土木・産業遺産を中心とした歴史的環境の利活用による 地域活性化の取り組みに関する海外調査報告 ~ドイツの取り組みを事例として~ ○阿部貴弘 1・高木宏二 2 キーワード 土木遺産、産業遺産、歴史的環境、まちなみ景観、地域活性化 概 要 近年、地域の発展を支えてきた土木遺産や産業遺産をはじめとした、地域の歴史的環境の保全・活用に対する関心 が高まりを見せている。本調査では、今後の歴史的環境の保全活用に関する業務展開を先進的に図るため、先進地ド イツの取り組みについて実態調査・情報収集を行い、今後の我が国における施策展開(業務展開)に向けて重要とな る思想、取り組み体制、創意工夫等を把握した。 1. 調査概要 ドイツは、産業遺産を活用した大規模な地域再 生の取り組み、歴史的環境を観光資源の基幹とし て、景観施策と連動させて保全・活用を図り、世 界的な観光地と成功した事例を有するなど、歴史 的環境の保全・活用の先進地である。 今後の歴史的環境の保全活用に関する業務展 開を先進的に図る上で、こうした先進地における 取り組みの調査および情報収集を行うことは、き わめて効果的である。そこで、本調査では、ドイ ツにおける、歴史的環境や景観資源を活用した地 域活性化および観光振興の取り組みについて、現 地視察を実施し、取り組みの現状について情報収 集および分析を行うことを目的とする。 2. 調査結果 2.1. IBA エムシャーパークプロジェクト (1) 概要 IBA エムシャーパークは、ドイツ北西部のルー ル地方のエムシャー川流域に位置する(総面積 。プロジェクトの中心は国際コンペ方 約 800km2) 式による「エムシャーパーク国際建築博覧会 (1988~1999 年) 」である。ルール地方が重工業 産業の下で被ってきた環境や景観に対する障害を 除去し、工業的な景観の中で生活する住民の生態 系的・都市的・社会的な条件を改善することを目 的に、工業的景観の修景(緑地帯の再生 、河川水 系の環境改善、歴史的遺産の保全活用) 、住宅や産 業拠点の面的な再生(住宅を核とする都市再生、 産業パーク構想)が進められた。 ○調査日:平成 19 年 8 月 30 日~9 月 7 日 本調査においては、以下の 3 地点を訪問した。 ○調査対象: IBA エムシャーパークプロジェクト 【ツォルフェライン炭鉱業遺産群】 -世界遺産ツォルフェライン炭鉱業遺産群(エッセン) かつて(1930 年の開設当事)の世界最大かつ -北部ランドシャフト公園(デュイスブルグ) 最新の採炭施設。1986 年の閉鎖後、全施設の改修、 -内陸港再開発(デュイスブルグ) 保全、再利用が計画・実施された。27ha の敷地に ライン河畔再開発(デュッセルドルフ) ロマンティック街道およびアルペン街道 20 もの建造物群を保存利用され、IBA 期間の終了 -ノイシュヴァンシュタイン城(ロマンティック街道) までに、ビジターセンター、工房、オフィス、外 -リンダーホフ城(アルペン街道) 構緑地、デザイン博物館などが完成し、2001 年に -オーバーアマガウ(アルペン街道) ミュンヘン市街景観規制(ミュンヘン) はユネスコ世界遺産に登録された。IBA 期間が終 ドイツ博物館(ミュンヘン) 了した現在でも事業が継続されている。 1 2 社会政策本部 総合計画部 大阪本社 総合計画部 【北部ランドシャフト公園】 IBA エムシャーパークにおける大規模産業用 地の緑地公園整備プロジェクトの代表例。操業を 中止した製鉄所施設の機械設備・建屋をモニュメ ントとして保存しているほか、 「産業博物館」 「屋 外劇場」 「ロッククライミングや綱渡りなどの冒 険公園」 「通常の市民公園」等も整備され、周辺を 200ha に及ぶ広大自然保護地区が取り囲んでいる。 【デュイスブルグ内陸港】 1900 年当事のドイツの穀物市場の発展を支え た世界最大規模の内陸港。第 2 次世界大戦後、重 要性を失い取り壊しの危機に晒された倉庫等を活 用し、住宅、商業、観光などの多機能サービス産 業パークとして再生した。現代美術館、レストラ ン、バー、周遊船の発着場などの施設が設けられ、 新たな内陸港としての賑わいを創出している。 保存されたツォルフェライン炭鉱業遺産 ランドシャフト公園の緑地 ドックを滑り台に(ランドシャフト公園)デュイスブルグ内陸港のオープンカフェ (2) 調査結果及び考察 ①圧倒的な規模の大きさ ツォルフェライン及びランドシャフトパーク の産業施設群は圧倒的な規模を誇り、博物館、大 学などの施設が整備されている。ツォルフェライ ンを視察した日には、芸術家達作品を展示するイ ベントや結婚式が行われていた。寒さの厳しい冬 場には、水路設備をスケートリンクとして活用し ている。ランドシャフトパークでは、遺構そのも のをロッククライミングや滑り台に加工している ほか、夜間には遺構をライトアップして、幻想的 な趣きを演出している。圧倒的規模を誇るがゆえ のことだが、考えられるあらゆるアイデアを実現 したことが、広く市民に受け入れられ、多くの来 訪者で賑わう現状につながっていると考えられる。 ②徹底した緑の再生 かつて重化学工業の発展と引き換えに失われ てしまった自然環境を、ランドシャフト公園では 大規模に再生している。広大な芝生広場と木々の 風景は、緑豊かな“田舎の風景”の印象である。 乗馬体験など行える仕掛けを含めて、かつての破 壊された自然環境という印象は少ない。奥に垣間 見える工場跡の風景が、唯一かつての公害の面影 を残している。 ②継続的取り組み ツォルフェライン炭鉱業遺産群には、まだ未整 備(どちらかというと廃墟的な)の箇所が多く残 り、世界遺産であることがにわかには信じ難い。 IBA(国際建築博覧会)の期間を終えても、事業 を継続させ、長期的視野で維持・発展させようと する思想が現れている。逆に言えば社会潮流等の 変化に合わせ、今後も遺産の活用方策の変更を柔 軟に行うことが出来ると考えられ、日本での取り 組みにおいても大いに見習うべきところである。 ③住・職等とのマッチング ツォルフェライン産業遺構の周辺には、豊かな 自然の中に、住居や育児施設等が整備され、IBA の目的の一つである“居住環境の再生”が実現さ れている。また、遺構を芸術家のワークスペース に活用するなど、住・職とのマッチングによる再 生も行われている。 デュイスブルグ内陸港では、運河を取り囲むよ うにして、美術館やレストラン、そしてオフィス ビルが立ち並び、周囲には住居も立地している。 水辺のオフィスという好立地条件だけでなく、オ フィスビルの一階部分のほとんどに水辺を活用し た演出(運河側にオープンカフェを設けるなど) を伴ったレストランやカフェ、バーが入居してい るほか、運河を回遊する遊歩道や親水遊具などの 演出が、一体感のある水辺空間としての魅力を一 層高めており、この地区の居住者や労働者に憩い の空間を提供している。 ツォルフェラインで出会った現地の人々から は、この地の環境・美しさを誇りに思っていると いう声も聞かれ、こうした取り組みが地域の財産 として根付きつつあると考えられる。 2.2. ライン河畔再開発 (1) 概要 デュッセルドルフ市のライン河畔を走る連邦 道路 B1 は地域の最重要道路の一つである。第 2 次世界大戦後の 1950 年代、モータリゼーション の波に対応するため、連邦道路 B1 は 4 車線の道 路として建設された。その後、交通量が増え続け ただけでなく、河畔の駐車場に車両であふれ、道 路が街と川の空間を遮断する障壁となったばかり でなく、騒音、大気汚染などの環境面の問題も大 きく取り上げられた。このため、近接する建築物 との空間的な制約、地上の環境に与える影響など を考慮し、トンネル形式の道路が建設された。ト ンネル上部の河畔空間は、上下二段のプロムナー ドとして整備されている。上段のプロムナードに は 700 本のポプラによる並木道が整えられ、下段 には色とりどりのパラソルやテントが設置され、 バーやカフェが開かれている。プロムナードの中 ほどの階段状の広場では、屋外コンサートやフェ ステバルが開かれ、大変な賑わいとなる。また、 プロムナード全体にわたり、ベンチ等の人々がく つろげる滞留空間が整えられ、ゆっくりと水辺や 対岸の景観を望むことができる。隣接する歴史的 な建造物がプロムナード沿道の景観に変化を与え、 退屈することの無い歩行者空間を形成している。 また、デュッセルドルフ市の中心部では、①旧 市街地におけるトランジットモール化、②市街地 部における広幅員の散策道の整備(ケーニヒスア レー)が進んでいる。これに加え、ライン河畔の 再開発により道路地上部の歩行空間が確保された ことで、デュッセルドルフ市の中心部における新 旧のまち、地域を象徴するライン川河畔空間の一 体性・回遊性が高まり、相乗的に観光振興や中心 市街地の活性化が図られている。 本調査では、歴史的資源を題材とした観光振興の 取り組みとして、米人のガイドによるバスツアー に加わり、ノイシュヴァンシュタイン城(ロマン ティック街道) 、リンダーホフ城(アルペン街道) 、 オーバーアマガウ(アルペン街道)を巡った。 ノイシュヴァンシュタイン城 言語別のツアーの開始時刻案内 (2) 調査結果及び考察 調査対象は、どれも世界有数の観光地であるが、 建築物単体のみならず、風景(景観規制)や交通 (歩行者専用道路化)などの施策が徹底され、周 辺を含めた観光資源としての保存が徹底されてい る。また、携帯式 GPS 端末の配布による日本語で の解説や、英語、ドイツ語、フランス語等のガイ ドツアーが行われるなど、外国人観光客への徹底 した配慮により、観光地としての賑わいが創出さ れている。 2.4. ミュンヘン市街景観規制 (1) 概要 ミュンヘン市では、多面的な手法を導入し、良 好な景観の保全・形成に努めている。 ○都市景観に関わる面的規制 20 世紀初頭につくられたシュタッフェル(段 階的)式建築条例(1979 年にその役目を終えてい 連邦道路 B1 のトンネル入口 プロムナードに立並ぶバー る)が今日の都市風景を保護育成してきた。条例 では、全市域を土地利用、建築利用、建築形式、 (2) 調査結果及び考察 日本の都市河川では、河川法下の厳しい規制や 密度などの項目に分け、いくつかの等級で面的に 行政組織の縦割りなどにより、河畔の再開発は困 ゾーニング規制する。 難を極める現状にある。しかし、景観、観光・商 ○都市シルエットとヴィスタ保全 業振興、文化振興、さらにスポーツ・レクリエー 2003 年、市民から高層建築物計画に対する住 ションなど多面的な視点からとらえた場合、水辺 民投票請求が提出された。投票の結果、アルプス の空間整備は地域の再生に大きな可能性を秘めて 山脈の眺望保全等のために高層建築物の計画は禁 おり、こうした“上手な水辺の使い方”に学ぶこ 止され、さらに都市のシルエットを保全するため、 とは極めて多い。 フラウエン教会の塔の高さを超える高層建築物の 建築が禁止された。 2.3. ロマンティック街道およびアルペン街道 ○集合体としての歴史的建造物の保全 1973 年発効のバイエルン州文化財保護法は、 (1) 概要 ドイツ国内で総数 150 以上の街道があり、史跡、 単体の文化財に加え、建築の集合による面的な形 風光明媚な風景などを結んだ『道』を形成してい 態保全の先駆けである。この中で、ミュンヘン旧 るという特徴がある。その多くはドイツ国内およ 市街地全域を対象として「芸術作品の総体(アン び周辺国からの個人旅行者向けに『個人の休暇を サンブル)保護」が明記され、同時に多くの建物 楽しむため』の観点で設けられており、原語ドイ を文化財として指定したことにより、旧市街地に ツ語(Ferienstraße)は、休暇街道の意味を持つ。 おける新規の開発事業は、保存建築物と連担する 集合体の中で、また、近隣に位置する複数の保存 建築物に対して特別な配慮をする必要が生まれた。 ○屋外広告物規制 バイエルン州には単独の屋外広告物条例はな く、州建築条例がその役割を果たしている。条例 では、屋外広告物は近隣にうまく調和し、それが 設置された建築はもとより、地域や通りの景観を 損なうものであってはならないとされ、規制誘導 のための許可制度を設けている。 ○都市デザイン委員会 都市デザインに関する委員会として、 “都市デ ザイン委員会”が設けられており、都市計画また は建築意匠的な観点からの問題提起や提案を市議 会および計画担当部局へ与えている。 (2) 調査結果及び考察 実際に館内を巡ると、戦闘機や船舶などが何台 も実物が展示され、ありとあらゆるテーマの展示 が行われる規模の大きさに驚かされる。また、触 れる・実験するといった実体験、係員によるデモ ンストレーション、子どもを対象としたキッズの フロアの設置などにより、子どもから大人まで目 を輝かせ、大変強い関心を持つ様子があちこちで 見られた。こうした工夫が、日本の感覚ではいわ ゆる“一般ウケ”しない、 『地域の発展に貢献して きた技術への関心』を高めていると考えられる。 3. まとめ 近年、地域の発展を支えてきた土木遺産や産業 遺産をはじめとした、地域の歴史的環境の保全・ 活用に対する関心が急速に高まりを見せている。 その背景には、歴史的環境を“古くなったお荷物” として捉えるのではなく、 “現役の社会資本” 、 “地 域の個性を物語る地域資源”として再評価すると ミュンヘン市内のスカイライン ミュンヘン市内のまちなみ ともに、貴重な景観資源や観光資源として活用し、 地域の活性化を進めようというねらいがある。 (2) 調査結果及び考察 ミュンヘン市では、多面的に規制手法や委員会 先般、国土交通省の重点施策の柱の一つとして、 の審査等を通じて景観コントロールを行っている。 「歴史、風土等に根ざした美しい国土づくりと観 また、市民投票を行うなど、景観保全対経済活動 光交流の拡大」が位置づけられた。歴史的環境の という問題に対して、きわめて民主的な解決方法 保全・利活用に対する機運の高まりを的確に捉え、 を選択している。こうした取り組みにより、良好 国の政策としても重点的に支援していこうとする なまちなみが保たれ、そうしたまちなみに魅せら 意図を読み取ることができる。 れた観光客が、世界各地から訪れ、結果として市 今回調査を行ったドイツの先進的な取り組み 街地の活性化につながっていると考えられる。 は、今後の日本における歴史的環境の保存・利活 用を検討するにあたって重要となる様々なポイン 2.5. ドイツ博物館 トを示してくれた。今後の業務展開において積極 的に活用していきたいと考える。 (1) 概要 ドイツ博物館は体験型の博物館の代表例とさ 参考文献 れる。展示品がケースの中に入っていたり、柵の 阿部成治,大型店とドイツのまちづくり,学芸出版社,2001 向うに置かれている“静的な展示”を改め、来館 インフラストラクチャー研究会,過去から未来へ 欧州の都市づくり思想 者が実際に機械を操作したり、館員が動かしてデ を見つめて,1997 モンストレーションするなど、 “動的な展示”が導 春日井道彦,人と街を大切にするドイツのまちづくり,学芸出版社,1999 入されており、その後の世界の科学技術博物館の 新個人旅行 ドイツ,昭文社,2007 お手本になったといわれる。展示面積は本館だけ 永松栄,IBA エムシャーパークの地域再生,水曜社,2006 で約 50,000m2あり、鉱山技術、土木、建設、発 西村幸夫他,都市の風景計画,学芸出版社,2000 電、電話電信、紙と印刷、織物、農業、宇宙、化 西村幸夫編著,都市美,学芸出版社,2005 学工業、物理学、海洋開発などあらゆる分野の展 松田雅央,ドイツ 人が主役のまちづくり,学芸出版社,2007 示が行われている。 水島信,ドイツ流 街づくり読本,鹿島出版会,2006 Antje Kahnt, The City of Düsseldorf on foot, J. P. Bachem Verlag, 2005 City of Munich, Munich 2007 City Guide, 2007 Escudo De Oro, Guide to Munich, Escudo De Oro 春日井道彦,人と街を大切にする ドイツのまちづくり,学芸出版社,1999 戦闘機をそのまま展示 キッズフロア
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