表紙 - 文教大学

ごあいさつ
私共文教大学大学院教育学研究科第2期修了生一同は,2010年3月16日をも
ちまして,2年間にわたる修士課程を修了いたしました。つきましては,研究成果
を公開する場といたしまして,「はじめての教育学研究展」と題し,修士論文研究
報告展を開く運びとなりました。
この展覧会では,私共がそれぞれ,情熱をかけて追及してきた「研究」の成果を
皆様と共有したいと考えています。また,本展覧会を「教育学研究」に対する難解
なイメージを新たにするものにしたいと考えています。「研究はなんだか難しくて
分からない」それは本当でしょうか?最初のきっかけは「どうして?」「なぜ?」とい
う素朴な疑問です。そして,それに答えるのが「研究」です。
本展覧会では,十人十色の修了生がポスター発表や研究発表会,ワークショッ
プなどによって,わかりやすく,たのしく,研究の成果をご披露いたします。ご参加
くださった皆様が,何かを研究してみたくなる,そんな展覧会になれば幸いです。
私共の研究は,修士論文で終わりではありません。研究者として,初めの一歩
である本展覧会を,どうぞあたたかくお見守りください。
2010年3月
文教大学大学院教育学研究科
第2期修了生一同
赤堀 友美
あかほり ともみ Tomomi Akahori
1985年 静岡生まれ
2008年 文教大学教育学部理科専修卒業
2008年 文教大学大学院学校教育専攻修士課程入学
専門領域:理科教育・言語活動・化学
静岡県の御前崎市という海にも山にも囲まれた自然いっぱいの中で高校時
代までを過ごす。その後,大学進学を機に理科教育について勉強しはじめた。
ボランティア補助教員や教育実習などを通し,子どもたちの理科に対する興
味・関心の高さを再確認した。子どもたちの自然に対する意識や科学の関心
を高めるため,大学院では「小学校理科教育における言語活動の充実―客
観的観察力を高め,表現力を育成する指導方法,教材の開発―」というテー
マで研究を行った。今求められる言語活動を理科においても行うことで,科学
的なものの見方や考え方につながるのではと考える。
小学校理科教育における言語活動の充実
―客観的観察力を高め,表現力を育成する指導方法,教材の開発―
1.研究目的とその背景
平成20年に改訂された学習指導要領は,国際学力調査であるPISA
調査等を受けたもので,その重要項目の一つとして「言語活動の充
実」が挙げられている。この「言語活動の充実」では,国語科で培った
知識や技能を基に,各教科において横断的に言語活動を充実するこ
とが特に重点になっている。
先行研究によると,理科においても書く指導は重要視されているが,
文法指導,科学的用語の使用に関わる研究が多い。これは,国語的
な文法に関する指導であり,理科で育成すべき科学的なものの見方
や考え方の育成に関する指導との関連の検討が不足している。
先行研究や授業実践では,求める結果だけでなく,起こったことをあり
のままを受け入れて表現することの大切さを指摘しているものがある。
この場合は,異なることが「間違っている」のではなく,全ての結果を
「事実」として受け入れ考察していくという,小学校段階での理科で育
成する態度と,言語表現のつながりを指摘しているが,具体的な指導
方法にはふれているものはない。「教科横断的な言語活動の充実」で
は,文法的な表現指導と,科学的な学習態度の育成をつなげる指導
が求められている。
本研究では,国語科で培う文法に関する表現力と,五感を使って事
実をありのままに観察し,全てを受け止めて規則性や系統性を見いだ
すという,小学校理科で育成すべき態度とを結びつけることにより,表
現能力の向上が観察能力の向上を導き出す相乗的学習効果を目指
した。今回は,5年生と6年生の授業を対象として指導方法の研究を
試み,教師の対応方法を体系化することを目的とする。
2.研究の方法と成果
本研究では,提案する指導方法の要素を以下のようにし,研究を進
めた。
[方法1]観察を記録・表現する方法に関する指導と教材の開発
基本的な言語表現力の育成や,理科の授業で今後使う表現方法,
五感を使った観察方法等を意識的に学習させるために,実験・観察
を表現・記録するためのワークシートを作成し,学年の最初の理科授
業の時間に行うことを提案した。
学年の第1回目の授業において,表現方法と観察方法のポイントの
両方を組み合わせて指導する方式は,新しい提案である。ワークシー
トについては,先行研究を基に言語活動を意識したワークシートに改
善した。
[方法2]安全マニュアルと観察指導の提案
本研究では児童が五感を十分に使って実験・観察を行うことを特に
指導する。五感を十分に使う場合には,児童は普段以上に危険と隣
り合う事が予想されることから,安全指導を徹底しなければならない。
このためには児童自身が安全への判断基準を修得し,行動する力
の育成が必要であり,この力を育成する安全マニュアルを提案する。
マニュアルの中では,実際に危険な実験を組み込み,児童に体験
させるという方法を工夫した。また,半分は児童がノートに貼り付け活
用し,繰り返し授業で活かせるものにした。もう半分は教師自身が使
用できるものとした。
[方法3]実験の「目的以外の結果」の対応方法と発展へのつながり
一般に授業では,学習目的とする結果に注目し,児童が見いだし
た目的以外の結果は活用されていない。しかし,本研究では実験・
観察で見られる全ての結果を正確に記録させる事を目的としている
ことから,児童が学習目的以外の結果に気付くことが多くなる。ここで
は,それを評価し発展的な学習姿勢につなげていくため,5,6年の
観察・実験から目的以外の結果を抽出し,その対応方法を検討した。
その対応方法及び,目的以外の観察結果と中学・高校での学習内
容の関連をまとめたマニュアルを提案した。
「目的以外の結果」への対応方法については,授業内容にそって
検討されたマニュアルはなく,理科を苦手と感じる小学校教員が指
導に苦労する場合が多い。今回提案したものは,実際の児童の気付
いたこと・振り返り等を基にしており,学校現場で活用できる。
[方法4] 授業実践
本研究で開発したワークシートを使用し,小学校5,6年生の授業
実践を行った。
今回,ワークシート・ノートの2つの方法を使って授業をし,教師の助
言や根気強い声かけなどで,児童の表現の仕方が変わっていったこ
とを感じた。ワークシートだけでなく,普段からの指導の積み重ねの
大切さを実感した。
3.考察
今回,提案した方法については,今後,自分自身が学校現場に出
てどう実践し,効果を確かめることによりさらに研究を進めたい。積み
重ねてこそ,客観的観察力は高まり,言語表現力は育成される。今
後は,今回提案した指導を自分自身の教育活動を通して,継続して
実践することによりさらに研究を深めたい。
阿部 有子
あべ ゆうこ
1981年
2004年
2004年
2008年
Yuko Abe
埼玉県越谷市生まれ
文教大学人間科学部人間科学科心理学コース卒業
有限会社ココ・ファーム・ワイナリー
文教大学大学院教育学研究科学校教育専攻修士課程入学
専門領域:体験活動・環境教育・教育心理学
学部在籍時は「人間の行動を科学的に分析する」という立場から心理学的
研究にとりくんだ。卒業後,知的障害者によって原料栽培と醸造がなされる
ワインの販売会社に勤務。そこでの経験から,自然に直接的に関わる労働
や,農業が人にもたらす多面的な機能に関心を持つ。大学院修士課程に
おいては,教育学的視点から農作業体験の効果に関して分析を試みた。ま
た,農具の研究にも精力的にとりくみ,昭和初期以降の農具を収集している。
さらに,近年では田植え唄などの労働唄や祝い唄に関する研究に尽力し,
越谷市を中心とした伝統芸能の保存と普及活動につとめている。
短期的に実施される農作業の体験が中学生の気分状態に及ぼす効果
1 問題と目的
園芸や農作業などを体験することが,人々の気分状態を改善させる
ために有効であることが報告されている(たとえば,嵐田ら,2007)。
小・中学生の気分状態に関しては,近年,抑うつ感や疲労感を訴えて
いる児童・生徒が認められることが報告されてきた。特に,中学生の時
期においては身体的変化が起こり,その変化が抑うつ感に影響を及
ぼしていることが報告されている(斎藤ら,2005)。そこで,本論文にお
いては,中学生を対象として,農作業の体験による気分状態を改善さ
せる効果に関して検討することを目的とする。
また,これまで学校教育において農作業の体験が児童や生徒に対
して教育的な効果があるとみなされて実践されてきた(たとえば,丸山
ら,2004)。現在では,食育の一環としての意義や,自然や環境への
関心を高める意義などが重視されている。しかし,これまで農作業の
体験を継続的に実施することが重視されてきた結果,1回の体験で認
められる効果に関して研究がなされてこなかった(たとえば,西村ら,
2005)。実際の中学校における実施頻度に即して,年に1回ないし2回
程度の農作業体験に関して,そこで認められる効果を研究する必要
があると考えられる。そこで,本論文においては,中学校教育におけ
る農作業体験の実際の実施頻度と内容に即して,栽培管理を伴わな
い農作業の体験を事例として気分状態を改善させる効果の検討をお
こなう。
2 主な内容と結果
稲作の体験を事例として,中学生を対象として農作業の体験前後に
おける気分状態の比較をおこなった。気分状態の測定には,独自の
質問紙を使用した。質問項目の設定は,気分状態を測定する質問紙
として標準化されている気分プロフィールテスト(Profile of Mood
States, 以下ではPOMSと略す)を参考とした。POMSは,その回答結
果から,6領域の気分尺度と総合的な気分状態の指標であるTMD得
点を測定することができる。6領域の気分尺度は,「緊張や不安」,「抑
うつ」,「怒りや敵意」,「活気」,「疲労」,「混乱」で構成され,それらか
らTMD得点が算出される。調査1では,田植えの体験における気分
状態の変化について検討をおこなった。調査2では,収穫の体験に
おける気分状態の変化について検討を行った。
調査1では,田植えの体験の直前と直後の中学生の気分状態を測
定し,比較した。その結果,田植えの後において, 「緊張や不安」,
「抑うつ」,「怒りや敵意」,「活気」,「疲労」,「混乱」などの気分状態が
改善されたことが示唆された。また,生徒による自由記述を分析した
結果,身体的感覚に関わる印象が多く認められること,大変さと楽しさ
が随伴して現れたことなどが明らかになった。
調査2では,収穫の体験の直前と直後の中学生の気分状態を測定
し,比較した。その結果,収穫を体験した後において, 「緊張や不安」,
「抑うつ」,「怒りや敵意」,「活気」,「疲労」,「混乱」などの気分状態が
改善されたことが示唆された。また,生徒による自由記述を分析した
結果,身体的感覚に関わる印象が多く認められたこと,大変さと楽しさ
が随伴して現れたことなどが明らかになった。
3 結論
本論文では,農作業体験の有効性に関して,次の2つの点を明らか
にした。第1は,これまで,中学生を対象とした農作業の体験に関して
はほとんど検討されていなかった,気分状態を改善させるという観点
から効果を検討して,その有効性を示した。第2に,農作業の体験を
実施する場合に,一連の体験を継続的に実施することが重視されて
きたことに関して,目的によっては,継続的な体験をさせることや生産
過程を多く体験させることが必ずしも重要ではないことを示した。すな
わち,教育課程において実施可能な農作業の体験が年1回程度で
あっても,気分状態をさせる方法のひとつとして,生徒に有効に作用
する可能性を示した。
Figure 田植えの様子
農作業の体験による中学生の気分状態の変化
学校教育における農作業の体験の課題
播種と収穫のみならず栽培管理を含めて体験することによっ
て教育的効果が高まる。
(たとえば,朝岡ら,2006;根岸,2002 )
農作業の一部だけを体験させることは,植物の栽培は比較的容易
であるという印象を与えてしまう。
(西村ら,2005)
学校教育における農作業体験の現状
先行研究では,学校教育において農作業を体験を
実施する場合,農作物を「育てる」という観点から,
継続的に栽培管理を行うことが重要だとされてきた。
実際には十分な時間を配当することが困難である
ことなどに起因して,年に1回ないし2回の頻度で,
農作業の一部を体験することが多い。
(社団法人全国農村青尐年教育振興会,2009)
継続的な栽培管理を伴う体験の実施を推進するだけではなく,現状で行われている
単発的な農作業の体験に関して,有効性を検討する必要がある
気分状態を改善させる機能
1回の農作業体験においても期
待できる効果を検討する
関節リウマチ患者および健常者を対象として,野菜栽培を
実施した結果,どちらの対象においても,気分状態の改善が
認められた(斎藤・岩崎,2007)。
中学生の気分状態の変化の検討
田植え体験
収穫体験
生徒の自由記述
生徒の自由記述
・泥の感触が面白い
・大変だけど楽しかった
・稲を刈るザクッという感じ
が気持よかった。
・稲刈りがこんなに楽しくて
大変なことにおどろいた
Table 1
田植え体験の前後における気分状態の変化(N=128)
体験前
Table2
収穫体験の前後における気分状態の変化(N =121)
体験後
体験前
5.59
8.17
4.9
6.88
6.53
4.45 2.99
2.9
2.11
1.94
不安
1.23
抑うつ
怒り
2.18
1.81
1.5
2.04
1.36
疲労
混乱
体験後の気分状態が改善された
活気
7.24
5.21
5.02
2.04
体験後
不安
抑うつ
5.07
2.8
3.7
1.87
怒り
疲労
混乱
体験後の気分状態が改善された
活気
石田
亘
いしだ わたる Wataru
Ishida
1983年 東京 虎ノ門生まれ
2008年 獨協大学法学部法律学科卒業(法学学士)
2010年 文教大学大学院学校教育専攻修士課程修了(教育学修士)
2010年 日本キャリア教育学会 学会員
2010年 日本教育社会学会 学会員
専門領域:キャリア教育(進路指導)・教育社会学・比較教育学
学部時代には,国際政治学を専攻し,平和学の泰斗である星野昭吉教
授のもとで,ネパールの教育について研究をする。学部時代にネパール
の教育を研究したことから,大学院では,マレーシア教育の第一人者であ
る手嶋將博准教授のもとで,キャリア教育(進路指導)を研究する。キャリ
ア教育を私的に解釈すると,「子どもたちの持っている世界を広げる教
育」である。もとより浅学非才の身ではあるが,キャリア教育の理念のもと,
子どもたちの「社会的・職業的自立」を支援していきたいと考えている。
キャリア教育理念のある地域創出に向けての試み
―事業所向けガイドラインの作成を通して―
1.はじめに
現在,多くの中学校においてキャリア教育が実践されている。
キャリア教育のねらいを端的に言うと,職業観・勤労観を培う
ことであり,学校現場においては,キャリア教育の具体的方策
の一つとして職場体験学習をおこなっている。ただ,職場体験
学習をおこなう場合,学校単独でおこなうことは困難である。
なぜなら,職場体験学習をおこなうには生徒を受け入れる事業
所が必要であり,そこには学校と事業所との間の信頼関係と学
校からの依頼に対して事業所が協力できる体制と力がなければ
ならない(臼木 2009)。つまり,キャリア教育としての体験
学習を実践していくには,学校はキャリア教育の理念を地域に
啓発し,キャリア教育に理解のある地域を創出していく必要が
あると考えられる。そのような地域を創出するための具体的な
方策の一つとして,職場体験学習においては,事業所向けガイ
ドライン(手引き)の作成,配布があげられる。
2.キャリア教育理念のある地域とは
2009年7月,中央教育審議会のキャリア教育・職業教育特別
部会より,「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在
り方について(審議経過報告)」が出された。そこでは,中間
報告の段階ではあるものの,キャリア教育が「児童生徒一人一
人の勤労観・職業観を育てる教育」(文部科学省 2004:7)
から,「社会的・職業的自立に向け,必要な知識,技能,態度
をはぐくむ教育」(文部科学省 2009:9)へと位置付けが変
換していくことが記されている。キャリア教育を,「社会的・
職業的自立に向け必要な能力を育成する教育」と位置付けるの
であれば,キャリア教育理念のある地域とは,「子どもの社会
的・職業的自立に対しての理解を有し,支援する地域」だと考
えることができる。つまりは,子どもの社会化を促進する地域
を創出していくことが必要なのである。
子どもの社会化とは,家庭から近隣へ,近隣から地域社会へ
と,さまざまな人々との直接的接触を通じて地域コミュニ
ティーの成員としての思考・行動様式を漸進的に形成していく
過程である(住田 2001)。すなわち,子どもが家庭から学校
へ,学校から地域へと活動範囲を広げ,社会的相互作用を通し
て社会的役割を取得し,社会に適応していくことだと考えるこ
とができる。
3.事業所向けガイドラインの作成
事業所向けガイドラインの意義は,地域の職場体験を受け入
れる事業所が,学校がおこなっている職場体験学習について共
通認識をもつことにある。つまり,事業所向けガイドラインを
作成することで,地域の事業所へ,学校が行っている職場体験
学習,及びキャリア教育についての啓発をし,学校が地域と
より円滑な連携を図れることを目指しているのである。
主な事業所向けガイドラインとしては,東京都の職場体験学
習の実施主体である,東京都青尐年・治安対策本部が作成した
ガイドライン等があげられる。ただ,各学校の職場体験学習の
取り組みについて地域に理解してもらい,支援してもらうには
各学校独自の事業所向けガイドラインを作成する必要があると
考える。
4.中学校の事業所向けガイドラインの特徴
本ガイドラインの特徴として,①子ども扱いをしない,②平
易な言葉づかい,③ページ数をおさえる,の以上3点の特徴をも
たせた。
はじめに,①の子ども扱いをしないについてであるが,事業
所の方に生徒を子ども扱いするのではなく,大人扱いをしても
らうことを求めた。
つぎに,②の平易な言葉遣いについてであるが,事業所の方
に職場体験学習を理解してもらうために,できる限り教育界固
有の用語を用いるときは配慮をするようにし,平易な言葉遣い
をする様に心掛けた。そのようにすることで,一般の人が読ん
でも伝わるようにした。
さいごに,③のページ数をおさえるについてであるが,本ガ
イドラインの本文は,2ページ以内に抑えることとした。そのよ
うにすることで,忙しいであろう事業所の方にも,手軽に読ん
でもらえるように配慮をした。
5.おわりに
2009年9月,職場体験の受け入れ先である事業所と教員の事
前打ち合わせ時に事業者向けガイドラインを配布した。ガイド
ラインの効果については,質問紙等で特に調査はしなかった。
しかし,事業所の方にガイドラインの趣旨を説明し,配布した
時,「このようなものをもらったのは初めてだよ。」といった
反応を得た。このような反応からも,キャリア教育理念のある
地域創出のためには,ガイドラインの配布は効果があるものと
推察される。
さいごに,今日の日本においては,子どもを社会化させるた
めの教育責任が学校にだけ負わされているように感じる。そも
そも,子どもの教育に対する責任は学校だけが負うべきものな
のだろうか。筆者は,子どもの教育に対する責任は学校だけで
はなく,家庭が負い,地域が負うものだと考える。学校,家庭,
地域の三者が共に責任を負うことで,キャリア教育の目標であ
る「子どもの社会的・職業的自立」は促進されるのではないだ
ろうか。そのような地域を創出するためには,今回おこなった
事業所向けガイドラインの作成,配布のような,たとえ小さな
働きかけであっても,絶えず学校から地域へと働きかけていく
ことが肝要であろう。
キャリア教育理念のある地域創出に向けての試み
―事業所向けガイドラインの作成を通して―
文教大学大学院教育学研究科
石田 亘
キャリア教育とは
社会的・職業的自立に向け,必要な知識,技能,態度をはぐくむ教育
文部科学省2009,中央教育審議会「今後の学校におけるキャリア
教育・職業教育の在り方について(審議経過報告)」
問題と目的
・ 国立教育政策研究所の調査によると,職場体験学習
・ 臼木(2009)は,職場体験学習をおこなう場合,学
校と事業所との間の信頼関係と,学校からの依頼に
対して事業所が協力できる体制と力がなければなら
ないと指摘している
を実施している中学校(7,336校)に職場体験学習におけ
る課題についてアンケートをしたところ,最も多く指摘され
たのは,「受け入れ先の開拓や連絡(73.7%)」であった
☆ 事業所の方に,中学校がおこなっている職場体験学習について知ってもらうための手引き書を作成し,配布
することで,事業所と学校の間で共通認識が図られ,職場体験学習がより教育効果の高い実践になるものと
推察される
事業所向け職場体
験学習ガイドライン
◇成果
教員と,事業所の事前打ち合
わせ時に配布をした。その時,
「この様なものをもらったのは,
初めてだよ」といった反応を得た
①子ども扱いをしない→ 社会人としてふさわしくない行
動には注意してほしい旨を記し
た
②平易な言葉遣い→ 教育界固有の語については,詳
述し,一般の方が読んでもイメ―
ジしやすいようにした
③ページ数を抑える→ 本文を,2ページ以内に収める
ようにした
図.事業所向け職場体験学習
ガイドラインの表紙
☆ 今回,実施した事業所向け職
場体験学習ガイドラインの作成・
配布は地域への小さな働きかけ
である。しかし,地域に啓発してい
くことで,キャリア教育への理解が
浸透し,キャリア教育に対する理
解のある地域が創出されるものと
考える
キャリア教育理念ある地域の創出に向けて
今回,作成し,配布した,事業所向け職場体験学習ガイドラ
インは,学校から地域への小さな働きかけであった
しかし,例え,小さな働きかけであっても,働きかけを絶えず
続けることで,いつしか,地域の人の心に火をつけ,地域の人
がキャリア教育をはじめとした,学校教育への理解・支援をし
てくれることを実感した
「キャリア教育」を共通理
念として,学校・保護者・地
域が連携し,子どもの「社
会的・職業的自立」を支援
する教育体制を構築して
いきたい
地域
保護者
学校
大越 歩
おおこし あゆみ Ayumi Okoshi
1985年
2007年
2008年
2010年
東京生まれ
日本語教員養成コースの一環として北京大学で実習を行う
文教大学文学部日本語日本文学科卒業
文教大学大学院学校教育専攻修士課程修了
専門領域:国語教育・日本語教育・古典
古典文学や史学に関心があり,子どもたちに古典や日本文化のおもしろさ,
美しさを伝えたいと国語教員を目指す。日本語そのものにも興味を持ち,学
部時代は日本語教員の資格を取得する過程で,外国の学生を対象とした
日本語教育の実践などを行った。大学院では,いかにして子どもたちの古
典に対する興味や関心を促せるのかという疑問から,地域に伝わる伝統的
な言語文化に着目。「言葉」から古典作品と地域を再認識するということをね
らいとし,地域性を活かした古典授業の構築をめざして研究を行う。
中学校古典教育における
地域性を活かした伝統的な言語文化の教材試案
1.問題と目的
平成20年3月に中央教育審議会答申を受け,学習指導要領の改訂
が行われ,「伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項」が新設さ
れた。同答申は,「改善の基本方針」として,「我が国の言語文化を享
受し継承・発展させる態度を育てること」を示している。また,このような
古典教育の充実が言われている背景として,「自らの国や郷土の伝
統・文化について理解を深め,尊重する態度を身に付けてこそ,グ
ローバル化社会の中で,自分とは異なる文化や歴史に敬意を払い,
これらに立脚する人々と共存することができる。また,(中略)自己と対
話しながら自分を深めていく上でも極めて重要である。」ことなどを挙
げている。生徒の実態としては,平成17年度に実施された教育課程
実施状況調査の質問紙調査において,古典嫌いの高校生は70%を
超えており,平成20年度全国学力・学習状況調査報告書においては
中学生の76%が地域文化へ関心を持っていないことが報告されてい
る。
小池保利(1993)は「中学生時代に郷土が産んだ優れた文人の文学
作品に触れ,親しむことは,郷土の歴史と文化を見直すことに通じる。
また,郷土への理解を深め,情操を豊かにし,郷土愛を培う上で極め
て意義深いものであると思う。」と述べており,古典指導における「地
域教材」は古典に親しむ態度を養い,さらには,郷土を見直すという
内容的な観点からも有益なものと判断できる。また,近年では米田猛
(2008)が古典に親しむ上での地域教材の有効性を提言している。
日本の伝統・文化を活かした実践は各地で様々な取り組みが行われ
ており,東京都では「日本の伝統・文化理解教育推進事業」が平成18
年度より行われている。しかし,「地域性」を活かした実践は充分に行
われておらず,地域の伝統・文化を活かした古典教材を検討する必
要があると考える。
以上のことから,本研究は,一つに,中学校における伝統的な言語
文化教育のあり方について考察すること。二つ目に,地域に関連する
伝統的な言語文化の教材化に伴う留意点や諸問題を整理し,実践分
析校での授業実践や東京都の隅田川にまつわる古典作品の教材化
を通して,地域性を活かすことの可能性を探ることを目的とする。
2.研究の方法と内容
【研究1】戦後の古典教育論や,学習指導要領の変遷を検討すること
で,中学校における伝統的な言語文化の教育の在り方について明ら
かにする。
【研究2】地域性を活かした教材を開発するために,教材化の手掛か
りとなる観点や方策について,先行研究や実践論考をもとに検討する。
【研究3】実践校での授業をもとに地域教材の可能性について探り,
【研究2】で得られた知見をもとに東京都における教材開発を試みる。
第一章と第二章では,古典教育とは何か,伝統的な言語文化とは
何かという古典教育全体に関する事項を把握するために,先行研究
をもとに基本的な概念を確認することとした。
次に,戦後の学習指導要領の変遷を追い,平成20年度の学習指導
要領において,これまでと大きく転換した点について検討し,今求めら
れている古典教育について考察した。
第三章では,地域性を活かした教材の有効性を探るため,実践論
考の分析から地域性を活かすことの意義と方策について検討を行っ
た。地域教材を用いた実践は多数行われているものの,地域の歴史
的な厚みが,地域における伝統的な言語文化の有無や伝統的な言
語文化に触れる機会の頻度に繋がるため,都心部などではなかなか
実践が行われていない実態が見られた。東京都で行われている取り
組みについても,伝統的な言語文化に関する指導ではなく,文化や
伝統を体験的に継承していく取り組みとなっており,国語科での実践
が行われているとは言い難い状況となっている。
第四章では,地域教材の可能性を検討するために越谷市内A公立
中学校において授業実践を行った。結果,地域性を活かした教材を
用いることで,「古典への親しみを促す」という成果と,「地域への再認
識と再評価が行われる」という成果が認められた。一時間の授業のみ
では多くのことを語ることはできないが,一時間という時間においても
生徒の反応に変化が見られたことを考えると,今後,単元として開発し
ていくことによって,さらに地域性を活かすことの可能性が広がってい
くと考えられる。
第五章においては,東京都における伝統的な言語文化を調査し,
作成した観点表に基づいて教材化を試みる題材を選定した。その上
で,謡曲「隅田川」を題材に教材試案の作成を行った。
3.今後の課題
「地域とかかわる」学習は,今後ますます展開されていくと考えられる。
祖母や祖父から昔話や地域の話を聞く機会が多ければ,伝統的な言
語文化を受け継ぐことは,特別なことではなく,ごく当たり前の日常的
な活動の延長にすぎないということを実感できるだろう。しかし,昨今
の生徒の状況は,「地域」への関心が低下しており,年配者から話を
聞く機会も減っている。校外の指導者を招いての授業などを通して,
地域に脈々と流れている伝統的な言語文化を実感する手立てを講じ
る必要もある。
また,都心部に残されている民話や伝説を調査し,原文や訳が存在
しているのか,内容は適切であるかなどの観点を確認し,引き続き教
材の充実を試みることが今後の課題である。さらに,教材試案で終わ
るのではなく,今後教員としても実践を行い,研究の内容をさらに深め
確かなものにしていきたいと考えている。
熊倉悠佳
くまくらゆか
1985年
1997年
2002年
2007年
2008年
2008年
Yuka Kumakura
栃木県生まれ
劇団「らくりん座」ドラマスクール参加(~2000)
佐野日本大学高等学校演劇部部長に就任
足利の小学校演劇部の演出補佐(~現在)
文教大学教育学部児童心理教育コース卒業
文教大学大学院教育学研究科修士課程入学
専門領域:発達心理学・教育心理学・学校カウンセリング
10歳の時に演劇部に入り,自分自身が変わった経験から,演劇教育に興味
をもつ。その後現在まで部活動や地域活動などを通して,役者・演出・音
響・照明などさまざまな面から演劇に携わる。大学の卒業論文として『演劇
の教育的効果』をテーマに,心理学的側面から演劇教育の研究を行う中で,
より多角的な研究と科学的根拠の必要性を感じるようになる。大学院では科
学的なスポットをあて,「役割演技的表現の脳科学・生理学的評価とその有
用性の検討」をテーマに演劇教育の新たな可能性を追究する。
役割演技的表現の脳科学・生理学的評価とその有用性の検討
1.問題と目的
思春期における不登校の問題や,特別な支援を必要とする児童生
徒への対応は,これからの教育現場における重要な課題である。作
田らは,不定愁訴のある不登校児では,健常児と比較して高い不安
を有することを報告した(脳と発達 2003)。また,自閉症スペクトラム
障害(ASD)児者では先天性の脳機能障害により,高い不安と情動処
理過程の機能異常が存在することが知られているが,これらの病態に
は自律神経や前頭葉での情動処理を行うセロトニン神経系の機能異
常が大きく関連していることが示唆されている。一方,役割演技は長
年集団活動として教育の場で実践されているが,実際に演技者に起
こる変化を科学的に検証した研究は希尐である。冨田は,演ずるとい
う活動は活発な想像力を駆使する活動であるとしており(現代演劇教
育論 1974),役割演技は擬似情動想起として,情動コントロールの
訓練としての活用可能性が考えられる。
本研究ではこれらを踏まえ,役割演技における脳機能変化の指標と
して前頭葉機能を,生理機能変化の指標として自律神経機能を測定
し,個々の不安の高さや演劇経験の有無によりこれらの測定項目に
生じる変化とその個体差を分析し情動想起時の測定値と比較する。ま
た実際に小学校において役割演技的表現を行った際の不安・不定愁
訴及び気分の変化を測定し分析することにより,情動コントロールに
対する役割演技的表現の学校現場での有用性について検討するとと
もに,より効果的な取り入れ方を示唆することを目的とする。
2.対象
【実験1】十分な説明を行い書面による承諾を得られた21~44歳の
健常な男女19名(女性15名,男性4名:平均23.7歳:健常群,うち演劇
経験者4名)とASD患者2名(30歳女性1名,22歳男性1名)計21名
【実験2】埼玉県某市立小学校4学年児童37名(男子18名,女子19
名:平均9.6歳)
3.方法
【実験1】ポジティブ及びネガティブな内容のセリフを用いた声のみ
の役割演技的表現とセリフの棒読み音読(各3分間),及び情動想起
タスクでは人生で最も嬉しかった事と悲しかった事の想起を各3分間
行った。これらを安静を挿んで行い,その間,近赤外線酸素モニター
を用いて左右前頭葉の酸素化ヘモグロビン(以下O2Hb)濃度を,また
自律神経バランス分析加速度脈波計を用いて心拍(HR),自律神経
活性(SDNN),交感・副交感神経の活動バランス(LF/HF)を測定し分
析する。また,不安尺度State-Trait Anxiety Inventory(STAI)を用い
て特性不安レベルを測定し,前頭葉機能・自律神経機能の測定値と
照合し分析する。さらに一部の被験者には再度実験を行った。
【実験2】学級活動の中でポジティブ及びネガティブな内容のセリフ
を用いた声のみの役割演技的表現を5回に亘り行わせ,それに伴う不
安をChildren’s Manifest Anxiety Scale(CMAS)によって,不定愁訴
症状及び気分変化を作成した質問紙によりそれぞれ測定し分析する
ことにより,役割演技的表現の反復訓練による情動の制御への有用
性を総合的に検証した。
4.結果及び考察
前頭葉血流内のO2Hb濃度の健常群の平均値の測定をした結果,
Rosenkranzらによる報告(Proc.Natl. Acad. Sci. 2003)と同様,情動想起
時に左側優位にO2Hb濃度が上昇することが明らかになった。一方,
役割演技的表現においては,ポジティブ・ネガティブ役割演技ともに,
情動想起よりは尐ないもののやはりタスクと連動してO2Hb濃度の上昇
が見られた。この変化は,演劇経験者においては非経験者と比較して
特異的に大きいことが観察され,またタスクの開始と終了に応じてす
みやかな切り替えが観察された。さらに,自律神経機能においては,
情動想起・役割演技時ともに,タスクの開始とともに交感神経優位に
転じる共通した変化が健常群平均値で観察され,役割演技的表現の
疑似情動想起としての有用可能性が示唆された。一方ASD患者及び
一部の健常被験者では高い特性不安を有し,これら被験者において
は,健常被験者と異なり,右側優位のO2Hb濃度変化が多く観察され,
またタスクにより上昇したHRの回復が遅れる傾向がみられた。これらの
被験者に再度同じ実験を行ったところ,前頭葉O2Hb濃度やHRの健常
群平均に近づく変化が見られた。これらの結果から,役割演技的表現
の,前頭葉や自律神経系を介して情動コントロールをより適切に行う
ための訓練としての有用性が示唆された。
実際に児童に役割演技的表現を継続的に行い,不安や不定愁訴,
気分の尺度を用いて変化を測定したところ,初回と比較して最終回で
はCMAS得点や不定愁訴得点が有意に減尐し,ポジティブな気分を
示す児童が増加した。このことから,学校現場で役割演技的表現を繰
り返し行うことによってセロトニン神経の働きを促進し,前頭葉におけ
る情動コントロールを訓練し自律神経を適切に機能させ,ひいては不
定愁訴やASDにおける不安などの問題を尐しでも改善・予防すること
ができる可能性が示唆された。
役割演技的表現の脳科学・生理学的評価とその有用性の検討
文教大学大学院教育学研究科
熊倉 悠佳
指導教員
成田 奈緒子 井上 清子 八藤後 忠夫
問題と目的
脳の前頭葉における情動処理機能と自律神経機能
との関連は,丌登校や自閉症スペクトラム(ASD)障害
の問題の原因に関わっている。
情動の
コントロール
セ
ロ
ト
ニ
ン
神
経
自律神経系の
コントロール
セロトニン神経は情動や 自
律神経の制御に深く関連
役割演技
①記憶を用いた活発な想像力を駆使する活動
…脳で情動想起が行われると考えられる
②セリフにより制御が可能
…安全・簡易に情動想起刺激を不えることが可能
<仮説>
役割演技を用いた情動刺激を繰り返すことにより,セロトニン
神経の賦活を図り,前頭葉での情動処理と自律神経機能の制御
を訓練することができるのではないか
対象と方法
<実験1>
対象:十分な説明をし口頭と文書による承諾を得られた男女21名
・健常群(19名):女性15名,男性4名(平均23.7歳)
うち演劇経験者4名
・ASD患者(2名):男性1名,女性1名
方法:役割演技による前頭葉機能と自律神経機能の変化を測定し,情動
想起による変化との比較を行う。
実験内容 :棒読み音読タスク1種類
情動想起タスク・役割演技タスク各2種類(ポジティブ/ネガティブ)
測定方法:前頭葉機能測定… Near Infrared Spectroscopy:NIRS
自律神経機能測定…自律神経バランス分析加速度脈波計
丌安測定尺度…State-Trait Anxiety Inventory:STAI
<実験2>
対象:越谷市内X小学校4学年児童37名:男子18名,女子19名(平均9.6歳)
方法:学級で反復して役割演技を行った際の児童の気分や丌安の変化を検
証する。
実施期間:2009年10月下旬~11月中旬,全5回
実験内容:役割演技タスク2種類(ポジティブ/ネガティブ)
測定方法:丌安測定尺度…Children’s Manifest Anxiety Scale:CMAS
気分測定尺度…表情カード(サクセスベル社)から作成した簡易調査紙
自律神経機能尺度…前1日間の心身の丌具合を調べる目的で作成し
た質問紙
※役割演技タスク・情動想起タスクの内容は被験者ごと・回ごとに入れ替え
結果と考察
<実験1>
健常群(19名)における前頭葉酸素化ヘモグロビン(O2Hb)濃度変化平均
情動想起…内容によらず,O2Hb濃度が増大
やや左側優位傾向(既報と一致)
役割演技…情動想起の際よりも小さいがO2Hb濃度増大
棒読み音読…ほぼ変化なし
(既報でも音読・読書によるO2Hb濃度低下が報告されている)
役割演技を行った際には,単なる音読とは異なり情動
想起に類似した前頭葉活動が行われると考えられる
健常群(19名)における自律神経活動変化平均
測定した心拍・自律神経活動・交感神経/副交感神経比全てにおい
て,情動想起と役割演技で類似した変化が見られた
役割演技を行った際には,情動想起に類似した自律神経
活動が行われる
役割演技の疑似情動想起的側面が示唆される
<実験2>
5回の役割演技実践に伴う丌安・気分の変化
実践前と比較して実践後ではCMASによる丌安得点が有意に
減尐
1回目から5回目にかけてポジティブな気分を呈した児童が
経時的に増加
情動コントロールの円滑化が推測される
ASD患者(2名)と一部の健常被験者の前頭葉O2Hb濃度変化平均
役割演技や情動想起を行った際に右側優位のO2Hb濃度推移が観察
される特異性が共通
健常群と比較して情動想起において上昇した心拍がタスク終了後
も回復が遅れる傾向
健常者の中にもASD患者と同様の結果を示す者がいる
情動処理における前頭葉の賦活過程の丌具合が存在し,
自律神経機能の制御も円滑に行われていない可能性が考え
られ,セロトニン神経を含む情動処理過程に大きな未熟性
や機能異常がある可能性(実際にSTAIにおいて高い特性丌
安が得られた)
⇒これらの被験者に再度実験を行うと,前頭葉右側優位傾向が消失または軽
減,タスク後の心拍の回復もすみやかになった
演劇経験の有無(4名/15名)による前頭葉O2Hb濃度変化平均
いずれの群も左側優位傾向
演劇経験者ではO2Hb濃度の上昇が大きい傾向
役割演技の開始とともにO2Hb濃度がすみやかに上昇,終了ととも
にすみやかに回復することが特徴的
演劇経験者では開始とともにすみやかに想像力を活発に働かせ
はじめ,終了とともに平常の状態にすみやかに戻る=円滑な情動コ
ントロールがなされていると考えられる
役割演技の反復により情動コントロールが円滑に
なる可能性が考えられる
5回の役割演技実践に伴う自律神経機能の変化
1回目から5回目にかけて心身の丌具合得点が経時的に減尐
する傾向がみられ,
実践前と比較して実践後では有意に減尐
自律神経機能の円滑化が推測される
鈴木眞里子
すずきまりこ
1985年
2008年
2008年
2006年
2008年
Mariko Suzuki
東京生まれ
文教大学教育学部美術専修卒業
文教大学大学院学校教育専攻修士課程入学
まちアートプロジェクト代表(~現在)
イオンレイクタウン・まちアートギャラリーMAG設立
専門領域:美術教育・教育心理学・アートプロジェクト
大学在籍時に作品制作・展示をしていく中で美術館やギャラリーでは興味
のある人にしか作品を見てもらえないという問題を感じる。「アートはもっと身
近に楽しめ,コミュニケーションがうまれるもの」を理念に気軽に誰でもアート
を感じられるような作品展やワークショップ,シンポジウムの企画を行い,地
域に根付いた活動を展開している。美術を通した成長を目に見える形にし
たいと考え大学院へ進学。美術を通して伝え合う力を高め,自己と他者およ
び社会との関係性について考えることのきっかけとなることを提示したいと考
え活動・研究を続けている。
地域との連携による展覧会を活かした美術教育実践の開発
1.問題と目的
近年の図画工作・美術教育では,「作品を通して何を伝えるのか」の
重要性が高まってきている。これに関連して,平成20年小学校学習指
導要領図画工作編では,美術館以外にも暮らしの中の作品などを展
示する地域の施設や場所の必要性が論じられており,学校や美術館
を超えた地域に児童の作品を展示し,広く伝えるという視点が加えら
れている。また,八田(2007)は,「『展覧会』は,人々と芸術の出会い
の場であり,芸術が個々人との親密なつながりを深めるとともに,社会
の中での自らの存在を強くアピールする場である」と指摘している。こ
のことは,美術作品は社会の中に置かれるべきものであり,人と人とを
つなげる力を持つことを指摘したものととらえられ,美術教育の動向と
も深く関わる指摘であるといえる。
以上をふまえると,これからの美術教育では,地域と学校とが連携し
て子ども達の学びを促すような体験活動を導入すること,および他者
に何かを伝えることを意識して作品を制作する活動を行わせることが
重要になると考えられる。この2つを合わせると,作品を展示すること
を前提として作品を制作し,地域と連携した美術展覧会を行うことで,
作品を通したコミュニケーションが高まり,伝え合う力が育成されるの
ではないかと考えられる。
そこで,本研究では,教育的効果のある地域で行う美術展覧会に注
目し,どのような要素が地域で行う美術展覧会に作用しているのか,
まちアートプロジェクトのインタビュー調査を分析し,考察を行う。その
結果から,絵画造形教室学美塾で授業実践を開発した上で,児童を
対象とした地域で行う美術展覧会を行うためのフレームワークについ
て検討する。
2.方法と結果
(1)まちアートプロジェクトに関する教育的特徴の検討
2006年から始まったまちアートプロジェクト(MAP)は,文教大学生や
埼玉県越谷市を中心に活動している作品出展者が,大学の所在地
である越谷市内の商店や施設に作品を展示し,市全体を「美術館に
見立てる」活動である。作品出展者として参加する5名に対し,半構造
化インタビューにより調査を行った。その結果,(a)自己表現としての
作品制作,(b)美術を介した言語的コミュニケーション,(c)生活の中
での美術という3つの側面で,作品の制作と展示に対する意識の変化
がみられた。
(2)絵画造形教室学美塾での授業実践「まちを美術館にしよう」
まちアートプロジェクトのインタビュー調査から導きだされたポイント
をふまえた授業を開発し,絵画造形教室に通う小学生を対象に実施
した。そして,全7回の授業を受けた学習者の発話やワークシートの
分析を行った。学習者は,作品を完成させることだけが授業の目的で
はなく,作品の制作過程において,商店という場所全体が作品に影
響し,作品を展示することで作品が完成するという体験をしていたと考
えられる。この実践の分析から,地域との連携による美術展覧会を活
かした授業実践のフレームワークを導きだした(図1)。このフレーム
ワークに含まれる要素を,学校等の実態に即した形で取り入れること
で,学校においても類似の授業の可能性が開けると考えられる。
3.考察
本研究では,作品を展示することを前提として作品を制作し,地域と
連携した美術展覧会を行うことで,作品を通したコミュニケーションが
高まり,伝え合う力が育成される可能性を示唆した。地域を活かした
美術展覧会を行うことで,美術を通して社会とつながることを実感とし
て持って体感することができると考えられる。このような活動を行うこと
は,社会の中で自分の存在をとらえることにつながり,美術を通して自
己と他者および社会との関係性に対して考えることのきっかけとなりえ
るといえよう。
図1.地域で美術展覧会を行う際の授業フレームワーク
内藤暢彦
ないとうのぶひこ Nobuhiko Naito
1983年
2007年
2007年
2008年
2008年
2008年
静岡生まれ
文教大学人間科学部人間科学科心理学コース卒業
文教大学人間科学部秋山胖研究室研究生
文教大学大学院教育学研究科修士課程所属
日本教育心理学会会員
日本カウンセリング学会会員
専門領域:学校カウンセリング
心理学を勉強しながら,漠然と教員と研究の両方をやりたいと考える。
児童養護施設のボランティアを通し,面白い授業だけでなく,子どもや教員の
抱える心理的な問題を改善していく必要があると感じ,学校カウンセリングを研
究するために進学を志す。大学院では,知的障害をもたない発達障害児を対
象に,コラージュ療法の適用の可能性を研究している。今後,様々なカウンセ
リング技法が学校現場でもっと取り扱われるようになればと考えている。
通級指導教室におけるコラージュ療法を用いた児童理解と支援
―コラージュ制作による児童の気分変化について―
1 問題と目的
平成19年4月に,学校教育法の一部が改正され,法的に“特殊教
育”から“特別支援教育”へと転換が図られた。これにより,通常の学
級に在籍する特別な教育的ニーズを有する子どもへの支援をするこ
とが義務付けられることとなり,障害のある幼児児童生徒の支援をさら
に充実していくことが示された。通常の学級に在籍する発達障害児に
特別な支援を提供する場として,通級指導教室がある。通級指導教
室では,尐人数であることから,対象児童のニーズに合わせて様々な
指導を展開することが可能である。
通級指導教室における児童理解や支援の方法として,あるいは発
達障害児の理解や支援の方法として,描画や箱庭療法を用いた報告
がみられることに対し,持ち運べる箱庭としてのコラージュ療法を通級
指導教室で発達障害児を対象として実践した報告はまだない。
本研究の目的は,教育現場における発達障害児の支援方法のひと
つとして,コラージュ療法の有効性を検討することである。
2 方法
(1) 対象と実施時期
A公立小学校通級教室に在籍し,本人および保護者に研究協力の
同意が得られた2~6年生の児童9名(男子8名,女子1名)。このうち,
6名が発達障害と診断されている。
実施時期は2008年11月から2009年10月(通級指導教室が閉室して
いる4,8月は除く),月1回,1回45分を目安として,全10回を予定し
た。だが,児童の卒業や転校により,次年度より対象数が減ったため,
分析1では,2008年11月から2009年3月までの5回の9名のデータを
分析対象とし,質問紙の結果を中心に分析した。分析2では,10回行
えた発達障害児の制作態度や作品を分析した。本要旨では,分析1
について報告する。
(2) 材料
1) コラージュのための材料
杉浦(1993)が分類した領域(自然・人間・動物・植物・建物・室内・食
べ物・乗り物・物体・抽象)の写真や漫画のページ・切片,のり,はさみ,
白B4用紙,ペン,クレヨン。
2) 質問紙
①保護者用:当該児童について自閉症傾向を測定するAQ(autismspectrum quotient)検査票および問題行動の自由記述からなるもの
(以下,保護者用質問紙)。
②児童用:気分を評価する標準化された質問紙である日本版POMS
(Profile of Mood States)のうち,6種類の情動尺度から児童にもわかり
やすい表現で書かれた質問を,各5項目ずつ抽出したもの計30項目
を用いた。信頼性を検討し「緊張-不安」の領域から4問,「抑うつ-落
ち込み」「怒り-敵意」「疲労」「混乱」「活気」の各領域から5問ずつ,計
29問を分析に用いた。これに作品のタイトルや満足度など感想を問う
質問紙を加えたもの(以下,児童用質問紙)。
③教員用:日常生活の問題行動,感情や気分の安定,適応行動を,
コラージュ開始時を基準(0点)として-100点(すっかり悪くなった)か
ら+100点(すっかり良くなった)で回答するものと自由記述から構成し
たもの(以下,教員用質問紙)。
3 手続き
第1回,第5回に,保護者に保護者用質問紙,教員に教員用質問紙
を回答してもらった。各回は,通級指導教室において,各児童に対し
て個別に以下の流れで施行した。
POMSの質問項目を調査者が読み,児童に回答してもらい調査者が
記入する。
ボックス・コラージュ法施行
POMSの質問項目を調査者が読み,児童に回答してもらい調査者
が記入する。
児童用質問紙にそって,調査者が質問し得られた感想を記入する。
4 結果と考察
第1回から第5回まで,すべてTMDの平均得点はコラージュ制作後
に減尐し改善がみられた。対応のあるt検定では,有意な減尐,減尐
の傾向がみられた。これらから発達障害児に対してもコラージュを行う
ことで,気分が改善すると考えられた。また,「緊張-不安」,「抑うつ落ち込み」,「怒り-敵意」,「疲労」,「混乱」も全ての回で平均値は減
尐し改善がみられた。「活気」の平均値は,第1回を除き全て上昇し改
善した。児童用質問紙における自己採点では,第5回までの延べ42
回で自己採点を90点以上と回答した回が35回(83%)あった。多くの
回で,児童は高い自己評価をしており,その都度満足感や達成感を
獲得していると考えられた。5回終了後の教員用質問紙でも,感情や
気分の安定に改善がみられた児童が多かった。以上のことから,通級
指導教室において,発達障害児を対象としたコラージュ療法は,児童
の情動の改善や安定に有効である可能性が示唆されたといえる。
通級指導教室におけるコラージュ療法を用いた児童理解と支援
―コラージュ制作による児童の気分変化について―
内藤暢彦
(文教大学大学院教育学研究科)
問題と目的
コラージュ療法は,芸術療法の一つで,健常者においては,コラージュ制作により,緊張・不安,抑うつ,
怒り・敵意,疲労,混乱などが減尐し,活気が増加するなど気分が改善することが報告されている。
平成19年4月に,「特別支援教育」が学校教育法に位置づけられ,すべての学校において,広汎性発達障害
(Pervasive Developmental Disorders,以下PDD)を含む障害のある幼児児童生徒の支援をさらに充実していく
ことが示された。施行が簡便で非言語的な表現を主とするコラージュ療法は,発達障害児に対しても,気分の
安定のための支援方法のひとつとなりうるのではないかと思われる。
本研究では,発達障害児のコラージュ制作による気分の変化を明らかにし,教育現場における発達障害児の
支援方法としてのコラージュ療法適用の可能性を探ることを目的とする。
方法
<実施時期と場所>
<対象>
2008年11月~2009年3月:月に1回(計5回):1回45分以内
小学校内通級指導教室にて実施
学年
男子
女子
障害について
1
0
0
2
2
1
PDD(3名)
3
2
0
PDD(1名)・診断無(1名)
4
2
0
PDD(1名)・診断無(1名)
5
0
0
6
2
0
計
8
1
<手続き>
手続き②
手続き③
手続き④
児童の気分を
測定
児童コラージュ
作成
児童の気分を
測定
感想などの
記入
PDD(1名)・診断無(1名)
※気分測定には,横山ら(1994)が標準化したPOMS(Profile of Mood State)を元に,
児童用に質問(30項目)を選定したものを用いた
結果と考察
第1回
第2回
第3回
第4回
第5回
手続き①
Table 1 コラージュ制作前後におけるTMD(Total Mood Disturbance)得点の比較
小2
小2
小2
小3
小3
小4
小4
小6
小6
(PDD)
(PDD)
(PDD)
(PDD)
(診断無)
(PDD)
(診断無)
(PDD)
(診断無)
前
52
28
5
8
7
後
22
18
3
0
7
前
50
40
19
23
26
後
10
11
32
21
16
初回でPDD児3名に気分
改善がみられなかった
前
23
30
24
46
46
後
24
25
16
22
21
前
52
後
56
制作せず
76
42
39
60
18
23
前
62
40
62
42
59
後
37
41
36
24
30
前
44
45
26
10
6
はじめての事柄に対する不安緊張や
疲労感の影響が考えられた
後
44
26
7
7
2
前
23
7
5
2
5
後
2
2
2
0
1
前
27
12
11
後
12
7
2
通級卒業
通級卒業
前
12
16
10
7
8
後
4
7
2
3
0
2回目以降,ほぼ気分改善がみられた
健常者と同様に気分の改善や安定に効果がある可能性
Table 2 制作した作品の自己採点
第1回
第2回
第3回
第4回
第5回
小2(PDD) 小2(PDD) 小2(PDD) 小3(PDD) 小3(診断無) 小4(PDD) 小4(診断無) 小6(PDD) 小6(診断無)
60点
70点
99点
10点
なし
100点
97点
95点
90点
100点
99点
100点 制作せず
90点
100点
95点
90点
100点
1万億点
50点
100点
30点
100点
100点
100点
90点
100点
無限
92点
90~100
80点
100点
通級卒業
100点
95点
100点
無限
99点
100点
90点
99点
99点
97点
通級卒業
100点
作品に対して高い自己評価
充実感や達成感,自己肯定感の獲得
二次障害の予防の可能性
山口愛
やま ぐち あい Ai Yamaguchi
1985年 新潟生まれ
2008年 文教大学教育学部美術専修卒業
2008年 文教大学大学院学校教育専攻修士課程入学
2006年 まちアートプロジェクト実行委員(~現在)
2008年 越谷市自治基本条例審議委員
2009年 コシガヤアートシーズンプロジェクト代表
2010年 文教大学大学院学校教育専攻修士課程修了
専門領域:美術教育・漫画学
10歳の春より漫画を描く面白さに目覚める。大学在学時は美術教育を学びな
がら作品制作をし,卒業制作展示では埼玉近代美術館にて等身大の漫画作
品を展示。また,2006年からまちアートプロジェクトに所属し,4年に渡り作品出
展者として活動。地域の商店の店主を主人公にした漫画を制作し,漫画を通
して他者とのつながりづくりを探求する。大学院では美術教育における漫画の
活用をテーマに研究。漫画の持つビジュアル・コミュニケーション力を活かし,
多くの人と関わっていきたいと考えている。
中学校美術における漫画を活用した授業の提案
―伝え合う力の育成を目指して―
1.背景と目的
平成20年1月に中央教育審議会から出された答申では,「生きる
力」をはぐくむという理念が今後ますます重要になってくると示された。
その中で同答申では,自分に自信が持てず,将来や人間関係に不
安を感じている子どもが多いということを踏まえた指導のあり方として,
自分や他者の感情や思いを表現したり,受け止めたりする語彙や表
現力を育成し,それによって他者に働きかけ,他者や社会と向き合う
ための自信につながるような教育が必要であると考えられる。
これを美術教育の中で置き換えると,言語活動と併せて,視覚的な
表現で自分や他者の感情や思いを表現したり,受け止めたりする能
力,つまりビジュアル・コミュニケーションの能力を育てていくことが必
要になると考えられる。そして,「自分の思いや情報を伝えるビジュア
ル・コミュニケーションの役割を重視した表現方法の一つ」として美術
教育に導入された漫画は,今まさに他者と関わる能力を育成する上
で重要な役割を果たすものと考えられるのである。また,「漫画」はこ
れまで中学校美術の第2・3学年「表現」にて指導するよう位置づけら
れていたが,平成20年改訂では「漫画」を,「表現」「鑑賞」問わず生
徒の学習経験や能力,発達特性の実態に応じて,学年を問わず扱う
ことのできる位置づけになった。
しかし美術教育において,漫画が育成する美術の力を,明確に検
証している事例が尐なく授業が作りにくいことや,教育の中で排除さ
れてきた背景からの扱いにくさ,表現形式の多さや漫画学が未だ発
達段階であることにおけるとらえにくさなど,様々な原因があり,あまり
積極的に実践・研究されていない分野でもある。
そこで本研究では,特に気持ちを表現する漫画の力に着目し,漫画
を活用した「気持ちを伝え合う力」の育成を通して,課題となっている
子どもたちの人間関係形成につなげたいと考える。また,第1学年で
の実践を通し,漫画活用の有効性を検討したい。
そのため本研究では,美術教育における漫画表現を活用した授業
の先行研究を調査し,それを踏まえて「気持ちを伝え合う力」の育成
を目的とした授業案を作成し,その一部を中学校で実施しその効果を
検証し,その結果を踏まえて漫画を活用した授業を提案することを目
的とする。
2.研究の方法
研究1 美術教育における授業研究から,漫画表現を活用した授業
の研究において,どのような力を育成するという点で漫画が有効であ
ると言えるのかについて検討した。
研究2 教育実践分析実習校における実践と検証
第1学年で,気持ちを伝え合う力の育成を目的とした,漫画表現を活
用した授業を実践する。検証方法として各授業でつけたい力(評価規
準)とそれに対する評価基準を明らかにしながら生徒の自己評価と授
業者の評価を中心に検証を行った。
研究3 研究1,2を踏まえて,「気持ちを伝え合う力」の育成を目的と
したを,各学年に対応した授業案の作成を行った。
3.結果と今後の課題
研究1に関しては,美術教育において漫画表現を活用する際,①生
徒の表現を広げ,自己の想いを表現する力を育てる,②日常生活の
豊かさを見出させる③身近にある美術表現のよさと役割について気付
かせる,④主体的に鑑賞の活動に取り組む力を育くむ,⑤漫画を通し
て互いの心情や考えを共有する,⑥鑑賞,表現,伝達の能力を育成
する,という6つの観点において有効であると示唆されている。この研
究で,本研究目的である「気持ちを伝え合う力」について美術教育の
中で育成されうると示唆されてはいるが,明確にそれを検証しているも
のはなかった。また,漫画を美術教育で活用するに当たり,鑑賞の活
動が重要であることが多く言われている。これを踏まえ,漫画表現の
中で「気持ちを表現する」要素が特に強い形式を漫画表現論から検
討し,「吹き出し」「登場人物の表情」「擬音語・擬態語」「漫画的記号」
の4つと考え,授業実践での要素とした。
研究2に関しては,漫画の表現を活用して「気持ちを伝え合う力」の育
成に向け,漫画のワークシートを交換して鑑賞し合うという方法を用い
て「相手に表現したい気持ちが伝わっているかの実感をもたせること」
「表現する,読みとるという意識の向上を図ること」について本実験授
業が有効であるか検討した。そして授業実践結果より,漫画を活用し
て「気持ちを伝え合う力」を育成することができると考えられる結果が
得られた。また,漫画の表現を今後の生活に活かしていく意識を高め
ることができたと考えられた。
さらに,研究3に関しては,表現,鑑賞の観点で各学年に対応した授
業を構築し,提示した。特に「気持ちを伝え合う力」の育成のために,
表現と鑑賞を一体化させることに留意した。
今後の研究課題として,研究3で提案した授業を実践しその有効性を
検討したい。また,漫画の表現を日常生活に活かしていく意識の持続
性を調査し,それによる成果は何かということについて研究していきた
い。
中学校美術における漫画を活用した授業の提案
―伝え合う力の育成を目指して―
山口 愛(文教大学大学院教育学研究科)
背景と目的
平成20年改訂 中学校学習指導要領美術
「漫画」はこれまで第2・3学年の「表現」に位置づけられていたが,改訂
では「漫画」を,「表現」「鑑賞」問わず生徒の学習経験や能力,発達特
性の実態に応じて,学年を問わず扱うことのできる位置づけになった。
また,内閣府の調査では「友達や仲間のことで悩みや心配事がある」と
答えた中学生が,平成7年の調査から平成20年の調査にかけて約12%
増加していた。原因は「自分や他者の感情や思いを表現したり,受け止
めたりする語彙力や表現力が乏しいこと」に起因しているとされている。
研究方法
成果
漫画は自分の思いや情報を伝えるビジュアル・コミュニケー
ションの役割を重視した表現方法の一つであり,これからの情
報化社会の中で自分の考えや思いをより分かりやすく表現・
交流するために,漫画の表現を活用する可能性が大きくなっ
ていくと考えられる
漫画の表現方法を活用して「気持ちを伝え合う力」の育成を
目指した授業の開発と有効性の検討をする必要性
《1 》 「気持ちを伝え合う力」の育成に伴い活用することが有効だと考えられる漫画表現の要素の整理
《2 》 「気持ちを伝え合う力」の育成を目的とした授業の実践による,漫画表現の有効性の検討
《3》 研究1.2を踏まえ,漫画を活用した「気持ちを伝え合う力」の育成を目的とした授業案の提示(各学年に対応)
ここでは研究1,2について紹介する。
漫画表現の中で特に気持ちを表現する性質の強い表現要素
「気持ちを伝え合う力」の育成を目的とした授業の実践
越谷市内A中学校1学年34名(男子17名,女子17名)授業を実施
吹き出し
吹き出しの外に,デザイン化された
タッチで擬声語・擬音語(オノマトペ)
が描かれる。
導入
大小の違いや形のちがいで心的効
果が多様に存在する。
展 開 1コマ漫画を描いてみよう
1
展 開 隣の人と交換して,吹き出しの中
にセリフを入れよう
2
展 開 描いた漫画を見せ合おう
3
ま と 漫画のもつ力について考えよう
め
(隠岐由紀子「帝京平成フォーラム 」, pp65-72,2005)
言葉が書き込まれた雲状の空間,会
話文を囲った枠線のこと。吹き出しの
形状それ自体が様々な表情をもち,
そのときの感情や状況を表してくれる。
本時の展開(1時間)
(竹内オサム『マンガ表現学入門』株式会社
筑摩書房,2008)
オノマトペ
(竹内オサム『マンガ表現学入門』株式会社
筑摩書房,2008)
漫画の工夫を探ろう
授業時の工夫点
言葉をモデルとするような対応
関係をもたない視覚的な符号
それぞれが人物の行動や内面
の表現となりえている
使用したワークシート
ワークシートを交換し,相手の漫画の吹き出しにセリフを入れ合うこと
で生徒同士が深く鑑賞をする仕組み。これにより,相手に自分の気持
ちが伝わっているか,また相手の表現した気持ちを読み取れたかの
実感を得られるようにした。
(竹内オサム『マンガ表現学入門』株式会社
筑摩書房,2008)
背景表現
背景は,画面の中の雰囲気やスピー
ド感,登場人物の心理などを表す役
割をもっている
背景技法を軸として漫画の授業を行
うことで互いの心情や考えを共有す
ることができる
記号的表現
(高林 未央「漫画の技法『背景』を用いた制作と鑑賞
の授業に関する研究」 美術教育学 (30), pp217228 ,2009)
登場人物の表情
漫画では登場人物が抱く様々な感情に合わせて,
表情が変化する。
漫画では幼児から年配の方まで理解できる感情
表現の手法がすでに定着している。
(平野浩太郎「3Dアニメによる感情の表現 (第6回ヒューマ
ンインタフェース学会研究会 ギガビットネットワーク/イン
ターネットとマルチメディア)」ヒュ-マンインタフェース学会
研究報告集 2(1),pp 19-24 (2000))
授業を通して,絵に苦手意識が強かった生徒も,
漫画の表現要素の特徴をもとに楽しんで描くこと
ができていた。また友達同士で漫画を見合う場面では,表現した気持ちが
伝わって喜ぶ姿や,作者と鑑賞者の感じ方の違いを楽しむ姿が見られた。
「自分の気持ちを絵で表現し,人に 伝えることができると思う」と答えた生
徒が41%,「漫画の絵を見て,その作者の気持ちを理解できると思う」と答
えた生徒が35%,「相手に自分の気持ちを伝える時,漫画の表現方法を活
用していきたいと思う」と答えた生徒が29%増加していた。
生徒作品と反応
漫画の表現方法を活用することで,「気持ちを伝え合う力」の育成
につながったと考えられる。また,漫画の表現を今後の生活に活
かしていく意識を高めることができたと考えられる。
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