No.225 平成20年 3月発行(pdf 828KB)

Index
朝日賞受賞のご報告
1
老年学公開講座レポート
3
トピックス日本人とお酒
4
スコットランド滞在記その3
6
表彰
7
講演会予定
8
No.225
2008.3
東京都老人総合研究所
第96回老年学公開講座
(P.3参照)
朝日賞受賞のご報告
東京都老人総合研究所 老化ゲノム機能研究チーム 研究部長 遠藤 玉夫
「福山型筋ジストロフィーの発見とその類縁疾患に
て私のような浅学菲才の者にとっては分不相応である
おける病態解明」の研究により、2007年度朝日賞を
とは思いましたが、喜んで頂くことに致しました。今
受賞いたしました。受賞のご報告とともに一言御礼の
年度は、児童文学者の石井桃子さん、人間浄瑠璃文楽
言葉を記したいと思います。
大夫の竹本住大夫さん、応用物理学者の宮崎照宣さん
朝日賞は、1929
(昭和4)年に朝日新
と湯浅新治さん、幹細胞生物学者の山中伸弥さん、そ
れに我々3名を加えた8名が受賞の栄に浴しました。
聞社が創刊50周年を
今回の受賞の対象となった研究内容については、新
記念して創設したもの
聞で「世代・専門を越え難病と戦う」とのタイトルで
で、人文や自然科学な
3名の業績が分かりやすく紹介されました。「専門分野
ど、わが国のさまざま
を越え」とは、福山幸夫博士は小児科学者、戸田達史
な分野において傑出し
博士は臨床遺伝学者、そして私は生化学者と異なる分
た業績をあげ、文化、
野を専門にしていることを指します。福山型と呼ばれ
社会の発展、向上に多
る脳障害を伴う筋ジストロフィーを発見した福山博士、
大な貢献をした個人ま
その原因遺伝子を特定した戸田博士、糖鎖の合成に必
たは団体に贈られるも
要な酵素の遺伝子を解明した私たちは、酵素の遺伝子
の、とあります。朝日
の変異が糖鎖の異常を引き起こし、福山型に似た病気
賞の発表は元日の朝日新聞に大きく写真入りで取り上
を発病させることを発見しました。このように50年前
げられるので、その社会的インパクトも大きい賞です。
の病気の発見から、遺伝子の発見、糖鎖の機能異常に
それを裏付けるように、新聞を見たというお祝いのメ
よる病態解明というところまで、専門分野の異なる日
ール、電話、電報を多数頂戴しました。年賀状のやり
本人研究者が協力し世代を超えて成し遂げた日本発の
取りだけといったご無沙汰している方の懐かしい声を
世界的な研究であると評価されました。これらの一連
聞くこともできました。今回の受賞は、福山幸夫東京
の研究は、現在治療法のない難病である筋ジストロフ
女子医科大学名誉教授、戸田達史大阪大学大学院教授
ィー治療への足掛かりになると期待されます。
受賞のあいさつをする遠藤部長
との3名共同受賞です。受賞内定の連絡を頂いた時は
晴天の霹靂で、これまでのそうそうたる受賞者に比べ
「老人研NEWS」は老人研ホームページでもPDFファイルでもご覧になれます。http://www.tmig.or.jp/J_TMIG/books/roukenj.html
ところでこの「糖鎖」とは何でしょうか。糖鎖は、
様に、心より御礼申しあげます。
文字通りグルコースなどの糖が鎖状につながったもの
今回の受賞は、福山幸夫先生、戸田達史先生と共同
です。ゲノムはヒトの体の設計図で、このゲノムから
受賞ということで大変光栄に思っております。元日の
メッセンジャーRNAを介してタンパク質が作られます
朝日新聞の記事でも大変素晴らしい副題で紹介して頂
が、このままではその多くのものが未成熟です。最近
きました。それは、世代・専門を越えて難病と戦う、
のデータによりますと、こうしてできたタンパク質の
というものでした。福山先生並びに戸田先生のお話に
うち約50%以上に糖鎖が付けられます。糖鎖というお
もありましたように、異なる分野の研究者の協力によ
砂糖のひげがついて成熟タンパク質になり、機能的に
りここまでたどり着きました。お手元の資料にありま
働くようになるものが多いということが分かってきま
すように、私自身は糖鎖という分子に関して生化学的
した。
な研究を行っております。つまり糖鎖がどうやって作
私たちは、筋肉の糖鎖研究を通して新しいタイプの
られ、私達の体の中でどうやって働いているかを明ら
糖鎖を発見し、このユニークな糖鎖の合成酵素を発見
かにしようとしています。糖鎖はこれまで構造の複雑
しならびに同酵素遺伝子を明らかにし、同遺伝子の変
さや取り扱いが難しいということもあり、なかなか糖
異が難病である筋ジストロフィーの原因である、とい
鎖研究以外の研究者にその重要性を理解してもらうこ
う一連の研究を行いました。そしてこれらの発見がき
とが大変でした。ABO式の血液型を糖鎖が決めている
っかけとなって、「糖鎖異常と筋ジストロフィー」とい
ことや、インフルエンザウイルスやO-157、コレラ毒
う新たな潮流を作り出し、世界の糖鎖科学や筋研究を
素と糖鎖の関係も残念ながら余り知られておりません。
リードしました。糖鎖が生命現象に欠くことのできな
今回の研究も筋肉と糖鎖の研究を行ない新しいタイプ
いものであることを明確に示すこれらの成果は、糖鎖
の糖鎖を発見しました。そしてその糖鎖がどうやって
研究は老化研究にとっても重要であるとの認識を深め
作られるかという研究をし、糖鎖の異常が筋ジストロ
ました。そして糖鎖研究はゲノムを越えたさまざまな
フィーの原因となることを明らかにできました。糖鎖
情報を担っている、ポスト・ポストゲノムの重要な課
にはまだまだたくさんの未知なる機能が含まれており、
題であるといえます。各国もライフサイエンスにおけ
それらが次々と明らかになることを期待されており、
る糖鎖の重要性に気づき、現在糖鎖研究は国際的に熾
私も今後とも微力を尽くして参りたいと思います。
今回同時受賞されました京都大学の山中伸哉先生の
烈な研究分野となっています。
1月29日贈呈式にて
さる1月29日に
iPS(万能細胞)のご研究でも、実は先生がお使いの
贈呈式と祝賀パー
分化マーカーの多くのものが糖鎖あるいは糖鎖に関連
ティーが帝国ホテ
する分子です。これらが単なるマーカーなのかあるい
ルで開催されまし
は重要な役割を果たしているか、これから我々糖鎖研
た。当日は大佛次
究者の間でも取り組むべき重要な研究課題の一つです。
郎賞および大佛次
私たちの今回の受賞はあくまでも通過点であり、こ
郎論壇賞と合同で
れから治療法の開発が我々3名を含んだ筋肉研究者な
行なわれました。
らびに糖鎖研究者に科せられた課題だと重く受け止め、
私の関係では東京都福祉保健局、東京都高齢者研究・
今後とも精進を重ねる所存であります。これからもご
福祉振興財団、老人総合研究所の関係者、恩師、同僚
指導ご鞭撻の程宜しくお願い申し上げます。
など、ご多忙にかかわらずまた天気も悪い中多くの
最後に個人的なことを申しあげますが、噂では朝日
方々にご出席頂きました。贈呈式ではそれぞれ受賞者
賞受賞のためには長年朝日新聞を購読することが、ま
は一人三分という時間割でスピーチを求められました。
ず必要だそうだと言われました。そう考えてみますと、
その際原稿を用意せずにお話しましたので、以下こう
私も30年来の朝日新聞の購読者ですので、そういった
言ったはずという薄れた記憶を記述致します。
経歴が今回の受賞に役立ったのかと思っています。も
しそうだとすると、それは私ではなくここにおります
この度の朝日賞受賞に際し高い所からでありますが、
妻の貢献でありまして、朝日新聞を毎日、隅から隅ま
一言御礼申しあげます。今回の受賞に際し、ご支援を
で読んでおり、新聞休刊日には機嫌が悪くなるほどの
賜りました選考委員、ご推薦して頂きました先生、そ
立派な購読者ですので、噂が本当ならここで改めて彼
して朝日新聞文化財団および朝日新聞社の関係者の皆
女に感謝したいと思います。
2
TOKYO METROPOLITAN INSTITUTE OF GERONTOLOGY
老人研ニュース No.225●2008.3
今回の研究の過程でご支援を賜った先輩、同僚、後
健康に貢献できるよう道筋をつけたいと思っています。
輩の方々に、この場を借りて深く感謝し、私の挨拶と
今後とも皆様方の熱いご支援、ご協力、ご指導を賜り
致します。本日は誠に有り難うございました。
ますようにお願い申し上げ、御礼の言葉とさせて頂き
ます。
この話の流れはご出席頂いた方々の感想などから大
筋で正しいと思います。ただし、山中先生のお名前を
中山先生と間違え、アッやってしまった、とスピーチ
終了後舞台の上で先生に即謝罪、というミスはありま
したが。受賞者の皆様はそれぞれ素晴らしいスピーチ
をされましたが、特に101歳の石井桃子さんのスピー
チには感銘を受けました。当初はご本人のスピーチは
予定されていなかったようですが、「自分の声でお礼を
申し上げなければならない。」と再登壇され力強い声で
お話をされました。現在私たちは百寿者に関する研究
を行っていますが、彼女のようにサクセスフルエイジ
ングを達成できるような糖鎖があることを信じてそれ
を発見し、将来治療や創薬へと展開し、都民の福祉と
研究室のスタッフと共に
老化予防第三のキーワード!∼栄養・運動・次は
『社会参加』 第95回老年学公開講座
1月18日に財団法人長寿科学振興財団と共催(後援:杉並区)で、第95回老年学公開講座「老化予防第三のキーワード!∼栄養・
運動・次は『社会参加』∼」を杉並公会堂において開催し、971人という多数の参加者がありました。今回のテーマは10月にもタワ
ーホール船堀(江戸川区)において開催したものです。
(老人研ニュース223号参照)
当研究所の社会参加とヘルスプロモーション研究チーム新開省二研究部長の「一日一回は外出しよう―からだの健康と社会参加―」
に続いて、同チーム藤原佳典研究副部長から「人とつながり生きる喜び―ここ
ろの健康と社会参加―」とする講演がありました。次に、杉並区でゆうゆう館
(敬老館)の運営や認知症予防教室でダーツを主催し、人の輪を広げる活動を
しているNPOプロップKの石山恵子さんから日頃の活動状況が話されまし
た。最後に小林江里香主任研究員が大都市中高年者の多様な社会活動の実態と
ニーズを把握するための調査を墨田区と今回の公開講座の会場でもある杉並区
において実施した結果を報告しました。
「社会参加がからだにも心にも良いことがデータによりわかり、大変役に立
った」等の声をいただきました。
百寿をめざして脳と心臓を守る! 第96回老年学公開講座 ―――――――――――――
2月14日、ルネこだいらにおいて、小平市と共催で第96回老年学公開講座「百寿をめざして脳と心臓を守る −あなたの体質にあ
った生き方−」を開催しました。今回のテーマは7月にも板橋区文化会館において開催したものです。(老人研ニュース222号参照)
晴天ながら非常に寒い中を高齢者の方をはじめ、821名の皆さんにご参加いただきました。
慶應義塾大学病院の広瀬信義老年内科診療部長の「ヒト長寿科学へのお誘い∼百寿者から超百寿者調査へ∼」に続いて、当研究所
の健康長寿ゲノム探索研究チームの西垣裕研究副部長から「お母さんから伝わるあなたの体質∼ミトコンドリア遺伝子の「型」を知
って、健康長寿∼」と題する講演がありました。
さらに、休憩をはさみ三重大学山田芳司教授の「生
活習慣病の遺伝因子・環境因子とオーダーメイド予防」
に続いて、最後に大阪大学の権藤恭之准教授から、「長
生きと性格は関係する?」と題する講演がありました。
「ミトコンドリア遺伝子の型を調べて自分の体質を知る
ことが可能になってきたことを知ることができた」と
いった意見も多く寄せられ、好評のうちに本年度の老
年学公開講座を締めくくることができました。
3
「日本人とお酒」
トピックス
自立促進と介護予防研究チーム 研究員 齊藤 京子
齊藤京子さんは、昨年10月より自立促進と介護予防研
究チームの研究員として着任しました。ご自身の研究の中
から、ごく身近な話題を紹介していただきます。
これまで私は「日本人のお酒に対する体質からみた食生
活と健康」や「妊婦の食事・栄養が乳児のアトピー性皮膚
炎発症にどのように影響するか?」等の食生活と健康をテ
ーマとした疫学研究を主に行って参りました。その中から、
学位論文としても取り上げた話題である、日常生活に関連
の深いお酒と健康についてお話しましょう。
―― お酒は健康によいか?
古くから、お酒による病気の発症(高血圧、心臓病、脳
卒中、がん等)について疫学研究がされており、これらの
研究が積み上げられたことで、慢性的な過度の飲酒習慣は、
健康に害を及ぼすことがわかりました。また一方で少量の
飲酒習慣がある人は、飲酒習慣のない人より、虚血性心疾
患のリスクが低くなるという研究報告もあります。しかし
これらの研究は欧米諸国のものが多く、人種等の遺伝的背
景について考慮していないため、全ての日本人にこれらの
結果が当てはまるかどうかは明らかではありません。
近年、日本人を含む東洋人(中国人や韓国人)は、お酒
の分解能力(エタノール代謝)に著しい個人差があること
がわかりました。これは主に、肝臓でアルコールを分解す
る役目を持っている2つの酵素、アルコール脱水素酵素2
(ADH2)とアルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)の活性
(働き具合)の相違によるものです。これら2つの酵素は、
その遺伝子のごく一部分がわずかに異なる(=遺伝子型が
異なる)だけで活性が大きく異なるのです。特にALDH2
の活性の違いにより、「お酒に強い体質」、「お酒は少し飲
めるがお酒に弱い体質」、「お酒が全く飲めない=お酒に弱
い体質(下戸)」の3タイプに分類され、日本人の約半数は
「お酒に弱い、または全く飲めない体質」ということがわ
かりました。一方で欧米人は、みんな遺伝的に「お酒に強
い体質」を持っているのです。「少量の飲酒は健康によ
い!」と私たちは一般的に信じておりますが、アルコール
の代謝能力についての遺伝的な個人差を考慮した研究に基
づいたものではないため、一様に信じるのはかなり問題が
4
TOKYO METROPOLITAN INSTITUTE OF GERONTOLOGY
あるかもしれません。
私たちのアルコール代謝能力の
遺伝的体質は、実は簡単に知るこ
とができます。図1の質問1、質
問2のいずれかの答えで「はい」
と答えた方は、「お酒に弱い体質」
があり、「いいえ」、「わからない」と答えた方は「お酒に
強い体質」であると考えられます。厳密には遺伝子型を調
べないと分かりませんが、これで9割方判定できます。
質問1
現在、ビールコップ1杯程度の少量飲酒で、すぐ
顔が赤くなる体質がありますか?
はい いいえ わからない
質問2
飲酒を始めた頃の1∼2年間は、ビールコップ1杯
程度の少量飲酒で、すぐ顔が赤くなる体質があり
ましたか?
はい いいえ わからない
図1.
フラッシング反応質問票
―― がんの疫学研究から
図2は、久里浜アルコール症センターの研究グループが
行った飲酒量と食道がんの症例対照研究の結果です。
ALDH2活性が高い「お酒に強い体質」の人に比べ、低活
性の「お酒に弱い体質」の人は、飲酒量が増えると食道が
んのリスクが著しく高くなることがわかります。「お酒に
弱い体質」の多量飲酒者ではそのリスクが基準値に比べ
90倍にも高くなります。つまりお酒に弱いにも関わらず
お酒を飲むと、食道がんになる危険性が非常に高くなるこ
とを意味しているのです。
―― 血圧の疫学研究から
慢性的な過度の飲酒は血圧上昇を引き起こす原因として
知られております。血圧の上昇は、脳血管疾患や心臓病の
リスクにもなります。最近の研究では、アルコールを最初
に分解するADH2が低活性の人では、高活性の人より飲酒
によって血圧が上昇しやすいことが示されました(図3)。
そのためADH2の低活性の人では、高血圧予防の観点から、
より少量の飲酒が適切であると言えます。
お酒の体質診断で「お酒に弱い体質」とわかった方は、
無理をしてお酒を飲む必要はありません。むしろ「お酒に
強い体質」の人より少ない飲酒の方が体には良いと思われ
ます。
老人研ニュース No.225●2008.3
100
120
拡張期血圧(mmHg)
お酒に強い体質
お酒に弱い体質
リスク
(倍)
10
1
100
ADH2不活性型
80
60
40
基準群
ADH2活性型
0
130
260
390
520
飲酒量(エタノールg/週)
650
図3.ADH2遺伝子型別に比較した飲酒量と血圧(拡張期血圧)との関係
Saito K, et al. J Hypertenstion 2003; 21:1097-105
0.1
飲まない
少量
中程度
多量
飲酒量
図2.お酒の分解能力別に比較した飲酒量と食道ガンのリスク
Yokoyama A, et al. Carcinogenesis 2002; 23:1851-9
―― 節度ある適度な飲酒量とカロリー
厚生労働省が21世紀の国民の健康作り運動として進め
ている「健康日本21」では、上記のがんの疫学研究を基
に、「節度ある適度な飲酒量」として1日平均純アルコール
20g程度を掲げています。これはビール大瓶(500ml)1
本、日本酒1合(180ml)、焼酎25度1合(180ml)、ワ
イングラス2杯(240ml)程度の量です。継続的に適量の
お酒を飲む高齢者では、生活機能や自立の維持、さらには
心疾患や認知症予防にお酒が良好に関わっているという報
告もあり、高齢期の飲酒が必ずしも健康に悪影響を及ぼす
ものではないとも言われています。
またお酒に含まれるアルコールは1グラムあたり、
中 学生が 科
学者に
インタビュー
2月12日に板橋区立加賀中学校から中学1年生の男子生
徒さん3人が職場訪問学習「職業調べ」のため研究所に来
られました。今回の学習のねらいは中学校での机上の学習
のみならず、職場体験を通し、自己の進路に対する興味関
心を深めることです。興味のある職場を自分たちで選び、
その職場を訪問して、働いている人たちにインタビューを
行います。嬉しくも将来、科学者を目指す3人の生徒さん
は私たちの研究室に興味を持ち、インタビューに来られま
した。
7kcalものエネルギーがあり、習慣的な飲酒が過剰なカロ
リー摂取、ひいては肥満につながる可能性もあります。例
えばビール大瓶1本、日本酒1合(200kcal)を、スティ
ックシュガー(砂糖3g)で換算すると、17本分もの量に
なるのです。
現在、日本では肥満者が増加し、メタボリックシンドロ
ームの問題がさかんに取り上げられているため、運動や栄
養(食事)に気をつける方が多くなっていると思います。
しかしその一方日本国内のお酒の消費量は、年々増え続け
ています。もしかすると表舞台では騒がれてない“お酒”
は陰で肥満と結びついている可能性もあります。お酒に対
するご自分の「体質」や「節度ある適度な飲酒量」にも気
をつけていただきたいものです。
今後は、高齢期における「お酒の体質」からみた食生活
習慣と疾病や自立の関わりを明らかにすると共に、食生活
習慣・栄養からみた、高齢期の自立や介護予防の疫学研究
を行っていきたいと思っております。
当日は、午後2時より丸山直記副所長へのインタビュー
から始まりました。「どうして科学者になったのですか?」
といきなり難問を投げかけられました。また、
「将来、科学
者になるためにはどうすればよいのですか?」などの沢山
の質問に、丸山副所長は丁寧に分かりやすく質問に答えて
いました。インタビューだけでは本当の職場の様子は伝わ
りません。そこで、今度は制服から白衣に着替え、少しの
間、科学者になってもらいました。実験内容は、①遺伝子
を目で見るため、DNAのアガロースゲル電気泳動(担当:
半田節子)
、②ビタミンCを合成できないSMP30遺伝子破
壊マウスの観察(担当:近藤嘉高)
、③筋肉細胞の顕微鏡観
察(担当:福田貢、久保幸穂)です。2時間という短い間
でしたが、生徒さんたちは実験を体験し、熱心に質問をし
ていました。将来、この生徒さんの中から優秀な科学者が
生まれることをとても期待しています。
(老化ゲノムバイオマーカー研究チーム 老化制御リーダー
石神昭人)
5
さて、今回がスコットランド滞在記の最後となります。
ア・エチオピアな
過去2回の滞在記はスコットランドでの生活や食について
どの東アフリカ人
紹介させていただきました。今回は、スコットランドでの
が世界記録を総ナ
研究活動について書かせていただきます。
メにしています。
瞬発力を必要とする競技は西アフリカ人が、持久力を必要
私が所属する健康長寿ゲノム探索研究チームは、「健康
とする競技は東アフリカ人が、それぞれ適性を持っている
長寿の達成」を大目標に掲げ、具体的には長寿や生活習慣
のでしょう。これは、環境の要因もありますが、遺伝的要
病に関連するミトコンドリアDNAの多型(塩基配列の違い)
因も強く寄与していると考えられます。
について研究しています。ミトコンドリアは細胞の中にあ
そこで、ケニア・エチオピア人の長距離ランナーに注目
る細胞内小器官で、とりわけ心臓や骨格筋には、たくさん
し、ミトコンドリアDNAの解析を行いました。ケニア人に
のミトコンドリアが存在します。その役割は心臓や筋肉を
おいては、ある種のミトコンドリアDNA多型が持久的競技
動かしたりするためのエネルギー源を作り出すことです。
力(マラソン能力)と関連していることが分かりました。
このエネルギーを作り出す部品の一部は、ミトコンドリア
現在、この結果をアメリカの科学雑誌に投稿中です。まだ
が独自に持つDNAが支配しています。したがって、ミトコ
受理されておりませんので詳細を紹介することができない
ンドリアDNA配列の微妙な違いが、エネルギー産生系に何
のが残念ですが、また、この老人研Newsを通じて紹介す
らかの影響を及ぼした結果、エネルギー産生のバランスが
ることができればと考えております。
崩れてエネルギーを体内にため込みすぎ、糖尿病や肥満、
ところで、日本人の長距離ランナーのミトコンドリア
代謝症候群(メタボリックシンドローム)を引き起こし、
DNAの特徴は、いったいどの様になっているのでしょう
ひいては長寿に深く関連すると考えられています。
か?こちらはまだまだ研究が進んでいないのが現状で、今
後の検討課題です。
さて、長距離ランナーは、ミトコンドリアで作るエネル
ギーを使って心臓や筋肉を長時間動かし続けなければなり
私がスコットランドに滞在した期間は、わずか1ヶ月と
ません。したがって、一流の長距離ランナーは、優れたミ
いう短い期間でしたが、私自身にとっては貴重な研究活動
トコンドリアを持っていると推定されます。一方で、短距
ができました。帰国前日には研究室の皆さんが日本料理を
離選手は、ミトコンドリアの能力は特に優れていないかも
ふるまってくれたり送別会を催したりしてくれました。写
しれませんが、筋肉が非常に発達しております。こういっ
真右奥が研究室のリーダーであるヤニス・ピティスラディ
たスポーツ選手のDNA解析を通じて、生活習慣病や長寿と
ッシュ博士、その手前が私、左手前から二人目が私をグラ
ミトコンドリア機能の解明に応用することが可能だと考え
スゴー大学へ招待してくれたロバート・スコット博士で
ています。また、最近、筋肉減弱症(サルコペニア)が高
す。リーダーを初め皆さんとても若く、和気あいあいとし
齢者で問題になっていますが、筋肉隆々な短距離線選手の
た研究室で、非常に楽しく、そして充実した1ヶ月となり
DNAを解析することにより、こういった疾患にも新しい知
ました。
見を与える可能性もあります。
私どもは、グラスゴー大学のヤニス・ピティスラディッ
シュ博士とロバート・スコット博士と共同で、アフリカ人
陸上競技選手のミトコンドリアDNAの解析を行っておりま
す。DNA配列の解析は東京都老人総合研究所で行い、その
データ解析や論文の作成をグラスゴー大学で行いました。
アフリカの中でもケニアおよびエチオピアは世界レベル
の長距離ランナーの宝庫です。表1に陸上競技の男子種目
別の世界記録を示しています。面白いことに、400m 競
技までの世界記録は110ハードルを除いて、西アフリカを
起源とする民族です(アメリカやジャマイカに住む黒人の
多くは西アフリカ出身)。一方、800m競技以上はケニ
6
TOKYO METROPOLITAN INSTITUTE OF GERONTOLOGY
表1.100m∼マラソンまでの男子世界記録(2007年10月26日現在)
種目
100m
110mハードル
200m
400m
400mハードル
800m
1000m
1500m
3000m
3000m障害
5000m
10000m
ハーフマラソン
マラソン
記録
9秒74
12秒88
19秒32
43秒18
46秒78
1分41秒11
2分11秒96
3分26秒00
7分20秒67
7分53秒63
12分37秒35
26分17秒53
58分33秒
2時間4分26秒
名前
国籍
アサファ・パウエル
ジャマイカ
劉翔
中華人民共和国
マイケル・ジョンソン
アメリカ合衆国
マイケル・ジョンソン
アメリカ合衆国
ケビン・ヤング
アメリカ合衆国
ウィルソン・キプケテル
デンマーク
ノア・ヌゲニ
ケニア
ヒシャム・エルゲルージ
モロッコ
Daniel Komen
ケニア
サイフ・サイード・シャヒーン カタール
ケネニサ・ベケレ
エチオピア
ケネニサ・ベケレ
エチオピア
サムエル・ワンジル
ケニア
ハイレ・ゲブレシラシエ
エチオピア
起源
西アフリカ
アジア
西アフリカ
西アフリカ
西アフリカ
東アフリカ
東アフリカ
北アフリカ
東アフリカ
東アフリカ
東アフリカ
東アフリカ
東アフリカ
東アフリカ
老人研ニュース No.225●2008.3
福祉保健局長賞受賞(研究開発部門)
自立促進と介護予防研究チーム 研究副部長 吉田 英世
「介護予防を目的とした虚弱高齢者の効果的健診と予防対策の開発」により受賞しました。
高齢者が要介護状態に陥りやすい要因を早期発見するための新たな健診システム「お達者健診」
を開発して継続実施し、さらに、この健診から見いだされた要介護状態に対して、科学的な検証・
根拠に基づき、転倒予防や尿失禁予防など数々の介護予防プログラムを確立したことが評価され
ました。「お達者健診」受診者に比べて非受診者では、その後の死亡率が高いことなども判明しま
した。この簡易測定調査版「おたっしゃ21」は都下12区市町村で利用されています。
老年病のゲノム解析研究チーム 研究員 仲村 賢一
「染色体別テロメア長測定法Q−FISH法の開発と病理学的応用」により受賞しました。
従来のテロメア測定法は細胞や染色体ごとの測定は不可能でしたが、今回、開発したQ−FIS
H法(定量的FISH法)により、細胞や染色体ごとのテロメア長の測定が可能となり、ヒトの加
齢や細胞の老化に伴う染色体個々のテロメア短縮が一様でないことを明らかにしたことが評価さ
れました。テロメアとは、ヒトを含む生物の染色体の末端にある特殊な部分で、染色体の安定に
関与しています。テロメアが長いと長寿であるという報告もあり、老化とテロメアは密接に関わ
ると考えられています。一方癌細胞ではテロメアは短縮しており、染色体の不安定による癌化に
も密接に関わっていると考えられ、最近は「老化とがん化を結びつけるもの」といわれています。
現在まで理想的な測定方法がなく、正確な測定方法が求められていました。
第66回日本公衆衛生学会総会・奨励賞の受賞
社会参加とヘルスプロモーション研究チーム 研究副部長 藤原 佳典
「高齢者による世代間交流型ヘルスプロモーションプログラム“REPRINTS”の開発と評価」
により、第66回日本公衆衛生学会総会・奨励賞を受賞いたしました。これまで、高齢者の社会
貢献に関わる介入研究はわが国では見当たりませんでした。平成16年度より当研究チームでは、
子どもへの絵本の読み聞かせをおこなう学校支援ボランティアの養成に取り組み、そのシニアボ
ランティア自身の心身の健康と聞き手である児童の情操教育への互恵的効果を実証しました。ま
た、ボランティアの人員は全国4地域計160人、活動施設は小中学校、幼保育園等40ヶ所まで
増え、シニア世代の社会参加のモデルの一つとして提示することができました。この場をかりて、
協力いただいた、ボランティアや教職員、行政担当者ならびに研究スタッフの方々にお礼申し上
げます。
第5回三井住友海上福祉財団賞を受賞
自立促進と介護予防研究チーム 研究員 吉田 祐子
日本老年医学雑誌に掲載されました論文「都市部在住高齢者における老年症候群改善介入プロ
グラムへの不参加者の特性」が、財団法人三井住友海上福祉財団の高齢者福祉部門で「第5回三
井住友海上福祉財団賞」を受賞しました。老年症候群(転倒、尿失禁、低栄養、軽症うつ)の症
候を持ちながらも予防改善教室に参加しない高齢者の特徴を明らかにした内容です。今後の介護
予防事業の展開に寄与するものとして評価されました。
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http://www.tmig.or.jp/J_TMIG/books/roukenl.html
科学技術週間参加行事
入場無料
事前申込不要
講 演:
「健康長寿は食にあり ∼老化と食べ物の科学∼」
日 時:平成20年4月17日(木)午後 1:30∼4:30
場 所:養育院記念講堂(当日先着順180名) ※満員の際は入場をお断りすることがあります
最寄り駅 東武東上線大山駅下車5分
講演のほかに施設見学を予定しています
主なマスコミ報道
H.20.1.∼H.20.2.
社会参加とヘルスプロモーション研究チーム 研究部長
新開省二 健康長寿ゲノム探索研究チーム 研究部長 田中雅嗣 ●「高齢者のリスク調査でわかった『社会参加の老化予防効果』」
(月刊『百楽』平成20年2月号)
(日本テレビ「所さんの目がテン!」
●「特別な足を持つ種族」
●「完走確実?マラソン術」
(フジテレビ「サイエンスミステリーⅥ」
H.20.2.17)
H.20.2.23 )
老化ゲノム機能研究チーム 研究部長 遠藤玉夫 ●「ひと 29日に朝日賞を受賞する遠藤玉夫さん」
(都政新報 H.20.1.25)
第2回介護予防・認知症予防総合フェア
3月4日、5日サンシャイン文化会館において開催されました(主催:介護予防・認
知症予防総合フェア実行委員会、特別協力:東京都老人総合研究所)。
このフェアは、「東京都老人総合研究所」の研究実績・成果を中心に都内各区による
事業と介護予防・認知症予防を推進・支援する民間企業のモノ・サービスを結集し、展
示と講演による専門展として昨年に引き続き開催されたものです。
展示会場の「公共展示ゾーン」では老人総合研究所のコーナーにおいて、活動状況のパネル展示・ビデオ上映、
書籍の販売、また相談コーナーを設置して介護予防・認知症予防の相談を受けました。また、介護予防・認知症
予防に積極的に取り組んでいる区・市の介護予防・認知症予防の活動のパネル紹介がありました。「商品・サービ
ス展示ゾーン」では、介護予防・認知症予防関連企業が出展しました。
講演会・セミナーでは、今回から自治体・事業者向けに介護予防緊急対策室・大渕
修一室長のセミナー「介護予防のまちづくり」など9講座を設けるとともに、一般向
けに鈴木副所長の講演「介護予防は健康長寿の第一歩∼誰がどうする介護予防∼」、
本間昭・自立促進と介護予防研究チーム研究部長「ここまで治せる認知症」をはじ
め15講座の講師を老人総合研究所の研究員等が務めました。
訂正
編
後 集
記
前号(224号)4ページ目 (誤)重本和弘
(正)重本和宏 ※お詫びして訂正いたします。
平成20年はビッグなニュースで明けました。遠藤玉夫研究部長の朝日賞受賞のニュースです。お忙しい中、
受賞対象になった研究内容を解説していただきました(巻頭記事)。研究所の存在がより一層大きくなった業績
です。先日開かれた「受賞を祝う会」では沢山のビールやワインが振る舞われました。飲みながら今号の齊藤さ
んの記事が脳裏をかすめました。ビール大瓶1本または日本酒1合(200kcal)で砂糖50g。ああ今夜はこれで
止めなくてはと思いつつ、ついつい飲んでしまった祝賀パーティーでした。
(望岳子)
平成20年3月発行
編集・発行:(財)東京都高齢者研究・福祉振興財団 東京都老人総合研究所 広報委員会内「老人研NEWS」編集委員会
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