第 3 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2012 年、日本FP協会) 《優秀賞》 FPの低所得者層支援とパーソナル・サポート・サービス 山口 幸男 1.低所得者層の社会的背景 日本経済は厳しい状況の中緩やかに持ち直しつ つあるが、東日本大震災や欧州の政府債務危機を 背景とした為替レート変動等の影響により、低所 得者層への影響はまだ続いている。 こうした影響は、低所得者層の生計を圧迫し、 経済協力開発機構(OECD)の調査などで使わ れる「相対的貧困率」の上昇を招くことになる。 また、低所得者層の最後のセーフティネットで ある生活保護受給世帯も、バブル崩壊後の199 7年から増加し続け、平成23年11月現在で1 50万7940世帯となり過去最高を記録してい る。背景として、主に高齢化世帯の増加、非正規 化雇用による派遣契約の打ち切りや長期失業者の 増加といった要因が挙げられるが、今後は東日本 大震災の影響を直接・間接的に直面した世帯が後 押しし、当面は増加傾向が続く見込みとなる。 (図 表1参照) 2.世帯類型別に見る課題と対応 低所得者層への生活支援について、その要因と している課題と対応について考察する。課題と対 応は世帯分類毎に様々である。 考察にあたっては、 生活保護制度の統計値(福祉行政報告例)で使用 されている「世帯類型」を用い、類型別に行うこ ととする。 (1)高齢者世帯 まず、 「高齢者世帯」とは、主に65歳以上の高 齢者のみで構成される世帯をさす。その世帯のう ち、低所得者層ならではの課題として、老齢年金 受給権の問題がある。生活歴から受給要件が本来 満たしているものの、受給権を得られない事例が ある。満たない要因として、転職・転居に伴う年 金記録不突合(いわゆる消えた年金)による保険 料納付済期間情報の欠落等である。そのため、対 応としては、被支援者に対して十分に職歴・移動 歴の確認をとり、保険料納付済期間に欠落してい る期間があるようであれば、裁定請求の支援を行 う。 また、受給要件は満たしているものの、単独高 齢世帯の増加による孤立化で周囲に援助を求める 機会が無い場合や手続きを行う能力が衰えたため に裁定請求が滞っている事例もあるので、申請援 助を行い、受給に結びつけ、生活基盤の安定を目 指す。 こうした単独高齢者世帯は、年々増加傾向であ り、統計をとった平成21年度では463万世帯 であり、全世帯数の8.6%に及ぶ。 (平成21年 度末、全国5,336万世帯)これに今後の予備 軍となる夫婦のみ高齢者世帯を加算すると1,0 62万世帯と、全世帯数の約20%、5世帯に1 世帯が対象となる可能性をはらんでおり、支援の 需要増加が予想される。 (図表2参照) (図表1) 出所:厚生労働省「福祉行政報告例(平成 23 年 11 月分概数)」 結果の概要より http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/38-1a.html そのため、 「相対的貧困率(*) 」の上昇を防ぐ べく、低所得者層へのきめ細やかな生活支援が要 求される。 *等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯員数の平方根 で割った値)が、全国民の等価可処分所得の中央値の半分 に満たない国民の割合のこと。 1 第 3 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2012 年、日本FP協会) (図表2) (図表3) 出所:厚生労働省「子どもがいる現役世帯の世帯員の相対的貧 困率の公表について」資料より http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000002icn.html 出所:内閣府「平成23年度高齢社会白書」第2節1より http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2011/gaiyou/h tml/s1-2-1.html 介護保険給付においても、本来介護サービスを 受給できるのにも関わらず、生計の柱となる家族 が介護のために退職し、世帯の収入を脅かす事例 が増加傾向であるため、介護保険給付の申請援助 を行いながら、家族の就労時間を確保し、介護と 就労の両立を提案していく。 (2)母子世帯 次に「母子世帯」とは、死別・離別・その他の 理由により、現に配偶者のいない 65 歳未満の女 性・20 歳未満の子のみで構成している世帯をいう。 平成22年度国勢調査では全国75万5千世帯と 増加傾向を示しており、離別、未婚、死別が主な 事由があるが、中でも離別が約80%と大きく占 めている状況である。 また、平成21年11月に行った厚生労働省の 子どもがいる現役世帯の世帯員の相対的貧困率の 公表では、大人一人の現役世帯の相対的貧困率が 54.3%と、調査年毎に低下しており、半数以 上が貧困状態であるということが浮き彫りになっ た。 (図表3参照) こうした背景から、経済的な問題を克服し、安 定した生活基盤の構築が課題となる。経済支援策 として、主に児童扶養手当、母子寡婦福祉資金貸 付制度、養育費の請求がある。 児童扶養手当は、手当を受けようとする者が、 自分の住む市区町村に請求することにより、所得 に応じた手当の支給が開始される。死亡届や離婚 届など住民票上の手続きだけでは支給されず、別 に児童扶養手当に関する手続きを行なう必要があ るため、受給漏れが無いよう支援を行う。 母子寡婦福祉資金とは、都道府県、指定都市又 は中核市から貸付けを受けられる制度で、経済的 自立や子どもの福祉の向上を図るため、各種資金 を低利または無利子で貸付けを受けるサービスで ある。資金の種類は、事業開始資金・事業継続資 金・修学資金・技能習得資金・修業資金・就職支 度資金・医療介護資金・生活資金・住宅資金・転 宅資金・就学支度資金・結婚資金・特例児童扶養 資金の 13 種類があり、 ニーズに応じた貸付けを紹 介していく。 最後に、養育費であるが、基本的に子供が成人 する年齢までに必要な費用などを、養育しない他 方の親が支払うものであり、支払が滞りなく行わ れていれば、低所得者層の世帯に該当しにくいも のとなる。いわば子の健全育成上の要である。と ころが、養育費の不払いとなった時点で生計に行 き詰まり、低所得者層に該当する可能性が高くな ってくる。養育費は、現在と離婚時の事情変更に より家庭裁判所への調停・審判の余地があること から、 「養育費相談支援センター」等の相談機関を 通じ、請求支援を援助していく。 (3)障害者・傷病者世帯 続いて「障害者世帯」とは、世帯主が身体、知 2 第 3 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2012 年、日本FP協会) 的及び精神の重度認定を受けている世帯、 「傷病世 帯」とは、世帯主が傷病のため療養中の世帯であ る。いずれも、生計の柱となる世帯主が、障害・ 傷病のために就労が制限され、低所得者層に該当 する可能性が高くなる。 本来、社会資源を活用しているのであれば、低 所得者層に該当しにくいものとなるのだが、該当 世帯をアセスメントすることにより、不活用とし ている事例も散見されるため、生い立ちや職歴・ 傷病歴の分析と支援が重要となる。 公的機関より重度障害者に認定を受ければ、障 害年金受給の検討をする必要がある。この年金も 老齢年金同様、本人の裁定請求行為が無ければ受 給することができない。ここで大事なのは、受給 可能性の発見であり、保険料納付済期間や障害等 級等の要件が満たすようであれば、早急な受給手 続きを支援していく。 また、労働上に起因する傷害・傷病にて就労が 制限・途絶されている場合で、労災保険や傷病手 当金を活用していない事例もある。請求には事業 主の雇用保険の加入が前提となるが、 対象者には、 受給できる補償の内容を理解の上、手続きを促す。 この請求には、一定期間行使しないと、時効によ り消滅するため、速やかな支援が必要である。 これら請求手続きにあたっては、複雑な事案や 紛争が顕在するため、支援にあたっては、対象者 の掘り起こしに努めるとともに、社会保険労務士 等の関係機関と連携して支援していくことが重要 である。 住宅の家賃のための手当の支給を受けることがで きる。 これには、 求職者の住宅ニーズだけでなく、 地方自治体とハローワークによる就職支援を受け ることが条件とする義務もあるため、自立支援型 の援助を行っていく。 更に自立支援型の給付として、ハローワークの 訓練・生活支援給付がある。これらは雇用保険を 受給できない方(受給を終了した方を含む)が、 ハローワークの斡旋により職業訓練を受講する場 合、職業訓練期間中の生活保障として支給される 制度である。 (年収要件や資産要件あり)職業訓練 で増収に繋がり、安定生活を構築していく上で有 効な支援であるため、必要に応じ紹介していく。 他にも、ハローワークでは「就職活動困難者支 援事業」や「長期離職者支援事業」等のサービス がある。 (5)全世帯共通 全世帯に共通する事項として、 生命保険、 税制、 不動産及び相続の分野における課題がある。 はじめに生命保険分野では、世帯に見合う保険 が未検討であり、生計を圧迫している事例や、保 険金の未請求・不払いといった事例である。 次に税制分野では、確定申告をすることによる 所得税の還付申告や、高額医療費の確定申告を行 っていない事例である。 続いて不動産分野では、 所有権に関する問題や、 借地借家における権利関係の相談事例である。 最後に相続では、適切に相続処理を行うことに より、生活の基盤が成り立つ場合がある。遺言状 の作成、遺産分割、資産と負債、相続税といった 制度の理解不足の事例である。 これら生命保険、税制、不動産及び相続の分野 といった一連の課題をワンストップで対応し支援 できる専門家はFPである。世帯のニーズや問題 点を的確に把握し、現状や将来的な課題を検証・ 分析しながらライフプランを作成し、安定生活に 導くよう提案する。 以上、考察したとおり、各世帯類型ごとに課題 と対応は様々であり、ニーズに応じた高度な生活 支援が要求される。 (4)その他世帯 最後に、 「その他世帯」とは主に障害や傷病とい った身体上の阻害要因は無く、雇用の機会が無い ために生計手段が断たれた世帯であり、いわゆる 求職者で構成される世帯である。近年の経済悪化 や東日本大震災の影響により就労断絶を余儀なく され、収入が途絶えている世帯は今後増加の見込 みである。収入が途絶えている期間の生活費を、 収入を得ていた時期の蓄えで徐々に消費すること になるが、この期間が長期化するほど低所得者層 に該当していくことになる。 こうした求職者支援でまず検討しなければなら ないのは、雇用保険(基本手当)の適用である。 加入事業者で就労し、被保険者が保険料を納付し ていることや加入期間が前提となるが、受給要件 に合致するようであれば、手続きを促す。この手 当を受けられる期間は、離職の日から1年間であ るため、速やかな支援が必要である。 また、求職者のうち住宅を喪失又は喪失するお それのある者を対象として、地方自治体から賃貸 3.内閣府が主導するパーソナル・サポート・サ ービスについて 平成22年5月11日に行われたセーフティ・ ネットワーク実現チーム(第1回)の議事におい て、パーソナル・サポート・サービス(以下、P・ S・S)の導入について提起された。その後、P・ S・S検討委員会において平成24年度の制度化 を目指し検討され、現在、モデル・プロジェクト 3 第 3 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2012 年、日本FP協会) として第3次の事業が実施されている。 P・S・Sとは、豊富な知識を有する専門員が、 様々な生活上の困難に直面している当事者に対し て、社会保険や住居、経済面等の課題について、 個別的に相談やカウセリング等を行うサービスで ある。このサービスは、当事者が抱えている生活 上の困難の要因に対して、問題が発生、深刻化す る前に予防的に働きかけ、除去、改善の効果があ り、また、複数・相乗的に絡む諸要因について、 制度横断的にコーディネートする役割を持つ。 従来では対象によって、年金、介護、母子、福 祉、医療、求職支援など制度の縦割りになり、制 度間の連携がとれず単一の制度を適用したり、或 いは制度の所管機関をたらい回しされる状況であ った。更に、自分に必要な支援が何なのか理解不 足である場合や、世帯の孤立化により支援を受け る相手もなく困難に直面している場合があり、状 況悪化の要因となっている。 こうした問題に対して、その人の課題に応じ制 度横断的にオーダーメードで支援したり、状況に 応じて継続的に支援を行ったりすることができる ようP・S・Sを導入することとなった。こうし た支援の型式は、寄添型支援や伴走型支援と呼ば れている。(図表4参照) 題領域に弁護士等、そして経済問題領域にFP等 がサービスの担い手となり、生活再建・消費生活 支援の役割を実践していくことを想定している。 (図表5参照) (図表5) 出所:内閣府「パーソナル・サポート・サービスについて」7 ページより(アンダーライン追記) 導入当初は就労につながりうる者を対象として いたが、今回の東日本大震災を受け、社会的排除 リスクの連鎖・蓄積を止めるための包括的、予防 的な対応の重要性が増してきていることから、就 労年齢でない者や阻害要因により就労不可である 者を加え、幅広く対象とすることとなった。 (図表4) 4.パーソナル・サポート・サービス導入におけ るFPの役割 現在、P・S・Sモデルプロジェクトとして、 順次参加団体の募集を行いながら試行的に導入さ れ、現在全国19地域で実施している。 (図表6参 照) (図表6) 出所:内閣府「パーソナル・サポート・サービスについて」2 ページより http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kinkyukoyou/suisinteam /PSSdai9/sankou1.pdf P・S・Sでは、課題を担う人材として、地域 の中核やスーパービジョンを行うチーフ・パーソ ナル・サポーターをはじめ、各領域で課題解決を 行うパーソナル・サポーター(以下、P・S)や アシスタント・パーソナル・サポーターが配置さ れる。P・Sには、福祉領域に社会福祉士等の専 門家を、就労支援領域にキャリア・コンサルタン ト等、精神保健領域に精神保健福祉士等、法律問 出所:内閣府「パーソナル・サポート・サービスについて」1 4ページより 政府がP・S・Sの担う人材として想定してい るとおり、低所得者の課題解決にはFPの活躍が 4 第 3 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2012 年、日本FP協会) 有効である。 「2.世帯類型別に見る課題と対応」 で考察したとおり、各世帯の課題はさまざまであ る。 これらの課題を克服し、安定した自立生活を導 くのがP・S・Sの狙いとしており、個人のライ フプランに即したファイナンシャル・プランニン グの提供を業とするFPが適任との理由である。 だが、19地域で活躍している17団体は、全 て経済問題領域以外を専門としているため、経済 問題領域を担えるFPの技術が重要となる。 経済悪化による低所得者層への影響は時間差で 訪れると言われている。まさに東日本大震災後、 時間差で発生した雇用保険切れや住宅の問題等、 支援の場は急増している。 こうした低所得者層支援のため、FPがP・S・ S事業の参加団体に合流したり、構築したFP相 互のネットワークで事業の推進を行いながら、F Pの技術を最大限に活用していくことが、現在の 日本に要求されている。 【参考ホームページ】 首相官邸 緊急雇用対策本部推進チームの活動状 況 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kinkyukoyou /suisinteam/ 内閣府 パーソナル・サポート・サービス http://www5.cao.go.jp/keizai2/personal-s/per sonal-s.html 養育費相談支援センター http://www.youikuhi-soudan.jp/ 5
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