アンリ・カルティエ=ブレッソンの初期写真作品 に見られるシュル

アンリ・カルティエ=ブレッソンの初期写真作品
に見られるシュルレアリスムの影響
美術工芸学部
美術学科
芸術学専攻
松井貴子
アンリ・カルティエ=ブレッソンは、20 世紀最大の写真家である。
彼は、ロバート・キャパ、デヴィッド・シーモア、ジョージ・ロジャ
ー、ウィリアム・ヴァンディヴァードとともに写真通信社マグナムを
創設し、世界中をまわった報道写真家でもある。
本論では、カルティエ=ブレッソンが写真を撮り始めた 1929 年から
映画製作を始める 1936 年までに撮影された写真を初期写真作品とする。
彼は 10 代後半から 20 代前半にかけて、20 世紀最大の芸術運動である
シュルレアリスムの影響を受けた。特に、シュルレアリスムの理論的
指導者であったアンドレ・ブルトンのシュルレアリスムに対する思想
や反逆の姿勢に惹かれた。
初期写真作品には、シュルレアリムの影響が強く表れているという
ことを、シュルレアリストの写真家とシュルレアリスム的写真家とい
われる当時の写真家たちと作品を比較する。また、カルティエ=ブレ
ッソンの 1937 年以降の作品(後期写真作品)と比較し、初期写真作品
に見られる特徴を明らかにする。
第一章では、初期写真作品に見られるシュルレアリスムの影響に関
して述べた。まず、カルティエ=ブレッソンが初期写真作品、創作時
にその源泉としたといわれるシュルレアリスムについて、1920 年から
30 年代を中心に、その運動の歴史を概観した。次に、カルティエ=ブ
レッソンがパリに出てシュルレアリスムにいかに影響を受けたのかを、
1
1929 年に描かれた絵画を中心とした先行研究をもとに見てきた。彼の
絵画には、シュルレアリスムの徴候がはっきりと読み取れる。それは、
シュルレアリスムの同一画面上にまったく関係のないものを並置する
ことで、新たな意味を生成するというデペイズマンの手法によって表
わされている。
アメリカの友人たちを通して写真をはじめ、ライカとの運命的な出
会いを果たす。ライカの機動性と俊敏性によって、動きのある被写体
が撮影できるようになり、あらゆる角度からの撮影が可能になった。
第二章では、シュルレアリスムの指導者であるアンドレ・ブルトン
の思想について、ブルトンのテキストを参照しながら、概観した。ま
たシュルレアリストの写真とシュルレアリスム的な写真として、同時
代の写真家たちの作品について考察した。しかし、シュルレアリスト
の写真とシュルレアリスム的な写真は、明確に分類することが難しい
ことから、両者の区分を一度取り払い「シュルレアリスム的な写真」
とし、新たに「オブジェ」という区分で、2 種類に枠組みし直し考察し
た。その 2 種類の「オブジェ」は、主にシュルレアリスムの運動内部
から発生する「象徴機能のオブジェ」と運動外部からもたらされる「発
見されたオブジェ」の 2 種類である。
そして、カルティエ=ブレッソンの初期写真作品における特徴を、
同時代の写真家マン・レイとアンドレ・ケルテスの作品と比較し考察
した。まず、マン・レイとのヌード写真の比較によって、身体に対す
る姿勢が明らかになった。シュルレアリスムの作品には、性的な欲望
を表し女性の身体をオブジェ化したものが多い。しかし、カルティエ
=ブレッソンのヌード写真には性的な暗示の強い作品は見られない。
このことから、カルティエ=ブレッソンの初期写真作品が「象徴機能
のオブジェ」のグループではなく、
「発見されたオブジェ」のグループ
に分類できることが明らかになった。
また、アンドレ・ケルテスとのスナップショットの比較から、カル
ティエ=ブレッソンがケルテスの写真表現に大きな影響を受けている
ことが明らかになった。両者の表現の違いとして、奥行表現の違いが
2
あげられる。しかし、構図や被写体の選択などの写真構造において、
両者の作品が類似していることは明らかである。
さらに、カルティエ=ブレッソン自身の後期写真作品と比較するこ
とによって、後期の特に報道写真に移行したあとの作品に初期写真作
品が与えた影響が明らかになった。後期写真作品では、1 枚の作品が提
示するメッセージが明確であるのに対し、初期写真作品では 1 枚の作
品が見る者に訴えかける力は弱い。しかし、後期写真作品にもデペイ
ズマンの手法によって、新たな意味を見る者に伝えている作品が多く
見られる。このことは、カルティエ=ブレッソンの作品が、報道写真
に留まらず芸術性の高い作品であると評価される理由であると言える
だろう。
これらを踏まえて、アンリ・カルティエ=ブレッソンの初期写真
作品の特徴には、以下のことが言えるのではないだろうか。シュルレ
アリスムの表現方法のひとつである、デペイズマンの手法が多用され
ている。しかし、それは作為的なものではなく、あくまでも「発見」
されたものである。そして、奥行表現の深さによって見る者の視線を
フレームの外側へ向けさせ、作品の余韻を感じさせることによって、
被写体の物語を自由に想像させる。そして、後期写真作品に表れてい
る芸術性の高さは、初期写真作品の撮影された時期に触れたシュルレ
アリスム、とりわけブルトンの芸術に対する姿勢から培われたもので
あった。
3