変形性股関節症における炎症性滑膜の免疫組織学的検討 変形性股関節

変形性股関節症における炎症性滑膜の免疫組織学的検討
千葉大学大学院医学研究院整形外科学
中村順一、
中村順一、竹下宗徳、
竹下宗徳、大鳥精司、
鳥精司、重村知徳
重村知徳、
知徳、高澤誠、岸田俊二、
岸田俊二、高橋和久
高橋和久
君津中央病院
中嶋隆行
中嶋隆行
国立病院機構千葉医療センター
白井周史
白井周史
千葉県済生会習志野病院
原田義忠
原田義忠、
義忠、宮坂健
宮坂健
帝京大学ちば総合医療センター
神川康也
神川康也
はじめに
変形性関節症は骨関節疾患の中で最も発症頻度が高く、関節の痛みや変形、機能
障害のために中・高年者の生活の質を低下させる原因となっている。我が国では変
形性股関節症は先天性股関節脱臼や臼蓋形成不全[1]に続発した二次性股関節症が
多く、成人女性の 3.5%、成人男性の 1.4%にみられると推定されている[2]。末期
変形性股関節症は一般に消炎鎮痛剤が無効であり、保存的治療に抵抗性である場合
が多い。人工股関節置換術(THA)は有効な手術療法の 1 つであり、米国では 2003 年
には年間 20 万件の初回 THA が行われており、2030 年には年間 57 万件に増加すると
推測されている[3]。我が国でも年間 4 万件の THA が行われており、今後も増加傾
向である[4]。一方、THA は術後の脱臼やゆるみ等による再置換術の可能性など、依
然として多くの問題が残されている[5]。また、股関節の疼痛機序に関しては、股
関節の感覚神経支配や神経特性、疼痛伝達物質など不明な点が多い。変形性股関節
症の病態を明らかにすることができれば、画期的医療につながり、医療費の削減が
期待できる。
従来、股関節の痛みに関する研究は主に解剖学的な手法に基づくものであった。
股関節は大腿神経、閉鎖神経、坐骨神経に支配されており、股関節痛が大腿部や膝
付近の痛みとして出現するのは股関節内側を支配する閉鎖神経を介した関連痛と
考えられてきた[6]。Nakamura ら[7]は末期変形性股関節症患者 146 例 188 股の疼痛
発現部位と頻度を調査し、鼡径部 85%、膝 34%、殿部 31%、大腿 21%、大転子部
18%、腰部 15%であると述べている。一方、分子生物学の視点から股関節の感覚神
経支配や神経線維の特性、疼痛伝達物質について研究した報告は少ない。当教室は
免疫組織化学染色法を駆使した疼痛機序の解明に取り組んできた。
Nakajima らはラ
ット股関節内の感覚神経は第 2 腰椎から第 4 腰椎を主とする後根神経節由来であり、
表層の鼠径部皮膚の感覚神経は第 1 腰椎から第 3 腰椎を主とする後根神経節由来で
あることを明らかにした。また、神経線維の特性は股関節内では CGRP 陽性線維が
多く、表層の皮膚では IB4 陽性線維が多いことを明らかにした[8, 9]。Shirai ら
は予備的研究としてヒト股関節の滑膜及び関節唇の免疫染色を行い、変形性股関節
症患者 6 例中 5 例に滑膜及び関節唇への神経線維の進入を認めた[10]。これらの研
究成果を基盤として、より多くの症例を対象に股関節の痛みについて検討する必要
がある。
本研究の目的は、ヒト正常股関節及びヒト疼痛性股関節における滑膜組織の疼痛
伝達物質及び感覚神経線維の局在を明らかにすることである。
対処と方法
手術施行時に股関節の滑膜を採取した。
ヒト正常股関節群として、大腿骨頚部
正常股関節群では関節包を一部含めて
骨折のために人工骨頭置換術または THA
削ぐように採取した。疼痛性股関節群で
を施行した 6 例 6 股を対象とした。選択
は頭頚移行部の増生した滑膜組織を採
基準は 1) 受傷前は股関節症状がなく、
取した。採取した滑膜組織は 4%パラフ
歩行可能であった方、2) 先天性股関節
ォルムアルデヒド溶液で一晩固定した。
脱臼および臼蓋形成不全の既往歴がな
次に 20%グルコースを含む 0.01M リン酸
く、X 線学的にも変形を認めない方、3)
緩衝液(PBS; pH 7.4)で一晩保存した。
受傷後 1 ヵ月以内に手術を施行した方、 10μm 厚の凍結標本を作製し、免疫組織
4)術中所見で関節軟骨の変性を認めな 化学染色を行った。一次抗体は神経線維
い方とした。ヒト疼痛性股関節群として、 のマーカーneuron-specific class III
末期変形性股関節症のために THA を施行 beta-tubulin (TuJ-1),疼痛伝達感覚神
した 38 例 38 股を対象とした。選択基準
経のマーカー,calcitonin gene-related
は 1) 先天性股関節脱臼または臼蓋形成
peptide (CGRP),炎症性サイトカイン
不全に続発した二次性変形性股関節症、 tumor necrosis factor-alpha (TNF-α)
2) 著しい疼痛のために THA を施行し除 及びそのサイトカイン産生因子である
痛が得られた方とした。正常股関節及び
nuclear factor-kappa beta (NFκВ)を
疼痛性股関節の除外基準は 1) 外傷性股
用いた。前記 2 つ,後記 2 つの抗体に関
関節症、大腿骨頭壊死症、関節リウマチ、 しては同一切片に対する二重染色とし,
急速破壊型股関節症等、股関節の変形を 二次抗体は一つの標本に対し 2 つの蛍光
きたしうる疾患の既往歴のある方、2)
抗体(赤色と緑色)を用いた。蛍光顕微
過去に股関節の手術歴を有する方。3)
鏡により各切片を無作為に選択し、陽性
重篤な心不全、呼吸不全、肝不全、腎不
細胞及び陽性線維の定性的な評価を行
全等を有し全身状態が不良の方とした。 った(図 1, 2)。
検討項目は正常股関節群及び疼痛性股
ヒト標本の採取については千葉大学大
学院医学研究院倫理委員会の承認と被
関節群の手術時年齢、疼痛性股関節群の
験者の同意を得た。
術前後の日本整形外科学会股関節機能
判定基準(JOA スコア)、正常股関節群及
トカインの発現と感覚神経線維の増生
び疼痛性股関節群の滑膜組織における
を検討したことである。症例・対照研究
各抗体の陽性率である。それぞれ
であり、対象者数もこれまでで最も多い。
Mann-Whitney の U 検定、Wilcoxon の順
Mach ら[11]は免疫組織化学的手法を用
位和検定、Fisher の直接確率法を用い、 いてマウスの大腿骨の感覚神経と交感
p 値< 0.05 を有意とした。
結果
神経の支配を明らかにした。Saxler ら
[12]はヒト股関節の免疫染色を行い、関
節包と滑膜に substance P 陽性神経及び
正常股関節群の手術時年齢は平均 77 歳
CGRP 陽性神経を認め、陽性神経は大腿骨
(63 歳~88 歳)であり、疼痛性股関節群
頚部骨折患者より変形性股関節症患者
の手術時年齢は平均 59 歳(48 歳~79 歳)
の方が多かったと述べている。しかし、
であった。正常股関節群の手術時年齢は
症例数がわずか 3 例ずつと少なかった。
有意に高かった(p=0.001)。疼痛性股関
本研究では、正常股関節群では術中に滑
節群の術前 JOA スコアは平均 40 点(12
膜炎がなく関節軟骨の変性がないこと
点~62 点)であり、術後 JOA スコアは平
を確認している。また、疼痛性股関節群
均 88 点(73 点~100 点)であった。JOA
では術中に滑膜炎による滑膜組織の増
スコアは術前後で有意に改善した
生と軟骨変性を認め、THA により股関節
(p=0.001)。術前にみられた疼痛は THA
の除痛と機能改善が得られた。このこと
により全例除痛が得られた。
から本研究は股関節由来の痛みを捉え
滑膜組織における NFκВ陽性率は疼痛
た研究であると判断している。
性股関節群で 68%(26 股)であったが、正
TNF-αは末梢神経系での炎症メディエ
常股関節群では 0%(0 股)であり、2 群間
ーターであることが知られている。TNF-
に有意差を認めた(p=0.003、図 3)。TNF-
αは炎症や神経損傷の際にマクロファ
α陽性率は疼痛性股関節群で 63%(24 股)
ージやシュワン細胞、活性化 T 細胞から
であったが、正常股関節群では 0%(0 股)
産生される。TNF-αは感覚神経からも産
であり、2 群間に有意差を認めた
生されることがあり、神経因性疼痛に関
(p=0.006)。CGRP 陽性率は疼痛性股関節
与しているとされる。TNF-αは疼痛伝達
群で 61%(23 股)であったが、正常股関節
のみならず、組織障害を惹起し、疼痛過
群では 0%(0 股)であり、2 群間に有意差
敏を引き起こす。NFκВは核内の転写因
を認めた(p=0.008)。TuJ-1 陽性率は疼痛
子であり、真核生物の細胞に広く分布し、
性股関節群で 50%(19 股)であったが、正
細胞の増殖や生存に関与している。NFκ
常股関節群では 0%(0 股)であり、2 群間
Вは TNF-α等の刺激により活性化され
に有意差を認めた(p=0.029)。
ると、TNF-αの産生シグナルを発現する
考察
本研究の特色は、免疫組織化学的手法
を用いてヒト股関節組織の炎症性サイ
ことで、さらなる炎症を引き起こす。
Shirai ら[10]は股関節の痛みは臼蓋関
節唇の変性断裂により滑膜炎を生じ、滑
膜炎により関節唇への血管新生と神経
線維の進入を生じるためであるとの仮
きると期待される。
説を述べている。本研究では、疼痛性滑
本研究にはいくつかの限界がある。第
膜組織内に TuJ-1 及び CGRP 陽性神経線
一に滑膜組織以外の検討を行っていな
維を認めた。一般に TuJ-1 は全ての神経
い点である。股関節組織として関節唇、
のマーカーであるが、CGRP 陽性神経線維
臼蓋及び骨頭の骨軟骨組織等も疼痛に
は炎症性疼痛に関連が強い事が示唆さ
関与している可能性があり、今後検討を
れている。NFκВを介して炎症細胞から
行う必要があると考えている。第二に
産生された TNF-αが神経線維の股関節
TuJ-1、CGRP、TNF-α、NFκВ以外の発
内への進入に関与することを示唆して
現について検討していない点である。
いると考えられた。
TNF-αを選んだ理由は臨床応用に最も
ヒト股関節の神経支配や疼痛物質の解
近いと考えたからである。現在、
明は変形性股関節症への臨床応用が期
Interleukin-6 (IL-6)や nerve growth
待できると考えている。TNF-αが股関節
factor (NGF)を標的にした生物学的製剤
の痛みに関与しているとすれば、TNF-α
の開発が進められており、これらのサイ
の発現を抑制することにより除痛効果
トカインについても研究を進める必要
が得られる可能性があり、難治性疼痛に
がある。第三に免疫組織化学染色は定性
対する治療法となりうる。抗 TNF-α阻害
的評価である点である。今後、定量的評
薬はすでに関節リウマチで臨床応用さ
価として酵素抗体法などを行う予定で
れており、変形性股関節症に対しても有
ある。第四に正常股関節群として大腿骨
効性が期待される。海外では抗 TNF-α阻
頚部骨折患者を選択した点である。外傷
害薬をはじめとする生物学的製剤の変
の影響が否定できないことや、有意に高
形性関節症への治験が報告されている
齢者が多く含まれる結果となった。しか
[13]。また、ヒト疼痛性股関節に感覚神
し、倫理的配慮から全くの正常股関節組
経の進入が関与しているとすれば、神経
織を採取する事は極めて困難である。過
ブロックによる除痛効果が期待できる。 去の報告でも大腿骨頚部骨折患者を正
西須ら[14]は、体外衝撃波照射は自由神
常股関節群としていることから、研究デ
経終末を破壊することにより除痛効果
ザインは妥当と判断した[Saxler]。
をもたらすと述べている。体外衝撃波療
法は 2008 年に我が国で初めて臨床応用
が厚生労働省に認可された。これらの新
結語
変形性股関節症の滑膜組織に炎症性サ
しい治療法の安全性と有効性が確立す
イトカイン及び感覚神経線維の増生を
れば、変形性股関節症の治療の選択肢の
認め、疼痛伝達に関与することが示唆さ
1 つとなりうる。THA の回避が可能とな
れた。
れば、結果として医療費の削減につなが
ることが期待できる。また、THA に至る
時期を遅らせることができれば、再置換
術を要する症例を減少させることがで
謝辞
本研究は、公益財団法人日本股関節研
究振興財団の研究助成をもとに行いま
した。心より感謝いたします。
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図表
図 1a 滑膜組織中の CGRP 陽性線維
図 1b 滑膜組織中の TuJTuJ-1 陽性線維
同一切片で二重染色される神経線維を認める。
図 2a 滑膜組織中の TNFTNF-α陽性細胞
図 2b 滑膜組織中の NFκ
NFκВ陽性細胞
同一切片で二重染色される炎症細胞を認める。
図 3 股関節滑膜組織における各サイトカインの陽性率
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