ビジネス動向レポート 新しい公共経営モデルを目指して ∼ “コスト志 向”から “品質志向” への 転 換 ビジネスコンサルティング部 次長 チーフコンサルタント コンサルタント 片田 保 菊地 徳芳 片岡 千鶴 公共サービス改革基本方針の見直しが進められている。これまでコスト削減では一定の成果を 上げてきたが、“品質”では課題が残る。今後の公共経営の姿として、独自調査をもとに“品質 志向”への転換を提案する。 減よりもサービス品質向上に重きをおきたい」とす 1. 公共サービス改革の成果と課題 2010年7月6日、公共サービス改革基本方針の改 る自治体が増えつつある。 図表 1 サービスの品質向上とコスト削減のバランス 定が閣議決定された(注1)。これまで4年間にわた 0% り公共サービス改革に取り組み、率にして5割強の コスト効果を上げるなど一定の成果は出ている。し かし、公共サービスの“品質”と“コスト(経費)” の両面で効果を上げるという点では課題もある。今 回の改定の中でも指摘されているように、特に、安 20% 40% こ れ ま 4% で 今 7% 後 60% 76% 58% サービス品質向上よりもコスト削減に 重きをおきたい 80% 100% 4% 11% 5% 2% 33% 1% % コスト削減よりもサービス品質向上に 重きをおきたい 値落札による公共サービスの“品質”の低下といっ サービス品質をある程度下げてでも、 それ以上にコストを削減する た弊害は、公共サービス改革の根幹を揺るがす問題 である。逼迫する財政難の折、直面している財政再 建のために効果が見えやすいコスト削減に振り回さ サービス品質を現状維持しながら、 コストをさらに削減する サービス品質、 コストともに現状を維持する コストを現状維持しながら、 サービス品質をさらに高める コストをある程度かけてでも、 それ以上にサービス品質を向上する れ、具体的な指標が示されにくい“品質”が犠牲に なっているのではないかと懸念される。 2.1. コストと品質に対する自治体の意識 本論考では、みずほ情報総研が独自に行った調査 これまでの行政改革については、9割もの自治体 に基づいて、ともするとコスト削減に偏重しがちな が「職員の人件費の削減」や「事業費の削減」を成 行政改革の現状、自治体における品質志向に転換す 果として挙げており、コスト削減では一定の結果を る兆し、そして、これまで漠然と取り扱われてきた 出せたと自己評価している。一方で、今後の課題と 「品質」について掘り下げて検討する。 して「事業費の削減」を挙げる自治体は4割に留ま っているが、5∼6割の自治体が「サービスの品質向 2. 品質志向を模索する自治体 みずほ情報総研と明治大学が共同で行った自治体 01 上」や「住民ニーズに適った新規施策の展開」を課 題に挙げている。 アンケート調査(注2)によれば、コスト削減と品 しかし、「職員の事務作業(時間外勤務、休日出 質向上の狭間で苦悩しながらも、今後は「コスト削 勤等)の増加」や「職員の取組意欲の低下・やらさ 新 し い 公 共 経 営 モ デ ル を 目 指 し て ∼“ コ ス ト 志 向 ”か ら“ 品 質 志 向 ”へ の 転 換 れ感の広まり」といった職員の働きやすさの低下を スとは異なり、サービスの“品質”が適正に調整さ 問題と感じている自治体が半数以上にも上った。こ れていく仕組みが乏しい。 れは、「サービスの利用しやすさ、提供の素早さな だからこそ、行政はコスト削減に取り組む一方で、 どの低下」や「利用者一人ひとりにあわせたサービ 民間にもまして、利用者(住民)との間で、サービ ス等の縮小」といった住民に対するサービスの品質 スの“品質”を適切に設定・評価することに十分な 低下を問題としている自治体が1∼2割であるのに比 関心を払わなければならない。それによって初めて、 して際立って多い。サービス提供にかかるコストの 戦略的な資源配分のもとに、住民が“品質”を体感 切り詰めに重きを置き、その影響が品質の低下に極 できる公共サービスを適切なコストで提供すること 力転嫁されないように、自治体内部、特に現場職員 が可能になる。 が何とか遣り繰りしてきたという意識が窺い知れよ う。 3. 利用者から見た 公共サービスの“品質” 2.2.“品質”志向の課題 行政機関の中でも住民との距離が近い自治体で これまでのような効率化一辺倒の忍耐型改革では は、公共サービス改革を進めるにあたり“品質”志 立ち行かず、今後も税収の回復見込みが薄い時代に、 向に転換する兆しが表れている。しかしながら、実 自治体は、住民ニーズに適ったサービスをどのよう 際に公共サービスを利用する住民から見た“品質” に展開し、その“品質”を維持・向上していけばよ は、重要視されつつも、これまで漠然と取り扱われ いのだろうか。 ることが多かった。本項では、公共サービスに対す 今回の自治体アンケート調査から、今後の公共経 る評価について住民を対象に行った利用者アンケー 営の姿として、職員の意識改革・取組意欲の向上を ト調査結果(注3)をもとに、今後、行政がコスト 礎としながら、地域や住民の課題・ニーズを的確に だけでなく“品質”を重視してサービス提供するう 捉えた政策を形成し、各部署における自律的な業務 えで必要となる考え方を示したい。 改善運動を通じて、“品質”の高いサービスを提供 ・・ していきたいという自治体側の思いが浮かび上がっ 3.1.“品質”についての考え方 ている。 どのような状態になればサービスの“品質”が向上 “品質”を漠然と「サービスのよさ」と捉えると、 顧客志向を第一に、サービス提供においては市場 したと言えるか曖昧になってしまう。利用者にとっ 競争によって効率性の高い手段を採択する。NPM て高品質で満足できるサービスを具体的に検討する (New Public Management)に代表される民間経営 ためには、まず、公共サービスの“品質”と言って 手法によってサービスの“品質”向上につながれば も、その内実は多種多様であることを認識する必要 よいが、公共ならではの特性もある。たとえば、利 がある。行政窓口におけるサービスであれば、対応 用料金として直接的に負担している一部のサービス した職員の感じのよさや、待ち時間の短さ、案内の を除けば、税金で広く賄われているためにサービス わかりやすさなど、一連のサービスに内包されるさ と利用負担の関係は希薄になりやすい。さらに、公 まざまなポイントが“品質”の判断材料となる。サ 共性や公平性なども重要である。また、地域におい ービス全体としての“品質”の評価や満足へとつな ては、半ば独占的なサービス提供になりやすく、利 がるこのような材料を明らかにし、“品質”を具体 用者が他のサービスを比較して選べる環境も十分で 化することで、品質向上のための具体策を検討でき はない。このような条件のもと、行政が提供する公 るようになる。 共サービスは、競争的な市場が存在する民間サービ 今回の検討にあたって、民間サービス分野の先行 02 研究(SERVQUAL等)を参考にしながら、公共サ い。これは、手続きの結果が医療機関利用時の料金 ービスに適する形で評価項目を構成して利用者アン (金銭)に関わるため、「迅速性」はある程度満たさ ケート調査を行い、“品質”を次の4つの要素に集 れればよく、「信頼性」というサービスの結果に関 約・分類して具体化した。 する“品質”がより強く求められていることによる と推測できる。 図表 2 公共サービスの品質評価要素とその項目 このように、同じサービスの中でも“品質”を構 品質評価要素 具体的な項目 信頼性 正確さ、公平さ、安定した仕組み、プラ イバシー保護 迅速性 対応の素早さ、待ち時間の短さ、手際よさ 対応性 親切さ、職員の印象のよさ よって、個々の品質要素の満足度への影響力は異な 利便性 場所、時間帯、案内や配置 ることが、実際のデータからも確認できる。 成する要素によって満足度への影響力が異なり、さ らに、サービスの種類が違えば、それぞれの特徴に 図表 3 証明発行サービスの品質評価モデル 3.2. 品質評価の効果的な活用について 利用者からの品質評価を素材として、その向上の ための具体策を検討するには、評価の適切な解釈と 信頼性 −.06 対応が重要となる。対象サービスの全体的な評価や 満足において、特に重要な要素が何かを把握するこ 行政に対する 印象のよさ .94 .27 サービスに 対する満足度 .13 .42 迅速性 便利性 対応性 とで、住民のニーズに合わせて効果的に対応できる のである。 具体例として、利用者アンケート調査の中から、 図表 4 医療費助成サービスの品質評価モデル 「証明発行サービス(住民票の写しや印鑑登録証明 等)」と「医療費助成サービス(乳幼児(子ども) 医療費助成の資格者証交付)」の分析結果を取り上 信頼性 .19 .03 げて見てみよう。それぞれの要素の影響力は矢印の 太さで表しており(統計的に有意でないものは破 行政に対する 印象のよさ .95 サービスに 対する満足度 .13 .36 迅速性 対応性 便利性 線)、矢印が太いほど、その要素の改善が、サービ ス全体の満足度の向上に強く影響することを示して いる。 証明発行サービス(図表3)では、「対応性」「迅 速性」「利便性」の順に満足度への影響が大きく、 03 3.3.“品質”重視のサービス提供に向けて これまで、サービス提供の現場では、担当者の経 験や勘に頼った改善が行われることが多かった。し 「信頼性」は統計的に有意な影響を持たない。これ かし、利用者が“品質”のどのような要素を評価し、 は、簡易かつ一般的な手続きであることで、利用者 それが全体としての満足にどう影響しているかを把 から「信頼性」は当然のものと捉えられ、それより 握できれば、品質志向でマネジメントすることが可 も「対応性」「迅速性」「利便性」といった提供過程 能になる。 に関する“品質”が求められているためと推測でき 財政的に厳しい時代が続き、公共サービスの維 る。また、医療費助成サービス(図表4)では、「対 持・向上に投入できる物的・人的資源にも限界があ 応性」「信頼性」「利便性」の順に満足度への影響が るなか、従来のようなコスト削減に偏重した行政改 大きく、「迅速性」は統計的に有意な影響を持たな 革から、サービス利用者の満足度を効率的に高める 新 し い 公 共 経 営 モ デ ル を 目 指 し て ∼“ コ ス ト 志 向 ”か ら“ 品 質 志 向 ”へ の 転 換 ことを重視した、品質志向のマネジメントに転換し 注2:自治体における行政改革や公共サービス改革の ていくことが求められる。 動向を把握することを目的として、みずほ情報総研と 明治大学(明治大学経営学部公共経営学科菊地端夫研 4. 公共サービスの“品質”を マネジメントする 究室)による共同研究として実施した自治体アンケー 1980年代に欧米各国で始まったNPMの考え方に 団体)の行革担当部署を対象に2010年3月に実施。回 沿って、我が国の行政改革は推し進められてきた。 ト調査。関東、東海、近畿地方の市及び特別区(420 収率は65%。 しかし、世界の潮流は次の段階に突入しており、新 注3:インターネットリサーチにより2010年2月に実 しい時代の公共経営モデルとして、NPS(New 施。1都3県(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)の Public Service)やネットワーク型ガバナンス等が 人口10万人以上の市または特別区在住で、過去5年間 に行政の提供するサービス(乳幼児の健診、乳幼児 注目されている。ここでは、公共サービスを供給す (子ども)医療費助成申請、戸籍に関する届出、住民票 る行政組織をどのようにマネジメントするかという や印鑑登録等の証明発行のいずれか1つ以上)を利用 考え方だけでなく、地域の公共サービスそのものを したことのある登録モニタ(㈱マクロミル)を対象に 調査。回収数は5,084件。 どのようにマネジメントするかという考え方が必要 であり、利用者側の視点が不可欠になる。特に重要 になるのが、公共サービスにおける“品質”である。 公共サービスの多様な提供者とその利用者の間で、 サービスそのものを評価できる“品質”のあり方を 共有して、公共サービスをマネジメントする仕組み 注4:分析にあたっては、4つの要素がサービスの全体 的な満足度に影響し、それが行政に対する印象のよさ にもつながることを想定したモデル(共分散構造分析) を用いた。図中の数字は標準化推定値(有意水準は p < . 0 5 )。なお、モデルの適合度は十分に高かった (GFI =.970、AGFI =.957、CFI =.843、RMSEA =.024) 。 を構築し、切り換えていく行政改革が重要になるだ 注5:みずほ情報総研では、次世代の公共経営モデル ろう。今回の調査からも明らかになったように、既 を調査研究するため、基礎自治体(市区)の協力を得 に、公共経営モデルの転換は、利用者に近い自治体 て、 「公共サービスマネジメント研究会」を立ち上げた。 2009年度は、公共経営モデルの課題と今後のあるべき で兆しが見え始めている。このような認識のもと、 方向、公共サービスの品質のあり方などについて研究 みずほ情報総研では「公共サービスマネジメント研 を行い、2010年度は、それらの成果を踏まえ、実際の 究会」を立ち上げた(注5)。本論考では、その鍵と 市区をフィールドとして新たなモデル構築に取り組ん でいる。 なる“品質”についての調査研究の一部を紹介した。 こうした活動が、次代の公共経営モデルの構築の一 助となれば幸いである。 注1:内閣府「公共サービス改革基本方針」(2010年7 月6日に改定を閣議決定) http://www5.cao.go.jp/koukyo/kihon/kihon.htmlを 参照のこと。この中で、評価における課題④として指 摘されている(p.7)。また、「2.公共サービスの質の 維持向上及び経費の削減」(p.19)でも、「経費の削減 を図るために必要な対象公共サービスの質を犠牲にす る、あるいは逆に、必要以上の質を確保するために不 要な経費が支出される、といった事態を招くことのな いよう留意する」ことが確認されている。 04
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