高温加熱時の発生ガス分析

ニチアス技術時報 2012 No. 3
〈技術レポート〉
高温加熱時の発生ガス分析
研究開発本部 分析解析室 材料解析課 廣 瀬 亜矢子
有機成分については,測定方法として,まず
1.はじめに
は種々化合物の定性および定量が可能なGC/MS
製品や材料を加熱した際に発生するガスには,
(ガスクロマトグラフ質量分析法)が挙げられる。
臭気や有害性など人体に影響を与えるものや,
捕集・濃縮方法としては,P&T(パージアンド
使用環境で腐食他の不具合原因となり得るもの
トラップ)法やヘッドスペース法などがある。
など,さまざまな成分が含まれている。発生ガ
P&T 法は感度が高く,広範囲な成分分析 が 可
スを詳細に分析することは,このような問題の
能なため,よく用いられる。材料からの加熱発
原因解明や製品の安全性を評価するうえで極め
生ガス分析に対しては,これら技術を複合した
て重要である。また,法規制の現状について目
P&T-GC/MS にて試料を直接分析することが有
を向けると,管理濃度の改正により対象物質と
効である。しかしながら,市販されている P&T
して新たにホルムアルデヒドが設定されるなど,
装置では現在のところ400℃が加熱温度の上限と
健康障害のリスクを減らすための整備が進んで
なっており,400℃以上の高温での評価には専用
いる。このような側面からも,発生ガスの低減
設備を自作する必要がある。専用設備でのガス
が求められている。
の捕集・濃縮方法としては,固体捕集法やバッ
工業製品は,断熱材に代表されるように高温
グ捕集法,液体捕集法などがあるが,その濃縮
で使用されることも多く,その安全性を評価す
効率から微量ガス分析には固体捕集法が用いら
るためには使用時の温度・雰囲気における分析
れる。
が要求される。しかしながら,高温加熱時に発
有機成分のうち,アルデヒドについては,その
生するガスの分析に適した装置はなく,各分析
有害性や臭気の点からより正確な分析が求められ
機関にて設備を自作し分析しているのが現状で
るものの,特に低級アルデヒドは揮発性が高く不
ある。
安定な成分であり,GC/MS での測定は困難であ
本稿では,高温加熱時の分析について,有機
る。そのため,アルデヒドは,誘導 体化試 薬を
成分およびアルデヒドの分析方法と分析例を中
含浸した捕集剤を用い,その抽出液をHPLC(高
心に紹介する。
速液体クロマトグラフィー)にて測定する。
無 機 成 分 に つ い て は, ハ ロ ゲ ン イ オ ン や
2.加熱発生ガス分析の概要
NOx,SOx,アンモニアなどが対象となり,発
製品および材料から発生したさまざまな成分に
生ガスを酸またはアルカリ吸収液に捕集した後,
対し,分析目的や対象に応じて,適切な捕集・濃
イオンクロマトグラフィーにて測定する。必要
縮方法および測定方法を選択することがポイント
に応じ,燃焼イオンクロマトグラフィーにてオン
となる。
ライン分析することもある。
─ ─
20
ニチアス技術時報 2012 No. 3
〈試料加熱部〉
図1に加熱発生ガス分析の概略を示す。加熱温
度や雰囲気は,発生ガスの種類や量に大きく影
・加 熱 温 度:最高 600℃
響する。当社では自作の専用設備により,室温
・雰 囲 気:空気,不活性ガス(窒素など)
から600℃までの加熱処理を行っている。また,
〈P&T-GC/MS 部〉
加熱雰囲気は空気や不活性ガス(窒素,ヘリウ
・測 定 装 置:日本分析工業製JHS-100A(P&T)
ムなど)を任意に選択することができる。この
日本電子製HP-6890/
設備を活用して,製品の使用時の状況に近い条
Automass SUN(GC/MS)
件を設定し,評価している。
・脱 着 温 度:250℃
・G C カ ラ ム:Ultra Alloy-1(0.25mm ×30m)
・カラム温度:40 ℃(5min)→ 300 ℃(10min)
,
<有機成分>
10℃/min
P&T-GC/MS
(オンライン分析,
40∼400℃)
3.2 アルデヒド(誘導体化捕集 HPLC)
試料の加熱処理までは前項と同様の手順で
熱処理管
発生ガス
加熱炉
(室温∼600℃)
あ る。 た だ し, 捕 集 と 同 時 に 誘 導 体 化 さ れ る
P&T-GC/MS
固体捕集剤
(TenaxGR管など)
DNPH(2,4- ジニトロフェニルヒドラジン)管を
捕集剤として用いる。DNPHによる誘導体化反
<アルデヒド>
発生ガス
誘導体化捕集剤
(DNPH管)
アセトニトリル
抽出
応を図2 に示す。発生ガスを DNPH管に捕集し,
HPLC
これをアセトニトリルにて抽出・定容する。ア
ルデヒド誘導体の抽出液をHPLC にて測定する。
<無機成分>
発生ガス
アルデヒド誘導体のHPLC クロマトグラムを
イオンクロマトグラフィー
図3 に示す。各アルデヒドについて,定性・定量
吸収液
が可能である。
燃焼イオンクロマトグラフィー
(オンライン分析)
図1 加熱発生ガス分析の概略
O 2N
O2N
R
R
C O
H
+
H2N NH
NO2
C N NH
NO2
H
+
DNPH
アルデヒド (2,4-ジニトロフェニルヒドラジン) アルデヒド-DNPH
3.高温加熱時の発生ガス分析方法
図 2 アルデヒドの誘導体化反応
本章では,当社で実施している有機成分およ
びアルデヒドの分析方法について述べる。
1
3
3.1 有機成分(固体捕集 P&T-GC/MS)
試料を熱処理管に入れ,清浄な雰囲気ガスに
て置換する。雰囲気ガスを通気しながら,熱処
理管を一定温度に設定された加熱炉へセットし,
2
4
5
6
7
8
9
発生ガスを TenaxGR 管などの固体捕集剤へ捕集
する。特に高温加熱時においては,低沸点成分
の捕集効率を上げるため,固体捕集剤を冷却す
ることが必要となる。捕集したガス成分は P&TGC/MSにて加熱脱着し,測定する。一般的な有
機成分の分析条件を下記に示す。分析目的や対
象によっては,GCカラムやカラム温度を変更す
ることもある。
1:ホルムアルデヒド-DNPH
2:アセトアルデヒド-DNPH
3:アクロレイン-DNPH,アセトン-DNPH
4:プロピオンアルデヒド-DNPH
5:クロトンアルデヒド-DNPH
6:ブチルアルデヒド-DNPH
7:ベンズアルデヒド-DNPH
8:イソ吉草酸アルデヒド-DNPH
9:吉草酸アルデヒド-DNPH
図 3 アルデヒド誘導体のHPLCクロマトグラム
─ ─
21
H2 O
ニチアス技術時報 2012 No. 3
〈HPLC 部〉
700
・カ ラ ム:Sunfire C18(2)3.5μm,2.1φ ×
150mm
・カラム温度:40℃
・移 動 相:アセトニトリル/超純水= 50/50
加熱温度(℃)
・測 定 装 置:島津製作所製 Prominence
600
500
400
300
④
③
①
⑤
②
200
100
0
・流 量:0.5ml/min
0
50
100
・検 出:MC-PDA 360nm
150
時間(min)
4.段階加熱による分析
加熱条件
①室温∼200℃×20min+200℃×10min保持
断熱材などの工業製品は,実際の使用状況で
②200∼400℃×20min+400℃×10min保持
は,比較的ゆるやかに昇温され,最終使用温度
③400∼600℃×20min+600℃×10min保持
に到達する場合も多い。前述のとおり,通常の
④600℃×30min保持
加熱発生ガス分析は,試料を一定温度で加熱す
⑤600℃×30min保持
る方法をとる。しかし,発生ガスは温度の影響
図4 段階加熱条件
を大きく受けるため,実際の使用に即した条件
で分析することが重要である。当社の専用設備
は,昇温速度や保持時間などの温度プログラム
①室温∼200℃
設定が可能である。目的に応じて,評価温度ま
で昇温させながら温度区分ごとに分析すること
も行っている。段階加熱により発生温度域が把
握できるため,発生挙動や機構についての知見
鎖状炭化水素,
アルデヒド,
ケトンなど
②200∼400℃
が得られる。以下に,段階加熱の分析例につい
nC11 nC12
4 5 nC13nC14
nC10
nC15
6
2
7
nC16
3
て紹介する。
4.1 加熱条件
nC19
nC18
nC17
段階加熱条件を図 4 に示す。室温から600℃ま
で200℃ごとに区分し,それぞれの温度区分の
発生ガスを捕集した。600℃に達した後は発生量
nC20
鎖状炭化水素,
アルデヒド,
ケトンなど
1
nC12
2
4
nC11 nC13
3
nC14
nC10
5
6 7 nC15 nC18
nC16
nC17 nC19
の減衰を確認するため一定時間保持した。温度
③400∼600℃
nC20
区分ごとの結果を得るため,TenaxGR管および
④600℃
DNPH管は単位時間ごとに取り換えた。有機成
分およびアルデヒドの分析は,3.1項および 3.2
項の手順で行った。
4.2 分析例
⑤600℃
4.2.1 ポリエチレンテープの分析
ポリエチレンは汎用高分子として挙げられ,
その製品の一つであるポリエチレンテープは,
工業製品の構成部材に多用されている。ポリエ
チレンテープを空気気流中にて 600℃まで段階加
熱し分析した。
有機成分の分析結果を図5に示す。温度区分に
より検出成分・量に顕著な違いがみられた。主な
─ ─
22
(①∼⑤:図4の加熱条件に対応)
1:トルエン
2:フェノール
3:オクチルアルデヒド
4:ノニルアルデヒド
5:デシルアルデヒド
6:ウンデシルアルデヒド
7:ドデシルアルデヒド
図5 ポリエチレンテープの加熱発生ガス分析∼有機成分∼
ニチアス技術時報 2012 No. 3
発生温度区分は200∼600℃であり,脂肪族アルデ
参考データとして,空気中のTG-DTA(熱重量
ヒドおよび鎖状炭化水素が主成分として検出され
−示差熱分析)曲線を図7 に示す。主な減量温度
た。また,600℃保持以降は非検出であった。
域は200∼600℃であり,ガス分析結果を支持し
アルデヒドの分析結果を図 6に示す。主な発生
ている。
温度区分は有機成分と同じく200∼600℃であり,
これらの結果より,400℃付近でポリエチレン
ホルムアルデヒド,アセトアルデヒドが多く検
主鎖の分解・酸化が起こり,ポリエチレンテー
出された。
プからアルデヒドおよび鎖状炭化水素が多量に
発生することが分かった。
4.2.2 粉体シリカの分析
①室温∼200℃
粉体シリカは,その特性から,さまざまな分
野で用いられる。粉体シリカには,親水性シリ
カと疎水性シリカがある。疎水性シリカは,親
水性シリカを化学的に処理することによって製
ホルムアルデヒド-DNPH
造され,その表面はメチル基などの疎水性官能
②200∼400℃
アセトアルデヒド-DNPH
基で覆われている。したがって,加熱時に有害
プロピオンアルデヒド-DNPH
成分や臭気が発生することが懸念される。親水性
シリカおよび疎水性シリカについて,段階加熱
ホルムアルデヒド-DNPH
し分析した。ここでは,興味深い結果が得られ
③400∼600℃
アセトアルデヒド-DNPH
たアルデヒド分析の結果についてのみ紹介する。
プロピオンアルデヒド-DNPH
親水性シリカと疎水性シリカの空気中段階加
熱による分析結果を図 8,9に示す。親水性シリ
カはいずれのアルデヒドも非検出であったのに
対し,疎水性シリカはホルムアルデヒドの発生
④600℃
量が顕著に多いことが明らかとなった。疎水性
シリカのアルデヒド発生挙動を次にまとめる。
・発生成分は,ホルムアルデヒド主体であり,本
条件における試料重量当りの総発生量は 1%で
⑤600℃
あった。
・発生温度区分は400∼600℃であり,一般的な
有機物質の分解領域より高温である。
(①∼⑤:図4の加熱条件に対応)
・600℃加熱以降もホルムアルデヒドが発生し続
図6 ポリエチレンテープの加熱発生ガス分析∼アルデヒド∼
けている。
疎水性シリカは,400℃以上の高温加熱時に多
+00
+00
600.0
600.0
量のホルムアルデヒドを発生することが分かっ
500.0
500.0
た。親水性シリカと疎水性シリカの相違点は,
Weight(%)
−20.00
400.0
436.7 ℃
−40.00
420.6 ℃
−60.00
349.9 ℃
−80.00 DTA
−100.00
0.0
300.0
474.9 ℃
245.8 ℃
100.0
TEMP
10.0
20.0
30.0
40.0
Time(min)
200.0
50.0
0.0
60.0 62.8
+00
Temperature(℃)
0.00 TG
400.0
300.0
200.0
100.0
Heat Flow(μV)
+00
10.00
表面官能基である。多量に検出されたホルムア
ルデヒドは,表面官能基の脱離・酸化により生
成するものと推定される。疎水性シリカを含む
製品を高温で使用する際は,十分に換気を行う
0.0
−100.0
など注意を払う必要がある。
図 7 ポリエチレンテープのTG-DTA曲線(空気中)
─ ─
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ニチアス技術時報 2012 No. 3
〈親水性シリカ〉
〈疎水性シリカ〉
①室温∼200℃
①室温∼200℃
②200∼400℃
②200∼400℃
ホルムアルデヒド-DNPH
ホルムアルデヒド-DNPH
③400∼600℃
③400∼600℃
④600℃
④600℃
ホルムアルデヒド-DNPH
⑤600℃
⑤600℃
ホルムアルデヒド-DNPH
(①∼⑤:図4の加熱条件に対応)
図8 親水性シリカおよび疎水性シリカの加熱発生ガス分析∼アルデヒド∼
(①∼⑤:図4の加熱条件に対応)
1.0
5.おわりに
発生量(%)
0.8
加熱発生ガス分析について,高温加熱時の分
0.6
析内容を中心に,実例を交えて紹介した。製品
0.4
の安全性を評価するには,実際の使用に即した
0.2
条件での分析が有用と考えられる。今後,応用
0℃
0℃
60
さらに向上させ,各位にご満足いただける分析
⑤
0∼
範囲を拡大するとともに,総合的な分析技術を
③
40
④
60
0℃
60
0℃
40
0∼
②
20
①
室
温
∼
20
0℃
0.0
結果を提供していく所存である。
図 9 疎水性シリカのホルムアルデヒド定量結果
筆者紹介
廣瀬亜矢子
研究開発本部 分析解析室 材料解析課
─ ─
24