人工股関節置換術後脱臼を予防する椅子の高さの検討

人工股関節置換術後脱臼を予防する椅子の高さの検討
3階南病棟 ○古瀬奈緒子 江口安紗子 小川麻子 乾広貴 野原昌子 supervisor 貝原信孝
はじめに
人工股関節置換術(以後 THA と表記)は、除痛及び
歩行能力を獲得することで患者の日常生活動作を大き
く改善させる。その一方、可動域の大きい股関節を人
工関節に置換するため安全な可動域を超えると、脱臼
してしまう可能性がある。一度脱臼すると患者には多
大な苦痛を伴い ADL 低下を引き起こす要因となる。
当科では、
年間数例が THA 術後脱臼をおこしている。
今の術前指導には、患者一人一人に対する明らかなガ
イドラインはなく、患者の術後脱臼予防に十分に寄与
しているとは考えにくい。
そこで、患者が座位をとる際に脱臼肢位をとる可能
性の低い椅子の高さを測定し、それを常に想起させる
ことによって、術後脱臼予防をしながら日常生活を安
全に送ることができるであろうと推測し研究に取り組
んだ。
その結果、身長と椅子の高さは相関がみられ、脱臼
予防できる椅子の高さが示唆されたので報告する。
用語の定義
脱臼肢位:股関節の過屈曲位または、屈曲・内転・内
旋位
Ⅰ 研究目的
THA を受けた患者への実用性のある椅子の高さのス
ケールを作成し、脱臼予防につなげる。
Ⅱ 研究方法
1 研究期間 平成 20 年 9 月~平成 21 年 8 月
2 対象 当院女性職員 51 例 身長 145cm~170cm
(平均 156.2cm)年齢 21 歳~59 歳(平均 37.7 歳)
3 方法
1)被検者は裸足で背もたれのある椅子に深く座
り、
股関節及び膝関節が屈曲 90 度となる椅子の高
さ A を測定する。
2)A の高さから立ち上がるときに必要な股関節
屈曲角度αを測定する。
3)被検者は椅子に座り、股関節屈曲 100 度を許
容した状態で立位をとる。その時に必要な椅子の
高さ B を測定する。
4)測定の椅子は、
「サンワ サプライ OA チェア」
を使用し、
測定時は同一の物品を使用した。
また、
一人の実験者が測定を行い、測定値のばらつきが
ないように行った。
4 分析方法 統計ソフト JSTAT を使用。ピアソン
の相関係数とその検定により、身長と A、年齢
とα、
身長と B のデータを用いて分析を行った。
5 倫理的配慮 被検者に対して、研究目的・方法
を口頭で説明し、個人情報の保護、研究結果は本研
究以外に使用しないことを説明し同意を得た。
Ⅲ 結果(ピアソンの積率相関係数)
B=0.2775×身長+0.094096 により脱臼予防できる
椅子の高さを求めることができることがわかった。
平均値
相関係数
危険率
A(cm)
36.4
0.75
p<0.0001
α(度)
129.7
0.2
p=0.15
B(cm)
43.4
0.61
p<0.0001
A:y=-14.831+0.32786x α:y=120.43+0.24618x
Ⅳ 考察
今回身長と椅子の高さや、股関節屈曲角度を比較す
ることによってその関連性を明らかにした。
まず、
一般的に座りやすい椅子の高さ A を測定した。
A は身長に依存し、強く相関することがわかった。椅
子の高さは下肢の長さに依存する印象があるが、文献
により、身長と下肢長は有意に相関することがわかっ
ており、測定にばらつきの少ない身長を参考にした方
が良いと考え、測定項目に下肢長は入れなかった。ま
た A の時は、股関節が約 130 度屈曲しないと立ち上が
れないことがわかった。これは、THA 術後の患者の殆
どが脱臼肢位を取ることを意味している。
THAを受ける患者の多くは60歳を超えている高齢者
であり、筋力低下が背景にあることが想起できる。そ
のため、年齢と椅子の高さ A の時の股関節必要屈曲角
度αに関連があるかどうかを測定したが、関連性はな
かった。しかし、今回の対象者は 59 歳までと若く、THA
を受ける患者の年齢層との関連性については断定でき
ない。
Mark 氏らが指導している、股関節屈曲を 100 度まで
許した場合の椅子の高さ B を測定した。
A の値より 7cm
高くなり、身長に相関することが判明した。
今回は職員によるデータ収集を行い、身長と椅子の
高さ B の相関があることがわかったが、60 歳以上のデ
ータ収集ができなかったこと、また、実際に患者へ指
導するまでには至らなかったことが今後の課題である。
Ⅴ 結論
・
THA 術 後
患者が、椅子の高さ A から立ち上がると、脱臼肢
位をとることが明らかになった。
・
THA 術 後
脱臼肢位にならない椅子の高さ B も、身長に相関
する。
・
60 歳以下
の健常者では、B=0.2775×身長+0.094096 により、
個人に合わせた椅子の高さを求められる。