第7章 機器・素材産業の発展 - 一般社団法人 日本航空宇宙工業会

第7章 機器・素材産業の発展
1節 航空機の機器産業
上に努力を傾注している。特に、航空機搭載電子機
器・部品では民生用ハイレベルの技術をベースにし
航空機工業は、機体、エンジン、機器、素材など
た日本製の高性能な機器がライセンス国産防衛庁機
広範な技術によって支えられる総合的な産業であ
に多数搭載されるようになった。最近ではこれら技
り、その主要構成要素としての機器・素材は高い信
術力の向上を背景として、参加比率に応じてリスク
頼性、安全性、耐久性が求められ、航空機用機器等
と収入を分け合うリスク・リベニュー・シェアリン
の産業もまた知識集約的産業である。これらを製造
グ(RRS)方式による国際共同開発も進展を見せて
する企業は、当然、技術や品質管理面で質の高い能
いる。
力を備えていなければならない。
技術的に見ると、航空機用機器産業は、戦後、
B767の国際共同開発においては、日本の多数の機
器メーカーが参入を志し、米国有数のメーカーとの
航空機工業がライセンス生産を中心として再開さ
競争に伍して、アクチュエーター、バルブなど多数
れ、その後に自力で国内開発を手掛けるようになっ
の機器の受注に成功し、品質や納期の点でボーイン
てきたのと同じような歩みをしている。当初はライ
グ社から高い信頼を得ている。同社が海外に発注し
センス生産が中心となっていたのが、国内開発機、
たB767の装備品の約70%を日本の航空機用機器メー
改造機などの生産を機会に開発技術が飛躍的に進歩
カーが受注したといわれている。
してきている。最近では特に、先進技術を採り入れ
B767への参入を契機に、日本の航空機用機器メー
た新しい技術研究、開発が盛んになっており、一部
カーの海外の民需への志向は高まり、B777の国際共
では海外から注目される技術を有する企業もでてい
同開発・生産事業においても、日本は機器メーカー
る。
にとどまらず電子機器・部品メーカーも含め多数が
一つの産業と見た場合、航空機用機器工業には次
のような特徴がある。
参入を目ざして、広範な分野で成果を上げた。日本
の優れた電子技術を背景として、この傾向は継続す
第1に、日本で生産される機器の主流は、米国の
るものと思われる。一方、エアバス社その他の欧米
有力メーカーとの技術提携に基づくライセンス生産
民間航空機メーカーからわが国航空機用機器工業界
品であり、しかもその構成部品の一部を輸入に依存
への呼び掛けも続いている。これまで海外の民需プ
していることである。
ロジェクトで、アクチュエーター、バルブ、ギア・ボ
国内開発された民間機、防衛庁機において、機器
ックス、熱交換器、ギャレイ、ラバトリー、機内娯
メーカーの自主努力で開発された機器の搭載が増え
楽装置、モーター、座席、液晶表示器、その他小型
てきているものの、主要機器では従来どおりライセ
部品など、かなり広範な分野で受注に成功している。
ンス生産が多い。このため海外への輸出は限られた
またエンジン関係でも、5か国共同のV2500開発・
ものとなっている。これはライセンス条件として、
生産事業でIAEが行った国際的ベンダー選定におい
製品の輸出が制限されざるを得なかった面もある
て、日本の機器メーカー数社は幾つかの重要アイテ
が、機体やエンジン分野に比べて技術開発力の面で
ムの受注に成功した。
差があるだけでなく、資金面や生産量の面の格差が
第2は、機器メーカーにおける航空機機器生産の
価格競争力の格差となっている。さらに、国際スケ
専業度が低く、依然として多品種、少量生産である
ールでのプロダクト・サポート体制の未整備など、
ことである。
海外市場へ本格的に進出するために必要な基本的条
件が十分に整っていなかったことによる。
国内防衛需要に強く依存を続けてきた業界であっ
たが、防衛需要に偏った状態から徐々にではあるが
脱皮が図られつつある。
日本の航空機器メーカーは、現在、独自技術の向
平成13年度の航空機用機器(関連機器)の生産額
は約1417億円で、航空機工業全体の生産額1兆306億
円に占める比率は、機体約62%、発動機約24%に対
し、関連機器約14%となっている。
欧米では大規模な機器専業メーカーが育ち、機
体・エンジンの開発・生産に歩調をあわせ、競合メ
第1部 総論
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第7章 機器・素材産業の発展
ーカーどうし競って機器やシステムを開発・生産
り、今後の動向によっては、出力、応答特性等の要
し、また近年吸収、合併を通じメーカーの巨大化が
求性能に応じて油圧から電動に置き換わる部分が次
進展しているが、我が国の場合、産業全体の規模も
第に大きくなるものと考えられている。
まだ小さく、個々のメーカーの生産規模も小さくな
日本の油圧機器メーカーは、戦後の航空機工業再
らざるを得ない。また、航空機機器メーカーと呼ば
開に伴ってライセンス生産を行う一方で積極的に国
れる企業においても航空機用機器の生産部門は母体
内開発を行ってきており、その成果として世界的に
企業の一部でしかなく、その生産比率も低いのが一
みても高い技術力を蓄積してきている。近年は油圧
般的である。個々のメーカーは、小さな生産規模で
サーボ・アクチュエーター、油圧バルブ等も欧米メ
ありながら、多種類の機器を抱えて、スケールメリ
ーカーとの競争に勝って受注の成約を見ることが多
ットをうけることが難しく、価格競争力の向上も大
くなってきており、世界市場への参入が進みつつあ
きな課題となっている。
る。中でも帝人製機は多くの欧米メーカーも加わっ
海外を含めメーカー間の競争は激化してきてい
た厳しい設計・生産に関する審査に合格してB777の
る。日本航空宇宙工業会では昭和60年10月に「航空
電子制御フライト・コントロール・アクチュエーシ
機部品・素材産業振興調査委員会」(平成13年度
ョン・システムを一括受注して注目を浴びた。また、
「先端航空機部品・素材技術調査委員会」に改組)
島津製作所や三菱重工等もB777の油圧機器を受注し
を設置し、部品・素材の技術開発の促進、海外動向
ている。
の調査などの活動を実施し、競争力向上等に向けた
個々のメーカーの取り組みを支援してきている。ま
た、平成12年「航空電子システム調査委員会」を発
足させ、調査研究を進めている。
2 与圧・空調システム
与圧・空調システムは、乗客と乗員、さらには機
体構造・機器を気圧と温度の変化から守り、安全性
我が国にはエレクトロニクス技術をはじめとし
と快適性を確保するためのシステムである。最近で
て、世界のトップレベルの先端技術があり、欧米の
は与圧、空調システムの他に、この上流のエンジン
メーカーと競争していける十分な技術的ポテンシャ
から抽出したブリード・エアの圧力と温度を制御す
ルがある。今後、国内での航空機開発あるいはライ
る抽気システム、あるいは翼の防除氷をブリード・
センス生産において機器単体のみならずシステムと
エアーを使って制御する防氷システム等までを含め
しての国産化を図るとともに、国際市場でも種々の
た「統合化エアシステム」、これにエンジン始動シ
国際共同プロジェクトに積極的に対応していくこと
ステムを含めた「エア・マネジメント・システム」
が重要視されよう。また、技術革新と生産コストの
が導入されている。さらに、このシステムに補助動
一層の引き下げなどが実現できれば、我が国機器メ
力装置(APU)を盛り込んだ「エア・マネジメン
ーカーの存在がよりクローズアップされ、国内のみ
ト・アンド・パワーシステム」という概念へと進ん
ならず国際市場においてより強固な基盤を築いてい
でいる。
くことができるのではないかと考えられる。
航空機用与圧・空調システムでは、島津製作所が
ハネウェル社と、住友精密がハミルトン・サンドス
1 油圧システム
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トランド社と提携して開発を進めている。島津製作
航空機における油圧機器・システムは可動部分を
所は、T-4等の国産機用システムの開発を行い、開
遠隔駆動する方法として、操縦系統、高揚力装置、
発能力を高めており、これらの蓄積した技術をもと
降着装置等に使用されているが、航空機の高性能化、
に次世代システムの研究開発に着手している。
構造の複雑化、経済性や安全性の追究によって、軽
空調システムのような大規模システムは開発リス
量化、コンパクト化、さらに信頼性の向上が要求さ
クも大きい。独自に海外の民間機市場に新規参入す
れ、油圧の高圧化、高応答化、メカニズム・電子・
ることは、海外市場での実績がない日本のメーカー
電気・光の統合化等、システムの改良研究が急速に
にとって容易ではないが、難関を突破して海外市場
進んでいる。
への参入に成功した例も出てきている。100席級民間
その一方で、磁石の改良・開発に伴う小型・高出
航空機市場を狙って住友精密がハミルトン・サンド
力の電動アクチュエーターの研究開発も進んでお
ストランド社と共同開発を行ってきた装置が、エン
第1部 総論
第7章 機器・素材産業の発展
ブラエル170リージョナル旅客機に採用されている。
合いも出てきている。しかし一方では、開発リスク
分散のため、制御機器についても開発費を機器メー
3 燃料システムおよび燃料制御装置
燃料システムは主翼内や胴体内の燃料タンクに蓄
えられる燃料をエンジンが要求する流量及び圧力で
確実に供給するシステムである。
カーが負担するリスク・リベニュー・シェアリング
(RRS)が求められており、一部のメーカーが参加
している。
FADEC等の推進システムの主要構成機器はエン
燃料タンクにはゴム製のブラダー・タンク、防弾
ジンとのかかわりが密接なため、ノウハウの秘匿の
タンク等があり、横浜ゴム、住友電工で製造してい
観点から、エンジン・メーカーが自社製造している
るが、最近開発される機体は、機体構造を直接シー
例が多い。
リングして燃料タンクとするインテグラル・タンク
が多くなっている。
4 推進システム
タンク内の液面の高さを計測して残量を示す燃料
推進システムはターボ・プロップ機のプロペラと
容量計は横河電機で製造されている。機体姿勢で液
ターボ・プロップ・エンジン、ジェット機の場合の
面の高さが変わることを補正するために、姿勢変化
ファン・エンジン及び回転翼機の場合のロータ・ブ
を各タンクに設置した数本のセンサーにより検出す
レード、トランスミッション、ターボ・シャフト・
る方式が採用されていたが、マイクロ・エレクトロ
エンジン等を言う。
ニクスの進歩により機体姿勢情報を直接取り入れた
方式が開発されている。
燃料システムのサブ・システムとして、圧力給油
系統、エンジン供給系統、タンク間を燃料移送する
エンジン製造会社としては石川島播磨重工、三菱
重工、川崎重工があり、ターボ・プロップ・エンジ
ンとターボ・シャフト・エンジンは防衛需要主体に
ライセンス生産と修理が行われている。
移送系統及び燃料を非常時に放出する放出系統等が
ファン・エンジンについては、防衛需要で国産開
ある。これ等の系統の主要構成機器として燃料ブー
発が行われ、民間機用エンジンでは各社共、外国の
スト・ポンプ及び各種のバルブ類が数多くあるが多
主要エンジン・メーカーとの共同開発及び製造分担
摩川精機、島津製作所、帝人製機、住友精密が防衛
をしている。
需要主体で生産してきている。
櫻護謨は、燃料、水、空気等の流体移送に要する
航空機エンジンの平成12年における全世界(共産
圏を除く)の売り上げシェアは、米国GE社の28.6%、
ホース、チューブ等を戦前、戦後一貫して製造して
プラット・アンド・ホイットニー社の19.5%、英国
いる。技術の進歩に伴いその材料もゴムからテフロ
ロールス・ロイス社の18.3%、ハネウェル社の
ン樹脂、チタン等へと重点移行してきている。
11.4%などに比べ、日本は石川島播磨重工、川崎重
近年、燃料システムの安全性という観点から燃料
工、三菱重工の3社合わせても5.9%である。
タンクの防爆化が大きく取り上げられている。米国
大型機用のプロペラは、米国のハミルトン・サン
では軍用機において、燃料タンク不活性化対策が図
ドストランド社と英国のダウテイ・エアロスペー
られてきている。また、民間航空機にも搭載が検討
ス・プロペラ社が世界市場をシェアしている。国内
されつつあり、日本国内においてもシステム検討・
では住友精密工業が唯一の製造メーカーとなってお
開発が行われつつある。
り、P-2J/YS-11/US-1AおよびP-3C用プロペラ等の
パイロットのコマンドに応じてエンジンの出力を
ライセンス生産と、C-130H、E-2C、サーブ340、サ
制御する装置としてエンジン燃料制御装置があり、
ーブ2000用プロペラ等の修理やオーバーホールを行
従来は機械式計算装置で防衛需要主体でライセンス
っている。
国産されていた。
最近では新しく開発されるエンジンのほとんどが
回転翼機用のローター・ブレードとトランスミッ
ションは川崎重工と三菱重工でライセンス生産及び
FADECによるコントロールを採用している。将来
修理が行われているが、国産の独自開発もOH-1、
の民間需要の進展に期待をかけて、石川島播磨重工、
BK117、MH2000で行われている。
川崎重工、三菱重工などで研究開発が積極的に行わ
れるようになり、海外からも技術提携についての引
またAPU(Auxiliary Power Unit:補助動力装置)
は、島津製作所で主に防衛庁向けの修理が行われて
第1部 総論
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第7章 機器・素材産業の発展
いるが、民需では川崎重工がアライド・シグナル社
(平成11年にハネウェル社と合併)との間で、民間
れている。
さらに、無人機の分野では富士重工がFCC
小型航空機用に引き続き、中型旅客機(MD-90、 (Flight Control Computer)内蔵のプログラムで完
B737、A320シリーズ)用の補助動力装置(APU)
全自律飛行を可能とする飛行制御システムを成功さ
の国際共同開発/生産契約を締結し、平成8年4月以
せている。
降B737改良機型及びA320に搭載されるAPUの分担
品を、2,000台分以上納入している。
【航法システム】
航法システムは、飛行中の航空機の位置(機位)
を把握し、安全、迅速、確実に目的地に到着させる
5 アビオニクスと飛行制御システム
【飛行制御システム】
ためのシステムであり、機体に装備した機器のみで
航法データを取得できる自立航法システム、地上航
最近の飛行制御は、航空機を効率よく運用するた
法援助施設や人工衛星からの電波を利用した無線航
めの総合的な飛行管理システムFMS(F1ight
法システム、衛星航法システム及び着陸誘導システ
Management System)と斬新な制御特性の飛行機
ム等多岐にわたっている。
を作り出す技術ACT(Active Contro1 Techno1ogy)
航法システム機器メーカーは、多岐にわたる応用
を2本柱として、飛行・運用の両面で改善を図って
分野に多数存在し、お互いにしのぎを削って競争し
いる。両者はお互いに相互補完関係にあり、FBW
ているが、相対的に米国メーカーが強い。日本は開
(F1y By Wire)と呼ばれる電気的に信号を伝達す
発機種が少ないため、その開発能力は遅れているが、
る飛行制御システムにより実現されている。
飛行制御システム関連機器やシステムの分野で
成功したメーカーも出てきている。また、東芝のよ
は、軍用機、民間機共に欧米有力メーカーが競争状
うに慣性航法装置とGPS受信機を組合せた複合航法
態にあり、特に米国が一歩進んでいる。日本では開
装置を開発して航空機に塔載した例もある。トキメ
発経験が少ないが、日本航空電子がF-2支援戦闘機
ックは高精度を要求される航空機搭載用として初め
の最重要装備品であるフライト・コントロール・コ
て光ファイバー・ジャイロの実用化に成功し、東京
ンピューター・システムを米国と共同で開発してお
航空計器もリング共振方式による光ファイバー・ジ
り、技術力の向上は著しいものがある。
ャイロの開発に成功している。
ACTやFBWはT-2CCVで飛行実証され、その技術
また、無人機の分野では富士重工がINS(Inertial
はF-2にて実用化され、戦闘機分野では世界的水準
Navigation System)と電波指令の併用により完全
にある。民間機の分野でも長年にわたる努力の結果、
自律飛行する航法システムを開発している。
帝人製機はB777のプライマリ・フライト・コントロ
ール・アクチュエーション・システムをアメリカの
企業と共同開発し、受注している。
日本のメーカーが欧米有力メーカーと競争して、
【フライトデッキ・システム】
フライトデッキ・システムは、飛行(航法)計
器・姿勢表示システムと視覚及び聴覚警報システム
に分類される。操縦席のセンター・ペデスタル位置
この分野の国際市場に参入するには多くの困難が伴
等に設置されている、いわゆるヒューマン・マシ
うが、川崎重工のように、長期的視野に立ってヘリ
ン・インタフェース・システムである。
コプタ用フライ・バイ・ワイヤ・システムや、マ
東京航空計器、横河電機、島津製作所、トキメッ
ン・マシン・システムのインターフェースにファジ
クなどが有力メーカーとなっている。日本メーカー
ー・システムを適用するなど独自の研究開発に取り
は、高分解能カラーCRT(Cathode Ray Tube)を
組んでいるメーカーもある。
世界に供給しているが、その周辺回路を含むシステ
また、日本航空電子工業は、フライ・バイ・ライ
ムについては開発機会に恵まれず、世界水準まで達
ト(FBL)用重要部品であるARINC-629規格
していない。その他の機器についてもシステム化に
FOSIM(Fiber Optic Serial Interface Module)を世
ついては同様であり、機器単体での国際市場参入は
界で初めて開発、ボーイング社に提供して飛行実験
十分期待できるが、システム面への参入は必ずしも
が行われ、注目を浴びているところである。関連メ
容易でない状況にある。
ーカーにおいても対応する製品の研究開発が進めら
82
中には慣性航法システムやGPS受信機などで輸出に
第1部 総論
しかし、最近に至り次世代型表示システムとして、
第7章 機器・素材産業の発展
小型軽量でいかなる条件下でも視認性に優れるLCD
6 電源システム
(Liquid Crysta1 Disp1ay:液晶表示器)/MFD
航空機の電源システム及び分配電システムは、機
(Multi-Function Display:多機能表示器)が開発さ
内の電気・電子システムのデジタル化、飛行制御に
れ、F-2支援戦闘機に搭載され、さらに新小型観測
おけるFBW/FBLの採用、アビオニクスを始めとす
ヘリコプタOH-1に採用され、又、対潜ヘリコプタ
る搭載装備システムの増加による電力の増加などの
ーSH-60Kにも採用が決定している、民間機にあっ
要因により、故障に対してより一層の高い信頼性が
てはコックピットのメイン・ディスプレイとして
要求される。また、小型軽量化や低燃費を重視する
B777に採用されたDU(Display Unit)およびCDU
最近の傾向の中で、エンジンの機械的動力を電気エ
(Control Display Unit)用LCDモジュールをホシデ
ネルギーに変換する発電システムは、更なる高効率
ン(現フィリップス・モバイル・ディスプレイ・シ
化が図られている。
ステムズ神戸)が独占供給している。さらに最近で
航空機用電源システム・メーカーは世界に10社程
は、エアバス社A340、330、320向けのLCDモジュ
度存在するが、そのシェアは米国に集中しており、
ール(6.25"×6.25")を横河電機が供給を始め、今年
中でもハミルトン・サンドストランド社のシェアが
からA380向けのLCDモジュール(6"×8")の供給を
非常に大きくなっている。
始める。
国内では、神鋼電機が大正10年に国産初の航空機
島津製作所は、戦闘機やヘリコプターなど航空機
用発電機開発以来の長い経験を生かし、戦後の航空
用のヘッドアップ・ディスプレィ(HUD)を手が
産業再開と同時に、当初は欧米メーカーとのライセ
けており、防衛庁向けでは100パーセントのシェア
ンスにより殆どの国産機の発電機を生産した。更に
を持っている。
は独自開発の革新的なVSCF(Variable Speed
【その他の航法支援システム】
Constant Frequency)方式による、国際競争力のあ
航法補助システム関連では、東芝が開発した
る高品質・高信頼性の発電システムを実用化すると
MAP ジェネレータがC-1型輸送機、F-2支援戦闘機
ともに、一次・二次配電分野においても、コンピュ
用に実用化されている。これは慣性航法システム等
ーター制御による高効率分配電技術も実用化の域に
から得られる自機位置データ等を用いて電子的に擬
迄向上させた。
似三次元地図をコックピット表示器に表示するもの
帝人製機は、米国メーカーからの技術導入により
である。パイロットはコックピット表示器のスイッ
CSD(Constant Speed Drive:定速駆動方式)単体
チ操作のみで各種航法情報を画面上に表示すること
機器の国産を実施している。その供給は国内に限定
ができ、ワークロードが大幅に軽減されている。
されているが、技術力の向上には著しいものがある。
川崎重工及び古野電気はヘリコプター航法支援器
材としてGPSを位置センサとするマップ・ディスプ
レイ装置(GPS/MAP装置)を共同で開発した。
7 降着システム
降着システムは、着陸時の衝撃の緩衝、地上走行
このGPS/MAP装置は、世界で初めての対地接近
時の路面凸凹による衝撃の緩衝と吸収、着陸停止時
警報機能を有しており、また本装置とデータリン
のブレーキ、地上走行時のステアリングを行うシス
ク・システムを組み合せた機体どうしの衝突回避シ
テムであり、降着装置(脚柱、オレオ等)、ブレー
ステムも完成させている。
キ、ホイール及びタイヤ等の機器で構成される。
エア・データ・システムは周辺システムのデジタ
降着システムは、従来は構成機器単位で機体メー
ル化に合わせて、温度、圧力各センサがデジタル化
カーにより調達されていたが、近年は降着装置メー
及びデータバス化されてきた。更にセンサ及び電子
カーがプライムとなって全構成機器を含んだ降着シ
回路の小型化に伴い、ピトー管とセンサ部分を一体
ステムとして受注開発しようとする傾向が見られ
化し、データ・バスに接続するインテグレーテッ
る。
ド・エア・データ・センサの開発が進められてい
日本では住友精密が降着装置を独自に設計・製作
る。米国のメーカーが有力であるが、日本でも島津
し得る技術水準に達している。同社は、防衛庁納入
製作所など数社が参入している。
機体向けに加えて、ボンバルディア社のCRJ700/900旅客機の降着装置をグッドリッチ社(旧メ
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第7章 機器・素材産業の発展
ナスコ社)と共同開発し、納入している。
三菱電機は、米ボーイング社が計画する航空機向
また、ブレーキ、ホイールに関してはカヤバ工業
けの高速グローバル通信サービス「コネクション・
が独自に設計・製作し得る技術水準に達している。
バイ・ボーイング」に参画し、共同開発を行なって
ブリジストンが開発した、従来型に比し重量を軽
いる。コネクション・バイ・ボーイングは、既存の
減したラジアル・タイアは、B777に採用され、日本
通信衛星、地上ネットワークおよびテレビ局を利用
向けのB777に採用されている。
して、航空機向けに双方向の高速通信サービスを提
供するもので、機内でインターネットを利用できる
8 客室・機内システム
ほか、テレビ番組を放映したり、航空会社の運行部
客室・機内システムは、他のシステムにくらべて
門を対象としたデータ通信サービスも提供する。コ
国際市場への進出について大きな制約がない。日本
ネクション・バイ・ボーイングには松下電器の子会
のメーカーは機内娯楽システム、座席、ラバトリィ、
社で、旅客機の機内エンターテイメント機器を製造
ギャレイ、照明装置などの輸出をおこなっており、
する松下アビオニクスシステムズ(株)も参画して
世界でもトップクラスのシェアを持つ企業も少なく
いる。
ない。
ジャムコは、世界で生産される旅客機のギャレィ
(旅客機用厨房設備)の約30%のシェアを持ち、JAL、
ANA、シンガポール航空、英国航空、カンタス航
このシステムは将来、航空管制をも様変わりさせ
る可能性を秘めているともいわれている。わが国メ
ーカーがアビオニクスの分野でも欧米メーカーに伍
して活躍することが期待される。
空、エールフランスなど世界90社以上の航空会社へ
納入しており、ラバトリィ(化粧室)では世界で生
産される旅客機の約50%のシェアをもち、ボーイン
三菱電機は、平成元年に次期支援戦闘機(XF-2)
グ社が生産するB717、B747、B767、B777、MD−
用のレ−ダ・システムの開発に着手し、平成8年度
11、MD−80/90型旅客機に独占供給している。
からF-2搭載用として量産を開始した。本システム
昭和飛行機では、主としてボーイング社B747のフ
はアクティブ・フェイズド・アレイ方式を採用した
レーターおよび改造フレーターのギャレィを製作
最新システムであり、従来のパルス・ドップラ−方
し、同社あるいはその換装作業を行っている海外の
式のレ−ダシステムと比較して、信頼性の向上およ
改造機メーカーへ出荷している。その他JAL、
び多機能化を実現した。
ANAをはじめてとして海外を含む多数のエアライ
84
9 その他
T-33、F-86、T-1の脱出装置は、米国からの輸入
ンにカート(ミール、リカーほか)を納入している。
品であったが、T-2の国産開発を契機として、ダイ
横浜ゴムはラバトリィで、小糸工業は安全性を向
セル化学がライセンスに基づき脱出座席を設計、製
上させ新機能を付加したファーストクラス用座席
造し、脱出座席の国内メーカーが誕生した。また、
で、松下電器は機内AV(音響、映像)システムで
近代的な脱出装置としてF-15J用の脱出装置である
海外から高い評価を得ている。
ACES-Ⅱを同社がライセンス生産した。その後国内
小糸製作所はB767客室読書灯の採用を契機に
開発されたT-4、F-2においても、同社がライセンス
B747に客室読書灯を継続供給し、又 B737にはウ
に基づき、開発、製造を担当している。現在、世界
ィンド・ヒート・コントロール・ユニットとして採
の流れは、次世代の脱出座席に向かっており、同社
用された後、同ユニットをB737−700に継続供給し
も将来脱出システムに向けた研究を実施中である。
ている。更にLED使用による読書灯あるいは禁煙表
航空機を構成するシステムではないが、最近、そ
示灯等のLED式機内情報ディスプレイを開発し、ボ
の開発、導入がとみに活発化しているのが各種のシ
ーイング社の他コンチネンタル航空等のエアライン
ミュレータである。特にフライト・シミュレータは、
会社に納入している。
多用な条件下で航空機の飛行状況を実機同様に模擬
近年、国際産業ビジネスの拡大に伴い、内外エア
できることから、パイロットの操縦技術向上、及び
ライン各社は乗客サービス充実の一環として、通信
各種訓練実施に不可欠なものとなっている。三菱プ
衛星を利用した航空国際電話の導入を検討してお
レシジョンではフライト・シミュレータの分野で世
り、一部では実施に移されている。
界のトップレベルの技術をもって活躍しており、最
第1部 総論
第7章 機器・素材産業の発展
近では機体会社など数社がこの分野に参入してい
の用途の性格上極めて高度の生産技術、品質管理技
る。また、航空交通管制業務に携わる航空管制官の
術が必要であり、設備の大型化も必要とされている。
教育訓練、技能の維持向上のために使用する管制官
我が国においては、需要規模が非常に小さかったこ
向けの訓練装置もある。コンピューターが生成する
ともあり、生産体制面での整備が全般的に遅れてい
飛行場及び同周辺空域、航空機、車両等、飛行場管
た。しかも、航空機機体・エンジンがライセンス生
制塔から見た情景を大型スクリーンに映し出し、そ
産主体であったことが影響し、各素材とも鋳造品を
の映像を見ながら教官と管制指示のやり取りを実施
除いて国産化率が低く、大型品や小ロット品はその
することで飛行場管制の教育訓練を行うものであ
ほとんどが輸入依存となっていた。しかし、その後
る。この分野では、東芝テスコが実績を有している。
の素材メーカーの積極姿勢により、現在では大型の
国内100あまりの空港に設けられている各種の航
板・鍛造品製造設備も整備され、かなりユーザー・
空保安無線システム、航法支援装置、航空管制装置
ニーズに対応できるようになってきたが、更なる大
などは、ほとんどが国産品に代わっており、さらに、
型化対応が必要となってきている。
システムとして輸出も行われ始めている。
複合材料強化繊維のうち、高機能炭素繊維におい
整備用器材・装置の分野では、当初はほとんど外
ては我が国は世界の供給基地的立場にある。ボロン
国製品であったが、現在では一部の特殊なものを除
繊維、アラミド繊維については、技術開発に努めて
く計測機器、検査機器、大型据付試験器材、工作機
いるものの現時点では事実上米国メーカーによる市
械などその多くは国産されている。最近、ジュピタ
場独占の状況にある。
ー・コーポレーションが開発したエンジン検査装置
などの一部の器材は、海外の販売にも弾みがついて
いる。
1 アルミニウム合金
軽量性・信頼性・経済性等により、アルミニウム
最近は防衛需要の伸び悩みから、民需を目指して
合金(超ジュラルミン、特にわが国で発明された
各社が新しい分野の開拓に努力しており、三菱重工、
超々ジュラルミン)は古くから機体材料として使用
石川島播磨重工は、東南アジアにおける航空機エン
され、航空機工業の発展に貢献してきた。アルミニ
ジン・テスト装置の受注活動を活発に展開してお
ウム合金は機体の主構造材として現在も多用されて
り、シンガポールから大型エンジン・テスト・セル
おり、民間機で約75%、軍用機で30∼80%の比率を
を受注するなどの実績を上げている。
占めている。
アルミニウム合金生産には、用途の特殊性から高
2節 航空機素材産業
度の技術力、大型専用設備が必要となる。神戸製鋼、
住友軽金属、古河電工など有力メーカーは、昭和60
ライト兄弟の頃、初期の飛行機の機体は木と布と
年代末期共同で四日市に大型押出し設備を設置した
ワイヤで作られていた。その後の航空機の進歩及び
り、昭和56年から平成3年にかけ相次いで大型圧延
ニーズの多様化・高度化に対応し、アルミニウム合
機を中心とする工場の新設・改造を行うなど製造体
金、高張力鋼が開発・実用化され、また軽量化や耐
制を整備し、また機体メーカーとの共同研究を進め、
熱性向上の観点からチタン合金やニッケル系を中心
現在では多くの航空機用アルミニウム合金製品を開
とする耐熱鋼・超合金が、更に一層の高性能化に対
発している。
応するためセラミックス、炭素繊維を中心とする複
合材料等が開発・実用化されてきている。
航空機用エンジンの材料は、高温化、高強度化、
板製品では、テーパー・ストリンガー用7075合金
(住友軽金属、神戸製鋼)
、広幅ポリッシュド・スキ
ン用クラッド2024合金および同ポリッシュ技術(古
軽量化の要求により、鉄鋼材料中心の材料構成から
河電工、神戸製鋼、)を確立している。超塑性加工
チタン合金と超合金中心の材料構成に変わってきて
用7000アルミニウム合金も開発され(神戸製鋼、住
いる。今後これらの要求はさらに強まり、セラミッ
友軽金属、三菱重工)、空気取り入れ口などに実用
クス基、金属基の複合材料や金属問化合物の実用化
化さている。
が期待されている。
航空機用素材の中で、金属系素材の製造には、そ
ユーザーの機体メーカーでは、従来のリベット構
造から厚板の大型マシニング・センター加工による
第1部 総論
85
第7章 機器・素材産業の発展
一体構造化、エージ・フォーミング、ピーン・フォ
で約7%、軍用機で10∼40%程度使用されている。
ーミングによる成形加工、ケミカル・ミーリングな
チタンは、製造時の熔融状態では活性なため、特
どの実用化を行ってきた(三菱重工、川崎重工、富
殊雰囲気で合金化するが、圧延などの加工は鉄鋼設
士重工)
。
備を共用できるので神戸製鋼、住友金属、日本鋼管、
鍛造品では、神戸製鋼は平成7年に8,000トンプレ
新日本製鐵、大同特殊鋼、日立金属、三菱マテリア
スを中心とするアルミニウム・マグネシウム鋳鍛造
ルは、航空機用合金製品を開発するとともに、機体
品工場を移転新設し、B767用7175合金ウインド・フ
メーカーと共同で成形加工技術、切削加工技術など
レームの認定を受け、その後他の機種にも展開して
の低コスト加工法を開発しており、航空向けには
いる。また、高靭性7050合金鍛造品をT-4のウイン
400トン/年規模に出荷を拡大している。
グ・フレームなどに適用するなど、油圧部品、桁材
チタン合金鍛造品については、J79、T-2、F-1等、
など、製品範囲を拡大している。同社は、鋳造品と
防衛庁関連機種向け部品を中心に国産化が進めら
して従来からの製品に加え、新鋳造法によるB777ド
れ、F100エンジンでは、ファン・ディスク、コンプ
ア用ヒンジ・アーム、オイル・パッセージのあるエ
レッサー・ディスクを含め約90%が国産化されてい
ンジン関連ギア・ボックスの開発に成功するなど、
る。また最近の例では日米欧共同開発のジェット・
特徴ある技術を有している。
エンジンV2500のファン部やロールス・ロイス社の
近年、比強度、比弾性、耐食性に優れたAl−Li系
開発したワイドコード・ファン・ブレードなどに使
合金、急冷凝固アルミニウム合金、アルミニウム基
用されている。しかし鍛造品、鋳造品については、
複合材、微細金属組織スーパーメタル等の開発が進
需要が多品種少量であることもあり、輸入比率が高
み、国際的には一部実用試験が行われている。国内
い状態である。
では、基盤技術研究促進センターと軽圧7社の共同
一方、チタン合金の板・棒については、国内メー
出資による(株)アリシウムが、平成8年3月末まで、
カーの努力が実を結び、F-15J、P-3C等は殆ど国産
Al−Li系合金に関する研究を実施し、成果を得てい
化が可能となっている。これは、大規模かつ最新鋭
る。三菱重工と住友軽金属は、優れた超塑性特性を
の鉄鋼圧延設備を利用できる熱プロセスおよび合金
示すAl−Li合金を開発した。新しいアルミニウム合
の開発によって、高品位、安価な薄板の製造に成功
金はコスト低減と実証データの集積による信頼性の
したことが寄与している。
向上が進めば具体的需要に結びつくと期待される。
この他、チタン合金は、拡散接合・超塑性加工応
航空機の主構造材のひとつである2024合金と同等
用製品、民間航空機の油圧系統配管材料として適用
の性能を有し、耐食性や押出性等にすぐれた6000系
され、アルミニウム合金、複合材料、鉄鋼の特性を
合金について川崎重工、住友軽金属が共同開発を実
補う材料として、航空機の性能向上に寄与していく
施し、板及び複雑断面押出材による構造の一体化に
と思われる。超音速機(SST)はチタン合金の採用
よるコスト削減が期待されている。神戸製鋼、川崎
が前提である。
重工は広幅押出し材による主翼パネルの開発を実施
今後の我が国における課題は、恒温鍛造、大型精
している。航空機用アルミニウム合金は一般に溶接、
密鋳造、粉末冶金等ニャー・ネット・シェープ材を
信頼性に問題があるが、三菱重工、川崎重工、住友
より低コストで製造するための技術開発である。
軽金属は共同で、アルミニウム合金の摩擦攪拌接合
神戸製鋼、日本鋼管は、開発した合金の国際的規
技術を確立している。三菱重工、富士重工、神戸製
格への登録を進めた。我が国の航空機用チタン合金
鋼、古河電気は耐久性に優れた2000、7000系合金の
製品が世界的に飛躍する可能性を示していると期待
合金設計技術による開発、厚板材の製造技術の確立、
される。
耐熱アルミニウム合金の開発に成功し、海外メーカ
ーとの差を縮めている。
3 特殊鋼(含超合金)
航空機用の特殊鋼は、脚及びエンジンの特に高強
2 チタン合金
チタン合金は比強度、耐食性、耐熱性に優れ、現
在エンジン部分で約5∼20%、機体関係では民間機
86
第1部 総論
度が必要な主要部材向けであり、高強度合金鋼、ス
テンレス鋼、耐熱鋼など広い鋼種に及んでいる。製
品形状としては、板・棒材、鍛造材、リング圧延材、
第7章 機器・素材産業の発展
鋳造品などであるが、いずれも国内鉄鋼メーカーの
規模からすると少量生産である。
技術レベルでは、これまで主にライセンス機体の
部品を製造しており、海外と同等であると考えられ
これらの製品は、船舶・原子力用品製造設備と共
る。最近ではオイル・パッセージ付きギア・ボック
用でき、国内メーカーはいずれも高度の技術力およ
スを開発しており、航空機用マグネシウム合金の国
び、特殊溶解炉、大型鍛造・圧延設備を中心とする
産率は90%を維持している。
設備力を有しているが、チタンと同様に精密鋳造品、
合金では、従来、耐熱特性が求められるギア・ボ
鍛造品については輸入が多いのが実情である。神戸
ックス、ハウジングなどにはQE-22A-T6、EZ33A-
製鋼、住友金属、日本製鋼、大同特殊製鋼、日立金
T5などが用いられてきた。近年、耐熱特性と耐食
属が供給力を有している。
性に優れた、イットリウム、希土類添加したWE-
製品については、海外主要航空機メーカーやエン
ジン・メーカーの認定も取得しており、一部輸出も
43A-T6、WE54-T6合金が注目されており、更なる
適用拡大が期待される。
行われている。しかし、航空機がライセンス生産で
精錬技術の進歩によりマグネシウムの耐食性が向
ある関係上、欧米で開発された材料が指定されてい
上しているといわれるが、革新的高強度・高耐食性
る。すなわち、我が国特殊鋼メーカーの、生産技術、
の向上を目指す急冷凝固マグネシウム粉末冶金材、
品質管理技術は国際水準にあるが、我が国航空機工
マグネシウム基複合材などの研究が進められてお
業の自立化が今一歩の現状では、新材料・新プロセ
り、将来が期待される。
スの開発、あるいは大型設備の導入の面では先頭に
は立ちにくい状況にある。住友精密及び日立金属は、
日本航空宇宙工業会の委託研究で脚用高強度ステン
レス鋼を開発し国際的に特許を申請している。
超合金については、石川島播磨重工が一方向凝固
5 複合材料
複合材料は、広義には『異質で異形の材料を組合
せ合成することにより得られる、単体では持ち合わ
さなかった優れた性質を有する材料』と定義され、
多結晶および単結晶精密鋳造タービン・ブレードを
航空機では、強化材として繊維を用い、母材として
実用化しており、同社と三菱マテリアルは高温高強
樹脂を用いる繊維強化複合材料を指すことが多い。
度ディスクの研究開発を行っている。なお、エンジ
航空宇宙用途では、炭素繊維(CF)と熱硬化性
ンの一層の性能向上を目的として、金属化合物また
樹脂(主にエポキシ樹脂)からなる炭素繊維強化プ
は酸化物分散強化超合金、Ti―Al合金の研究も行わ
ラスチックス(CFRP)を中心とした、いわゆる樹
れている(石川島播磨重工、神戸製鋼、川崎重工、
脂基複合材料(PMC)の使用が主流であり、その
新日本製鐵、三菱重工、住友金属)
。
優れた力学的特性(比強度・比弾性率)により機体
の軽量化を達成している。
4 マグネシウム
複合材料の適用は、米国を中心に昭和45年頃から
マグネシウム合金は、実用金属では最も比重が小
開始され、当初の二次構造材(舵面等)から準一次
さく、比剛性が優れているので、最も軽量化効果が
構造材(尾翼等)を経て、一次構造材(主翼や胴体
見込まれる材料である。製造プロセスは、需要量の
構造等)にまで拡大されている。その採用は先ず軍
関係から鋳造と鍛造が主流であり、大型の押出・圧
用機から始まり、その後、次第に民間機にも応用が
延の量産工程は確立していない。
進められている。機体の全構造重量に占める比率は
航空機分野では、SH-60-Jなどのヘリコプター用
F-22(軍用機)で約26%、A-320(大型民間機)で約
のギア・トランスミッション・ハウジング、ジェッ
15%、スターシップI(ビジネス機)では約72%にま
トエンジン用ギアボックス、操縦系統部品、T2、
で達している。さらに、開発中のA-380で大幅に適
T4練習機のキャノピー・フレームに採用されてい
用することが検討されている。
る。
我が国においては、昭和47年に開始された防衛庁
これらの部品は、我が国航空機分野での需要量が
の「CFRPの航空機への適用化研究」を契機として
少ないこと(35t/年)
、マグネシウム合金特有の製
実用化研究が精力的に進められ、T-2高等練習機
造技術が必要であることから、国内は神戸製鋼が中
(補助翼等)
、C-1輸送機(グランド・スポイラー等)
、
心となっている。
PS-1飛行艇(スラット・レール等)や航空宇宙技術
第1部 総論
87
第7章 機器・素材産業の発展
研究所の短距離離着陸実験機であるSTOL機(水平
材としては、更に耐熱性、耐衝撃性及び耐湿熱性
安定板、フラップ等)への適用がなされた。現在は
(ホット・ウェット)の点で不十分な点もあり、よ
T-4中等練習機や共同開発機であるボーイング767型
り性能のすぐれたビスマレイミド樹脂(BMI)及び
機等の生産にも応用されている。また、支援戦闘機
ポリイミド樹脂(PI)等について検討が進められて
F-2には、一体成形複合材が主翼に採用され、B777
いる(三菱重工、三菱レーヨン、横浜ゴム、富士重
では、国産材料(東レT800/39002)が一次構造材
工、東邦テナックス、三井化学など)
。
料用と認定され、尾翼他に適用された。このほか、
複合材料の適用範囲は、CFRPを中心に今後も拡
T-4の尾翼、小型観測ヘリコプターOH-1などにも多
大し、将来的には軍用機:40∼50%、大型民問機:
くの複合材料が適用されている。
25∼60%、ビジネス機・ヘリコプター:70∼80%ま
このように、我が国の複合材料関連技術(材料開
で適用されるとの見方がある。一方、コスト面での
発及び成形加工技術等)は、炭素繊維技術を先頭と
要求がますます高まっており、性能面や成型加工性
して世界のトップレベルに達している。東レ、東邦
の改善など課題も多い。
テナックス、三菱レーヨンが世界の生産(炭素繊維)
検査技術・修理技術の標準化(エアラインからの
で上位3社を占めているほか、横浜ゴム、東邦テナ
要求が強い)、高分子設計や分子配合技術を駆使し
ックスは昭和55年頃から、炭素、ガラス、アラミド
た樹脂の開発、繊維/樹脂界面挙動のミクロ的理解、
繊維プリプレグの生産ラインを稼動させ、ボーイン
繊維配列・樹脂の最適設計技術さらには破壊力学の
グ社などの認定を得ている。横浜ゴムではフィラメ
適用などが重要と考えられている。
ント・ワインディング方式による複合材料製ウオー
ター・タンクをボーイングに納入し、その他ウェイ
スト・システムも生産している。
6 ハニカム
ハニカム材料は主翼および尾翼、ランディング・
一方、複合材利用部品の生産では、自動切断機や
ギア・ドアの内部構造材料(コア)および動翼(フ
自動積層機等の採用によって成形品の均質化、工程
ラップ、エルロン、エレベータなど)として用いら
の合理化を行ない、品質の向上・安定化、加工費の
れている。 昭和飛行機では各種のハニカムを製造
低減を図り、各国の認定を取得している。また、大
している。
型構造物の一体成形なども一部に実用化が図られ
ノーメックス・ハニカムはB767及びB777のフェ
(三菱重工、川崎重工、富士重工、横浜ゴムなど)
アリング、メイン・ランディング・ギア・ドア、
ているが、材料開発、設計技術、生産技術、品質技
B747のフラップに使用されている。また防衛庁向け
術について体系的な研究が一層必要となってきてい
航空機、T-4中等練習機、SH/UH60J等の動翼、フロ
る。
アパネル、ローター・ブレードに使われている。
このような背景から、最近、量産化・コストダウ
ンを目的として成形法の自動化を目指した革新成形
アルミ・ハニカムはB737のフラップ、V-2500 エ
ンジンの一部として使用されている。
法〔ファイバー・プレースメント、レジン・トラン
B777及びB737NG(Next Generation)のエンジ
スファ・モールド(RTM)
、レジン・フィルム・イ
ン・ナセル構成材料としては昭和飛行機のカーボ
ンフュージョン(RFI)
、新エネルギー硬化(電子線、
ン・ハニカムが採用され、その後、より安価なガラ
紫外線、マイクロ波等)、三次元織物・ブレ−ディ
ス・ハニカムを納入している。
ングの採用〕の開発が日本航空宇宙工業会委託研究
横浜ゴムは昭和飛行機のハニカムコアを用いたラ
としても実施されている。また、ジャムコは、ADP
バトリィを製作しボーインング社に納入している。
と言うCFRP自動連続成形技術及び自動高速超音波
探傷装置を開発し、1997年からエアバス社A300、
A318、A319、A320、A330、A340の垂直尾翼スト
リンガーなど、補強材として供給を行っており、
A380では二階客室床桁材にも採用が決定するなど
用途を拡大している。
近年複合材の運用実績も集積されつつあるが、母
88
第1部 総論
7 ファインセラミックス
ファイン・セラミックスは、高強度、高耐食、高
耐摩耗性などの構造材として注目を集めている。
航空機用ではタービン・ノズルの内表面、タービ
ン翼へのコーティング材料として一部使用されるに
留まっているが、高温部のセラミックス化は、耐熱
第7章 機器・素材産業の発展
温度向上と軽量化を図る重要な技術として期待が大
きい。
今後、航空機への利用が期待されるのは、コーテ
ィング材としてアルミナ、ジルコニア、および窒化
けい素、炭化けい素焼結体、セラミックス基複合材
料、及び傾斜機能材料である。現在、セラミックス
の靭性改善を目的として、粒子分散、繊維強化など
様々な複合化の手法について研究開発が活発に行わ
れている。
日本航空宇宙工業会の委託研究では、炭化珪素の
蒸着技術(三井造船、石川島播磨重工)、軸受け
(富士重工、光洋精工、)、吸音ライナ(石川島播磨
重工、三菱マテリアル)などがある。
第1部 総論
89
第8章 21世紀における航空機産業の発展に向けて
2001年9月11日の米国同時多発テロを契機とする
航空不況により、エアラインは大きな打撃を受け、
力整備計画(平成8年度∼平成12年度)において、
・周辺海域の防衛能力及び海上交通の安全確保能力
航空機の引き取り遅延、キャンセル等の事態を招い
については、固定翼哨戒機(P-3C)の後継機に関
た。ボーイング社の生産規模は、テロ以前の月産48
し、検討の上、必要な措置を講ずる
機から2003年初め現在24機へと半減した。こうした
・輸送力及び機動力については、輸送機(C-1)の
状況は、ボーイングなどと共同事業を行っている我
後継機に関し、検討の上、必要な措置を講ずるこ
が国航空機メーカーの操業に大きな影響をもたらし
とに対応したものである。
ている。
両航空機の開発決定にいたる過程では、2機種同
また、防衛需要はこのところ伸び悩んでいる。ブ
時開発することに伴い所要資金が膨大なものとなる
ッシュ政権になって以降の米国を別にすれば、冷戦
ことということで、防衛庁は日本航空宇宙工業会に、
終結後世界的に防衛予算は減少傾向にある。我が国
P-X/C-Xの仕様共通化の検討を平成12年度に委託
の防衛航空機調達予算も昭和63年に3,819億円(うち
した。これは、仕様共通化の技術的妥当性とコスト
国産は3,710億円)を記録したあと減少傾向にあり、
削減効果の両面から合理性を有すると思われる仕様
最近では2,000から2,300億円(うち国産は1,900から
共通化案を策定しようとするものであった。
2,100億円程度)という水準になっている。
以上のように、我が国航空機工業をめぐる当面の
状況には厳しいものがある。
しかしながら、民需はアジアなどの高い伸びもあ
り中長期的には着実な(年率5%程度)成長が見込
まれている。技術・コストなど総合的競争力の強化、
本検討の結果、防衛庁において仕様共通化の基本
コンセプトが選定され、平成13年度予算の概算要求
が行われた。平成13年度予算成立後、選定された基
本コンセプトに基づいた提案要求(RFP)が出され
た。
防衛庁は主担当会社として立候補した川崎重工、
世界市場への対応など、着実な取り組みを進めてい
三菱重工、富士重工の提案を「企業の開発・生産能
くことが必要である。
力」
、
「開発体制」
、
「機体構想」
、
「整備・補給体制」
、
防衛需要は、我が国航空機需要の6割以上を占め、 「コスト」の5項目を比較、評価し、平成13年11月主
航空機の技術基盤、生産基盤を中核として支え、構
契約会社を川崎重工に決定した。
成している。中断や変動なく安定的な開発・生産を
2機種は機体及び装備品の一部を共用化し、同時
続けることにより、航空機工業の基盤を維持・発展
開発されることになっており、総開発費は約3,400億
していくことがのぞまれる。
円(エンジンを含む)の予定である。初飛行(予定)
幸い、ここに来て今後の航空機工業の発展につな
がりうる様々な動きが出始めた。
今後50年の発展に向け、以下のような機会を活用
し、これまで築いてきた基盤を固めるとともに、新
たな発展をとげることが期待される。
はP-Xが平成18年、C-Xが19年、開発完了(予定)
はP-Xが平成22年度、C-Xが平成23年度となってい
る。
また、経済産業省は、平成13年9月4日開催の産業
構造審議会航空宇宙産業分科会第1回航空機委員会
で、P-X/C-Xの民間輸送機転用については「積極
1節 わが国主導の航空機開発
的に検討すべきだ」との有力意見があり、このため
平成14年5月、防衛庁、国土交通省、経済産業省、
1 次期固定翼哨戒機・次期輸送機(P-X、C-X)
の開発
次期固定翼哨戒機(P-X)及び次期輸送機(C-X)
で構成する「航空機開発推進連絡・調整協議会」を
設置した。同協議会は、P-X/C-Xの開発機会を最
は、それぞれ現用のP-3C、C-1の後継機として、平
大限に活用した我が国主導の民間航空機開発を目指
成13年度から開発が開始された。
し、我が国における航空機工業の発展および航空運
これは、平成7年12月15日閣議決定した中期防衛
90
主力機体メーカー、主要エアラインなどなどの代表
第1部 総論
送事業等航空機利用事業の高度化・多様化等に資す
第8章 21世紀における航空機産業の発展に向けて
るため、所要の連絡・調整を行うことを目的として
て、平成17年度頃までに材料技術を駆使した軽量化
いる。
等による環境適合性の確保、情報技術による操縦容
大型機(機体規模からは世界的にみると中型機で
易性の実現等を可能とする航空機関連技術の開発・
あるが)の国産開発としては約30年ぶりのプロジェ
選定・地上検証を行った後、平成19年度頃までに当
クトであり、技術・生産基盤の維持育成の観点から
該技術を搭載した試作機の設計・製造、飛行試験を
も大いに期待されている。
行い、トータルシステムとしての技術の有効性を実
証しようとするものである。
2.その他の防衛庁プログラム
平成12年12月15日閣議決定の中期防衛力整備計画
(平成13年度∼平成17年度)では、情報能力に関し
て、「情報については、我が国周辺の安全保障環境
事業期間は平成15∼19年度頃(5年間程度)で、
1/2補助で事業規模は500億円(官民合計)である。
技術開発の概要は以下の通りである。
(1)環境負荷低減を図るため、軽量化・低抵抗化に
をはじめとする国際情勢等の各種情報をより迅速・
より燃費を格段に向上(約20%改善)
正確に把握するため、技術の進歩に的確に対応しつ
・複合材料の大型・高速成形技術、軽量金属の
つ、各種情報収集器材・装置の充実を図る」と記述
摩擦攪拌接合(低摩擦熱での溶接技術)等の
している。
材料加工関係技術
このような背景のもと,日本航空宇宙工業会は防
衛庁情報本部から高高度無人機に関する調査研究を
・高性能空力設計技術等
(2)情報処理/制御技術を活用して操縦容易性及び
受託している。平成13年度は「高高度無人機用通信
高性能化を実現
技術等に関する調査研究」を、三菱重工、川崎重工、
・危機時における操縦マニュアルのコックピッ
ト画面表示技術
富士重工、石川島播磨重工の協力の下で、各種エン
ジン形式(ファン・ジェット,ターボプロップ,レ
・三次元画面表示による飛行状態認識のサポー
ト技術
シプロ)、滞空高度/時間、ペイロード重量等のト
レードオフ・スタディを主体に実施した。平成14年
・コンピューター上で試作機の製作・試験を行
度は「高高度無人機用センサシステム及び情報伝送
う技術(開発期間の短縮化、コストダウン)
システム等に関する調査研究」を、4重工に三菱電
等
機、東芝、日本電気、富士通、日立を加えた各社の
(3)開発・生産システムの効率化
協力を得て、搭載センサシステム(光学機器、
・最新のCAD/CAM技術を活用した大規模シ
IRST機器、エリント/コミント機器、レーダ機器)
ステムの設計・製造の短時間化/低コスト化
及び情報伝送システム等のトレードオフ・スタディ
技術
を主体に実施した。
将来、本プロジェクトが具体化されることが期待
されている。
4.環境適応型小型航空機用エンジン研究開発
上述の環境適応型高性能小型航空機研究開発と同
また、同計画では、技術研究開発について「技術
様、経済産業省が平成15年度から開始予定のプロジ
進歩のすう勢等を十分に勘案して、先端的な技術の
ェクトである。今後、着実に市場が見込まれ、かつ
確立に資するため、技術実証型研究を含む各種研究
競合機種が限られている次世代小型航空機用エンジ
を行う」としている。先進技術実証機計画を推進し
ンの開発を効率的に推進するために必要な技術の開
て、ステルス高機動技術などの新技術を追求してい
発を行うものである。エネルギ使用効率の大幅向上
くことが望まれる。
を実現するためのシンプル化構造設計技術、より厳
しい環境性要求に適合するための環境対策技術等の
3 環境適応型高性能小型航空機研究開発
経済産業省が平成15年度から開始予定の研究開発
プロジェクトである。
今後急速に市場拡大が見込まれ、かつ競合機種が
限られている30∼50席クラスの小型航空機につい
開発により国際競争力を強化することを目標にして
いる。
事業期間は平成15∼21年度頃(7年間程度)で、
事業規模は350億円(官民合計)である。技術開発
の概要は以下の通りである。
第1部 総論
91
第8章 21世紀における航空機産業の発展に向けて
(1)エネルギー使用効率を大幅に向上するシンプル
化構造を実現
翼、複合材技術の適用などより難度の高い分野への
参画を図りつつある。
・部品点数・段数の大幅削減を実現(高負荷化
技術)
・部品点数の大幅な削減(部品統合設計技術)
(2)騒音、NOx等に対する優れた環境対応
・高バイパス比化による低騒音の実現(ファン
騒音低減技術)
1 A380
A380はエアバスインダストリー社が長距離・大
量航空輸送市場を席巻しているボーイングB747に対
抗するために開発中の旅客機である。総二階建ての
機体で、標準仕様で555席の座席数を有し、輸送力
・適切なタービン入口温度の設定によるシンプ
重視の短距離仕様にした場合990席まで搭乗が可能
ル冷却構造(シンプル構造低NOx燃焼技術)
といわれている。2003年2月末現在10社の顧客から
(3)インテリジェント化により相反する要求を実現
・高負荷かつ高信頼性を実現(予知予防制御技
術)
・低NOxかつシンプル構造を実現(燃焼制御技
術)
(4)高バイパス比比等による高性能を実現
・高バイパス比化による燃料消費率の低減(燃
料消費率低減技術)
・部品点数・段数の削減(重量低減化技術)
計103機の受注を獲得している。2004年初飛行、
2006年初頭に運航を開始する予定である。
わが国航空業界では、共同開発の相手方としては
ボーイング社の比重が高かったが、新たにA380開
発に参画する企業も多い。平成15年2月末現在、日
本企業13社が本プロジェクトに参加することが発表
されている。13社がA380から得る売り上げは21億
1000万ドル以上といわれている。参加企業及び担当
する部位又は提供する素材は以下のとおりである。
○ジャムコ:①2階席用フロアクロスビーム、②垂
2節 国際共同開発の進展
直尾翼用構造部品
ジャムコは同社が独自開発した革新的アドバン
航空機及びエンジンの開発には長い年月と多額の
ス・プルトルーシヨン製法技術を用いて、炭素繊
資金を要する。特に、機体などの開発費は燃費、環
維複合材を使用した上記製品を納入する。同社は
境規制への対応など機体要求性能の高度化に伴い
平成8年(1996年)以降、A300を除く全てのエア
年々増大する傾向にある。
バス機向けに垂直尾翼用構造部材を供給してい
1980年前後にローンチしたB757、A310,などの
開発費は1,000億円(10億ドル)程度だったといわれ
ているが、1990年頃のB777では5,000億円に上昇し、
○東レ:PAN系炭素繊維「トレカT800S24K」
東レは「トレカT800S24K」の開発と製造を行
2000年代初頭のA380では1兆円をかなり上回ると見
う。東レはすでに他のエアバス機に対しても炭素
られている。大型機の開発は単独の民間企業の負担
繊維素材を提供してきた。中弾性炭素繊維を提供
能力を超えるものとなってきている。
するのは初めてである。
大型の民間機の開発は、開発リスクの分散、市場
の確保・拡大等を狙い、国際共同開発が世界的な趨
勢となっている。
こうした中、わが国の航空機工業は、技術蓄積、
○東邦テナックス:PAN系炭素繊維「ぺスファイト
IM60024K」
東邦テナックスは「ペスファイトIM60024K」
の開発と生産を行う。同社はこれまでも炭素繊維
産業基盤の維持発展などの観点から、第4章、第5章
素材を既存のエアバス機に提供してきたが、中弾
で見たように各種の国際共同開発プロジェクトに参
性炭素繊維を提供するのは初めてである。
画してきている。
○住友金属工業:純チタンシート
パートナーは、現段階ではボーイング社、3大エ
純チタンシートはエアバス社の他の航空機プロ
ンジンメーカーが中心であるがカナダ、ブラジルな
グラムでもすでに採用され評価の高いものであ
どのメーカーとの共同開発も進展し、参加の形態は、
る。
当初の一部部材の製造を分担するものから、プロジ
ェクトのより初期段階から参画し、分担としても主
92
る。
第1部 総論
○三菱重工:①前部貨物ドア、②後部貨物ドア
三菱重工はすでに、A330/A340ファミリー向
第8章 21世紀における航空機産業の発展に向けて
け後部貨物ドア、A320ファミリー向けシュラウ
ド・ボックスを生産している。
○富士重工:①垂直尾翼前縁・後縁、②垂直尾翼端
およびフェアリング
富士重工がエアバス社の航空機プログラムに参
画するのは、今回のA380が初めてである。
○日本飛行機::水平尾翼端
日本飛行機がエアバス社の航空機プログラムに
参画するのは、今回が初めてである。
○新明和工業:翼胴フィレット・フェアリング
フェアリングは炭素繊維強化プラスチック製
平成14年1月(財)日本航空機開発協会、三菱重
工、川崎重工、富士重工はボーイング社とソニッ
ク・クルーザー開発に先立って実施する共同研究に
関する覚書を調印し、軽量低コスト構造設計製造技
術等の研究を実施することとなった。
こうした中、同年12月ボーイング社は、ソニッ
ク・クルーザーの研究を継続するとしつつ、「B737
とB767の中間サイズとなる次期航空機の開発を視野
に入れ検討してきた結果エアラインが望んでいるの
は「効率性」であり、今日の航空機より約15∼20%
燃料効率がよいSEA(超高効率輸送機)の開発に注
(CFRP)で、新明和工業がエアバス社の航空機プ
力し、2008年の運行開始を目指す」ことを発表した。
ログラムに参画するのはA380が初めてである。
本機は、今後、関係企業やエアラインとの協議を
○横浜ゴム:貯水タンクおよび浄化槽タンク
これらのタンクは炭素繊維を用いたCFRP(フ
ィラメント・ワインディング法)で製造される。
横浜ゴムがエアバス航空機に部品を供給するのは
これが初めて。
○日機装:カスケード(逆噴射流整流格子)
エンジンナセルの逆噴射装置に用いられる炭素
経て、計画構想、国際共同開発の体制についてより
具体的な検討が進められていくものと見られてい
る。
ボーイング社はSEAの潜在需要を2,000∼3,000機
と予測しており、本プロジェクトが予測どおり順調
に立ち上がった場合には、かってなかった規模の大
型共同開発になる可能性もある。
繊維強化プラスチック製のカスケードを生産す
我が国航空機工業界としても、本機の市場性、事
る。日機装は他のエアバス機の逆噴射装置用カス
業の成立性等を見極めつつ、参加の方式などについ
ケードをこれまでも供給してきた。
て、今後ボーイング社と協議を進めて行くことにな
○横河電気:コックピットのディスプレィ・モジュ
ール
横河電気はA340-600にもディスプレィ・モジュ
ールを供給している。
○カシオ計算機:TFT液晶パネル
カシオ計算機は、6インチ×6インチのTFT液晶
パネルを横河電気に供給する。カシオ計算機も
るものと見られる。
SEAへの搭載エンジンは未定だが、大手エンジ
ン・メーカーは開発への興味を示していると伝えら
れている。わが国エンジン・メーカーの中でも、す
でに石川島播磨重工はGEと共同事業の検討に入っ
ている。こうした動きが今後いっそう活発化すると
見られる。
A340-600向けに液晶パネルの供給を行っている。
○牧野クライス製作所:高性能マシニング・センタ
ー
3節 次世代超音速輸送機(SST;Super
Sonic Transport)
高性能マシニング・センターは主翼の精密部品
製造に利用される。
超音速輸送機は、1968年12月31日に初飛行したソ
連のTu-144と、翌1969年3月2日初飛行の英仏共同の
2 B7E7;超高効率輸送機(SEA:Super
Efficient Aircraft)
コンコルドの2機種が存在する。その後、アメリカ
のSSTプログラムが1971年3月に中止されてからは、
ボーイングは超大型機A3XX(2000年12月A380と
新たな機体が出現することはなかった。しかしなが
して開発決定)に対抗するため、B747をベースに
ら1980年代後半から、将来の太平洋圏を中心とする
B747-Xを開発する計画を立てたがこの構想は実現に
長距離輸送の増大やビジネス領域の拡大に伴い、旅
至らず、2001年3月、より高速(M0.95-0.98)で、よ
行時間短縮即ち高速化の期待の高まりと、それを支
り航続距離の長い200∼250席程度の「ソニック・ク
える技術の進歩が相侯って再び開発気運が盛り上が
ルーザー」の開発を発表した。
り、世界各国で技術開発が進められてきた。次世代
第1部 総論
93
第8章 21世紀における航空機産業の発展に向けて
超音速機は膨大な開発費の負担や需要の面から国際
共同開発が世界的なコンセンサスとなっている。
次世代の超音速輸送機の巡航速度はM2.0∼2.4が
我が国においても昭和62年度以降、日本航空宇宙
想定されているが、高速飛行に伴う空力加熱のため
工業会が通産省の委託を受け、将来の国際共同開発
機体表面温度が最高110∼180℃にもなる。従って軽
に備えて調査・研究を行なってきた。
量で、かつこの高温に耐える材料・構造が、特に重
昭和62年度は「SST/HST開発動向調査」
,昭和63
要な研究開発の課題となる。構造様式としては、耐
年度は「超音速輸送機開発動向調査」として飛行速
熱複合材とチタン合金を主体としたものが計画され
度M2∼5クラスを中心に、開発動向、市場検討、技
ている。フェーズ2では、長期使用耐熱性が180℃級
術課題の調査及び機体諸元策定プログラムの作成を
のポリイミド系のCFRP(Carbon Fiber Reinforced
行ない、超音速輸送機の可能性を検討すると共に今
Plastics)と150℃級のビスマレイミド系のCFRPの
後の技術課題を抽出した。
双方につき、研究に着手し、平成9年度までに規模
平成元年度から通産省は、①「超音速輸送機開発
は小さいものの具体的な知見を得ることができた。
調査」、②産業科学技術研究開発制度による「超音
これら耐熱材料については、平成10年度より、後述
速輸送機用推進システムの研究開発」及び③「超耐
する「運輸用エネルギー使用合理化材料開発」プロ
環境性先進材料の研究開発」を、三位一体のプロジ
ジェクトの「耐熱複合材料の適用技術の開発」にお
ェクトとしてスタートさせた。
いて技術開発が行われることとなった。
(1)
「超音速輸送機開発調査」では平成6年度まで
をフェーズ1として、環境に適合し、かつ経済
94
にも協力している。
(2)
「超音速輸送機用推進システムの研究開発」に
ついては第6章第4節を参照。
的に成立する機体仕様を見いだし、要求される
(3)産業科学技術研究開発制度による「超耐環境性
機体の実現に必要な要素技術とその開発規模や
先進材料の研究開発」は、航空宇宙等幅広い分
期間について調査を実施した。この調査では、
野で必要とされる高温環境下での強度、耐酸
要求仕様検討用の機体諸元策定プログラム
化・耐食性、靭性等に優れた先進材料の開発の
(CAD)の機能や精度の向上を計り、それを用
ための基礎技術を8年間で確立することを目標
いて座席数200∼400席、速度M2∼5、航続距離
にして(財)次世代金属・複合材料研究開発協
4,500(8,334km)∼7,500nm(12,890km)の幅広
会が委託を受けて研究を行なっていたが、平成
い仕様の中から市場面、技術面において実現の
8年度で完了し、成果は国際シンポジウム等で
可能性を検討した。その結果平成7年∼平成27
発表されている。
年の技術レベルを前提に、最も有望な機体仕様
平成10年度からスタートした「運輸用エネルギー
として300席、M2.2、航続距離6,000nm
使用合理化材料開発」では、「輸送用先進複合材料
(11,112km)を決定し、機体基本形状、主要構
設計製造技術の研究開発」としてSSTを念頭に置き、
造部の高温部、エンジン形態について概念検討
耐熱性をはじめとした高い要求水準に対応できる低
を実施した他、さらに超音速機実現の上で別の
コストで軽量な複合材料を設計・製造する技術の確
重要課題である環境影響の調査を行なった。ま
立を目標としてスタートした。このためにポリイミ
た、策定したべースライン機を中心に市場性や
ド系、ビスマレイミド系を中心とした実用材料の開
技術面の見直し、空力、構造、エンジン、シス
発、各種自動積層、液相プロセス等による高効率製
テム等考慮した基本仕様の検討及び基礎試験を
造技術の開発及び複合材料による一次構造の安全性
行なっている。また環境問題をクリアできる超
と軽量化を確保するための損傷許容、座屈許容等の
音速輸送機の成立可能性が重要な課題となり、
革新設計技術の開発を行っている。また、これらで
ソニック・ブームの影響等の調査も実施した。
開発された材料、設計及び製造技術を実証・評価す
平成7年度からは開発調査フェーズ2と位置づけ、
るために、主翼内翼桁間部分構造、後部胴体パネル
フェーズ1の開発調査で判明した重要技術課題につ
及び主翼外翼大型外板パネル等の機体一次構造を対
いて、材料・構造に重点を置いて調査を実施した。
象とし、部分構造供試体の設計、試作製造、評価試
環境適合性についてもソニック・ブーム、オゾン層、
験を実施し、その軽量化と低コスト化を検証すると
空港騒音の調査を継続し、ICAOの基準策定の動き
ともに、供試体の性能と品質を評価する予定である。
第1部 総論
第8章 21世紀における航空機産業の発展に向けて
また、科学技術庁航空・電子等技術審議会が平成
の開発と実証実験」を行った。これは同年度の政府
6年に出した指針(18号答申)に基づいて、航空宇
補正予算に基づき、情報処理振興事業協会が公募し
宙技術研究所が中心となり「次世代超音速機技術の
た「企業間高度電子商取引推進事業」に応募・提案
研究開発」が平成9年度から本格的にスタートした。
して採択されたものである。(応募時の名称が「航
これは主に機体及び全体システムの開発を中心に進
空機CALSシステムの開発と実証実験」であったこ
め 、 数 値 流 体 力 学 CFD( Computational Fluid
とから、業 界 で は 航 空 機 C A L S ( C o n t i n u o u s
Dynamics)による空力設計技術及び超音速時の性
Acquisition and Lifecycle Support)と通称された。
)
能を支配する空気取入口などの推進技術向上を目指
会員企業30社が参加してシステムの要求仕様を策定
し、平成18年度までにロケット実験機及びジェッ
し、うち20社は実証実験に参画した。国内各社はも
ト・エンジンを搭載した2種類の無人機を飛行させ
ちろん、海外企業との協業を促進するためにISO規
る計画で、約280億円の投資を予定していた。平成
格(STEP;STandard for Exchange of Product
14年7月、豪州ウーメラン実験場に於けるロケット
data model)に準拠して異種CAD間のデータ交換を
実験機(NEXT-1)の第1回打ち上げが失敗し、現在
可能とし、エンジンや各種装備品の簡素化機能など
は計画が凍結されている。
によって設計段階での同時並行的な組立シミュレー
以上のプロジェクトは密接に連携して推進される
ション(電子モックアップ)を実現すると共に、各
と共に、その実施を通じて国際交流の拡大、国際社
社の設計情報などの分散データを統合管理する機
会への積極的貢献を図り、国際共同開発を目指した
能、さらに技術文書の作成・管理機能などを業界標
運営が行なわれてきた。
準として開発することによって、航空機・装備品開
国際的には米ボーイング社、米MDC社(旧)
、英
BAe社、仏アエロスパシアル社、独DASA社の共同
研究グループに、日本メーカーも、伊アレニア社、
発の効率向上と共に業界のネットワーク化や各社の
IT環境の構築・改善を促した。
こうした成果は、現在、会員企業が執り進めてい
露テュポレフ社と共に平成3年以降参加し、市場や
るボンバルディア社やエンブラエル社との共同開発
環境の分野で活動を続けてきた。
事業、さらに防衛庁の次期固定翼哨戒機(P-X)及
しかし、この国際的な活動や米国がNASAを中心
び次期輸送機(C-X)の開発事業などで利用されて
に行っていたSSTの技術開発は、ボーイングの業績
いる。このような実用を通じ、ITの進展に対応した
悪化や欧州ではA3XX(現名称A380)を優先する等
改良が継続的に行われており、業界の技術活動に係
の事情により平成11年に中断されることとなった。
わるITインフラの整備は急速に進み自立的な展開を
また、13年間続けてきた「超音速輸送機開発調査」
始めている。
も平成13年度までで中断されている。
欧米では次世代超音速輸送機の開発計画がトーン
2 CALS/ECとEDIセンターの発足
ダウンしているが、経済性を克服するための耐熱複
平成10年から政府において高度情報化技術の活用
合材料や騒音、NOx等の環境に適合したエンジンな
による経済構造改革実現のための諸事業が進められ
どの基礎的な研究及び要素研究が、各国研究所を中
た。日本航空宇宙工業会は、このうち、経済産業省
心に継続的に行われている。我が国においても、次
が所掌して執り進めた「先進的情報システム開発実
世代超音速輸送機へ向けた着実な研究、技術開発を
証事業」
(平成10年度第1次補正予算)
、
「産業・社会
継続していくことが重要である。
情報化基盤整備事業」(同第3次補正予算)さらに
「情報システム共通基盤整備のための連携推進事業」
4節 航空機工業における情報技術共通基盤 (平成11年度予算)に対し、防衛を含む調達分野の
IT化、つまり電子商取引の実用化(技術審査、技術
(ITインフラ)の構築
変更提案などの支援機能を含む)を目指した提案を
1 航空機CALS
行い、いずれも採択された。これらの事業はそれぞ
日本航空宇宙工業会では、業界の情報技術基盤
れ独立した契約の下で進められたが、日本航空宇宙
(ITインフラ)整備を先導するため平成8年から翌年
工業会は、これらを防需・民需双方に対応し得る一
にかけて「航空機の設計・生産・運用支援システム
連の整合の取れた業界システムとして完成するた
第1部 総論
95
第8章 21世紀における航空機産業の発展に向けて
め、会員企業のほか(社)日本造船工業会に所属す
業界で常続的な取引関係のある国内約1,000社の登録
る企業など約40社を糾合した「防衛調達CALSコン
が予想されており、将来は、ボーイング社、エアバ
ソーシアム」を設立して事業を推進した。(そのた
ス社など外国企業との統合運用も期待されている。
め業界ではこれら一連の事業を防衛調達CALS
(Commerce At Light Speed)と通称した。
)この事
業で開発した成果は、所謂フリー・ソフトウエアと
5節 工業会規格の発行と航空宇宙品質保証
センター(JAQG)の発足
して公開し広く一般の利用に供している。
一方、日本航空宇宙工業会は、防衛庁が所掌した
航空宇宙工業における品質保証規格は、従来、米
防衛庁における研究・開発、調達、維持・管理各段
国国防省発行の米軍仕様書(MIL Spec)が一般的
階における諸活動の電子化事業(平成10年度第1次
に使われ、品質システムとしてはMIL - Q-9858Aが
補正予算)では、
「防衛庁CALS共通基盤システム」
適用されてきた。しかし、MIL Spec体系の一様な
(パイロット・モデル)のシステム設計を担当した。
適用は過剰品質をもたらし不経済になりがちである
こうした両省庁のITインフラの整備事業が同時並行
との指摘がある。一方で民需技術が著しく進歩した
的に進行し、また、いずれも日本航空宇宙工業会が
ため、米国国防省はMIL Spec体系の改革を実行し、
受注・担当した事は、システムの構成・機能・イン
それに伴ってMIL- Q-9858Aも廃止された。一方、
ターフェイスなどに関する官民双方の考え方を調整
民生品の国際的な展開の進捗に伴って国際的に共通
し整合を図る上で効果的であった。こうした成果に
な品質システムの必要性についての認識が高まり、
基づき、防衛庁は引き続き平成16年度からの本格的
1987年に、国際標準化機構(ISO;International
実運用を目指した「防衛CALS/ECシステム」を整
Organization for Standardization)は所謂ISO9000シ
備中であり、日本航空宇宙工業会は経産省の指導の
リーズを制定・発行して、ほとんど全ての産業分野
下で(社)防衛装備工業会および(社)造船工業会
にわたって広く浸透していた。航空宇宙工業でも
と共同で、平成13年6月「防衛CALS/EC協議会」を
MIL- Q-9858Aの廃止に伴い、これが広く採用され
設立してこれを支援している。
る状況となった。
96
このように、CALS/ECは防衛庁の本格運用が待
しかし、ISO9000シリーズ規格はMIL Specを起源
たれる状況下にあるが、日本航空宇宙工業会は、固
としてはいるものの航空宇宙製品に適用する場合に
定翼対潜哨戒機(P-X)及び次期輸送機(C-X)開
は、これを補うべき要求事項の追加が必要であり、
発事業の開始を受け、上に述べた防衛調達CALS事
品質システムの煩雑化や混乱をもたらす要因を抱え
業の中で開発された「航空機業界標準EDIシステ
ることになった。こうした状況を受けて、米国およ
ム」を活用してこれら事業の効率向上を図るため、
び欧州諸国はそれぞれの地域で追加要求事項を共通
平成13年4月「航空機業界EDI(Electronic Data
化するため、1997年に、それぞれが独自の業界規格
Interchange)センター」を設置してサービスを開
(米国;SAE AS 9000、欧州;AECMA pr EN9000-1)
始した。これは、他業種や外国企業との商取引も視
を作成するに至った。ISO/TC20(ISOの技術委員
野に入れた標準のEDI規約の下でインターネットを
会で航空機及び宇宙機を所掌)は、このような状況
介して受発注に伴うさまざまの文書、技術、進捗管
に対応するために、1997年(平成9年)秋東京で開
理などに関する情報交換の電子化を普及促進し、受
催された総会において、TC20として航空宇宙品質
発注業務の効率化を促すものである。会員企業は勿
システム規格を作成すること(ISO 9000シリーズに
論中小企業を含む非会員企業にも広く登録を呼びか
対する追加要求事項の作成)とし、原案作成のため
け、各社におけるEDI化の支援、メンバー登録/パ
にWG11を新設することを議決して活動を開始した。
スワードなどの管理、不具合対応/通知、プログラ
WG11の参加メンバーは日・米・英・仏・独・中・
ムの維持・改善、規約の改善/変更などを行ってい
ブラジル・メキシコの8ヶ国であった。日本航空宇
る。平成14年末現在で既に240社が登録を完了し、
宙工業会では、ISO/TC20国際規格委員会にJ-WG11
航空機工業界の電子商取引は急速に進みつつある。
を立ち上げてこれに対応した。WG11は1999年6月の
既に、国内における業界取引額のほぼ70%は電子商
マドリード会議で最終原案を作成・合意したが、こ
取引に移行している。防需・民需を問わず航空機工
れを早急にISO規格とすることはISOにおけるセク
第1部 総論
第8章 21世紀における航空機産業の発展に向けて
ター規格に関する制約、さらに手続き上の必要期間
い規格の作成・審議などに参加し、品質保証態勢の
などから困難な見通しとなった。
遅れなどに起因する各社の不利益を回避するために
一方、航空宇宙工業の国際的な展開を受けて、品
我が国の体制を整えるものである。IAQGにおける
質に関する国際的な協力態勢を整え品質の改善とコ
活発な議論・提案によって我が国航空宇宙工業にと
スト・ダウンを図るために、主要な航空機メーカー、
っての障壁を取り除くと共に、平成14年末現在すで
エンジン・メーカー、装備品メーカーなどがIAQG
にJIS-Q-9100の改訂版を発行(平成13年11月20日)
(International Aerospace Quality Group)を設立
した外、その実行を担保するために8種類に及ぶ
(平成10年、当初日本からは石川島播磨重工が参加、
SJAC規格を発行している。会員企業は勿論、特に
その後主要会員企業が参加)して活動を始めており、
我が国産業構造の特徴である多様な専門メーカーや
このようなISOの状況を受けて、IAQGがWG11の作
中小企業を含む非会員企業にも広く参加を呼びかけ
成した航空宇宙国際品質規格原案を引き取って規格
ている。平成14年末現在の登録企業数は88社である
化することになった。しかし、IAQGの性格から規
が、こうした趣旨・活動が理解され多くの企業が登
格文書は世界共通唯一の文書とはせず、内容及び規
録・参加し、我が国の得意技術を生かすための規格
格番号を一致させた地域規格の形態をとって発行す
作りに寄与することが期待されている。
ることとした。米国規格協会(SAE;Society of
Automotive Engineering)が主幹してAAQGを組織
し南北アメリカ大陸を、欧州航空宇宙工業会連合
(AECMA:European Association of Aerospace
Industries)が主幹してEAQGを組織して東欧・ロ
シヤ・中東を含む地域を担当し、中国、インド、オ
ーストラリヤを含むアジア地域は日本航空宇宙工業
会が主幹となってAPAQG(Asia Pacific Aerospace
Quality Group)を組織して普及改善を図ることと
し、それぞれが規格を発行した。SAE AS 9100、
AECMA pr EN 9100 およびSJAC 9100 がそれであ
り、SJAC 9100(品質システム−航空宇宙−設計、
輝ける未来に向かって飛しょうする超音速輸送機SSTの雄姿
開発、製造、据付け及び付帯サービスにおける品質
保証モデル)は、平成11年12月20日、日本航空宇宙
工業会規格として発行した。さらに当工業会は
SJAC 9100を公的な規格とするため、これをJIS原案
として所管の経済産業大臣に申請し、日本工業標準
調査会の審議を経て、平成12年8月20日JIS-Q-9100と
して制定され、防衛庁でもこれを採用するところと
なった。我が国の航空宇宙工業は殆どの企業がISO
9000シリーズによる認証を取得済みであるが、現在
はJIS-Q-9100による認証への移行が進んでいる。
SJAC 9100は上述のような経緯を経て工業会規格
としては当工業会発足後最初のものとなったが、品
質システムに関する国際的な動きが急激であること
から、当工業会では平成13年4月「航空宇宙品質セ
ンター(JAQG; Japan Aerospace Quality Group)
」
を設置してこれを補完し、より充実した実行を促す
ための活動を開始した。これはIAQGが執り進める
品質システムの改善や、それを補完するための新し
第1部 総論
97
あとがき
戦後の長い空白期間があったにもかかわらず、航
進歩するという特質がある。これらの成果は再び諸
空機工業復活に関わった人々の非常な苦心と努力に
産業へ拡散し、そのレベルアップに寄与するという
よって、短期間のうちに目覚ましい復興・発展を遂
技術的波及効果の大きい技術先導産業である。今後
げ、現在ではふたたび世界有数の航空機工業国の地
の航空機の技術開発動向としては、短期的には省エ
位を確保するに至っている。
ネルギー、低公害及び保守点検のしやすさ、更に旅
現在では、F-2開発の事例に見られるように、シス
客者へのサービスの充実などを目指した機体・エン
テムインテグレション能力においても先進国に並ぶ
ジン開発となることが予想されるが、日本としてこ
レベルに到達し、又、民間機の国際共同開発の場に
のような技術開発に先導的な役割を果たす必要があ
おいて、資金的にも、技術的にも責任ある役割を分
る。
担する事が可能になってきた。
航空機工業は、需要別に分類すると防衛需要の割
あるが、私企業の経営という面からみると極めて難
合が高い。東西冷戦が終結し、一部の例外はあるに
しい側面をもっている。すなわち、研究開発費が他
しても世界的に防衛費削減の傾向にあり、米国を初
産業に比して巨額であり、しかも生産に際しても多
めとして世界的に民需転換が進められている。一方、
大の資金と長いリードタイムを必要とする。これに
昨年度の米国に於けるテロ事件等の社会情勢によ
反して、マーケットが比較的小さく、しかも限定さ
り、民間航空機関連需要が大きく変動するため、民
れているため、事業として経済的負担が大きく、リ
需転換も厳しい環境にある。しかしながら、民需分
スクが多大である。欧米先進国では、航空機工業を
野ではアジア地域の需要増加の期待もあり、中長期
自国の戦略的産業として位置づけ、国が援助と保護
的には成長が見込まれており、技術・コスト競争力
政策をとっている場合が多い。今後官・民の適切な
の強化等着実なな取り組みが必要である。
役割分担の下に、世界市場へ適切に対応することが
航空機工業は、エレクトロニクス、新素材など広
汎多岐にわたる産業分野の最先端技術を結集し、そ
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航空機工業は国として発展が期待される産業では
必要である。
航空機工業は、国家戦略的特性を有し、技術波及
れらをリードする統合ハイテク産業である。しかも、
効果の大きい産業として、技術立国を目指す我が国
信頼性、安全性、高性能性、軽量化、経済性、耐環
社会への貢献が期待されている。国家の要請に応え
境性などの観点から新たな、厳しい技術的要求が発
うる生産・技術基盤を保有するに至ったと思量され
生し、その要求に応える研究によって技術がさらに
るが、今後とも更に強化、発展する必要がある。
第1部 総論