親密な人間関係における怒り表出とその効果 ○上 原 俊 介1・田 村 達2・中 川 知 宏3 (1 東北大学大学院文学研究科・2 岩手県立大学社会福祉学部・3 近畿大学総合社会学部) キーワード: 怒り表出,親密さ,人間関係 The Effect of Partners’ Expression of Anger in Close Relationships Shunsuke UEHARA1, Toru TAMURA2, and Tomohiro NAKAGAWA3 (1Graduate School of Arts and Letters, Tohoku Univ., 2Faculty of Social Welfare, Iwate Prefectural Univ., 3Faculty of Applied Sociology, Kinki Univ.) Keywords: anger expression, intimacy, relationships 怒りの人間関係研究によると、怒りの感情表出は親密な関係 の維持と調節において重要なはたらきを担う。そこでは、自己 の内面をオープンにすることを好む親密な人間関係にとって (Graham et al., 2008) 、怒りの表出が自己開示の一種として機能 し、親密化を促進する契機になりうることが繰り返し指摘され てきた。ところが実証研究によれば、こうした予測に反し、怒 りの厚生効果は必ずしも明瞭に確認されているわけではない。 たとえば Yoo et al.(2011)の研究では、親友が示す怒りに対し て好意や満足感が影響を受けにくいことが示されているが、 Carstensen et al.(1995)の研究ではそうではない。 このようなことが生じる原因のひとつは、怒りの原因の所存 が具体的に区別されていない点にある。自己開示の研究による と、自己開示した人物に親しみが増す理由として、そこに開示 者からの親和的な意図が知覚されるからだと仮定される。この ことは逆に、他者から開示された内容に自分への敵対的な意図 が含まれていると、個人はこれを不快に思い、同じ敵対的な姿 勢で反応する可能性を示唆している。こうした他者と類似した 行動で応酬する傾向は返報行動として知られている(Gouldner, 1960) 。この点からすると、パートナーの怒りの原因が個人の側 にある場合、パートナーの怒りは否定的もしくは拒否的な意図 を含めて表現されることから、これに対する個人の反応も否定 的になることが多く、 関係悪化の可能性が増すであろう。 だが、 パートナーの怒りの原因が自分の側ではなく別の第三者にある とすれば、パートナーが示す怒りの表現は同情を求める表れと して受け取られ、好意的に評価されるであろう。したがってこ の場合、個人はパートナーの怒りに対して受容的に反応するよ う動機づけられ、パートナーへの親しみが損なわれることもな いであろう。本研究の目的は、関係親密さに対する怒り表出の 効果が怒りの原因となった対象の種類によって調整されるか検 討することである。 |方 法 調査参加者 日本人大学生 104 名(男性 41 名、女性 63 名) を対象とした。平均年齢は 20.98 歳(SD = 1.29)である。 質問紙の構成 過去半年間において、親友から怒りを表出さ れた出来事をひとつ想起させた。その際、半数の参加者には参 加者自身がその怒りの原因であった出来事を、残りの参加者に は参加者以外の別の第三者が原因であった出来事を想起させた。 これに続き、以下の変数を構成する質問項目に回答させた。親 友から示された怒りの強さの測定では、独自作成した 1 項目を 提示した。また怒り表出後の親密さの測定に関しては、次の 3 側面に焦点を当てた。まず関係満足感として、Rusbult et al. (1998)が作成したもののうち 3 項目(例: 私は、その友だちと の関係に満足している)を抜粋して使用した。心理的一体感で は、Aron et al.(1992)の自他一体感尺度(以下、IOS)を提示 した。関係認知では、1 項目を提示して、今後、葛藤が起こる 可能性はどのくらいあると思うかたずねた。なお、IOS の評定 は 7 段階(1-7)で、それ以外は 6 段階(0-5)とした。 |結果と考察 関係満足感に対する効果 関係満足感(α = .88)に対する怒 り被表出レベルと怒り対象の主効果、およびこれらの交互作用 効果を検討するため、 階層的重回帰分析を実施した。 その結果、 怒り被表出レベル×怒り対象の交互作用項を追加投入すると、 決定係数の有意な増加が認められた(ΔR2 = .04, p < .05) 。この 交互作用効果を詳しく分析した結果(Aiken & West, 1991) 、図 1 に示す通り、怒りの原因が参加者だったときには友人の怒り表 出が関係満足感を有意に低下させた。しかし、第三者が怒りの 原因だったときには、友人が怒りを示しても、参加者の関係満 足感は低下せず一定に保たれる傾向が確認された。 IOSに対する効果 従属変数を IOS に変更して先ほどと同じ 階層的重回帰分析を行ったところ、怒り被表出レベル×怒り対 象の交互作用項がやはり決定係数を有意に増加させた(ΔR2 = .03, p = .08) 。この交互作用効果を分析すると、図 1 に類似し た反応パターンが得られ、自分が怒りの原因であったときには 第三者が怒りの原因であったときにくらべ、友人の表出した怒 りが参加者の心理的一体感を有意に低下させていた。 関係認知に対する効果 関係認知を従属変数として階層的重 回帰分析を行った結果、やはり怒り被表出レベル×怒り対象の 交互作用項の追加投入によって決定係数の増分が有意となった (ΔR2 = .06, p < .01) 。これまでと同じくこの交互作用効果を分析 したところ、 怒りを示された参加者が関係悪化を懸念するのは、 自分が友人の怒りの原因になっているときであった。一方、第 三者が友人の怒りの原因となっている場合はそうした懸念が増 すことはなかった。全体として、われわれが予想した通り、怒 りの原因となった対象の種類は親密さに対する怒り表出の効果 を強めたり弱めたりすることが確認された。ただし、これらは 怒り表出が関係親密さを低めないという結果を示してはいても、 親密さが増すといった促進効果を明らかにしているわけではな い。したがって、怒りの感情表出がどんな場合に福利厚生をも たらすのか、その条件と仕組みを解き明かすことが今後の課題 であると思われる。 関係満足感 3.9 β = −.01 3.4 参加者が怒り原因 第三者が怒り原因 2.9 2.4 1.9 0.0 β = −.43** 弱 (–1SD) 強 (+1SD) 友人の怒り表出 図 1 友人の怒り表出と関係満足感(** p < .01)
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