Vol.4 政策アセットミクス(下)

シリーズ:規約型確定給付企業年金担当者のための資産運用入門
Vol.4 政策アセットミクス(下)
前回は、政策アセットミクス策定のプロセスが、効率的フロンティアを求め、そ
こ か ら 政 策 ア セ ッ ト ミ ク ス を 導 き 出 す と い う こ と で あ り 、そ の 概 略 を 説 明 し ま し た 。
今回は、効率的フロンティアから政策アセットミクスを導き出すプロセスを、もう
少し詳しく見ていきます。
政策 アセットミクスを導き出すプロセスの概 略
(a) 政 策 アセットミクスを維 持 する投 資 期 間 の決 定
(b) 資 産 クラスとベンチマークの決 定
(c) 期 待 リターンの予 測
(d) リスクの予 測
(e) 効 率 的 フロンティアの作 成
(f) 最 適 ポートフォリオの決 定 ⇒ 政 策 アセットミクス
1.投資期間の決定
(1) 投 資 期 間 の 考 え 方
政策アセットミクスを維持する期間は、効率的フロンティアから最適ポートフォ
リオを決定するにあたって、大きな影響を及ぼします。年金制度だけを見れば、年
金債務が長期の支払いに対応したものであることから、年金資産の投資期間も長期
が良いということができそうです。しかしながら、後に述べるように政策アセット
ミクスの基礎となる効率的フロンティアは、期待リターンやリスクの予測に基づい
ています。金融市場の超長期の予測は難しく、信頼性に欠けます。制度を提供する
企業を取り巻く経済環境も、長期の予測は困難です。
このようなことから、長期と言っても、投資期間を3~5年程度とすることが多
いようです。この周期は、年金制度の掛金の再計算の周期とも一致しますので、そ
の意味でも都合が良いと言えます。掛金の計算基礎となる予定利率は、予定運用収
益を基礎として決めることが多く、再計算の時期に政策アセットミクスを見直し、
新しい政策アセットミクスに基づく予定運用収益を予定利率の基礎とすることは、
1
理にかなっています。
以上の議論は年金制度の側だけから見たものです。制度を提供する企業にとって
みると、企業年金制度の資産運用は、退職給付会計を通じて企業業績とも密接な関
係があります。日本の会計基準においても、連結財務諸表上は、毎年発生する数理
計算上の差異の全額を包括利益に計上しなくてはなりません。会計上の期待運用収
益を実績の運用収益が下回れば、数理計算上の差損が発生しますので、その全額を
包括利益では損失として計上することになります。企業から見れば、年金制度は長
期の制度だからと悠長なことは言っていられない事情もあるのです。
政策アセットミクスは、定められた投資期間の間は維持するとしても、毎年の運
用については、下振れリスクへの対処余力は常に検証しておく必要があります。短
期的に起こる変化を常に観察し、必要に応じて政策アセットミクスを変更する柔軟
性も必要です。
(2) 時 間 分 散 効 果
株式など収益の変動が大きい資産に投資するとき、投資期間が長期になるほど、
累 積 リ タ ー ン が マ イ ナ ス と な る 確 率 は 低 減 し ま す 。投 資 期 間 の 平 均 収 益 率 で み る と 、
投資期間が長期になるほど変動は小さくなります。時間分散効果によるリスクの低
減ですが、このことを簡単なシミュレーションで見ていきましょう。
株 式 を 意 識 し た 、 平 均 リ タ ー ン が 6%、 リ ス ク が 20%と い う 資 産 を 考 え ま す 。 こ の
資産のリターンが正規分布に従うと仮定して、累積リターンの分布を、モンテカル
ロシミュレーション(コンピューター上で乱数を発生させて行うシミュレーション
の総称)で求めてみます。図表 1 は、累積リターンと、元本割れの確率を示したも
のです。
確かに、元本割れの確率は、投資期間が長期になるにつれて低減していきます。
当 初 の 数 年 は 元 本 割 れ の 確 率 は 30%以 上 あ り ま す が 、20 年 あ た り で は 、20%を 下 回 り 、
30 年 経 過 す る と 15%を 下 回 っ て い ま す 。 時 間 分 散 効 果 が あ り そ う で す 。 し か し 、 累
積リターンそのものの振れ幅は、時間とともに大きくなっているように見えます。
これは当然で、複利の効果が時間の経過とともに大きくなるためです。
時間分散効果は、投資期間を通した平均リターンでみると、より一層はっきりし
ます。図表 2 は、投資期間の平均リターンの分布です。時間経過とともに、平均リ
ターンの振れ幅が小さくなっていくことが分かります。
2
図表1:累積リターンの分布(シミュレーション結果)
1000%
50%
900%
45%
800%
40%
上位5パーセント
中央値
下位5パーセント
元本割れ確率(右軸)
700%
600%
35%
30%
500%
25%
400%
20%
300%
15%
200%
10%
100%
5%
0%
0%
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
図 表 2: 平 均 リ タ ー ン の 分 布 ( シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 結 果 )
40%
30%
上位5パーセント
中央値
20%
下位5パーセント
10%
0%
-10%
-20%
-30%
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
株式のような振れ幅の大きな資産への投資では、注意しなければならない点があ
ります。単年度に大きなマイナスが発生する確率が、思いのほか高いということで
す 。上 の 例 で 言 え ば 、- 2 σ に あ た る 、- 34%と い う 大 き な マ イ ナ ス の 運 用 結 果 が 出
る 確 率 が 2.3%も あ り ま す 。 い っ た ん 、 こ の よ う な 大 き な マ イ ナ ス が 出 て し ま う と 、
マ イ ナ ス を 取 り 返 す た め に は 、+ 1 σ に 相 当 す る 26%の 運 用 結 果 が 2 年 続 く 必 要 が あ
り ま す 。 そ れ で も 初 年 度 か ら の 初 年 度 か ら の 累 積 収 益 率 は 、 4.8%に す ぎ ま せ ん 。 仮
に 平 均 値 で あ る 6%で 運 用 で き た と す る と 、3 年 後 の 累 積 収 益 率 は 19%を 超 え 、4 年 後
に は 26%を 超 え ま す 。 1 年 目 に - 34%と い う 大 き な マ イ ナ ス が 出 た 場 合 に は 、 そ の 後
3
年 26%の 収 益 が 2 年 続 い て も 、6%が 続 い た 場 合 に 追 い 付 く た め に は 、4 年 目 に さ ら に
20.5%の 運 用 収 益 が 必 要 と な り ま す 。
このように、大きなマイナス収益が出ると、取り返すためには高いリターンが必
要となります。その様子を示したのが図表3です。図表 1 の累積リターンと同じ方
法 で シ ミ ュ レ ー シ ョ ン し ま し た が 、 ス タ ー ト 地 点 が 元 本 に 対 し て - 30%で あ る 70%と
しました。当然ですが元本割れリスクが、図表 1 の場合に比べて増大しています。
図表3:累積リターンの分布(元本割れから始めたシミュレーション結果)
1000%
100%
900%
90%
800%
80%
700%
70%
上位5パーセント
中央値
下位5パーセント
元本割れ確率(右軸)
600%
500%
400%
60%
50%
40%
300%
30%
200%
20%
100%
10%
0%
0%
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
元 本 割 れ の 確 率 が 50%を 切 る の が 9 年 目 、 20 年 目 で も 30%を 超 え て い ま す し 、 30
年 後 で も 20%近 く ま で し か 下 が り ま せ ん 。時 間 分 散 効 果 に 期 待 し て 、株 式 の よ う な 大
きなリスクがある資産を増やした場合、下振れリスクに対して更なる注意を払う必
要があります。
(3) 投 資 期 間 と リ ス ク 管 理
3~ 5 年 と い う 投 資 期 間 を 設 定 し た 場 合 で も 、 短 期 の リ ス ク 管 理 は 必 要 で す 。 年 金
制度の場合には、下振れリスクの管理が一層必要となります。政策アセットミクス
を策定し、その維持期間をたとえば 5 年と決めた場合でも、その期間内の市場環境
の変化を常に観察し、必要に応じて機敏な対応ができる体制を整えておく必要があ
ります。
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2.資産クラスとベンチマークの決定
(1) 資 産 ク ラ ス
政策アセットミクスを策定するにあたって、どのような資産クラスを使用するか
は大きな問題です。よく見られる例は、国内株式、国内債券、外国株式、外国債券
の 4 資産とするものです。この 4 資産が用いられるのは、一つには、厚生年金基金
などで適用されていた、資産運用に関する数量規制の影響があるでしょう。
1997 年 に 撤 廃 さ れ ま し た が 、そ れ ま で は い わ ゆ る 5= 3= 3= 2 規 制 と 言 わ れ る 運 用
規 制 が あ り ま し た 。国 債 、地 方 債 な ど 安 全 性 の 高 い 資 産 が 50% 以 上 、株 式 30% 以 下 、
外 貨 建 て 資 産 30% 以 下 、 不 動 産 20% 以 下 と い う も の で す 。 こ れ か ら 資 産 ク ラ ス を 、
株式と債券に分け、さらに国内と外貨建て資産に分けるという 4 資産に区分するこ
とが一般的に行われるようになりました。
ま た 、G P I F が こ の 資 産 ク ラ ス を 使 用 し て い る こ と も 、影 響 し て い る で し ょ う 。
厚生年金基金では、代行部分の資産について、GPIFの資産運用にある程度追随
する必要がありましたので、GPIFが使用している資産クラスを、それぞれの厚
生年金基金でも採用する必要がありました。
資産クラスを分けるのは、それぞれの資産クラスのリターン・リスク特性が異な
るからです。異なるリターン・リスク特性の資産によりポートフォリオを作るから
こそ、分散投資効果によりポートフォリオ全体のリスクを抑えながら、リターンを
向上させることができます。
一般的に使われている 4 資産ですが、問題点がないわけではありません。たとえ
ば、国内株式でも小型株というくくり方をすると、国内株式全体とは、リターン・
リスク特性が異なると言われています。小型株を運用スタイルとして扱うか、新た
な資産クラスとして扱うかは、一つの問題となりえます。
ま た 、 株 式 に 関 す る カ ン ト リ ー バ イ ア ス と い う 問 題 も あ り ま す 。 MSCI 社 が 作 成 し
て い る 先 進 国 株 式 の 指 数 の 国 別 構 成 で は 、日 本 株 式 は 9% 弱 に す ぎ ま せ ん 。カ ン ト リ
ーバイアスとは、自国の株式を重視しすぎていないかという問題です。これも、運
用コストの問題や、運用商品の問題があり、軽々に結論が出せる問題ではありませ
ん。一つの考え方として、国内株式、外国株式の区分は必要ないのではないかとい
う考え方があることを理解してください。
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(2) ベ ン チ マ ー ク の 必 要 性
資産クラスのリターン・リスク特性を分析するためには、ベンチマークが必要と
なります。ベンチマークのそもそもの意味は、測量における基準点のことです。資
産運用では、市場平均を表す指標です。国内株式で言えば、日経平均とか東証株価
指 数 ( TOPIX) が そ れ に 当 た り ま す 。
企業年金連合会の資料によれば、確定給付企業年金でよく使われているベンチマ
ークは以下の通りです。
図表4:一般的に使用されているベンチマーク
国 内 債 券・・・・・・NOMURA-BPI(総 合)
国 内 株 式・・・・・・TOPIX(配 当 込み)
外 国 債 券・・・・・・シティグループ世 界 国 債 インデックス(日 本を除く・円 換 算)
外 国 株 式・・・・・・MSCI Kokusai(円 換 算・配 当 再 投 資・グロス)
短 期 資 金・・・・・・コール・ローン(翌 日 物、有 担 保)
(3) 資 産 ク ラ ス ご と の 特 徴
ア.国内株式
資産クラスとして国内株式は、株式市場そのものというイメージでしょうか。年
金 資 産 運 用 に お い て 、ハ イ リ タ ー ン を 見 込 め る 投 資 対 象 と し て 重 視 さ れ て き ま し た 。
ハイリターンが期待できる分、価格変動が大きくリスクも大きいのが特徴です。
また、国内の景気動向と価格連動性が高く、長期的にはインフレヘッジ効果が期
待できます。
ベ ン チ マ ー ク と し て は 、TOPIX が 一 般 的 で す 。ベ ン チ マ ー ク の 要 件 と し て 、市 場 の
網 羅 性 、代 表 性 、再 現 性 な ど が 挙 げ ら れ ま す 。証 券 取 引 所 に 上 場 さ れ て い る 株 式 が 、
すべて売買の対象かといえば、そうではありません。持ち合い株式、親子関係株式
など、一般には取引されない株式が少なくなくあります。このような株式の場合、
需 給 関 係 が 株 価 に 影 響 を 及 ぼ し ま す 。 こ の よ う な 株 式 が あ る こ と か ら TOPIX で も 浮
動 株 調 整 が 行 わ れ て い ま す が 、TOPIX と 同 じ 収 益 を 得 る ポ ー ト フ ォ リ オ を 作 成 す る と
きには、実務上もこのようなことも考慮しながら作成されています。網羅性を達成
し よ う と す れ ば 、 再 現 性 を あ る 程 度 犠 牲 に せ ざ る を 得 な い な ど 、 TOPIX と い え ど も 、
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ベターではあっても完全なベンチマークというわけではないことを理解すべきです。
イ.国内債券
資産クラスとしての国内債券に属している個々の債券には、満期があります。そ
の将来のキャッシュフローは、デフォルトリスクを無視すれば、確定しています。
あ る 時 点 の 債 券 の 価 格 1を 求 め る た め に は 、 将 来 の キ ャ ッ シ ュ フ ロ ー を 割 り 引 い て 現
在価値にする必要があります。この割引計算に用いる金利が変動するため、債券の
価格も変動します。
満期保有を前提とすると、クーポン収入の再投資による効果を無視すれば、キャ
ッシュフローは確定しています。年金も同じように受給者のキャッシュフローは多
くの場合に確定しており、債券は年金負債に、似たキャッシュフロー特性を持つ資
産と言えるでしょう。
国 内 債 券 の ベ ン チ マ ー ク と し て は 、 NOMURA-BPI( 総 合 ) が 一 般 的 に 使 用 さ れ て い
ます。頻繁に銘柄が入れ替えられることが問題であるとの指摘もありますし、デュ
レ ー シ ョ ン 2が 年 金 債 務 に 比 較 す る と 短 い な ど の 問 題 点 も あ り ま す 。 な お 、 デ ュ レ ー
ションは、最近では 9 年弱と従前に比べれば長くなっています。年金負債のデュレ
ーションは制度ごとに異なりますので、制度ごとのオーダーメイドのベンチマーク
が欲しいところですが、ベンチマーク作成のコストを考えると、実現は難しいかも
しれません。
ウ.外国株式
同じ外貨資産でも、外国債券に比較すると為替の影響よりも、株式市場そのもの
の影響を大きく受けます。為替変動により、株式本来のリターン・リスク特性は影
響を受けないと言ってよいでしょう。
投資対象として、外国株式には国内株式にない魅力があります。株式による収益
は、その国の経済成長率の影響を受けると考えられますが、日本よりも高い成長が
見込める国への投資が可能になります。外国株式への投資は、それぞれの国の市場
を通して行うこととなり、価格形成は、それぞれの国のファンダメンタルズに影響
をうけます。そのため、国内株式とは異なるリターン・リスク特性を示し、互いの
相関も必ずしも高くない場合があります。高いリターンを享受しながら、同時に分
債 券 価 格 の計 算 については、補 論 1を参 照 してください。
金 利 変 動 に伴 う債 券 価 格 (負 債 の価 値 )の変 動 の度 合 いです。詳 細 は補 論 2を参 照 してくださ
い。
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散投資効果による、リスク低減を図れる可能性があるということになります。
ベ ン チ マ ー ク と し て は 、 MSCI Kokusai( 円 換 算 ・ 配 当 再 投 資 ・ グ ロ ス ) が 使 わ れ
ま す 。 MSCI 社 が 作 成 す る 先 進 国 株 式 の イ ン デ ッ ク ス か ら 、 日 本 を 除 い た も の で す 。
全 22 か 国 の 大 型 株 、 中 型 株 を 対 象 に し て い ま す 。
エ.外国債券
経済ファンダメンタルズの違いにより、各国の金利変動は、国内金利とは異なる
ため、外国債券への投資により、収益獲得の可能性や、リスク低減の可能性があり
ます。ただし、為替ヘッジを行わない場合、短期的には為替変動の影響が大きく出
るため、為替への投資という側面が目立ちます。
為替ヘッジを行うと、長期的なリターン・リスク特性は、国内債券と似たものと
なります。独立した資産クラスとしての意味合いは減少します。そのため、為替変
動によるリスク分散効果も考慮して、為替ヘッジ無しとする場合も少なくないよう
です。
ベンチマークとしては、シティグループ世界国債インデックス(日本を除く・円
換算)が使われます。頻繁な銘柄の入れ替えの問題や、米国の国債市場の縮小によ
り、国別ウェイトでは米国がGDP比に比べて小さくなっている問題などが指摘さ
れています。
3.期待リターンの予測
資産クラスとベンチマークが決まったとして、効率的フロンティアを導き出すた
めには、各資産クラスの期待リターンの予測値が必要となります。投資期間に対応
する期間の予測値であり、それほど簡単な課題ではありません。
一般的に使われている予測方法としては、過去平均法、ビルディング・ブロック
法 、シ ナ リ オ 法 、イ ン プ ラ イ ド・リ タ ー ン 法 の 4 つ が 挙 げ ら れ ま す 。こ の ほ か に も 、
様々な方法があるようです。いずれにしても、効率的フロンティアを導き出すため
の、最も重要な基礎ですので、どのような方法が用いられているのかを把握するこ
が必要だと考えます。
(1) 過 去 平 均 法
最も簡便な方法です。過去の一定期間のリターン実績値の平均値を、将来の期待
リターンの予測値とします。リターンの分布構造が、変化しないことを前提として
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います。定性的な判断が入らず客観性が高い点と、分かりやすい点が大きな長所で
す。
リターンの分布がランダムであり、平均値や分布に大きな変化がないことを前提
とできる場合には、大変良い方法と言えます。過去のすべての期間で、この前提が
成り立つのであれば、平均値をとる期間をできるだけ長くとれば、大変良い推定量
が得られます。しかしながら、下表に見るように、市場の平均収益率は、平均を取
る期間によって、大きく異なります。
図表5:過去の市場収益率
2015 年 度
過去 5 年
過 去 10 年
過 去 20 年
過 去 30 年
平均
平均
平均
平均
国内債券
5.40%
3.11%
2.63%
2.56%
3.59%
国内株式
△10.82%
11.47%
△0.57%
0.46%
1.39%
外国債券
△2.74%
9.25%
4.02%
5.80%
5.27%
外国株式
△8.64%
14.14%
4.93%
7.60%
7.64%
注 ) 企 業 年 金 連 合 会 「 企 業 年 金 の 運 用 状 況 ( 2015 年 度 )」 よ り
例 え ば 、国 内 株 式 の「 過 去 20 年 」に は 、バ ブ ル 崩 壊 後 の 下 降 局 面 は 含 ま れ ま す が 、
その前の上昇局面は含まれません。
「 過 去 30 年 」に は 、バ ブ ル 崩 壊 前 の 上 昇 局 面 が 、
一 部 だ け で す が 含 ま れ て い ま す 。「 過 去 10 年 」 に は 、 リ ー マ ン シ ョ ッ ク の 影 響 が 含
ま れ て い ま す が 、「 過 去 5 年 」 に は 含 ま れ て い ま せ ん 。
単純に過去の一定期間の平均値を予測値すれば、客観性は保たれますが、均一な
市場を前提とした良い予測値とは言えない可能性があります。そのため、予測者の
裁量により、他の期間と比較して、リターンの分布構造が異なると考えられる期間
を除くこともあるようです。バブル期周辺の時期のデータを除くなどの修正が、そ
の一例です。
先 ほ ど 、「 定 性 的 な 判 断 が 入 ら ず 客 観 性 が 高 い 点 」を 長 所 の 一 つ し ま し た が 、こ の
ような修正が行われるとすると、予測者の定性的な判断が少しだけ入ることになり
ます。何をもってリターンの分布構造が異なるとするかにより、修正する範囲が異
な っ て し ま い ま す 。 バ ブ ル 期 周 辺 の 変 化 も 、 リ ー マ ン シ ョ ッ ク に よ る 影 響 も 、 IT バ
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ブルによる影響も、すべて株式市場において起こるべき変化の一つであり、それを
含めて株式市場のリターン構造であるという解釈も成り立ちます。
この方法により予測値を求めている場合には、平均値をとる期間をどのように定
めているのか、排除した期間があるかどうか、ある場合にはどの期間か、排除する
場合の基準は何かなどを理解しておく必要があるでしょう。
(2) ビ ル デ ィ ン グ ・ ブ ロ ッ ク 法
期待リターンが、無リスク金利、種々のリスク・プレミアムなどの多層構造とな
っていると考え、各要素の予測値の和によって、期待リターンの予測値とする方法
で す 。期 待 イ ン フ レ 率 と 期 待 実 質 金 利 の 合 計 で あ る 、無 リ ス ク 金 利 を ベ ー ス に し て 、
資産クラスごとに考えられるリターン生成要素の予測値を加えていきます。
リターン生成要素は、株式であれば株式のリスク・プレミアムになりますし、債
券であれば、償還までの期間によるホライズン・プレミアムと、デフォルト・プレ
ミアムです。ホライズン・プレミアムについて補足します。通常の債券は、発行時
に償還までの期間、その間のクーポンレート、額面価格などの発行条件が決まりま
す。償還されるまで、この条件は変わりません。債券購入者は、償還期間の間はこ
の条件に縛られることになり、環境の変化が有ったとしてもこの条件を受け入れな
ければなりません。債券の償還まで期間が長くなるほど、環境変化の可能性は高く
なり、長期保有のリスクが高まります。これがホライズン・リスクであり、このリ
スクを源泉とするリターンがホライズン・プレミアムです。一般に満期までの期間
が長いほど金利が高くなりますが、これにはこのリスクが関係しています。
ビルディング・ブロック法では、各要素に分けて予測値を求めます。最も簡便な
方法は、まず、ベースとなる無リスク金利については、足元の短期金利の数値を用
い、リスク・プレミアムについては、長期的に安定しているという前提で過去平均
値を使用する場合があります。要素を分けただけですが、単純な過去平均法より説
得性が高い場合があります。たとえば、さらに期待インフレ率と、期待実質期待金
利に要素を分けて予測値を求めれば、インフレ率が高い状況ではより精度の高い予
測値が得られるでしょう。
もう一つの方法は、各要素について、経済成長率などとの関係を組み入れたモデ
ルで予測する方法です。この方法では、モデルがどのようなものであるかの説明が
必要となります。
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過去平均法に比較すると、リターンの生成要素に分けて予測値を求めるため、市
場の変化にも柔軟に対応できる点が長所と言えます。各要素の予測は、定量的な方
法が取られることが多く、過去平均法と同じように、大きな変化に対しては対応が
難しいと言えます。
(3) シ ナ リ オ 法
過去平均法とビルディング・ブロック法が、過去のリターンの生成構造が将来も
変わらないことを前提として、過去データの定量的な分析に基づく方法であったの
に比べて、シナリオ法はより定性的な情報を重視して期待リターンの予測を行う方
法です。一般的な手順は、まず将来の経済状況について悲観、中立、楽観などいく
つかのシナリオと、その発生確率を想定します。各シナリオ下での、資産の収益率
を求め、シナリオの発生確率により加重平均した値を、期待リターンの予測値とし
ます。
シナリオ法は、定量的な情報だけではなく、様々なマクロ経済指標、エコノミス
トの見通しなどをより多くの情報を用い、マクロ経済学上の方法論に則って予測が
行われます。その点で、定量的なアプローチより優れていると考える者もいます。
一方で、シナリオの生成がブラックボックス化しやすく、発生確率についても確た
る根拠を示すのが困難など、定性的判断を多く含む手法が故の問題点も多くありま
す。
この方法を用いている場合には、予測リターンの導出過程について、詳細な説明
を求め、理解する必要があるでしょう。
(4) イ ン プ ラ イ ド ・ リ タ ー ン 法
イ ン プ ラ イ ド・リ タ ー ン 法 で は 、他 の 運 用 機 関 や 年 金 基 金 の ア セ ッ ト ミ ク ス か ら 、
逆算して期待リターンの想定値を求め、それを予測値とする方法です。企業年金連
合会の資料や、格付投資情報センターの情報から、年金基金や信託銀行の平均的な
アセットミクスが入手できますので、この方法によりそれらが想定していると考え
られる、平均的な期待リターンの予測値を求めることができます。具体的な計算方
法は図表6の通りです。
この手法では、他の市場参加者が平均・分散モデルを用いており、その計算で用
い る リ ス ク σ i 、 相 関 係 数 ρ ij 、 そ し て リ ス ク 回 避 度 k が 同 じ で あ る こ と を 前 提 と し て
います。実際には、リスクと相関係数は自身が用いているものを使うしかなく、リ
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スク回避度は決め打ちせざるを得ません。
図表6:インプライド・リターンの計算方法
資 産 i について期 待 リターンを Ri 、リスクを σ i 、投 資 比 率 を wi とします。
資 産 i と資 産 j のリターンの相 関 係 数 を ρ ij とし、投 資 家 のリスク回 避 度 を k とします。
この時 、期 待 リターンは次 の式 により求 められます。
N
Ri = 2kσ i ∑ w j σ j ρ ij
i = 1, 2, L N
j =1
上 記 の 期 待 リ タ ー ン の 式 を 見 る と 、も し リ ス ク と 相 関 係 数 が 与 え ら れ た と す る と 、
期待リターンはリスク回避度に比例する値になっています。期待リターンの絶対水
準は、リスク回避度で決まってしまいますが、各資産間の期待リターンの比率は、
リスク回避度に関わらず、その他のパラメータが決まれば決まります。インプライ
ド・リターン法により求められる予測値の絶対水準の信頼性はあまり高くなさそう
ですが、他の方法により求めた期待リターンの予測値を検証する際の参考情報とな
ることは確かでしょう。
4.リスクと相関係数の予測
期待リターンのリスクの予測値は、過去のリターンの実績値を用いて予測を行う
のが一般的なようです。期待リターンの予測にビルディング・ブロック方式を用い
た場合には、リスク・プレミアム部分の過去の実績値を用いてその標準偏差を計算
し予測値とすることになります。
この方法では、期待リターンと同様に過去のリターンの生成構造が大きく変化し
ないことを前提としていますので、できるだけ長期のデータを用いる方が精度の高
い予測となります。しかしながら、期待リターンの予測でも見たとおり、ある期間
のリターンの分布構造が異なるとみられることがあるため、予測者の裁量によりそ
の期間を除外して計算を行うこともあります。
また、直近のリターンと過去のリターンとでは、将来のリスクに与える影響が異
なると考えて、直近のリターンに重みを加えて計算を行う方法もあります。
相関係数の予測は、リスクの予測と整合性のある方法で行うことが一般的です。
リスクの予測値を過去のリターンの実績値に基づいて予測を行ったのであれば、同
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じ期間の過去のリターンの実績値に基づいて、相関係数の予測値を求めます。リス
クの予測で重みづけを行った場合には、相関係数の予測でも重みづけをおこなうこ
とになるでしょう。
リスクや資産間の相関については、最近は変化が激しいという研究もあり、予測
者 に よ っ て は 、5~ 10 年 の 比 較 的 短 い 期 間 の 過 去 実 績 に よ り 、予 測 値 を 求 め る 場 合 も
あるようです。リスクや相関係数の予測値も、効率的フロンティアの導出には重要
なパラメータですので、予測者がどのような考え方で予測を行っているかを理解す
ることが重要です。
5.最適ポートフォリオの選択
政策アセットミクスを維持する投資期間が定まり、資産クラスとベンチマークを
決め、予測リターンとリスク・相関係数の予測値が得られたら、いよいよ平均・分
散モデルにより効率的フロンティアを計算します。パラメータさえ決まれば、効率
的フロンティアが求められますが、効率的フロンティアはリターン・リスク平面上
の一つの曲線であり、この曲線上に無数にあるアセットミクスのすべてが最適ポー
トフォリオの候補です。
図表7:合理的な投資家の最適ポートフォリオの選択
効用無差別曲線
左上に行くほど効用が高い
リ
タ
最適ポートフォリオ
ー
ン
効率的フロンティア
リスク
13
このポートフォリオ候補の中から、投資家の期待効用を最大にするポートフォリ
オを選択することになります。合理的な投資家はリスク回避的であり、同じ期待リ
ターンのポートフォリオがあれば、リスクの小さい方を選びます。この場合、効用
のグラフである効用無差別曲線は、右肩上がりで下に凸な曲線になり、左上ほどに
行くほど効用が高いことを示します。したがって、図表7に見るように、ある効用
を示す効用無差別曲線と、効率的フロンティアの接点がこの投資家にとっての最適
ポートフォリオということになります。
効用無差別曲線が特定できれば、最適ポートフォリオは一つに定まります。残念
ながら、この曲線を特定することはできません。実務上は、効率的フロンティアか
ら一つのポートフォリオを選択する方法は、恣意的にならざるを得ません。しかし
ながら、リターン・リスク平面上に何らかの制限を加えることで、選択の幅を絞り
込むことはできます。この制限は、そもそもの投資目標によって加えられることに
なります。
ここでは、目標リターンによる制約、ショートフォール制約、リスク上限による
制約について説明します。
ア.目標リターンによる制約
目標リターンを決めれば、目標リターンを達成できるポートフォリオの中で、リ
スク最小のポートフォリオが最適ポートフォリオになります。この方法では、目標
リターンの決め方が大きな問題となります。
年金制度の枠組みだけで見れば、掛金計算で前提としている予定利率に、運用コ
ストを加えたものを目標リターンとすれば、掛金計算で想定した積立計画を達成す
ることができます。一方で、予定利率は予定運用収益を基礎に決めるという原則が
あります。卵が先か鶏が先かという話になってきました。政策アセットミクスを設
定する時期を財政再計算期と合わせ、政策アセットミクスの基礎となった予測運用
収益を予定利率の基礎とするという考え方を取っている場合には、予定利率から目
標リターンを決めることはできません。
すでに述べたとおり企業年金制度の資産運用は、退職給付会計を通じて企業経営
に影響を及ぼします。政策アセットミクスの予定運用収益は、退職給付会計上の予
定運用収益の根拠ともなります。実績運用収益が予定運用収益を下回れば、企業の
収益にも影響を及ぼします。目標リターンは、掛金計算の予定利率に影響を与え、
14
年金制度の掛金額に影響します。企業会計上は、掛金額そのものは費用ではありま
せん。キャッシュフローには影響を及ぼしますが、企業収益にはあまり影響を与え
ません。
企業の視点に重きを置いて考えてみます。キャッシュフローから制約があるかど
うかが、一つのポイントになります。制約がある場合には、ある程度のリスクを取
って高い目標リターンを定め、予定利率を高く設定することで掛金支出を減らすこ
とが必要になる可能性があります。
キャッシュフローの制約が小さい場合には、企業会計上の制約を考慮します。以
前であれば、予定運用収益を高く設定すると、短期的な年金費用を小さくすること
ができました。しかし、退職給付会計の改定により、連結財務諸表上では、予定運
用収益を高く設定して見かけ上の年金費用を小さくしても、実績運用収益が予定運
用収益を下回ることによって発生する数理計算上差損は、発生年度の包括利益上の
費用とされるため、包括利益で見たときには無駄な努力となってしまいます。した
がって、現在の企業会計上の制約は、年金費用の変動を小さくすることにあると思
われます。リターンの変動を小さくするために、目標リターンを低く設定すること
もあり得ます。
イ.ショートフォール制約
年金資産の価格変動の中でも、下方への変動は積立水準の低下を招き、将来の掛
け金の引き上げの可能性を大きくしますし、企業会計上も数理計算上の差損が発生
し、企業業績に悪影響を与える可能性があります。下振れリスクは、年金制度を持
つ企業にとって、大きな関心事となります。
下 振 れ リ ス ク の 代 表 的 な 指 標 は 、VaR( バ リ ュ ー・ア ッ ト・リ ス ク )で す 。金 融 機
関などが、自己資本との関係で過大なリスクを持たないように管理するために使っ
ています。ある一定期間に、一定の確率で発生しうる損失額を示しています。年金
運用では、これを、適用する期間を 1 年や四半期などにして利用します。
リ タ ー ン ・ リ ス ク 平 面 上 に 表 現 で き る Var と し て は 、 次 式 で あ ら わ さ れ る も の が
あります。
VaR(%) = µ − Z ⋅ σ
µ は期待リターン、 σ は標準偏差(リスク)で、 Z は発生確率に対応する数値と
し て 計 算 さ れ る 数 値 で 、 例 え ば 発 生 確 率 を 1 % と す る と 、 Z = 2.326 と な り ま す 。
15
図表8:発生確率に対応する Z の値
発生確率
1.0%
2.0%
2.5%
5.0%
Zの値
2.326
2.054
1.960
1.645
目 標 リ タ ー ン が 与 え ら れ る と 、VaR は 標 準 偏 差 の 関 数 と な り 、与 え ら れ た 目 標 リ タ
ー ン に 対 し て 、 リ ス ク が 最 も 小 さ い ポ ー ト フ ォ リ オ は VaR も 最 小 と な り ま す 。 シ ョ
ートフォール制約下でも、最適ポートフォリオは同じ結果になります。
逆 に VaR に よ る シ ョ ー ト フ ォ ー ル 制 約 を 与 え る こ と で 、 目 標 リ タ ー ン と リ ス ク に
制約を加えることができます
VaR(%) ≤ µ − Z ⋅ σ
この式は、リターン・リスク平面上に、領域を与えます。図表9は、効率的フロ
ン テ ィ ア の グ ラ フ に 、VaR に よ る シ ョ ー ト フ ォ ー ル 制 約 の 領 域 を 加 え た も の で す 。シ
ョートフォール制約下では、この領域の外にあるポートフォリオは選択できません
から、領域内の効率的フロンティア上から選択することとなります。したがって、
領域の外に出てしまうような、目標リターンは設定できません。
図表9:ショートフォール制約下の効率的フロンティア
期待リターン(μ)
VaRのショートフォール制約
が満たされる領域
効率的フロンティア
VaR(%)
リスク(σ)
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ウ.リスク制約
企業会計から来る制約が、年金費用の変動を抑えることにあるとすると、最適ポ
ートフォリオの制約条件として、リスクの上限を与えることも合理性があります。
た と え ば 、リ ス ク 上 限 を 6%と す れ ば 、最 適 ポ ー ト フ ォ リ オ は 、リ ス ク 6%以 下 で 期 待
リターンが最大のものです。リスクが最大の時に期待リターンも最大となりますの
で 、 効 率 的 フ ロ ン テ ィ ア 上 か ら 、 リ ス ク 6%の ポ ー ト フ ォ リ オ を 選 択 す れ ば よ い こ と
になります。
リスクを先に与えますので、目標リターンは、年金制度の財政運営上からは不十
分なものとなる可能性はあります。
6.政策アセットミクスの決定(まとめ)
ここまで、平均・分散アプローチによる、政策アセットミクス決定のプロセスを
説明してきました。お気づきかもしれませんが、実はこのプロセスには決定版とな
るような理論的なバックボーンがありません。
もちろん、モダンポートフォリオ理論や、種々の統計処理には理論的な裏付けが
あります。しかしながら、投資期間の決定、資産クラスとベンチマークの決定、期
待リターンとリスクの予測、効率的フロンティアから最適ポートフォリオの決定と
いうプロセスのここかしこに、制度運営責任者が専門的な知見を参考にするなどし
て、結局は恣意的にと言ってもよい方法で決定しなければならない事項が多くあり
ます。
「 政 策 ア セ ッ ト ミ ク ス 決 定 の 第 1 歩 は 、企 業 の リ ス ク 許 容 度 の 決 定 で あ る 。」と 書
かれているものを、しばしば目にします。成熟度の高い制度では、リスク許容度が
低いとも言われます。成熟度は、リスク許容度を決める際の目安とはなりますが、
決定打とはなりません。結局は、企業の財務状況、経営方針、人事政策、年金制度
の財政状況、などなどを総合的に判断して、最終的には経営者の判断としてリスク
許容度が決まります。
年 金 A L M 3が 、 政 策 ア セ ッ ト ミ ク ス 決 定 の 手 段 と し て 取 り 上 げ ら れ た こ と も あ り
ますが、筆者の考えでは、年金ALMでは何も決められません。しかし、年金AL
Mは決定のための参考となる情報を与えてくれますし、政策アセットミクスを決め
3
年 金 ALMについては、別 のVolで取 り上 げる予 定 です。
17
た後のリスク管理の手段にはなりえます。その意味では重要ですが、年金ALMさ
えやれば、政策アセットミクスが決められると考えるのは幻想です。
最終的な判断は、経営者に委ねるしかありません。年金担当者は、経営者が判断
できるような材料を、用意しなければなりません。年金ガバナンスの問題は、別の
シリーズで取り上げる予定ですが、運用コンサルタント、年金数理人など専門家の
協力を得ながら、年金委員会で議論し、決定するのも一つの方法であり、受託者責
任の点からも有力な手段となでしょう。
決 定 し た 政 策 ア セ ッ ト ミ ク ス の メ ン テ ナ ン ス も 重 要 な 課 題 で す 。こ れ に つ い て は 、
別 の Vol で 取 り 扱 い ま す 。
* * *
補論1.債券価格と金利
債券とは債券購入者による、債券発行体に対する融資に他なりません。政府、地
方 自 治 体 や 企 業 な ど の「 債 券 発 行 体 」は 、債 券 を 発 行 し て 必 要 な 資 本 を 調 達 し ま す 。
あ る 発 行 体 が 100 万 円 を 1 単 位 と す る 債 券 を 発 行 す る と し ま す 。こ の 場 合 、100 万
円が各債権の「額面価格」となります。発行体は、この債券の年間の支払利息、す
なわち「クーポン」と元本を返済するまでの期間を決定します。クーポンを決定す
るに当たり、発行体はその時の市場金利を考慮して、投資家にとって魅力ある水準
にクーポンを設定します。
2016 年 9 月 に 発 行 さ れ た 第 344 回 10 年 国 債 の 場 合 は 、ク ー ポ ン は 0.1%で し た 。
「元
本 は 額 面 価 格 を 10 年 後 に 払 い も ど し( 償 還 し )、毎 年 支 払 う 利 息 は 、額 面 価 格 の 0.1%
で あ る 。」こ れ が 、344 回 10 年 国 債 の 発 行 条 件 で す 。発 行 時 の 国 債 の 価 格 は 、入 札 に
よ り 決 ま り ま す 。 債 券 の 価 格 は 、 額 面 100 円 に 対 し て い く ら 払 う の か 、 そ の 結 果 、
購入者が得られる利回りがどれだけになるのかで示されます。この国債の場合の平
均 入 札 価 格 は 101 円 47 銭 、 利 回 り は -0.046%で し た 。 こ の 利 回 り は 、 債 券 購 入 者 が
購 入 価 格 を 購 入 時 に 支 払 い 、毎 年 0.1%( 100 円 に 対 し て 10 銭 )の ク ー ポ ン を 受 け 取
り 4 、10 年 後 に 100 円 を 受 け 取 る と し た 時 に 得 ら れ る リ タ ー ン を 年 率 で 示 し た も の で
す。
4
実 際 の国 債 のクーポンの支 払 いは年 2回 ですが、簡 単 のためここでは年 1回 としています。
18
こ の 国 債 の 場 合 に は 、額 面 100 円 に 対 し て 101 円 47 銭 を 支 払 う と し て い ま す 。ク
ー ポ ン 0.1%と い う 条 件 が 、 市 場 金 利 に 比 べ て 有 利 だ っ た の で 、 市 場 参 加 者 は 額 面 以
上の金額を支払ってでも購入しようとしたわけです。逆に、市場金利に比べて不利
だと思えば、額面を下回る入札価格となります。
債券の価格は、クーポンと利回りにより決まります。n年後に償還を迎える債券
の 場 合 、1 年 目 、2 年 目 、・・・ 、( n - 1 )年 目 に ク ー ポ ン が 支 払 わ れ 、n 年 目 に ク
ーポンと額面価格が支払われます。額面価格とクーポンが決まっていれば、このキ
ャッシュフローは債券の購入時点で確定しています。債券価格は、このキャッシュ
フローを利回りで割り引いた現在価値です。
債券価格 P は、クーポン C 、額面価格 F 、利回り r により、次の式で表されます。
n
P=∑
t =1
C
(1 + r )
t
+
F
(1 + r )n
この式を見ると分かりますが、利回りが上昇すると、すべての項の分母が増加し
ます。そのため、債券価格は低下します。逆に利回りが下がると、すべての項の分
母が減少するため、債券価格は上がります。このように債券価格と金利の間には、
金利が下がると債券価格が上がり、金利が上がると債券価格が下がるという関係が
あるのです。
また、価格変動の幅は、償還までの期間が長いほど大きくなります。下表は、額
面 価 格 100、ク ー ポ ン 3% と し て 、金 利 と 償 還 年 数 に よ る 債 券 価 格 の 変 化 の 様 子 を 示
したものです。
図表10:金利と償還年数による債券価格の変化
金利
償
還
年
数
0.50%
10年
124.33
9年
121.95
8年
119.56
7年
117.16
6年
114.74
5年
112.31
4年
109.88
3年
107.43
2年
104.96
1年
102.49
1.00%
118.94
117.13
115.30
113.46
111.59
109.71
107.80
105.88
103.94
101.98
1.50%
113.83
112.54
111.23
109.90
108.55
107.17
105.78
104.37
102.93
101.48
2.00%
108.98
108.16
107.33
106.47
105.60
104.71
103.81
102.88
101.94
100.98
2.50%
104.38
103.99
103.59
103.17
102.75
102.32
101.88
101.43
100.96
100.49
3.00%
100.00
100.00
100.00
100.00
100.00
100.00
100.00
100.00
100.00
100.00
3.50%
95.84
96.20
96.56
96.94
97.34
97.74
98.16
98.60
99.05
99.52
4.00%
91.89
92.56
93.27
94.00
94.76
95.55
96.37
97.22
98.11
99.04
4.50%
88.13
89.10
90.11
91.16
92.26
93.42
94.62
95.88
97.19
98.56
償 還 年 数 が 10 年 の 場 合 に は 、 金 利 が 3%か ら 2%ま で 1%低 下 す る と 、 債 券 価 格 は 約
19
8.98% 上 昇 し て い ま す 。償 還 年 数 が 5 年 の 場 合 に は 、そ の 変 化 幅 は ほ ぼ 半 分 の 4.71%
になっていることが分かります。
補論2.デュレーション
英 語 表 記 は Duration で 、債 券 を 保 有 す る こ と に よ っ て 利 子 お よ び 元 本( = キ ャ ッ
シュフロー)を受け取ることのできるまでの期間を加重平均したもののことです。
具体的には、デュレーション D は、債券価格 P 、クーポン C 、額面価格 F 、利回
り r とすると、次の式で計算されます。
n
t ⋅C
n⋅F
∑ (1 + r ) + (1 + r )
D=
t =1
t
n
P
デュレーションは、債券投資の平均回収期間を示していて、債券の残存期間を超
えることはありません。クーポンや利回りが高くなるほど、デュレーションは小さ
くなる、つまり、債券投資の回収までの期間が早くなります。
また、デュレーションは、債券投資の平均回収期間を示す以外に、金利が変動し
た場合に、債券価格がどの程度変化するかを示す感応度の性格も持っています。こ
れをより直接表したものが、修正デュレーションと呼ばれる指標です。修正デュレ
ー シ ョ ン は 、 デ ュ レ ー シ ョ ン を ( 1+ 利 回 り ) で 除 す る こ と で 算 出 で き ま す 。
下 表 は 、ク ー ポ ン 3%、利 回 り 1.5%の 場 合 の デ ュ レ ー シ ョ ン と 修 正 デ ュ レ ー シ ョ ン
を示したものです。
図表11:デュレーションと修正デュレーション
償還年数
10年
債券価格 113.83
9年
8年
7年
6年
5年
4年
3年
2年
1年
112.54
111.23
109.90
108.55
107.17
105.78
104.37
102.93
101.48
デュレーション
8.88
8.09
7.28
6.45
5.60
4.73
3.83
2.92
1.97
1.00
修正デュレーション
8.75
7.97
7.17
6.35
5.52
4.66
3.78
2.87
1.94
0.99
償 還 年 数 10 年 の 修 正 デ ュ レ ー シ ョ ン は 8.75 で す が 、 こ れ は 、 利 回 り 1.5%の 周 辺
で の 金 利 の 変 化 に 対 す る 、 価 格 変 動 幅 を 示 し て い ま す 。 図 表 10 で 、 償 還 年 数 10 年
の 場 合 で 1%か ら 2%ま で 金 利 が 変 化 す る と 、債 券 価 格 は 9.96 低 下 し ま す 。9.96 を 1.5%
の 債 券 価 格 113.83 で 割 り 100 を 乗 ず る と 8.75 と な り 、 修 正 デ ュ レ ー シ ョ ン と 一 致
します。
( Vol.4 了 )
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