第17回企業法務研究会(平成 24 年 1 月 16 日)レジュメ① 楽天対TBS株式買取価格決定申立事件最高裁決定(最高裁三小平成 23.4.19 決定) ・インテリジェンス株式買取価格決定申立事件最高裁決定(最高裁三小平成 23.4.26 決定) ~株式買取請求権に係る「公正な価格」の意義~ きっかわ法律事務所 弁護士 第1 1 今城 智徳 基本事項の確認 株式買取請求権とは 会社の基礎の変更等の行為(組織再編、事業譲渡等)に反対する株主が会社に対し自 己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することにより、投下資本の回収を 図る権利1 2 「公正な価格」での株式買取請求権が問題となる場面 ・全部取得条項・譲渡制限等の定款変更(会社法116条) ・事業譲渡(同法469条) ・組織再編(合併、分割、株式交換、株式移転) (同法785条、797条、806条) 3 株式買取請求権の行使期間 ・全部取得条項・譲渡制限等の定款変更、事業譲渡、吸収型再編(吸収合併、吸収分 割及び株式交換)(会社法116条、469条、785条、797条) 効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日までの間 ・新設型再編(新設合併、新設分割及び株式移転)(会社法806条) 新設合併等の通知・公告の日から20日以内 4 株式買取請求権が行使された場合 会社は、株主との間で、買取価格の決定について協議し、協議が整った場合、効力発 生日から60日以内にその支払いをしなければならない。効力発生日(新設型再編の場 合は「設立会社の成立の日」)から30日以内にその協議が調わないときは、株主また は会社は、その期間の満了の後30日以内に、裁判所に対し、価格の決定の申立て2を することができる(会社法117条、470条、786条、798条、807条)。 1 江頭憲治郎「株式会社法第4版」 (有斐閣)774 頁 2 他に、裁判所に対し、価格決定の申立てを行う場合として、新株予約券権買取請求権、全部取得条項付き種類株式 の取得などがある。 1 第2 楽天対TBS株式買取価格決定申立事件最高裁決定 (最高裁三小平成 23.4.19 決定、判例タイムズ 1352 号 140 頁)【資料1】 1 事案 (1)概要 X(株式会社東京放送ホールディングス)を吸収分割株式会社、A(株式会社 TBS テ レビ)を吸収分割承継株式会社とする吸収分割に反対した X の株主である Y(楽天株式 会社)が、相手方に対し、Y の有する株式を公正な価格で買い取るよう請求したが、そ の価格の決定につき協議が調わないため、X 及び Y が、会社法 786 条 2 項に基づき、そ れぞれ価格の決定の申立てをした事案。 (2)事実関係の概要(原決定、原々決定で認定された事実を含む。) H17.8~ Y グループが X の株式の取得を開始。 H17.10.13 Y は、X に対し、両者の経営統合及び業務提携を提案。 H17.11.30 X と Y は、両者の経営統合及び業務提携につき協議するため覚書を締結。 H19.12.21 放送法等の一部を改正する法律改正 ・認定放送持株会社制度3の導入 H20.4.1 放送法等の一部を改正する法律の施行 Y は、下記株主総会決議に反対する旨を X に通知。 H20.12.16 X 株主総会決議 ・吸収分割の方法により、X がテレビ放送事業及び映像・文化事業に関して有する権利義 務を完全子会社である A に承継させ、A から X に対して何ら対価を交付しないこと等 を内容とする吸収分割契約書を承認する旨の決議 ・Y 決議に反対。 H21.3.31 Y は、X に対し、保有株式 3777 万 0800 株(19.86%)の株式買取請求。 H21.4.1 ・X が認定放送持株会社の認定を受ける。 ・吸収分割の効力発生。 Y 株式の買取価格について XY 間で協議 H21.5.1 X が、裁判所に対し、価格決定の申立て。 H21.5.14 Y が、裁判所に対し、価格決定の申立て。 3 総務大臣の認定を受けることで複数の事業者を子会社とすることができるようになった (放送法 159 条 1 項参照)。 認定放送持株会社では、特定株主の議決権割合が、100 分の 33 を超えることとなるときには、原則として、その割合 を超える部分に相当する株式は議決権を有しない株式となる(放送法 164 条)。 2 2 原決定の判断 東京高裁 H22.7.7 決定(判例タイムズ 1330 号 70 頁)【資料2】 (1) 結論 抗告棄却(1 株につき 1294 円とするのが相当と判断) (2) 理由 ⅰ ※注 最高裁判決の中では以下のとおり要約されている。 完全子会社を吸収分割承継株式会社とする吸収分割に際し、吸収分割株式会社の反 対株主が株式買取請求をした場合における株式の「公正な価格」は、吸収分割契約 を承認する旨の株主総会の決議がなかったとしたらその株式が有していたであろう 価格を基礎として算定すべきであり、 「公正な価格」を定める基準日は、株式買取請 求期間の満了日とするのが相当である。 ⅱ そして、本件株式は上場株式であるから、当該市場における株式の価格(以下「市 場株価」という。)が企業の客観的価値を反映しないなどの特段の事情がない限り、 市場株価を算定の基礎に用いるのが相当であり、また、相手方の認定放送持株会社 化と連動した本件吸収分割が相手方の企業価値又は株主価値を毀損したものとは認 められないから、本件における「公正な価格」は、株式買取請求期間の満了日の市 場株価を上回るものではあり得ない。本件における株式買取請求期間の満了日は平 成21年3月31日であるところ、東京証券取引所における相手方の株式の同日の 終値は1株1294円であるから、これをもって本件株式の「公正な価格」と認め るのが相当である。 3 本判決の概要 (1) 結論 抗告棄却。 (2) 理由 ⅰ 反対株主に「公正な価格」での株式の買取りを請求する権利が付与された趣旨は、 吸収合併等という会社組織の基礎に本質的変更をもたらす行為を株主総会の多数決 により可能とする反面、それに反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとと もに、退出を選択した株主には、吸収合併等がされなかったとした場合と経済的に 同等の状況を確保し、さらに、吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加 が生ずる場合には、上記株主に対してもこれを適切に分配し得るものとすることに より、上記株主の利益を一定の範囲で保障することにある。 ⅱ 吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合には、増加した 企業価値の適切な分配を考慮する余地はないから、吸収合併契約等を承認する旨の 株主総会の決議がされることがなければその株式が有したであろう価格(以下「ナ カリセバ価格」という。)を算定し、これをもって「公正な価格」を定めるべきであ 3 る。 ⅲ 消滅株式会社等の反対株主が株式買取請求をすれば、消滅株式会社等の承諾を要す ることなく、法律上当然に反対株主と消滅株式会社等との間に売買契約が成立した のと同様の法律関係が生じ、消滅株式会社等には、その株式を「公正な価格」で買 い取るべき義務が生ずる反面(前掲最高裁昭和48年3月1日第一小法廷決定参照)、 反対株主は、消滅株式会社等の承諾を得なければ、その株式買取請求を撤回するこ とができないことになる(会社法785条6項)ことからすれば、売買契約が成立 したのと同様の法律関係が生ずる時点であり、かつ、株主が会社から退出する意思 を明示した時点である株式買取請求がされた日を基準日として、 「公正な価格」を定 めるのが合理的である。仮に、反対株主が株式買取請求をした日より後の日を基準 として「公正な価格」を定めるものとすると、反対株主は、自らの意思で株式買取 請求を撤回することができないにもかかわらず、株式買取請求後に生ずる市場の一 般的な価格変動要因による市場株価への影響等当該吸収合併等以外の要因による株 価の変動によるリスクを負担することになり、相当ではないし、また、上記決議が された日を基準として「公正な価格」を定めるものとすると、反対株主による株式 買取請求は、吸収合併等の効力を生ずる日の20日前の日からその前日までの間に しなければならないこととされているため(会社法785条5項)、上記決議の日か ら株式買取請求がされるまでに相当の期間が生じ得るにもかかわらず、上記決議の 日以降に生じた当該吸収合併等以外の要因による株価の変動によるリスクを反対株 主は一切負担しないことになり、相当ではない。 そうすると、会社法782条1項所定の吸収合併等によりシナジーその他の企業 価値の増加が生じない場合に、同項所定の消滅株式会社等の反対株主がした株式買 取請求に係る「公正な価格」は、原則として、当該株式買取請求がされた日におけ るナカリセバ価格をいうものと解するのが相当である。 ⅵ ナカリセバ価格を算定するに当たり、吸収合併等による影響を排除するために、吸 収合併等を行う旨の公表等がされる前の市場株価(以下「参照株価」という。)を参 照してこれを算定することや、その際、上記公表がされた日の前日等の特定の時点 の市場株価を参照するのか、それとも一定期間の市場株価の平均値を参照するのか 等については、当該事案における消滅株式会社等や株式買取請求をした株主に係る 事情を踏まえた裁判所の合理的な裁量に委ねられているものというべきである。ま た、上記公表等がされた後株式買取請求がされた日までの間に当該吸収合併等以外 の市場の一般的な価格変動要因により、当該株式の市場株価が変動している場合に、 これを踏まえて参照株価に補正を加えるなどして同日のナカリセバ価格を算定する についても、同様である。 吸収合併等により企業価値が増加も毀損もしないため、当該吸収合併等が消滅株 式会社等の株式の価値に変動をもたらすものではなかったときは、その市場株価は 4 当該吸収合併等による影響を受けるものではなかったとみることができるから、株 式買取請求がされた日のナカリセバ価格を算定するに当たって参照すべき市場株価 として、同日における市場株価やこれに近接する一定期間の市場株価の平均値を用 いることも、当該事案に係る事情を踏まえた裁判所の合理的な裁量の範囲内にある ものというべきである。 原審が、本件買取請求がされた平成21年3月31日のナカリセバ価格を算定し たことは、その合理的な裁量の範囲内にあるものということができる。 第3 インテリジェンス株式買取価格決定申立事件最高裁決定 (最高裁三小平成 23.4.26 決定、判例タイムズ 1352 号 140 頁) 【資料3】 1 事案 (1)概要 Y(株式会社インテリジェンス)を株式交換完全子会社、A(株式会社 USEN) を株式交換完全親会社とする株式交換に反対した Y の株主である X らが、Y に対し、 X らが各保有する株式を公正な価格で買い取るよう請求したが、その価格の決定に つき協議が調わないため、X ら及び Y が、会社法786条2項に基づき、それぞれ 価格の決定の申立てをした事案 (2)事実関係の概要(原決定、原々決定で認定された事実を含む。) H20.7.1 A 及び Y は、A を株式交換完全親会社、Y を株式交換完全子会社とする株式交換を行う こと等を内容とする基本合意書を締結、市場取引終了後に公表。 H20.7.10 A 及び Y は、株式交換比率の約定を含む株式交換に関する契約を締結、市場取引終了後 に公表。 Y は、下記株主総会決議に反対する旨を X に通知。 H20.8.28 Y 株主総会決議 ・A を株式交換完全親会社、Y を株式交換完全子会社とする株式交換を行うこと等を内容 とする株式交換契約を承認する旨の決議 ・X 決議に反対。 X らは、Y に対し、保有株式の株式買取請求。 H20.9.30 株式交換の効力発生 Y 株式の買取価格について XY 間で協議 H20.11 X 及び Y は、それぞれ、裁判所に対し、価格決定の申立て。 5 2 原決定の判断 東京高裁 H22.10.19 決定(判例タイムズ 1341 号 186 頁)【資料4】 (1)結論 原決定を変更 1 株につき 6 万 7791 円とする。 (2)理由 ⅰ ※注 最高裁判決の中では以下のとおり要約されている。 株式交換により企業価値ないし株主価値が毀損された場合において、株式交換完全 子会社の株主による株式買取請求に係る「公正な価格」は、裁判所の裁量により、 株式交換の効力発生日を基準として、株式交換がなければ上記完全子会社の株式が 有していたであろう客観的価値を基礎として算定するのが相当である。そして、相 手方の企業価値ないし株主価値は本件株式交換により毀損されている4から、「公正 な価格」は、本件株式交換の効力発生日を基準として、本件株式交換がなければ相 手方の株式が有していたであろう客観的価値を基礎として算定すべきである。 ⅱ 上記の客観的価値は、上記効力発生日にできるだけ近接し、かつ、本件株式交換の 影響を排除できる市場株価である本件株式交換の計画公表前の市場株価を参照して 算定するのが相当であるが、同計画公表後も、上記の市場株価には、市場の一般的 な価格変動要因による影響が及んでいる以上、同計画公表後における市場全体・業 界全体の動向その他を踏まえた補正を加えるなどして、上記の客観的価値を算定す るのが合理的である。そこで、回帰分析の手法を用いて上記補正をした上で、偶発 的要素による影響を排除するために、本件株式交換の効力発生日前1か月間の補正 後の株式価格の平均値をもって相手方の株式の有する効力発生日の客観的価値を判 断すると、本件における「公正な価格」は、1株につき6万7791円とするのが 相当である。 3 本判決の概要 (1) 結論 破棄差戻し (2) 理由 ⅰ (楽天対 TBS 事件「理由」ⅰ及びⅱと同旨を述べた上で、)以上と異なる原審の前 記判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この趣旨をい う論旨は理由がある。 ⅱ なお、上場されている株式について、反対株主が株式買取請求をした日のナカリセ 4 変数間の相関関係を分析して定量化する統計的手法であり、上場株価の予測変動率を求めるとすれば、日経平均株 価等の市場インデックス等を用いてこれと当該株式の株価との相関関係を分析することにより、株価の変動につき、 市場の一般的価格要因に起因する当該株式の変動率を算定するというもの。 6 バ価格を算定するに当たり、株式交換を行う旨の公表等がされる前の市場株価を参 照することや、上記公表等がされた後株式買取請求がされた日までの間に当該吸収 合併等以外の市場の一般的な価格変動要因により、当該株式の市場株価が変動して いる場合に、これを踏まえて参照した株価に補正を加えるなどして同日のナカリセ バ価格を算定することは、裁判所の合理的な裁量の範囲内にあるものというべきで ある。そして、このことは、株式買取請求期間中に当該株式の上場が廃止されたと しても、変わるところはない。 第4 1 本判決の検討 「公正な価格」の意義について ・「公正な価格」とは、 ①株主総会の決議がされることがなければその株式が有したであろう価格 (以下「ナカリセバ価格」という。) ②組織再編によるシナジーその他の企業価値の増加を適切に反映した価格 (以下「シナジー適正分配価格」という。) ・①と②の具体的な適用場面については、 吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない5場合 →① 吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じる場合 2 →②6 「ナカリセバ価格」の算定基準日 (1)基準日に関する学説・裁判例の状況 ①組織再編行為の承認決議がされた日を基準日とする見解、②株式買取請求権が行 使された日であるとする見解、③株式買取請求期間の満了日であるとする見解、④組 織再編行為の効力発生日であるとする見解、⑤裁判所が裁量的に基準日を定めること ができるとする見解など。 (2)本決定 株式買取請求権が行使された日を基準日(②の見解) (3)基準日を議論する意義 ・いつ時点の市場株価で「公正な価格」を算定するのかという問題か? ・企業再編がなかった場合に、当該株式がどの時点で有していたであろう価格を問題 とすべきかという問題。 5 「企業価値の増加が生じない場合」とは、企業価値が増加が存在しない(ゼロ)場合と企業価値が毀損されている (マイナス)場合を含む。TBS 対楽天事件は、前者であり、インテリジェンス事件は後者であった。 6こちらについては明示的には述べられていないが、 「公正な価格」を①と②に分けるのであれば、このようになるも のと推測される。 7 3 「ナカリセバ価格」の具体的算定方法 (1)算定方法についての前提 裁判所による買取価格の決定は、裁判所の合理的な裁量に委ねられている(最判昭 和48年3月1日民集27巻2号161頁)。 →合理的な算定方法が一つしかないわけではない。 (2)具体的な算定方法の例7 ・上場されている株式について、市場株価が企業の客観的価値を反映していないこと をうかがわせる事情がない場合に市場株価を算定に用いること ・株式買取請求がされた日の市場株価 ・株式買取請求がされた日に近接する一定期間の市場株価の平均値 ・吸収合併等を行う旨の公表等がされる前の市場株価を参照 4 本決定の射程範囲について (1)吸収分割、株式交換以外の場合の株式買取請求(上記1、2、3の射程) ・吸収合併消滅会社について 決定文に明文の記載あり。 ・組織再編・事業譲渡について 本決定の射程外とする理由はないのではないか。 ただ、新設型再編の場合には株式買取請求権の行使期間が異なっているため射程外 となる可能性もある。 ・定款変更について これが単独で行われる場合には企業価値の増減が想定しにくく、本決定の射程外か。 ただ、上記2についてはあてはまる可能性。 (2) シナジー適正分配価格の算定基準日(上記2の射程) 楽天対 TBS 事件「理由」ⅲはシナジー適正分配価格の場合にも当てはまる可能性。 (3) 組織再編の前に株式の公開買付けが行われていた場合(二段階買収) 「公正な価格」は公開買付け価格を下回ることはないとする見解8 ・公開買付け価格を下回らないとすると、株主はその後の公開買付け及び組織再編以 外の要因による価格変動のリスクを負担しないことになるか(楽天対 TBS 事件「理 7 裁判例では、シナジーが生じている事案において、基準時に近接した効力発生日前 1 ヶ月間の終値出来高加重平均 値をもって算定したもの(東京地決平成 21.4.17 及び東京地決平成 21.5.13 金判 1320 号 31 頁・協和発酵キリン事件)、 企業価値が毀損されている事案において、組織再編計画公表日前 1 か月間の終値出来高加重平均値をもって算定した もの(東京地決平成 22.3.31 金判 1344 号 35 頁・テクモ事件)などがある。ただ、これらの裁判例の中は、買取請求 の時点を基準日としていないものが多く、これらの方法が今後も妥当するかは検討の余地がある。 8 公開買付け価格は、組織再編から生ずるシナジーを織り込んだものとして設定されたものと推認されること、公開 買付け価格を下回ると、公開買付けに応じるように強いられるおそれがあること(強圧性)等が根拠とされる。経済 産業省の「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」も強圧性を 理由に同様の指摘をしている。裁判例としては、東京地決平成 21.3.31 判タ 1296 号 118 頁(日興コーディアルグルー プ株式買取価格決定申立事件)等。 8 由」ⅲに反するか)。 5 本決定の問題点 本決定のように基準日を株式買取請求権の行使日とする場合、反対株主が複数存在す る場合、その株式買取請求権の行使日ごとに別個の買取価格が観念されうる。その場合、 各株主の納得感を得つつ買取価格の協議を調えることは困難であるとの指摘、そもそも 買取価格を個別に算定するのは煩瑣であるとの指摘がなされている。 【参考資料】 資料1 最高裁三小平成平成23年4月19日決定 資料2 東京高裁平成22年7月7日決定 資料3 最高裁三小平成23年4月26日決定 資料4 東京高裁平成22年10月19日決定 9 第 17 回企業法務研究会(平成 24 年 1 月 16 日)レジュメ② きっかわ法律事務所 弁護士 第1 信用組合関西興銀事件 山下惠美 最高裁二小平成 23.4.22 判決 (最高裁平成 20 年(受)第 1940 号、判時 2116 号 53 頁【資料 5】53 頁) 1 事案 (1)概要 中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であるYに対して、各50 0万円の出資をしたXら(法人2名、個人2名)が、Yが、Xらの出資の約1年9か月 後に金融機能の再生のための緊急措置に関する法律8条に基づく金融整理管財人によ る業務及び財産の管理を命ずる処分を受けて経営が破綻し、出資金の払い戻しを受けら れなくなったことについて、出資勧誘の際の説明義務違反等を主張して、Yに対し、出 資金相当額及び遅延損害金の支払いを求めた事案。 (2)事実の経過 (※本件における認定事実以外の事実を含む。【資料 6】29 頁以下参照。) H6 監督官庁の立入検査。資産の回収可能性等を基に査定された欠損見込額を前提とする自己 資本比率の低下を指摘される。 H8 監督官庁の立入検査。資産の大部分を占める貸出金について欠損見込額が巨額になってお り、自己資本比率が-1.80%であって実質的な債務超過の状態にある等の指摘を受ける。 Y 自己資本比率増強のための出資勧誘 H11.3.2 Xらが各500万円の出資 H12.9.11 H11 年 3 月末を基準日とする監督官庁の立入検査結果受領。 同検査結果に基づく追加償却・引当て額をふまえれば、Y は780億円の債務超過である ことが見込まれ、その自己資本比率は早期是正措置制度における業務停止の対象(0%未 満)に該当する。自己資本充実策につき報告を求める。 H12.12.16 金融機能の再生のための緊急措置に関する法律8条に基づく金融整理管財人による業務 及び財産の管理を命ずる処分を受け、経営破綻。 H13.7~ 出資者 99 名が順次、Y には、出資勧誘時に大幅な債務超過があることについて説明義務 違反があったとして、損害賠償請求訴訟を提起。H13 末までには集団訴訟も提起された。 H13.7~H13.9 主要全国紙 5 社他において、出資者らの提訴の動きにつき新聞報道 10 H14.1~2 Y の代表理事ら背任罪で告訴され、一部は起訴された。 H17.2~ 先行訴訟に関する第一審判決 H18.3~ 先行訴訟に関する控訴審判決 H18.9.8 X ら本件訴訟提起 H18.9~H21.11.2 先行訴訟とは別の出資者 12 グループ 24 名(X ら含む)が訴訟提起 (【資料 6】34、35 頁参照) (3)Xらの主張の根拠 主位的請求 不法行為に基づく損害賠償請求 (出資契約の詐欺取消し又は錯誤無効を理由とする不当利得返還請求) 予備的請求 債務不履行に基づく損害賠償請求 【契約締結上の過失責任】 契約の準備交渉過程において、交渉当事者の一方の責めに帰すべき行為によって相 手方に損害が発生した場合に、信義則に基づき契約責任と同様の法的保護を認める 考え方。 ○想定されている事例 ・ 契約交渉が行われたが、それが中途で破棄され、無用な出費をまねいた ・ 契約締結過程で不当な勧誘が行われ、本来望まない契約をさせられた etc ○法的性質 契約責任説←契約規範を契約締結未了段階にまで拡張する考え方 不法行為責任説←ドイツほど不法行為の要件が厳格でない我が国においては、 わざわざ契約責任とする必要なし ○従前の裁判例 ・ 「契約準備段階における信義則上の注意義務違反」に基づく損害賠償請求を 認める最高裁判例、下級審判例は多数あり。 ・ その法的性質に関しては不法行為責任と構成するものが多数。信義則上の義 務違反とだけ説示して、不法行為責任であるか契約責任であるか明示しない ものも少なくない。契約責任とするものも少数ながら存在。 ・ 最高裁においては、不法行為責任を認めた原審の判断を是認したものがある が、契約責任に基づく損害賠償請求権の発生がありうるかについて正面から 判断したものはなし。 11 2 原審の判断 大阪高判H20.8.28 判決 (3) 結論 控訴棄却。(出資者らの請求一部認容) 契約責任を認めるも、法人の請求については商事消滅時効が成立するとし、個人の 債務不履行に基づく請求についてのみ認容した一審判決を是認。 法人 (4) 理由 ⅰ 不法行為 ×(時効) 債務不履行 ×(時効) ※注 個人 不法行為 ×(時効) 債務不履行 ○ 最高裁判決の中では以下のとおり要約されている。 Yが、実質的な債務超過の状態にあって、経営破綻の現実的な危険があることを説 明しないまま、Xらに対して本件各出資を勧誘したことは、信義則上の説明義務に 違反する。 ⅱ 本件説明義務違反は、本件各出資契約が締結される前の段階において生じたもので あるが、およそ社会の中から特定の者を選んで契約関係に入ろうとする当事者が、 社会の一般人に対する不法行為上の責任よりも一層強度の責任を課されることは、 当然の事理というべきであり、当該当事者が契約関係に入った以上は、契約上の信 義則は契約締結前の段階まで遡って支配するに至るとみるべきであるから、本件説 明義務違反は、不法行為を構成するのみならず、本件各出資契約上の付随義務違反 として債務不履行をも構成する。 3 本判決の概要 (3) 結論 破棄自判。Y敗訴部分を取り消す。(興銀側勝訴) (4) 理由 ⅰ 契約の一方当事者が、当該契約の締結に先立ち、信義則上の説明義務に違反して、 当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供し なかった場合には9、上記一方当事者は、相手方が当該契約を締結したことにより被 った損害につき、不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別、当該契約上 の債務の不履行による賠償責任を負うことはないというべきである。 ⅱ なぜなら、上記のように一方当事者が信義則上の説明義務に違反したために相手方 が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至り、損害を被った場合に 9 従前、契約締結上の過失責任の問題として例示的に挙げられてきた事例の全てについて、債務不履行責 任は発生し得ないとする趣旨かは不明と考えられる。千葉勝美裁判官の補足意見参照。契約交渉過程にお いて提供される情報のうち、契約を締結するか否かの判断にかかわらない情報を誤って伝えたような場合 には、債務不履行責任を認める余地ありか?(【資料 6】38 頁参照) 12 は、後に締結された契約は、上記説明義務違反によって生じた結果と位置づけられ るのであって、上記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義務であるという ことは、それを契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわらず、一 種の背理といわざるを得ないからである。契約締結の準備段階においても、信義則 が当事者間の法律関係を規律し、信義則上の義務が発生するからといって、その義 務が当然にその後に締結された契約に基づくものであるということにならないこと はいうまでもない。 4 本件で法的性質を論じる意義 (1)不法行為責任と契約責任の差異~時効期間 不法行為の場合 3年 ⇔ 債務不履行の場合 10年(商事5年) 本件では不法行為を根拠にすると消滅時効が成立! (2)不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点 別件-最高裁ニ小平成 23.4.22 判決 (最高裁平成 21 年(受)第 131 号、判時 2116 号 61 頁【資料 5】61 頁) ・H12.3.27 出資、H19.3.5 訴訟提起の事案 ・同事件の控訴審が、不法行為に基づく請求に関し消滅時効の成立を否定するとい う同種案件の他の控訴審と異なる判断をし、債務不履行に基づく請求が可能かに ついては触れなかったため、不法行為に基づく損害賠償請求の消滅時効の起算点 が争点となった。 ・「損害及び加害者を知った時」(民法第 724 条前段)とは? 【控訴審】被害者において、単に加害者の行為により損害が発生したことを知った だけではなく、その加害行為が不法行為を構成することをも知った時 → 先行訴訟の一部において別件刑事事件の訴訟記録の写しが書証と して提出された平成 16 年 1 月から相当期間経過した後 【最高裁】被害者において、加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状 況の下に、それが可能な程度に損害及び加害者を知った時 → 第2 同種の集団訴訟が提起された後の平成 13 年末 採用内々定の取消 福岡高裁平成 23.2.16 判決(判時 2121 号 137 頁【資料 7】) ・・・労働契約締結過程の問題 1 事案 (1)概要 Yからいわゆる「内々定」を受けたXが、Yにおいて、その後、内々定を取消したこ 13 とから、その違法を理由に、Yに対し、慰謝料等の損害賠償を求めた事案 (2)事実の経過 H20.6.13 X 会社説明会に参加 H20.7.3 最終面接 H20.7.7 内々定通知 X 入社承諾書に記名押印して返送。 H20.9.25 人事担当者が X に架電。内定式は行わないが、採用内定通知の授与を Y 事務所で行うこ とを伝えて X の都合を尋ね、内定通知の授与は同年 10 月 2 日に行われることとなった。 H20.9.26 Y において内々定取消を決定 H20.9.30 内々定取消通知 2 判断 (1)結論 一部認容。 (2)理由 ⅰ 本件内々定は、内定とは明らかにその性質を異にするものであって、内定までの間、 企業が新卒者をできるだけ囲い込んで、他の企業に流れることを防ごうとする事実 上の活動の域を出るものではないというべきである。したがって、Y が確定的な採 用の意思表示をしたと解することはできず、また、X はこれを十分理解していたと いえるから、X 及び Y が本件内々定によって確定的な拘束関係に入っていないこと が明らかといえる。本件において始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえ ない。 ⅱ 契約当事者は、契約締結のための交渉を開始した時点から信頼関係に立ち、契約締 結という共同目的に向かって協力関係にあるから、契約締結に至る過程は契約上の 信義則の適用をうけるものと解すべきである。かかる法理は労働契約の締結過程に おいても異ならない。 ⅲ 労働契約締結過程の一方当事者である Y としては、X らにつき内々定取消しの可能 性がある旨を人事担当者である・・に伝えて、X ら内々定者への対応につき慰労な きよう期すべきものといえるところ、Y はかかる事情を・・に告知せず、このため 同人において従前の計画に基づき、本件連絡をなしたもので、かかる Y の対応は労 働契約締結過程における信義則に照らし不誠実といわざるを得ない。 (→不法行為に基づく損害賠償請求を認める。) 14 3 検討 (1)採用内定について 始期付解約権留保付労働契約成立説 (最判昭和 54.7.20 判決【資料 8】、最判昭和 55.5.30 判決) →採用内定取消は、既に成立した労働契約の解約 (2)内々定について 東京高判 H16.1.22 判決【資料 9】 採用内々定の段階では、被控訴人が確定的な採用の意思表示をしたと解することは できず、それ故採用内々定時に被控訴人と控訴人の間において、控訴人の採用に関 し、労働契約の予約あるいは解約権の留保付労働契約その他いかなる法的効力の合 意も成立したと認めることはできない。 [参考資料] 資料5 最高裁平成 23 年 4 月 22 日判決(判時 2116 号 53 頁、61 頁) 資料6 石井教文、桐山昌己「信用組合関西興銀訴訟判決の概要」(金融法務事情 1928 号 29 頁) 資料7 福岡高裁平成 23 年 2 月 16 日判決(判時 2121 号 137 頁) 資料8 最高裁昭和 54 年 7 月 20 日判決(判時 938 号 3 頁) 資料9 東京高判平成 16 年 1 月 22 日判決 15
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