西暦 年号 年号の年数 1825 文政 8 1826 文政 9 1827 文政 10 1828 1829 文政 文政 11 12 1830 文政、天保 13、1 1831 天保 2 1832 天保 3 1833 天保 4 1834 天保 5 1835 天保 6 1836 1837 1838 天保 天保 天保 7 8 9 1839 天保 日本写真史 世界写真史 幕府が、清・オランダ以外 の外国船を打ち払うことを ニエプス(仏)が版画を複写した「馬を引く男」を撮影。原 命ずる「異国船無二念打 版が残る最初期の「写真」。ニエプスは「ヘリオグラフィ(太 払令」を発布/4代目鶴屋 陽で描いた絵)」と呼んでいた 南北作『東海道四谷怪談』 が初演 ニエプス(仏)が「ル・グラの窓からの眺め」を撮影、露光 に約8時間かかったとされる シーボルト事件 鼠小僧、引き回しのうえ獄 門/葛飾北斎「富岳三十 六景」 ニエプス死去 タルボットがのちにカロタイプとして発表される写真を撮影 大塩平八郎の乱 10 タルボット(英)がネガから写真を複製できるカロタイプを 発明、初めて撮影した人物は妻で露光に約30秒かかった /バヤール(仏)が複製可能な写真術を発明するも仏ア カデミーから認められず、腹いせに翌年、溺死者の扮装 をした自分自身を撮影、世界初のセルフポートレートに 1840 天保 11 1841 1842 1843 天保 天保 天保 12 13 14 1844 天保、弘化 15、1 1845 弘化 2 1846 弘化 3 1847 1848 弘化 弘化、嘉永 4 5、1 1849 嘉永 2 デイヴィッド・ブルースター(スコットランド)がステレオ写真 のビューワーを考案 1850 嘉永 3 ブランカール=エヴラール(仏)がアルビュメン(卵白)を 塗った印画紙を発表 フレデリック・スコット・アーチャー(英)がコロジオン法(写 真湿板)を発明、ガラス板を使用して複製可能な写真を撮 影できるようになる。ただし、撮影の際にテントで暗室を作 り、その場で湿板を作る必要があった/フランス政府が 「ミッション・エリオグラフィック」を組織。歴史的な建築や 遺跡の撮影プロジェクト 嘉永 4 1852 嘉永 5 1853 嘉永 6 1854 嘉永、安政 7、1 1855 1856 安政 安政 2 3 1857 安政 4 安藤広重『東海道五十三 次』(~1834)/天保の飢 饉(~1836年) 長崎に写真機材が上陸 二エプスの共同研究者だったダゲール(仏)がダゲレオタ イプ(銀板写真)を発明したと発表し、社会的に認められ るこのときが写真術の「誕生」とされている。ダゲレオタイ プは複製はできない一点のみの写真で、露光時間は約 15分(翌年には5~8秒に短縮)。仏政府が特許買い取っ たことで、普及が進んだ。この年に早くも商用カメラ「ジ ルー・ダゲレオタイプカメラ」を発売開始/タルボット(英) が紙ネガ法(カロタイプ)を英王立学士院で発表 1851 日本史 タルボットが写真集『自然の鉛筆』(Pencil of Nature)を 刊行世界最初の写真集 カール・ツァイスがドイツのイエナにドイツ光学機械製作 会社を設立現在に至るまでトップブランドである「ツァイ ス・レンズ」の始まり 島津斉彬が銀板写真機材を入手 アンドレ・アドルフ・ウジューヌ・ディスデリ(仏)がのちに大 流行する「カルト・ド・ヴィジット」(名刺判写真)の特許を取 ペリー艦隊、浦賀に来航 得 ロジャー・フェントン、ジェームズ・ロバートソンほかがクリ ペリーが写真家のエリファレット・ブラウン ミア戦争(~1856)の撮影に。初めて写真で戦争が記録さ (Eliphalet M. Brown, Jr.)を伴い来日 れた オスカー・ギュスタヴ・レイランダー(英)が30枚以上のネ ガを合成した「人生の二つの道 The Two way of life」 (1857年)をマンチェスター芸術博覧会で発表。英国王室 に買い上げられた初の写真作品となる ヘンリー・ピーチ・ロビンソン(英)が5枚のネガを1枚の印 画紙に焼きつけ「消えゆく Fading Away』を制作 1858 安政 5 1859 安政 6 1860 安政、万延 7、1 オリン・フリーマンが横浜で日本最初の写 真館を開設 アメリカの南北戦争(~1965)をアレクサンダー・ガード フリーマンの機材一式を購入した鵜飼玉 ナー、ティモシー・H.オサリヴァンらが撮影/ダゲールが 川が江戸薬研堀で日本人による最初の写 電池を使った人口光源によるパリの地下墓地、地下水道 真館を開設 を撮影 1861 万延、文久 2、1 1862 文久 2 上野彦馬が長崎に上野撮影局を開設/ 下岡蓮杖が横浜に写真館を開設 写真家のフェリーチェ・ベアト来日、1884 年まで滞在し、弟子の日下部金兵衛らとと もに豪華な写真アルバム「横浜写真」を外 国人向けに販売 1863 文久 3 1864 文久、元治 4、1 桜田門外の変 薩英戦争 リンカーン大統領暗殺暗殺者の処刑をアレクサンダー・ ガードナーが撮影/1965~80年にアメリカ西部の開拓の 様子が盛んに撮影される。政府の地理、地質調査、鉄道 会社の記録調査のために写真が使われる 1865 元治、慶應 2、1 1866 1867 慶應 慶應 2 3 1868 慶應、明治 4、1 1869 明治 2 1870 明治 3 1871 明治 4 チャード・リーチ・マドックス(英)がゼラチンと臭化銀を 使ったガラス乾板を発明、ガラス乾板を持ち歩くことがで きるようになる 1872 明治 5 エドワード・マイブリッジ(英→米)が疾走する馬の連続写 真を撮影1877~87年まで動体の連続撮影を研究 1873 明治 6 1874 明治 7 1875 1876 明治 明治 8 9 1877 明治 10 1878 明治 11 ガラス乾板の工業生産開始 1879 明治 12 ウィーンの印刷業者カール・クリッチェが、写真製版法を 改良し、「フォト・グラヴュール」を考案。ピクトリアリズムの 写真家たちから好評を博す 1880 明治 13 ジョージ・イーストマンがガラス乾板メーカーのコダックを 創業 1881 1882 明治 明治 14 15 1883 明治 16 1884 1885 明治 明治 17 18 1886 明治 19 1887 明治 20 1888 明治 大政奉還 トーマス・アナン(スコットランド)がグラスゴーの貧民街の 戊辰戦争(~69) 記録写真を撮影 ヘンリー・ピーチ・ロビンソンが著書『写真における絵画的 効果』を刊行 西南戦争 江崎礼二がガラス乾板を使用したカメラ で、隅田川で行われた水雷発火試験で爆 発の瞬間を撮影 コダックが世界初のロールフィルム(紙製)を開発 ナダールが撮影したポートレート写真と記者のインタ ビューがセットになった記事を掲載。世界最初のフォト・イ ンタビューに 21 箱型の大衆カメラ「コダックNo.1」発売。100枚撮影可能な ロールフィルムが内蔵され、撮影後はコダックに送り返す とプリントと一緒に新しいフィルムを装填したカメラが戻っ てくる。「あなたはボタンを押すだけ、あとはコダックにお 任せ」(You press the button,we do the rest.)という キャッチコピーとともに普及した 1889 明治 22 ピーター・ヘンリー・エマーソン(英)が著書『自然主義写 真』で絵画的写真を批判し、自然主義写真を提唱/ ジョージ・イーストマン(米)がセルロイド製のポジ・ロール フィルムの特許を申請 1890 明治 23 ジェイコブ・リース(米)がニューヨークのスラム街を写真集 『世界のもう半分はいかに生きているか』で告発反響を呼 ぶ 1891 明治 24 1892 明治 25 1893 1894 明治 明治 26 27 1895 明治 28 ロンドンでピクトリアリズムの写真家集団「リンクト・リンク」 設立/アルフレッド・スティーグリッツ(米)「停車場 ニューヨーク」 日清戦争(~95) コダックがロールフィルムに裏紙がつける、日中装填が可 能に 1896 明治 29 1897 明治 30 1898 1899 1900 1901 明治 明治 明治 明治 31 32 33 34 ニューヨークのカメラクラブのために「カメラ・ノーツ」。創刊 編集発行人はアルフレッド・スティーグリッツ 1902 明治 35 アルフレッド・スティーグリッツ、エドワード・スタイケンらに よって「フォト・セセッション(写真分離派)が設立される。 同名写真展(ナショナル・アーツ・クラブ、N.Y.)開催。キュ レーターはスティーグリッツ 1903 明治 36 フォト・セセッションの機関誌である写真雑誌「カメラ・ワー ク」創刊 1904 明治 37 1905 明治 38 1906 明治 39 1907 1908 1909 1910 明治 明治 明治 明治 40 41 42 43 1911 明治 44 1912 1913 1914 明治、大正 大正 大正 45、1 2 3 1915 大正 4 1916 大正 5 東京でゆふつヾ社、大阪で浪華写真倶楽 リュミエール兄弟によるカラーフィルム「オートクローム」が 部がそれぞれ結成される。日本における 発売される/ルイス・ハインがエリス島の移民の生活を撮 日露戦争(~05) 芸術写真の胎動 影。ドキュメンタリー写真家として仕事を始める 「ギャラリー291」(N.Y.)設立(293番地に移転後、1917年 まで)。スティーグリッツ、スタイケンらが主宰写真のみな らずロダン、マティスらのヨーロッパ近代芸術を紹介 東京写真研究会結成 エドワード・カーチス(米)が写真集『北米インディアン』の 刊行を開始(全20巻) スティーグリッツ「三等船客」 ブラガーリア兄弟(伊)『フォトディナミズモ』。未来派の概 念を写真に応用 第一次世界大戦(~18) 雑誌「291」創刊。ダダイストの雑誌アルフレッド・スティー グリッツらが参加 1917 大正 6 「カメラワーク」50号で休刊。最終号はポール・ストランド の作品を掲載。ピクトリアリズムからモダニズムへ/ス ティーグリッツ「マルセル・デュシャンの『泉』」を雑誌のた めに撮影 1918 大正 7 クリスチャン・シャート(独)、マン・レイ(米、パリ在住)がそ れぞれフォトグラムを始める。 1919 大正 8 1920 大正 9 野島康三が「兜屋画廊」を開廊 1921 大正 10 上田竹翁らが藝術冩眞社を興し、「藝術冩 眞」を刊行/福原信三らが写真同人誌『写 真芸術』を創刊(1923年まで)/「カメラ」 (アルス)創刊 1922 大正 11 福原信三写真集『巴里とセイヌ』/「芸術 写真研究」(アルス)創刊 1923 大正 12 1924 大正 13 1925 大正 14 35ミリ判カメラの元祖、ライカI型が発売されるほかにも小 型カメラが続々登場/パウル・フィエルコッター(独)がフ ラッシュバルブ(閃光電球)を発明 1926 大正、昭和 15、1 マン・レイが雑誌“La Revolution Surrealiste(超現実主 義革命)”にユージューヌ・アッジェの写真を掲載。アッジェ は名前の掲載を拒む 1927 昭和 2 1928 昭和 3 写真エージェンシー「デフォト」(ドイツ写真機関)(独)設立 /二眼レフ「ローライフレックス」発売/アルベルト・レン ガー=パッチュ写真集『世界は美しい』(独) 1929 昭和 4 アウグスト・ザンダー写真集『Antlitz der Zeit(時代の顔)』 日独写真機商店(後のミノルタ)が初の国 (独)/モホリ=ナジ構成「Film und Foto」(「映画と写 産カメラ「ニフカレッテ」発売 真」)展(独) 関東大震災 福原信三が弟路草ほかの仲間とともに、 「日本写真会」を立ち上げる 中山岩太が帰国 世界初の写真エージェンシー「ヴェルトルンテシャオ」(ベ ルリン、独)設立 1930 昭和 5 中山岩太らが芦屋カメラクラブを結成/木 村専一、堀野正雄、渡辺義雄らが新興写 アッジェ写真集『Atget, photographe de Paris』(ベレニ 真研究会結成/安井仲治らが丹平写真 ス・アボット編集) 倶楽部を結成 1931 昭和 6 独逸国際移動写真展(ドイツで開かれたモ ホイ=ナジらの「Film und Foto」展の写真 部門の巡回展)が東京と大阪で開催 7 野島康三が中山岩太、木村伊兵衛ととも に雑誌「光画」創刊(~1933年、18号)/ 名取洋之助がドイツから帰国/堀野正雄 写真集『カメラ・眼×鉄・構成』 1932 昭和 満州事変 「グループ f/64」(エドワード・ウェストン、アンセル・アダム ス、イモージン・カニンガムら)設立。西海岸(主にサンフラ ンシスコ)の写真家たちで構成され、ネイチャーフォト、ファ インプリントなどの特徴を持つ。 1933 昭和 8 名取洋之助、伊奈信男、木村伊兵衛、原 弘、岡田桑三らが、企画・編集・デザイン・ カルティエ=ブレッソン初個展(ジュリアン・レヴィ・ギャラ 撮影まで一貫して行う制作会社「日本工 リー、N.Y.)/ブラッサイ写真集『夜のパリ』(仏) 房」を設立 名取以外の主要メンバーが「日本工房」を 脱退。土門拳、河野鷹思、亀倉雄策、山名 文夫、藤本四八らが参加し第二次「日本工 房」に移行。対外宣伝誌「NIPPON」を創 刊。日本初の本格的グラフ雑誌/日本工 房を脱退したメンバーが中心になり「中央 工房」を設立 1934 昭和 9 1935 昭和 10 米農業安定局(FSA)がウォーカー・エヴァンス、ドロシア・ ラング、ベン・シャーン、カール・マイダンスらを農村部に 派遣(~1942) 1936 昭和 11 ドキュメンタリー写真家集団「フォト・リーグ」結成(~ 1951)/カラーポジフィルム「コダクローム」発売/グラフ 二・二六事件 誌「ライフ」(週刊)創刊。表紙はマーガレット=バーク・ホ ワイト/ロバート・キャパ「崩れ落ちる兵士」 1937 昭和 12 ボーモント・ニューホール(写真史家)企画「写真18391937展」(ニューヨーク近代美術館) 1938 昭和 13 日中戦争(~45) 瀧口修造らによる「前衛写真協会」結成 1939 昭和 14 報道写真家、エドワード・ロルク・ファーバー(米)がストロ ボを発明/ベレニス・アボット写真集『Changing New York(変わりゆくニューヨーク)1935-1938』/ウォーカー・ エヴァンス「American Photographs」(ニューヨーク近代 美術館) 1940 昭和 15 ニューヨーク近代美術館に写真部門が設立される。初代 日独伊三国軍事同盟/紀 部長はボーモント・ニューホール 元2600年 1941 昭和 16 1942 昭和 17 1943 昭和 18 1944 昭和 19 キャパのノルマンディー上陸作戦の写真が「ライフ」に掲 載/ネガカラーフィルム「コダカラー」発売 1945 昭和 20 広島の原爆の被害の様子を松重美人らが ウィージー写真集『裸の町 Naked City』」/アレクセイ・ 撮影 ブロドヴィッチ『バレエ』 1946 昭和 21 写真家集団「マグナム」がパリで設立される/ユージン・ スミスが「楽園へのあゆみ」を発表 「中央工房」が「東方社」に改組。渡辺義 雄、濱谷浩らが参加 東方社が対外宣伝誌「FRONT」を創刊 エヴァンス撮影、ジェームズ・エイジー文『いまこそ有名人 真珠湾攻撃(太平洋戦争 を讃えよう(Let Us Now Praise Famous Men.)』 始まる~1945) ガダルカナル島敗退/学 徒出陣 米軍、サイパンに上陸 米が広島、長崎に原子爆 弾投下/第二次世界大戦 終結 1947 昭和 22 ランド博士がポラロイドカメラを発明/ニューヨーク近代美 術館の写真部長にエドワード・スタイケン(写真家)が就任 6・3・3制の教育制度が始 名取洋之助がグラフ雑誌「週刊サンニュー (~1962)/アンリ・カルティエ=ブレッソン展(ニューヨー ス」創刊、 まる ク近代美術館)/ロバート・キャパ、カルティエ=ブレッソ ンら7人が「マグナム」を設立(米) 1948 昭和 23 林忠彦が「文士の肖像」を連載(小説新 潮)、 1949 昭和 24 「アサヒカメラ」復刊、三木淳が「ライフ」と 契約、日本写真家協会設立 1950 昭和 25 1951 昭和 26 1952 昭和 27 木村伊兵衛、土門拳の月例審査が「カメ ラ」(アルス)で始まる。戦後リアリズム写 真運動の幕開け 28 写真リアリズム論争起こる/スタイケンと 金丸重嶺のキュレーションによる「現代写 真展 日本とアメリカ」(国立近代美術館) 開催 1953 昭和 帝銀事件 オットー・シュタイナート企画「主観的写真展」(サールブ リュッケン国立工芸美術学校、独) 湯川秀樹がノーベル物理 学賞を受賞 朝鮮戦争(~1953) サンフランシスコ講和条約 /日米安保条約調印 カルティエ=ブレッソン「決定的瞬間」(仏、仏版の原題は 日航機、三原山に墜落/ 「逃げ去る映像」)/アンセル・アダムス、マイナー・ホワイ 「君の名は」が大ヒット トほかが写真雑誌「Aperture」創刊(米) NHK、NTVがテレビの本 放送を開始 ライカM3発売。レンジファインダーカメラの完成型/コ ダックから高感度モノクロフィルム「トライX」発売 日ソ共同宣言(国交回復) /第五福竜丸がビキニ岩 礁で行われていた米軍の 水爆実験で被爆 1954 昭和 29 1955 昭和 30 1956 昭和 31 奈良原一高写真展「人間の土地」/「ザ・ ファミリー・オブ・マン」日本展、 1957 昭和 32 石元泰博、東松照明ら「10人の眼」展開 催/富士フォトサロン開設 1958 昭和 33 石元泰博『ある日ある所』/土門拳『ヒロシ ロバート・フランク写真集『アメリカ人』(仏)翌年アメリカで 日米安保条約改定交渉開 マ』 刊行 始 34 「朝日ジャーナル」創刊/東松照明・奈良 原一高・細江英公・川田喜久治・丹野章・ ニコンF発売。35ミリ一眼レフがカメラの主流に。 佐藤明が日本初の写真エージェンシー 「VIVO」を結成(~1961) 1959 昭和 「カメラ毎日」「サンケイカメラ」創刊 ユージン・スミス「カントリー・ドクター」(ライフ) エドワード・スタイケン企画「ファミリー・オブ・マン」展 (ニューヨーク近代美術館)、日本(1956)を含む世界38カ 第一回原水爆禁止大会 国を巡回 ウィリアム・クライン写真集『ニューヨーク』 日本が国連に加盟/日ソ 共同宣言 ソ連、初の人工衛星「ス プートニク」打ち上げ成功 日米安保条約反対運動起 こる/皇太子ご成婚 1960 1961 1962 昭和 昭和 昭和 「マグナム世界写真展」巡回/土門拳『筑 豊のこどもたち』/「コマーシャルフォト」創 刊 60年安保(日米新安保条 約締結)/岸内閣総辞職 /第1次池田内閣成立。 所得倍増計画を発表/カ ラーテレビの本放送開始 /日本社会党・浅沼稲次 郎暗殺事件 36 早崎治「東京オリンピック公式ポスター」 (AD:亀倉雄策) 赤木圭一郎がゴーカート 事故で死去/NHK朝の 連続テレビ小説放送開始 第1作は獅子文六原作の 『娘と私』/柏戸(第47 代)、大鵬(第48代)が同 時に横綱昇進。/「銀座 の恋の物語」「上を向いて 歩こう」が大ヒット 37 細江栄公写真展「薔薇刑」/東松照明写 真展「(11時02分NAGASAKI」 吉展ちゃん誘拐殺人事件 /狭山事件/黒部川第四 発電所完成/河野一郎邸 焼き討ち事件/草加次郎 事件/力道山刺殺事件 35 ニューヨーク近代美術館の写真部長にジョン・シャーカフ スキー(元写真家、キュレーター)が就任(~1991) 常磐線三河島駅構内で列 車事故、160人死亡/堀 江謙一、ヨットで太平洋を 単独横断 1963 昭和 38 ビジュアル誌「太陽」創刊/土門拳『古寺 巡礼』始まる/名取洋之助『写真の読み 方』 1964 昭和 39 第一回太陽賞を荒木経惟「さっちん」が受 リチャード・アヴェドン写真集『ナッシング・パーソナル』 賞 東京オリンピック/東海道 新幹線営業開始/首都高 速道路開通 「ベ平連」結成/朝永振一 郎がノーベル物理学賞を 受賞/米原子力潜水艦が 佐世保港に入港 1965 昭和 40 「カメラ毎日」に立木義浩「舌出し天使」が 掲載される/川田喜久治写真集『地図』/ 澤田教一「安全への逃避」 1966 昭和 41 高梨豊「東京人」(「カメラ毎日」に一挙64 ページ掲載)、澤田教一「安全への逃避」 でピューリッツアー賞受賞 1967 昭和 42 森山大道「にっぽん劇場」連載開始(カメラ ジョン・シャーカフスキー企画「ニュー・ドキュメンツ」展 毎日) (ニューヨーク近代美術館) 公害対策基本法成立/映 画『卒業』がヒット 三億円強奪事件/映画 『2001年宇宙の旅』公開 /川端康成がノーベル文 学賞を受賞 東大安田講堂封鎖を解除 エヴァンス写真集『Many are Called』(撮影は1938年か ビートルズ来日 ら) 1968 昭和 43 写真同人誌「PROVOKE」創刊/米「コン テンポラリー・フォトグラファーズ」展を「カメ ラ毎日」が紹介し、「コンポラ写真」(「カメラ 毎日」6月号「日常の情景について」)掲載 /東松照明、多木浩二、中平卓馬、内藤 正敏ほかが実行委員を務めた「写真100 年」展/中平卓馬、高梨豊ら 「PROVOKE」創刊(2号から森山大道が 参加、~1970) 1969 昭和 44 石元泰博『シカゴ、シカゴ』/東松照明『お ゲイリー・ウィノグランド写真集『The Animals』 お!新宿』 45 国鉄がディスカバー・ジャパン・キャンペー ンをスタート/「アン・アン」創刊/中平卓 馬「来るべき言葉のために」/荒木経惟 「ゼロックス写真帖」/篠山紀信「nude」 1970 昭和 ベッヒャー夫妻写真集『無名の彫刻 Anonyme Skulpturen:A Typology of Technical Construcions』/ 写真家、ルシアン・クレルグらが「アルル国際写真フェス ティバル」をスタート。のちに世界最大規模の写真祭に 大阪万国博覧会/よど号 ハイジャック事件/三島 由紀夫割腹自殺/日米安 保条約自動延長 1971 昭和 46 「カメラ毎日」に新人作家紹介のページ 「ALBUM」がスタート/荒木経惟『センチメ ンタルな旅』(自費出版)/「映像の現代」 (中央公論社)全十巻刊行開始 1972 昭和 47 森山大道『写真よさようなら』 48 東松照明「太陽の鉛筆」連載開始(カメラ 毎日)/沢渡朔写真集『ナディア 森の人 館』/中平卓馬「なぜ、植物図鑑か」/「ダ 1972年に休刊したグラフ誌「ライフ」(年2回)復刊(1978 オイルショック/金大中拉 イアン・アーバス写真展 Diane Arbus: 年に月刊化、2000年から無料週刊誌になり2007年休刊) 致事件 Retrospective」(西武美術館 ディレク ターはドーン・アーバスとマーヴィン・イズラ エル) 1973 昭和 沖縄返還協定調印/円が 変動相場制へ/アンノン 族ブーム ジョン・シャーカフスキーの企画、キュレーションによるダ 札幌冬季オリンピック/浅 イアン・アーバスの遺作展「Diane Arbus」展がニューヨー 間山荘事件/日中共同声 明(日中国交正常化) ク近代美術館ほかで開催、(75年まで巡回) 1974 昭和 49 「ニュージャパニーズ・フォトグラフィー」展 「New Japanese Photography」展(ニューヨーク近代美 三菱重工ビルで爆弾事件 がニューヨーク近代美術館で開催/東松 術館)/ルイス・ボルツ『The New Industrial Parks near /佐藤栄作前首相がノー 照明が校長を務める「WORKSHOP写真 ベル平和賞受賞 Irvine, California』 学校」開校 1975 昭和 50 第一回木村伊兵衛賞を北井一夫「村へ」 が受賞/篠山紀信写真集『晴れた日』 1976 昭和 51 「CAMP」「PUT」「プリズム」など若手写真 ウイリアム・エグルストン「エグルストンズ・ガイド」展 (ニューヨーク近代美術館) 家による自主ギャラリーがスタート ロッキード事件で田中角 栄前首相が逮捕される/ ソ連軍ミグ25亡命事件 1977 昭和 52 篠山紀信・中平卓馬『決闘写真論』/牛腸 ゲイリー・ウィノグランド写真集『 Public Relations』 茂雄『SELF AND OTHERS』 王貞治が756本塁打達成 「New Topographics」展(ジョージ・イーストマンハウス・ロ 沖縄海洋博/映画『ジョー ズ』が大ヒット チェスター国際写真美術館) ジョン・シャーカフスキー企画「鏡と窓」展(ニューヨーク近 日中平和友好条約締結/ 代美術館) 成田空港開業 1978 昭和 53 ツァイト・フォトサロン開廊 1979 昭和 54 PGI(フォトギャラリー・インターナショナル) 開廊 1980 昭和 55 「写楽」創刊/「写真装置」創刊 1981 昭和 56 「写真時代」創刊/「FOCUS」創刊 日米貿易摩擦/『窓ぎわ のトットちゃん』がベストセ ラーに 日航機、逆噴射事件/東 北・上越新幹線開通 インベーダーゲームが ブームに パリ写真月間スタート 1982 昭和 57 第一回土門拳賞。受賞は三留理男「ケニ ア飢餓前線」「アコロ」「国境を越えた子供 たち」/写真家の作品と人生をまとめた 「昭和の写真家 全仕事」(朝日新聞社)刊 行開始/ソニーが電子スチルカメラ「マビ カ」を発売 1983 昭和 58 「PHOTO JAPON」創刊 東京ディズニーランド開園 /「おしん」ブーム 1984 昭和 59 「FRIDAY」創刊/ピクチュア・フォトスペー ス(大阪)開廊 グリコ・森永事件 日航機、御巣鷹山に墜落 /NTT、日本たばこがス タート/プラザ合意(円高 へ) 1985 昭和 60 「カメラ毎日」休刊/「つくば写真美術館 '85」開館。期間限定の写真美術館。ツァイ ト・フォトサロンの石原悦郎が館長を務め る 1986 昭和 61 「写ルンです」が大ヒット 1987 昭和 62 ナン・ゴールディン写真集『性的依存のバラード(The Ballad of Sexual Dependency)』 バブル景気始まる(~ 1990年) 「シンディ・シャーマン」展(ホイットニー美術館) 国鉄民営化、JRへ 1988 昭和 63 川崎市民ミュージアム(日本初の写真部門 を持つ公立美術館)開館/宮本隆司「建 築の黙示録」「九龍城砦」/初の本格デジ タルカメラ「DS-1P」(富士写真フイルム)発 表 1989 昭和、平成 64、1 横浜美術館開館/「期待される写真家20 人展」(パルコ)/武田花写真集『眠そうな 町』 昭和天皇崩御 1990 平成 2 東京都写真美術館開館(プレ開館)/「デ・ ベッヒャー夫妻がヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞を ジャ=ヴュ」創刊、新宿の東京新都庁が竣 受賞、現代美術として高い評価を受ける、 工 「総量規制」通達→バブル 経済崩壊 1991 平成 3 ピーター・ガラッシがニューヨーク近代美術館の写真部長 篠山紀信「Santa Fe」/ヘアヌードブーム に就任(~2007)、「プレジャーズ・アンド・テラーズ・オブ・ /今道子「EAT」 ドメスティック・コンフォート」展を企画開催 1992 平成 4 キヤノン写真新世紀スタート 皇太子ご成婚/細川連立 内閣成立 ロッテルダム写真ビエンナーレで「Waste Land from Now on─現在の風景」展開催。 リクルート事件/瀬戸大 橋、青函トンネルが開通 PKO協力法が国会で成 立 1993 平成 5 公募展、写真「ひとつぼ」展(現・1_WALL) スタート/荒木経惟展「AKT TOKYO 1971-1992」がヨーロッパ各地を巡回。国 際的な活躍が始まる/ロバート・メイプル ソープ展が日本で巡回、金村修 「Crashlanding in Tokyo's Dream」銀座ニ コンサロン 1994 平成 6 新潮社の写真叢書「フォト・ミュゼ」シリー ズ開始 大江健三郎、ノーベル文 学賞受賞 阪神大震災/地下鉄サリ ン事件 1995 平成 7 東京都写真美術館、恵比寿でグランド オープン/HIROMIXが写真新世紀で優 秀賞を受賞/ホンマタカシ写真集 『babyland』/カシオのデジタルカメラ 「QV-10」が大ヒット 1996 平成 8 東京写真月間スタート、「シンディ・シャー O-157で食中毒多発/ペ デジタルイメージを使う作家30組による「フォトグラフィ・ア マン」展(東京現代美術)/HIROMIX ルー日本大使公邸をゲリ フター・フォトグラフィ」展(ミュンヘン、独) ラが占拠 「girls blue」/畠山直哉「LIME WORKS」 1997 平成 9 「日本の写真家」全四十巻(岩波書店)刊 オランダのパブリッシャー、Rik Gadellaが「パリフォト」を 行開始/佐内正史「生きている」/都築響 始める 一「Tokyo style」 酒鬼薔薇事件 1998 平成 10 インクジェットプリントを展示するギャラリー 「エプサイト」開設/ホンマタカシ「TOKYO SUBURBIA 東京郊外」 長野オリンピック/長銀、 日債銀が破綻 1999 平成 11 鈴木理策「PILES OF TIME」/ニコンから デジタル一眼レフカメラ「D-1」発売 石原慎太郎が都知事に/ 東海村原発で臨海事故 2000 平成 12 「アサヒグラフ」「太陽」が休刊/中野正貴 「Tokyo Nobody」/初のカメラ付きケータ イ「J-SH04」(Jフォン)発売 三宅島噴火 2001 平成 13 第26回木村伊兵衛写真賞に長島有里枝、 蜷川実花、HIROMIXが選ばれる/写真 家による自主ギャラリー「Photographer's gallery」スタート/川内倫子『うたたね』 『花火』/金村修『Spider’s Strategy』『I Can Tell』 2002 平成 14 ニューヨーク近代美術館で「アンドレアス・グルスキー展」 サッカーワールドカップ日 東松照明展「沖縄マンダラ」/オノデラユ 開催/Reed Expositions Franceが「パリフォト」を買収。 韓共同開催/北朝鮮から キ写真集『cameraChimera カメラキメラ』 拉致被害者が帰国 現在のような大規模な写真アートフェアに 2003 平成 15 森山大道「光の狩人」展(川崎市民ミュー ジアム)/中平卓馬展「原点回帰」展(横 浜美術館)/澤田知子「Costume」 テート・ブリテンで、ウォルフガング・ティルマンスが写真家 として初めて個展を開催 2004 平成 16 安井仲治展「写真のすべて」(松濤美術 館) アルル国際写真フェスティバルでマーティン・パーによる 新潟中越地震/スマトラ 日本写真特集が組まれる、木村伊兵衛、松江泰治、金村 沖地震/韓国ドラマ「冬の 修、川内倫子が招待作家に ソナタ」が社会現象に 愛知万博(テーマは「自然 の叡智」)/JR福知山線 脱線事故 狂牛病の牛が日本国内で 発見される 2005 平成 17 ウォルフガング・ティルマンス展(東京オペ ラシティギャラリー)/「ドイツ写真の現在」 展(東京国立近代美術館)/「杉本博司 時間の終わり」展(森美術館)/石内都展 「mother's」(ベネチア・ビエンナーレ)/鷹 野隆大「IN MY ROOM」 2006 平成 18 ニコンがフィルムカメラ新規開発を終了/ 梅佳代「うめめ」、本城直季「Small Planet」 「ダ・ヴィンチ・コード」がベ ストセラーに 2007 平成 19 志賀理江子「Lilly」「CANARY」 東京ミッドタウン開業/ 「千の風になって」が大 ヒット 2008 2009 平成 平成 中国製毒入りギョーザ事 パリフォトで「日本特集」が組まれる。ディレクションは竹内 件/「ホームレス中学生」 万里子 がベストセラーに/「崖の 上のポニョ」が大ヒット 20 浅田政志「浅田家」 21 第1回東京フォト/「高梨豊 光のフィール ドノート」展/高木こずえ「MID」 「GROUND」 民主党が政権奪取/村上 春樹「1Q84」がベストセ ラーに/映画「おくりびと」 が米アカデミー賞外国語 賞を受賞 小惑星探査機「はやぶさ」 帰還/AKB48がブレーク 2010 平成 22 鷹野隆大・鈴木理策・松江泰治・倉石信 乃・清水穣による「写真分離派宣言」/森 村泰昌 なにものかへのレクイエム」展(東 京都写真美術館)/「鈴木清 百の階梯、 千の来歴」(東京国立美術館) 2011 平成 23 ホンマタカシ「ニュードキュメンタリー」展 (金沢21世紀美術館)、川島小鳥「未来 ちゃん」、田附勝「東北」 東日本大震災/なでしこ ジャパンがワールドカップ で優勝/九州新幹線開通 2012 平成 24 志賀理江子『螺旋海岸』/川内倫子『照度 イーストマン・コダックが経営破綻、テート・モダン・ギャラ あめつち 影を見る』/石内都『絹の夢』/ リー(英)で「ウィリアム・クライン、森山大道」展が開かれ 坂口トモユキ『痛車』 る 東京スカイツリー開業 世界史 世界最初の鉄道(ストック トン-ダーリントン間)開業 /ベートーベン「交響曲第 9番・合唱つき」作曲 オームが『電気回路の数 学的研究』を著す。「オー ムの法則」を発表 七月革命(仏)。ブルボン 王朝の終焉/ドラクロワ (仏)「民衆を率いる自由 の女神」/スタンダール (仏)『赤と黒』 阿片戦争(1942年まで) /世界初の郵便切手を発 行(英)。近代郵便制度の 始まり リンカーン大統領が奴隷 解放宣言(米) 地下鉄開通(英) 普仏戦争(~71) パリのナダールのスタジ オで、第一回印象派絵画 展が開催される エジソンが手動蓄音機を 発表 リュミエール兄弟(仏)が 「シネマトグラフ」を発明 ライト兄弟(米)が動力飛 行に成功 「血の日曜日事件」(露)ロ シア第一次革命が始まる ソビエト政権樹立(露) 総合的なデザイン教育を 行う「バウハウス」開校(ワ イマール、独) テレビが発表される(米) ニューヨーク市場で株価 の大暴落。世界恐慌が始 まる コダックのテクニカラーに よる世界初のカラー映画 、ルーベン・マムーリアン 監督の『虚栄の市』が公開 される。(米) 第二次世界大戦始まる アメリカがベトナム戦争に 本格介入(~1973年) アメリカ軍による北ベトナ ム爆撃(北爆)開始。 中国、文化大革命が終了 英首相に初の女性首相 サッチャーが就任 モスクワオリンピックでボ イコット問題が起きる/ ジョン・レノン暗殺 ロサンゼルス・オリンピッ クでソ連・東欧諸国がボイ コット/マッキントッシュ・ コンピュータ発売 ゴルバチョフがソ連共産 党書記長に就任 チェルノブイリ原発事故/ フィリピンのマルコス政権 が倒れる ブラック・マンデー、NY市 場で株価暴落 ベルリンの壁が崩壊 ソ連崩壊 9.11ニューヨーク同時多 発テロ ロンドンオリンピック開催
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