第1章 海外投資と経営の概念と沿革

第1章
第1節
海外投資と経営の概念と沿革
はじめに
海外投資と経営の概念と沿革とは何か。はじめにこのことを検討するのは、
「海外投資と経営」の概念には争いがあり、この概念が異なればその沿革にも
変化が生じるからである。海外投資と経営がどのように定義されるべきか。こ
の点については、各当事者の判断・環境に委ねられるものであり、絶対的なも
のはない。ただ、この講義において「海外投資と経営」として扱われるべき概
念を明らかにしておく必要はある。そうでなければ、受講者は最後まで、この
対象が明確になるとはいえないからである。
そこで、以下において第一に、(1)海外投資と経営の概念を明らかにし、第二
に、(2)海外投資と経営の沿革について述べる。
第2節
海外投資と経営の概念
「海外投資と経営」についてどのように定義するか。この中には、「海外」、
「投資」、
「経営」という3つの言葉がある。ここで最も概念が広いのは「経営」
であり、この「経営」の内容を特定していくのが「投資」であり、さらに「海
外」という対象で範囲を狭められる。
「経営」とは、広辞苑(第 5 版)によれば、
「③継続的・計画的に事業を遂行
すること。特に、会社・商業などの経済的活動を運営すること。また、そのた
めの組織。」である。企業にとって経営とは、人・モノ・金・情報を有効的に利
用し、利潤を追求することであるといえる6。このとき、利潤追求の一手段とし
て、
「投資」がある。
「投資」とは、広辞苑(第 5 版)によれば、
「①利益を得る
目的で、事業に資金を投下すること。出資。」である。この資金投下、出資の対
象が「海外」にある場合が「海外投資」である。では、
「海外投資」には、どの
ような形態があるのか。海外投資は、直接投資とも表現されることがあるよう
に、direct investment と考えられ、これには通常、次の 3 つの形態がある7。
(1) 経営参加を目的とする外国企業の買収もしくはその株式取得。
(2) 外国における現地子会社の設立。
(3) 事業活動の目的による実物資産の取得(支店、営業所、向上の開設、買
収、拡張)。
このテキストでは、海外投資を上記のように認識しつつも、具体的に検討を
行うのは、上記(2)とする。外国における現地子会社の設立を中心的に扱うのは、
6
7
高村寿一『経営入門』日本経済新聞社、2001 年、12 頁。
小島清『多国籍企業の直接投資』ダイヤモンド社、1981 年。
8
今日の日本企業の海外事業展開の多くが、自らの投資により現地子会社を設立
することが多いからである。また、海外投資に派生して生じる国際取引につい
ても検討対象とする。これは、海外現地子会社の設立により、本邦法人と海外
現地子会社との間の企業内分業としての国際取引も活発になっているからであ
る。
海外直接投資
「企業が海外で生産・販売・研究開発などを行なう目的で投資することを“海外直接投
資”という。海外直接投資にはいろいろな形態がある。企業がゼロから工場や事務所を海
外に設立するケースもあるが、現地企業と合弁で新会社をつくったり、あるいは現地企業
を買収するケースもある。近年、この海外直接投資が急速に拡大している。生産した製品
や部品を貿易するだけでなく、海外で生産活動を行なったり、国際的な生産・物流ネット
ワークを構築する企業が増えているからだ。企業が海外で生産活動を行なうのにはいろい
ろな理由がある。中国や東南アジアのように賃金の安い国で低コスト生産を行なうため、
資源の豊富なオーストラリアや中東などで資源確保に向けた投資をするため、欧米のよう
な大規模市場で消費者の近くで生産・販売活動を行なうためこれらが直接投資の代表的な
パターンである。グローバル化した世界経済では、積極的に海外での生産・販売活動を展
開することが競争で生き残るために必要となる。欧米の多くの企業は積極的に海外展開を
進めており、日本の企業もそうした国際競争に巻き込まれている。発展途上国にとっては、
欧米の直接投資を多く受け入れることが自国の経済発展の大きな刺激となる。東南アジア
諸国や中国などは、積極的に投資を受け入れるために投資優遇策をとることで産業化を進
めてきた。そのため最近では、先進国からの投資の受け入れをめぐって中国と東南アジア
諸国の問で熾烈な競争が見られる。アメリカや欧州などの先進工業国では、積極的に海外
直接投資を行なうだけでなく、自国にもどんどん投資を受け入れてきた。北米には日本や
欧州の企業が積極的に投資してきたし、欧州にはアメリカや日本の企業が投資を行なって
いる。こうした海外からの投資は、アメリカや欧州にとっても雇用確保や生産拡大を促す
要因なのである。ところが日本は、海外からの直接投資の受け入れが非常に少ない特異な
存在である。日本に対する投資が少ないことには、諸々の規制や高い地価などさまざまな
要因がある。ただ、最近では海外からの直接投資をより拡大させることが日本経済活性化
に欠かせない要素だとして、政府にも本格的に受け入れを進めようとする動きが出てき
た。
」
伊藤元重『グローバル経済の本質』ダイヤモンド社、2003 年 205-206 頁
9
第3節
海外投資と経営の沿革
ここでは、第一に、(1)経済および企業活動のグローバル化の現状を整理し、
第二に、(2)日本企業が事業の再構築を行う場合の考え方、およびこの中での海
外投資の位置づけを示す。
3.1
グローバル化の現状
(1) 企業にとってのグローバル化とは何か
国際的な競合他社と競いつつ、収益性を維持・向上させるにはどうするか。
●競争の現状は?
維持とは?
向上とは?
それぞれ如何なる意味を
持つのか?
グローバル戦略の推進が必要である。(グローバル戦略とは何か?)
事業の潜在能力を活かすこと。(どのように?)
各国内の市場において子会社に独自の競争をさせるマルチドメスティッ
ク企業から脱皮して、世界的な製品・市場ポジションを武器に競合他社に
対抗するグローバル企業へと変身する。
●マルチドメスティックとは、製品条件、成長率、競争環境、
政治リスクの異なる各国でのポジションを巧みに運営して
いくこと。
●グローバルとは、ある多国籍企業が擁する製品・市場ポジシ
ョンの世界的なシステム全体が他社のシステムと競争する現
象といえる。さまざまな国に置かれた子会社は、オペレーシ
ョンや戦略の面で相互依存性が強く、国ごとの利益目標は、
それぞれが世界的システム全体のコスト・ポジションや効率
にどのような影響を及ぼすかによって変わる。
企業の活動を国際的にどう配置するかによって、競争優位が生まれる。多
くの場所に活動を分散させることで、①輸送・保管コストを最小限に抑え
る、②活動を一カ所に集中した場合のリスクが回避できる、③ローカルな
市場の違いにきめ細かく応じた活動を行なうことができる、④その国や市
場の状況についての知識を得やすく、それを本部に伝達することができる、
10
⑤その国に販売・生産活動を置くことに対する現地政府の圧力やインセン
ティブにも機敏に対応できることなどがある。
しかし、地理的に離れた立地の間での調整を行おうとすると、言語の違い
や文化の違い、ここのマネージャーや会社のモチベーションとグローバル
企業全体としてのモチベーションを連係させる問題など、組織上の難題が
立ちはだかる(経営上の課題については、第 3 章で叙述する。)。
それにもかかわらず、労働力や原材料、資本、インフラなどの要素費用の
低さ、あるいは市場規模による比較優位は今でも存在する。しかし、もは
やそれが競争優位をもたらすことはなく、高賃金の根拠にもならない。グ
ローバル化のおかげで、今や企業は原材料や資本、さらには科学知識全般
といった経営資源をどこからでも入手できるため、競合化杜の比較優位に
対抗することができる。また、低コストの労働や資本を利用するべく任意
の活動を外国に分散することも可能である。
グローバル企業は、こうした努力を通じてオペレーションの効率を高めな
ければならない。比較優位を手に入れるための活動の分散を怠ると、やが
てそれは競争「劣位」につながってしまう。
(2) 開発途上国を拠点としたグローバル競争
開発途上国という舞台では、グローバル戦略をめざす場合に独特の問題
がいくつか生じてくる。
まず基本的な課題となるのが、比較優位から競争優位への転換である。
開発途上国の企業のほとんどは資源集約型もしくは労働集約型の製品輸
出や、資源コスト・労働コストの低さを活かした多国籍企業との OEM 契
約を通じて、国際化を進めてきた。その輸出先は主として先進国市場だっ
た。
こうした従来の国際化のパターンを乗り越えて進むには、開発途上国を
拠点とする企業が独自性ある戦略を生み出す必要がある。独自の製品・サ
ービス群や製造手法、評判などがなければ、外国市場に進出するのは難し
い8。同時に、価値連鎖を拡大し、グローバルな流通やマーケティング、
調達、そして最終的には製造までを含める状況にしていく必要がある。
開発途上国から真のグローバル戦略を立ち上げるうえで最高のチャン
スは、同じ地域やレベルの似通った他国経済に見いだされる場合が多い9。
8
フィージビリティ・スタディに際しては、現地市場における競合他社と比較した場合の製品コンセプトの違い
は何か、特徴は何かなどが検討されるべきである。
9 日本国内では成熟した技術、または衰退しつつある技術をもって発展途上国に移転する、または進出するとい
う戦略もある。
11
比較優位に立脚した先進国向け輸出は継続してよいが、近隣国市場の開放
を機に、ぜひ地域ネットワークを築くべきである。そこで課題となるのが、
国際的なマーケティング、流通に対する知識や支配力を身につけつつ、特
徴のある製品群や生産手法を築いていくことである。ゆくゆくは比較優位
よりも競争優位がものをいう、さらに進んだ市場に参入していくことにな
るだろう。そのためには、企業は十分なイノベーション能力を育てていか
なければならない10。
では、なぜ開発途上国におけるグローバル戦略立ち上げにチャンスがあ
るというのか。それは、開発途上国において新しいクラスター形成、市場
創造が行なわれているからである。図1−1は、マイケル・E・ポーター
がカリフォルニア・ワイン・クラスターの構成について著したものである。
図1-1 グローバル時代のクラスター
クラスターとは何か。地域の産業集積の状態(関連産業やサプライヤー、
競合企業も集中)
――マイケル・E・ポーター(ハーバード・ビジネススクール教授)
カリフォルニア・ワイン・クラスターの構成
州政府当局
ブドウ母株
肥料・農薬・除草剤
ブドウ収穫機器
灌漑技術
ワイン製造機器
樽
栽培農家
醸造所
および
および
ブドウ園
加工所
ボトル
キャップ・コルク
ラベル
広報・宣伝
教育・研究機関および業界団体
専門出版物
観光クラスター
カリフォルニア州内の
農業クラスター
食品・外食クラスター
(出所)マイケル・E・ポーター(竹内弘高訳)『競争戦略論Ⅱ』(ダイヤモンド社、1999 年)より。
10以上の発想は主にマイケル・E・ポーターの理論において論証されているものである。参考資料にマイケル・
E・ポーター(竹内弘高訳)
『競争戦略論Ⅱ』
(ダイヤモンド社、1999 年)がある。
12
マイケル・ポーターは、グローバル時代のクラスター形成において、地理的
条件が重要性であるといい、次の点を指摘している。
――競争が経営資源の入手に係るコストによって大きく左右された時代には、
天然の良港や廉価な労働力などであり、比較優位を決定付ける地理的条件
は重要な天与の要因だった。
――今日の経済における競争は、はるかにダイナミック。インプット・コスト
の点でかなりの不利があってもグローバルな規模の調達によって緩和で
きるため、従来の意味での比較優位はさほど重要ではなくなった。
――代りに経営資源をより生産的に活用することが比較優位を生むようにな
り、不断のイノベーションが求められる。
――中位の所得レベルから先進経済に移行する過程でクラスターが形成され
つつある。すなわち、教育とスキルの水準向上、テクノロジー分野の能力
構築、資本市場の開放、制度面の改善など
――今は、中国のクラスターに参画するチャンス
――地理・文化・制度の点での「近さ」は、特権的なアクセスや密接な関係、
充実した情報、強力なインセンティブなど、生産性やイノベーションの点
で、遠隔地にいては真似できない優位性
13
<コラム>
諸外国が外資に対する規制を緩和し、市場を開放する上で、現在最も重要であると考
えられているのが、競争法の制定である。
1998 年 12 月の WTO 貿易政策と競争政策に関する作業部会報告書は、
「国際貿易にお
ける自由貿易政策と国内における競争政策(民営化政策・規制緩和政策・独占禁止政策)
が相互に密接な関係を持っており、両者の有機的な結合による国の内外における自由競争
の促進が世界の国々、とくに開発途上国の自由競争を促進し、経済効率を高め経済成長を
最大限に促進するとし、内外における競争促進が国内産業にある種の打撃を与える場合が
あるとしても、競争促進に反する保護貿易主義や競争抑制策をとるべきではない。」とし
ている11。
海外投資が活発化する中、中国の占める地位も高まっている。経済協力開発機構
(OECD)は、2002 年 3 月に『China in the World Economy:The Domestic Policy
Challenges』を発表した12。この中で、中国は国内の産業間および地域間格差が拡大して
おり、資源の効率的利用を図るためには、市場の流動性を阻害する要因を排除することが
必要で、このために公正な競争環境を形成する法制度の整備などが不可欠であると述べら
れている。
企業活動をグローバル化し、海外競争戦略を検討する上では、各国の外資導入政策、
外資を含めた産業立地政策、競争法の規定についての検討も不可欠である。
3.2
グローバル化と企業の事業再構築
企業戦略の最大の課題は、事業の再構築である。
事業の再構築(リストラクチャリング)とは何か。リストラクチャリング
の動機は、ポテンシャルの発掘と業績不振事業の発掘であろう。そしてこの
ために事業チームを入替えたり、事業戦略を変更することが必要である。そ
の手段として、関連企業や競争企業の追加買収、不良部門の売却(これは、
本来的には売却というよりも買収コストの低減のためである。)ということ
がある。最終目標は、全体の体質強化、新体制作り、健全化を達成すること
である。
事業の再構築関係を図示すると図1−2のとおりである。
11
伊従寛「開発途上国における競争政策と政府介入:日本の経済発展の経験を踏まえて」伊従寛・山内惟介・ジ
ョン・0.ヘイリー・W.A.W.ネイルソン編著『APEC 諸国における競争政策と経済発展』
(中央大学出版部)2002
年、199 頁。
12 OECD, China in the World Economy:The Domestic Policy Challenges, Synthesis Report, 2002.
14
図1−2
リストラクチャリングとは何か
ポテンシャルの発掘
業績不振事業の発掘
チーム入替え、戦略変更
追加買収、不良部門の売却(買収コストの低減――売却よりも買収に重点)
全体の体質強化、新体制作り、健全化
持ち株会社の活用
・子会社プロジェクトへの投資
・子会社の従業員のトレーニング
・子会社の製品の集中・販売
・子会社の製品のマーケティング
・メンテナンス・サービス
・プロジェクトのコーディネイト
・テクニカル・サポート
・その他必要な事項
ダウンサイジングの仕方
①人員削減
終盤戦略の撤退障壁と撤退コスト
終盤戦略の撤退障壁と撤退コスト
②経費支出の適正化
①労働者への補償、再就職斡旋
③J/V の独資企業、合作企業への転換
②土地利用に対する臨時の債務
④J/V の合併、分割
③設備の撤去コスト
④資産の処分
ダウンサイジングが進んだものとして
⑤顧客へのサービス継続
撤退――①解散・清算、②企業破産
撤退――
⑥企業信用の失墜(他事業との関連性)
この中で如何なる事業戦略を構築するか。事業戦略上、求められることは
高付加価値化ということである。ただ、このとき日本企業が追求すべきなの
は、
“真の”高付加価値化であり、国際戦略の中でこれを達成することであ
る。
15
3.3
日本企業のグローバル化の現状
日本企業の海外生産が目立ち始めたのは、1990 年代に入ってからである。
1 ドル=80 円突破まで円高が進んだ 1995 年以降、一段と拍車がかかった。
海外生産の方式には、生産委託や自らが現地の直接投資し工場を設立するな
どがある。このような生産の海外移転は国内産業の空洞化を招き、逆輸入の
拡大などを通じて国内総生産(GDP)を押下げる。しかし、国際競争力を
維持しなければならない企業にとって、低コストの海外生産は至上命題であ
る。
このような傾向は日本にだけ見られるものではなく、先進資本主義国に共
通の現象である。海外生産比率に関していえば、むしろ、日本は国際的に見
て、まだ低い水準にとどまっている。経済産業省の調査によると、米国製造
業の海外生産比率(国内を含めた総生産高に占める海外生産高の割合)は
1997 年時点で 48.6%に達している。これに対して、日本の海外生産比率は
23%でしかない(2004 年度には 30%に達する見通し)。
中小企業総合事業団によるアンケート調査(『海外展開中小企業実態調査』
2002 年 3 月)でも、アンケート回答企業 2,222 社のうち 316 社(14.2%)
が海外展開(直接投資、業務提携)を実施しているという回答が得られてい
る。
日本企業が、中国・アジアへの投資によるブーメラン効果を不安に感じた
ときがあった。また、積極的なファブレス工場化している企業もあるが、や
はり大半の企業経営者にとっては、海外投資は国内の空洞化、雇用不安をも
たらすことも懸念材料の1つであろう。ある中小企業経営者は、「海外展開
も考えなくはないが雇用確保を考えるとなかなか決断ができない。」と自ら
のジレンマを口にする。また、海外進出しようにも既にその資金や体力がな
いともいう。十分に理解できる発言ではある。
しかし、積極的な視点から海外事業展開を考えれば、日本国内の工場とア
ジアに立地した工場の業務分担、すなわち、生産品目やグレードの差別化や、
開発部門を日本に残し、生産部門をアジアに移転するなどの方法があるとも
考えられている。既存の技術、既存の市場に依存していては、次の展開をな
すすべがなくなりかねない。このことからしても原材料や新素材などの資源
や人的資源(低賃金労働だけでなく異なる感性をもった新製品開発のアイデ
アを生むような人材)を海外に求めることが可能であろう。また、生産拠点
および市場を日本と海外の両方にもつことで、生産調整もできるようになる。
<中小企業生産拠点の海外移転>
経済産業省の調査(2002 年 1 月)によると、中堅・中小企業を含めた日
本製造業の 7 社に 1 社が生産拠点の海外移転を過去数年間に実施したか、具
体的な計画を持っているという。移転した生産拠点が出荷・販売の対称にす
16
る市場は、46%が移転先の国内・地域内市場向けで、32%が日本向けで、
22%が第三国向けだった。海外移転の理由として 57%が人件費の低さを利
用したコスト競争力の強化を挙げた。ついで現地市場の開拓が 22%。電機
や電子部品では、親会社や取引先の海外移転に対応した連鎖的な移転も起き
ている。
図1−3
―移転先―
欧米・豪州
18%
その他
東南アジ
ア
28%
その他
2%
台湾
4%
日本企業の海外移転
―業種―
金属 精密機械
3% その他
4%
食料品
8%
電気機械
5%
32%
繊維
5%
非鉄金属
一般機械
6%
14%
輸送機械 セラミック
化学
ス・セメント
7%
7%
9%
中国
40%
タイ
8%
日本企業の対中投資も増加が継続すると見られる。日本貿易振興会(ジェ
トロ)のアンケート調査(2001 年 10 月)では、今後 3 年間に投資を増や
すと回答した企業のうち投資先として中国を挙げた企業は 95.7%に達して
いる。ただ、一方、ASEAN を挙げた企業は合計 67.7%で、日本企業の投資
が中国に一極集中するわけではない。この結果は、次頁の図1−3「中国・
ASEAN の投資環境評価」に示すとおりである。
日本製造業の海外移転先として、その 4 割は移転先に中国を選んでいる。
中国の 2002 年(1∼11 月)の直接投資受入額(実行ベース)は、769 億 4,000
万ドルである。これは、東南アジア 5 カ国(タイ、マレーシア、シンガポー
ル、インドネシア、フィリピン)の 4 倍以上に相当する。中国が比較的に安
定した経済成長を続けていること、WTO 加盟に伴う一層の規制緩和や市場
開放をにらんだ投資が活発化している。
海外投資を検討する場合、中国のウェイトが高まることは必至であろう。
中国を海外投資の中でどのように位置付け、活用するかを検討することも重
要である13。
13
中国の活用に関して参考文献として、堺屋太一『中国大活用』
(NTT 出版、2003 年)がある。
17
図1-4 中国・ASEANの投資環境評価
政治的安定性
技術レベル
部品産業の発展状況
1.00
中国
タイ
マレーシア
インドネシア
フィリピン
経済的安定性
0.50
市場の成長性
0.00
-0.50
技術者の質
投資関連法制の整備
-1.00
-1.50
技術者の供給
投資関連法制の透明性
労働者の質
税制面の問題
労働供給
インフラ整備
生産コスト
(出所)
『21 世紀を迎えた日本企業の海外直接投資戦略の現状と見通し』日本貿易振興会、
2001 年 12 月、64 頁。
(注)0.0:
「中国と同等」
、0.0 以下:
「中国より劣っている」
、0.0 以上:
「中国より優れている」
3.4
日本企業のグローバル化の必要性
日本企業は、なぜグローバル化をしなければならないのか。今日、日本企
業が抱える課題として、①国内販売の不振、②販売価格の低下、③コスト削
減、④後継者難、⑤人材不足、⑥外国製品との競争の激化、⑦原料確保、⑧
新製品開発、⑨輸出の減少、⑩資金調達難、⑪新材料発掘、⑫新販路開拓な
どが挙げられるであろう14。この課題を克服する手段が、海外に求められる
ことがあるからである。
企業経営者に対して、「では、この課題を克服するための手段として考え
られることは何か?」と聞くと、ローコスト経営と新製品開発の2点が回答
として返ってくる。しかし、これを如何にして実現するかとなると、なかな
かこれといったアイデアは出てこない。特に中小企業においてはすでに相当
の経費節減努力が払われているし、新製品開発ではそうそう簡単にめぼしい
発想が生まれるものでもないからである。ただ、新材料の発掘という面では、
海外、とりわけ中国にこれがあるかも知れない。
14
この点が課題であることを示すものとして、例えば、
『木製家具製造に係わる国際分業の可能性調査(中国)
』
(中小企業事業団調査・国際部、平成 9 年度)がある。
18
中小企業は如何なる経営課題を抱えているのか。前述した中小企業総合事
業団によるアンケート調査によると、(1)売上数量の増大というものが 42%、
(2)コスト削減というものが 28%、(3)商品(サービス)力の強化というもの
が 23%であった。
図1−5
中小企業が現在重視する経営課題(1)
その他
4%
無回答
3%
商品(サービス)力の強
化
23%
売上数量の増大
42%
コスト削減
28%
上記3つの重点課題のさらに具体的な内容は、以下のとおりである。
図1−6
中小企業が現在重視する経営課題(2)
商品(サービス)力の強化
コスト削減
売上数量の増大
原料調達コスト削
減
新規製品・サー
300
ビ スの開発
販売活動の強化
400
不採算事業の整
200
300
理・再編
100
200
新規事業への進
100
0
出
品質・機能の向上
200
労務コスト削減
100
ブ ラ ン ド力強化
0
外注(加工)コスト削
絞込み
減
付加的サービ スの
販売網・拠点の
設備投資によ る
強化
生産能力向上
商品構成の充実
0
商品・サービ スの
物流コスト削減
提供
納期対応の強化
日本は技術を基盤とした貿易立国であった。しかし、その日本の基盤に対
する評価が低下傾向にある。
スイスの IMD(国際経営開発研究所)が毎年発行する『世界競争力年鑑
(Wor1d Competitiveness Yearbook)』の世界各国の国際競争カランキングで
あろう。この報告において日本は、1989 年から 1993 年までの 5 年間にわ
たって総合 1 位にランクされ続けたのち急速にその評価を下げ、2001 年に
19
は 49 力国・地域のなかで 26 位という位置に低迷している15。
この IMD の国際競争カランキングでは 2000 年調査まで、8 分野(国内
経済、国際化、政府、金融、社会資本、企業経営、科学技術、人的資源)の
評価項目を設定していた。そのなかの科学技術に関する項目では、当該項目
による最新調査の 2000 年に至るまで、日本はアメリカに次ぐ第 2 位という
高位の評価を維持している。またその内容を見ると、
「知的財産」
「研究開発
の支出」研究開発の人材」といった項目の評価が高く、一方で「技術マネジ
メント」や「科学的環境」といった産学協同などの研究体制や科学教育など、
将来の科学技術力にかかわる現状評価が中心の項目では評価がやや低くな
っているとのことである16。
このことが指摘されるとき、
「技術の重要性を考えた戦略的行動が、今後
の日本企業にとってますます重要になってくることが示唆されている。高度
経済成長とその後の安定成長を経て、1990 年代以降の日本経済はすでに国
内市場においては従来のような成長が見られなくなっている。国際社会の中
で競争力を保ち続けていくためには、今後、これまで以上に効率的な国際分
業体制のもとで海外との貿易によって企業の発展を支えていかなければな
らなくなるだろう。」17と考えられるのである。
<コラム>
日本貿易振興会(JETRO)は、毎年、日本市場における輸入商品の動向を調査してい
る18。この中から、中国からの輸入が増えている主な商品を取り上げ、その動向を見て
みたい(図1−7)
。中国からの輸入が増えている状況が判然とする。当該商品について
15
16
17
18
伊丹敬之+一橋 MBA 戦略ワークショップ『企業戦略白書Ⅰ』東洋経済新報社、2002 年、100 頁。
日本の IMD 世界競争力評価
項目
高い評価を受けている指標
低い評価を受けている指標
①経済パフォーマンス
経常収支、金融資産、対外投資
生活物価水準、貿易の対 GDP 比率
等
②政府の効率性
外貨準備高、教育水準、間接税の割 移民法制、政府調達の海外企業への
合等
開放度、大学の企業への有用性、政
府の透明性、財政赤字、
政治制度の経済への適合性、経
済環境変化への対応、財政運営、
内閣における政策のコンセンサス
等
③産業の効率性
消費者満足度、従業員教育、製造業 起業家精神、会社設立の頻度、株主
における労働コスト、従業員のモチ 価値の取り扱い等
ベーション等
④インフラストラクチャー
居住者が得る特許数、R&D 支出、
産業用電力コスト、柔軟性・適応度、
R&D 人員規模、コンピュータ使用率 文化の開放度等
等
(出所)日本政策投資銀行産業・技術部(2001c)
本庄美佳「IT 革命の推進によって日本の国際競争力を高めるために」
『HUMAN STUDIES』2000 年 9 月。
伊丹敬之+一橋 MBA 戦略ワークショップ『企業戦略白書Ⅰ』東洋経済新報社、2002 年、123,124 頁。
『輸入商品別マーケティングガイド(2001)』
(日本貿易振興会、2001 年)
20
は、必ずしも日本国内における生産量が集計されていないので、輸入浸透率は出せない
が、図1−8に示す通り、中国商品の全世界に占める輸入割合も非常に高くなってきて
いることが分かる。
図1−7
主要商品の輸入動向
サングラスの輸入数量推移
千個
折りたたみかさの輸入数量推移
千本
25000
25000
20000
20000
15000
15000
10000
10000
5000
5000
中国
中国
合計
合計
0
0
1996
1997
1998
1999
2000
1996
1997
1998
1999
2000
千台オーディオ機器の輸入数量推移
使い捨てライターの輸入数量推移
千個
100000
350000
90000
300000
80000
250000
70000
60000
200000
50000
150000
40000
30000
100000
50000
中国
20000
合計
10000
合計
0
0
1996
千台
中国
1997
1998
1999
1996
2000
インスタントカメラの輸入数量推移
1998
1999
2000
ぬいぐるみの輸入数量推移
千個
3000
250000
2500
200000
2000
1997
150000
1500
100000
1000
50000
中国
500
中国
合計
合計
0
0
1996
1997
1998
1999
2000
1996
21
1997
1998
1999
2000
ゴルフクラブの輸入数量の推移
家具の輸入数量推移
トン
9000
1200000
中国
8000
1000000
7000
800000
6000
合計
5000
600000
中国
4000
合計
3000
400000
2000
200000
1000
0
0
1996
1997
1998
1999
1996
2000
1997
1998
1999
2000
(出所)
『輸入商品別マーケティングガイド(2001)』
(日本貿易振興会、2001 年)より作成。
図1−8 主要商品の全輸入量に占める中国商品の割合
100%
90%
80%
70%
全輸入
中国
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
所
台
製
ス
レ
ン
テ
ス
具
家
火
花
切 ゃ花
ち
も
お るみ
ぐ
い
ぬ
ン
具
玩 プペ
ー
ャ
ン
シ ペ
ル
ー
ラ
ボ
メ
トカ
器
楽 タン
ス 機器
ン
イ ィオ ズ
デ ュー
ー
オ ツシ
ー ブ
ポ
ス クラ
フ
ル
ゴ 靴
ー
キ
ス
ト
ン
ー
テ
タ
針
り ライ
釣 て
捨
い
使
さ
か ラス
グ
ン
サ
用
卓
・食
品
第4節
まとめ
22
今日の企業は、各国内の市場において子会社に独自の競争をさせるマルチドメ
スティック企業から脱皮して、世界的な製品・市場ポジションを武器に競合他社
に対抗するグローバル企業へと変身することが求められている。
このとき、開発途上国に新たな生産拠点や市場を求めることが有用であるとい
える。それは、中位の所得レベルから先進経済に移行する過程でクラスターが形
成されつつあると考えられるからである。
では、開発途上国のクラスターに参入しようとするとき、如何なる国・地域が
有利であると考えられるか。この場合の視点は、地理・文化・制度の点での「近
さ」は、特権的なアクセスや密接な関係、充実した情報、強力なインセンティブ
など、生産性やイノベーションの点で、遠隔地にいては真似できない優位性を有
していることに着目すべきである。
さらに、技術の重要性を考えた戦略的行動が、今後の日本企業にとってますま
す重要になってくる。
国際社会の中で競争力を保ち続けていくためには、今後、これまで以上に効率
的な国際分業体制のもとで海外との貿易によって企業の発展を支えていかなけ
ればならなくなるだろう。
<課題>
1.なぜ、日本市場への参入は難しいのか。
以下の文章に如何なる争点があるか?
この文章の適否は?(批判すべき点はないか?)
「よく言われるのは、日本市場にはさまざまな規制や慣行があって、これが海外企業に
とって参入障壁となっている、
という理由だ。
たしかにこうした面がないわけではない。
しかし、日本政府が規制緩和に取り組んできた結果、現在では規制による参入障壁はず
いぶん小さくなった。日本独自の取引慣行が海外企業の参入を難しくしているという面
もあるだろうが、これは日本に限ったことではない。アジアでも欧州でも、その地域独
特の慣行があり、外から参入する際の障壁になっている。多国籍型の小売業と言われる
巨大な国際小売業は、それぞれの地域の慣行や規制を突破して、国際的な出店を続けて
きた。そうした企業が日本ではまだ十分な成果をあげていないのは、日本独白の要因が
あるからと考えたほうがよいだろう。ひと言で言えば、日本の流通市場における競争は
非常に厳しく、たとえ力のある多国籍型小売業でも、日本の消費者に合った形の商売を
しない限り、利益をあげるのは難しいということだ。
」
伊藤元重『グローバル経済の本質』ダイヤモンド社、2003 年 62 頁。
23
2.戦略を持たない日本企業。
以下の文章に如何なる争点があるか?
この文章の適否は?(批判すべき点はないか?)
「1970年代から1980年代にかけて、オペレーション効率の分野でグローバルな
革命を起こしたのは日本企業だった。TQM、継続的改善といった実践に先鞭をつけたの
である。結果として日本の製造企業は、長年にわたって、コストと品質面でかなりの優
位を獲得した。
しかし、……明確な戦略的ポジションを開発している日本企業は皆無に等しい。例を
挙げるとすればソニー、キヤノン、セカくらいだが、彼らはあくまでも例外である。た
いていの日本企業は、お互いに模倣し合っているだけである。競合し合う企業は、ほと
んどすべてといっていいくらい、幅広く製品ライン・仕様・サービスを網羅している。
どの流通チャネルにも手を出すし、工場の設定も互いに似通っている。
こうした日本的な競争スタイルの危険性は、今日顕著になってきた。ライバルたちが
生産性のフロンティアに遠く及ばないレベルで戦っていた1980年代なら、コスト・
品質の両面で圧倒的な差をつけることも.できそうに思われた。国内経済が拡大を続け、
グローバル市場に浸透できだからこそ、すべての日本企業が成長を維持できたのである。
その進撃が止まることなど考えられなかった。……日本企業は戦略というものを学ばな
ければならない。
そのためには、厚い文化障壁を克服する必要があるだろう。日本は、コンセンサス志
向が強く、企業では個人の違いを際立たせるよりも、中和してしまおうという強い傾向
がある。対照的に、戦略には厳しい選択が必要となる。また日本企業には、深く染み込
んだサービスの伝統があり、顧客が表明するニーズをとことん満足させようという気質
が根付いている。こうしたやり方で競争する企業は、明確なポジショニングを見失って
しまい、
「すべてのモノをすべての顧客へ」という体制になってしまうのである。
」
マイケル・E・ポーター『競争戦略論Ⅱ』ダイヤモンド社、1999 年、122-123 頁。
24