを保険者から求められた 事項についてのみ告知(受身的告知)すれば足りるとして,保険契約者・被保険者側 の負担軽減が図られている。また,これらの事項は片面的強行規定とされたため,か かる規定の内容を保険者に有利には変更できない(新保険法 7 条,41 条,70 条)も のとされた。以前から,議論の多かった領域であることを考慮すれば,契約者保護の 観点から,このような明確化は望ましいものと評価できよう。 告知義務違反があった場合は,新保険法も現行商法同様に契約を解除できると定め ている(解除権を行使しうる期間については現行商法 644 条 2 項,678 条 2 項と同様) が,保険媒介者(保険者のために契約締結の媒介を行うことができる者)が保険契約 者・被保険者の告知をすることを妨げたり,不告知・不実告知をすることを勧めたり した場合には,保険者は保険契約を解除できないとされる(28 条 2 項 2 号 , 3 号,55 条 2 項 2 号 , 3 号,84 条 2 項 2 号 , 3 号)。 告知義務違反に際して,プロ・ラタ主義の採用が議論されていた。これは,故意の 不告知や不実告知の場合は契約について保険者の全部免責を認めるものの,保険契約 者側に重過失による告知義務違反があったときは,その事実が告知されていればより 高い保険料で保険を引き受けていたであろう場合には,現行保険料と本来支払われる べき保険料の割合で支払保険金額が減額されるというものである。法制審議会でもイ タリア法などが採用していると紹介されているが,イタリアでは軽過失の場合にのみ 適用され(伊民法典 1893 条),重過失においての適用はない。結局,告知義務違反を 助長するとの批判が多く採用されなかったが,故意・重過失のみ解除権行使を保険者 『レクチャー保険法〔第 2 版〕』補遺 3 に認めるわが国の法制では妥当な結論であると思われる。 4 第三者のためにする保険契約 従来「他人のためにする保険」としていたのを,「第三者のためにする保険契約」 として,民法の規定(民 537 条)と平仄を合わせることを明確にし,さらに民法が受 益者に要求する受益の意思表示についても,現行商法における生命保険の「当然…… 契約ノ利益ヲ享受ス」との規定を,生命保険は当然として(保険法 43 条),損害保険 (同 8 条)および新設の傷害疾病定額保険(同 71 条)にも及ぼした。従来のわが国の 通説によれば損害保険の「他人のためにする保険」契約も民法の第三者のためにする 契約であるとされてきたから,これを明確に宣言したものと見ることができる。 ただ,いささか自説に固執すれば,損害保険におけるそれは,生命保険に関する「第 三者のためにする保険契約」の用語とはドイツ語,フランス語,イタリア語のいずれ も異なっており,定額保険の「第三者のためにする保険」とは異なるものと理解され ていることは確かである。わが国のように解すると,保険契約者に帰属すべき権利を 保険契約者の意思で第三受益者(被保険利益はないが保険金債権を有するのだから被 保険者ということになろう)に処分可能であると解する余地を生じないであろうか(イ タリアではこれを肯定する考え方もある)。一方,被保険者の委任なく保険契約者が 他人のために損害保険契約を締結した場合の契約無効を規定する現行商法 648 条前段 は,一律に契約を無効とする必要はないとの考え方から,新保険法からは削除されて いる。しかし,契約そのものを無効とすることは措くとしても,告知義務が被保険者 にも課されていること,否むしろ被保険者こそ重要事実を知るべき立場にいる者とい うことに鑑みると,なんらかの方法で被保険者への通知は必要かと思われる。 5 超過保険 超過保険について,現行商法では被保険利益を規定したとする 630 条との関係から, 631 条を保険契約者保護規定と解して,保険価額を超過する契約は保険契約者が主張 することで無効とし,当該部分に相当する保険料の返還を請求しうるとする説が有力 に主張されてきた。ただし,この場合も,契約締結時に被保険利益がなかった部分に ついては,契約は当然無効だから契約期間中に保険の目的物の保険価額が上昇しても, その部分について保険保護されるわけではないとするのが通説的解釈であった(従来 から本書ではこの立場をとらない)。 新保険法は第 9 条により,かかる議論について明確に保険契約者・被保険者が善意 4 『レクチャー保険法〔第 2 版〕』補遺 で重大な過失がない場合は,保険契約者には保険価額に超過する部分について取消権 が与えられることとなった。理論的に厳格な被保険利益主義はすでに過去のものと なっていることを考えると,新保険法の規定の解釈では,保険契約自体は原則的に有 効で,保険価額に達しなかった部分について事後的に保険契約者の取消しにより無効 となしうることになるわけで,すでに本書が主張していた方向での解決がはかられる ことになったと思われる。ただし,あらかじめ定められた保険金額についての無効部 分に関して,保険事故発生時に至るまでの間,一時的に保険価額が高騰しのちに下落 したような場合には,当該部分について保険者による保険保護がなされているのであ るから,この範囲について保険契約者は契約取消を主張できないことになろう。立法 者によれば,取消権を行使する際に,保険事故発生までにその価額について保険者が 危険を担保していないことの証明責任を保険契約者に課す(「ない」ことの証明は悪 魔の証明であり,きわめて困難であることはすでに知られるとおりである)見解があ るようであるが,それを証明しなければ取消権が行使できないとすると当該権利行使 の実効性が乏しいこと甚だしい。ここはあくまでも保険者が反証をあげることで取消 権の行使を妨げるとすることが望まれるところであろう。 6 残存物代位・請求権代位 残存物代位については現行どおりで問題ないが,過失相殺と請求権代位をめぐり従 来議論があった箇所が大きく変更されることになった。すなわち,一部保険で,同時 に過失相殺により損害額に見合う賠償額が得られない場合の代位額をめぐる議論がそ れである。たとえば,保険価額が 2000 万円,保険金額 1000 万円であるとき,目的 物が全損したにもかかわらず過失相殺により損害賠償が 1000 万円しか認められない ケースを想定しよう。学説は 3 つあり,①絶対説は保険者が保険金を 1000 万円支払っ た以上 1000 万円の代位を認めよというもので,この場合被保険者は加害者に賠償請 求できないことになる。これに対して,②差額説では,保険金 1000 万円を被保険者 が受領しても損害額にはなお 1000 万円足りないので,加害者に対する賠償請求権全 額を被保険者がすべて取得する結果,保険者が代位すべき金額は存在しないことにな る。これに対して,現在の通説である③相対(比例)説では,加害者に対する賠償請 求権は,一部保険と同様に保険価額の保険金額の割合で決定される。すなわち,事例 によれば 50%付保されているため,加害者に対する賠償請求権の 2 分の 1 が代位さ れることになり,被保険者は保険金 1000 万円と加害者に対する 500 万円の賠償請求 権を取得し,保険者は加害者に対する 500 万円につき請求権代位が可能であることに 『レクチャー保険法〔第 2 版〕』補遺 5 なる。判例学説も,ほぼ③の相対説を支持してきた。しかし,新保険法 25 条 1 項 2 号で②差額説をとることを明言した。理論的にはともかく,実務では実際に代位権を 行使することが少なく,結果として加害者を保険者が免責しているとの被保険者側の 従来からの不満を考慮すれば,妥当なものと評価できよう。 なお,残存物代位(24 条)と請求権代位の規定のいずれもが,新保険法 26 条で片 面的強行規定とされることになった。その結果,微妙な問題が残るかもしれないこと を指摘しておく。すなわち,当該代位につき保険者は約款等で被保険者に不利には変 更できないことになる。請求権代位について,保険者は代位権を放棄する,代位範囲 を縮減するということは被保険者にとって有利になるので,かかる方向での約款の変 更は可能である。しかし,残存物代位では,代位権の保険者による行使はかならずし も被保険者にとって不利ではない(たとえば新保険法の適用対象ではないが港則法 26 条)。代位権が放棄されると,残存物を処理するため,被保険者はさまざまな負担 を強いられる場合が少なくないからである(残存物の処理に費用がかかるなど)。立 法者は,この問題を請求権ベースでのみ考えている(権利を放棄することは被保険者 に有利)ものと思われるが,将来議論の余地が残るところではある。 7 重大事由による解除 保険契約成立後,保険契約者,被保険者あるいは保険金受取人などが,故意に保険 事故を招致しようとするなど,保険契約者・被保険者などが,保険者に対して保険契 約を継続しがたい信頼破壊行為を行った場合,ドイツの判例・学説は従来から「特別 解約権」というかたちで,保険者側に契約を離脱しうる権利を認めてきた。ところで, わが国では特別解約権が将来効のみをもつ解約権であったため,つぎのような問題を 生じる余地があった。すなわち,生命保険契約の保険契約者(被保険者)が,もっぱ ら保険金詐取の目的で身代わり殺人を行い,保険金受取人(保険契約者の配偶者)の 助力の下で保険金の取得を図ったが,発覚したために保険者が解約権を行使する前に 契約者自身が自殺した事例(大阪地判昭和 60・8・30)がそれである。このようなケー スでは,保険者が保険金支払を免れるということについては異論がなくても,これを 理論づけることはいささか困難であった。そこで,生命保険業界は傷害・疾病につい て 1987 年,生命保険について 1988 年から「重大事由に基づく解除権」を約款で規定 してきた。新保険法では,これを「重大事由による解除」として,損害保険について は 30 条,生命保険については 57 条,傷害疾病定額保険については 86 条で,それぞ れ事故招致,詐欺およびその他の信頼破壊行為について保険者の解除権を法律上明確 6 『レクチャー保険法〔第 2 版〕』補遺 に規律した。もっとも,ここでも当該権利は原則として将来に向けてのみ効力を生じ る解約権とされている。しかし,31 条,59 条および 88 条において,解除事由が生じ たときから解約権行使までに生じた保険事故については保険者が免責されるものとし て,保険者の実質的免責効果は確保できることになった。 8 保険金受取人の指定・変更権 生命保険および傷害疾病定額保険契約における保険金受取人の指定について,現行 商法が保険契約者による保険金受取人の指定・変更権について例外的でいささか明晰 性を欠いた規定になっていたのを改め,保険契約者は保険事故発生時まで保険金受取 人を変更しうる権利をつねに有することを明確にし,それは保険者に対する意思表示 によってなされ,それが保険者に到達したときに,通知を発したときに遡って効力を 生じるものとした。もちろん,二重支払の危険を回避するべく,到達前になされた保 険者の給付の効力は妨げられない。 ところで,保険金受取人の指定・変更権をめぐる改正の最大のものは,おそらく遺 言による保険金受取人の変更が認められたことであろう(新保険法 44 条 1 項)。ド イツ法にはないようであるが,フランスの保険法典 L. 132-8 条 6 項やイタリア民法典 1920 条では明文で遺言による保険金受取人の指定が従来から定められていた。新保 険法では,遺言が効力を生じたのちに保険契約者の相続人がその旨を保険者に通知す ることでその効力を保険者に対抗しうることになる(新保険法 44 条 2 項)。なお,わ が国では,保険金受取人の権利はフランス法と同様にただちに生じるが(ドイツ法で は保険契約者に指定変更権がある場合は,被保険者の死亡時に発生する。独新保険契 約法§159Ⅱ),フランス法では民法の原則を踏襲して保険金受取人が受益の意思を表 示すると保険契約者といえども保険金受取人の指定を変更できない。しかし,わが国 では従来どおり変更が可能だとされる。また,保険金受取人の権利は受取人に固有の 権利であり,受取人が被保険者の相続人である場合,相続権を放棄しても保険金受取 人の権利は影響をうけない,とされてきた。一般に固有権性といわれるものだが,こ れが貫かれれば共同相続人の一部の者のみが保険金受取人に指定された場合も,保険 金が民法に定める持戻し(民 903 条)の対象となることも,遺留分減殺請求(民 1028 条) の対象となることもないはずである。フランス保険法典 L. 132-13 条 1 項は,明文で そのことを宣言している。しかし,わが国では従来から相続人間の実質的平等を考慮 して持戻しを認める下級審判決も多かった。一方では,遺留分減殺請求権を固有権性 にもとづいて認めないとする最高裁判例(最判平成 14・11・5)もあって,かかる点 『レクチャー保険法〔第 2 版〕』補遺 7 に関する明文の規定が欲しいところであったが,残念ながら一切言及はなかった。 保険金受取人が保険事故発生前に死亡した場合,保険契約者に再指定権があるのは 当然としても,保険金受取人の権利を承継するのは,被保険者死亡時の保険金受取人 の相続人か,あるいは保険金受取人の順次の相続人かはかならずしも従来の規定では 明確ではなかった。ドイツ法のように受取人の権利が被保険者の死亡によらねば発生 しないというのであれば,理論的に順次の相続人ということはありえないであろう が,フランス法のようにただちに保険金受取人の権利が発生すると解しながら,わが 国では保険金受取人は受益の意思表示ができず,したがって権利が保険契約者によっ て容易に奪われてしまうという性質から,その地位の承継はなかなかに微妙な問題を 孕んでいた。しかしながら,新保険法 46 条では,明確に順次の相続人が保険金受取 人の地位を承継することが明らかとなった。しかし,保険金受取人の先死亡は被保険 者自身もまた相続人となる場合も少なくなく,さらに保険金受取人であった配偶者の 再婚相手が保険金受取人となってしまうような極端な場合はともかくとしても,保険 金受取人の権利を承継した被保険者の死亡によりその相続人もまた受取人となりうる のか,保険金受取人の受けるべき保険金の給付割合はどうなるのか,というようなあ まりに複雑な問題が現行商法において生じてきているが,これについては新保険法で も一切言及がない。私見では,相続と無関係であるはずの保険金の支払いを,相続に 過度にリンクさせてしまっていることがこのような問題を生じさせる原因となってい るように思われるが,かかる点をめぐる複雑な議論は,新保険法制定によってもなお 残ることになる(受取人を相続人としない限り,独新保険契約法§160Ⅰでは各受取 人の持分は均一)。 9 契約当事者以外の者による解除の効力など 保険契約では,その性質上約款において保険契約者につねに契約解除権が与えられ てきている。新保険法では,この趣旨が立法として明定されることになった。すなわ ち,損害保険については 27 条で,生命保険については 54 条で,そして傷害疾病定額 保険でも 83 条で同一の規定を置いて,いつでも契約を解除できるとされたのである。 さらに,新保険法では,これとは別に契約当事者以外の者による契約の解除権の存在 が明確に定められることになった。すなわち,生命保険に関する 60 条,傷害疾病定 額保険に関する 89 条がそれで,ここでは,保険契約者の差押債権者,破産管財人が それぞれ契約を解除できると明文で定めている。 従来,「他人のためにする保険」と呼ばれてきた「第三者のためにする保険契約」 8 『レクチャー保険法〔第 2 版〕』補遺 において,第三者たる保険金受取人の権利は固有権で,とくに生命保険などでは,保 険契約者(被保険者)の相続財産に対して権利を有する保険契約者の債権者も,保険 金債権を差押えできないことはすでに触れた。したがって,保険金受取人は保険契約 者の財産に対する相続権を放棄した場合でも保険金を受領する権利は失わないとされ てきたのである。厳格なフランス保険法典の場合では,民法の「第三者のためにする 契約」の原則を維持し,保険金受取人が受益の意思を表示した場合には保険契約者 すら保険金受取人の指定を変更することもできなかったのであるが(仏保険法典 L. 132-9 Ⅰ),もとよりわが国の保険法の場合はそこまで厳格ではなく,保険契約者は保 険金受取人を自由に指定し,変更することができる(新保険法 43 条 1 項,72 条 1 項)。 しかし,保険金債権については保険金受取人に固有の権利だと理解されてきたのはフ ランスなどと同様である。だが,この時点で 2 つの問題が派生することに留意しなけ ればならない。すなわち,保険契約者による保険契約解除権と,同じく保険契約者に よる保険金受取人の指定・変更権である。新保険法では,前述のように契約解除権が 明定されるようになったが(新保険法 27 条,54 条,83 条),これら保険契約者に認 められる権利を,保険契約者の債権者が差押え,あるいは保険契約者に代わって解除 できるかが問題となるところである。 保険契約者による契約解除権が一身専属権とされれば,もちろんこれを差し押さえ たり,保険契約者に代位してこの権利を行使することはできないことになるが,アメ リカ法などではこの立場をとり,フランスでも,保険料が著しく過当でない限りこの 権利を債権者が行使することはできない(仏保険法典 L. 132-14, L. 132-13 Ⅱ)とされ てきた。これに対して,わが国学説では議論が分かれていたが,近時の判例(最判平 成 11・9・9)で保険契約者の解約権の差押えとその権利行使を容認し,また新保険 法では明文の規定で差押と,それにもとづく契約の解除を認めた(新保険法 60 条 1 項, 89 条 1 項)。なお,指定変更権については明文の規定がないことを考えると,おそら くこの権利は一身専属権として,保険契約者の債権者はこれを代位行使することはで きないと考えているものと思われる。 ただし,保険契約は一般の預貯金とは性格を異にし,いったん契約が解除されてし まうと従来と同じ条件では契約を締結することはできないし,そもそも新たに契約を 締結することさえもできない場合がありうる。また,解約返戻金額に比べて保険契約 者に対する債権者の債権額が著しく小さい場合など,解除権の行使が権利濫用となる 場合も従来から想定されていた(この場合は,契約者貸付の制度を利用すべきで解除 権の行使は権利濫用となろう)。このように,債権者の解除権差押えをいかなる場合 『レクチャー保険法〔第 2 版〕』補遺 9 においても容認してしまうことは,生活保障機能を担うべき生命保険制度の根幹を揺 るがすことになりかねない。そこで,新保険法では,差押えそのものはこれを容認す るとともに,保険金受取人が債権額を保険契約者に代わって支払う介入権を定め,こ れにより契約の解除を免れ得ることとした(新保険法 60 条 2 項,89 条 2 項)。 最後に,他人の生命の保険や他人の傷害疾病定額保険については,契約の効力要件 として被保険者の同意を要することは従来どおりであるが(新保険法 38 条,67 条), 新法では被保険者による保険契約者に対する解除請求がなしうることを新たに定めて いる。これについて,新保険法で積極的な同意の撤回権を被保険者に与えることが期 待されたが見送られた。しかも,保険契約者に対する解除請求が認められる範囲も制 限的である。保険契約者には自由な契約解除権があるにもかかわらず,被保険者がか かる請求権を行使できるのは,重大事由解除に相当するような重大な信頼破壊的行為 があった場合に限られる。この規定自体実効に疑問が残る規定であるにもかかわらず, いささか消極的に過ぎるのではないかという問題は残る。 保険者の免責事由についても問題点を指摘しておきたい。すなわち,新保険法は, ①被保険者の自殺を一般に免責とし(新保険法 51 条 1 号,80 条 1 号),また②保険 金受取人の被保険者の故殺についても免責とした点は従来のわが国の商法のスタンス を維持した(新保険法 51 条 2 号,80 条 2 号)。①については,諸外国の場合自殺に ついて 2 年目(たとえば仏保険法典 L. 132-7 Ⅱ)ないし 3 年目(たとえば独新保険契 約法§161)からの保険保護を明定しているが,これが法定されず,免責期間そのも のがなお約款に委ねられた点はいかがなものであろうか。また,②のケースは,保険 事故を招致した保険金受取人が保険金を受け取れないだけで,保険者を免責するもの ではないというのが外国法のとるところで,当該保険金受取人が受け取るべき保険金 額の支払いそのものを保険者が免れてしまうという現行規定の疑問点は新法において も残された。被保険者自身の事故招致である自殺の場合でも,一定期間経過後は保険 金を支払うのに,他者による故殺がたまたま保険金受取人であったというだけで保険 者を免責するというのはいかがなものであろうか(保険金受取人が 1 人で,この者が 被保険者を殺害すると保険者は全部免責となる)。なお,現行商法では,犯罪や死刑 の執行についても免責としているが(商 680 条 1 項 1 号),新保険法にはこの規定が ないので,これらについては保険金を支払うということのようである。 【今井 薫 : 京都産業大学大学院法務研究科教授】 (2008 年 8 月 11 日) 10 『レクチャー保険法〔第 2 版〕』補遺
© Copyright 2026 Paperzz