上場会社法制の国際比較 - G-SEC

上場会社法制の国際比較
第 2 章:世界の会社法制の歴史と現状
第 1 節:世界の会社法制の概要
主要国の上場会社法制の概要
上場会社法制は、会社法を中心とする成文法(制定法)を基本とする。19 世紀後半に、世界主要国の会社法は成
立した。先んじて会社法を制定したフランスについても、現在に近い形になったのは 19 世紀後半である。G7 諸国
で、日本の会社法に相当する法律 (その前身も含む) は、フランスが商法典(制定 1807 年)、カナダが一般会社法
(同 1850 年)、ドイツが普通商法典(同 1861 年)、英国が会社法(同 1862 年)、イタリアが民法典(同 1865 年)、
1
日本が商法(同 1899 年)、米国デラウェア州が会社法(同 1899 年)である 。そして、主要国で、日本の金融商品
取引法と金融庁(もしくは証券等取引等監視委員会)に相当するものは、次表の通りである。
図表 1. 主要国の証券取引法と監督当局
米国
日本
証券法、証券取引所 金融商品取引法
法、SOX 法
監督官庁 NA
金融庁
法律
監督機関 SEC
イタリア
証券取引法
経済金融庁
ドイツ
ドイツ証券取引法
(WpHG)
連邦財務省
金融庁(+証券等取引 イタリア証券取引委員 連邦金融監督庁
監視委員会)
会 (CONSOB)
(BaFin)
英国
金融サービス・市場
法、2006 年会社法
財務省、事業・企業・
規制改革省
FSA、パネル
フランス
通貨金融法典、金融
安全法
NA
フランス金融市場庁
(AMF)
出所:各国政府ウェブサイト、CIRA
TOB 法制は、世界的に大きな相違がある。日米の TOB は Tender offer bid であるが、欧州のそれは Takeover
bid である。日米の TOB 制度は、元々、市場外証券取引の情報開示規制であるため(現在、日本は M&A 規制を
一部含む)、米国は証券取引所法、日本では金融商品取引法の中に含まれている。しかし、EU では、基本的に、
2
会社の支配権取引規制である TOB 制度は会社法の範疇にある 。EU の TOB 指令は 2004 年に採択され、
2007 年には概ね国内法化が進んだ。各国別には、英国、ドイツ、スウェーデン、オランダ、ベルギー、アイルランド
などの TOB 法制は証券取引法の中にはなく、独立した公開買付法として、TOB 規制が存在する。一方、フランス、
イタリア、スペイン、ポルトガルなど南欧諸国は TOB 規制を金融法制で定めている。また、ドイツの TOB 法制は日
本の金融庁に相当する連邦金融監督庁が監督する。英国以外、金融監督機関が TOB 法制を監督するのが、先
進国では一般的である。
図表 2. 欧州主要国の TOB 法制
法律(規則)
制定(改正)年
監督官庁
監督機関
英国
2006 年会社法、シティコード
2006 年
事業・企業・規制改革省
テイクオーバーパネル
ドイツ
有価証券取得及び買収に関する法律
2002(2007)年
連邦金融庁
連邦金融監督庁 (BaFin)
フランス
通貨金融法典、AMF 規則
1966(2006)年
議会
フランス金融市場庁(AMF)
イタリア
証券取引法
1998(2007)年
経済庁
イタリア証券取引委員会
(CONSOB)
出所: Simmons & Simmons、CIRA
上場会社については、会社法、証券取引法制、それ以外の規制が様々に関与する。株式市場や企業経営に大きく
かかわるコーポレートガバナンスや株式発行の規制については、各国別に大きな相違がある。次表は、非上場企
1
各国政府ウェブサイト参照。
Communication from the Commission to the Council and the European Parliament ,"Modernising Company Law and
Enhancing Corporate Governance in the European Union - A Plan to Move Forward", May 21, 2003 p. 29.
2
1
業には適用されず、上場企業のみに適用される主要規制の例である。ハードローのみならず、ソフトローは実質的
な意義の公開会社法の重要な部分を占めることが多い。
図表 3. 米国、英国、ドイツ、日本の上場会社規制の比較
米国
上場規則制定機関
証券取引所
コーポレートガバナンスの規制 SOX 法、上場規則
種類株式の発行の規制
役員報酬の個別開示
上場規則
SEC 規則
英国
ドイツ
FSA(UKLA)
証券取引所
コーポレートガバナンス原則 株式法、コーポレートガバナ
ンス原則
なし
株式法
取締役報酬報告書規則、上 株式法、役員報酬開示法
場規則、コーポレートガバナ
ンス原則
日本
証券取引所
金融商品取引法、上場規則
上場規則
内閣府令
注:コーポレートガバナンスについて、何らかの規定は、各国会社法にもある。出所: 各国法律、規則、CIRA
次項以降は、世界の上場会社法制を俯瞰した上で、株式会社法制、資本市場法制の国際比較を行う。その上で、
日本における上場会社法制のあり方を議論する。なお、会社法、金融商品取引法など上場会社法制は広い範囲を
網羅するが、特に断らない限り、株式市場に関連した分野に絞って議論する。
株式会社とは何か?
会社制度は、合資会社、合名会社、合同会社、パートナーシップ、相互会社などその種類は数多いが、現在では、
世界の大会社のほとんどは、株式会社の形態をとる。そして、原則として、上場会社は全て株式会社である(上場
投資信託(ETF)、不動産投資信託(REIT)等の例外はある)。つまり、上場会社法制とは、上場株式会社法制に他
ならない。アーマー、ハンスマン、クラークマンは、株式会社の中核的な特徴を、①法人格、②有限責任、③株式の
3
譲渡可能性、④取締役会構造における中央集権的経営、⑤出資者による共同所有、に集約する 。現代の世界の
株式会社は、共通してこれら 5 条件を備えている。そして、5 条件が、多くの国ではデフォルトルール (初期設定ル
ール)となっている。
会社制度の共通した特徴は、法人格を持つことである。第 1 章で述べた通り、不完備契約理論が有力なものとして
位置づけられているものの、会社は「契約の束」から成り立っていると考えられる。会社という法人は、株主の承認
する定款という契約を中心に、出資者、経営者、従業員、取引先等との契約を束ねたものである。株式会社は、有
限責任制度を採用しており、株式会社の出資者の最大損失は出資分である。無限責任出資者が存在する合名会
社、合資会社などと異なり、出資者の最大リスクが明確である。このため、広く一般の人々から、出資を募ることが
可能である。また、株式会社においては、経営と資本の完全な分離が可能である。これにより、資本家自身に経営
能力がなくとも、その会社にとって最適の経営者を選ぶことにより、会社の適切な経営ができる。
株式会社は、取締役会による中央集権的経営であるため、株主は、日常の経営を取締役会に委任する。共益権
(株主総会における議決権行使などを通じて経営に参画する権利)を行使することで、出資者(株主)による共同所
有が可能となる。株主は、直接、会社を経営せずに、利益配当請求権などを通じて、経営の果実を得ることができ
る。株式会社は、法人の中でも最も資本(あるいは財産)と経営者の分離が明確であり、その性格から完全法人と
4
5
呼ばれる 。株式の高い譲渡性は、資金調達の利便性につながる 。多数の株式を追加で発行することにより、多
くの株主から、比較的、短時間に、広範に、多額の資金調達が可能である。そして、会社に関わる権利を、その効
用を低下させることなく、株式という形で自由に譲渡することができる。こうして、流通市場たる株式市場が形成され、
3
Armour, John, Hansmann, Henry and Kraakman, Reinier H., "The Essential Elements of Corporate Law", Oxford Legal
Studies Research Paper No. 20/2009, p. 7.
4
会社法 104 条は、株主の責任は、その有する株式の引受価額を限度とすると定めており、株式発行時に株式引受人が払い込む義
務(出資義務)はあるものの、それ以上の責任を負うことはない。ただし、株主の中でも支配株主は会社および他の株主に対する誠
実義務があるという学説がある。江頭憲治郎著『株式会社法』(有斐閣、2008 年)27、124、125 ページ参照。
5
株式会社であっても、株式の自由な売買を制限する閉鎖会社制度も、世界主要国に存在する。
2
株式の売買が容易になると同時に、M&A など企業再編が容易になった。株式市場の形成は、資本家の資金調達
の手段のみならず、一般大衆の資産運用の場を提供する。
会社法は、デフォルトルールを定めるものの、株主総会における定款変更を通じ、株主による一定の自治が可能で
ある。つまり、会社は、会社法を中心とする法律と定款を通じた契約によって、運営される。その法律や契約の違反
や係争に関しては、裁判所が判断を下し、判例法が形成される。これが、世界の会社法運営の基本形である。前
述の 5 条件を中心とする株式会社のデフォルトルールは、ほとんどの国で共通である。しかし、実際の会社法、ま
してや、上場会社法制は、国別に大きく異なる。それには、株式会社制度や会社法形成の歴史が深く関わっている。
歴史の浅い資本市場法制と異なり、会社法は、その長い歴史の中で、各国は独自の進化を遂げた。ローマ時代に
発祥したと言われる会社制度の歴史は長いが、株式会社の歴史は比較的浅く、前述の 5 条件をすべて備える株式
会社制度が、世界的に確立するのは 19 世紀後半のことである。
株式会社制度の歴史
6
会社の起源は、古代ローマ時代のパートナーシップ制に遡るといわれる 。ただし、この時点の会社は、5 条件のう
ち、法人格と出資者による共同所有を備えていたが、有限責任、所有と経営の分離、株式の譲渡性などが備わっ
ていないことが多かったと言われる。ただし、既にこの時期に、現在の株式市場に近い売買可能な有限パートナー
シップ制持分の売買があった。中世になると、イタリアの都市国家など地中海沿岸諸国の家族単位の会社(同族会
社)による通商、製造業が発達した。これらが、現在の合名会社、合資会社の原型である。また、ゲルマン系諸国で
は国家の認可による特許会社制度が発達し、大航海時代に活躍した。株式会社の源流は、15 世紀から 16 世紀
頃の欧州におけるジョイント・ストック・カンパニー制である。大航海時代には、海外事業は典型的なハイリスク・ハイ
リターン事業であったため、それぞれの航海ごとに資本家が有限責任で投資を行う仕組が出来上がった。
7
世界の株式会社の起源は、1602 年のオランダ東インド会社設立に遡る 。オランダ東インド会社は、それまで 1 回
の航海ごとに清算していたカンパニーを、持続性のある組織にした。ジョイント・ストック・カンパニー制同様、出資者
は、株式を通じて出資しており、有限責任である。株式会社には、通常、解散や経営破綻に至らない限り、清算がな
いため、定期的に配当を支払う必要が生じた。また、資本金を常時維持することとなった。こうして、現在の株式会社
の原型が出来上がった。当初の株式会社の設立は、公的機関から認可されることによって可能となる特許(認可)
主義であった。つまり、特定の会社の特定の事業に対して、政府が認可する営利組織という位置付けであった。
1720 年に、英国の南海会社 (South Sea Compnay) の株価急騰に起因する南海泡沫事件が発生した。1720 年
8
のピークをつけるまでの 1 年間に南海会社の株価は 9.4 倍になった(その後株価は 88%下落) 。当時の英国は、
特許主義でありながら、政府の特許を得ず設立される会社が多かったが、これらが、株式市場全体のバブルを形
成したと言われる。1720 年に、泡沫会社規正法 (Bubble Act) が制定され、非特許会社の規制が強化された。こ
9
れにより、株価は急落に転じ、バブルは崩壊した 。1825 年に泡沫会社規正法が廃止されるまで、株式会社の設
立は厳しく規制された。18 世紀までは、会社は比較的小規模であった。そのため、出資者の損失が限定されない無
限責任会社(会社の損失を個人が無制限で補償する義務を負うことがある)であっても、大きな問題はない場合が
多かった。このため、有限責任という特徴を持つ株式会社制度の優位性は現在ほど高くなかった。
英国で始まった産業革命により、19 世紀以降、産業と会社の本格的な発展が始まった。19 世紀後半からは、一定
の条件を満たした株式会社を自由に設立できる準則主義が世界的に主流となったが、準則主義は、株式会社の数
6
Hansmann, Henry, Kraakman, Reinier H. and Squire, Richard C., “Law and the Rise of the Firm “, Yale Law & Economics
Research Paper No. 326 (January 2006), pp. 19-20, 23-24, 38-41.
7
Harris, Ron, “The Formation of the East India Company as a Cooperation-Enhancing Institution”, December 2005, p. 8.
8
Temin, Peter and Voth, Hans-Joachim, “Riding the South Sea Bubble”, MIT Economics Working Paper No. 0402(December 21, 2003), p. 12
9
Painter, Richard W., “Ethics and Corruption in Business and Government: Lessons from the South Sea Bubble and the
Bank of the United States”, Minnesota Legal Studies Research Paper No. 06-32, p. 7.
3
10
を増やしただけではなく、株式会社が永続して成長することを可能とした 。19 世紀には、蒸気機関車の発明によ
り鉄道会社が多く設立されたが、鉄道会社は多くの資金を必要とした。さらに、大型の金融業や製造業も勃興し、
M&A も活発化した。株式会社は広く薄く資金調達をすることができ、容易に M&A ができるという特徴があるが、こ
れが 20 世紀に大量生産大量消費時代における株式会社制度の相対的な優位性を生んだ。19 世紀後半には、米
国で、鉄道王コーネリアス・バンダービルド、金融王 J.P.モルガン、鉄鋼王アンドリュー・カーネギー、石油王ジョン・
ロックフェラーなど多くの富豪が登場した。この時期に誕生したのが、AT&T(発祥は 1876 年)、GE(同 1892 年)、
GM(同 1908 年)、IBM(同 1911 年)などの巨大企業である(各社ウェブサイト参照)。
欧米の会社法の歴史
欧米で、近代的な会社法が確立したのは、19 世紀後半である
11
。
英国では、1844 年にジョイント・ストック・カンパニー法により、会社の特許主義から、設立時の登録制である準則
12
主義に移行した 。そして、1855 年有限責任法制定によって、有限責任制が導入され、現在の会社法の原型とな
った。英国において会社法(Companies Act)と称する最初の制定法は、1862 年会社法(総括法)とされ、よって
近代的な株式会社法の発祥は英国と言える。英国も、米国同様、授権法思想が強く、契約の自由を重視する。ベブ
チャックは、米国と異なり、英国は、株主が株主総会における定款決定の権限が強く、定款自治が有効に機能して
13
いることを指摘する 。ただし、米国とは異なり、株式発行や企業買収などにおいては、早い時期から、民間の自
主規制団体が発達したため、現在でも自主規制が大きな影響を持つ。
大陸欧州では、他地域と比較して、強行法規の色彩が強い成文法で定める範囲が広いため、定款自治など契約の
自由度が低い。そして、米国と比較して、裁判に大きく依存しないという特徴がある。また、英国と異なり、自主規制
や市場の規律の影響も相対的に小さいという傾向がある。
1804 年ナポレオン法典制定後のフランスでは、1807 年の商法典において、初めて、株式会社を会社の一形態と
14
して認めた(商法 17 条、18 条)。これが、世界で最初の近代的な会社法といわれる 。ただし、株式会社の設立に
は、政府の認可を必要とする特許主義を採用した(商法 38 条)。1867 年商法は、フランスの株式会社制度を近代
化したものとして位置づけられる。当時の欧州大陸の主要国では初めて株式会社の特許主義を廃止し、準則主義
15
を採用した(1867 年商法 21 条 1 項) 。フランスでは、それまで株式合資会社の数が多かったが、準則主義移行
の効果は高く、それ以降、株式会社の設立数が急速に増加した。フランスで、大陸諸国に先駆けて導入された株式
会社の設立自由の原則は、スペイン(1869 年)、ドイツ(1870 年)、ベルギー(1873 年)、イタリア(1882 年)と急速に
普及した。その意味では、当時の会社法先進国であったフランスの 1867 年商法は、大陸欧州の株式会社普及の先
16
駆けとなった 。
17
ドイツにおける株式会社の誕生は、1665 年に設立されたブランデンブルク東インド通商会社である 。そして、ドイ
ツの実質的な株式会社法の誕生は、プロイセンの 1837 年鉄道事業法であるが、1843 年に、プロイセンは株式会
社に関わる法律、規則を統合し、株式会社法を制定した。1870 年の株式会社の準則主義の採用により株式会社
10
例えば、フィンランドのノキアであるが、1865 年に設立された時は製紙工場であった。しかし、その後業態を変えて、現在では、世界
最大の携帯端末製造会社となった。日本のソフトバンクは、1981 年の設立時には、パソコンのパッケージソフトウエアの販売会社で
あったが、現在では大手通信会社に変身している。これらも、特許主義であれば、業態を変えることができなかったのである。
11
日本では、1890 年の旧商法を経て制定された 1899 年商法が、本格的な会社法と位置づけられる。
12
Hansmann, Henry and Kraakman, Reinier H., "The End Of History For Corporate Law", Yale Law School Working Paper
No. 235(January 2000), p. 2
13
Bebchuk, Lucian A., The Case for Increasing Shareholder Power. Harvard Law and Economics Discussion Paper No. 500,
p. 847-850.
14
Hopt, Klaus J., "Comparative Company Law", ECGI - Law Working Paper No. 77/2006, p. 1164
15
鳥山恭一「PDG と取締役会」(早稲田法学 73 巻 3 号、1998 年)27-30 ページ参照。
16
Ferrarini, Guido A., "Corporate Governance Changes in the 20th Century: A View from Italy" , ECGI - Law Working Paper
No. 29/2005, p. 6. 大野實雄、金澤理、中村真澄、福井守、奥島孝康、井上治行、荒木正孝「フランス会社法(4)一第 70 条-第 88 条
一」(早稲田大学フランス商法研究会)331 ページ参照。
17
神作裕之「ドイツにおける会社法と資本市場法の交錯」(商事法務 5 月 5・15 日合併号、1865 号)12 ページ、高橋英治著『ドイツと
日本における株式会社法の改革―コーポレート・ガバナンスと企業結合法制』(商事法務、2007 年)83-84 ページ参照。
4
設立が容易になり、1871 年の普仏戦争におけるプロシアの勝利、ドイツ帝国の成立後、ドイツ経済は好景気を迎
えたため、株式会社制度は成長した。そして、1870 年代にはコンツェルンが活発に形成された。その後、不誠実な
18
株式会社や泡沫会社の設立が相次いだため、1884 年に、再度、ドイツ普通商法典が改正された 。
1861 年には、ドイツ普通商法典が制定されたが、これがドイツで最初の成文法による会社法である。1870 年、
1885 年と改正を重ね、近代的な会社法となった。そして、1937 年に株式法が制定され、1965 年に現在の株式法
19
となった。1965 年株式法は、世界で始めて企業結合の体系的規制を設けた 。1965 年株式法は、支配契約が締
結された場合に、それらをコンツェルンと定義し(株式法 292 条 1 項)、この場合、支配会社が従属会社に対して指
20
揮することが可能となると定める(株式法 308 条 1 項 1 号) 。1998 年施行の「企業領域における統制および透
明性に関する法律」(Gesetz zur Kontrolle und Transparenz im Unternehmens− bereich、KonTrag)は、株式
会社法であると同時に、資本市場法の性格をも持つ点が特徴的である。KonTrag は、間接金融制度が主体であっ
21
たドイツに、初めて上場株式会社(株式法 3 条 2 項)という概念を導入し、画期的な側面を持つ 。 2005 年に、
1965 年以降最も重要な株式法改正と言われるドイツでは「企業の健全性および総会決議取消に関する法規制の現
22
代化に関する法律」(以下、UMAG)が施行された 。コーポレートガバナンス改善を目的とする UMAG は、株主訴
訟(株式法 148 条)、株主との合意(株式法 149 条)の改正、経営判断原則の導入(株式法 93 条 1 項 2 号)、株主
総会の規律強化(株式法 123 条、129 条、131 条)、総会決議取消手続きの制限(株式法 243 条)、訴訟手続き停
止の解除(株式法 243 条)などについて、新規定を設けた。
23
ドイツの会社法は、他の大陸欧州諸国と比較しても、特徴的である 。それは、企業統治構造の二層制と従業員
の経営参加制度である。いずれも、他国(特にゲルマン諸国)に存在するが、ドイツほど強力な制度は少ない。ドイ
ツの企業統治構造は、二層制(Dual board system)を採用する。経営に対する監視・監督を担う監査役会
(Aufsichtsrat、Supervisory Board)と、経営を執行する取締役会(Vorstand、Management Board)の役割が法
的に分離されている。取締役会が経営執行を担い、監査役会が取締役を選任、監督する。1976 年ドイツ共同決定
法は、従業員 2,000 人以上の会社について、監査役の構成において従業員と経営者が「準対等」であるとしてい
24
る 。従業員 2,000 人以上の企業では、監査役会の半分は、従業員代表から構成される。従業員 500 人以上の
企業では、監査役会の 3 分の 1 が、従業員から選ばれる。共同決定 (Co-determination)とも呼ばれ、経営監督
機関である監査役会に従業員が参加する権利が法的に認められている。残りは、株主による選任となるが、多くが
社外メンバーである。監査役と取締役の兼任は禁止されている。ただし、監査役会の開催頻度は、年 4 回と少ない。
25
従業員の監査役会の参加制度は、ゲルマン、スカンジナビア諸国に多い制度である 。二層制と従業員の経営参
加制度の両方を持つのは、EU ではドイツ、オランダ、チェコ、スロバキアの 4 カ国である。一方で、英国とベルギー
は、一層制で、従業員参加制度がない。多く国の制度は、それらの中間、あるいは折衷である。従業員の経営参加
18
布井千博「第 5 章:会社組織の形成と展開」、 鳥山恭一、甘利公人、山本爲三郎、布井千博、福原 紀彦著『会社法』(学陽書房、
2006 年)260 ページ参照。
19
高橋英治著『ドイツと日本における株式会社法の改革―コーポレート・ガバナンスと企業結合法制』(商事法務、2007 年)172 ペー
ジ参照。
20
野田博「企業結合の法規制における企業の評価 : ドイツ株式法305条における公正な代償額算定をめぐって」(商学討究 (1987),
37(4): 49-74)50ページ、高橋英治著『ドイツと日本における株式会社法の改革―コーポレート・ガバナンスと企業結合法制』(商事法
務、2007年)90ページ参照。
21
Brown, Nerissa C., Pott, Christiane and Wömpener, Andreas, "The Effect of Internal Control Regulation on Earnings
Quality: Evidence from Germany", AAA 2008 Financial Accounting and Reporting Section Paper, p. 2. Ferrarini, Guido A,
and Miller, Geoffrey P, "A Simple Theory of Takeover Regulation in the United States and Europe ", ECGI - Law Working
Paper No. 139/2010 , p. 4,
22
早川勝、久保寛展「ジェラルド・シュピンドラー : ドイツにおけるコーポレート・ガバナンス ― 「企業の健全性および総会決議取消に
関する法規制の現代化に関する法律(UMAG)」による変更 ―」(同志社法學 第 313 号(58 巻 1 号、2005 年)
23
Hopt, Klaus J. and Leyens, Patrick C., Board Models in Europe - Recent Developments of Internal Corporate Governance
Structures in Germany, the United Kingdom, France, and Italy. ECGI - Law Working Paper No. 18/2004
24
Hansmann, Henry and Kraakman, Reinier H., “The End Of History For Corporate Law”, Yale Law School Working Paper
No. 235 (2000)
ヘンリー・ハンスマン「第 3 章 基本的なガバナンス構造」レニエル・クラークマン著『会社法の解剖学―比較法的&機能的アプローチ』
(レクシスネクシス・ジャパン、2009 年)44-45 ページ参照。
25
Ernst & Young, “Study on the operation and the impacts of the Statute for a European Company (SE)” , December 9,
2009 (Report drawn up following call for tender from the European Commission)
5
は、ドイツなど中欧、北欧にのみ存在する特殊な制度であるとして、否定的に評価される場合があるが、ドイツ国内
26
でも、賛否両論ある 。経営者と従業員の報酬格差が相対的に小さいということが、ポジティブな要因になることが
27
ある 。従業員と経営者と資本家の距離が近いドイツでは、高額のインセンティブ報酬があまり存在しないため、エ
ンロン事件やリーマンショックのような世界的な規模の事件は起きていない。
図表 4. 欧州諸国の従業員の経営参加制度
一層制
英国
ベルギー
一層、二層制
イタリア
部分参加
アイルランド
スペイン
広範な参加
スウェーデン
デンマーク
フランス
ノルウェー
ルーマニア
ギリシャ
ポルトガル
オーストリア
フィンランド
ルクセンブルク
ハンガリー
スロベニア
参加なし
二層制
エストニア
ラトビア
リトアニア
ポーランド
キプロス
ドイツ
オランダ
チェコ
スロバキア
出所: Ernst & Young、CIRA
米国では、独立直後の 1800 年前後から各州の会社法の制定が進み始め、1900 年前後には各州で近代的な会
28
社法の整備が概ね完了した 。一般には、この時期の州会社法は強行法規的な色彩が強いものであった。1811
29
年ニューヨーク州会社法が、準則主義を最初に採用し、近代的会社法の先駆けといわれる 。ただし、準則主義が
適用されたのは製造業のみであった。米国において本格的な自由度の高い会社法としては 1896 年ニュージャー
ジー州会社法がある。南北戦争後の財政逼迫の中で、ニュージャージー州は、会社設立に関わる登記料などの収
入増を目的に、大幅な任意法規化を実施した。これが成功したため、それを模倣して制定されたのが現在、米国の
30
中心的な会社法である 1899 年デラウェア州会社法である 。米国では、1900 年前後に、多くの州が会社の本拠
地の誘致を目的に規制緩和を行ったが、最終的に、州間会社誘致競争に勝ったのが、デラウェア州であった。現在、
デラウェア州によると、米国の上場会社の過半数がデラウェア州に登記上の本社を置く。
主要国の公開会社の定義
世界的に、公開会社の定義は、必ずしも明確でなく、国によって、その定義は様々である。以下、主要国の公開会
社の定義を紹介する。
米国では、公開会社を直接定義づける規定はないが、1934 年証券取引所法 13 条で、"publicly traded security"
の定義を置いている。これは、国内の証券取引所に上場されているか、店頭取引されている、もしくは、自動インタ
ーディーラー気配システムで取引されている持分証券(オプション含む)としている。1934 年証券取引所法 12 条に
31
より、国内の証券取引所で取引されている証券の発行会社は、その証券を SEC に登録する義務を負う 。また、
26
田端公美「ドイツ・フランスにおける労働者の経営参画制度をその実態」(商事法務 1900 号、2010 年)
27
2004 年の NY タイムズの記事によると、CEO と従業員平均の報酬の倍率は、米国は 531 倍、英国が 25 倍、カナダが 21 倍、フラ
ンスが 16 倍であるのに対して、ドイツは 11 倍と、日本(10 倍)と並んで低い。 Gretchen Morgenson, “Explaining (Or Not) Why the
Boss Is Paid So Much,” N.Y. Times, Jan. 25, 2004, §3, p.1.
28
Hansmann, Henry and Kraakman, Reinier H., “The End Of History For Corporate Law”, Yale Law School Working Paper
No. 235 (January 2000)
29
W. C. Kessler, A Statistical Study of the New York General Incorporation Act of 1811, The Univeresity of Chicago (1940), p.
877.
30
Carney, William J. and Shepherd, George B., “The Mystery of Delaware Law's Continuing Success”, Emory Law and
Economics Research Paper No. 07-17 (December 18, 2008), p. 3.
31
黒沼悦郎著『アメリカ証券取引法第 2 版』(弘文堂、2004 年)100 ページ参照。
6
資産が、1,000 万ドルを超え、その保有者(ある種類の持分証券)が 500 名以上いる場合も、SEC に登録義務を負
う。登録証券の発行者は、登録会社または、報告会社と呼ばれている。日本の有価証券報告書提出義務会社は、
これに近い性格を持つ。
EU では、1976 年に、公開株式会社の設立、資本制度について、EU 会社法第 2 指令が採択された。その第 1 条
32
に、各国の“public limited liability company”が列挙されている 。EU では、公開会社について、公式な定義は
存在しないが、一般に、「上場会社=公開会社」の位置付けである。例えば、目論見書指令、IAS 規則、議決権指
令などは EU の定める規制市場(2004 年金融商品市場指令 4 条 1-14)の上場会社のみに適用される。
33
英国では、2006 年会社法 4 条により、公開会社の定義が規定されている 。また、2006 年会社法 385 条で、上
場会社(Quoted company)について、定義されている。上場会社とは、その株式が、①2000 年金融サービス・市場
法の第 6 編の規定により、公認リスト(Official List)に含まれている、②EEA 参加諸国に公式に上場している、③
NYSE もしくはナスダックで取引が認められている、に該当するものである。公認リストは、2000 年金融サービス・
市場法 103 条 1 項に定義がある。同 74 条に公認リストの規定があり、英国上場機構(UK Listing Authority)で
ある FSA が、公認リストを作成する。一般に、公認リストにある会社が、日本で言う上場会社に相当する。
ドイツでは、KonTrag 制定に伴い、株式法の中で上場会社の定義とそれに関する規制が設けられた(株式法 3 条
2 項、110 条 3 項、134 条 1 項、171 条 2 項、328 条 3 項など)。しかし、その規制は最高議決権株式発行などに
限定されているため非上場会社と上場会社には大きな相違がなく、さらに、資本市場法制は、別途、存在するので、
34
株式法が公開会社法と位置づけられることはない 。
第 2 節以降、米国と EU の会社法整備の歴史と過程を分析した上で、日本の上場会社法制整備に関する示唆を
探る。なお、以下は、世界主要国の上場会社法制を詳細に述べることはできないので、その国の法制の特徴と日
本の法制整備において重要な示唆を与えるものに絞って、議論を進める。
第 2 節:米国の会社法制
デラウェア州会社法の特徴
日欧と比較した米国会社法の特徴は、取締役の信認義務とそれに基づく取締役優位モデル(Director primacy
model)であると考える。デラウェア州会社法の歴史的な背景も交えて、米国会社法の特徴について論じる。
35
デラウェア州会社法は、実質的に、デラウェア州弁護士協会会社法部会の中核にある評議会が作成する 。評議
会の 21 名のメンバーは会社法部会が、デラウェア州の法律事務所の弁護士を中心に任命する。そして、デラウェ
ア州議会はその内容を承認する役割を持つが、実質的には評議会で決定されるため、法案に実務が反映されやす
いという特徴がある。日本では、学者を中心とする法制審議会の諮問を受け、法務省などの官僚(または、判事、
検事などの出向者)が法案を作成することが多い。しかし、米国では会社法実務の専門家達が中心となって会社の
ルールを策定する。デラウェア州会社法が、州間競争に勝利した理由は、制定法の規制緩和競争に勝ったのでは
なく、判例法の形成能力が高いからであると考えられる。デラウェア州会社法は授権法思想を採用するため、実務
的な判例法が大きな役割を持つ。つまり、制定法では、詳細な規定を設けることを避け、判例法が充実している。こ
32
具体例としては、Aktieselskabet(デンマーク)、La société anonyme(フランス)、Die Aktiengesellschaft(ドイツ)、The public
company limited by shares, the public company limited by guarantee and having a share capital(アイルランド)、La società
per azioni(イタリア)、La société anonyme(ルクセンブルク)、De naamloze vennootschap(オランダ)、The public company
limited by shares(英国)である。
33
公開会社とは、有限責任会社(Company limited by shares)、もしくは、株式資本を有する保証有限責任会社(Company limited
by guarantee and having a share capital)であって、①基本定款(Certificate of incorporation)において公開会社である旨の定め
がある、②公開会社としての登記又は再登記の要件を充足する、の要件を満たすものとする。
34
神作裕之「ドイツにおける会社法と資本市場法の交錯」(商事法務 5 月 5・15 日合併号、1865 号)17 ページ参照。
35
Hamermesh, Lawrence A.,"The Policy Foundations of Delaware Corporate Law", Columbia Law Review Vol. 106, No. 7
(November 2006), pp. 4-6.
7
の仕組みが機能するためには、判事の高い能力が必要とされる。衡平法裁判所の 5 名の判事は、いずれも会社
法務に関して豊富な実務経験を持っており、成文法も、判例法も、その形成過程において、実務経験が豊富な弁護
36
士(もしくは弁護士出身者)が最も重要な役割を果たす 。
デラウェア州の法制度の特徴は、エクイティの思想を持つ司法の優位性である。デラウェア州は、衡平法裁判所を
37
現在も持つ 。英国のエクイティの思想を汲むデラウェア州裁判所は、18 世紀に発達し、1792 年に現在の裁判所
の原型が出来上がった。衡平法裁判所の特徴は、審査におけるエクイティの原則である。エクイティの原則とは、
法律の解釈よりも、取締役の信認義務を軸に、正義と公正を重視する裁判制度である。全米で唯一デラウェア州が、
会社法に特化した衡平法裁判所を持つ(最高裁との二審制)。このため、裁判所の判断は実務的で、柔軟である。
制定法の任意法規化に着目して、デラウェア州会社法は経営者に有利な法制度といわれることがあるが、必ずしも
そうではない。19 世紀末の各州の会社法の規制緩和(任意法規化)の競争は、「底辺への競争」(Race to the
38
bottom)と呼ばれた 。これは、1974 年にケアリーが主張した表現であった。確かに、ニュージャージー州やデラ
ウェア州に代表されるように、19 世紀には経営者に有利な法律をつくることによって、企業の本社を誘致しようとす
る発想があったと言えよう。
1977 年、ウインターは、デラウェア州会社法が州際規制緩和競争において勝利したとする「底辺への競争」ではな
39
く、デラウェア州は投資家保護に優れるが故に本社誘致に成功したとの論文を発表した 。これは、デラウェア州
会社法が州際投資家保護競争において勝利したとして、「頂上への競争」(Race to the top)と呼ばれる。デインズ
は、「投資家保護の法制が整備されると、エージェンシーコストが低下する」という仮設を検証した。そして、デラウェ
ア州に設立された会社のトービンの Q が高いことを論拠に、デラウェア州が「底辺への競争」を主導したのではな
40
いことを主張する 。投資家保護が十分でない州の会社に投資すれば、株主にとって不利である。その結果、株価
は下落し、その会社の資本コストが上昇する。こうした理由で、投資家保護が十分である州が、企業の本社誘致に
おいて有利であるという見解がある。イースターブルック、フィシェルは、「底辺への競争」は起こりえないとまで言い
41
42
切る 。本社を移転した会社の約 80%は、他州からデラウェア州に移した 。多くの実証研究は、デラウェア州に
43
本社を移転した会社の株価は上昇したことを示す 。ただし、「頂上への競争」に関しては、ベブチャックなどによる
44
有力な反論もある 。
制定法の任意法規化のみが重要であれば、多くの大企業が本拠地を置くニューヨーク州などが、デラウェア州と全
く同じ内容の会社法を制定すれば、圧倒的に有利なはずである。しかし、実際には、他の州にとって、デラウェア州
会社法制は、模倣困難性が高い。制定法である会社法を任意法規化すると、判例法を充実させる必要があるため、
36
デラウェア州衡平法裁判所の判事は、次の通りである。ウィリアム・B・チャンドラー3 世大法官の前職は、デラウェア最高裁常
任判事、モリス・ニコルズ・アシュ・アンド・タンネルのアソシエイト、全州知事ピート・デュポン氏の顧問弁護士である。レオ・E・スト
ライン・ジュニア判事の前職は、トーマス・R・カーパー州知事の顧問弁護士、スカデン・アープス・スレート・メーガー・アンド・フロ
ムの弁護士、連邦第 3 巡回区控訴裁判所、ニュージャージー州地方裁判所判事助手である。ジョン・W・ノーブル判事の前職は、
連邦裁判所判事助手、パーコウスキ、ノーブル&グエークの弁護士である。ドナルド・F・パーソンズ・ジュニア判事の前職は、モリ
ス・ニコルズ・アシュ・アンド・タンネルのシニアパートナー、デラウェア州地方裁判所の判事助手である。J・トラビス・ラスター判事
の前職は、アブラハム&ラスターの創立パートナー、リチャード、レイトン&フィンガーの企業部門ディレクター、連邦第 3 巡回区控
訴裁判所判事助手である(出所:Delaware State Courts)。
37
William T. Quillen & Michael Hanrahan, "A Short History of the Delaware Court of Chancery--1792-1992" (Delaware State
Courts website)
38
William L. Cary, Federalism and Corporate Law: Reflections upon Delaware, 83 YALE L.J. 663(1974).
39
Ralph K. Winter, Jr., State Law, Shareholder Protection, and the Theory of the Corporation, 6 J. LEG. STUD. 251, 271
(1977)
40
Daines, Robert, “Does Delaware Law Improve Firm Value?”, NYU Law School, Center for Law and Business, Paper No.
99-011
41
Frank Easterbrook, Daniel R. Fischel, The Economic Structure of Corporate Law, 1996, Harvard University Press,
pp. 214.
42
Frank Easterbrook, Daniel R. Fischel, The Economic Structure of Corporate Law, 1996, Harvard University Press,
pp. 212-213.
43
Bhagat, Sanjai and Romano, Roberta, “Empirical Studies of Corporate Law”, ECGI - Law Working Paper No. 44/2005, pp.
39-40.
44
Bebchuk, Lucian A. and Cohen, Alma, “Firms' Decisions Where to Incorporate”, Journal of Law and Economics, Vol.
46(2003), pp. 383-425
8
他州が、短期間に、デラウェア州を凌駕する司法システムを構築することは著しく困難である。デラウェア州では、
制定法の任意法規化と同時に司法による法の創造が、平行して発達した。例えば、様々な敵対的買収事件に見ら
45
れるように、デラウェア州の司法は安易に買収防衛策発動を認めたりはしない(例:デッドハンド型ライツプラン 、
46
47
ノーハンド型ライツプラン )。取締役の責任に関しても、厳しい判断を示していることも多い 。さらに、本社の集
積が進むとそれに関連する弁護士などの関連サービスなども集中する。また、企業活動に関わる裁判が多く行わ
れるため、判例が蓄積し、司法のシステムも発達する。
このように、むしろ、エクイティの思想などを背景に、司法は投資家保護に積極的であることが少なくない。「底辺へ
の競争」がかつて存在しなかったとまでは言わないが、デラウェア州会社法は任意法規化の競争に勝利したことの
みによって、州間競争に勝ったわけではないことは言えよう。このように、現在では、「デラウェア州会社法は経営
者にとって有利な法体系であるが故に多くの企業が本社を移転した」との認識は少数派になっていると思われる。
米国の会社法と資本市場法制の関係
米国では、州会社法、証券法制、上場規則、判例法などが、実質的意義の公開会社法を形成しているが、州法とし
ての会社法と連邦法としての証券法制が存在していることが、最大の特徴である。連邦法の対象は州際通商業務
に限定されるため(合衆国憲法第 1 条 8 節 3 項)、形式的な意義の会社法は州法である。サーベンス・オクスレー
法を含む証券関連法制は、州際証券取引に関わる規制と位置づけられているため連邦法である。連邦最高裁判
所は、証券関連法制が情報開示規制を対象とし、州会社法がコーポレートガバナンスや M&A など会社法本来の
48
領域を扱うと判示している 。また、証券取引所法が、議会の授権を超えて、会社法としての性格を直接的に持つ
49
ことは、判例により禁じられている 。ただし、例外とは言え、サーベンス・オクスレー法における監査委員会メンバ
ーの構成のように、証券取引法制が会社法の領域に部分的に関与する例が増加している。
米国では、「証券規制自身が連邦会社法の機能を有することで、独特の公開株式会社法を確立してきた」との見解
50
が見られる 。「他国では会社法の問題である議決権行使の勧誘や株主総会での提案権なども証券規制の対象と
51
している」ことがその根拠とされる 。このように、しばしば、証券取引所法に定める委任状勧誘は会社法の一部を
構成すると指摘されることがある。確かに、その認識は正当なものであるが、証券取引所法は会社法の領域を直
接的に規制するのではない(間接的、部分的に規制することはある)。過去の裁判例でも、証券取引所法 14 条(a)
52
委任状勧誘は、委任状に関わる規制というよりも情報公開を目的とすると示されている 。
証券取引所法 14 条(a)は、委任状の州際勧誘と国法証券取引所を通じる委任状勧誘を規制するものであり、それ
も、公益と投資家保護のための情報開示を目的としている。言い換えると、委任状の州内勧誘は対象とされない。
米国では、デラウェア州会社法 212 条(b)~(e)に委任状勧誘に関する規定があるものの、委任状勧誘や株主提案
に関する手続きは、主に、証券取引所法が定める。これは歴史的な経緯によるところが大きい。1934 年証券取引
45
Carmody v. Toll Brothers, Inc., 723 A. 2d 1180 (Del. Ch. 1998).
Quickturn Design Sys., Inc. v. Mentor Graphics Corp., 721 A.2d 1281 (Del. Sup., 1998)
Smith v. Van Gorkom, 488 A.2d 858 (Del. Sup. 1985)
48
Santa Fe Industries, Inc. v. Green, 430 U.S. 462, 97 S. Ct. 1292(1977)
49
Business Roundtable v. SEC 905 F.2d 406, 410 (D.C. Cir. 1990),
Bainbridge, Stephen M.,”The Short Life and Resurrection of SEC Rule 19c-4”, Washington University Law Quarterly, Vol. 69
(1991), pp. 565-634.
50
早稲田大学・ペンシルヴァニア大学共同シンポジウム(2006 年 3 月 11 日)〈基調報告〉、上村達男「アメリカ・欧州・中国・日本の会
社法制-資本市場と市民社会への姿勢を巡って-」
51
EU では、会社法現代化行動計画に沿って、委任状勧誘や株主提案に関する法制の整備がなされている。つまり、基本的には、委
任状勧誘や株主提案は会社法で扱う領域である。日本でも、委任状勧誘や株主提案に関する規定は主に会社法にある。ただし、金
融商品取引法 194 条 1 項、金融商品取引法施行令 36 条 2-6 項、上場株式の議決権の代理行使の勧誘に関する内閣府令など、証
券取引法制にも委任状勧誘や株主提案の規定がある。
52
J.I. Case Co. v. Borak, 377 U.S. 426, 84 S.Ct. 1555, 12 L.Ed.2d 423 (1964), Roosevelt v. E.I. Du Pont de Nemours & Co.,
958 F.2d. 416 (D.C. Cir. 1992).
46
47
9
所法が制定された当時、州会社法において、委任状勧誘や株主提案に関する手続きが十分に整備されていなかっ
53
たため、議会はこれらの情報開示を証券取引所法において定めることとした 。
54
米国では、憲法理論上、連邦会社法制定は可能である 。合衆国憲法第 5 条は、憲法修正手続きを定める。連邦
議会は、上院、下院両院の 3 分の 2 以上の賛成で、憲法修正を発議できる。その修正は、全州の 4 分の 3 以上
の議会によって承認されれば、効力を有する。つまり、議会は、自らの意思で、憲法第 1 条 8 節 3 項を修正し、連
邦会社法を制定とすることは理論上不可能ではない。ただし、現在の憲法理論では、憲法を修正せずとも、連邦会
55
社法を制定することは可能であるとされる 。州会社法制定の根拠とされる憲法の州際通商業務規定は、基本的
な考えを示すに過ぎず、例外が許容されない厳格な規定ではない。そのため、サーベンス・オクスレー法のように、
56
基本は証券法制と位置づけられながらも、会社法的な規定を設けるものが存在しうる 。
つまり、米国では、連邦会社法が制定できないために、次善の策として証券取引所法や上場規則を事実上の上場
会社法として位置づけているのではない。政府、議会は、連邦公開会社法を制定するよりも、州会社法と州判例法
を基本とし、連邦企業法制(証券法、証券取引所法、サーベンス・オクスレー法など)と上場規則などの補完により、
上場会社を規制する方法を選択しているのである。州会社法、連邦証券法制、上場規則の複合的な規制が機能し
ていると判断しているからこそ、議会や政府は連邦会社法制定を避けていると考えられる。しかし、エンロン事件後
のサーベンス・オクスレー法と同様、議会や政府が、必要に応じて、連邦会社法としての性格を持つ法律を制定す
ることはありえよう。実際に、ベブチャックに代表されるように、政府に全米会社法委員会を設置し、必要に応じて連
57
邦会社法化を進めるべきという提案もある 。このように、会社法の州法、連邦法の領域の議論は定まっていない
58
が、会社法制の連邦法化が強まりつつあることは事実であると言えよう 。
信認義務とは何か
デラウェア州会社法においては、特に、取締役の信認義務が重視されるが、この内容や司法の関与の度合いは、
他国と大きく異なる。取締役の信認義務が、独立取締役制度など米国独特のコーポレートガバナンスシステムを形
成する源泉となっていると考えられる。
米国では、特に、資本家が取締役に権限を大きく委譲する代わりに、株主に対する取締役の信認義務の遵守を強
く求める傾向がある。この点、経営、資本、労働者の関係が深い日本やドイツとは大きな相違がある。英米、そして
大陸欧州、日本で、株主と取締役の関係が大きく異なるのは、英国を起源とし、米国で発達してきた信託の概念に
59
起因する。信託の基本概念は、中世の英国を発祥とする 。その起源は「ユース」と呼ばれる土地信託の一種であ
60
61
る。その後、家族の財産の信託を巡る係争 などを経て、信託の法的概念が明確化された 。そして、信託におい
62
て、受託者の取締役の責任が明確化された 。当時の英国では、慣習法(コモンロー)と衡平法(エクイティ)の二重
の法体系が存在したが、これが米国のデラウェア州法にも影響を与え、現在もデラウェア州会社法では衡平法が
重要な役割を持つ。公平と正義を重視する衡平法において重要な法理は信託であり、これが現在も取締役の信認
義務において中核の役割を持つ。
53
Stephen M. Bainbridge, Mergers and Acquisitions, University Textbook Series, 2003, p. 241-242.
Kahan, Marcel and Rock, Edward B., “Symbiotic Federalism and the Structure of Corporate Law”, Vanderbilt Law Review,
Vol. 58(2005), p. 1577-1578. Bainbridge, Stephen M., "The Creeping Federalization of Corporate Law", Regulation, Vol. 26
(Spring 2003), No. 1, pp. 26-27.
55
Roe, Mark J., “Delaware's Competition”, Harvard Law Review, Vol. 117 (2003), p. 596-597, 607-620.
54
56
最近では、連邦法である金融改革法で、役員報酬開示強化など、コーポレートガバナンスに関する規定が置かれた。ただし、
詳細な規則は、SEC が設定する予定である。
57
Bebchuk, Lucian A. and Hamdani, Assaf, “Federal Corporate Law: Lessons from History”, Columbia Law Review, Vol. 106,
pp. 1793-1839
58
また、米国法曹会(American Bar Association)は、修正モデル会社法を策定しており、州法を統一しようという動きもある。しかし、
モデル会社法は、法律ではないため、法的拘束力はない。
59
アンドレ・タンク「アメリカ会社法における経営者の義務」(早稲田法学 64 巻 3 号、1998 年) 136 ページ参照。藤倉皓一郎「アメリカ
法における私と公―公共信託の理論」(財団法人 日本学術協力財団、学術の動向 2007 年 8 月号) 25-27 ページ参照。
60
裁判例として、Keech v. Sanford (1726), Sel. Cas. T. King 61; 25 E.R. 223. 5。
61
Alan Dignam, John Lowry, Company Law, Oxford Univ Pr. (2008) 291-292 ページ参照。
62
裁判例として、The Charitable Corporation v. Sutton (1742) 26 ER 642; 2 ATK 404。
10
一般に、信託関係は、委託者と受託者によって結ばれる。委託者は、資産の実質的な所有者であり、同時に信託
の受益者である。企業経営では株主に相当する。受託者は、資産を実質的に運営、運用し、その行為に対して委
託者から報酬を得る。企業経営では取締役に相当する。信託の中核をなすのが、受託者の委託者に対する信認義
務である。つまり、受託者は十分な注意を払い、忠実かつ誠実に、委託者の利益を確保、増大させる義務を負う。
米国では、取締役は、会社と株主に対して信認義務を負う。一般的に、信認義務は注意義務、忠実義務、誠実義
63
務を中心に構成される 。デラウェア州会社法では、取締役の信認義務は明示的に定められていないが、膨大な
64
判例が蓄積されており、信認義務に関する判例は長い歴史を持つ 。判例においては、会社の取締役、業務執行
者は、その地位を利用して、自身の利益を追求してはならず、取締役の義務と自己の利益の間に利害相反があっ
65
てはならないことを求める 。訴訟において、取締役会の株主に対する信認義務を問われる場合、裁判所は、取締
66
役会が中立な機関として機能しているかを審査する 。取締役の重過失が認定された場合、取締役の判断は経営
判断原則による保護を失う。
67
注意義務(Duty of care)とは、取締役が十分な情報に基づいた決定を行う義務であると解されている 。取締役は
十分な情報を得たうえで、最善の注意を払いながら、思慮深く、経営判断を行う義務がある。言い換えれば、注意義
68
務は、注意深く、かつ分別のある人間が、合理的な注意(Reasonable diligence) を用いて経営判断を行使するこ
69
とを、取締役に対して求めるものである。注意義務に関しては、1985 年のヴァン・ゴーコム事件 の判決内容、そ
してその後の注意義務に関連するデラウェア州会社法改正などにより、経営判断原則との関係がより精緻に整理
されてきた。忠実義務(Duty of loyalty)とは、自己取引、利益相反取引を禁止するものである。取締役は、その会
社の経営に当たって、自己の利益を追求してはならない。例えば、取締役の自社株の売却や取締役自身とその会
70
社との取引などが該当する。利益相反取引には、多数派株主を利するような取引も含まれる 。忠実義務違反が
確定した場合、デラウェア州会社法 102 条(b)(7)の取締役の責任軽減・免除規定、145 条の取締役の免責、賠償
責任(D&O)保険規定の適用がない。
71
また、最近では、誠実義務(Duty of good faith)も、信認義務の構成要素として挙げられるようになっている 。誠
実義務とは、その会社の経営にあたって、取締役が誠実に行動することを求めるものである。近年、取締役がデラ
ウェア州の裁判においては、注意義務、忠実義務と誠実義務の 3 要素は一体であるという判断が定着しつつあ
72
る 。誠実義務違反が確定した場合も、取締役の責任軽減・免除規定、免責、賠償責任(D&O)保険規定の適用が
73
ない 。ただし、誠実義務は、忠実義務から派生するものであり、その意味では注意義務、忠実義務を中心に取締
役の信認義務が問われるという流れに変化はない。誠実義務の重要性が高まりつつあることは事実であるが、判
74
例上、注意義務、忠実義務と同様の重要性があるとまでは位置づけられていない 。その他に、信認義務には、
情報開示義務(Duty of disclosure)も含まれることがある。取締役は自己が得た会社経営に関する重要情報を十
63
American Law Institute Staff, Principles of Corporate Governance: Analysis and Recommendations, West Pub Co. (1994)
137ページ参照。裁判例として、Malone v. Brincat, 722 A.2d 5, 10 (Del. 1998)
64
代表的な裁判例として、 Guth v. Loft, Inc., Del. Supr., 23, 255, 5 A.2d 503, 510 (Del. Ch.1939)
65
Daniele Marchesani “A New Approach to Fiduciary Duties and Employees: Wrongful Discharge in Violation of Public
Policy”, University of Cincinnati Law Review Vol 75 (2007)、裁判例として Cede & Co. v. Technicolor, Inc., 634 A.2d 345, 361
(Del. 1993)
66
Cinerama, Inc. v. Technicolor, Inc., 663 A.2d 1156, 1170 (Del. 1995).
67
八代英輝著『米国ビジネス法実務ハンドブック』(中央経済社、2006 年) 119 ページ参照。
68
Hanson Trust PLC v.ML SCM Acquisition,Inc.,781 F.2d 264(2d Cir.1986)
69
Smith v. Van Gorkom, 488 A.2d 858 (Del. Sep. 1985)、William J. Carney, Mergers and Acquisitions-Cases and MterialsSecond Edition, Foundation Press (2007) 515-530 ページ、近藤光男・志谷匡史編著『新・アメリカ商事判例研究』(商事法務、2007
年) 264-269 ページ参照。
70
Aronson v. Lewis, 473 A.2d 815 (Del. Sup 1984)。
71
Emerald Partners v. Berlin, 2001 WL 115340, at *25 n.63 (Del. Ch. Feb. 7, 2001), Cede & Co. v. Technicolor, Inc., 634 A.
2d 345 (Del. Sup 1993)、Dr. Filippo Rossi, “Making sense of the Delaware Supreme Courts Triad of Fiduciary Duties” (June
22, 2005).
72
裁判例として、Emerald Partners v. Berlin 787 A.2d 85, 90 (Del. 2001)、Malone v. Brincat, 722 A.2d 5, 10 (Del. 1998)
73
裁判例として、Brehm v. Eisner, 746 A.2d 244 (Del. 2000)
74
裁判例として、Walt Disney Co. Derivative Litig., C.A. No. 15452, 2006 WL 1562466, at *34 n.112 (Del. 2006)
11
分に開示する義務である。1992 年に判示された義務であり、注意義務、忠実義務と比して、比較的新しい定義で
75
76
ある 。この開示義務は注意義務、忠実義務の両方から派生するとされている 。
信認義務は、通常、取締役(あるいは経営執行者)に適用されるものであるが、会社に対する忠実義務は、大株主
77
についても適用される場合がある 。これは、支配株主や大株主がその立場を利用、あるいは濫用して、少数株主
78
の利益を犠牲にするような行動を防ぐ目的がある 。ただし、支配株主や大株主に対して、忠実義務を厳しく課す
ことは、株主権の行使(例えば、株主総会における株主提案や委任状合戦)を躊躇させ、その結果、株主によるコ
ーポレートガバナンス活動を鈍らせることもあろう。
経営判断原則とは何か
取締役が誠実に、かつ十分な注意を払ったうえで、その業務を決定し、そして同時に個人的利害関係が存在しない
79
場合、取締役の経営判断は幅広く尊重される 。その決定プロセスなどが適切である限りは、経営判断に関わる
結果の成否で経営者の責任が追求されることはない。これにより、ビジネスの専門家ではない裁判所などが取締
役の経営判断への介入をせず、その結果責任を問わないことにより、取締役が適切なリスクを取った上で経営判
断を下せるようになることが期待される。これが米国における経営判断原則である。
80
経営判断原則に関わる係争で裁判所が下した判断として著名なのは、1919 年のドッジ対フォードモーター事件
81
である。この事件でミシガン高裁は、「判事はビジネスに関わる判断はできない」と判示した 。そして、米国の経営
判断原則は、1980 年代の企業買収における法的係争が集中して発生した時期に、より詳細に形成された。信認
義務同様、経営判断原則についても、デラウェア州会社法では明文の規定は存在しない。経営判断原則は、デラ
82
ウェア州会社法 141 条(a)から派生するものである 。デラウェア州最高裁判所は、「デラウェア州会社法 141 条
(a)は取締役会が会社の経営にあたることを定めており、経営判断原則は取締役会に与えられた権限を生かすた
83
84
めに存在する」と判示している 。経営判断原則は、以下を基本とする 。
第一に、株主に対する取締役の信認義務である。株式会社では、株主が取締役会に経営を委任しており、取締役
会が責任を負うのは基本的に会社と株主に対してだけである。第二に、経営判断のプロセスの適切性である。裁判
官は経営の専門家ではないため、取締役会の判断の適否を論じる立場にない。そのため、裁判では決定過程の合
85
理性や中立性について審理されるが、原則として、判断内容は審理されない 。裁判官はその経営判断のプロセ
スの適切性(詐欺的な行為、違法行為、利己的な行為によって影響されているか否か)を判断する。第三に、取締役
の損害賠償責任の免除である。経営判断原則においては、裁判所は、原告が特定の会社の取引において経営者
86
が自己の利益を追求したことを主張する場合、裁判所は、その該当する取引の実態を審査する 。経営判断原則
が適用されれば、重過失の有無が原告により立証されない限り、仮に何らかの損害が発生したとしても、その判断
75
Stroud v. Grace, 606 A.2d 75, 84-87 (Del. 1992)
OReilly v. Transworld Healthcare, Inc., 745 A.2d 902 (Del.Ch. 1999)
77
裁判例として、Kahn v. Lynch Commc’ns Sys., Inc., 638 A.2d 1110, 115 (Del. 1994); Sinclair Oil Corp. v.Levien, 280 A.2d
717, 720 (Del. 1971); Jones v. H.F. Ahmanson & Co., 460 P.2d 464, 471–472 (Cal. 1969)
78
Anabtawi, Iman and Stout, Lynn A.,”Fiduciary Duties for Activist Shareholders”, UCLA School of Law, Law-Econ Research
Paper No. 08-02, 2008
裁判例として、Kahn v. Lynch Commc’ns Sys., Inc., 638 A.2d 1110, 115 (Del. 1994); Sinclair Oil Corp. v.Levien, 280 A.2d 717,
720 (Del. 1971); Jones v. H.F. Ahmanson & Co., 460 P.2d 464, 471–472 (Cal. 1969)
79
Bainbridge, Stephen M., “The Business Judgment Rule as Abstention Doctrine”, UCLA, School of Law, Law and Econ.
Research Paper No. 03-18(2003), pp. 6-7.
80
Dodge v. Ford Motor Company, 204 Mich. 459, 170 N.W. 668. (Mich. 1919).
81
Stephen M. Bainbridge, The New Corporate Governance in Theory and Practice, Oxford University Press (2008), p. 120.
82
Stephen M. Bainbridge, Corporation Law and Economics, Foundation Press (2002) p. 267
83
Smith v. Van Gorkom, 488 A.2d 858 (Del. Sep. 1985)
84
Stephen M. Bainbridge, Corporation Law and Economics, Foundation Press (2002) p. 269
85
弥永真生著『リーガルマインド 会社法』(有斐閣、2006 年) 208、209 ページ参照。
86
裁判例として、Paramount Communications, Inc. v. QVC Network, Inc., 637 A.2d 34, 42 n.9 (Del. 1994)
76
12
87
を下した取締役の損害賠償責任は問われないと解釈される 。つまり、経営判断のプロセスが適正であれば、そ
88
の判断が会社に多大な損害を生じせしめたとしても、取締役の責任は事後的に追及されない 。
取締役が経営判断原則の適用を受ける条件は、経営判断の行使(経営判断を下さなかった時は適用されない)、
89
中立で、かつ独立した判断、詐欺や違法行為の不存在、合理性、十分に情報を得たうえでの判断、である 。これ
らをすべて満たした時のみ、経営判断原則の適用を受ける。1984 年、アロンソン事件において、デラウェア州最高
裁判所は、経営判断原則を巡る裁判で、「原告が、取締役の不公正さ、独立性の欠如、会社に利益を害すること、
を証明する必要がある」と判示した。つまり、原告側は、被告取締役が経営判断原則による保護はないことの立証
90
責任を負う 。これは、裁判所よりも経営者の方が会社経営に関わる専門知識を有しており、裁判所はその経営
91
判断決定過程に著しい瑕疵があった時のみ、取締役の責任を追及する、という基本的な考えがあるからである 。
92
アロンソン事件は、現在の経営判断原則の基準の原形を示したことで注目される 。1985 年のユノカル事件にお
いて、最高裁は、アロンソン事件の基準を用いて、ユノカルの経営者の行動を判断している。同事件で裁判所が示
した提訴請求免除の基準をベースとして、1980 年代に頻発した敵対的買収における防衛策に関わる判例を通じて、
93
注意義務、忠実義務が信認義務を構成することが定着した 。
94
経営判断原則は、取締役には適用されるが、経営執行者(Officer)には適用されない 。デラウェア州最高裁は、
95
経営判断原則は、取締役と経営執行者双方に適用されるべきものと判決で繰り返し述べている 。確かに、取締
役兼 CEO や取締役兼 COO のように、取締役と経営執行者を兼ねている場合には、経営執行者としての CEO、
COO に経営判断原則が適用される。しかし、非取締役経営執行者には適用されたことがない。取締役は、株主総
会において選任されているので、株主に対する明確な信認義務が存在するが、非取締役経営執行者は取締役が
選任しているので、直接的な信認義務が存在しないことがその理由である。
取締役の信認義務違反を問う基準
1970 年代以前、経営判断原則は、判例で比較的緩やかに解されていたが、1984 年のアロンソン事件、1985 年
96
のユノカル事件を機により厳密化されている 。例えば、ユノカル事件においては、裁判所は、経営判断原則を適
97
用するにあたって、その敵対的買収が企業価値を毀損する脅威があることを立証することを求めた 。取締役の信
認義務違反を問う場合の基準として、以下の 3 基準が挙げられる。
第一に、完全公正基準(Entire fairness test)である。取締役の信認義務違反を最も厳しく問う基準である。例えば、
取締役の親族の経営する会社との取引などに適用される。この場合、一般の経営判断原則よりも厳格な判断で、
完全公正基準の適用を受ける。利益相反の可能性が認められる場合は、完全公正基準に照らして、取締役の信
87
Robert Clark, Corporate Law, (Aspen Pub, 1986) pp. 123-124
亀山孟司著『会社経営と取締役の責任—アメリカ会社法の研究』(成文堂、2004 年) 94 ページ参照。
88
裁判例として、Sinclair Oil Corp. v. Levien, 280 A.2d 717, 720 (Del. Sup.1971)
89
Stephen M. Bainbridge, Corporation Law and Economics, Foundation Press, (2002) pp. 270-283
90
亀山孟司著『会社経営と取締役の責任—アメリカ会社法の研究』(成文堂、2004 年) 105-106 ページ参照。
91
Solash v. Telex Corp., 1988 WL 3587 (Del. Ch. 1988)。
92
アロンソン事件では、その会社の47%の株式を保有する取締役と会社の利益相反取引があり、会社に損害を与えたとして、該当す
る取締役を含む取締役10名に対して、株主代表訴訟を提起したものである。株主が、取締役会に対して、提訴請求を行わなかったた
め、株主代表訴訟の要件を満たしていないとして、被告取締役は裁判所に対して株主代表訴訟却下の申し立てを行った。原告は、取
締役会は中立でないため、提訴請求に関わる客観的な判断ができないので、提訴請求が却下されることは明らかであり、そのため
提訴請求をする必要がないと主張した。デラウェア州衡平法裁判所は、株主の主張を認め、被告取締役の申立を却下した。しかし、
デラウェア州最高裁は原審の判断を覆して、被告取締役の主張を認めた。ただし、その中で、提訴請求免除の基準として、取締役の
独立性、取締役の注意義務違反、あるいは忠実義務違反の2点を指摘した。Thad A. Davis and Nisha Ramachandran, “Demand
Futility In A Down Economy“, J Ropes & Gray LLP , June 30 2009,
93
伊勢田道仁「代表訴訟提起の事前請求が免除される場合と経営判断原則 Aronson v.Lewis,473 A.2d 805(Del.1984)」近藤
光男・志谷匡史編著『新・アメリカ商事判例研究』(商事法務、2007 年)
94
Johnson, Lyman P. Q.,”Corporate Officers and the Business Judgment Rule”, Business Lawyer, Vol. 60, February 2005
95
裁判例として、Cinerama, Inc. v. Technicolor, Inc., 663 A.2d 1156, 1162 (Del. 1995); Cede & Co. v.Technicolor, Inc., 634
A.2d 345, 361 (Del. 1993)
96
徳本穣著『敵対的企業買収の法理論』(九州大学出版会、2000 年) 52 ページ参照。
97
Stephen M. Bainbridge, Corporation Law and Economics, Foundation Press, (2002) p. 702
13
認義務の遵守が審査される。利益相反取引でないことが認められ、注意義務、忠実義務、誠実義務などの違反が
ないことが認定されれば、その取締役の決定には経営判断原則が適用される。第二に、一般的な経営判断原則で
ある。取締役の信認義務の視点から、会社と取締役との利益相反の可能性が認められない場合、一般的な経営判
断原則の適用が裁判で審査される。裁判において、注意義務、忠実義務、誠実義務などの違反を中心に検討され、
これらの違反がないと認定されれば、経営判断原則が適用される。第三に、中間基準である。買収防衛策発動時
の取締役の行動について、完全公正基準と一般的な経営判断原則の中間的な基準が適用される。例えば、敵対
的買収における支配権争いなどがこれに該当する。裁判などで、買収防衛策導入が取締役の利益と密接に関わる
98
ため、取締役の行為が公正かつ合理的であったかどうかの立証が取締役に対して要求される 。なお、中間基準
99
ではなく、「条件付経営判断原則」と呼ぶ場合もある 。
買収防衛策発動時については、防衛策が過度なものでないという相当性の原則、企業価値に対する脅威の存在な
どの中間基準などを中心に取締役の信認義務の遵守が審査される。例えば、防衛策の発動にあたって、取締役の
保身(例:地位や報酬の維持)などの目的の有無も検討される。これらの基準に照らして、利益相反が存在しないこ
とが立証されれば、取締役の決定は通常の経営判断原則の基準の審査を受ける。米国では取締役会決議のみで
導入したライツプランの発動を裁判所が認めることがあるが、これは、取締役の経営判断原則が幅広く認められて
100
いるためであると考えられる 。
完全公正基準が問われる裁判では、原告が、経営判断原則の適用に関して疑義を唱えた場合、被告取締役がそ
101
の決定が利己的な目的に基づいたものではないとの立証責任を負う 。ただし、利害関係を有しない取締役の過
半数以上が当該取引を承認していれば、立証責任は原告株主に転嫁されることがある。取締役の信認義務につい
102
て、完全公正基準が問われる場合、原告は以下の 2 点について立証義務がある .第一に、取締役の注意義務
違反である。注意違反について、裁判所は、①事前に十分な情報が提供されている、②その意思決定プロセスに
103
おいて十分な注意が払われている、が同時に満たされるということを審査する 。裁判所は、取締役の行動を重
104
過失基準(Gross negligence standard)によって、判断する 。よって、裁判所は、注意義務について手続きの正
105
当性(瑕疵の有無)を審査するが、注意義務に関わる実質的なものを審査するわけではない 。重過失基準につ
106
いては、過去の判例からは、裁判所は、取締役による十分な情報に基づく合理的な判断の欠如 、取締役による
107
108
109
重大かつ明白な法律や規則などの逸脱行為 、悪意、または裁量権の著しい濫用 、詐欺 、不公正な自己取
110
111
引や会社資産の浪費 、を重点的に審理している 。第二に、取締役の監督権限の適切な行使の有無であ
112
る 。取締役が会社に関わる業務すべてを熟知することはありえないため、すべてを監視監督する義務はないも
のの、重要度の高い事象については十分に監視監督する義務を負う。
98
矢崎淳司著『敵対的買収防衛策をめぐる法規制』(多賀出版、2007 年) 27、28 ページ参照。
Stephen M. Bainbridge, The New Corporate Governance in Theory and Practice, Oxford University Press (2008), p. 137.
100
Frank H. Easterbrook, Daniel R. Fischel, The Economic Structure of Corporate Law, Harvard Univ Pr; Reprint (1996) 92 ペ
ージ参照。矢崎淳司著『敵対的買収防衛策をめぐる法規制』(多賀出版、2007 年) 22 ページ参照。
101
裁判例として、Bennett v. Propp, 187 A.2d 405(Del. Sup. 1962), McMullin v. Beran, 765 A.2d 910, 917 (Del. 2000)
102
Daniele Marchesani “A New Approach to Fiduciary Duties and Employees: Wrongful Discharge in Violation of Public
Policy”, University of Cincinnati Law Review, Vol 75, 2007, pp. 6-9
103
Caremark Int.l Inc. Derivative Lit., 698 A.2d 959, 967 (Del. Ch. 1996).
104
仮屋広郷「取締役の注意義務と経営判断原則—人間観と法の役割—」(一橋法学第 3 巻 第 2 号(2004 年 6 月))40-41 ページ参
照。
105
Cede & Co. v. Technicolor, Inc., 634 A.2d 345, 364 n.31 (Del. 1993)
106
裁判例として、Smith v. Van Gorkom, 488 A.2d 858 (Del. Sep. 1985)
107
裁判例として、Getty oil v Skellty Oil, 267 A. 2d 883 887(Del. 1970)
108
裁判例として、Warshaw v. Calhoun, 221 A.2d 487, 492 (Del.Supr. 1966).
109
裁判例として、Kors v. Carey, Del. Ch., 39 Del. Ch. 47, 158 A.2d 136, 140 (1960)
110
裁判例として、Penn Mart Realty Co. v. Becker, 298 A.2d 349 (Del. Ch. 1972)
111
亀山孟司著「会社経営と取締役の責任 アメリカ会社法の研究を中心として」(成 文 堂 、 2007 年) 8 0 - 8 1 ペ ー ジ 参 照 。
112
裁判例として、Caremark Int.l, Inc. Derivative Litig., 698 A.2d 959, 968 (Del. Ch. 1996)
99
14
取締役優位モデル
113
取締役の信認義務を背景に、米国で発達したコーポレート・ガバナンス・システムが、取締役優位モデルである
。
114
近年では、ベインブリッジらによって、精緻な理論が構築されてきた 。歴史的に、米国では取締役優位モデルが
会社法制の基本となってきた。取締役優位モデルでは、基本的に、経営の専門家ではない株主が、直接的に会社
の経営に関与せず、優れた経営力を持つ、もしくは、経営監視監督能力の高い取締役が大きな権限を持つ。経営
者、経営権限を委譲する方が、会社の経営成績は向上するという考えに依拠する。株主は、取締役や経営執行者
と異なり、日常の会社経営に関わる十分な情報をもたず、しかも、専門の経営者と比較すると、経営に関する経験
や知識は劣ることが多い。一般に公開会社の株主は広く分散しているため、会社の業績が、取締役や経営執行者
の報酬や地位に、直接影響する。他方で、少数株主は、経営への参画を通じて、投資対象企業の経営を向上させ
たいという動機は小さい傾向にある。
取締役優位モデルは、株主総会における株主権(主として株主提案権)と裁判所による介入を制限することにより、
成り立っている。このモデルでは、裁判所や株主による経営介入を最小限とし、経営判断原則を、不介入法理
115
(Abstention doctrine)と捉える 。
不介入法理における柱の一つは、会社経営における司法の介入の制限である。この概念は、経営判断原則を適用
する条件が充たされれば、裁判において原告が取締役の誠実義務違反などを論証しない限り、裁判所は取締役の
116
判断を実質的に審査すべきではないとする 。これは米国の会社法制において伝統的に採用されてきた思想で
ある。取締役優位モデルに関して、「裁判所による経営への介入は最小限であるべき」という前提については、経営
判断原則を巡る数多くの裁判によって、判例として定着している。もう一つの柱は、会社経営における株主の介入
の制限である。基本的に、取締役優位モデルでは、相対投票制(Plurality voting)を採用している場合、株主総会
では取締役選任議案において株主は反対できない。そして、株主が臨時株主総会を招集することには制限があ
117
118
119
る 。また、期差選任 を採用する場合、特別な事情がない限り取締役の解任はできない 。さらに、株主提案
は可決されたとしてもその実行を強制しない非拘束決議となることが多い。経営者は株主提案を委任状説明書に
120
記載しないことができるため(米国証券取引所法規則 14a-8(i)) 、取締役会を拘束するような株主提案は、会社
113
経営判断原則の基本的な概念は、取締役優位モデルにおける不介入法理(abstention doctrine)と、株主優位モデルにおける責
任基準(standard of liability)とに分類される。Bainbridge, Stephen M.,, “The Business Judgment Rule as Abstention Doctrine”,
UCLA, School of Law, Law and Econ. Research Paper No. 03-18 (July 29, 2003), pp. 6-9
114
Bainbridge, Stephen M., “Director Primacy: The Means and Ends of Corporate Governance”, UCLA School of Law
Research Paper No. 02-06(February 2002). 取締役優位性モデルにおいては、取締役会は株主の代理人ではなく、また会社は
「契約の束」ではないとする。ベインブリッジは、会社は「契約の束」であるのではなく、会社は「契約の束」を持つと主張し、「契約の束」
の中心は会社ではなく、取締役会であるとする。Bainbridge, Stephen M., “The Board of Directors as Nexus of Contracts: A
Critique of Gulati, Klein & Zolt's 'Connected Contracts' Model”, UCLA School of Law Research Paper No. 02-05 (January
2002).
115
Bainbridge, Stephen M., “The Business Judgment Rule as Abstention Doctrine “, UCLA, School of Law, Law and Econ.
Research Paper No. 03-18(2003), pp. 49- 50.
116
Shlensky v. Wrigley. 237 N.E.2d 776 (Ill. App. 1968)
117
株主は臨時株主総会を招集できず、取締役会か定款で定めた者のみが招集できる(デラウェア州会社法 211 条(d))。
118
米国の取締役会任期は 最長 3 年であり、毎年 3 分の 1 の取締役を入れ替えるのが期差選任である。期差選任や累積投票を採
用している場合、株主総会は、法令違反や病気などの重大な理由、基本定款の定めがない限り、期中で取締役を解任できない(デラ
ウェア州会社法 141 条(k)(1))。
119
米国の株主総会においては、委任状合戦を除き、株主が取締役選任、解任を能動的に行うことは著しく困難である。取締役の選
任方法において、相対多数投票制(デラウェア州会社法 216 条(3))を採用している会社の場合は、1 票でも賛成票が投じられれば、
委任状合戦でもない限り、取締役は選任される。取締役選任の投票には賛成か留保(withheld)の選択肢しかない。つまり、反対票を
投じることはできない。このため、会社側の提案した取締役候補がほぼ自動的に選任される。取締役選任に関わる株主提案に関して
も、多くの検討がなされてきたが、今後も徐々に変化することになろう。実際、2009 年に、SEC は、取締役選任に関わる株主提案に
関して、規制緩和を提案している。この場合、会社側の提案した取締役候補がほぼ自動的に選任される。
120
それに該当するのは、①州会社法に照らして株主総会の適切な決議事項でないと認められるもの、②会社に法令違反行為を強
制するもの、③委任状勧誘ルールに違反するもの、④個人の苦情、特定個人を利するもの、⑤会社の重要でない業務に関するもの
(総資産、純利益、売上高の 5%以下)、⑥会社が実行できないようなもの、⑦取締役会に委ねられるべき経常的な業務に関するもの、
⑧提案が取締役の選任に関するもの、⑧会社提案に抵触するもの、⑨すでに会社により実行済みのもの、⑩他の提案者の内容と重
複するもの(委任状勧誘も含む)、⑪提案が過去一定期間に提案され、一定比率以上の賛成を得られなかったものと実質的に同一の
15
121
側が株主提案として委任状説明書に記載しない場合が多い 。このように、取締役優位モデルにおいては、会社
122
経営に関する多くの重要事項について、株主総会の承認を得ることなく、取締役会で決定を下すことができる 。
株主優位モデル
近年、制定法、判例法双方の会社法制において、取締役優位モデルを基本としながらも、株主優位モデル、あるい
は株主中心モデルの色彩が強まっている。株主優位性モデルは、ベブチャックらによって、理論的な研究がなされ
123
てきた 。株主優位モデルでは、株式会社で、経営と資本の所有が分離しているため、経営者は株主に雇われた
経営のための代理人であるとし、経営者は会社の所有者たる株主の利益を最大化すべきとする。エンロン事件な
どを機に、取締役優位モデルの問題点が明らかになり、重要事項に関しては直接、株主が介入するという株主優
位モデルが徐々に支持を集めている。
米国のコーポレート・ガバナンス・システムにおいて、取締役優位モデルが基本であることに変化はない。しかし、重
要事項については株主の決定権が増す傾向にある。2006 年にデラウェア州会社法 216 条が修正され、取締役が
選任されるために過半数以上の賛成票が必要とされる絶対多数投票制が認められた。このため、絶対多数投票制
124
度を採用する会社が増加しており、すべての会社が相対多数投票制を採用しているわけではない 。取締役優位
モデルの特徴であるのが、期差選任である。しかし、期差選任は、取締役任期が、複数年である場合のみ有効であ
る。取締役任期を 1 年とする会社は、1999 年には S&P500 構成企業のうちの 38%に過ぎなかったが、2009 年
には 68%に達した(出所:スペンサースチュアート)。つまり、取締役解任や交代がより容易になった。
近年注目すべき傾向は、相対多数投票制でありながらも、絶対多数投票制に近い制度の採用が増加していること
である。つまり、相対多数投票制を採用する会社であっても、株主総会において取締役選任の賛成票が過半数に
達しない場合、会社がその取締役に退任勧告をするものである。つまり、株主には選任権はないものの、拒否権に
近い権利が与えられることになる。こうした事実上の絶対多数投票制を採用する会社の構成比は、2009 年に
S&P500 構成企業全体の 59%となり、2008 年に 52%であったので、順調に普及している(出所: リスクメトリクス)。
このように、既に過半数の会社は、取締役優位モデルの特徴である期差選任と相対多数投票制を実質的に採用し
ていない。
ベブチャックは、現在の米国の会社法体系では経営における株主の介入の権限は限定的であるので、株主が重要
125
な経営の決定において積極的に関与すべきと述べている 。さらに、株主総会で、株主が取締役を選解任する権
もの、⑫現金配当や株式配当の額に関するもの、である。ただし、これらを記載しない時は、会社は事前に SEC にその理由を通知す
る必要がある。SEC がそれらを記載しないこと了承した時に、SEC が会社に対して特別な措置をとらないことを通知するノーアクショ
ンレターを発行する。
121
ただし、委任状合戦により株主側が勝てば、会社側は従うことになるが、勧誘を行う株主にとっては費用負担が重いというデメリッ
トがある。なお、デラウェア州会社法 113 条改正(2009 年 8 月施行)で、義務ではないが、会社は取締役選任に係る委任状勧誘の費
用を株主に支払うことが可能となった。
122
デラウェア州会社法における株主総会決議事項は、取締役の選解任(デラウェア州会社法 141 条(k))、基本定款の変更(同 242
条(c))、M&A(会社資産の全部または重要部分の売却(同 271 条)、一定の条件の合併および統合(同 251 条)、一定の条件の利害関
係株主との企業結合(同 203 条)、解散(同 275 条)、任意解散の撤回(同 311 条))、会社登録住所地の移転(同 390 条)といった重要
事項に限られる。
123
Bebchuk, Lucian A., “The Case for Shareholder Access to the Ballot”, The Business Lawyer, Vol. 59 (2003), pp. 43-66
Bebchuk, Lucian A. and Fried, Jesse M., “Pay Without Performance: Overview of the Issues”, Journal of Corporation Law
Vol. 30 (2005), No. 4, pp. 647-673.
124
デラウェア州会社法 112 条が改正され、2009 年 8 月より、株主が指名する取締役候補者を会社議案に含めることができるように
なった。会社は付属定款で、提案株主の保有期間、保有比率などの条件、手続きを定めることができる。ただし、この規定は義務で
はない。
125
ベブチャックは、株主総会決議において、株主が以下について株主提案を行えるようにすべきと主張する。第一に、基本定款
の変更である。基本定款の変更には株主総会における多数決が必要であり、取締役はそれを提案できるものの、株主が提案す
ることはできない(デラウェア州会社法 242 条(b))。第二に、資産売却を含む組織再編行為である。これも、取締役会決議による
承認を経て、株主総会における多数決が必要であり、取締役に提案権限はあるものの、株主が提案することはできない(デラウェ
ア州会社法 251 条(a),(b))。第三に、配当などの剰余金分配である。これは、取締役会による決議事項であり、株主が提案する
ことはできない(デラウェア州会社法 170 条(a))。これに関しては、基本定款の変更や組織再編行為と異なり、株主の承認が不
16
126
利を強化すべきと主張する 。加えて、株主の権限を拡大することによって、企業のパフォーマンスが向上し、株
主の利益に資するとしている。歴史的には、米国では取締役優位モデルに基づく経営判断原則が主流であった。し
かし、取締役優位モデルの優位性を強く主張するベインブリッジですら認めるように、株主優位モデルの概念は、
127
近年のデラウェア州最高裁判所の判決で優勢になりつつある 。また、株主優位モデルの重要性を強調する論調
が増加している。
レインズは、主要国のコーポレートガバナンスは、株式市場による影響を一段と大きく受けるようになると予想する
が、そうであれば、議決権行使の重要性が一段と高まると予想される 128。ベブチャック、ハートは、主要先進国にお
ける議決権行使に関わる規制や制度の不備とその改善の必要性を指摘する 129。米国は、株主利益追求型の企業
130
社会であるといわれるが、機関投資家による議決権行使が公式に認められたのは、1988 年のエイボンレター 以
降である。意外に、株主権の積極的な行使の歴史は浅い。1980 年代後半、敵対的な企業買収に対して、被買収
131
候補企業が年金資産の議決権を用いてそれに対抗しようとする動きが表面化した 。エリサ法(Employee
Retirement Income Security Act of 1974 (ERISA))には議決権行使に直接触れた規定がなかったため、それま
132
ではウォールストリートルール が一般に用いられていた。それ以降、機関投資家の議決権行使が活発化し、株
主の直接的な主張が経営に反映されるケースが徐々に増加している。1992 年の SEC 委任状勧誘規則改訂の影
133
響もあり、1990 年代にはアクティビストファンドが活発に活動するようになった 。それ以前は、アクティビストファ
ンドが株主総会の議決権行使などにおいて他の株主に影響を与えるような場合、それは委任状勧誘行為と定義さ
れ、厳しい開示要件などを充たす必要があった。しかし、1992 年の改訂では、それは委任状勧誘行為とみなされ
なくなり、アクティビストファンドが株主総会の議決権行使などで、他の株主の賛成を求める行為が容易になった。
国際金融市場の法制度がグローバル化している中、米国の会社法は、デラウェア州を中心とした州法で扱われる。
そういう意味では、グローバルな金融法制が影響を増す中で、デラウェア州独特の会社法制である取締役優位性
134
モデルに変化が生じるのはむしろ当然であるとも言える 。こうした流れを受けて、取締役優位性モデルが基本で
はあるものの、株主による直接的な経営の関与の度合いが強まる傾向にある。株主総会における議決権行使や訴
訟などによらず、会社の経営に株主が影響を与える例も増加し始めた。カルパースなどがその代表例であるが、大
手機関投資家が経営者に対してコーポレートガバナンス改善に関する要望を行い、それらを経営者が受け入れる
135
例が増加している 。このように、判例法、制定法でも、株主の影響が高まっているが、法律とは別次元でも、会
社が自主的に株主の意向を反映する例は増加している。今後も、取締役優位性モデルを体系として残しながらも、
株主の影響力を高めるべく制度改正が実施されることとなろう。
要であるため、株主が取締役会決議を覆すことはできない。Bebchuk, Lucian A.,”The Case for Increasing Shareholder
Power”, Harvard Law Review, Vol. 118, No. 3, (January 2005), pp. 833-914
126
Bebchuk, Lucian A.,”The Myth of the Shareholder Franchise”, Virginia Law Review, Vol. 93, No. 3(2007), pp. 675-732
127
Cede & Co. v. Technicolor, Inc., Del. Supr., 634 A.2d 345 (1993)
128
Leyens, Patrick C., “Internal Corporate Governance in Europe - Towards a More Market-Based Approach”, Kyoto Journal
of Law and Politics, Vol. 4, No. 1(2007)
129
Bebchuk, Lucian A. and Hart , Oliver D., “Takeover Bids Vs. Proxy Fights in Contests for Corporate Control”, ECGI Finance Working Paper No. 04/2002
130
Department of Labor's Letter on ERISA Fiduciary Standards
131
1988 年、企業年金の監督官庁である米国労働省は、エイボンが買収の対抗策として年金基金の議決権行使を用いようとした
のに対して警告するエイボンレターを公表した。被買収候補企業が、他の企業の経営者に対して、その企業の年金基金の議決
権行使において自らの会社に対する買収提案に反対することを要請したものである。
132
株主総会において議決に反対するような企業の株式は売却するため、議決権は行使しない。
133
Anabtawi, Iman and Stout, Lynn A.,”Fiduciary Duties for Activist Shareholders”, UCLA School of Law, Law-Econ
Research Paper No. 08-02, 2008,
134
Brummer, Chris J.,”Corporate Law Preemption in an Age of Global Capital Markets”, Southern California Law
Review, Vol. 81, 2008, p1114
135
Choi, Stephen J. and Fisch, Jill E.,”On Beyond CalPERS: Survey Evidence on the Developing Role of Public Pension
Funds in Corporate Governance”, Vanderbilt Law Review, Vol. 61 (2008), p. 315
17
第 3 節:EU の会社法制度
EU の法制度
EU では、21 世紀に入って、会社法制と資本市場法制を同時に整備し、上場企業と非上場企業を区別したことによ
136
り、上場会社法制の整備は急速に進んだ 。会社法整備には時間がかかったものの、EU では、実質的な意義の
公開会社法が、成文法を中心に形成されてきた。判例法が充実している米国と比較して、日本と法体系や株主保
有構造が近い大陸欧州の改革の例は、日本にとって示唆に富むものである。欧州の会社法制や資本法制の整備
は、EU を中心に行われてきた。つまり、EU が会社法指令、規則を採択し、それを加盟国が国内法化するという形
で整備が進んだ。依然として、英国と大陸欧州(特にドイツなどのゲルマン諸国)との会社法制度の調和は十分に
進んでいないが、資本法制の整備は、概ね英国法制に収斂しており、EU 全体の調和が進んでいる。
EU は、「経済的な統合を中心に発展してきた欧州共同体を基礎に、経済通貨統合を進めるとともに、欧州連合条
約に従い、共通外交・安全保障政策、警察・刑事司法協力等のより幅広い協力をも目指す政治・経済統合体」と定
137
138
義される 。EU の機能に関する条約(以下、EU 機能条約) 第 1 部「原則」の第 1 章は EU と加盟国との権限
を定めるが、EU 機能条約 3 条 1 項は、EU は、域内加盟国における関税、域内市場における競争法、ユーロを通
貨とする国の金融政策、漁業(水産)資源、商取引に関わる共通政策に関して、加盟国の主権を超えて、排他的な
権限を持つと定める。EU 機能条約 4 条 2 項によると、EU と加盟国双方が共同して権限を持つものとして、域内市
場、社会政策、経済・社会・地域的結合、農業・水産業、環境、消費者保護、交通、欧州内の国際的な提携、エネル
139
ギー、自由、安全、司法、健康がある 。
136
1946 年 9 月、ウィンストン・チャーチル英国首相は、チューリッヒでヨーロッパ合衆国構想を提唱した(駐日欧州委員会代表部
ウェブサイト参照)。EU の起源は、1952 年の欧州石炭鉄鋼共同体 (ECSC)である。ベルギー、西ドイツ、フランス、イタリア、ルク
センブルク、オランダの 6 ヶ国で構成され、これら加盟国の石炭、鉄鋼産業の共同管理を徹底した。その結果、当初の法制度の
整備は大陸法体系が中心となった。1957 年には、共通市場を実現すべく欧州経済共同体(EEC)を設立するために、ローマ条約
が締結され、1958 年には、欧州経済共同体(EEC)と欧州原子力共同体(EAEC)が設立された。1967 年に、欧州 3 共同体
(ECSC、EEC、EAEC)が統合し、欧州共同体 (EC)が設立された。EU は、1992 年マーストリヒト条約(EU 条約)によって EC 加
盟国 12 カ国が調印し、1993 年に発足した。
137
外務省ウェブサイト「欧州連合」参照。
138
条文は、Official Journal C 83 of 30.3.2010 掲載の EU 条約(Treaty on European Union)、EU 機能条約(従来の EC 条約、
the Treaty on the Functioning of the European Union)参照。
139
EU 条約 47 条により、EU は法人格を持つ。EU 条約 17 条では EU の機関である欧州委員会が、外交安全保障政策を除き、EU
を代表すると明記されている。EU 条約 37 条には EU の条約締結権が明記されている。このように、リスボン条約が発効によって、
EU の国際法人格の存在や条約締結権が明示された。EU ウェブサイト First Implementation Report of the Internal Market
Strategy (2003-2006), p. 3-5, Hart, Terry L., “The Regulation of Cross-Border Financial Services in the EU Internal Market: A
Primer for Third Countries “, June 2001, pp. 3-5, 庄司克宏著『EU 法:政策編』(2003 年、岩波書店)145-146 ページ参照。
18
図表 5. 欧州連合の歩み
1952 年 欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)創設(パリ条約)。ベルギー、西ドイツ、フランス、イタリア、
ルクセンブルク、オランダが加盟。
1958 年 欧州経済共同体(EEC)と欧州原子力共同体(EAEC)創設 (ローマ条約)。
1967 年 欧州共同体(EC)が発足(ブリュッセル条約)。
1968 年 加盟国間の関税撤廃、対外共通関税を創設。
1973 年 アイルランド、イタリア、英国が EC に加盟、9 ヵ国に拡大。
1979 年 欧州通貨制度 (EMS) 発足。
1981 年 ギリシャ EC に加盟、10 ヵ国に拡大。
1986 年 スペイン、ポルトガルが EC に加盟、12 ヵ国に拡大。
1987 年 経済統合を定めた単一議定書発効。
1993 年 単一市場誕生。欧州連合(EU)発足(マーストリヒト条約)。
1994 年 欧州通貨機関 (EMI) 設立。
1995 年 単一通貨の名称をユーロに決定。オーストリア、フィンランド、スウェーデンが EU に加
盟、15 ヵ国に。
1997 年 加盟国を中欧、東欧まで拡大で合意(アムステルダム条約)。
1998 年 欧州中央銀行 (ECB) 設立。
1999 年 欧州単一通貨誕生、ユーロ導入。ユーロ加盟国は 11 ヵ国で開始。欧州委員会が金融
サービス行動計画(FSAP)を発表。
2001 年 ギリシャがユーロに加盟し、12 ヵ国に拡大。
2002 年 ユーロ紙幣と硬貨が流通開始。
2004 年 チェコ、キプロス、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、マルタ、ポーランド、スロ
バキア、スロべニアが EU に加盟、25 ヵ国に拡大。
2005 年 欧州の上場企業(外国企業除く)に国際会計基準での連結財務諸表の開示を義務付け。
2007 年 ブルガリア、ルーマニアが EU に加盟、現在の 27 ヵ国体制に。ユーロ加盟国は 13 ヵ国に拡
大。
2008 年 ユーロ導入 15 カ国に拡大
2009 年 リスポン条約発効、ユーロ導入 16 カ国に拡大
出所: 駐日欧州委員会代表部、CIRA
EU の法制の構造の特徴は、その柔軟性である。EU の法制は、条約(Treaty)、規則(Regulation)、指令
(Directive)、決定(Decision)、勧告(Recommendation)、意見(Opinion)の順に強制力が強い(EU 機能条約
288 条)。最上位の法は、EU 加盟国間で締結される条約である。加盟国が基本条約に従わない場合、司法裁判
140
所(設立規定は EU 条約 19 条)が、義務違反を認定し、罰金を課す場合がある 。規則は、加盟国、私人に直接
適用され、加盟国は国内法化する必要がない。全加盟国共通であり、詳細に至るまで統一されている。指令は、
EU 加盟国が、その内容を国内法化し、履行するための措置である。指令は、最低限の条件を設定するにとどめて
おり、国内法化するにあたって、ある程度の独自性を許容するものである。指令は、定められた期間内に国内法化
する義務がある。欧州委員会によってその遵守が監視され、加盟国が従わなければ欧州委員会が司法によってそ
の遵守を求めることができる。決定は、対象者のみ(特定の加盟国、私人)に直接適用される。勧告、意見は、法的
拘束力はない(EU 機能条約 288 条)。2009 年末時点で、EU が公式に認める会社法制は、指令が 17 件、規則
が 2 件、合計 19 件ある。
EU の中心的な行政執行機関は、欧州委員会(European Commission)であり、指令案などの法案を議会に提出
141
する権限をもつ 。EU で唯一、法案を提出する権限を持つ。行政執行機関として、条約の特定条項を施行するた
めの規則を発令し、EU 活動に割り当てられた予算を管理する。委員は加盟国政府から任命され、期間は 5 年間
140
欧州司法裁判所は、判事 25 人、法務官 8 人で構成される。加盟国の義務違反については、欧州委員会が、欧州司法裁判所
(European Court of Justice)に提訴することが可能である。EU の機関による措置の無効を求める裁判で、合法性を検討する権限
もある。また、EU 各機関の不作為についても、基本条約に違反しているかについて判定する権限を持っている。さらに、加盟国の裁
判所の申請に応じて、共同体法の要点の解釈や妥当性について判断を下す。EU 条約 19 条、EU 機能条約 251-281 条に詳細の規
定がある。
141
EU の本部はベルギーのブリュッセルにある。EU は単一市場構想を掲げているが、それを具体的にリードしたのは欧州委員会で
ある。「基本条約の守護者」として、条約の規定、基本条約に基づく決定が、しかるべく適用されるように図る機関である。
19
で、輪番制をとる。EU 域外での、EU 活動を代表する。また、また、EU の競争ルール違反などのかどで個人や法
人に罰金を科すこともできる。EU 条約 17 条、EU 機能条約 244-250 条に詳細の規定がある。
EU 会社法の歴史
EU の前身である EEC(あるいは EC)では、会社法統一の議論は 1960 年代から行われた。会社法改革は、EU
の経済戦略の重要な部分となっている。EU における欧州会社法に関わる議論は、1959 年に、オランダのサンダ
142
ースやフランス公証人会議らによって開始された 。EC 委員会は、サンダースに、欧州会社法準備草案の起草
を依頼し、加盟国による専門家会議を組織したが、その草案は、公開会社たる株式会社を前提として、規定を設け
143
ている。1966 年に提出された草案は、大陸法制に沿った設計となっている 。例えば、株式制度では、自己株式
取得は禁止され、額面株式のみが認められていた。また、この規則案は、会社の機関を取締役会と監査役会の二層
制とし、監査役会では労働者の代表が 3 分の 1 を占めるとする労働者参加の規定などが盛り込まれた。
EU における会社法統一化のアプローチとして、①加盟国間の会社法の調和、②新しい欧州法人制度の創設、が
挙げられる。その結果、2 種類の異なる会社法制が各加盟国に制定されることになるが、これを複線方式(Double
track system)と呼ぶ 144。歴史的には、前者の域内調和が有効に機能してきたと言える。後者の欧州会社(SE)は
制度発足後しばらく十分に活用されていなかったが、近年、普及し始めた。こうして、各国の独自性を生かしながら、
加盟国会社法の相違が域内市場の健全な発展のために障害とならないよう、EU が様々な制度整備を行ってきた。
30 年前と比較して、企業活動は急速にグローバル化している。しかし、雇用、年金制度、従業員の企業経営の関わ
り方などで、EU 加盟国間の制度の差異は大きいため、規則よりも、柔軟性の高い指令を中心に、欧州会社法の整
145
備が進みつつある 。
1960 年代から現在までの EU の会社法改革は第 1 期と第 2 期に分けることができる。第 1 期は、1960 年代から
2000 年までであるが、特に、1968 年から 1989 年までの 21 年間に、会社法指令の整備が大きく進んだ。第 1 期
の指令を中心とする会社法整備が、第 2 期の単一市場戦略が成功するベースとなった。この時期の特徴は、第 4
指令や第 7 指令にあるように、計算関係の法制度を会社法指令において定めていることである。現在、計算関係
は、会社法指令ではなく、会計や資本市場関係の規則や指令によって定められる傾向がある。第 2 期は、2001 年
以降であるが、会社法現代化計画、金融サービス現代化計画が実施された。この頃から上場会社法の概念が生ま
れ、単一市場戦略の一環として会社法制、市場法制が同時期に整備されたという特徴がある。また、コーポレートガ
バナンスの法制の整備が本格化したのもこの時期である。
会社法改革の第 1 期においては、欧州経済利益団体規則を除き、EU における会社法関連の指令を中心に会社
146
法改革が実行されてきた 。第 1 期は、1968 年に欧州会社法第 1 指令が採択されて以来、1989 年に第 12 指
令まで採択された。なお、第 1 期の会社法指令はすべてが採択されているわけではない。第 5 指令、第 9 指令、
第 10 指令は、最終的に採択されず、12 の指令のうち、採択されたのは 9 指令のみである。EU は、欧州会社法制
定を目指したが、この時期、指令の採択が中心であり、欧州において統一した会社関連の規則は、1985 年の欧州
147
経済利益団体規則 のみであった。欧州経済利益団体規則は、複数の EU 加盟国において、利益を追求しない
148
共同事業を行うために複数の法人で構成される 。ヴィアンディエールは、欧州における統一した企業体をつくる
142
ウヴェ・ブラウロック「ヨーロッパ株式会社法への道」(早稲田法学、1990 年)137 ページ、森本滋著『EC 会社法の形成と展開』(商
事法務、1984 年)63-79 ページ参照。
143
森本滋『EC 会社法の形成と展開』(1984 年、商事法務)66 ページ参照。
144
山口幸五郎『EC 会社法指令』(1984 年、同文館)5 ページ参照。
145
Report on the High Level Group of Company Law Exparts on A Modern Regulatory Framework of Company Law in
Europe, 4 November 2002 p. 33-35.
146
Communication From The Commission To The Council And The European Parliament, “Modernising Company Law and
Enhancing Corporate Governance in the European Union - A Plan to Move Forward”, 2003, pp 7-29.
147
Council Regulation (EEC) No 2137/85 of 25 July 1985 on the European Economic Interest Grouping (EEIG).
148
欧州経済利益団体の具体例としては、フランスとドイツによる企業連合(その後、スペインと英国が加わった)として設立された
航空機メーカーエアバスがあったが、2001 年、エアバスは欧州経済利益団体から株式会社に変更した。現在では、有力な欧州
経済利益団体は存在しない(出所:エアバスウェブサイト)。
20
という欧州経済利益団体規則の当初の目的は、達成されたとは言い難いため、欧州会社法規則作成の必要性が
149
残ったことを指摘する 。
図表 6. 会社法関連の規則、指令
措置
採択時期
実施期限
内容
現存指令・
規則
指令
指令
指令
指令
指令
指令
指令
指令
指令
指令
指令
指令
指令
指令
指令
指令
指令
指令
指令
規則
規則
1968/3/9
1976/12/13
1978/10/9
1978/7/25
1982/12/17
1983/6/13
1984/4/10
1989/12/21
1989/12/21
2001/10/8
2003/7/15
2004/4/21
2005/10/26
2006/9/6
2007/7/11
2007/11/13
2009/9/16
2009/9/16
2009/9/16
1985/7/25
2001/10/8
1969/9/11
1978/12/17
1981/10/13
1985/7/31
1986/1/1
1987/12/13
1990/1/1
1992/1/1
1992/1/1
2004/10/8
2006/12/30
2006/5/20
2007/12/15
2008/4/15
2009/8/3
2008/12/31
2011/6/30
社員・第三者の利益のための保護規定
公開株式会社の設立、資本制度(第 2 指令)
公開株式会社の合併(第 3 指令)
年次の計算規則(第 4 指令)
公開株式会社の分割(第 6 指令)
連結計算書類(第 7 指令)
会計監査(第 8 指令)
域内他国の支店の情報開示(第 11 指令)
一人会社(第 12 指令)
従業員参加に関する欧州会社法補足
対象会社の開示制度
TOB
公開株式会社のクロスボーダーの合併
公開株式会社の設立、資本制度
上場企業の株主権行使
公開株式会社の合併、分割における独立専門家の報告書
合併、分割の際の届出
一人会社
社員・第三者の利益のための保護規定
ヨーロッパ経済利益団体
欧州会社法
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
出所: European Commission、CIRA
150
1985 年に、欧州委員会は、1992 年末までに単一市場を創設するための包括的な戦略である域内市場白書 を
発表し、1986 年に、EU は単一欧州議定書(Single European Act (1986))を採択した。ただし、1970 年代後半か
ら 1980 年代にかけて、会社法改革が順調に進展したのに対して、この時期の資本市場法制改革は目立った進展
は見られなかった。1990 年代には、SE 規則、TOB 指令などの採択が進まず、1989 年の第 12 指令(一人会社)
採択後、会社法改革は低迷した。この時期は、1990 年の冷戦終結に伴う東西対立の解消、1992 年の EU 設立な
どの大きな事件、イベントがあった。一方で、通貨統合は進展し、1989 年に、経済通貨同盟 (EMU) 設立の 3 段階
のプロセス「ドロール・プラン」がまとめられた。第一段階で資本移動の自由化、第二段階で欧州通貨機関 (EMI) の
設立、そして第三段階で欧州単一通貨ユーロの流通を定めた。1990 年に、EU の中核であるドイツ統一が成立し
たことが、ドロール・プラン実現を推進したとの評価がある。ただし、1992 年のポンド危機時に、英国は欧州為替メ
151
カニズムを離脱し、結局、1999 年に開始したユーロを採用しないこととなった 。計算規則については、会社法指
令の範疇で、整備が進んだものの、域内会計制度としての整備は不十分であった。そこで、2001 年以降は、EU 域
内制度ではなく、国際財務報告基準として、世界的な会計基準を EU に適用する戦略へと転化した。アーマーは、
第 1 期の EU 会社法は、資本金など基本的な分野において各加盟国で比較的高い共通性を目指していたが、第
152
2 期は、TOB 指令や法定監査指令のようにより個別の法制度の整備を行ったと特徴付ける 。
EU における会社法整備については、一般に肯定的な評価が多いものの、超国家的な会社法制定については、副
153
作用が生じることもある 。第一に、膨大なコストと時間を必要とする。会社法は、その社会、文化、政治などとも
149
Alain VIANDIER ”Free movement and mobility of companies”(1997, Acts of the Conference on Company Law and the
Single Market) pp. 28-33.
150
“Completing the Internal Market: White Paper from the Commission to the European Council”, Milan, 28-29 June 1985.
151
「第 2 章 ドイツ統一とヨーロッパ統合の進展、第 2 節 EC 統合プロセスの加速」、『年次世界経済報告』(1990 年経済企画庁)参照。
152
Armour, John, “Who Should Make Corporate Law? EC Legislation versus Regulatory Competition (June 2005)”, ECGI Law Working Paper No. 54/2005, pp. 6-7.
153
山口幸五郎著『EC 会社法指令』(同文館、1984 年)、5-6 ページ参照。
21
密接に関係するため、税制、労働法制、組織再編法制、金融法制、会計制度など総合的な法整備を必要とするか
らである。第二に、会社法制度を選択することが可能であり、かつ本拠地の移動が完全に自由化されれば、規制の
最も緩い加盟国に本拠地が集中する可能性がある。無論、これを、加盟国の会社法制の競争を促進するとして肯
定的に捉えることもできる。しかし、27 の加盟国を抱え、経済発展段階が大きく異なる状況で、本拠地の移動の完
全自由化を認めることの弊害に配慮をする必要があることは否定できない。現に、最低資本金制度を免れるために、
他の加盟国で設立する例があることの功罪を包括的に整理する必要がある。こうした副作用を最小化するために
も、欧州会社法の制定に加えて、加盟国の会社法制のみならず、企業法制全体の加盟国間の調和が必要となる。
開業の自由と欧州会社法整備
欧州会社法整備の基礎となるのが、会社の開業の自由である。1968 年、ローマ条約 220 条 3 項に基づき、「会社
154
ならびに法人の相互承認移管する国際協定」が調印された 。これにより、域内の会社は、いずれの加盟国にお
いて、会社として法的な活動を行うことが保障される。また、EEC は、加盟国間の輸出入制限と関税を廃止した。
EU 機能条約第 3 部「EU 共同体の政策と加盟国の行動」の第 1 章は「域内市場」について定める。EU は、域内加
盟国間すべてにおいて、人、商品、サービス、資本(Goods, persons, goods, services and capital)が自由に移
動できる単一市場の形成を目指している(EU 条約 26 条 2 項)。つまり、27 カ国から構成される EU の域内市場
155
(Internal market)を、境界のない単一市場(Single market)にすることを目指している 。
EU 機能条約 54~55 条は、営利団体について、加盟国での開業の自由を妨げることを禁止しており、これが、会
社の開業の自由の根拠となる(支店、代理人、支社などの開業の自由も含む)。EU 機能条約 54 条は、会社の定
義として、「協同組合を含む民法、商法、あるいは他の公法、私法によって規定される営利法人」としている。この定
義に該当する EU 域内本社を置く会社については、自然人と同様、開業の自由が保障される。EU 機能条約 55 条
は、EU 域内本社を置く会社は、他の加盟国での設立においては、EU 条約の適用において差別されてはならない
と定める。例えば、他の域内加盟国に本拠を持つ会社の現地法人に対して、他の域内加盟国に本拠を持つという
156
理由で、税制などにおいて国内企業と差別することは認められない 。また、他の域内加盟国に本拠を持つ会社
157
の現地法人に対する社会保障において差別することは、間接的に開業の自由を妨げるので、認められない 。
自然人の国籍と同様、法人は、域内加盟国における設立手続きによって、国家の法制との連結が可能となる。EU
域内であっても、会社の本拠地の移転は、その会社の解散、清算とみなされ、それに関わる手続き、コストは膨大
なものである。だからこそ、EU 域内加盟国における会社の本拠地の移転、つまり一次的開業の自由(設立国から
の本拠地の移転)のニーズは少なくない。
158
1988 年のデイリーメール事件 で、EU 加盟国は、国内の会社が他の EU 加盟国に経営上の所在地を移転すること
を却下できると判示された。その根拠として、会社は自然人と異なり、加盟国の国内法に規定された上で法人格を付与
154
森本滋著『EC 会社法の形成と展開』(商事法務、1984 年)、6、27-28 ページ参照。
EU 機能条約第 3 部第 4 章は「人、サービス、資本の自由な移動」について定めるが、第 3 部第 4 章第 1 節 45-48 条は、自然人
(Workers)について、移動や就労の自由を定め、EU 機能条約第 3 部第 4 章第 2 節は、開業の権利を定める。この場合の開業は、
自然人による活動(例えば、自営業者、医者、弁護士など)と営利団体(例えば会社)によるものをさす。EU 機能条約 49-53 条は、自
然人について、加盟国での開業の自由を妨げることを禁止する。共同市場(Common market)については、EU 条約には定義はない
が、ほぼ同様の定義が判例にある。Judgment of the Court of 5 May 1982. - Gaston Schul Douane Expediteur BV v Inspecteur
der Invoerrechten en Accijnzen, Roosendaal. - Reference for a preliminary ruling: Gerechtshof 's-Hertogenbosch Netherlands. - Turnover tax on the importation of goods supplied by private persons. - Case 15/81.
156
Judgment of the Court of 28 January 1986. - Commission of the European Communities v French Republic. - Freedom of
establishment in regard to insurance - Corporation tax and shareholders' tax credits. - Case 270/83. 庄司克宏『欧州連合』(岩
波書店、2007 年)38-39 ページ、上田廣美「共同体法における会社法の基本問題とその課題」(慶應法学第 3 号、2005 年)23-27 ペ
ージ参照。
157
Case 79/85 Segers v Bedrijfsvereniging voor Bank- en Verzekeringswegen, Groothandel en Vrije Beroepen [1986] ECR
2375
158
Judgment of the Court of 27 September 1988. The Queen v H. M. Treasury and Commissioners of Inland Revenue,
ex parte Daily Mail and General Trust plc. Reference for a preliminary ruling: High Court of Justice, Queen's Bench
Division - United Kingdom. Freedom of establishment - Right to leave the Member State of origin - Legal persons.
Case 81/87.
155
22
されているものであるとし、会社の本拠地の移転の制限は EU 条約に違反するものではないとしている。1999 年のセ
ントロス事件では、一次的開業を行った国で事業を行わない会社に対し、二次的開業(ペーパーカンパニーの設立国
159
からの本拠地の移転)を認める判決がなされた 。この事件は、最低資本金制度の適用を免れるために設立され
た会社(登記上の本拠地で営業していないペーパーカンパニー)が、本拠地以外の加盟国で営業したことを争った
160
事例である 。ブラットン、マッカリー、ベルミューレンは、これにより二次的開業の自由が確認されたという意味で、
161
画期的な判決であったと高く評価する 。ローズは、セントロス判決が EU 加盟国間の会社法整備に競争をもたらし、
162
加盟国の国内法の収斂に寄与したと評価する 。例えば、ドイツでは、2008 年に施行された「有限会社の現代化お
よび濫用対策のための法律」によって、定款上の会社の本拠地と実際の経営の本拠地を同一である必要はなく、海外
163
に本拠地を移転しやすくなった 。ただし、クロスボーダーの合併法制の未整備、従業員の経営参加などの社会文化
的な障害によって、セントロス判決は、会社の設立を超えて M&A を活発化するには至らなかった。
一次的開業の自由を認めるために、会社法第 14 指令の採択が検討された。2003 年の会社法現代化行動計
164
画 で、企業の登記住所のクロスボーダーの移転に関わる研究を行うこととした。しかし、2007 年の EU による報
告書は、今後、特に作業を進めず、指令の採択を目指さないことを推奨した。その理由として、ニーズが大きくない
165
割りに、実現のための制度整備に関わるコストが高いことを挙げている 。さらに、それに近い状況を実現するた
めの法制度は、組織再編法制を含め数多く整備されており、会社法第 14 指令を採択しなくても、欧州会社(SE)設
立やクロスボーダー合併を行うことによって、会社の本拠地の移転は可能であった。例えば、既に、SE においては、
企業の登記住所のクロスボーダーの移転は可能であるが、それを選択した企業はほとんど存在しない。現在、原則
として、本拠地のある国の会社法の規制を受けるが、同時に、それ以外の EU 加盟国で法人を開業する自由が認めら
れる。
マッカリー、ベルミューレンは、EU 委員会と欧州司法裁判所は、加盟国間が会社法の規制緩和の競争に陥り、その
結果、加盟国の会社法自治が形骸化することを避けるため、域内の会社法整備にあたって、会社のクロスボーダー
166
移動に関して、できるだけ国内の会社法整備に介入しない方針を採った、と指摘する 。また、EU の会社法は、
当初、ドイツ、フランスなど大陸法の国のエリートたる法学者、官僚、弁護士などによって整備されたため、厳格に最
低要件を定める傾向があったことを指摘している。その後、設立準拠法主義を採用する英国が EU 加盟に加盟し、
167
それ以降、欧州司法裁判所の判断において、本拠地主義よりも、設立準拠法主義が優位となっている
。同時に、
168
司法制度の整備も進んだ 。ディーキンは、EU 全体の会社法整備の特徴として、指令を中心とする会社法など
成文法の調和と、欧州司法裁判所による司法判断の積み重ねによる判例法(特に資本の移動など)が、車の両輪
169
として機能してきたと指摘する 。米国の州間では、EU 域内に比べて、法制、歴史、言語、文化などの差異が少な
い。そのため、デラウェア州が会社法制の州間競争に勝利できたが、同じような現象を EU で実現することは、困難で
159
Judgment of the Court of 9 March 1999. - Centros Ltd v Erhvervs- og Selskabsstyrelsen. - Reference for a preliminary
ruling: Højesteret - Denmark. - Freedom of establishment - Establishment of a branch by a company not carying on any
actual business - Circumvention of national law - Refusal to register. - Case C-212/97.
160
Gilson, Ronald J., “Globalizing Corporate Governance: Convergence of Form or Function”, Stanford Law and Economics
Olin Working Paper No. 192 (2000)
161
Bratton, William W., McCahery, Joseph A. and Vermeulen, Erik P. M., “How Does Corporate Mobility Affect Lawmaking?
A Comparative Analysis”, ECGI - Law Working Paper No. 91/2008, p. 3.
162
Rose, Paul, “EU Company Law Convergence Possibilities after Centros”. Northwestern Public Law Research Paper No.
927048 (2001), p. 134-135.
163
高橋英治著『ドイツと日本における株式会社法の改革―コーポレート・ガバナンスと企業結合法制』(商事法務、2007 年)254 ペー
ジ参照。
164
Communication from the Commission to the Council and the European Parliament - Modernising Company Law and
Enhancing Corporate Governance in the European Union- A Plan to Move Forward (12/2003).
165
Commission staff working document,”Impact assessment on the Directive on the cross-border transfer of registered
office” ,2007, p. 5.
166
McCahery, Joseph A. and Vermeulen, Erik P. M., “The Changing Landscape of EU Company Law”, TILEC
Discussion Paper No. DP 2004-023, p. 3,11.
167
その会社の本国の法律を適用するのが本拠地主義、会社の本国に関わらず設立された国の法律に準拠するのが設立準
拠法主義である。
168
Regulation (EC) No 44/2001 of 22 December 2000 on jurisdiction and the recognition and enforcement of judgments in
civil and commercial matters, 2001 O.J. (L 12), 1 (hereinafter Council Regulation). Dammann, Jens Christian and Hansmann,
Henry, “Globalizing Commercial Litigation”, Yale Law & Economics Research Paper No. 357 (March 2008), p. 33-35,
169
Deakin, Simon F., “Reflexive Governance and European Company Law”, CLPE Research Paper No. 20/2007, p. 1.
23
あろう。EU は、27 カ国まで加盟国数が増加し、その経済水準や企業法制の発達状況が大きく異なる。そうした中で、
統一性の高い規則や指令を採択せず、開業の自由に関して、柔軟性の高い欧州司法裁判所の判断に委ねたこと
170
は適切な選択であったと言えよう 。
EU 成立後の会社法整備と単一市場
1993 年に、マーストリヒト条約が発効し、単一市場である欧州連合(EU)が誕生し、原則として、商品、サービス、
人、資本について、その移動の自由が保障された。人の移動の自由の EU 条約上の根拠は前述の通りであるので、
ここから、商品、サービス、資本について、EU 機能条約における単一市場に関わる条約の規定の根拠を述べる。
EU 機能条約第 3 部第 2 章「商品の移動」において、EU 機能条約 30~37 条は、関税や輸入割当について定め
る。EU は、関税同盟でもある。1968 年、加盟国 6 ヶ国間の関税を撤廃し、対外共通関税を適用した。2008 年 4
171
月に、現代化関税規則が採択された 。EU 機能条約 56~62 条は、域内においてサービスの提供を制限するこ
とを禁止する。EU 機能条約 57 条は、サービスの定義を、産業、商業、職人、専門職の 4 種類に分類する。資本
172
市場法制のうち、金融サービスは、これらの規定に関連する。2006 年 12 月に、サービス指令 が採択された。こ
れは、サービス事業の設立コストを削減し、サービス業に従事する労働者の移動の自由を促進することを目指し
(サービス指令 16 条)、EU 経済の 7 割を占めるサービス業について、EU 域内の市場統一化を目的とする。
173
EU 機能条約 63~66 条は、資本と決済について定める 。1986 年には、資本移動自由化のプログラムの通
174
175
達 が発表された。1988 年、資本移動の完全自由化に関わる指令 が採択され、1990 年から全加盟国で実
176
施された。1993 年に投資サービス指令 が採択された。なお、投資サービス指令は、2004 年に採択された金融
177
商品市場指令によって、改定された。マクリビーは、2007 年に、決済サービス指令 を採択することにより、単一
178
欧州決済領域の実現に向けて大きく踏み出したと評価する 。EU 機能条約 63 条は、域内加盟国間の資本移動
と加盟国と第三国と資本移動を制限することを禁止し、同様に、決済の制限を禁止する。例えば、会社法の分野に
おいては、資本移動を妨げるとして、欧州委員会は、民営化企業の発行する黄金株を保有する加盟国を欧州司法
179
裁判所に提訴し、次々と、黄金株廃止に追い込んだ 。
指令以外にも、多くの声明が発表されてきた。1998 年、中小企業に対するリスクキャピタル供給促進を目的とする
180
181
リスクキャピタル行動計画が発表された 。また、2004 年には、「EU における清算と決済の今後 」という名の
170
Hertig, Gerard and McCahery, Joseph A., “Optional Rather than Mandatory EU Company Law: Framework and Specific
Proposals”, ECGI - Law Working Paper No. 78/2007, p. 5.
171
関税制度は、主として、①域内加盟国については無関税自由貿易、②EU 域外の国と EU 加盟国間については共通関税(域
外共通関税制度により EU 加盟国は等しく関税率を設定)、③関税同盟協定、自由貿易協定、通商経済協力協定等に基づく関
税制度(例:EU・スイス自由貿易協定)、によって構成される。Regulation (EC) No 450/2008 Of The European Parliament
and of the Council of 23 April 2008 laying down the Community Customs Code (Modernised Customs Code).
172
Directive 2006/123/EC of the European Parliament and of the Council of 12 December 2006 on services in the
internal market.
173
資本とは、直接投資、不動産投資、有価証券取引、交互計算取引、先物取引、消費貸借、金融信用貸付などを指す。
174
Communication from the Commission to the Council of 23 May 1986 on the programme for the liberalisation of capital
movements in the Community.
175
Council Directive 88/361/EEC of 24 June 1988 for the implementation of Article 67 of the Treaty.
176
Council Directive 93/22/EEC of 10 May 1993 on investment services in the securities field.
177
Directive 2007/64/EC of the European Parliament and of the Council of 13 November 2007 on payment services in the
internal market amending Directives 97/7/EC, 2002/65/EC, 2005/60/EC and 2006/48/EC and repealing Directive 97/5/EC.
178
チャーリー・マクリービィ「単一金融サービス市場の創設」(2007 年 6 月 14 日、駐日欧州委員会代表部)。
179
裁判例として、Case C-58/99, 23-05-2000, Commission v Italy,, Case C-367/98,04-06-2000, Commission v Portugal, Case
C-483/99, 04-06-2002, Commission v France, Case C-503/99, 04-06-2002, Commission v Belgium, Case C-463/00, 13-052003, Commission v Spainなど。
Gaydarska, Nadia, “The Legality of the 'Golden Share' under EC Law”, Maastricht Faculty of Law Working Paper , Vol. 5, No.
9, 2009, pp. 9-13.
Backer, Larry Catá, “The Private Law of Public Law: Public Authorities as Shareholders, Golden Shares, Sovereign Wealth
Funds, and the Public Law Element in Private Choice of Law’, Tulane Law Review, Vol. 82, No. 1, 2008, pp. 14-27.
180
Commission communication of 31 March 1998 entitled " Risk Capital: A Key to Job Creation in the European Union ",
1999、2001、2002、2003 年の 4 回にわたって、行動計画の実行に関する通達が出されている。
24
182
清算と決済に関する行動計画が発表された。同じく指令ではないが、2006 年の信用評価機関に関する通達 も
183
ある。2003 年、証券監督者国際機構(IOSCO)が、信用評価機関の活動に関する原則 を発表したことに対応し
たものである。
EU は様々な形で域内市場を統合してきたが、現状では、単一市場の形成の完成には至っていない。このため、
EU は絶えず、レビューを行い、改善策を実行している。例えば、2007 年に、単一市場に関わる経済効果のレビュ
184
185
ー を実施し、2009 年には、それに対応した勧告 が発表された。これによると、単一市場を実行するに当たっ
て、EU の法令の理解不足などによって、27 もある加盟国の中には、実務的に対応できていないことがあるという。
186
ピントは、EU における会社法整備について、時間がかかり過ぎると批判する 。米国では 1968 年のウィリアム
法で法制化された TOB が、欧州で法制化されたのは 2004 年(国内法化完了は 2006 年)と大きく遅れた。また、
コーポレートガバナンスの法制の不備が指摘されている。ピントは、米国では、直接、間接を合わせると個人投資
家の株式保有比率が高いため、コーポレートガバナンスに対して、厳しい法制がつくられる傾向がある。一方で、
EU では、相対的に個人投資家の株式保有比率が低いため、20 世紀まではコーポレートガバナンスの法制の整備
が十分でなかったと主張する。
欧州会社法規則
187
2001 年に、欧州会社法規則 (SE 規則)が採択された。それと併せて、「従業員参加に関する欧州会社法補足指
188
189
令 」も採択されている 。ヨーロッパでは二重上場会社(Dual listed company、DLC)や新会社設立方式による
クロスボーダーの M&A が可能であるが、それに加えて、SE 設立を通じてクロスボーダーで合併を行うことが可能
となった。SE 規則は、各加盟国に直接適用されるが、従業員参加の指令は、EU 各加盟国で国内法化された。欧
州会社法規則が初めて提案されたのは 1970 年であり、規則採択までに 30 年以上もかかった。それだけに、妥協
190
の産物という要素があることは否めない。この規則に基づいて設立される会社は、欧州会社(SE)と呼ばれる 。
SE は EU で法的に認められた株式会社であるため、ヨーロッパの会社というイメージを持たれやすく、多国籍企業
にとって適した形態と言える。SE は、EU が直接規律するのではなく、SE を登記する加盟国の国内法規定が準用
される。つまり、登記された国の会社法が適用されるため、どの国の会社法を適用するかという問題は起こらない。
一方、イギリスとドイツの会社が DLC 方式で企業結合した場合はどちらに主導権を置き、どちらの当局が管轄し、
どの国の法律を適用していくかといった問題が生じる。
1960 年代に発案された新しい欧州法人制度の創設は、欧州会社法規則(SE 規則)という形で結実した。しかし、
191
これは、一層式と二層式の経営組織を認めるという点で、大陸法制とアングロサクソン法制の折衷案とも言える
。
181
Communication from the Commission to the Council and the European Parliament of 28 April 2004 on "Clearing and
Settlement in the European Union - The way forward".
182
Communication from the Commission on Credit Rating Agencies (2006/C 59/02 ).
183
“IOSCO Statement of Principles Regarding The Activities of Credit Rating Agencies-A Statement of the Technical
Committee of the International Organization of Securities Commissions” (September 25, 2003).
184
“The Single Market: our most valuable asset”
185
The Recommendation on "Measures to improve the functioning of the Single Market" (the "Partnerships
Recommendation").
186
Pinto, Arthur R., “The European Union's Shareholder Voting Rights Directive from an American Perspective: Some
Comparisons and Observations”, Fordham International Law Journal, Vol. 32, 2008
187
Council Regulation (EC) No 2157/2001 of 8 October 2001 on the Statute for a European company (SE)
188
Council Directive 2001/86/EC of 8 October 2001 supplementing the European Company Statute with regard to the
involvement of employees
189
The European Company - Prospects for worker board-level participation in the enlarged EU (edited by Norbert Kluge and
Michael Stollt, 2006)
190
最低資本金は 12 万ユーロである(規則第 4 条)。SE の設立は、①異なる EU 加盟国の 2 つ以上の公開会社同士の合併、②異な
る EU 加盟国の 2 つ以上の公開または閉鎖会社による持株会社の設立、③異なる EU 加盟国企業による子会社(JV)設立、④少なく
とも 2 年間、他の EU 加盟国に子会社を有してきた公開会社の組織再編、のいずれかで行われる。EU 域内のすべての会社が SE
への組織変更を強制されるわけではなく、会社形態のオプションの一つとして創設された。
191
欧州会社法規則において従業員による経営参加が、この部分だけは、別途、加盟国の独自性を許容することが可能である指令に
よって妥協が図られたように、欧州全体での会社法の完全なる収斂は困難である。会社法第 5 指令は、ドイツ型の共同決定法を EC
全体に導入することを目指したが、採択されなかった。
25
企業統治の構造は、ドイツが採用する二層制、英国が採用する一層制を定款により選択することが可能となってい
る(規則第 38 条)。さらに、「従業員参加に関する欧州会社法補足指令」では、従業員の経営参加が規定されてい
る。SE 設立登記の要件として、経営者と従業員は、従業員の経営参加について交渉しなければならない。ただし、
合併により SE を設立する場合に限り、当事国が適用除外を選択していれば、従業員の経営参加制度は強制され
ない(指令第 7 条 3 項)。
欧州の大手企業で初めて、ドイツの金融会社アリアンツ(保険が主力業務)が採用し、2006 年にアリアンツ SE とな
った。その他、ドイツの大手企業としては BASF、ポルシェが採用した。ただし、これら以外の企業は比較的小規模
である。ドイツには、従業員の経営参加制度が元々あるため、採用しやすいのであろう。一方、英国は労働者によ
る経営参加に対して否定的な見解を示しているため、SE を採用する英国企業は少ない。これまで、実際に従業員
を有して事業活動を行っている SE は少なく、休眠会社もあれば、財務サービス、不動産会社など、あまり従業員を
192
必要としない会社が多かった 。その理由として、複雑な設立手続き、従業員の経営参加制度、税制の問題等が
挙げられる。SE 規則は会社法を中心に制度設計し、税法、労働法などの措置を十分取らなかったため、現行の制
193
度では十分対応できないと言われていた 。「単に、従業員などに会社の国籍を意識させないという心理的な効果
194
が得られるにすぎない」という厳しい見方もあったほどである 。一方で、SE 制度導入が株主と従業員の利害バラ
195
ンスの調整に一石を投じたという前向きな評価もある 。近年では、SE の数は徐々に増加し、2010 年 6 月末現
196
在で 598 社である(出所:Worker Participation.eu) 。30 年前と比較して、企業活動は急速にグローバル化して
いるものの、同時に、雇用、年金制度、従業員の企業経営の関わり方などにおいては、各国間の制度の差異は大
きい。今後も、規則よりも柔軟性の高い指令を中心に、欧州会社法の整備が進むと思われる。
EU 会社法現代化
2001 年以降の会社法制整備の特徴は、会社法と関連する資本市場法制や会計制度などと歩調を合わせて、包括
的に企業法制改革を実行したことである。また、M&A 法制やコーポレートガバナンスに関わる制度整備に重点が
置かれたことも、この時期の特徴である。1990 年代に入って、直接金融優位のグローバル化が進む中で、資本市
場法制同様、徐々にではあるが、最低資本金規制などの例にあるように、会社法にもアングロサクソン化の波が押
197
し寄せてきた 。1990 年代にも、欧州会社法制の簡素化が図られ、実際にワーキンググループが第 1 指令、第 2
198
指令の改正を提案している 。ただし、ワーキンググループの提案は、この 1 件だけで終わり、持続性と包括性に
欠けるものであった。
1999 年金融サービス行動計画は、EU としてのコーポレートガバナンスの重要性を指摘し、制度改革の必要性を
強調した。金融サービス行動計画は、その単一市場の形成のために障害となるものとして、加盟国のコーポレート
ガバナンス制度と税制を指摘している。金融サービス行動計画の指摘を受けて、EU は、コーポレートガバナンスの
研究を 2001 年に開始し、その研究成果として、2002 年に「EU および加盟国におけるコーポレートガバナンス規定
192
上田廣美「EU 会社法」庄司克宏編『EU 法 実務編』(岩波書店、2008 年)99-100 ページ参照。
Vanessa Edwards, “The European Company –Essential Tool or Eviscerated Dream?” Common Market Law
Review,.Vol.40, 2003
194
Paul L. Davies, Gower and Davies’ Principles of modern company law (7th edition), Thomson Sweet & Maxwell (2003),
pp. 24-25
195
関孝哉「欧州会社法と主要欧州企業の対応」(商事法務 1829 号、2008 年)41 ページ参照。
196
TOB 指令により、域内の買収制度が整備され、TOB による完全子会社化が欧州の M&A の主流となった。合併しなくとも、完全子
会社化によってそれと同様の経営効果があるため、わざわざ一方が消滅会社になる合併を選択するメリットは小さい。合併した場合、
消滅会社の保有する認可や免許の再取得の必要が生じ、あるいはコストが余分にかかるなどのデメリットが生じることがある。SE は
持株会社、合弁会社にも使われるが、それを含めても SE 制度を採用することの明確なメリットはあまりないと言えよう。このため、今
後も SE は広く域内に普及しない可能性が高いと思われる。
197
安藤英義「資本制度の揺らぎ-背景と展望-」(早稲田大学COE<<企業法制と法創造>>総合研究所、季刊 企業と法創造、2004
年11月)113-114ページ参照。
Beurskens, Michael and Noack, Ulrich, “Of Tradition and Change - The Modernization of the German GmbH in the Face of
European Competition”, CBC-RPS No. 0037(2008)
198
Recommendations by the Company Law Slim Working Group on the simplification of the first and second Company Law
Directives.
193
26
199
の比較研究 」が公表された。デニス、マッコーネルは、米国以外の地域のコーポレートガバナンスの実証研究が
200
遅れていることを指摘しているが、特に EU 全体としての研究が不十分であった 。
201
欧州委員会は、2002 年の金融サービス行動計画第 7 次報告書 において、エンロン事件などの対応のために
会社法行動計画策定を求めた。加えて、「EU および加盟国におけるコーポレートガバナンス規定の比較研究」、競
争力会議声明(2002 年 9 月 30 日)、欧州評議会決議(2003 年 3 月 20、21 日)でも、会社法行動計画策定を求
202
めた。2002 年に、「欧州における会社法の現代的規制枠組みに関する報告書 」が、会社法専門家上級グルー
プから公表され、会社法現代化行動計画の理論的指針を示すこととなった。報告書は、コーポレートガバナンスに
関して、①取締役の報酬の開示を含むコーポレートガバナンスの仕組みや慣行に関する情報開示、②株主権の強
化と少数株主の保護、③取締役会の責任の明確化(特に企業の倒産時)、④欧州コーポレートガバナンス原則や
各国のコーポレートガバナンス原則の協調の必要性、を課題として指摘した。会社法専門家上級グループ議長で
あるウインターは、会社法現代化の必要性を生んだものとして、証券市場や規制の発展と、情報通信技術の進歩
203
に会社法がついていけなくなったことを挙げている。つまり、金融サービス行動計画やラムファルシー報告書 な
どによる資本市場法制改革が急速に進展し、その結果、会社法制の改革の必要性を生んだとも言えよう。
これらを受け、2003 年 5 月に、欧州委員会が、「EU における会社法現代化と企業統治の強化」と題した報告
204
書 を公表した。そこでは、会社法現代化行動計画が示されている。行動計画の意義として、欧州会社法の現代
化と企業統治の強化が、投資促進、域内経済の活性化に資するとしている。報告書は、欧州会社法の現代化の必
要性として、①近年の金融スキャンダルの影響(エンロン事件など)、②欧州域内企業におけるクロスボーダーの業
務の拡大、③欧州の資本市場の統合の進展、④情報通信技術の急速な発達、⑤EU 加盟国数の 10 カ国増加、を
挙げている。会社法現代化行動計画は、その戦略目標を、「事業の効率性と競争力の向上」と「株主権の強化と少
数株主保護」に絞った。特に、コーポレートガバナンスに関わる法整備の必要性を強調しており、米国のサーベン
ス・オクスレー法を例示し、EU がこの分野に関して世界をリードすることの必要性を強調している。行動計画では、
取締役の適切な報酬制度の整備も提案しており、独立取締役の役割強化が挙げられた。機関投資家は、企業のガ
バナンスに重要な役割を果たしているので、投資方針、議決権行使方針、受託者への議決権行使状況 (リクエスト
ベース)の開示義務を提案している。
会社法現代化行動計画では、上場企業について、一株一議決権原則により、株主民主主義を確立する重要性も述
べている。しかし、黄金株、多議決権制度等を持つ国があり、各国の制度にばらつきがある。そのため、直ちに法
制化を実施せずに、中長期的な調査課題にとどめている。株主権については、電子的手段を通じて、株主総会通
知の送付、議決権の行使ができるような整備を行うべきであるといった提案がなされている。会社法現代化行動計
画では、テーマ別に、①コーポレートガバナンス、②資本の維持と変更、③グループ会社とピラミッド会社(政策保
有株式を通じて、他の会社を支配し、あるいは影響力を与える株主構造)、④企業再編と移転、⑤欧州非公開会社
(欧州有限会社)法、⑥欧州協同組合と他の EU 法人格、⑦加盟国法人格の透明性の向上、が解決すべき課題と
して挙げられている。会社法現代化行動計画は、以下の 3 つの期間に分けて、整備すべき法制を定めている。短
205
期(2003 年~2005 年)の目標としては、①コーポレートガバナンス開示の強化と加盟国の政策の協調 、②株
199
Weil, Gotshal & Manges LLP”Comparative Study of the Corporate Governance Codes relevant to the European Union
and its Member States”, Janualy 2002
200
Denis, Diane K. and McConnell, John J., “International Corporate Governance”, ECGI - Finance Working Paper No.
05/2003
201
European Commission “Financial Services:Meeting the Barcelona Priorities & Looking Ahead: Implementation Seventh
Progress Report”, 3 December 2002, p. 9.
202
“Report on the High Level Group of Company Law Exparts on A Modern Regulatory Framework of Company Law in
Europe”, 4 November 2002
203
“Wise Men’s final report on the Regulation of European Securities Markets”
204
Communication from the Commission to the Council and the European Parliament ,"Modernising Company Law and
Enhancing Corporate Governance in the European Union - A Plan to Move Forward", May 21, 2003
205
財務諸表以外の報告書における取締役の総合的な責任の明示が求められ、現行の指令の改正が提案された。具体的には、コー
ポレートガバナンスの年次報告書の作成、機関投資家に関わる開示の強化が挙げられる。EU と加盟国が協力してコーポレートガバ
ナンス改善の努力を実行することとし、欧州委員会が欧州コーポレートガバナンスフォーラムを招集する。
27
206
207
208
主権の強化 、③取締役会の近代化 、の実行が提案されている 。中期(2006 年~2008 年)の目標として
209
210
は、同様に、コーポレートガバナンスに関わる具体策 が詳細に示されている 。長期(2009 年~)の目標とし
ては、資本の維持に関しては、フィージビリティスタディの結果次第では、第 2 指令の代替制度を導入するために、
現行の法制を改正することの指令を採択する。
会社法現代化行動計画を中心に、21 世紀に入って、会社法制の整備は、一気に進んだ。2000 年以降に採択され
た会社法制は、指令が 10 件、規則が 1 件、合計 11 件ある(2009 年末現在)。ただし、これらの中には、数十年間
かけて議論してきた欧州会社法規則とそれに関わる指令、TOB 指令、クロスボーダー指令を含み、また、第 1 期
211
の会社法指令の改正も 3 件も含む。つまり、全く新規に採択された会社法制は、2007 年の株主権行使指令 の
みである。なお、日米では、TOB 法制は、証券取得に関わる開示規制として金融法制に含まれるが、EU では、経
営権の取得に関わる規制として会社法制に含まれる。
EU の上場会社法制の整備
2000 年以降の上場会社法制の整備は、金融サービス行動計画と会社法現代化行動計画によって、包括的に進
められた。その結果、非上場企業を含む会社法全般的な整備と平行して、上場企業に関わる会社法制と資本市場
法制が整備されてきた。例えば、会社法第 4 指令、第 7 指令はすべての会社の計算規則を網羅していたが、透明
性指令、目論見書指令は、証券取引所の上場企業を中心に規制する。また、国際会計基準の適用の根拠の一つ
は、目論見書指令である。法定監査指令は、第 8 指令をコーポレートガバナンス強化の視点から補完するものでも
ある。さらに、資本以外の、商品、サービス、人の移動に関わる法整備が順調に進み、2001 年以降、単一市場形
成は加速した。
21 世紀に入って実行された会社法整備は、概ね成功し、この時期に、企業活動や資本市場のグローバル化を背
景に、産業全般や資本市場法制の法制度の整備が加速した。会社法現代化行動計画は、連携すべき制度整備計
212
213
画などの対象として、金融サービス行動計画、2000 年財務報告戦略 、企業の社会的責任に関する報告書 、
206
透明性指令などに関連した情報へのアクセス、議決権などの株主権、株主民主主義を強化するとしている。具体的な提案としては、
株主総会への出席や議決権行使、クロスボーダーの議決権に関して、株主の情報と意志決定を容易にするための総合的な法的枠
組みをつくるために、新しい指令の採択が必要であるとする。
207
取締役会の構成、取締役の報酬、取締役の責任の制度の近代化を目指す。例えば、独立非執行役員と監督役員の役割の強化、
適切な役員報酬の設定を目的として、勧告を採択する。取締役会メンバーの財務諸表に対する共同責任を明示するために、現行の
指令を改正が提案された。
208
その他、資本の維持、第 10 指令、第 14 指令、欧州非公開会社法、EU 域内企業の法人格についても目標を明示した。資本の維
持と変更に関しては、第 2 指令の見直し(あるいは簡素化)を提言している。グループ会社に関しては、金融法制と非金融法制の双
方を通じてグループの構造と関係の開示を強化するために、指令の改正を提案した。企業再編に関しては、クロスボーダー合併指令
となる第 10 指令の採択の提案がなされた。また、企業の登記住所のクロスボーダーの移転に関して、第 14 指令の提案がなされた。
欧州非公開会社法(欧州有限会社法)については、その実用性と問題点に関するフィージビリティスタディを行うこととしたが、当面、
これに関する法制度の整備は予定されなかった。EU 域内企業の法人格については、欧州社団法人、欧州相互会社といった現行の
提案の推進することとした。
209
すべての上場会社が 2 種類の役員会構造(一層、二層)の選択することを認めるべく、指令もしくは規則を定める。取締役の責任
強化のために、取締役に対する特別調査権、不公正取引に関わる規則、取締役の資格停止を定める指令あるいは指令の改正が提
案される。機関投資家の投資と議決権に関する方針の開示強化に関しては、指令を定めることとなった。株主投票権の民主化(一株
一議決権原則)を行った場合の影響の研究を行うとした。グループ会社に関しては、それらの子会社において、グループ会社としての
方針を取ることを認める枠組みの方針に関して、指令を採択する。ピラミッド会社に関しては、これらに関する研究を進めた上で、必
要があれば、現行の指令の改正によって、不適切なピラミッド会社の上場を禁止する。
210
その他、第 3 指令、第 6 指令、欧州非公開会社法、EU 域内企業法人格、資本の維持についても検討する。企業再編に関し
ては、第 3 指令、第 6 指令を簡素化するために、現行の法制を改正することの指令を採択する。欧州非公開会社法に関しては、
フィージビリティスタディの結果次第では、欧州非公開会社法の提案を行う。EU 域内企業法人格については、新たな EU 法人格
(例:欧州基金)の必要性を検討する。EU 加盟国の法人格の透明性については、すべての有限責任制度もつ法人(例えば株式
会社)についての基本的な開示ルールの導入をするために、指令あるいは現行の法制を改正することの指令を採択する。資本
の維持に関しては、資本維持制度の代替案の実効性の検討がされる。
211
Directive 2007/36/EC of the European Parliament and of the Council of 11 July 2007 on the exercise of certain
rights of shareholders in listed companies.
212
Communication of the Commission “EU Financial Reporting Strategy: the way forward”, June 13, 2000
28
214
215
拡大欧州における産業政策に関する報告書 、EU における法定監査の優先事項 を挙げている。2001 年以
降の会社法整備(指令、規則)として、会社法規則、従業員参加に関する欧州会社法補足、TOB 指令、クロスボー
ダー合併指令、法定監査指令、株主権行使指令が採択された。また、第 1 指令、第 2 指令、第 3 指令、第 4 指令、
第 6 指令、第 7 指令、第 12 指令の改正が採択された。コーポレートガバナンスに関する制度も概ね予定通りに実
216
行された。こうした効果もあって、単一市場化が、一気に加速し始めた 。
この時期には、組織再編法制の整備も進んだ。企業結合や組織再編に関して、最も有力なものは TOB 指令であ
217
るが、これについては、第 4 章で別述する。EU のクロスボーダー合併に関する指令 が 2005 年 11 月に採択さ
れた。このクロスボーダー合併指令は、1984 年に最初の提案がなされ、約 20 年もの議論を経てようやくまとまっ
たものである。これまで EU 加盟国では、国内法の違いから、クロスボーダー合併は非常にリスクと費用がかかる
218
とされてきた。欧州では、持株会社を通じる買収よりも、合併の方が好まれる傾向にあるという 。当該指令の国内
法化の進展状況にもよるが、今後、EU 域内でクロスボーダーの M&A が増加する要因となりえるであろう。ただし、
SE 規制同様、税法その他の企業法制の整備が不可欠である。
1950 年代末に開始された EU の会社法制整備は、環境変化によって、そのあり方は大きく変遷した。
219
第一に、EU 加盟国の増加である 。EU は 2 つの異なった経済概念を組み合わせたものという考えがある。ツェ
プターは、「活発な競争、開放市場を標榜し、国の介入を最小限にとどめようとする進歩的なアングロサクソン・モデ
ル」と、「社会保障と国家の介入を通した福祉を重要視し、他の目的が軽視されない程度の競争や開放市場を好ま
しいとする大陸型の社会市場経済」の融合が EU の基本政策であるとし、多くの EU の制度は、これら二つの観念
220
を調和させたものであると述べる 。EU 発足当初の加盟国は西ドイツ、フランスを中心とする大陸欧州 6 カ国だ
けであったため、EU は、大陸法をベースとする会社法制整備と統一を目指した。しかし、1973 年に、アングロサク
ソン法制を持つ英国が加盟したため、アングロサクソン法制と大陸法制の調和が必要となった。アングロサクソン法
制と大陸法制との調和は困難である。それが故に、欧州会社規則は、発案から採択までに 42 年間も要した。さら
に、1995 年以降は、東欧諸国が加盟し、加盟国は現在では 27 カ国となった。法整備には、欧州議会の承認が必
要であるが、27 カ国の多様な代表者を抱える。そのため、会社法制整備に時間がかかるのは当然とも言えよう。
第二に、資本市場の影響の増大である。直接金融制度が間接金融制度に対して優位になるにつれ、資本市場は
アングロサクソン制度が優位となった。1990 年代後半に、クロスボーダーの M&A が急増した。とりわけ、証券取
引所に上場する会社の株式を取得する TOB(そして完全子会社化)が、欧州における組織再編行為の中心的な手
段となった。TOB 指令自体は、会社法指令に含まれるが、同時に、上場会社の発行する株式取得規制としての性
格も持つ。その結果、すべての会社を規制するのではなく、上場会社のみの規制や開示の強化の必要性が高まっ
た。従って、2001 年以降は、資金調達、計算規則、組織再編行為に関わる会社法指令の改正と中小企業向けの
213
Communication of the Commission “Corporate Social Responsibility: A business contribution to Sustainable
Development”, July 2, 2002
Communication of the Commission “Industrial Policy in an Enlarged Europe” , December 11, 2002
215
European Commission “Audit of company accounts: Commission sets out ten priorities to improve quality and protect
investors” ,21 May 2003
214
216
これらに対する批判も多く、最大の論点は、制度の一貫性についてである。計算関係の制度を定める第 4 指令、第 7 指令
などは、大陸法制とアングロサクソン法制の妥協の産物であるとも言われる。
217
EU 加盟国の企業同士がクロスボーダー合併を容易にすることを目的としている。これはあくまで EU 加盟国の企業同士のクロス
ボーダー合併に限定され、日米の企業などは対象とならない。ここで言う合併とは、複数の会社が経営統合を行い、存続会社と消滅
会社が存在するものである(ただし、消滅会社が清算されるものは除く)。また、原則として現金が消滅会社の簿価の 10%を超えて使
われるものは対象としない(指令 2 条)。クロスボーダー合併指令 16 条では、従業員の経営参加制度について規定されている。ただ
し、登記国が、従業員の経営参加制度を整備していなければ、適用は免除される。一定の場合、従業員の経営参加については SE
規則が準用される。さらに国内法施行の 5 年後に、必要に応じて指令自体を見直すとしている(指令 18 条)。Directive 2005/56/EC
of the European Parliament and of the Council of 26 October 2005 on cross-border mergers of limited liability companies
218
JBS E&Y Amsterdam News letter Vol. 10(June 2006)参照
219
新規加盟国は、1973 年デンマーク、アイルランド、英国、1981 年ギリシャ、1986 年ポルトガル、スペイン、1995 年オーストリ
ア、フィンランド、スウェーデン、2004 年チェコ、キプロス、エストニア、ハンガリー、ラトヴィア、リトアニア、マルタ、ポーランド、ス
ロバキア、スロヴェニア、2007 年ブルガリア、ルーマニアである。
220
ベルンハルド・ツェプター「欧州の立地環境 EU における最近の動きと、それが欧州の政策、新規加盟国の施策、そして日本
に与える影響」(2005 年 6 月 28 日、駐日欧州委員会代表部)。
29
会社法制が、平行して整備されている。カーメルは、資本市場改革を目指す金融サービス行動計画と会社法改革
221
を目指す会社法現代化行動計画を平行して実行した EU のプロセスを評価する 。
第三に、コーポレートガバナンスの重要性の高まりである。1990 年代後半以降、企業経営のグローバル化の進展
とクロスボーダーの M&A により、各国のコーポレートガバナンスに関わる法制度の相違が、域内の会社経営の課
題となった。2001 年以降、米国でのエンロン、ワールドコム、欧州でのパルマラットなどの大型の不祥事が発生し
た。その結果、コンプライアンス遵守を中心とするコーポレートガバナンスの制度の整備に関わる必要性が増し
222
た 。レインズは、会社法現代化計画が、欧州のコーポレートガバナンスと資本市場との関係をより密接にしたと
223
評価する 。ドラルト、ヘルガルト、ホプト、レインズ、ロス、ズィマーマンは、コーポレートガバナンスにおける会計
224
監査人、監査役の重要性の高まりを背景に、法定監査制度の改革を提案する 。このように、資本市場とコーポ
レートガバナンスの関係が深まりつつ、その重要性が急速に増しつつあると言えよう。
会社法現代化行動計画では、EU で統一的なコーポレートガバナンスコードを策定するべきか、議論された。結論と
しては、各加盟国の会社法、証券規制が異なる以上、投資家にとって有益でなく、各国の調和を図るのにも時間が
かかるため、現実的ではないとした。ただし、いくつかの重要な原則について、統一的アプローチを採る可能性は示
唆している。短期的目標として、コーポレートガバナンスについて、年次報告書で開示することが提案された。株主
総会の運営、取締役会の構成、大株主、大株主と会社の関係、関連会社との取引、リスクマネジメント制度の存在等
である。これは、2006 年に取締役の責任に関する指令で条文化された。行動計画では、上場企業について一株一
議決権により、株主民主主義を確立する重要性も述べている。しかし、黄金株、多議決権制度等を持つ国があり、
各国の制度にばらつきがある。そのため、法制化せずに、中長期的な調査課題にとどめている。
225
2007 年 7 月に、株主権行使指令 が採択された。さらに、独立取締役の役割強化が挙げられた。欧州委員会は
226
227
2005 年に、上場会社の独立取締役の役割についての勧告 を出した 。取締役の財務情報、主要な非財務情
228
報の開示責任を明確化した指令が、2006 年 6 月に採択された 。ここでは、財務情報、コーポレートガバナンス
221
Karmel, Roberta S., “Reform of Public Company Disclosure in Europe”, University of Pennsylvania Journal of
International Economic Law, Vol. 26, No. 3, Fall 2005
222
カーメルは、エンロン事件などを契機につくられたサーベンス・オクスレー法は米国おけるコーポレートガバナンス法制であるもの
の、米国内で資金調達する場合、米国外の証券発行者にも適用されることがあるため、コーポレートガバナンス法制の国際的な重要
性が高まったことを指摘する。 Karmel, Roberta S., “The Securities and Exchange Commission Goes Abroad to Regulate
Corporate Governance” , Stetson Law Review (2004), Forthcoming, p. 42.
223
Leyens, Patrick C., “Internal Corporate Governance in Europe - Towards a More Market-Based Approach”, Kyoto Journal
of Law and Politics, Vol. 4, No. 1 (2007), pp. 17-36
224
Doralt, Walter , Hellgardt, Alexander, Hopt, Klaus J., Leyens, Patrick C., Roth, Markus and Zimmermann, Reinhard,
“Auditor's Liability and its Impact on the European Financial Markets”, Cambridge Law Journal, Vol. 67, No. 1 (2008), pp.
62-68
225
Directive 2007/36/EC of the European Parliament and of the Council of 11 July 2007 on the exercise of certain rights of
shareholders in listed companies
226
Commission Recommendation of 15 February 2005 on the role of non-executive or supervisory directors of listed
companies and on the committees of the (supervisory) board
227
勧告措置にとどまるため、上場会社が従わなくても罰則はない。”Comply or explain(遵守せよ、さもなくば説明せよ)”の原則に従っ
ている。取締役会全体での独立取締役の比率は特定せず、十分な人数で、適切なバランスとしている。また、取締役の指名、報酬、監
査など、利益相反を防止するため、独立取締役が過半数を占める指名、報酬、監査委員会の創設を推奨している。独立取締役の定
義については、当該会社、大株主、経営陣と、判断を毀損するような利益相反をもたらすビジネス、家族、その他関係を持たない場合
のみ、独立であると判断される。勧告では、CEO と取締役会長の分離についても推奨している。
228
指令では、バランスシートに計上されない特別目的会社やオフショア法人の取引について、会計の重要事項、もしくは連結
財務諸表で開示するよう求めている。また、上場会社は、アニュアルレポートでコーポレートガバナンス報告書を開示する必
要がある。開示内容としてはまず、企業が実際に適用しているコーポレートガバナンスコードへの言及が求められる。企業が
国内法上のコードに準拠していない場合は、それを正当化できるような説明が求められる。また、リスクマネジメントシステム、
内部統制についての情報、株主総会の運営、取締役会、各委員会の構成・運営についても、記述が求められている。
Directive 2006/46/EC of the European Parliament and of the Council of 14 June 2006 amending Council Directives
78/660/EEC on the annual accounts of certain types of companies, 83/349/EEC on consolidated accounts, 86/635/EEC on
the annual accounts and consolidated accounts of banks and other financial institutions and 91/674/EEC on the annual
accounts and consolidated accounts of insurance undertakings
30
229
情報の開示について、取締役会全体で責任を持つ制度となっている 。行動計画では、取締役の適切な報酬制度
230
の整備も提案している。2004 年に欧州委員会が、上場会社の取締役の報酬に関する勧告 を発表した。ここで
は、①報酬政策の開示、②報酬政策の株主承認、③取締役報酬の個別開示、④ストックオプション制度(株式ベー
スの報酬)の株主による事前承認、について勧告が行われている。
小括:包括的な上場会社法制改革の必要性
企業経営と資本市場のグローバル化により、資本市場法制は、計算関係や資本を中心に、アングロサクソン法制
を軸として、比較的速いスピードで収斂している。国際的な収斂が最も進行しているのは、会計制度(国際財務報
告基準)や情報の開示であろう。また、証券取引所のクロスボーダー統合なども、その流れにある。
一方で、世界の会社法制は収斂が十分に進んでいるとは言い難い。会社法の資本や計算に関わる分野では資本
市場法制の収斂の影響を受けているが、コーポレートガバナンスなどの分野では、依然として大きな相違が残った
ままである。ソフトローや市場の規律は、資本市場において重要な役割を果たすものの、これも市場慣行などの影
響を強く受けるため、グローバルな収斂には、まだ、障壁がある。
米国と欧州と上場会社法制には、大きな相違がある。米国会社法の特徴は、取締役会に経営に関わる権限を集中
231
し、株主による経営関与を制限する取締役優位モデルと、それを監視する発達した訴訟制度である 。こうした会
社法制を日本に直ちに導入することは容易ではなく、加えて、日本において、州間会社法競争による会社法の発展
を期待することも無理がある。
その点、EU の会社法現代化行動計画の成功は、日本にとっても重要な示唆を与えている。会社法現代化行動計
画が成功した最大の理由として、資本市場法制、産業政策、企業の社会的責任の確立などについて、会社法制の
整備と並行して行ったことが挙げられる。これが会社法制整備のみを独立して行った 20 世紀とは異なる点である
と考えられる。歴史的には、1970 年代後半から 1980 年代には会社法制整備が進展したが、その後、1990 年代
にはこれらはやや停滞した。しかし、21 世紀に入ってからは、資本市場法制やコーポレートガバナンスに関わる制
度整備と平行して、急ピッチで会社法制整備が進展した。この時期は、商品、サービス、人の移動に関わる法制の
整備も順調に進み、域内単一市場構想は大きく前進したと言えよう。日本でも、会社法制と資本市場法制のみなら
ず、税法や独占禁止法など企業法制を包括的に整備し、上場会社法制を整備していく必要があると言える。
229
米国では CEO、CFO が個人として責任を持つ制度になっている。サーベンス・オクスレー法により、CEO、CFO が個人として
SEC 提出書類について内容を保障、署名しなければならない。
230
Commission Recommendation of 14 December 2004 fostering an appropriate regime for the remuneration of directors of
listed companies
231
玉井利幸『会社法の規制緩和における司法の役割』(2009 年、中央経済社)、77 ページ参照。
31