1951.「君主論」は16世紀のイタリア、フィレンツェ共和国の官僚

1951.「君主論」は16世紀のイタリア、フィレンツェ共和国の官僚マキャベリの著作である 。…
福井新聞「越山若水」2013.6.27.
(傍線:吉田祐起引用)
「君主論」は16世紀のイタリア、フィレンツェ共和国の官僚マキャベリの著作である。目的のため
には手段を選ばないやり方や残虐な行為を肯定してることから、悪徳の書とも評された
▼例えば、人間は報復を恐れ「愛されるよりも、恐れられる者に服従する」 という。また「リーダー
にとって力は約束より大切」と説き裏切りさえ容認する
▼このため権力のためなら反道徳や謀略もいとわない思想を「マキャベリズム」と呼ぶようになっ
た。当時のイタリアは戦乱の時代で、きれい事で済まない事情もあった
▼ただ論調のすべてが過激なわけではなく本質をとらえた言葉も多い。チャンスについてマキャベ
リはこう述べている。「チャンスが到来してから準備を始めるのでは遅すぎる」
▼チャンスは突然やって来る。すぐに捕まえないとどこかへ逃げてしまう。だからどんな事態にも備
える心構えが重要と強調する(「超訳マキャベリの言葉」本郷陽二著)
▼国会が閉幕し参院選が事実上スタートした。最大の争点は安倍首相が推進する経済政策「アベノ
ミクス」。今のところ支持派の方が優勢を保っている
▼しかし為替・株式市場では一時の勢いが陰りを見せ、国民からは実感がないと不満の声も聞こえ
る。いつ風向きが変わっても、準備は万端整っているか。攻めるも守るも、細心の戦略が求められ
る参院選である。
ヨシダコメント:
「悪徳の書」という悪いイメージの「君主論」。ヨシダにとっては、途中まで読んで諦めた経緯のある
書物です。古典って、深みのある書物ですよね・・・。「チャンスが到来してから準備を始めるのでは
遅すぎる」とは、何時の世でも手遅れです。「準備してチャンスに備えよ」ですね・・・。
フィレンツェ共和国(Repubblica fiorentina, Repubblica di
Firenze)は、かつてイタリアに存在した国である。首都はフ
ィレンツェ。13世紀頃共和制となる。当初は寡頭政治であっ
『君主論』表紙
マキャベリ
Niccolò
Machiavelli
たが、政争の末、メディチ家が台頭する。共和国との名で
著者 ニッコロ・マキャヴェッリ
はあるが、15世紀にコジモ・デ・メディチが支配して以降
発行日 1532 年
は、実質的にはメディチ家が支配したシニョリーア制であっ
国 フィレンチェ
た。1532年アレッサンドロ・デ・メディチがフィレンツェ公とな
言語 イタリア語
るとともにフィレンツェ公国(Ducato di Firenze)となった。
(ウィキペディア)
マキャベリの名言の幾つか:
天国は退屈な人間しかいない
天国へ行くのに最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである。
良い面を残そうとすれば、どうしたって悪い面も同時に残さざるをえないのである。
中ぐらいの勝利で満足する者は、常に勝者でありつづけるだろう。
ある人物を評価するに際して最も簡単で確実な方法は、その人物がどのような人々とつきあってい
るかを見ることである。
人間というものは、困難が少しでも予想される事業には、常に反対するものである。
民衆とは、キケロも言ったように、無知ではあるけれども真実を見ぬく能力はもっている
好機というものは、すぐさま捕えないと、逃げ去ってしまうものである。
No.1(1-300) No.2(301-400) No.3(401-500)
No.4(501-700)
No.8(1101-1300) No.9(1301-1500) No.10(1501-1700)
No.5(701-900)
No.7(996-1100)
No.11(1701-1900) No.12(1901-2000)