信用リスク管理? - CARF:東京大学金融教育研究センター

みずほフィナンシャルグループ寄付講座
「金融機関のリスクマネジメント」 第9回
信用リスク管理②(リスクの計測と配賦)
2014年6月4日
高野
康
1
【目次】
1.ポートフォリオ管理の概要
2.信用リスクの計測
3.信用リスクの配分
4.基礎知識
2
1.ポートフォリオ管理の概要
1.ポートフォリオ管理の概要
信用リスクの定義
 信用リスクとは、
「信用供与先の財務状況の悪化等により、資産の価値が減
少ないし消失し、金融機関が損失を被るリスク」
(「金融検査マニュアル」より抜粋)
単純化して言えば、「貸出金等の一部または全部が回収で
きなくなって損失が発生する可能性」のこと
※信用供与(与信)…相手を信用して財物を貸与すること
 銀行は信用リスクを内包する資産を多く保有しており、
その適切な管理は経営上極めて重要
4
1.ポートフォリオ管理の概要
信用リスクのポートフォリオ管理
 リスク管理の目的は、「経営の継続性を確保しつつ、適
切な収益を獲得すること」
 上記の目的を達するためには、与信取引全体からどの程
度の損失が発生し得るかを把握することが必要
⇒ ポートフォリオ管理の必要性
デフォルトを確率的な事象として捉え、与信取引全体から
発生する損失の可能性を定量化して管理を行う
※デフォルト…債務を予定通り履行できなくなること
5
1.ポートフォリオ管理の概要
リスクの定量化
 信用リスクの損失額分布を描くことにより、リスクを定
量的に把握することが可能となる
※損失額分布…損失額と発生確率の関係をグラフ化したもの
■ 参考・損失額分布のイメージ
単位
\1,000,000,000
0.90%
0.80%
確
率
0.70%
信用リスクの特徴
損失サイドに長い裾を持つ
=巨額の損失が発生する可能性が無視しえない
0.60%
0.50%
0.40%
0.30%
0.20%
0.10%
損失額
0.00%
0
120
240
360
480
600
6
720
840
960
1,080
1,200
1.ポートフォリオ管理の概要
信用リスク指標
 信用リスクの大きさを把握するため、損失額分布の統計
量(=信用リスク指標)が用いられる
■ 主なリスク指標
リスク指標名
期待損失額
(Expected Loss, EL)
VaR
(Value at Risk)
条件付きVaR
(Conditional VaR,
CVaR)
非期待損失額
(Unexpected Loss, UL)
定義式
内容
[]
~
EL = E L
損失額の平均値。与信業務に係るコストと考えることができ、信
用コストとも呼ばれる。取引利鞘(収益)によってカバーすべき損
~
( L :ポートフォリオの損失額) 失額である。
VaRα
~
= Percentile( L ; α )
(α : 信頼率 )
CVaRα
~~
= E L L ≥ VaRα
[
]
ULα = VaRα − EL
or
ULα = CVaRα − EL
ある信頼率のもとで考えられる損失額の上限額のこと。例えば、
99%のVaRとは、その額を越える損失が発生する確率が1%以下
となる損失額のこと。信頼率は目標とする格付水準等を参考に
経営判断により決定される。
「損失がVaRを超える」という条件の下での損失額の条件付期待
値。市場リスクにおける「期待ショートフォール」と同義。
「VaR-EL」もしくは「CVaR-EL」で表される、ELからの上振れ損
失額の上限額のこと。ELを超える損失に対する処理原資は、自
己資本が充てられるため、健全な経営を行うためには、ULは自
己資本の範囲内でなければならない。
7
1.ポートフォリオ管理の概要
損失額分布と信用リスク指標
■ 参考・損失額分布のイメージ
0.90%
平均値=EL
0.80%
単位
\1,000,000,000
99%VaR=上位1%点
0.70%
0.60%
確
率
0.50%
0.40%
UL=VaR-EL
0.30%
この部分における
条件付き平均値=CVaR
0.20%
0.10%
0.00%
0
120
利鞘でカバー
240
360
480
600
720
840
960
1,080
この部分の
面積は1%
配賦資本でカバー
8
1,200
損失額
1.ポートフォリオ管理の概要
与信業務の収益評価指標
 与信業務の収益性を評価するため、信用リスクの存在を
考慮した収益評価指標が考えられている
貸倒損失の発生を考慮しない、名目収益額の評価指標
業務粗利益=受取利息 - 支払利息(仕切レート)
※仕切レート:与信部門がALM部門に対して支払う金利
平均的な貸倒損失を考慮した収益額の評価指標
リスク調整後収益 = 業務粗利益 -経費- EL
(Risk Adjusted Return, RAR)
9
1.ポートフォリオ管理の概要
与信業務の収益評価指標(続き)
資金の効率性の評価指標
RAROA = リスク調整後収益 / 総残高
(Risk Adjusted Return On Asset)
株主資本コストを考慮した収益額の評価指標
株主付加価値=RAR-資本コスト率×配賦資本
(Shareholder Value Added, SVA)
資本の効率性の評価指標
RAROC = リスク調整後収益 / 配賦資本
(Risk Adjusted Return On Capital)
※ 株主資本コスト:株主が期待する利益
10
1.ポートフォリオ管理の概要
コスト・アプローチによる貸出金利の設定
 SVA≧0となるような貸出金利は次式で与えられる
貸出金利 ≧ 調達金利+経費率+EL率+資本コスト率×UL率
※ EL率 = EL / 残高、 UL率 = (個社リスク量 – EL) / 残高
このような貸出金利の設定法をコスト・アプローチという
ただし、実際の金利設定では市場水準との対比も必要
【図】コスト・アプローチによる貸出金利設定のイメージ
超過収益率
資本コスト率×UL率
EL率
営業経費率
調達金利
株主資本コスト
信用コスト
営業コスト
目標貸出金利
☆株主資本コストを算出するため
には、個社リスク量が必要に
⇒リスク配分により算出(後述)
調達コスト
11
1.ポートフォリオ管理の概要
信用リスクの制御
 信用リスクを一定範囲内に制御するための施策として、
次のようなものが挙げられる
 取引条件の見直しによる貸倒損失発生の抑制
担保や保証の設定、コベナンツの設定、etc.
 与信上限設定による上振れ損失発生の抑制
個社別与信上限、業種別与信上限、etc.
 ヘッジ取引の実施によるリスクの削減
CDSプロテクションの購入、etc.
※コベナンツ…財務上の遵守事項等を定めた融資契約上の特約条項
12
1.ポートフォリオ管理の概要
与信上限の設定
 信用リスクを増大させる要因は、「大口与信先の存在」
と「デフォルトの相関」の2つ
前者のリスクは分散可能リスク、もしくは非システマ
ティックリスクと呼ばれる
後者のリスクは分散不能リスク、もしくはシステマティッ
クリスクと呼ばれる
 個社与信上限により、非システマティックリスクを制御
 業種別与信上限により、システマティックリスクを制御
同じ業種の企業はデフォルト相関が高いと考えられる
13
1.ポートフォリオ管理の概要
Active Credit Portfolio Management(ACPM)
 近年、信用リスクの取引市場の流動性が高まり、CDSに
よるヘッジ等が可能となった
 このため、信用リスク市場を利用してリスク対比での収
益性の向上を目指すACPMへの取り組みが進んでいる
 ヘッジ等の実施にあたっては、個々の債権のリスク・リ
ターンを把握し、取引戦略を立てる必要がある
取引戦略の立案やヘッジ取引を実施するため、ポートフォ
リオ・マネジメント部門が設置される
14
1.ポートフォリオ管理の概要
ACPMを実施するための組織設計
 ポートフォリオ・マネジメント部門を設置し、信用リス
クを機動的に制御する
【図】 ACPMの実施を前提とした組織設計の例
牽制
与信部門
貸出
取引先
金利
取引先
金利
貸出
取引先
金利
営業部店
②
受信部門
牽制
営業部店
①
預金
支店①
PM部門
ALM部門
期間GAPのない
資金吻合
ローン売却
貸出
リスク管理部門
金利
お客様
資金調達
預金
購入代金
営業部店
③
金利
(仕切レート)
金利
支店②
金利
お客様
(仕切レート)
預金
信用リスク
市場
支店③
金利
市場
資本コスト相当額
損失発生時に補填
配賦
配賦資本
15
経営陣
金利
お客様
2.信用リスクの計測
2.信用リスクの計測
信用リスク計測の前提
 信用リスクの計測にあたっては、以下の論点について整
理しておく必要がある
リスク計測期間
与信ポートフォリオは変動性が小さいため、信用リスク計
測期間は会計期間に合わせて1年間とするのが一般的
損益認識
損失をいつ認識するのかによって、次の2つの方法が存在
デフォルトモード(DM):デフォルトによる損失のみを考慮
MtMモード:信用力低下に伴う債権価値減少による損失も考慮
(Marked to Market Mode)
17
2.信用リスクの計測
デフォルト・モードとMtMモードの比較
損失認識
発生主義
時価主義
手法名
Default Mode(DM)
Mark to Market Mode(MtM)
取引の目的
取引例
エクスポージャ-の認識
■満期保有
■短期売買(セカンダリー市場)
■貸出・保証等
■債券・デリバティブ等
■簿価ベース
■時価ベース
■支払不能(デフォルト)
■支払不能(デフォルト)
損失発生イベント
■格付低下
■取引残高
■取引のキャッシュフロー情報
■市場情報(格付別イールドカーブ)
主な必要パラメータ
■LGD(デフォルト時損失)
■LGD(デフォルト時損失)
■PD(デフォルト確率)
■PD(デフォルト確率)
■格付遷移確率
■信用力変化に関する相関
■信用力変化に関する相関
■CSFP「Credit Risk+」
■JPMorgan「CreditMetrics」
モデル例
※本講義では、デフォルト・モードでのリスク計測について取り上げる
18
2.信用リスクの計測
ELの算出に必要なパラメータ
 デフォルト・モードでのELの算出にあたっては、以下の
情報をパラメータとして与える必要がある
■ ELの算出に必要なパラメータ
パラメータ名
内容
デフォルト率
(Probability of Default, PD)
企業が1年以内にデフォルトする確率。格付別に推定されるの
が一般的。
デフォルト時損失率
(Loss Given Default, LGD)
企業がデフォルトした際に、与信額のうち損失となる割合。債権
の保全状況や期待される残余資産額によって変化する。
デフォルト時エクスポージャ
(Exposure at Default, EAD)
デフォルト時点における与信額。コミットメントライン等の取引に
ついては推定する必要がある。
19
2.信用リスクの計測
ELの算出式
 企業iのELは次の式により算出することができる
ELi = EADi × LGDi × PDi
デフォルト時損失額
EADi : 企業iのデフォルト時エクスポージャ
PDi : 企業iのデフォルト率
LGDi : 企業iのデフォルト時損失率
 ポートフォリオのELは企業毎のELの総和となる
EL = ∑i ELi
■ ELの算出例
企業名
A
B
C
20
残高
(EAD)
100
200
300
デフォルト時
損失率(LGD)
100%
25%
50%
デフォルト時
損失額
デフォルト率
(PD)
100
5.0%
50
10.0%
150
20.0%
ポートフォリオ計
EL
5
5
30
40
2.信用リスクの計測
損失額分布の算出例 - 独立な場合 -
 デフォルトが独立に発生するのであれば、損失額分布の
算出は容易
実際にはデフォルトの発生には相関があるため、信用リス
ク計測モデルや近似計算が必要になる
■ 企業3社の場合における損失額分布
企業名
デフォルト時
損失額
デフォルト
率 scenario1
1年後における債務者の状態(○:非デフォルト、×:デフォルト)
scenario2
scenario3
scenario4
scenario5
scenario6
scenario7
scenario8
A
100
5.0%
○
×
○
○
×
○
×
×
B
50
10.0%
○
○
×
○
×
×
○
×
C
150
20.0%
○
○
○
×
○
×
×
×
発生損失額
発生確率
0
100
50
150
150
200
250
300
68.40%
3.60%
7.60%
17.10%
0.40%
1.90%
0.90%
0.10%
21
2.信用リスクの計測
相関の考慮
 実際の企業のデフォルトは独立に発生するのではなく、
相関があることが知られている
Ex.景気が悪化すると企業のデフォルトは急激に増加する
 相関が存在すると巨額の損失が発生する可能性が高まる
ため、相関を考慮して信用リスク計測を行う必要がある
⇒ 信用リスク計測モデルの必要性
信用リスク計測モデルとは、相関を持ちながらデフォルト
が発生する様子を数学的にモデル化したもの
22
2.信用リスクの計測
企業価値モデル①
 信用リスク管理の実務では、「企業価値モデル」が標準
的な信用リスク計測モデルとして広く使われている
企業価値がデフォルト閾値を下回った場合に当該企業はデ
フォルトするものと仮定する
企業価値が総資産、デフォルト閾値が総負債を表象
【企業価値モデルのイメージ】
企業価値Z
非デフォルト
現在
一年後
デフォルト閾値
デフォルト
23
2.信用リスクの計測
企業価値モデル②
 企業価値は、以下のようにモデル化される
~
Zi
~
Zi
N
N
~
2
= ∑ α ik X k + 1 − ∑ α ik ε~i
k =1
k =1
ε~i
: 企業iの企業価値
~
Xk
α ik
: 共通リスク因子
: 企業iの個別因子
: 企業iの感応度係数
<確率分布に対する仮定>
~
X k ~ N (0, 1) ,
ε~i ~ N (0, 1)
N (0, 1) : 標準正規分布
~ ~
Corr X k , ε i = 0 , Corr (ε~i , ε~j ) = 0 (i ≠ j )
(
)
~
⇒ これらの仮定から、企業価値についても Z i ~ N (0, 1) となる
24
2.信用リスクの計測
企業価値モデルの意味付け
 前頁の数式に現れた諸変数の意味付けは以下の通り
<共通リスク因子>
全ての企業の企業価値に影響を及ぼす、景気等のマクロ金融
経済状況を表象した因子
<感応度係数>
企業価値が、共通リスク因子(マクロ金融経済状況)からど
の程度影響を受けるのかを表した係数
<個別因子>
各企業固有の業況によって企業価値が変動する影響を表した
因子
25
2.信用リスクの計測
デフォルト閾値
 企業i の長期平均デフォルト率を PDi とすると、デフォル
ト閾値 Ci は次のように求めることができる
PDi = Φ (Ci ) ⇒ Ci = Φ −1 (PDi )
( Φ ( x ) : 標準正規分布の分布関数)
【企業価値モデルのイメージ】
企業価値Z
非デフォルト
現在
一年後
デフォルト閾値= Ci
この部分の面積=デフォルト率
= Φ (Ci ) デフォルト
26
2.信用リスクの計測
条件付きデフォルト率
 共通リスク因子はマクロ金融経済状況を表象しており、
その値によってデフォルト率が変化する

x であるという条件の下での、企

 共通リスク因子の値が
業 i の条件付デフォルト率 pi (x ) は以下のよう計算できる
N
~  
 N

~
2

pi ( x ) = Pr  Z i < Ci X = x  = Pr  ∑ α ik xk + 1 − ∑ α ik ε~i < Ci


 k =1
k =1
N

Ci − ∑ α ik xk


k =1
= Pr  ε~i <
N
2

1 − ∑ α ik

k =1

N


C − α x

ik k
 i ∑

k =1
 = Φ
N

 1− α 2
∑
ik


k
1
=


27



  ①






2.信用リスクの計測
損失額分布の算出
 銀行のポートフォリオは債務者数が非常に多いため、損
失額分布を算出するためには何らかの近似計算が必要
 信用リスク管理の実務では、計測精度を重視してモンテ
カルロ・シミュレーション法を用いることが多い
<モンテカルロ・シミュレーション>
乱数を用いて確率的な現象をコンピュータ上で再現し、解
析する手法
非常に複雑な問題でも解析できる一方、計算時間がかかる
28
2.信用リスクの計測
モンテカルロ・シミュレーションによる信用リスク計測
 モンテカルロ・シミュレーション法では、次のようなス
テップを繰り返し行って損失額分布を算出する
<Step1> 共通リスク因子の生成
正規乱数を発生させ、共通リスク因子の値を決める
< Step2> 条件付デフォルト確率の算出
Step1で得られた共通リスクファクターの値に対応した条件付デフォ
ルト率を、全企業について算出する
< Step3> デフォルト・シナリオの作成
Step2で算出した条件付デフォルト率を用いて、デフォルトの発生を
シミュレーションする
29
2.信用リスクの計測
モンテカルロ・シミュレーションの実行過程(1)
<Step1> 共通リスク因子の生成
 共通リスク因子は正規分布に従うと仮定されているため、正
規乱数によってその値を擬製する
 具体的には、次式によって共通リスク因子の値を決める
xk = Φ
−1
(r )
Φ (x ) : 標準正規分布の分布関数
r : 一様乱数(0~1の値を等確率でとる乱数)
一様乱数を分布関数の逆関数で変換することにより、任意の確率
分布に従う乱数を発生させることができる(逆関数法)
正規分布の分布関数の逆関数は解析的に表すことはできないが、
数値的に高い精度で計算するアルゴリズムが複数存在する
30
2.信用リスクの計測
モンテカルロ・シミュレーションの実行過程(2)
<Step2> 条件付デフォルト率の算出
 ①式にStep1で得られた共通リスク因子の値を代入し、条件付
デフォルト率を全ての企業に対して算出する
<Step3> デフォルト・シナリオの生成
 企業毎に一様乱数を与え、その値が条件付デフォルト率より
小さかった場合に、デフォルトしたものとみなす
ri < pi (x)
ri > pi (x)
企業 i が デフォルト( ri :企業 i に対する一様乱数)
企業 i が 非デフォルト
 デフォルトした企業のデフォルト時損失額(=EAD×LGD)の
総和を計算し、シナリオに対応した損失額を算出する
31
2.信用リスクの計測
<参考>数値計算による信用リスク計測
 損失額分布の密度関数は次のように書けることが知られてい
る
1
f L (t ) =
2π


  
(
)
∫ ∫ ∏ 1 − p ( x ) + p ( x )e φ ( x )dx e
γ + i∞ 
 ∞
γ − i∞
−∞
N
i
i
− λ Ei
λt
dλ
i =1
 上式を単純にコンピュータで計算すると非常に時間が掛かる
 次の論文では、計算過程を工夫することにより、上式を極め
て高速に計算する方法が示されている
Takano, Y. and Hashiba, J. “A Novel Methodology for Credit
Portfolio Analysis: Numerical Approximation Approach.”
( http://www.mizuhobank.co.jp/fintec/english/guide/business/results/pdf
/results20080424.pdfよりダウンロード可能 )
32
3.信用リスクの配分
3.信用リスクの配分
リスク配分の意義
 信用リスクを効率的に制御するためには、リスクの総量
だけでなく、その発生要因を把握することが必要
⇒ リスク配分の必要性
ポートフォリオ全体のリスク量を個社もしくは個別取引に
配分し、リスクの発生要因を明らかにする
 具体的には、リスク配分を行うことによって次のような
情報を得ることができる
どの企業への貸出がリスク量を増大させているのか?
特定の業種にリスクが偏重していないか?
34
3.信用リスクの配分
リスク寄与度方式による個社へのリスク配分
 リスク寄与度方式によるリスク配分では、次式によって
ポートフォリオを構成する個社のリスク量を与える
∂VaR
VaR
ECi
=
⋅ Ei
∂Ei
ECi
CVaR
∂CVaR
⋅ Ei
=
∂Ei
ECiVaR : 企業 i のリスク量
Ei : 企業 i のデフォルト時損失額(= EADi × LGDi )
※リスク寄与度を算出するためにはVaRやCVaRの微分を計
算する必要があり、計算上の工夫が必要になる
35
3.信用リスクの配分
個社リスク量の加法性
 リスク寄与度方式で算出した個社リスク量の総和は、
ポートフォリオ全体のリスク量に一致する(加法性)
VaR = ∑i ECi
VaR
,
CVaR = ∑i ECi
CVaR
 この性質を利用すると、格付や業種といったカテゴリー
別のリスク量を簡単に計算できる
【図】 カテゴリー別分析のイメージ
36
3.信用リスクの配分
個社リスク量の解釈
 下の曲線は、債務者 i のデフォルト時損失額を変化させ
た際のVaRの変化を表したもの
デフォルト時損失額が大きくなるほどVaRに与える影響も
大きくなるため、この曲線は下に凸になる
VaR
※ 債務者 i 以外のエクスポージャは固定
MVaR(限界VaR
)
i
Eiにおける接線の傾き =
ECi
=
VaR
∂VaR
∂Ei
∂VaR
⋅ Ei
∂Ei
Ei
37
債務者 i のエクスポージャ
3.信用リスクの配分
個社リスク量とリスク削減効果
 債務者iのデフォルト時損失額をΔEi だけ変化させたとき
のVaRの変化額は、次のように近似できる
∂VaR
∆VaR ≅ ∆Ei ⋅
∂Ei
Ei の変化に伴うリスク総量の変化を容易に算出できる
VaR
∆VaRi
∆Ei
Ei′
38
Ei
3.信用リスクの配分
リスク寄与度の活用
 リスク寄与度方式による個社リスク量は、次のように書
き換えられることが知られている
ECi
VaR
= Ei ⋅ PDi
VaR
,
PDi
VaR
[
~ ~
= E Di L = VaR
]
~
L : ポートフォリオから発 生する損失額
~
Di : 債務者 i のデフォルト定義関数 (Default ⇒1, Non − Default ⇒0)
VaR
※ PDi は「損失がVaRとなる条件の下での債務者iの条件付デ
フォルト率」であり、次式が成立することが知られている
PDi
VaR
=
39
∂VaR
∂Ei
3.信用リスクの配分
個社リスク量の算出例
■ サンプル・ポートフォリオでの個社リスク量の算出例
①債務者ID ②債務者名
単位 :
百万円
③格付
④PD
⑤業種
⑥デフォルト時
損失額
⑦EL
⑧個社リスク量
(VaRベース)
⑨デフォルト時損失額比
個社リスク量(=⑧/⑥)
1
A社
2格
0.12%
業種4
1,021,700
1,226
690,079
67.5%
2
B社
4格
0.20%
業種1
510,850
1,022
59,737
11.7%
3
C社
7格
1.00%
業種2
340,567
3,406
44,842
13.2%
4
D社
6格
0.50%
業種3
255,425
1,277
12,749
5.0%
5
E社
8格
5.00%
業種1
204,340
10,217
38,000
18.6%
6
F社
2格
0.12%
業種1
170,283
204
2,912
1.7%
7
G社
1格
0.10%
業種1
145,957
146
1,971
1.4%
8
H社
8格
5.00%
業種2
127,713
6,386
18,363
14.4%
9
I社
7格
1.00%
業種3
113,522
1,135
5,196
4.6%
10
J社
7格
1.00%
業種2
102,170
1,022
6,001
5.9%
:
:
:
:
:
:
:
:
:
<参考:サンプルポートフォリオの情報>
デフォルト時損失額の合計 : 10兆円, 債務者数:1万社
信頼率 : 99.9%, VaR = 1,158,587百万円
40
3.信用リスクの配分
演習問題
 前頁の表を参照して、次の問題に答えなさい
Q1.A社への与信を1,000億円減らすと、VaRはいくら減るか
Q2.D社へ追加融資したい。VaRの増加額を10億円以内に抑え
るには、いくらまで貸せるか。
Q3.A社のデフォルト率は0.12%と低いが、損失額がVaRに
達する場合でもデフォルトしている可能性は小さいか
41
3.信用リスクの配分
演習問題の解答
A1. 約675億円減る(1,000億円×67.5%=675億円)
A2. 約200億円(200億円×5.0%=10億円)
A3. 小さくない(VaR付近のシナリオを抽出すると、約67.5%の
確率でA社はデフォルトしている)
 このように、個社リスク量の情報は、ポートフォリオの
ヘッジ戦略や個社への与信戦略の立案に活用できる
 個社リスク量を用いることにより、個社ごとに収益性を
評価することも可能となる
42
3.信用リスクの配分
リスク指標としてのVaRの問題点①
 以下のような仮想ポートフォリオのリスク計測の結果、
図のような損失額分布が得られたとする
発生確率
■ ポートフォリオ
単位 : 百万円
①債務者ID
②債務者名
④PD
⑥エクスポージャ
1
A社
0.12%
1,000
2
B社
0.20%
200
:
:
:
:
99% VaR
※ 債務者はエクスポージャの大きい順に並んでいる
赤い部分がA社がデフォルトするシナリオに対応
⇒ この面積は約0.12%
0
200
400
600
800
1,000
1,200
1,400
1,600
1,800
2,000
損失額
※ 見やすくするため、上図では赤い部分の面積を誇張して表現している
43
3.信用リスクの配分
リスク指標としてのVaRの問題点②
 99%VaRは損失額上位1%の情報を捨象してしまうため、A
社のリスクを捕らえることができない
発生確率
■ ポートフォリオ
①債務者ID
1
2
:
99% VaR
単位 : 百万円
②債務者名
A社
B社
:
④PD
0.12%
0.20%
:
⑥エクスポージャ
1,500
200
:
A社への与信をふやしても、赤い部分が右
へ移動するだけで、99% VaRは変化しない
0
200
400
600
800
1,000
1,200
1,400
※ 見やすくするため、上図では赤い部分の面積を誇張して表現している
44
1,600
1,800
2,000
損失額
3.信用リスクの配分
リスク指標としてのVaRの問題点③
 さらに、99.9%VaRではB社のリスクを捕らえることがで
きない
単位 : 百万円
■ ポートフォリオ
発生確率
①債務者ID
②債務者名
④PD
⑥エクスポージャ
1
A社
0.12%
1,000
2
B社
0.20%
200
:
:
:
:
99.9% VaR
A社、B社ともにデフォルトするシナリオ
はこの部分のみ
⇒B社への与信を増やしても99.9% VaR
はほとんど変化せず
0
200
400
600
800
1,000
1,200
45
1,400
1,600
1,800
2,000
損失額
3.信用リスクの配分
リスク指標としてのVaRの問題点④
例(1)の場合、 EC A社
VaR
=0となる
VaR
例(2)の場合、 EC B社 ≒0となる
 これらの例から分かるように、VaRは大口先のリスクを
適切に捕らえられない場合がある
これは、VaRが分布の一点のみの情報で決まり、信頼率を
超える事象については把握できないことに起因している
 CVaRを用いると、上述のような現象は起きない
CVaRには、VaRを越える損失事象に関する情報も含まれて
いるため
46
4.基礎知識
4.基礎知識
基礎知識(1)
 ポートフォリオ管理
 損失額分布と信用リスク指標
EL、VaR、CVaR、UL
 収益評価指標
業務粗利益、RAR、RAROA、SVA、RAROC
 信用リスク制御
分散可能リスク(非システマティック・リスク)と分散不
能リスク(システマティック・リスク)
48
4.基礎知識
基礎知識(2)
 ELの算出に必要なパラメータ
PD、LGD、EAD
 信用リスクの計測手法
企業価値モデル
 共通リスク因子、個別リスク因子、感応度係数
モンテカルロ・シミュレーション
 信用リスクの配分
リスク寄与度方式
リスク指標としてのVaRの問題点
49
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