〔症例報告〕 全身化学療法中に穿孔をきたした盲腸癌の1例 河 島 高 梨 林 鎌 田 秀 昭 石後岡 正 弘 樫 山 基 矢 節 二 吉 田 信 関 川 小百合 浩 三 川 原 洋一郎 後 藤 剛 英 紀 毛 真 鹿 野 哲 一 :化学療法,穿孔,大腸癌 Keywo r d s 和 穿孔を来した症例を経験した。固形がんに対す 文 要 旨 る 子標的薬以外の化学療法薬において穿孔を 全身化学療法中に穿孔を来した1例を報告し た。患者は 77歳女性。心窩部痛と体重減少を主 来すことは極めてまれと思われたので報告す る。 訴に近医を受診し肝機能異常を指摘され当院を 症 紹介された。盲腸に2型進行大腸癌を認め多発 肝転移と高度のリンパ節転移を伴い病期 と診 例 77歳女性 断。非切除とし mFOLFOX6による全身化学療 主訴:心窩部痛 法を開始した。 治療開始後 16日目に消化管穿孔 既往歴:2 0歳代に不妊手術 を発症し緊急手術を行った。右半結腸切除術を 併存症:気管支喘息,糖尿病,高血圧,脂質異 行い一期的に器械吻合を行なった。術後敗血症 常症,脂肪肝,高尿酸血症で治療中。 性ショックと DI Cを併発し,一時改善をみたが 生活歴:喫煙 10本/ 日×57年間,飲酒歴なし その後 16術後病日に腸液の漏出を発症し 1 9術 現病歴:半年前より食欲低下を自覚していたが 後病日に永眠された。mFOLFOX6治療中の穿 放置していた。心窩部痛が出現し食事が取れず 孔は,非常にまれであるが発症すると生命にか 体重減少も認めたため近医を受診した。血液検 かわる有害事象であり,適切な外科治療を必要 査で肝機能異常を指摘され当院初診となった。 とする。 入 院 時 現 症:一 般 状 態 良 好。血 圧 は 10 2 /6 0 は じ め に 0 8回/ ,体温 37 . 4 ℃,眼瞼結膜 mmHg,脈拍 1 に 血なし,眼球結膜黄疸なし。表在リンパ節 強力な抗癌剤治療中に消化管穿孔を来すこと は触知しない。腹部はやや膨隆し右下腹部に手 は悪性リンパ腫の治療等で知られている。今回 拳大の腫瘤を触知したが圧痛はない。下 浮腫 われわれは,大腸癌に対する全身化学療法中に は認めない。 A Cas e Repor tofI nt es t i nalPer f or at i on i n a Pat i e ntwi t h Met as t at i c CecalCancer dur i ng che mot her apy Kawas hi ma,H. ,I s hi gooka,M. ,Kas hi yama,M. ,Takanas hi ,S. ,Yos hi da,M. ,Seki kawa,S. , :勤医協中央病院外科, Hayas hi ,K. ,Kawahar a,Y. ,Got o,T. ,Kamada,H. ,Mat s uge,S. ,Kano,S. 病理科 .33 43 Vol 北勤医誌第 33巻 2 011年 12月 入院時血液検査所見 ALPと LDH が高値で軽度 血を認めた。腫 瘍マーカーは検査していない。WBC軽度上昇, 腎機能低下を認めた(Ta 。 bl e1) 腹部 CT検査所見 肝内全領域にわたって多発する低濃度域を認 めた。盲腸から上行結腸にかけて不正な壁肥厚 と 周 囲 の 毛 羽 立 ち 像,傍 腸 管 リ ン パ 節 か ら SMV に至る領域に広範なリンパ節腫大を認め 遠隔リンパ節転移と診断した(M1) 。ダグラス 窩には少量の腹水を認めた(Fi 1) 。 g . 下部内視鏡検査所見 上行結腸から盲腸にかけて全周性の2型腫瘍 を認めた。生検で低 化腺癌と診断した(Fi g. 1 造影 CT(矢状断):SMA 根部に向かって広範な Fi g . リンパ節転移を認める 2) 。 入 院 後 経 過 臨床病期は T3 ,N3,M1,s t age ,出血や 閉塞症状がみられなかったため,本人,家族と 相談し全身化学療法を先行する方針となった。 中 心 静 脈 に 埋 め 込 み 型 カ テーテ ル を 留 置 し mFOLFOX6での治療を開始した。治療開始前 より腹痛がみられ NSAI Dsのみでは効果がな かったためオキシコンチン の内服を開始し腹 Tab l e1 入院時検査所見 Bl oodchemi s t r y 8 600 /mm WBC 381 10/mm RBC 1 1.5 g/ Hb dl 3 3.9 % Ht 3 0.1 pg MCH 89 μ MCV 2 2.7 10/mm Pl GOT GPT LDH ALP Tbi l 36 23 1 857 717 0.5 ur i nenor mal .33 4 4 Vol U/L U/L U/L U/L mg/dl BUN Cr TP Al b Gl u 14. 8 0.7 4 5. 4 2. 8 2 大腸内視鏡検査 Fi g . I U/ L mg/ dl g/dl g/dl 中2日目(治療開始 1 6日目)に急激な腹痛を認 9 2 mg/ dl めた。 腹部単純 XPで遊離ガス像を, 腹部 CT で 痛は改善していた。mFOLFOX62回目の施行 多量の腹水と遊離ガス像を認め消化管穿孔と診 Na K Cl CRP γGTP 13 6 4. 4 10 0 0. 7 29 3 mEq/ L mEq/ L mEq/ L mg/ dl U/L t umormar ke rnotexam. 断した(Fi 3) 。 g . 手 術 所 見 開腹すると腹腔内には多量の膿性腹水,多数 の腹膜播種を認めた。腫瘍は腸間膜と後腹膜に 全身化学療法中に穿孔をきたした盲腸癌の1例 3 腹腔内遊離ガス像と高度の腹水を認めた Fi g. 浸潤を認め可及的に右半結腸切除術を行ない器 病理組織所見 械による機能的端々吻合を行った。手術時間1 時間 3 0 ,出血は 5 0 0g。 核異型の強い癌細胞が充実性に増殖しており 漿膜側に露出している。潰瘍底に一部壊死組織 手術摘出標本 を認めたが癌細胞は大部 , vi abl eでC,t ype2 腫瘍は粘膜下に広範囲に浸潤しリンパ節転移 4 . 5×4 .0c ,I ,v1,N3 , m,pSE,i nt NFβ,l y3 と一塊となっている。腫瘍潰瘍部に穿孔を認め ,pPM1,pT4 g . H3,pP3 a,c ur C,s t age (Fi た(Fi 4 ) 。 g. 4 ) 。 4 切除標本と病理所見(H. ) Fi g. E. .33 45 Vol 北勤医誌第 33巻 術 2 011年 12月 な転帰を取ったわれわれの症例では 子標的薬 後 経 過 であるアバスチン(Bevaci zumab)は 用しな 術後に敗血症性ショックと DI Cを併発した い mFOLFOX6のレジメンで,この方法による が,I CU による集中治療で徐々に全身状態は改 癌部穿孔の報告は過去 10年に医学中央雑誌で 善し術後5病日に一般病棟に転棟,全身状態が 検索する限り会議録にはあるが論文としても市 不良で全身化学療法の適応がないため術後第 販後調査にも報告されたものはなく極めてまれ 13病日に緩和治療病棟へ転棟となった。 術後 15 な症例と思われる。外科的処置や手術を要する 病日になり 部から腸液の漏出を認めた。この 有害事象には腫瘍関連出血,消化管閉塞(イレ 時点で遅発性縫合不全あるいは別部位の腸管穿 ウ ス) ,消 化 管 穿 孔 が あ げ ら れ る が Bevac i - 孔を疑ったが,腹痛や発熱といった症状を認め z umabを 用した際には, に血栓・塞栓症や ず再手術をするには負担が大きいことと,限局 傷治癒遅 なども挙げられている 。消化管 した瘻孔と判断したため,瘻孔に対するパウチ 穿孔の発生原因は,①高度の粘膜障害,腸管壁 ングを行い経過をみることとなった。その後も の萎縮②腫瘍の壊死,穿孔③腸管内圧の上昇な 腹痛や発熱はなかったが,全身状態が徐々に悪 どが えられている。穿孔の発生頻度について 化し術後第 19病日死亡した(Fi 5 ) 。 g. は,Bevac i z umabを 併 用 し た レ ジ メ ン で は 1 . 0∼4 .2 %,BRi .7 %と報告 TE試験において 1 察 されている 。mFOLFOX6における頻度は,ま 近年新規抗癌剤の出現や多剤併用療法の開発 により奏効率の向上と生存期間の改善がみられ とまった報告がなく不明であるが,イリノテカ ンを 用した I . 3%といわれ同程度と FLで 0 ている。一方抗癌剤の有害事象は 10 0 %に近く, えられる 。Koz l of fら は Bevaci z umab 重篤な有害事象の発生によって患者の QOLを 用時における消化管穿孔のリスクとして急性憩 著しく悪化させたり患者の生命を左右すること 室炎,腹腔内膿瘍,腸管閉塞,腫瘍の存在,癌 も起こりうる。特に近年,抗体治療法が導入さ 性腹膜炎,放射線既往をあげているが,自験例 れてから緊急処置や手術を要する有害事象が多 では憩室の存在もなく, 腫瘍と腹膜播種以外は, 数報告されるようになっている 腫瘍の広範な壊死といった腫瘍効果も確認でき 。今回,不幸 5 臨床経過 Fi g. .33 4 6 Vol 全身化学療法中に穿孔をきたした盲腸癌の1例 ない。NSAI Dsの併用による影響は不詳であ 参 る。発生時期に関しては,治療開始から7日か 文 献 ら1年以上と様々であるが,7 0 %は 6 0日以内に 1)平田敬治,田上貴之,他:転移性直腸癌に対する 発症するといわれている 。治療方針について 血管新生阻害剤 Be vac i z umab 用中に発症した は,植竹ら は腫瘍の穿孔では穿孔部の切除が 基本であるが,抗癌剤による免疫低下状態や 腸管穿孔の1例.日消外会誌 4 2:89−9 3,200 9. 2)小畠誉也,久保義郎,他:ベバシツマブ療法中に 発症した結腸間膜内への穿通に対し右結腸切除・ 傷治癒遅 を えると腸管の吻合は避けるか, 1 期 的 吻 合 を 施 行 し た 1 例.日 消 外 会 誌 4 2: 15 28−15 33,2 009 . 吻合をしても口側に一時的ストーマをおくこと が安全と述べている。一期的吻合を行ない問題 のなかった報告 3)植竹宏之,石川敏昭,他:外科医からみた化学療 法時の緊急対応―化学療法時の有害事象と外科的 もあるが,縫合不全を来し 処置.医学のあゆみ 222 :1 209 −121 2,200 7. た報告 もあり自験例のように不幸な転帰を避 4)Kozl of f ,M. ,etal :Ef f i cacy ofBevac i z umab けるためにも一期的吻合は避けるべきであろ pl uschemot her apy asf i r s t l i ne t r eat mentof う。 pat i e nt s wi t h met as t at i c col or e ct al cance r : Updat ed r es ul t sf r om a l ar ge obs er vat i onal 結 r egi s t r yi nt heUS ( BRi TE) .J.Cl i n.Oncol24 語 全身化学療法中に穿孔を来した盲腸癌の1例 ( Suppl ) :3 537 ,20 06. 5)Hur wi t z, H. , et al : Bevaci zumab pl us を報告した。尚,本論文の要旨は,第 31回日本 i r i not ec an,f l uor our aci l ,and l e uc ovor i nf or me t as t at i ccol or ect alc ancer .N.Engl .J.Me d. , −2 35 0:2 335 34 2,2 004 . 大腸肛門病学会北海道地方会で報告した。 6)植竹宏之,杉原 一:大腸癌化学療法における緊 急対応と手術.医学のあゆみ 2 25:83 −85,20 08. 7)仲本嘉彦,木川雄一郎,他:ベバシツマブによる 結腸吻合部穿孔の1例.日消外会誌 4 2:84 −8 8, 20 09. Ab s t r ac t A 77 year ol d woman who had a c e calc ol on c anc e rwi t hi nt es t i nalper f or at i on dur i ng chemot he r apywasr epor t ed. Shehadac hi e fc ompl ai ntofe pi gas t r al gi aandwei ghtl os sand vi s i t edt one arcl i ni calof f i c e . Shewaspoi nt e dherl i verdys f unc t i onatt hatof f i c eandadmi t t e d ourhos pi t alf orf ur t he re xami nat i on. Shewasdi agnos ed t ype2 unr e s e c t abl ec ol on c anc e r l oc at e donc e cum andhadmul t i pl el i ve rme t as t as i sandext endedl ymphnodei nvol ve me nt . The chemot he r apyus edby mFOLFOX6r e gi me n wass t ar t e d wi t houts ur ge r y. On s i xt ee nt h day af t e rc he mot he r apy,pe r f or at i on oft he gas t r oi nt e s t i nalt r actwas occ ur r ed and eme r ge nc y ope r at i on wasper f or me di mmedi at e l y. Theope r at i on wasr i ghthemi col e ct omy wi t hf unc t i onale ndt oe ndanas t omos i s . Shebe cames ept i cs hoc kandDI C af t e rope r at i on. Herc ondi t i onwasge t t i ngwe l lt empor al l ybutt hei nt e s t i nall e akageoc c ur r e don1 6 t hdayaf t erope r at i on ands hedi e don1 9 t hdayofpos tope r at i on. Thepe r f or at i onofgas t r oi nt e s t i nalt r ac ti nduc e dby chemot he r apywasve r yr ar eandl e t haladve r s ee ve nt .I ts ugge s t edt hati mme di at es ur gi cal t r eat mentwasne c es s ar yi ft hes ee ve ntoc c ur r e dunf or t unat e l y. .33 47 Vol
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