スピーカによる音の同時再生録音システムにおける音質改善 Sound quality improvement in simultaneous recording and playback system by a loudspeaker 浅井貴広(コンピュータ科学科) Takahiro Asai 数理音響学研究室 指導教員 中島弘史 1. はじめに スピーカとは本来、音を再生する為に利用す る機械であるが、その構造は音を収録する為に利用するマイ クロホンと酷似している。その特徴を活かし、スピーカをマ イクロホンとして利用することで、スピーカ本来の役割とマ イクロホンとしての機能を両立させ、スピーカ1つで音の再 生と録音を同時に行うことができる。これによりスピーカと マイクロホンの両方が設置されている機械でマイクロホンを 設置する必要がなくなり、それらの機械のコスト削減が期待 される。 准教授 比:巻数比、インピーダンス比:巻数比の 2 乗の関係が成り 立つ。両側のインピーダンスを整合することで、効率的な電 力の伝送を行うことができる。アウトプットトランスは SANSUI の ST-31 を使用した。実験の接続方法は図 3 のよう に行う。 2. 過去の研究 関連する研究として、井口皓人氏による 2012 年度の卒業論文「スピーカーを使用した音の収録システ ムの作成」[1]がある。井口氏の研究で、出力と入力を同時に 行う際に、はじめに出力する音のみを録音しておき、録音さ れた出力音+音声の音から出力のみの音を引くことで、音声 の出力と入力の同時化に成功した。しかし、入力された音声 の振幅が小さく、入力音圧が高くないと録音できない、録音 した音の音質が悪い等の課題があり、改善が望まれていた。 3. 目的とアプローチ 本研究では、[1]の課題であるスピ ーカをマイクロホンとして利用したときのマイクロホンのゲ インと音質の改善を目的とする。目的を達成する為に、まず 始めに機材の準備と確認を行う。次にスピーカのインピーダ ンスやマイクロホンとして利用するときに出力される電圧の 測定、さらにアンプを利用した時に発生するノイズを軽減す るためにトランスを利用し、電圧の測定を行う。これらの測 定の結果をもとに、最適なトランスの選定と音質の評価を行 い、録音した音声の音量や音質の改善を行う。 4. 機材の準備と確認 今回の実験での機材は、[1]の研究 で製作したスピーカ(図 1)とパワーアンプ(図 2)を使用する。 各機材の詳細は図の下に示した。 図 1 スピーカ 図 2 パワーアンプ 6.5cm コーン型フルレンジ IC「TA2020-020」使用 インピーダンス 8Ω 定格出力 20W+20W(4Ω時) 出力音圧レベル 85dB/w(1m) 周波数特性 20Hz~20kHz 機材が正常に動作することを確認する為、[1]の実験を再度 行った。これはピアノ音を再生しながら録音を行い、音の入 出力を同時に行うものである。この実験ではそのまま再生と 同時に録音しただけでは録音した音が出力したピアノ音に埋 もれてしまい確認することができないので、録音された音声 +ピアノ音の音から、ピアノ音のみが録音された音を減算す る必要がある。使用する機材は、スピーカ、パワーアンプ、 PC(IBM, R51)、オーディオインターフェース(M-AUDIO, FastTruckPro)、アウトプットトランスである。アウトプッ トトランスは、電気信号の伝送路において、出力インピーダ ンスと入力インピーダンスを合わせるインピーダンス整合に 用いた。1 次側と 2 次側のコイルの巻数比に対して、電流 図 3 実験の接続方法 実験を行った結果、音声の出力と入力の同時化が成功し、 機材が正常に動作することが確認できた。 5. トランスの選定と音量・音質の評価 最適なトラ ンスを選定する為、スピーカのインピーダンス、スピーカを マイクロホンとして利用するときに出力される電圧の測定、 さらにトランスをつけた状態での測定を行う。結果からトラ ンスを選定し、そのトランスを使って同時化を行ったときの 音量・音質の評価を行う。 5.1 スピーカのインピーダンスの測定 まず始めに、スピー カのインピーダンスを測定する。この測定の目的は、スピー カに加わる電圧と電流の関係を明らかにすることである。ま たスピーカをマイクロホンとして利用したときの特性を確認 することが可能である。この測定は、オーディオインピーダ ンスアナライザ(IW7706)を利用し、20Hz~20000Hz の範囲で 行った。 測定の結果、 スピーカのインピーダンスが 6.9Ω~26.6 Ωだと確認できた。 5.2 スピーカから出力される電圧の測定 次に、スピーカを マイクロホンとして利用したときに出力される電圧を測定す る。この測定は、音の入力やアンプの接続の有無などの様々 な条件で行う。測定するスピーカからの音の出力はすべてな しとする。音の入力は別のスピーカから出力して行い、両ス ピーカ間の距離は 10cm とする。入力する音は、1kHz の正弦 波、音の大きさは騒音計を音の出力用スピーカから 10cm の 場所に置き、A 特性で 100dB に調整する。測定の条件と結果 をまとめたものが表 1 である。 表 1 測定の条件と測定結果 測定結果から各条件での出力される電圧を求めることがで きた。しかし、アンプを繋ぎ、電源を OFF にした測定 C と ON にした測定 D の波形を比較すると、測定 D はアンプのノ イズが大きく、入力信号である正弦波の波形が観測できない ことが確認できた(図 4)。またアンプを繋ぎ、電源を ON にし て音の入力を行わなかった測定 E は測定 D と同じような波形 となった。これにより測定 D, E では他の測定より大きな電圧 を観測できたが、それらはほぼアンプのノイズであった。 図 4 測定 C,D の測定波形 音を入力した B~D のうちノイズが大きかった D を除く B と C についてマイクロホンゲインを算出した。ゲイン G は G = 20𝑙𝑜𝑔10 (V⁄P) で求めた。ここで V は出力電圧[V]、P は 音圧[Pa](今回は P=2)である。この結果、条件 B,C 共にゲイ ンは-45.2dB となった。これよりゲインはアンプを繋いでも 電源を入れないと、繋いでいない場合と同じであることが確 認できた。 5.3 トランスをつけた状態での測定 次に、トランスをつけ た状態での電圧の測定を行う。5.2 と同じように音の入力を行 い、アンプの電源を入れた状態で、出力される電圧の測定を 行う。トランスは ST-31, ST-92[3]の 2 つを利用する。選定理 由は、ST-31 は[1]で利用したものであること、ST-92 は 1 次 側にコイルが 2 つありアンプを繋いでいないほうのコイルを 利用することで、アンプの影響を低減できると考えたためで ある。ST-31 は接続方法を変えて A, B の 2 通り行う(図 5)。 これはアンプの片側をセンタータップに繋ぎ、アンプを繋い でいない部分の電圧を測定することで、アンプの影響を軽減 できるかを確認するために行う。ST-92 はコイルが 2 つある ので、それぞれを測定する(図 6)。アンプを繋いだ側を接続 A、 繋いでいない方を接続 B とした。結果が表 2 である。 測定結果から、各トランスを接続した場合の出力電圧がわ かったが、波形を見ると、5.2 でのアンプの電源を入れた測定 と同じようにアンプのノイズが大きく、入力信号を確認する ことができなかった。しかし ST-92 の 2 つのコイルを同時に 測定し、ノイズを拡大したところ、2 つのコイルの電圧波形 がほぼ同位相であることが確認できた(図 7)。 図 8 は結果の波形であり、アンプの電源を入れた時の電圧 が 12mV であることが確認でき、アンプのノイズが軽減して いることが確認できた。さらにアンプの電源を入れた状態で も、入力信号による波形の変化を確認することができた。 5.4 トランスの選定と音量・音質の評価 今回利用したトラ ンスのなかで、アンプの電源を入れた状態でも入力信号を確 認することができた ST-92 を再生・録音の同時化に利用する ことにする。この ST-92 と今まで利用していた ST-31 で、井 口氏が行った、ピアノ音を再生しながら音声の録音をして、 そこからピアノ音のみの音を引くことで除去する実験を行い、 録音した音声の比較をして、音量と音質の評価を行う(図 9)。 図 9 各トランスの波形比較 波形を比較した結果、ST-31 は、ピアノ音が録音した音声 に比べて小さくなってはいるものの形状が確認できるのに対 し、ST-92 は、波形のピアノ音がほとんどなくなり、録音し た音声のみが確認できた。さらに音声とノイズの S/N 比を S/N = 20𝑙𝑜𝑔10 (S⁄N) で求めた。 ここで S は音声の振幅電圧[V]、 N はノイズの振幅電圧[V]である。 この結果、ST-31 は 30.9dB、 ST-92 は 27.9dB と改善されなかったが、ピアノ音をノイズと して算出した S/N 比では、ST-31 は 4.9dB、ST-92 は 24.4dB と改善されていることが確認できた。しかし録音した音声を 受聴した結果、録音されている音声の音量はどちらも小さく、 また音質もあまり変化しておらず改善はみられなかった。 6. 結論及び今後の課題 アンプの電源を入れた場合に確 認されたノイズを、トランスを用いることで軽減することが できた。またそのトランスを用いた評価の結果、音質の改善 までには至らなかったが、録音したい音以外の音を聞こえな いほどに減少させることに成功した。しかしスピーカをマイ クロホンとして利用するときの音量と音質を改善することが できなかった。この音量と音質の改善を行うことが今後の課 題である。 7. 参考文献 そこで片側のコイルの電圧波形が逆位相になるように接続 し(図 7)、アンプのノイズが軽減できているかを確認する。 [1] 井口皓人,スピーカーを使用した音の収録システムの作 成,工学院大学,数理音響学研究室,2012 年 [2] 鈴木陽一ら著, 「音響学入門」, 日本音響学会編, コロナ 社, 2011 年 [3]SANSUI トランス一覧表 http://www.jarl.or.jp/Japanese/7_Technical/lib1/sansui.htm
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