一歩踏み出せば、 世界は開く 作家・エッセイスト 岡田 光世 さん OKADA Mitsuyo 作家・エッセイスト。東京都杉並区生まれ。青山学院高等部在学中に米ウィスコン シン州の高校に留学。青山学院大学文学部英米文学科在学中に協定校・米オハイオ 州の大学に留学。New York University 大学院で修士号取得。1985 年からニューヨー クに住み、今も東京とニューヨークを行き来しながら執筆を続ける。『ニューヨーク の魔法』シリーズは版を重ねるロングセラー。第 6 弾が 5 月に刊行予定。最新刊は 『泣 きたくなるほど愛おしい ニューヨークの魔法のはなし』 。 公式ウェブサイト http://okadamitsuyo.com/ 公式 Facebook https://www.facebook.com/okadamitsuyo 月現在)というこのロングセラーの著者は、高等部・ ニューヨークに住む人たちとのささやかな一期一会を優しく、ユーモ ラスに描いているエッセイ『ニューヨークの魔法』シリーズ。累計 万 ―― 高 等 部 で の 生 活 は 思 い 描 い て い うに貼って回ったんですよ。 しました。英単語を書いては家じゅ るものに別の言葉があることに興奮 英語を習った時、身の回りのあらゆ は強かったですね。中学校で初めて 先生から英語を学びたいという思い 当時から「英語の青山」として知 られていましたから、ネイティブの を学ぶためだったのでしょうか。 学院高等部に進学されたのは、英語 生活を長年送られていますが、青山 ――岡田さんは英語と関わりの深い 英語が学びたくて青山学院へ。 そして留学への扉を開く 取 れ な い ん で す よ。 高 等 部 の ネ イ 折感、劣等感。英語が速すぎて聞き 最初の3カ月ぐらいは辛かったで すね。まず直面したのは疎外感、挫 し、 1年間ホームステイされました。 ――ウィスコンシン州の高校に留学 院で学んだことが大きいと思います。 が膨らんで実現できたのは、青山学 てみたかったのですが、その気持ち ねたりして。通じるとうれしかった 生は今日、何時に帰りますか」と尋 したくて、何度も練習してから「先 英 語 も さ ら に 好 き に な り ま し た。 ネイティブの先生と授業以外でも話 したし、充実していましたよ。 宿題は辞書を引き引き徹夜しない ティブの先生は、わかりやすくゆっ ですね。中学の頃からアメリカに行っ し た。 夫 は 2・3 年 で 同 じ ク ラ ス で た通りのものでしたか。 くりと発音してくれてたんですね。 達に恵まれ、どんどん楽しくなりま ヨークの魅力、文章に込めた思いなどを語っていただきました。 リカ留学が転機となったという岡田さんに、青山学院の思い出やニュー 大学と青山学院で学んだ校友の岡田光世さんです。高等部在学中のアメ 部(2014年 28 中等部から進学してきた子たち は、 おしゃれで英語もペラペラでね。 最初は引け目を感じましたけど、友 14 青山学報 251 Spring 2015 青山学報 251 Spring 2015 15 12 『ニューヨークの魔法』 シリーズ 人とのささやかな触れ合いを、ニュー 単なのに心に響く英語の言葉が、どの と終わらない。睡眠不足に食欲不振 で、ノイローゼになりそう。早く日 本に帰りたいって、泣きながら日本 の友人に手紙を書いたものです。 でも、ホストファミリーがとても 温かく、本当の子供のように接して く れ た ん で す。 渡 米 1 カ 月 後 に は、 い ず れ 私 が 帰 国 す る の が 悲 し い と、 泣いて抱きしめたり。何をしても褒 め て く れ た の は、 驚 い た と 同 時 に、 うれしかったですね。 彼らに私の気持ちを伝えたいとい う思いが、英語習得の原動力になっ た気がします。高校時代に異文化で生 どんな思いで、どのよ うに言葉を選んでいる かを丁寧に読んでいく うちに、小説にもどん どん興味が湧くように なりました。今でも神 山先生にお会いする機 会がありますが、とて も感謝しています。 それから大学の時 に 留 学 し た オ ハ イ オ・ ウェスリアン大学の イティング」の授業で、 「 ク リ エ イ テ ィ ブ・ ラ たユーモアもある。他人と心が通い を交わします。そこにはちょっとし らぬ人同士がごく自然に笑顔や言葉 る柔軟な人が多い気がします。見知 をそれほど惹きつけるのでしょう。 が、ニューヨークのどこが岡田さん たが、大学生活はいかがでしたか。 ――大学は英米文学科へ進まれまし 原点は高校時代の留学にあります。 かれますが、 本当にそうだとすれば、 かい」 、 「著者は人間が好き」などと書 た。書評でよく「人への眼差しが温 いやることの大切さを実感しまし の人間として受け入れ、尊重し、思 マイノリティとして暮らしたこと で、異なる価値観を持つ相手を対等 のでしょう。 情』 の出版前後から執筆依頼が増え、 ポした『ニューヨーク日本人教育事 た。そして海外子女の教育現場をル 相手と対等に話せるようになりまし 来は引っ込み思案の私が、取材では く書くことを学べただけでなく、本 大学院修了後は新聞記者として働 きました。言葉を削ってわかりやす きっかけは何でしょうか。 ――作家になるという夢を実現した る、と感じられる街です。 かったんです。でもゼミで、作家が で、 最 初 は 実 用 的 な 英 語 を 学 び た 来、英語を使う仕事がしたかったの ゼミが深く印象に残っています。将 授業では神山妙子先生(大学名誉 教授・元文学部英米文学科教授)の しい毎日でした。 は通訳養成学校にも通ったので、忙 したね。アルバイトもして、週3日 ス部に入り、できるだけ練習に出ま 高等部でテニス部に入っていたの で、大学でも準体育会系の理工テニ り や 触 れ 合 い を 描き、それが文庫化 会った人々とのちょっとしたやりと が始まりでした。ニューヨークで出 ある英会話学校から、英文を入れ たエッセイ本の執筆を依頼されたの どのように生まれたのですか。 優しく描かれています。この作品は ニューヨークに住む人たちが温かく が 続 々 と 刊 行 さ れ、 累 計 数 え て い ま す。 そ の 後 も シ リ ー ズ ヨークのとけない魔法』は、 ヨークで暮らして今に至るわけです ――大学院修了後もそのままニュー ロングセラーに ニューヨークを舞台にした本が んです。 ティングを本格的に学ぶことにした 大学大学院でクリエイティブ・ライ 授の助言で、卒業後はニューヨーク に興味を持ちました。この大学の教 生まれて初めて書いた 合っていると感じることが、とても 原作を担当した英語講座マンガ『奥 され、 『ニューヨークのとけない魔法』 活した経験も、 大きな宝になりました。 よくあります。 さまはニューヨーカー』がシリーズ になりました。 刷を 短編小説が賞を取ったことで、創作 問題も多い街ですが、あれだけ多 種多様で価値観の違う人々が、とり 化 さ れ、 『ニューヨークの魔法』シ ――具体的にはどんな影響があった あえず平和に暮らしている。それ自 リーズに続いていったわけです。 人ですね。自分に素直に生きてい るけれど、相手の価値観も受け入れ 体、奇跡に近い気がします。 人がつき合い始めたとき、座っていた席で 文 春 文 庫 の 編 集 部 で は「 英 語 が 入っているのが文庫化のネックにな 万部の 30 になり、シリーズ化されました。 のオススメや口コミで知られるよう 全国紙で取り上げられ、書店員さん て い る と、 文 庫 化 が 決 ま り ま し た。 短い話の中にも、アメリカの文化 や習慣、人種問題などが盛り込まれ うれしいメールをくれました。 が パ ー っ と 湧 き 上 が っ て き た 」 と、 くほど、忘れていた甘酸っぱい感情 編集者が「読んでみて、自分でも驚 るかも」という声もあったのですが、 ヒット作となっていますね。どれも 28 触れ合いを、最終章に収めた。ヤンキースの 選手とのやりとりなど “ 男の世界 ” の話も 話にも織り込まれている。アニー賞を 文春文庫(620 円+税、2007 年) 文春文庫(495 円+税、2008 年) 文春文庫(600 円+税、2010 年) 文春文庫(820 円+税、2011 年) 文春文庫(540 円+税、2014 年) 受賞するなど、世界的なイラストレー シリーズ第一弾で 30 刷を数えるロン 岡田さん撮影の味わい深いモノクロ写 相手を幸せにする英語の表現を、エッセ 岡田さん撮影のカラー写真も収録。人々 ターとして知られる上杉忠弘氏が表紙 グセラー。切なくも温かい短めのエッ 真も収録した、じんわりと心に染み入 イとともに紹介。留学先だったウィスコ と会話を楽しみながら、一緒にニューヨー 東日本大震災の被災地で出会った人たちとの を担当したことでも話題となった セイが 128 話収められている る一冊 ンシン州の小さな町のエピソードも クを散歩しているような気分を味わえる 16 青山学報 251 Spring 2015 青山学報 251 Spring 2015 17 2007 年に行われた「高等部校舎お別れ会」に夫婦で高等部を訪れた。お二 ―― こ の シ リ ー ズ 第 1 弾『 ニ ュ ー 活躍。手前が岡田さんで、地域の最優秀選手に選ばれた 人は皆、違う。私は私でいい。大 都会なのに、ここに私の居場所があ 高等部時代に留学したときは、バレーボールチームで 『ニューヨークの魔法のじかん』 『ニューヨークの魔法のさんぽ』 『ニューヨークの魔法のことば』 『ニューヨークの魔法は続く』 『ニューヨークのとけない魔法』 ヨークを舞台に描いたエッセイ集。簡 『泣きたくなるほど愛おしい ニューヨークの魔法のはなし』 ――すべてニューヨークを中心とし たアメリカでの人々との出会いが描 かれているのですか。 そ う と は 限 り ま せ ん。 第 5 弾 『ニューヨークの魔法のじかん』の最 終章は、 「東北と出会う」です。東日 本大震災の日、私はニューヨークに いました。私が日本人と知ると、見 ず知らずの他人が抱きしめ、祈ってく れました。彼らの思いを胸に、被災 地でボランティアをし、そこで出会っ ――長い間、ヒットし続けている理 おしいと感じるんです。 です。だから私は人が好きだし、愛 た人たちとの交流を描いています。 由は何でしょう。 ――岡田さんの本はどのお話も温か いでしょうか。 だ、と感じて追体験できるのではな 人ってこんなふうに生きられるん が触れ合っているのを読んで、ああ、 ニューヨークではごく自然に人同士 おしいニューヨークの魔法のはな ――最新刊の『泣きたくなるほど愛 ものから感じてほしいので。 付けるのではなく、客観的に描いた うにしています。自分の思いを押し ラマチックでなく、淡々と伝えるよ 「こんな出会いがあった」 、 「こん な人がいた」ということをあえてド ――書くときに心がけていることは ありますか。 くて切なくて、人に対する愛情が感 し』が昨年 人ってどこに住んでいても、根本 的にはそんなに変わらないと思うん みれば」 と言いました。あの時、やっ 今回は日本やイタリアの話も加 え、 最 終 章 で「 魔 法 に か か る 方 法 」 を伝えています。 ――〝魔法にかかる方法〟 、つまり、 人に心を開く方法、 ということですか。 そうです。必要なのは、笑顔と少 しの勇気、そして遊び心。たとえ完 璧 で は な く て も、 あ な た の 英 語 で、 ちょっとしたひと言で、私たちは世 界の人たちとつながれるのです。 自分にも相手にも レッテルを貼らずに生きる ――長年ニューヨークで暮らしてき て、岡田さんがたどり着いた思いや 考えはどんなものでしょう。 英語が話せると、確実に世界が広 がります。でももっと大切なことは、 心が柔軟であること。異なる文化を 背 負 っ た 相 手 を そ の ま ま 受 け 入 れ、 同じ土俵の上でつき合うことです。 私自身にも気づきや学びは多くあ りました。嫌なことを考えて悶々と し て い る 時 間 を、 一 日 か ら 一 時 間、 一分、一秒と減らし、そこから何を 学べるかだけ考えたいと思うように なりました。死ぬ瞬間に、この嫌な 出来事を思い出すかな、と自問する 日だと思いますが、今後の目標など 今 は 日 本 語 で 執 筆 し て い ま す が、 海外の人たちに向けても書いていき と、たいていのことは「ノー」です。 かもしれません。 伝えたいとも思います。 をお聞かせください。 『 ニ ュ ー ヨ ー ク の と け な い 魔 法 』 も、 「英語が入っている文庫は前例 ていなければ、今は別の仕事をして リエイティブ・ライティングを勉強 がない」と言われた時点であきらめ できるし、自分を客観的に見られる 相手の立場になって想像することも ん。 異なる価値観や文化と接すると、 ど、それだけでは自分が成長しませ 同 じ 価 値 観 の 人 た ち と い る の は、 楽だし、心地の良いものです。けれ ――後輩たちに贈る言葉を。 書きたいです。 て生きていこう」と思える作品を があり、 「人生っていいな」「頑張っ そ し て 人 に 希 望 を 与 え る も の、 ど ん な テ ー マ で も、 そ こ に「 光 」 たいですね。日本や日本人のよさを しようと思った時、日本人は「そん ていたら、世に出ることはなかった 人生、楽しま なきゃ、もった ようになります。未知なるものを恐 れずに、意識して外に目を向けてほ いない。聖書に ある「いつも喜 しいと思います。 めつけないこと。 とくに若いうちは、 それから、自分にも相手にもレッ テルを貼らず、こういう人間だと決 んでいなさい」 (テサロニケの )と 信徒への手紙 ─ 自分でも知らない〝自分〟がきっと 一: 開拓していってほしいですね。 いう一節がとて ――お忙しい毎 いるはずですから、それをどんどん 16 も好きなんです。 5 それから、何でもやってみようと 思うようになりました。大学院でク なことをやってどうするの」 、アメ たものになるで し、喜びに溢れ ら、人生楽しい て生きていけた いい。そう思っ が前例になれば でしょう。前例がないのなら、自分 れた岡田さんの挙式を描いたもの。通りがかった誰もが温かく祝福してくれた。突然、馬車 リカ人は「やりたいことを、やって 私たちは「忘れる」という素晴らし と一緒に。彼がこの虹のバルーンアートを岡田さんに贈った いたかもしれないし、後悔していた 月に刊行されました。 じられます。 嫌だと思う人は多いようです。でも、 見知らぬ人との触れ合いを求めて いても、恥ずかしい、拒絶されたら 『ニューヨークの魔法のはなし』に登場する “ ふうせん男 ” い能力を与えられているんですね。 12 『ニューヨークの魔法のことば』に収録されたエッセイ「馬の祝福」は、マンハッタンで行わ 『奥さまはニューヨーカー』シリーズ 岩波新書(780 円+税、1993 年) 「魔法にかかる方法」という章では、たとえ英語ができなくても心 に残る出会いが生まれるコツ、相手の心を開くコツ、会話を続け 突然、異言語、異文化の世界に放り込まれ、 幻冬舎文庫(600 円+税、2009 年) るコツなどがまとめられている。表紙の帯の少女など、ニューヨー ストレスに直面する海外子女たち。さらに ニューヨークに転勤になった一家が、英語と クで活き活きと生活する人々の様子が岡田さん撮影の写真でも楽 帰国後の進学に備えなければならない。海 異文化に戸惑う失敗の日々を描いた爆笑・英 しめる。右の写真も岡田さんが撮ったもの。留学を考えている人、 外の教育現場や企業中心の孤立した日本人 語学習マンガ。全 5 巻。 外国人と接する機会がある人にもぜひ読んでほしい一冊だ 社会のあり方などを問い、報告する 岡田さん原作、島本真記子さん作画 18 青山学報 251 Spring 2015 青山学報 251 Spring 2015 19 しょうね。 の馬が二人の間から顔を出し、ご主人の胸に飾った花をモグモグと… 『ニューヨーク日本人教育事情』 清流出版(1400 円+税、2014 年)
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