冷たい季節風がやってくる(ロシアの「ミストラル型強襲揚陸艦」購入と極東配備) 公益財団法人水交会研究員 保井信治 H27.4.10 本原稿は昨年末に JBpress に投稿して「ロシアがフランスから買う最新鋭軍艦の威力―ミストラル型強襲揚陸艦に日本はどう対応すべき か―」のタイトルで掲載されたものである。その後、仏露首脳は幾度かウクライナ情勢を巡る会談を行っているが、 「ミストラル型強襲揚陸 艦」を巡る輸出禁止処置は今も継続されたままである。本文中に記している「遅くとも本年春までにはロシアに回航されるだろう」との予 想は外れた。しかし、ニュースなどで伝えられる強硬な対決姿勢の背後では落としどころを探るしたたかな交渉が繰り広げられていること であろう。多少のずれ込みはやむを得ない情勢であるが、今も基本的な路線に変更はないものと考えている。なお、最後に「強襲揚陸艦(仏・ 米・中・韓)と輸送艦・ヘリコプター搭載護衛艦(日)の比較表」を付加しているので参考にしていただきたい。 *** 冷たい季節風がやってくる(ロシアの「ミストラル型強襲揚陸艦」購入と極東配備)*** はじめに ロシアが既に 12 億ユーロの代金を支払いフランスから購入する「ミストラル(MISTRAL) 」型強襲揚陸艦を紹介する。昨年来各種マスコミ 報道にもみられるとおり、ウクライナ情勢に伴いその去就が注目されてはいるが計画は予定通 り着実に進展している。 「ミストラル」とはフランス語で「季節風」 (南フランスに吹く乾燥し た冷たい北風)を意味する。ロシアは 2 隻の同型艦を発注しそのうちの 1 隻「ウラジオストッ ク」は本年9月の時点で約200人のロシア海軍兵士を乗せフランスはサンナゼール近海にて 海上試験を実施中である。ウクライナ情勢が現状を維持するならば必要な試験を終わり次第、 または遅くとも来年春までにはロシアに回航されるだろう。2 番艦「セヴァストポリ」も20 15年中に完成の予定であり、その回航要員も既にフランス入りしている。2 隻はいずれもサンク トペテルブルグに回航後必要な艤装及び乗員の慣熟訓練等を行うがそれぞれ 1 年後にはウラジオ ストックに回航されてロシア太平洋艦隊に配属されることが決まっている。つまり 2015 年末から 2016 年春頃にかけて1番艦「ウラジオストック」は日本近海を航行してウラジオストックに入港 フランス海軍ミストラル型強襲揚陸艦(ウィキ ペディアより) するだろう。 1 冷たい季節風がやってくる(ロシアの「ミストラル型強襲揚陸艦」購入と極東配備) 公益財団法人水交会研究員 保井信治 H27.4.10 1 主要性能要目 フランス海軍強襲揚陸艦「ミストラル」の主要性能要目は以下のとおりである。 (1) 満載排水量約 2 万 1500t、全通甲板形 (2) フランス海軍初の統合電気推進艦(ディ―ぜル・エレクトリック推進方式)合計20.8 Mw(約1万 9 千馬力) 、ポッド型推進器×2基 (3) 商船規格(自動化が進み・居住性も改善)を採用したことから、前型のフードル型揚陸艦 (仏海軍、満載排水量1万 2000t)の約 2 倍以上の大型艦でありながら大幅に船価を低 ポッド型推進器(Passenger Ship Queen Marry II) 減及び約50%の工期を短縮。 (4) 強襲揚陸作戦における中核的な指揮能力を有する。また、単艦でも強襲揚陸作戦を実施で 独立行政法人 海上技術安全研究所 きる。 (5) 医療設備など複合的な機能を有する。 (6) 装備は小型艇対策の30mm機銃×2及び12.7mm機銃×4、対空装備としてミストラル近接防空ミサイル(射程約6km)用連装発 射機×2基のみ。 格納区画等 格納可能数等 飛行甲板 車両甲板 ウエルドック 医療区画 HS 発 着 ス ポ ッ ト 6 カ 所 ルクレール戦車のみの場合 揚陸艇は最大LCM(大型) 手術室×2、55床である ハンガーに最大16機程度 13両、他の戦闘車両なら ×8+LCU(小型)×4 が、増床・医療モジュール の中・大型 HS(回転翼機) 60両程度、HS を搭載しな 又はLCAC(ホバークラ 搭載可能 収納可能 い場合更に200両程度搭 フト)×2を格納可能 載可能 商船規格で建造されていることからダメージコントロールにやや不安があるのではないか、及び最小限の武器しか装備されていないことを 除けば、多様な航空機及び上陸用舟艇並びに戦車、車両を多数搭載できる同艦は、ロシアにとっても平時、有事を問わず多目的に活躍できる 垂涎の一艦であることは間違いない。 2 冷たい季節風がやってくる(ロシアの「ミストラル型強襲揚陸艦」購入と極東配備) 公益財団法人水交会研究員 保井信治 H27.4.10 2 ロシア海軍はなぜフランスから軍艦を購入するのかーロシア造船産業の現状― それではなぜロシア海軍はフランスから軍艦を購入しなければならないのだろうか。ソ連崩壊後、 ソ連の造船業界は往時の面影をとどめないほどに衰退したといわれていた。実は、後述する「ステレグ シュチイ型」コルベット艦(満載排水量 2200t)の 1 番艦が 2007 年に就役するまで、ロシアではソ連 崩壊前後に起工された新型水上艦艇は 1 隻も就役していない。しかし、2000 年に成立したプーチン政 権は、同年、 『ロシア連邦海洋ドクトリン』と呼ばれる文書を公表した。同文書では、政策遂行手段と しての海軍の重要性に言及した上で、特に、北極海航路及び同大陸棚、排他的経済水域の主権的権利の 確保及び同方面からの安全保障のために多くの紙幅を使い、2020~2030 年の長期的展望において「北 洋及び太平洋艦隊に空母を基幹とする艦隊の編制」を唱えた。地球温暖化にはロシアに思わぬ恩恵をも 現役復帰した重航空巡洋艦アドミラル・クズ ネツォフ(ウィキペディアより) たらすという一面があるのである。以降、艦艇の外洋行動が復活し、また、艦艇の建造・修理も再び活 性化し始めた。たとえば 2001 年 12 月に前述の「ステレグシュチイ」が起工され、2007 年11月に就 役した。2004 年 9 月にはロシア海軍唯一の空母「アドミラル・クズネツォフ」 (写真上)が長期修理を 終えて現役復帰した。2006 年 2 月にはフリゲート艦「アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソ ユーザ・ゴルシコフ」 (満載排水量 4500t)(写真下)が起工され、2013 年に就役している。また、2013 年には予備保管状態に置かれているキーロフ級原子力巡洋艦「カリーニン」 (満載排水量 2 万 4500t) の現役復帰が認められ大規模な近代化改修の契約が結ばれた。つまり、ロシアの造船産業はフリーゲー ト艦までの建造能力は復活したが1万トンを超える大型艦については修理と一部近代化まで、建造能力 には依然として不足していると思われる。原因として、ソ連海軍の空母を含めた大型艦の多くはウクラ イナ国内の造船所で建造されたがウクライナ独立後はこの造船所が使用できないこと。そのため多くの 熟練工も同時に失ったこと。その一方で、長期にわたり軍艦を新造していないことによりロシア国内に 最新型フリゲート艦アドミラル・ゴルシコフ (ウィキペディアより) 新たな技術者の養成、維持ができなかったこと。加えて、航空機に比較すると約2倍といわれる裾野企 業群が大型艦を建造するには未だ十分に復活していないことなどが推定される。因みに我が国の場合、関係企業数は戦車が約 1300 社、戦闘 機は約 1200 社、護衛艦は約 2500 社といわれている。 3 冷たい季節風がやってくる(ロシアの「ミストラル型強襲揚陸艦」購入と極東配備) 公益財団法人水交会研究員 保井信治 H27.4.10 潜水艦も新造されている。ラーダ型通常動力潜水艦、ボレイ型弾道ミサイル原子力潜水艦、ヤーセン型多用途原子力潜水艦が建造中であり、 ラーダ型 1 番艦は 2010 年 5 月 8 日に就役し、ボレイ型 1 番艦及びヤーセン型 1 番艦はそれぞれ 2013 年及び 2014 年に就役している。 しかしこれらの潜水艦も計画されたのはソ連崩壊前後のことであり、ようやく陽の目を見るものである。水上艦も同様であるが、欧米の新 型艦と比較する場合、時代遅れの感がするのを否めない。 なお、2008 年 2 月、ロシア連邦軍機関紙『赤い星(クラースナヤ・ズヴェズダー)』は、ロシア海軍 が 2012 年から 2020 年に掛けて、 「4 隻の中型クラス航空母艦」を起工する計画であることを掲載した。 同紙によれば、新型航空母艦は北方艦隊と太平洋艦隊に配備される予定である。この記事は先に述べた 「ロシア連邦海洋ドクトリン」に沿った動きであるが、同ドクトリンに比較して 10 年前倒しした計画 となっている。しかし、2014 年に至るもロシア海軍が空母を起工したという報道は見られない。参考 のため、ロシアがソ連時代に起工したものの工事を進めることができず解体された「ウリヤノフスク型 ウリヤノフスク型原子力空母(1988 起 原子力空母」の要目を紹介する。ロシアが本格的空母を保有するのはまだまだ先の話であろうが、建造 工‐1992 解体)。満載排水量 7 万 9000 にはフランスの技術が参考にされるはずだ。因みに中国は密かにこの「ウリヤノフスク型原子力空母」 トン。搭載機 Su-33/MIG-29/YAK-44 の設計図を入手しているという。 (70 機+)ウィキペディアより 3 なぜ「ミストラル型強襲揚陸艦」を購入するのか ロシア海軍は最終的にミストラル型強襲揚陸艦4隻を保有して、欧州及び極東に 2 隻ずつ配備する計画である。その内、1 番艦及び 2 番艦を今回 フランスから購入する。建造に際しては船体の前部は仏で建造し、後半部はロシアで製造したのちフランスに回航して結合する。プロペラシャフト を必要としないポッド型推進器を採用したことからこのような建造方式も可能となった。ポッド型推進器には電動モーターが内蔵され電源さえ供給 されればスクリューを回しかつ自身も旋回して船の進行方向を変えることができる。その後必要な試験及び乗組員に対する訓練を行った後再びロシ アのサンクトベルグに回航し同地の造船所でロシア製武器類を装備する。対空・対艦・対潜ミサイル並びに対潜ヘリコプター関連装備であり、「ミ ストラル」に比較するとかなりの重装備になりそうである。護衛艦艇が揃っていないロシア海軍の現状では当然の選択であろう。また、情報処理装 置は 1 番艦にはフランス製を搭載するが、2 番艦はロシア製を装備する。ロシア製の武器を搭載する以上、ロシア製の情報処理装置を搭載すること が本来あるべき姿である。 4 冷たい季節風がやってくる(ロシアの「ミストラル型強襲揚陸艦」購入と極東配備) 公益財団法人水交会研究員 保井信治 H27.4.10 ここにメドヴェージェフ大統領(当時)が 2008 年にロシア海軍空母「アドミラル・クズネツォフ」の戦闘区画を視察中の写真がある。こ の写真には、情報処理装置用と思われる表示・操作機器が写っているがブラウン管を使用した いかにも時代遅れな機器である。このことからも建造技術に留まらず装備全般についても、ロ シア海軍当局の新技術に対する焦りすら想像することができる。 なお、ロシア太平洋艦隊には 2012 年にイワン・ロゴフ型揚陸艦(1万4千t)除籍されて 以降、大型揚陸艦が 1 隻もなく、国後島は言うまでもなくカムチャッカ半島南東部、太平洋に 面するペトロパヴロフスク基地に対する補給にも苦労しているに違いない。今回の 2 隻が先ず 太平洋艦隊に配属される理由であろう。報道によれば、2 隻の購入にロシアが支払った価格は 約12億ユーロには技術移転及び研修経費等約 2 億ユーロが含まれている。残る2隻はロシア 国内で建造される計画であるという。 因みに、国後島に駐留するロシア軍は 1 個師団約 3500 名である。メドヴェージェフ大統領 アドミラル・クズネツォフを視察中のドミトリー・ メドベージェフ大統領(当時)、ウィキペディアより は 2010 年国後島基地を訪問し装備近代化に言及している。これもロシアの海洋ドクトリンに 沿った動きである。また、ペトロパヴロフスク基地にはロシア太平洋艦隊の作戦統制下にロシア連邦軍北東群集団が置かれ、陸軍は 1 個砲兵 旅団、1 個高射ミサイル連隊等、空軍は 1 個独立戦闘機航空連隊、海軍は 1 個潜水艦隊(隷下に原子力潜水艦等約 20 隻) 、1 個海軍歩兵連隊 等が所在する。既述のとおり地球温暖化に伴いロシアにとって国後島及びペトロパヴロフスクの戦略的重要性は一層高まっている。 おわりに ロシアの「ミストラル型強襲揚陸艦」購入に関連した話題を紹介したい。 (1) ロシアは一時韓国から強襲揚陸艦「独島」の購入も検討したが、結局「ミストラル」を選択した。実は、ロシア総合造船会社はミ ストラル型ではなく独島型の購入を主張した。確かにウラジオストックに近い韓国からしかも安価に購入できることは魅力であろう。 しかし「独島」には様々な欠陥(①近接防御用高性能機関砲の射界問題②発電機故障に起因するブラックアウト事象等)が表面化し ている。これらを勘案したのであろう。国内におけるロシア海軍の発言力も復活してきていることが窺える。 5 冷たい季節風がやってくる(ロシアの「ミストラル型強襲揚陸艦」購入と極東配備) 公益財団法人水交会研究員 保井信治 H27.4.10 (2) ロシアから武器を購入して手本とした中国であるが、ロシア海軍の「ミストラル」購入は、うすうす気づいていたロシアの軍事技 術の後進性に、こと軍艦に関する限り確信を抱かせたに違いない。中国が国を挙げて欧米軍事技術の入手に血道を上げる現状にさら に拍車をかける一因となったことは容易に推定できる。 (3) ウクライナ問題生起後米国はじめ西側同盟国は同契約の破棄をフランスに求めている。7カ国(G7)首脳会議(2014 年ブリュッ セル)の機会にオバマ大統領自身オランド仏大統領に直接反対の意を伝えたという。しかし、フランスは既に代金を受け取り、乗員 訓練も実施中である。引き渡しが遅れることがあっても売却の方針に変更はあり得ないだろう。一方のアメリカであるが、既に新型 強襲揚陸艦「アメリカ型」 (4万6千t)が 2014 に就役していること。かつ、現状、佐世保に強襲揚陸艦「ボノム・リシャール」 (4 万1000t)及び「ジャーマンタウン」等 1 万 6000t 級 3 隻を保有していることから、このことが直ちにアメリカの極東軍事戦略 に大きな影響を及ぼすとは考えにくい。アメリカは不快感を表明するにとどまるはずだ。 2013 年 6 月 2 日小野寺五典防衛大臣(当時)がシンガポールでドリアン仏国防相との会談で、ロシアへの「ミストラル型強襲揚陸艦」 売却は極東の勢力均衡を崩すとの懸念を示した。ロシアが保有すれば、中国も全通甲板型強襲揚陸艦の保有に走ることは疑いない。近い 将来、現状以上に米海軍の増強は見込めないことを勘案すれば当然の発言である。一方で、小野寺防衛相は訪米(2014 年 7 月)、サンデ ィエゴの米海軍基地を訪れ、 「強襲揚陸艦」を念頭に、新型艦艇の海上自衛隊への導入を本格検討する意向を表明している。新型艦艇に ついては多機能艦と呼称されているが、同艦であれば、1 隻で「おおすみ型」輸送艦 3 隻及び「いずも型」ヘリコプター搭載護衛艦 1 隻 分の機能を賄うことができる。まさに多機能に活躍できるだろう。防衛省では 27 年度概算要求に多機能艦艇の海外調査費を計上してい る。近隣諸国の動静を見ながらも早期実現を期待したい。 6 冷たい季節風がやってくる(ロシアの「ミストラル型強襲揚陸艦」購入と極東配備) 公益財団法人水交会研究員 保井信治 H27.4.10 参考:強襲揚陸艦と輸送艦・ヘリコプター搭載護衛艦の比較(ウィキペディア) 艦名 ミストラル(仏) おおすみ(日) いずも(日) ボ・リシャール(米) アメリカ(米) 独島(韓) 崑崙山(中) 満載排水量(t) 2万1500 1万4000 2万6000 4万1000 4万5570 1万8800 2万 全長・全幅(m) 199・32 178・25.8 248・38 253・42.8 257・32.3 199・31 210・28 機 関 ディ―ゼル電 ディ―ゼル ガスタービン 蒸気タービン ディ―ゼル電 ディ―ゼル ディ―ゼル 気推進 20.8Mw 2 万 6 千馬力 11 万 2 千馬力 7 万馬力 気推進 39.4Mw 2 万 6 千馬力 4万7千馬力 +ガスタービ ン 7 万馬力 最大速力(Kt) 18 22 30 20 22 23 22 乗員(輸送) 160 137 470 1100 1064 330 ??? 揚陸部隊(人) 900 330 400 1900 1687 400~700 500~800 搭載可能機 戦車 or 戦闘車 LCAC HS×16 HS×14 HS5 機搭載 13輌 or 60 輌 10 両 or 65 輌 大型車50輌 ハリアー×20 固定翼機×20 HS×10(現状艦 HS×42 HS×10 載 HS なし) 5 輌 & 105 輌 10 輌 or 16 輌 HS×2~4 水陸両用 15~20 輌 2(LCM×8) 手術室×2 その他 スマトラ沖地震 2 × 3(LCM×12) 1~2 × 4 オスプレイ発 「ひゅうが」 佐世保 計画 3 隻も中断 同型艦 3 隻 着艦 オスプレイ格 手術室×6 1隻 南海艦隊 納実績 8 番艦以降は 装備上、運用上 CODLOG の欠陥表面化 7
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