野生動物の生息地評価システムの検討-WebGIS 適用の課題-

高橋邦彦,山辺功二(2005):「野生動物の生息地評価システムの検討-WebGIS 適用の課題-」,
環境アセスメント学会,2005 年度研究発表会要旨集,pp.91∼96 より
野生動物の生息地評価システムの検討−WebGIS 適用の課題−
Study for the habitat evalution system of the wildlife−The subject of the WebGIS application−
○高橋 邦彦*、山辺 功二**
Kunihiko Takahashi,Kouji Yamabe
1.はじめに
本研究は、野生動物を指標として、環境改変に伴う生息場所の質の変化を定量的に評
価する手法をシステム化し、自然保護対策立案に資するとともに、市民参加型の生息地評
価プロセスを提案することを目的としている。WebGIS を活用した評価システムを検討す
るため、生息情報の表示・生息適地モデル等について、環境 NPO 等からのヒアリングを
踏まえ、GIS を用いたシステムに関する現状と問題点、今後の課題についてまとめた。
2.評価システムの概要
本評価システムは、生物種の生息分布の情報収集と生息適地マップの公開を WebGIS を
活用して試験的に構築を行っているものである 1)。現在、共同研究されている生息適地定
量評価手法によって得られる生息適地マップを公開し、研究者・環境 NPO 等から実際の
生息情報を Web 上で入力して頂く(マップのチェック)。評価手法は、現在生息している
場所の特性から、地形、植生、土地利用等の一般的環境条件を抽出する手法である 2)。図
1に示すように得られた生息情報を基に生物種の生息環境を再検討し、定量評価手法に反
映させ、より精度の高い適地マップを作成させていく。したがって、研究支援システムと
しての機能も持ち合わせている。このような流れを繰り返すことによって、評価手法の精
度向上が常に図られ、より現実を反映した生息適地マップが作成されることになる。将来
的には、本システムを各々の地域に適用・応用することによって,指標生物種が広域的・
全国的なものであれば、より一般的な生息地の評価と他地域との比較が可能である。一方、
地域的な生物種であれば、地域固有の生息地の評価となり、両者を合わせることにより多
面的な自然保護政策が可能となる。
また、WebGIS の機能を用いることによって、生息分布情報の収集,データの一元管
理、情報の共有化などの効率化が図られるとともに、以下に示す内容の効果が期待され
る。
・広域レベル(県レベル以上)での生物多様性の実態把握
・エコロジカルネットワークの検討
・戦略的環境アセスメント(計画アセスメント)のスコーピング
・評価手法(モデル化)の精度向上
3.GIS 生息適地モデルについて
生息適地評価の手法は、蓄積された GIS データの構成要素(レイヤ)の重ね合せによ
る演算処理によって行われる。レイヤ間の演算処理を行うには、各レイヤの表示サイズが
同じである必要がある。本モデルでは、統一されたメッシュを解析単位とし、それぞれの
メッシュ内の生息適地を評価する。ここで問題となるのは、解析単位とするメッシュサイ
ズの大きさであるが、基本的には生物種の移動範囲および営巣地等の地形、植生を間接的
にせよ表現できるサイズが適当となる。
また、生息適地マップを公開する際に、対象生物種が希少種の場合、公開の是非を含
め、表現方法等の適切なあり方が問われている。これは、乱獲、盗掘の恐れがあるためで
ある。
*みずほ情報総研株式会社
**山辺環境技術士事務所
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このように、生息地評価についてはモデル上や情報公開等に様々な問題があり、個々
の分野およびシステム全体で総合的に解決していかなければならない。今回、環境 NPO
等からのヒアリング調査、既存の WebGIS 事例から、問題点、今後の課題を以下にまとめ
た。
研究者,環境 NPO 等
生息地評価システム
生息適地マップ
閲覧
生息適地マップの修正
参加型
双方向通信
情報提供
情報収集・蓄積・
定量評価手法(モデル)の精度向上
データチェック
目
的
参加型双方向通信よる情報
収集により
・生物多様性レベルの実態把
握
(生息分布マップ)
・定量評価手法(モデル)の向
上
(生息適地マップ)
・各主体の参加による保全活
動の啓発・活性化
を図る
図1
現状生息適地マップと
新生息分布マップの作成
新生息分布マップとの比較検証
生息地評価システムネットワーク構想
3.1 WebGIS 適用による評価システムの問題点
図1に示されたシステムを円滑に運営していくためには、次のような検討が必要であ
る。
(1)地域のスケール
指標性のある生物の生息・生育情報に基づく評価では、各生物群の生息域のスケール
に見合った地域の評価しかできない。たとえば、大型猛禽類や大型哺乳類は広いスケー
ル、両生類や昆虫類は狭いスケールの評価に適するが、行動範囲が広い鳥類の場合でも、
200m 程度のメッシュサイズが必要とも言われている。環境アセスメント(スコーピング
以外)で適用するには、現状の3次メッシュでは粗く、100m メッシュ程度の精度が必要
になるだろう。
(2)分布情報の得にくさ
多くの動物や特に小型の動物では、広い範囲にわたり分布状況を把握し、その分布域
を面的に描くことが困難である。ある自治体でホタルの一斉調査が行われた際の情報提供
件数を見ると、全部で2万件程度あり、そのうち WebGIS からの情報提供は1千件程度
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で、全体の5%程度である。現状では、紙ベースによる情報提供に頼るところが多く、そ
の方が多くの情報を得ることができるようである(質問項目以外の情報も記入されること
が多い)。インターネットが普及している割には、WebGIS を使いこなす人が少なく、Web
上でデータを入力する場合のマシン上および操作上の負荷が大きい、というのが現状のよ
うである。
一方、Web 上から情報提供を受ける場合、提供内容の確からしさをチェックするため
の体制・仕組みが必要となってくる。チェックのため、現物郵送、写真提供などの手段を
取る場合が多い。また、学芸員、専門家の現地視察による確認、本人への確認連絡など、
評価者も必要となる。情報提供をして頂く場合には事前のユーザ登録の申請をお願いして
いる。これらは、地方自治体で試み始められている。
(3)生息していない場所の確認のしにくさ
動植物を発見した場所を示すことは可能であるが、生息していない場所を正確に示す
ことは労力的に非常に困難である。種が消滅した場所の環境条件を知ることは生息地評価
にとって重要であるが、無生息の確認には膨大な情報の蓄積を待つ以外にない。
(4)生息環境情報の得にくさ
気象条件や地形条件などの自然環境要因と、土地利用などの人為的な環境要因に関し
ては、既存の環境情報を利用することによってある程度把握することはできる。生物的な
環境要因については、植生データが 1/5 万縮尺で全国的に整備されている。しかし、1/5
万では草原や裸地などの環境構成要素を十分に読みとることができない。第6回植生調査
から 1/2.5 万の縮尺精度で整備することになり、群落の分布がより正確に表示されるが、
現時点ではテスト公開である。現在入手可能なデータは、第4回・第5回植生調査の3次
メッシュ植生データである。
一方、植生以外の食物や捕食者・競争者に関するデータは、着目すべき生物種は分か
っても詳細な分布情報が得られることはほとんどない。したがって、既存の植生データ等
から推測する以外にない。
(5)データの公開性
指標として希少種を選定した場合、それらの分布情報、特に繁殖場所に関する情報の
取り扱いには、密猟などを防ぐために厳重な注意が必要である。そのため、データ利用上
で大きな制約が生じるとともに、モデルによる評価結果の検証が困難となる。希少種の生
息情報を公開する場合には、盗掘・乱獲の防止対策の一つとして場所が特定しにくい背景
図(市区町村行政界に道路と河川が入る程度)の上にメッシュ表示した分布図を重ね合わ
せる例が多い。一方、生息地の保護を図るためには地元住民に対して詳細な生息場所を告
知し、周辺環境を含めた重要性を認識して頂く必要もある。こうした矛盾を解決するた
め、希少種の公開のあり方に関するルールが早急に必要である。
3.2 メッシュサイズの課題
本研究では、GIS のメッシュを解析単位として、植生データ,地形データなどの環境構
成要素の地図データを作成し,生息分布情報(ポイントデータ)との重ね合せを行い,環
境要素と生息環境との関係を定量的に把握し、対象生物の潜在的に生息可能な土地を評
価・選定するモデルにより、生息適地マップを作成し公開することを目的とする。データ
の基本となるメッシュサイズに関して次のような検討が必要である。
(1)データの所在
メ ッ シ ュ サ イ ズ に は 、 1 次 メ ッ シ ュ ( 約 80km×80km)、 2 次 メ ッ シ ュ (約 10km×
10km)、3次メッシュ(約 1km×1km)があり、主に国の機関で整備されているため、全国
レベルで環境情報を入手することが容易である。詳細メッシュサイズとして、500m、
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250m、100m、50m メッシュ情報が存在するが、これは個別の地域レベルで作成されるた
め、全国的に一般的な情報ではない。
本研究では,全国的レベルで入手可能な公開データを用いた汎用的な評価手法を提供
し、全国的に統一された生息適地マップの作成・提供を試みている。したがって、情報が
全国的に整備されている3次メッシュデータを今回の解析単位として生息分布,生息適地
を把握することとした。対象とする生物種の行動範囲によって、適切なメッシュサイズは
当然異なってくるが、これまでの研究から概ね3次メッシュサイズで小動物から大型動物
の生息地評価(生息の有無)が可能であることが知られている。
これまでに、GIS メッシュデータを用いた生物種の生息地を評価している例が幾つかあ
る。例えば,トンボ類(ミヤマカワトンボ等),魚類(イワナ,アナゴ等),鳥類(オオヨ
シキリ,シジュウカラ等),猛禽類(オオタカ等),両生類(ニホンアカガエル等),爬虫
類(カスミサンショウウオ等)など。メッシュの大きさは,50m,100m,250m,500m メ
ッシュが使用され,なかには 3km メッシュ(オオタカ)を使用している例もある。最も
多いのは,250m メッシュである。しかし、これらのケースは、主に広域レベルまで着目
したものではなく、個別の地域に着目したものであるため、扱うメッシュサイズも小さめ
となっており、メッシュデータも現地調査によって新規に作成されている場合が多い。
(2)1km メッシュデータの性質
ここで、1km メッシュデータが示し得る自然地理的な性質および行政区域的性質をお
おまかに推定してみると次のようなことが言える。
① 河川地形的に見ると、1次谷(最も小さい(初期)の谷)、または2次谷(1次谷が合
流した谷)程度の広さとなる。すなわち、ある程度の大きさを持った1本の沢と1本
の屋根に相当する。
② メッシュ内の標高差は、尖った山頂部や細い屋根部(ともに面積は小)を除けば、
一般的に数 10m から 200m∼300m 程度である。気温差にすれば1℃∼2℃の範囲に収
まる。
③ 気象データとして重要なアメダスデータは、原則的に 20km×20km に1ヶ所存在して
いる(全国で 1300 ヶ所)。気象条件の空間的均一性を考慮すれば、1km メッシュに補
間可能である。
④ 我が国における1市町村あたりの 1km メッシュの平均的な数は 115 メッシュ(合併
前で全国 3230 市町村)程度である。したがって、1メッシュは町丁を表わすことが可
能であり、行政的な最小区画をほぼ把握することができる。
(3)1km メッシュデータに基づく生息地評価の利用
上記したような性質を持ったメッシュデータから予測された生息適地情報がどのような
場面や範囲で利用・活用できるかを考えてみると、以下のように想定される。
① 生息地評価は、少なくとも地方単位で統一された評価手法を用いるので、複数県など
広範囲の地域の比較が可能である。また、上述したデータの性質から評価結果の科学的
な信頼性の範囲ならびに政策的な精度は担保されていると考えられる。
② 自治体の地域開発計画や環境保全計画の参考になる。一般的にこうした計画では、市
町村別や河川流域別に地形的に山地、台地、低地などに分類することが多い。これらは
1km メッシュで分類が可能であり、地形分類ごとの施策評価が可能となる。
③ モデル計算によって多くの種の生息可能適地を重ね合わせれば、当該メッシュの多様
性に関する重要度が評価できる。例えば、「特別保護地域」、「要監視地域」の設定など
が数量的に判定できる。また、広域のエコロジカルネットワークの形成に関わる基礎的
資料としての活用が可能と考えられる。
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④
環境アセスメントにおいては、一般的な開発事業規模から考えると、当該メッシュ内
における生息地の減少面積、個体数の減少数などは評価できないが、開発行為に伴う広
域的な大気汚染や水質汚濁の影響は評価可能である。すなわち、汚染物質の環境濃度と
生態系影響の関係が分かっている場合には、当該メッシュの濃度変化に伴う生物種の存
在量や生息の可否などの変化が予測できよう。また、動物の移動や摂餌などの広域ネッ
トワークへの影響もある程度は予測できよう。
⑤ 市町村レベルや県レベルの生息地、生息可能地などの視覚的把握により、市民や学生
の啓発、学習、教育のツールとして活用できると考えられる。行政資料センター、博物
館、学校間での情報ネットワークシステムとして運用されれば、効果はなお大きい。
⑥ 今後の自然環境保全基礎調査等のモニタリング評価におけるデータベース機能として
活用できると考えられる。
3.3 対象生物種の課題
本システムで扱う対象生物種は、次のような特徴を持っている場合に適用が可能と考
えられる 3)。
• 対象地域内にある程度広域に生息する種
• 生息範囲が評価地域単位のスケールと同程度な種
• 観察・同定がそれほど困難でない種
• 種類ごとに利用する植生や垂直・水平的な空間(地形等)が決まっている種
• 他の生物の生息環境をある程度代表する種。分布や生態に関する既存情報がある程度蓄
積されている種。
今回の対象種の生態と対応する地域環境データの空間スケールは、個別研究の結果か
ら少なくとも 100m∼1km のオーダーが必要とみなされている。この点からも既存の広範
囲に整備されたデータとして3次メッシュデータが解析単位として最大限のスケールと考
えられる。このことに関しては、本システムの根幹に関わることなので、今後もより具体
的な検討を行っていく必要がある。
3.4 生物種の評価パラメータと地図データ
ここでは、「野生生物の生息適地から見た生物多様性の評価手法に関する研究」で研究
している対象生物種と生息適地評価の評価パラメータ例を表1に示す。使用している地図
データの例を表2に示す。
尚、これらは、最終的なものではなく、現在もパラメータの検証が行われている。
分類
鳥類
大型
哺乳類
爬虫類
昆虫類
生物種
オオヨシキリ
オオセッカ
オオルリ
キビタキ
エゾシカ
カスミサンショウウオ
カワトンボ
表1 生物種の評価パラメータ例 2)
評価パラメータ
ヨシ原の標高、大きいヨシ原(0.5ha 以上)からの距離
スゲ・ヨシ原の広さ、高密度地域からの距離
二次林の面積(大きい)、傾斜(傾斜あり)
落葉広葉樹と松林の面積、二次林の面積(大きい)
標高、積雪(最大積雪深)、越冬地、人為的影響、土地利用、針
葉樹(面積)
傾斜(傾斜 2 度から 10 度で標高 300m 以下)、標高(標高 300m
以下)、水流(8∼100 セル)、森林からの距離(20m 以内)
平均気温、標高、傾斜角
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空間データ
50m メッシュ標高
3 次メッシュ植生データ
自然環境情報 GIS CD-ROM
(第 2 版)
数値地図 25000 空間データ基盤
気候値メッシュ
気象データ(加工データ)
1 次生産量データ(加工データ)
表2 使用した空間データ例 2)
活用内容
地形データ(標高、傾斜)
作成機関
国土地理院
国土数値情報
植生被覆データ
生物多様性センター
生息分布情報(2 次メッシュ生息分 生物多様性センター
布データ)、土地利用など
道路
国土地理院
国土数値情報
平均気温
国土数値情報
積雪に関するデータ
気象業務支援センター
気象(積雪深、気温、降水量) 地域気象観測データ
に関するデータ
地上観測所データ
気象年報(気象庁発行)
北海道陸域の 10 日間平均一次 衛星データ
生産量(NPP)に関するデータ
(SPOT/VEGETATION)
4.おわりに
本研究では、個別の地域レベルの生息地評価を行うものではなく、全国レベルを視野に
入れた広域レベルの生物多様性の現状把握と潜在的に生息可能な場所を特定し、今後の環
境保全対策、エコロジカルネットワークの形成、環境教育等に寄与できればと考えてい
る。
尚、本研究は,環境省地球環境研究総合推進費(自然環境の劣化,課題番号 F-1)の援
助を受けて実施された。ここに感謝の意を表します。
参考文献
1)高橋邦彦、山辺功二:「野生動物の生息地評価システムの検討−WebGIS の活用について
−」、第 31 回日本環境学会研究発表会予稿集、pp176∼179(2005)
2)地球環境研究総合推進費:「野生生物の生息適地から見た生物多様性の評価手法に関す
る研究」:代表者 国立環境研究所 永田 尚志(2003∼)
3)環境庁自然保護局:地域における生物多様性の総合的評価に関する研究(平成 8 年∼平
成 12 年度、委託先:(財)自然環境研究センター)
キーワード:WebGIS、メッシュサイズ、生息地評価システム、生息適地モデル
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