マイクロ波加熱を用いた木質炭化物の 性状と水浄化機能

総合工学
第 24 巻(2012)
1 頁-6 頁
マイクロ波加熱を用いた木質炭化物の
性状と水浄化機能
上野
薫*,阿知波良輔**,行本正雄**
Properties of the Wood Charcoal and Water Purification Function
Using Microwave Heating
Kaoru Ueno *, Ryosuke Achiwa** and Masao Yukumoto**
Abstract: We report on properties of the wood charcoal and water purification function
using microwave heating. The samples are thinned wood chips of an artificial forest in
Ena area. In the experiment, 8g and over φ2mm of wood chips indicated over 70% of
weight loss using microwave heating. The charcoal surface was observed using SEM. In
addition, we examined the possibility of the use of the charcoal as a nitrifying carrier. As
a result, wood chips can reduce the time of carbonization for the microwave by
increasing moisture content. In the SEM photograph, the cell walls of the charcoal made
by the microwave heating was thin, so it considered that the specific surface area and
adsorption ability became bigger than by the conventional heating way. However, the
charcoal had low effect on nitrification in the model waste water, and then we should
check some physical conditions to develop their functions as the carrier.
Keywords : Wood chips, Carbonization, Moisture content, nitrification
1. はじめに
我が国は,温暖な気候と豊かな降雨に恵まれ,国土面積 37.8 万平方キロのおよそ 67%が森林で覆われ
た「森林国」である
1)
.人工林では個々の樹木が生育に必要な空間を維持させるため,主伐と呼ばれる
最終的な伐採までの間に数回の間伐が行われる
2)
.間伐を実施しないと樹木が細く折れやすくなるばか
りでなく,森林の水源涵養機能等が劣化するため,政府や地方自治体が補助金を出して間伐適期の林の
間伐経費を負担している.しかし,原木市場まで搬送しても十分な価格が付かないため,林内に放置し
たままの間伐木が多数ある
2)
.間伐材は幹の直径が細く,強度が低いので,使用用途が限られてしまう
が,強度を要求されない割り箸,文房具,家具,炭,封筒など幅広く使われている.
また,マイクロ波は現代社会において,携帯電話をはじめとする無線通信技術や放送,レーダーな
どの計測分野を含んだ幅広い分野になくてはならないものであることは良く知られており,これに加え
てマイクロ波は工業,医療,科学のあらゆる分野でクリーンな加熱を行うためのエネルギー源としても
きわめて広範囲に使われている
*応用生物学部環境生物科学科
3)
.マイクロ波加熱は物体の内部から加熱できるという利点を持ち,こ
**大学院工学研究科機械工学専攻
-1-
マイクロ波加熱による未利用廃棄物の炭化プロセスの開発
の利点を生かし,木材の乾燥,ゴムの昇温加熱,セラミックスの接合,不純物の除去,食品の加熱など,
多くの分野で用いられている
4)-6)
.また,身近にあるマイクロ波を発生させる装置として電子レンジが
ある.
本研究では,間伐材をマイクロ波で炭化させ,価値や利用度を高めることで,地域との連携や活性
化を目指す.
2. 実験方法
2.1.
電子レンジによる木材チップの炭化
岐阜県恵那市の人工林より伐採した樹齢 40 年のヒノキを,伐採後に約 50 cm に玉切りにし,その後,
外注加工し,約 1 cm にチップ化した木材を用いた.また,径 2 mm のふるいを使用し,チップ大とチッ
プ小に選別した.木材チップ小 2 g を一定量の純水に任意の日数浸し,純水から取り出した後,木材チ
ップ表面の水気を取り,含水率を増やした実験と木材チップ大の量を 2,4,6,8 g と増やし木材チップ
の表面積を増やす実験を行った.その木材チップを周波数 2,450 MHz の電子レンジ(吉井電気株式会社
製)を用い,磁製るつぼ(50 mL)に木材チップを入れ 10 分間加熱し炭化実験を行なった.また,加熱
の際に木材チップからタールが発生し,それが電子レンジ内に付着すると故障の原因になるため,紙コ
ップとコーヒーフィルターを重ねた蓋をるつぼの上に被せた.本研究で作製した炭化物と通常の炭窯
(外部加熱方式)により作製した炭化物を走査型電子顕微鏡(SEM:日立製 S-3500N)を用いて表面観
察を行なった.
2.2.
マイクロ波加熱により作製したヒノキ炭化物の硝化能の検討
本研究で作製したヒノキ炭化物(以下,炭化物)における水質浄化(硝化)担体としての利用可能性
の検討を行なった.材料は約 1 cm のチップ状にしたヒノキ間伐材を電子レンジでマイクロ波処理し(10
分間),炭化物を乳鉢ですりつぶし乾式篩別し,粒径 0.25 mm 以下の分画を供試担体とした.これを模
擬排水(表 1) 7) に質量比 1%濃度で添加し,10 日間の振盪培養を行った(25 ℃,110 rpm).処理区と
して,炭化物添加区/無添加区に有菌区/無菌区を加えた計 4 処理区を設定した.図 1 に振盪培養の様子
を示す.種菌としては,市販の硝化菌液(BFL5800NT,名東化製株式会社)を模擬排水に 5%濃度で添
加した.培養液は 2 日毎に採取し,溶存酸素;DO(OM-51,HORIBA),酸化還元電位;ORP(D54,
同),pH(Twin pH,同),NH 4 + (インドフェノール法,U1801,HITACHI),NO 2 - (BR 法,同),
NO 3 + (IA-300,東亜 DKK),溶存態窒素;DN(TOC-VcsnTN ユニット TNM-1,島津製作所)を測定し
た.また,浮遊菌と付着菌に分けて MPN-平板法により亜硝酸菌の菌数も把握した.
表 1. 模擬排水の組成
mg/L
NaCl
6.6
MgSO4 ・7H2 O
8.2
KH2 PO4
18.6
KCl
13.4
NH4 Cl
95.5
NaHCO3
191.4
Dextrin
30.45
Bactopeptone
65.4
Yeast Extract
65.4
Meat Extract
74.6
DN
40
DOC
80
図 1.振盪培養の様子
炭有・有菌区(左奥),炭無・有菌
区(右奥),炭有・無菌区(左手前),炭無・無菌区(右手前).
-2-
上野
薫,阿知波良輔,行本正雄,
3. 実験結果
3.1.
電子レンジによる木材チップの炭化実験
木材チップ小の含水率と木材温度の関係を示すグラフを図 2 に,木材チップ小の重量減少率と木材温
500
500
400
400
木材温度(℃)
木材温度(℃)
度の関係を示すグラフを図 3 に示す.
300
200
300
200
100
100
0
0
0
25
50
含水率(%)
75
0
100
25
50
75
100
重量減少率(%)
図 2. 木材チップ小における含水率と
木材温度の関係
図 3. 木材チップ小における重量減少
率と木材温度の関係
以上の結果より,含水 率が上がると 木材温度も上がる.また, 平均して含水率が高くなる ので,水
分の増加による発熱量増加がおこり,木材温度・重量減少率の値も大きくなったと考えられる.しかし,
重量減少率と木材温度の関係ではばらつきが大きいので,2 mm 以下である木材チップ小は本研究の炭
化実験では望ましくない.
50 ml のるつぼを用いた木材チップ大の木材重量と木材温度の関係を示すグラフを図 4 に,また,木
500
500
400
400
木材温度(℃)
木材温度(℃)
材チップ大の重量減少率と木材温度の関係のグラフを図 5 に示す.
300
200
100
2
4
6
木材重量(g)
8
図 4. 木材チップ大における木材重量
と木材温度の関係
300
200
100
0
20
40
60
重量減少率(%)
80
100
図 5. 木材チップ大における重量減少
量と木材温度の関係
-3-
マイクロ波加熱による未利用廃棄物の炭化プロセスの開発
これらの結果より,木材チップ大は,重量が増えることで水分量が増え,木材温度が上がったもの
と考えられる.また,重量減少率と木材温度は比例関係にあるため,重量減少率が高い時は,木材温度
も高くなった.
本研究では,木材重量 8 g の場合に 71.5%の重量減少率が得られ,最適条件と考えられた.
本研究でマイクロ波加熱により作製した炭化物の SEM 画像を図 6 に,外部加熱方式で作製した炭化
物の SEM 画像を図 7 に示す.
図 6. マイクロ波加熱により作製した炭化物
の SEM 画像
図 7. 外部加熱方式で作製した炭化物
の SEM 画像
どちらにも数多くの孔が有り,蜂の巣に似たハニカム構造をしていることが確認できた.本研究で
作製した炭化物の表面は,細胞壁が薄く,細孔に不純物の付着が観察されないが,外部加熱方式で作製
した炭化物には,細胞壁が分厚く,所々に穴が観察された.また,不純物により細孔が詰まる閉鎖孔も
確認できた.
外部加熱方式では,細胞壁が分厚いため,マイクロ波を用いて作製した炭化物の方が,細孔の数が
多く,炭化物の表面積が大きくなると予想される.細孔による吸着性能も外部加熱方式の炭化物よりも,
マイクロ波加熱で作製した炭化物の方が優れていると考えられた.
3.2.
マイクロ波加熱により作製したヒノキ炭化物の水質浄化への利用検討
アンモニア態窒素濃度の初期からの低下率(%)を図 8 に示した.有菌区では炭化物添加区での最終
的なアンモニア態窒素濃度の低下率が若干高かったものの,炭化物無添加区の方がアンモニア態窒素濃
度の低下速度が速かった.一方,無菌区では炭化物添加区では無添加区よりもアンモニア態窒素濃度が
低く抑えられていた(図 9).さらに炭化物表面には液体中と同程度数の亜硝酸菌が存在し,本炭化物
表面への本菌の担体付着効果が認められた(図 10).
4. 考察及びまとめ
4.1.
木材チップの含水率と加熱後の重量減少率との関係性
木材チップ小は,水に浸けた方が重量減少率と木材温度の値が大きくなった.このような結果にな
った要因として,マイクロ波加熱では,熱量が水分量に大きく影響するため,水分量が多くなったこと
により,熱量が増え,木材温度が上がり,その結果,良く炭化したものと考えられる.木材チップ小は
全体の表面積が広く,水を良く吸い,含水率が大きくなったためであると考えられる.以上の事より,
-4-
上野
薫,阿知波良輔,行本正雄,
100
木材チップを水に浸け,含水率を上げれば炭化さ
NH4 + 濃度の低下率(%)
せる時間を短縮することができる.
50 mL のるつぼを用いた木材チップ大の方は,
木材重量が増えるほど,重量減少率も木材温度も
上がっている.また,木材温度と重量減少率が比
例の関係にある.これは木材重量が増えると,表
面積が増え輻射熱や対流熱が増え木材温度が高く
なるので,重量減少率も大きくなったと考えられ
80
炭有・有菌
炭有・無菌
炭無・有菌
炭無・無菌
60
40
20
る.50 mL のるつぼを用いて,木材重量を増やし,
1 度に加熱する量を増やせば炭化させる時間を短
0
0
縮することができる.
2
本研究により作製された炭化物表面の細孔に不
4
6
時間(day)
10
図 8. NH 4 + 濃度低下率(%)の
経時変化
純物が観察されなかったのは,内部加熱により,
高次分解が抑制されたためだと考えられる.マイ
2.0
クロ波を用いる内部加熱方式は被加熱物の中心か
炭無・菌無
ら温度上昇が始まり,外に向かって伝熱作用が起
1.6
NH4 + 濃度(mmol/L)
こる.そのため,一次熱分解生成物が被加熱物の
中心から外側の,低温部分を通過するので,高次
分解を抑制することができる.その結果,高次分
解生成物の発生を抑制する.以上のことから,高
次分解生成物との接触が少なく,揮発性の一次熱
分解生成物が試料外部へ抜けるため,不純物が見
炭有・菌無
1.2
0.8
0.4
られなかったと推察される.また,これらのこと
から,外部加熱方式で作製された炭化物に観察で
0.0
きた穴は,揮発性の一次熱分解生成物が抜けたこ
0
2
4
6
8
10
時間( day)
とで生成されたもので,炭化物表面に見られる不
純物は,高次分解時に生成されたタールであると
図 9. 炭化物の有無による NH 4 +
濃度の違い
考えられる.
4.2.
8
マイクロ波加熱により作製したヒノキ炭化
1.E+10
炭化物無添加区は,添加区に比べてアンモニア
態窒素濃度の低下速度が速かった(図 8).この
ことは,本炭化物の硝化反応初期における微生物
担体としての効果は現状ではあまり期待できない
ことを意味している.しかしながら,炭化物表面
における亜硝酸菌数は液中と同等であったことか
亜硝酸菌数(cfu/100mL)
物の水質浄化への利用検討
ら(図 10),微生物付着担体としての利用可能性
は残されている.また,炭化物添加区で非添加区
1.E+08
1.E+06
浮遊菌
1.E+04
付着菌
1.E+02
1.E+00
0
2
4
6
8
10
時間(day)
よりもアンモニア態窒素濃度が低く抑えられてい
たことから(図 9),炭化物が若干の化学的吸着
図 10. 炭 化物有 ・有 菌区にお け
る亜硝酸菌数の経時変化
能を有していることも示された.炭化物の化学的
吸着能は,比表面積や全細孔容積の値が大きく,
平均細孔直径が小さい条件などにより高まると考えられる
-5-
8)
.炭化物の吸着能の増大は,炭化物表面に
マイクロ波加熱による未利用廃棄物の炭化プロセスの開発
おける様々な成分の濃度を向上させ
9)10)
,微生物自体の表面への定着率を上げる
11)12)
.本炭化物におけ
る比表面積等の物理特性は未測定であるが,化学的吸着能を高める方向に加工できれば微生物担体とし
ての性能を高めることも可能である.また,炭化物からの溶出物質などが生物活性に影響を及ぼしてい
た可能性もある.今後はこれらについて検討し,水質浄化機能をもつ炭化物としての条件を把握する必
要がある.
謝辞
本研究は中部大学総合工学研究所 平成 22 年度~23 年度の第 3 部門 A の援助を受け遂行されたもので
あり,ここに謝意を表します.
参考文献
1) 白石則彦(2011)我が国の森林管理と林業の将来像,エネルギー・資源,Vol.32,No5,26-29.
2) 社団法人 日本エネルギー学会(2005)バイオマスハンドブック,株式会社 オーム社,p24.
3) 池永和敏,(2007)家庭用電子レンジを用いた廃 PET のマイクロ波加水分解反応,崇城大学 研究報
告 第 32 巻 第 1 号,31-36.
4) 財団法人 産業創造研究所 マイクロ波応用技術研究会(2004)初歩から学ぶマイクロ波応用技術,p12.
5) 廣井和浩,船渡裕一,鈴木立之(2003)マイクロ波加熱の加熱不均一に対する試料形状効果の実験的
研究,日本機械学会[No.007-1],381-382.
6) 船渡裕一,鈴木立之(2000),マイクロ波による誘電体加熱の数値解析,日本機械学会論文集(B 編)
66 巻 642 号論文 No.99-0969,176-181.
7) 稲森悠平,冨永和樹,木持謙,水落元之,戎野棟一,松村正利(2001)生物学的排水処理における硝
化活性および N 2 O 生成速度に及ぼす水温および窒素負荷の影響,水環境学会誌,24(2),97-102.
8) 真田雄三,鈴木基之,藤元薫(1992)新版 活性炭-基礎と応用-,株式会社 講談社,p2.
9) Kalinske, A.A.(1972)Enhancement of biological oxidation of organic wastes using activated carbon in
microbial suspensions,water and sewage Works,119,62-64.
10)Ying,W.C.and Weber,W. J. Jr.(1979)Bio-physicochemical adsorption model systems for wastewater
treatment,Journal WPCF,51,2661-2677.
11)AWWA(1981)An assessment of microbial activity on GAC,Journal AWWA,73,447-454.
12)西嶋渉,東條光峰,岡田光正,村上昭彦,(1992) 生物活性炭による低濃度有機化合物の分解除去,
水環境学会誌,15(10),683-689.
-6-