0.はじめに 授業内で、音楽が新しいメディアに適合して変化してきたその変遷、そしてここ数年間 の間に音楽の情報化が進み、音楽の消費文化の形態が大きく変化したことについて見た。 本小論文内では、そうした音楽の情報化・消費文化の変容を、消費者とは別の、作り手 の目線から見ることで、より深く現代の音楽化社会について理解を深める。 音楽の消費文化化を支えているのは、日本の「ボーカロイド」と言った文化や、全世界 で加速度的に増えていく「ネットレーベル」を支えているのは、無数の作り手である。例 えば出版業界が活版印刷の時代以降、緩やかに消費者を作り手へと変えていったのに比べ、 音楽におけるそれは急激であり、歴史上こうした現象は珍しいのではないだろうか。 1.作り手を支えるインターネット 2000 年代前半が音楽の情報化・消費文化化の時代であるとするならば、2000 年代後半か ら現在に至るまではそれを逆手にとった音楽家台頭の時代である。まずは 2000 年代前半、 動画サイトの登場からの歴史を概観する。 ファイル交換ソフトなどの専門的な知識の必要な違法ダウンロード以外で、音楽の消費 文化化に拍車がかかったのは、2004 年に開設された YouTube を代表とする様な、動画サイ トの登場以降と言って良いだろう。こうしたサイト上で、著作者の許可を得ないまま音声 ファイル・ミュージックビデオなどが多数アップロードされ、消費者は無料で音楽を聴く ことが出来るようになった。また同時期に、そういったストリーミング音源を MP3 音源な どに落とすことで、iPod などの音楽メディアに落とすことも可能になった。 著作者の権利が強く叫ばれていたのは、2006 年ごろまでである。大手のレコード会社は、 YouTube にファイルがアップされることで、多数の消費者に音楽が届き、それが消費者の 消費行動に結びつく、という考え方に転換した。現在では国内外問わず、大手のレコード 会社が公式チャンネルを YouTube 内に開設し、広報活動に利用していることも珍しくない。 ここまでは授業で見た通りである。それまで消費者だった多くの者が、作り手へと転じ始 めるのはこの後からである。 まず、日本独自の文化として、 「ニコニコ動画」、ひいては「ボーカロイド」の登場があ る。ボーカロイドとは、 「ヤマハが開発した歌声合成技術および、その対応ソフトウェア」 であり、 「音符と歌詞を入力するだけで歌声にへんかんすることができる」(ヤマハ カロイド公式サイトより引用 ボー http://www.vocaloid.com/about/)ものである。このソフト は1万円強と音楽作成ソフト及び楽器としては比較的安価であり、質を選ばなければ、そ の他の機材も含めて、初期投資3万〜5万円ほどで全てを揃えることができる。こうした 曲作りのハードルの低さに加えて、 「ニコニコ動画」という疑似同期メディア(濱野智史『ア ーキテクチャの生態系』 P211〜より引用)のコミュニケーション作用や、ボーカロイド の曲をカラオケとして歌う「歌ってみた」などの二次創作などが相互的に作用し、大きな ムーヴメントを創り出したというわけである。現在、ニコニコ動画内で「ボーカロイド」 と検索すると、実に一万件以上の動画がヒットする。このことからも、多くのクリエイタ ーがニコニコ動画内で活動していることがわかる。 しかし、この「ボーカロイド」という文化は日本特有なものであり、世界的に見てもか なり特殊なムーヴメントといえる。 「作り手」を支えるメディアとしては、海外の幾つかのサイトの方が強力であると言え る。ニコニコ動画のような、日本国内の音楽の情報化に寄り添うメディアがどっちつかず なのに対し、海外では「作り手」の目線からメディアが作られている。例として、アメリ カの音楽配信サービス Bandcamp を例に挙げる。 2008 年に登場した Bandcamp は、作り手の「音楽をもっとたくさんの人に聴いてもらい たい」という思いと、芸術家として「簡単に創作物を消費してほしくない」という思いの 両方を満たすような、これまでになかった音楽配信サービスである。 Bandcamp では、音楽の作り手が楽曲を曲・アルバム単位で販売することができ、値段 も自由に設定することができる。ただし、重要なポイントとしては、 「無料にもできる」と いうことと、 「消費者にカンパを求めることができる」という二つの点である。 Bandcamp では、アーティスト毎に自身のページが用意され、アルバム毎に音源をアッ プすることができる。この時、それぞれのアーティストはある程度自由にサイトのデザイ ンをすることができ、それぞれ強く個性が現れるものとなっている。 2000 年代の音楽業界において喧しく問題とされていたのは、CD の売り上げ減少及び違 法団ロードによって「作り手にお金が入らない」ということであった。 しかし、こうして「アップロードが簡単」であるということに加えて、 「自身での価格設 定」 、 「マージンやコストのかからない販売」ができるようになったことは、作り手が作り 手であり続けるモチベーションの維持に繋がると共に、音楽を世に出すハードルを著しく 下げたと言える。また消費者としては、簡単にダウンロード出来てしまう音楽に対価を払 うのではなく、作り手への「支援」を目的とするような金銭の受け渡し、ある意味パトロ ン的な関わり方が再び主流になってきていると言えるのではないだろうか。 また、こうした流れを受けて、ネット上で運営されるレコードレーベル、「ネットレーベ ル」も盛んになり、作り手を束ねる動きも出て来ている。これはスタンスとしてはインデ ィーズレーベルの流れを汲むもので、限定されたジャンルを扱うものである。 「インディー ズ」という考え方もまた、ファンや運営側のコミュニケーションが図りやすいため、イン ターネットとの親和性が高い。そうして「特定のネットレーベルファン」を生むこともま た、作り手の追い風となるのである。 2.考察 以上の様に、消費者からだけではなく、作り手側の目線から情報化した音楽業界を概観 すると、 「音楽を世の中に発表しやすくなった」ということが「消費者から作り手への転化」 を促し、それが「音楽の消費文化化」に拍車をかけたということが言えるのではないだろ うか。 一方で考え方を推し進めるのには、注意せねばならない点も多数ある。 情報化は、音楽だけではなく、多くの文化に影響を及ぼした。こうした情報化の問題を 扱い、フリーミアムのようなビジネスモデルが話題に出るとき、そうした多種多様な文化 を十把一絡げにすることはできない。 「音楽」は比較的インターネットというメディアとの親和性が高い文化であることを忘 れないようにしたい。これは消費者からではなく、作り手の目線から考えるとわかりやす い。 音楽という文化は、一般的なポップミュージックであれば、映像作品などに比べて少人 数で製作をすることが出来る。また、現時点では出版メディアに比べて、デバイスも充実 しているなどの特徴があり、消費者だけでなく作り手にもある程度「有利な」メディアに なり始めているのだ。 こうした特徴を踏まえずして、他の文化と音楽を一緒にした社会学的分析は出来ないの ではないだろうか。 参照 『社会学感覚 18 音楽文化論』 (http://socius.jp/lec/18.html) 『ヤマハ ボーカロイド公式サイト』(http://www.vocaloid.com/) 永井純一『データ化された音楽と物神信仰−−−iPod を事例として』(『人間科学』関西大学 大学 院社会学研究科院生協議会) 2008 濱田智史『アーキテクチャの生態系』 NTT 出版 2008 江森丈晃編・著『HOMEMADEMUSIC』 P-VineBooks 2011 Chris Anderson 『FREE』 日本放送出版協会 2009
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