RAKUGO with SF part2: 異界への旅

RAKUGO THE FUTURE
2ND SESSION:
RAKUGO with SF part2: 異界への旅
落語とSF2 「異界への旅」
前回、落語とSFについて語ったので、今
回は落語とSFについて語りたい。
あれ? と思っている人もいるだろうが、
気にせずどんどん読みすすめてほしい。こっ
ちにもいろいろと事情があるのである。
その事情というやつを知りたい? 聞かな
いほうがいい。あなたのためにならない。
何、ぜひとも? そこまで言うのならしかた
がない。
実は、この連載は「落語とSF」からはじ
まって「落語とジャズ」「落語と政治献金」
「落語とやさしい不動産登記法」「落語と非
ユークリッド幾何学」
「落語とずっこけ山伏
源兵衛」などについて言及していくつもり
だったが、第一回がここガイナックスのホー
ムページに掲載されるや否や、世界中から
「もっともっと落語とSFについて深く知り
たい」という内容のメールが寄せられた。そ
の数およそ百万通。ガイナックスのメール
ボックスはあっというまに壊れ、あわてた社
員が近くのホームセンターに走り、
郵便受け
を買い占めるという事件が起こったりした。
そこでしかたなく落語とSFに関してしばら
く続けることになった次第である。
さて。
それでは、
落語とSFの間にはどのような
関係があるのだろうか。
「おまへん」
結論が出た。
では、さようなら。
というわけにはいかん。
落語とSFの間にある深い深ーい関係に迫
る、というのが本稿の目的なのだ。
あれ? これ、前回も書いたのでは……。
いや、そんなはずはない。そういう気がする
だけだ。いわゆる既視感というやつだ。
では、
落語とSF第2回をはじめたいと思
う。題して「異界への旅」。
落語には「旅ネタ」と呼ばれる一連の演目
がある。代表的なのは「東の旅」というやつ
で、おなじみの喜六、清八という大阪の二人
連れが「ひとつ、伊勢参りでもしよやない
か」と大阪を旅立ち、そこから伊勢、大津、
琵琶湖、
京都と見物して大阪へ戻ってくるま
でを幾つもの落語にしたてたもので、
通常は
独立したネタとして演じられる「煮売屋」
「七度狐」
「軽業」
「矢橋船」
「こぶ弁慶」
「三
十石」など十数編が含まれる。
「西の旅」と
いうのもあって、大阪から姫路、高砂、舞子、
須磨、兵庫へと至る旅の話で「明石名所」
「兵
庫船」などが含まれる。
これらは、
いわば弥次喜多道中記のような
もので、二人の旅人が各地の名所・旧跡を見
物してまわったり、
旅先でいろいろ失敗する
さまを描いた一種の旅行記である。
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RAKUGO with SF part2: 異界への旅
ところで、SF(やファンタジー)におい
ても、まさしく「旅ネタ」としか言いようの
ない作品がある。つまり、主人公が何らかの
理由でどこかを目指して、あるいは何かを探
して旅をしている。目指す場所に行き着いた
ら、または、探しているものを発見したら、
そこで旅は終わりなのだが、その過程でいろ
いろな苦難に巻き込まれ、次第に精神的に成
長していく……というような話だ。まあ、中
には、寅さんや裸の大将や水戸黄門みたい
に、何の理由もなく、呑気に旅をしている、
というやつもいるが、そういった連中には緊
張感がなく、考え方が第三者的である。普通
は何か目的意識があって旅をしている。
そして、SFにおける旅ネタに共通してい
るのは、それが「異界への旅」である点だ。
「西遊記」がその代表であろう。主人公たち
は天竺(インド)まで「がっこがすっき、すっ
き、すっき」などと言いながら仏教の経典を
取りにいくのであるが、その間に次々と妖怪
が襲いかかってきてたいへんな目にあいなが
らも、ついには目的を達成するのだ。当時の
中国にしてみれば、インドは遠大な「魔界」
「異境」であったろう。もっとも今では、三
蔵法師はインドに電話をして、「悪いけど、
経典、全部ファックスしてくれるか」
と言えばすむ。
「ああ、あれやったらとうにネット上で公開
してますから、そっちを見てください」
と言われるかもしれないが。
SFの場合、宇宙物はそのほとんどが「宇
宙」という異界への旅である、といえる。何
しろ、ほんの一握りの人々を除くと、ほとん
どの人間は宇宙なんか行ったことないし、
行
く手段もない。
ペプシを買うぐらいしか方法
はないのである。いや、私は行ったことがあ
るという人、いたら手を挙げてください。
「私は行った」
嘘だよー。あ、毛利さん、あなたでしたか。
失礼しました。
また、
タイムトラベル物やパラレルワール
ド物なども、
考えてみれば旅ネタの一種かも
しれない。異次元や別の時代への旅は、まさ
しく「異界への旅」である。その他、人間の
身体の中や精神の深部への旅なども
「異界へ
の旅」と呼ぶにふさわしい。
どうして、
「異界への旅」が重要なのであ
ろうか。
旅というのは、未知の場所へ行くというこ
とである。
何度も何度も何度も何度も行った
ことがある場所へ行くのは旅とは言わない。
だって、ほら、毎日、学校や会社に行く時に
旅行の用意をして、
「ちょっと学校まで旅してくるわ」
と言って出掛ける人はいないでしょ?
「いや、私はそうしている」
嘘だよー。あ、毛利さん、あなたでしたか。
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ややこしいからもう出てこないでください。
ええと、どこまで話したかな。そうそう、旅
とは未知の場所へ行くということだという話
でした。未知の場所へ行くということは、登
場人物にかなりの緊張をしいる。それがテン
ションになって、作品に刺激を与えるわけ
だ。外国に行ったことのない人にとっては、
韓国へ行くことすらかなりのテンションであ
ろう。それが、宇宙や魔界といった「人間が
これまで一人も行ったことのない場所」への
旅であったらどうであろうか。テンションは
むちゃくちゃ高くなり、登場人物は緊張と不
安で一杯になるだろう。読者は登場人物と一
体になり、その恐怖、不安、未知のものを知
る喜び、
征服感……みたいなものを味わうわ
けだ。生まれてはじめて外国へ行った、とい
うだけでも、感動なのに、それが、人跡未踏
の大宇宙、あるいは地下の国、人外魔境だっ
たらどうだろう。その時、あなたは人類を代
表してそこへ旅をしているようなものだ。
そ
こから、
想像力の限りを尽くしたSF的な感
動が生まれてくるわけだ。
また、
ある目的を完遂する過程と結末を描
く、というのは、小説の常套手段だが、その
過程が長ければ長いほど、
目的を達した時の
喜びは大きい。それには、旅という形式が
ぴったりなのである。
たとえば古い話だがヤマトを見よ。
遙かイ
スカンダルとかいう行ったこともない星に1
年もかけて旅をするのだ。
これが月かどこか
に放射能除去装置が置いてあったらどうだろ
う。ヤマトの出番はなく、アポロで十分なの
だ。話は一瞬で終わり、カタルシスはない。
いや、月ならまだましだ。マンションの隣の
部屋とかダスキンの展示場に置いてあったと
したら……人類は早く救われて喜ぶだろう
が、話は第一回で終わってしまう。だから、
どうしても旅をしてもらわねばならないの
だ。
さて、
落語にも伊勢や兵庫への旅ばかりで
はなく、
こういった異界への旅を扱ったもの
があるだろうか。
ございます。
まず、海中への旅を扱ったものに「小倉
船」がある。一名を「竜宮界竜の都」ともい
うこの話は、
下関から小倉へと渡る船から大
金の入った財布を落としてしまった男が、人
間一人が入れるぐらいの大きなガラス瓶(フ
ラスコ)に入って海に潜るが、ガラスが岩に
ぶつかって割れて、海の中に放り出される。
そこは魚たちや猩猩が住む竜宮界で、
男は浦
島太郎が久しぶりに戻ってきた、ということ
にして乙姫様とよろしくやっていたが、そこ
へ本物の浦島が現れて……というむちゃく
ちゃな話。
途中まで普通の旅ネタなのに突然
シュールな展開になり、聞いていて「う
うっ、ついていけない……」となること必
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RAKUGO with SF part2: 異界への旅
定。
次に、宇宙への旅を扱ったものに「月宮殿
星の都」がある。男が鰻を料理しようと思っ
ていると、その鰻が突然むくむくっと大きく
なり空中へ飛び上がった。それに体を巻かれ
るようにして星の都に連れてこられた男は、
雷の五郎蔵に出会い、一緒に月宮殿の見物に
行くが、そこで正体を見破られ……という
話。これまたシュールの極みである。南光が
べかこの頃に聞いたことがある。
最後に、
「異界への旅」中の大物をご紹介
しよう。それは地獄への旅である。
題名は「地獄八景亡者戯」。上方落語屈指の
大長編であり、きっちりやれば一時間以上か
かる。しかも、そんなに長いのだからさぞか
し内容も濃いのだろう、もしや日本版ダンテ
の「神曲」か……と思いきや、ただただひた
すら「しょうもないギャグ」が並びまくると
いう、もう本当にすばらしい、私好みの噺な
のである。
長いのでストーリーに触れること
はできないが、とにかく「あほみたいな」大
作である。私がとくに好きなのは、閻魔大王
の前で芸をすれば極楽へ行ける、と聞いて、
いろいろな人物が自分の芸を披露する場面
だ。
この芸がどれもむちゃむちゃ下品なので
ある。どのぐらい下品かというと、ガイナッ
クスのホームページのような上品なところに
はとても書けないほどであって……垢を……
体から……いや、
書けない……シラミを次々
と潰して……屁のこきわけ……ああ、
そんな
こと書いてはいかん……はあはあはあぜいぜ
いぜい……というぐらい下品なのだ。
こんな
汚い大長編、東京にはありませんよ。まさに
上方的なコテコテの集大成のようなネタであ
る。
米朝師匠が復活させ、多くの若手が挑戦し
ている。
最近では吉朝が新しい感覚でギャグ
を作り直してCDにも吹き込み得意ネタにし
ているが、やはり一度、ギャグが古い(それ
がまた良い)米朝バージョンを聞いてほし
い。
しかし、落語の旅においては、最後まで登
場人物が精神的に成長したりしないのがええ
なあ。
え? ここまで読んできてもSFと落語の
つながりがいまいちよくわからない? どう
も持っていき方に無理がある? ギクッ。だ
から最初に言うてるでしょ。
何の関係もおま
へんって。結論はとうに出ているのだ。気を
つけて読むように。
(文中敬称略)