適性処遇交互作用(ATI)にもとづく学習指導

適性処遇交互作用(ATI)にもとづく学習指導
文教大学教授
池
田
進
一
(2011.12.17 於:第 34 回ペスタロッチ祭)
1
0.はじめに
これから、
「適性処遇交互作用(ATI)にもとづく学習指導」というタイトルでお話しを
します。最初に、お断りとお願いをしておきます。このパワーポイントを作るのに際して、
私が最も気を遣ったのは、あまり知識のない 1 年生や 2 年生の学生から、これに関してよ
く知っていらっしゃる教職員の皆さままで、知識の差が大きいだろうということを想定し
て、誰にでも分かるものをつくることでした。それから、初学者の皆さんにとっては、少
し難しい話を交えました。あえてそれを付け加えたものであって、それを充分に理解して
いただきたいということです。以上がお断りです。それからお願いというのは、発表は、
50 分くらいにします。残りの 10 分は皆さんから、鋭いコメント、鋭い感想、まあ、鋭くな
くてもいいんですけれど、ぜひそれを出して欲しいということです。50 分後、
「質問があり
ますか」
「感想はありますか」と言って何もないと、私は相当に落胆して今日帰るという気
がしています。では始めます。
この発表の構成は、ここに書いてある通りです。
まず最初の部分は、初学者の皆さんでも、
この話は何であるか、どういう話であるかと
いうことを分かってもらうために、ATI とは
何かと、それから、ATI 研究の動向を説明し
ます。その後、実際の問題として、学習指導
にどう生かすかいうことに関して、私なりの
意見、それから、これまで様々な研究者がこ
れに関して言及してきたことをまとめてお話
しします。
2
1.ATI とは
1.1 Cronbach(1957)による提唱
まず、ATI とは何かということをお話しします。これを提案したのは、アメリカの
Cronbach という人です。ここに書かれている通りの考え方をしています。
1 ATIとは
1.1 Cronbach (1957) による提唱
(1) すべての人間に等しく最適な教授法はないこと
を経験的に直観。
(2) 相関心理学と実験心理学とを関係づけることが
可能だと考えて、学習者のもつ適性によって、
効果的な教授方法が異なる現象としてのATI
(aptitude treatment interaction) の 概念を提唱。
(3) 相関心理学では平均値からの差異を問題にする。
(4) 実験心理学では平均値自体を問題にする。
(5) 適性や個人差は相関心理学の研究対象。
(3)と(4)に関しては、多少、説明をしなくてはいけないかと思います。心理学の中では、
平均値の問題に関して、従来から 2 つの捉え方があります。1 つは、平均値からの差異を問
題にするということです。例えば、障害のある子どもというのは、健常の子どもと比べて
どのくらい差異があるのか、そしてその差異はなぜ生じたのか、さらにその差異を減じる
ためにはどうしたらいいのかというような捉え方です。それから(4)にあるように、平均値
自体を問題にして、平均値からの差異はいわば統計学上の誤差という捉え方があります。
そして、これら 2 つをあわせた捉え方のもとに、(1)にあるような最適な教授法、つまり教
育の最適化を目指すための 1 つの方法として、ATI という概念が提唱されました。ちなみ
に、ATI とは(2)にあるように、
「aptitude treatment interaction」という、各単語の頭
文字をとったものです。通常は長いので、日本の研究者も ATI と呼びます。
3
1.2 aptitude とは
次に、
「aptitude」に関して、簡単な説明をここに書きました。
1 ATIとは
1.2 aptitudeとは
特定の処遇のもとで個人が成功する確率の予測に関与する
ような個人の特性をさし、「適性」という訳語。
通常は、
「適性」という訳語を使いま
す。
「適性」の具体例としてはたくさ
んあります。ここに書かれているよ
<例>
人格特性
IQ
認知型
年齢
うなことが研究例としてはかなり多
いということです。
1.3 treatment とは
次に、
「treatment」という用語について説明します。
1 ATIとは
統計学では通常、
「treatment」に「処理」
1.3 treatmentとは
(1) 統計学では「処理」という訳語。
(2) ATIでは、教授・学習過程に焦点づけて、 個々の
教授・学習場面で採られる指導方法としての「外
部的に操作可能な変数」をさして「処遇」という
訳語。
<例> 学習指導法
という訳語を使いますが、ATI では、資料
にあるように「処遇」と訳します。
「treat」
という単語は誰でも知っているかもしれま
せん。
「トリートメント」という言葉は日本
語化していますね。「treat」は「扱う」で、
教材
「treatment」はその名詞形です。
1.4 interaction とは
次に、
「interaction」に関する説明をここに書きました。
1 ATIとは
1.4 interactionとは
(1) その意味
ⅰ 互いにはたらきかけること。
ⅱ 統計学では、要因Aと要因Bとが互いにはたらきかけ
た結果として、要因A自体、かつ (あるいは)、要因
B自体の及ぼす作用がより強くなること。
(2) その訳語
ⅰ 言語心理学、言語学、統計学などでは「交互作用」。
ⅱ 哲学、社会学、生物学などでは「相互作用」。
<例> the interactions between life and the environment
(3) 言語心理学や言語学などでのその用法
ⅰ spoken interaction (「対話」)
ⅱ face-to-face interaction
ⅲ social interaction (この用語は社会学でも用いられる。)
ⅳ interaction-consciousness (「対話意識」)
4
(1)その意味としては、基本的にはⅰにあるように「互いにはたらきかけること」です。
統計学では、ここに書かれてある通りです。あとで図で示しますので、
「要因 A と要因 B の
互いのはたらきけ」という理解をしてください。(2)その訳語としては、ここに書いてある 2
つ以外にもありますが、通常、
「交互作用」という訳語と「相互作用」という訳語が最も多
く使われます。(2)ⅰにあるように、言語心理学、言語学、統計学などでは「交互作用」と
訳されることが多いということです。それから、哲学、社会学、生物学などでは「相互作
用」と訳すことが普通です。心理学でも、例えば、子ども同士の遊びの場面での「interaction」
というと、それは「交互作用」と訳すよりも、「相互作用」と訳すことが多いです。ですか
ら、厳密な使い分けはありませんが、大雑把に言って、この(2)にあるような使い分けがさ
れています。例として、「the interactions between life and the environment」を
挙げました。これは生物学・環境学の本を 2,3 日前に読んでいたら載っていました。
「life」
は「生命」で、
「environment」は「環境」ですね。
「interaction」は「相互作用」と生物学
では訳します。
(3)言語心理学や言語学などでの「interaction」の用法について、ここに
は 4 つを挙げました。ⅰ「spoken interaction」は、そのまま「話される相互作用・交互
作用」と訳される場合もありますが、通常これは「対話」と訳します。ⅱ「face-to-face
interaction」は、
「interaction」を限定して「face-to-face」がついていて、意味は誰でも分
かると思います。それから、ⅲ「social interaction」は、言語心理学や言語学以外の社会
学では、かなり昔から普通に使われる言葉です。社会学では、書かれてある通り、「相互作
用」と訳し、
「社会的な相互作用」ということです。そして、ⅳ「interaction-consciousness」
のなかの、「consciousness」は「意識」という意味ですが、「相互作用意識」と訳すと何の
ことか分からないので、通常「対話意識」と訳します。つまり、ATI 関係では、
(2)ⅰ「交
互作用」の意味で使うということです。
5
1.5 ATI における交互作用とは
(1) 交互作用の種類 (一つの適性を扱う場合)
【ⅰ 順序的交互作用】
では、
「交互作用」とは、具体的にどういうことかを説明します。
1 ATIとは
横軸に、何らかの「適性」をとったと
1.5 ATIにおける交互作用とは
(1) 交互作用の種類 (一つの適性を扱う場合)
ⅰ 順序的交互作用
します。そして、右側が高いもの、左
側が低いものとします。それから、縦
処遇A
軸に何らかの「成績」をとると、図のよ
高
成
績
うな形が描かれる場合があります。図の
左側では、処遇 A と処遇 B に大きな差は
処遇B
ありません。表面上に差があるように見
低
低
えますが、ここでは差はありません。し
高
かし、図の右側を見ると、処遇 A と処遇
適性
B には、統計的に差があると言えます。
これを ATI と呼びます。この場合は、処遇 A を使えばいいということで、その最適化とい
うこととはつながりません。ATI 研究の交互作用の場合は、この次に示す非順序的交互作用
が焦点化されます。ただ、これも ATI の一つだと理解してください。
【ⅱ 非順序的交互作用】
1 ATIとは
この図を見ると、処遇 A と処遇 B は
1.5 ATIにおける交互作用とは
(1) 交互作用の種類 (一つの適性を扱う場合)
ⅱ 非順序的交互作用
交差しています。ですから適性が何らか
の意味で高ければ、この場合、処遇 A を
使い、 適性が低ければ、処遇 B を使い
高
成
績
ます。つまり、明らかに、その適性の別
処遇A
によって、成績が違うのですから、その
処遇を変えるべきであるということです。
処遇B
これが、あくまで一つの適性を扱う場合
低
低
と書きましたが、 適性は研究によっても
高
適性
違い、いくつもの適性をとりあげる研究
もかなりあります。例えば、IQ の場合に
は、IQ と学業成績と家庭環境など、様々な適性がありますね。そうすると、少し話が面倒
になるので、今、仮に適性を一つと見なした時、高いものと低いものと分けると、このよ
うな場合があり、これを非順序的交互作用と呼びます。
6
2
ATI 研究の動向
2.1 作動記憶からの研究
(1) 作動記憶 (作業記憶) とは
作動記憶あるいは作業記憶は、英語で「working memory」といいます。
「working memory」
からの ATI 研究というのは数多くあって、比較的多くの ATI を見いだしています。その作
動記憶に関する研究を紹介するために、作動記憶とは何かということを簡単に説明します。
2 ATI研究の動向
2.1 作動記憶からの研究
(1) 作動記憶 (作業記憶) とは
理解、学習、推論など認知的課題の遂行中に情報を一時
的に保持し操作するためのシステムをさす。
より具体的には、何らかの作業を遂行している状態での
短期記憶をさす。
何らかの刺激があり、それを感じるのが「感覚レジスター」と言います。それは、場合
によっては短期貯蔵庫と呼ばれるところに入ります。短期記憶というのは、数秒からせい
ぜい数十秒、長くて数分ぐらい一時的に記憶を貯めておくところと考えられています。例
えば、今、電話番号を聞いて、数秒間、ないし数十秒間ほど覚えても、5 分後には忘れてい
るというのは、明らかに短期記憶なわけです。場合によっては長期記憶と呼ばれる貯蔵庫
に、この短期記憶に貯蔵されたものが入ります。長期記憶とは、例えば、皆さんの名前を
言えるか言えないかというもので、これはいったん覚えれば余程何かが起きない限り、一
生覚えているものです。今説明しようとしているのは、上の図では、
「作業記憶」と書いて
ありますけれど、これについては、研究者によって 2 通りの考え方があって、短期記憶と
作業記憶をほぼ同じものとみなす研究者がいます。この ATI 研究では、短期記憶と作業記
憶を区別して、短期記憶を、せいぜい数分くらいの記憶、作業記憶を数十分、あるいは数
時間、場合によっては数日覚えているものとします。一つの例をあげると、皆さんがある
小説を読み始めたとします。30 分間読み進めて、
30 分前に読んだところを忘れてしまうと、
7
小説の楽しみをほとんど味わうことができません。30 分間覚えていられるというのは、と
りあえず作業記憶に入ったということです。場合によっては、1 回読んだだけでものすごく
感動し、その場面を一生覚えていられるというのは、作業記憶が長期記憶に転送されると
いうことを意味します。
2 ATI研究の動向
(2) TK 式読み能力検査とは
2.1 作動記憶からの研究
(2) TK式読み能力検査とは
ⅰ 語識別 (平仮名文字の配列から普通名詞を選定させる
問 題)
ⅱ 文理解 (文中の空欄に適切な言葉を入れさせる問題)
<例>
まるく大きな (
) が、西の (
) にしずんだ。
ア. 太陽
イ. 青く
ウ. 海
ⅲ 文意理解 (初めに読んだ文と後で読んだ文が同じか否
かを判断させる問題)
ⅳ 推論 (文章に書かれていないことを推論させて答えさ
せる問題)
「TK 式読み能力検査」は、読み能力に関するたくさんの問題から構成されている検査で
す。これには、大きく分けて 4 種類の問題があります。ⅱ文理解は、1 つだけ例を出しまし
た。
2 ATI研究の動向
(3) 北尾 (1994) の研究
2.1 作動記憶からの研究
(3) 北尾 (1994) の研究
<方法> 小学校5年生にTK式読み能力検査を課した結果
によって、読書困難群 (20名) と読書普通群 (18名) に分類。
単語の機械的記憶課題
読書困難群
読書困難群
→
(視覚モード)
単語の機械的記憶課題 (視覚モード)
文の作動記憶課題
文の作動記憶課題 (視覚 モード)
(視覚 モード)
単語の機械的記憶課題
単語の機械的記憶課題 (聴覚モード)
(聴覚モード)
文の作動記憶課題
(聴覚モード)
文の作動記憶課題
(聴覚モード)
単語の機械的記憶課題: 「ひよこ」「はがき」などの6つの単語。
文の作動記憶課題: 「おちばを集めて、たき火をしてあたたまった」な
どの6文。
視覚モード: パソコンの画面から文字を提示。
読書普通群
読書普通群
聴覚モード: テープ・レコーダーから音声を提示。
では、ここまで説明した、作業記憶と作動記憶、読み能力検査の両方の知識を頭に入れ
て、これから北尾倫彦さんという大阪教育大学の教授だった人の研究を聞いて下さい。こ
の研究の方法としては、今紹介した読み能力検査の結果から、読書困難群と読書普通群に
8
分けました。そして、図にあるように、20 名と 18 名の被験者に対して、読書困難群も読書
普通群も右側の 4 つの課題をすべて受けさせました。具体的には、単語の機械的記憶課題
としては、
「ひよこ」
、
「はがき」という単語を提示して、後で再生させました。そして、文
の作動記憶課題は、
「おちばを集めて、たき火をしてあたたまった」というような短文を 6
文続けて提示し、各文の最初の名詞を答えさせました。1 回提示して、その後すぐに再生さ
せたのではなく、6 文提示した後に、各文の最初に合った名詞を言いなさいという課題でし
た。そこには要因が加わって、視覚モードと呼ばれるものと、聴覚モードと呼ばれるもの
の 2 つの要因を設けました。視覚モードは、視覚的に提示することであり、聴覚モードは、
視覚的なものは一切除いて、テープレコーダーから音声を提示することでした。重要点を
もう一度整理すると、順番は対象者によってランダムにしましたが、同一被験者が全部受
けたということです。
2 ATI研究の動向
2.1 作動記憶からの研究
(3) 北尾 (1994) の研究
<結果>
結果としては、困難群も普通群も込み
にして、提示モードを視覚と聴覚に分
けると、視覚モードでは、統計的に差
各モードの再生数
各モードの再生数
6
6
5
5
はありましたが、聴覚モードでは、統
各モードの再生数
6
計的に差はありませんでした。視覚モ
単語
5
単語
ードでは、読書困難群と読書普通群と
4 4
再生数
再生数
4
再
生3
数
単語
3
文文
3
文
もに文再生ではかなり劣るという結果
2
2
でした。
1
2
1 0
視覚
1
提示モード
聴覚
0
視覚
提示モード
0
聴覚
提示モード
視覚
聴覚
2 ATI研究の動向
2.1 作動記憶からの研究
(3) 北尾 (1994) の研究
<結果>
読書普通群と読書困難群とに分けて
みると、単語の再生では、読書普通群
各群の再生数
も読書困難群も差がありませんでした。
各群の再生数
各群の再生数
7
7
7
文の再生においては、読書普通群のほ
6 66
再
生
数
再生数
5 5
うが良い結果となりました。
読書普通群
4
再4
4生
3
数3
3 2
読書困難群
2
1
2 1
0
単語
1 0
単語
材料
材料
文
文
0
単語
材料
文
9
2 ATI研究の動向
2.1 作動記憶からの研究
(3) 北尾 (1994) の研究
<考察>
聴きとりよりも読みとりの方が多くの処理容量が必要であ
るから、読書困難群での視覚モードでの作動記憶がきわめて
劣ったことは学習指導法を検討するうえで肝要。
<私見>
上記の考察と関連して、以下の田中 (1989) による知見は
重要。
「読みに関する多くの先行研究を整理すると、児童期から
成人期にかけて、その読解力に関して、発達の順に、音読優
位の時期、音読の効果と黙読の効果が同様の時期、黙読優位
の時期という移行をみてとれる」
これらの結果に関して、田中敏さんという、現在信州大学の教授が、発達の初期の段階
では音読優位、そして、小学校高学年から中学校くらいにかけて、音読の効果と黙読の効
果が同様の時期があり、成人になるに従って、黙読優位の時期があるということを、先行
研究をレビューした結果として明らかにしています。私見では、読書困難群の子どもも、
読書普通群の子どもも含めて音読優位の時期だということを重要視して、今後の学習指導
方法をとるべきだと考えられます。
2.2 認知型からの研究
(1) 認知型とは
次に、認知型の研究について説明します。認知型の一般的な定義と例は以下の通りです。
2 ATI研究の動向
2.2 認知型からの研究
(1) 認知型とは
個人が情報を処理する際に一貫して示す反応様式。
<例>
熟慮型-衝動型
立案型-順守型- 評価型
認知型のテストは様々ありますが、これから紹介するの は、「MFF テスト(Matching
Familiar Figures Test)」です。
10
(2) MFF テスト (Matching Familiar Figures Test) とは
2 ATI研究の動向
2.2 認知型からの研究
(2) MFFテスト (Matching Familiar Figures Test) とは
反応の不確定さをもつ課題解決場面で、自らの解決仮説の妥
当性を考慮する程度の次元における個人差を測定するための
認知型テスト。
「Familiar」は「よく知った」、「Figures」は「形」、「Matching」は文字通り「マッチさ
せる」ということです。上の図が見本の課題で、左側の図形とまったく同じものは右側の 6
つの図形のうち一つしかありません。その中から、なるべく速く、かつ、できるだけ正確
に当てるというテストです。因みに正解は、2 段目の一番左の図です。他は少しずつ違いま
す。よく見てみてください。これを MFF テストと言います。
2 ATI研究の動向
2.2 認知型からの研究
(2) MFFテストとは
多
時間
熟慮型
SI (slow inaccurate) 型
誤数
少
平均
多
FA (fast accurate) 型
衝動型
少
11
今やった MFF テストには様々な集計方法がありますが、代表的な分類方法を載せました。
例えば、横軸(x 軸)に「誤数」をとります。「誤数」とは、先ほどのような課題を多数回
行い、その中でいくつ誤ったかということです。それから縦軸の「時間」は、例えば 20 題
やるのに時間がどれだけかかったかということで、かかった時間が多いものから少ないも
のというように並べます。そして、それぞれの平均値を中心として 4 象限に分けます。そ
うすると、誤数が多くて時間がかかった場合、これは SI(slow inaccurate)型と呼びます。
これは「遅くて不正確」を意味し、最悪パターンです。熟慮型というのは、誤数は少ない
が、時間がかかり熟慮した結果だというパターンです。そして、SI 型と対極にある FA (fast
accurate) 型は、
「速くて正確」というパターンです。それから、衝動型は、時間は少ない
が誤りが多いというパターンです。私も昔このテストを子どもを対象にやったことがある
のですが、どこかのパターンに偏るということはありませんでした。先行研究でも同様に、
どこかのパターンに偏るということは報告されていません。
(3) 探索テストとは
さらにもう一つの認知型からの研究として「探索型テスト」があります。このテストで
は、MFF テストと同様に、衝動型かどうかということが分かります。どういうテストかと
いいますと、下の図にあるように、被験者は、箱の中を見ることができないので、手探り
で何らかの図形を触るものです。
2 ATI研究の動向
2.2 認知型からの研究
(3) 探索テストとは
被験者は、目で見られない状態で触っている図形が、手元にある複数の図形のうちのど
れに当たるかということを探ります。ですから、ここでも先ほどの MFF テストのように、
衝動型か熟慮型かというパターン分けをすることができます。
12
(4) 東・他 (1981) の研究
ここで、MFF テストと探索テストを使った研究を紹介します。これは東大の教育学部の
教授だった東洋さんたちが昔やった研究です。この研究自体は、日本の子ども、日本の母
親、それから、アメリカの子ども、アメリカの母親を、様々な調査・実験を通して比較調
査をするというものです。結果は下の通りです。
2 ATI研究の動向
2.2 認知型からの研究
(4) 東・他 (1981) の研究
<方法と結果>
・ 日米の子どもを対象にして、5歳の時のMFFテストの
得点と、同一人の小学校5・ 6年生の算数・国語の成績と
の相関係数を算出。
→ 日本: r=.55 アメリカ: r=.17
・日米の子どもを対象にして、5歳の時の探索テストの
得点と、小学校5・ 6年生の算数・国語の成績との相関係
数を算出。
→ 日本: r=.16
アメリカ: r=.56
これは、日米の子どもを対象にして、5歳の時の MFF テストの得点と、その子どもが
小学校 5・ 6 年生になった時の算数・国語の成績を込みにして、相関係数を算出した研究
です。相関係数とは、最大値 1、最小値-1 をとります。今はマイナスの話は割愛しますの
で、0 から 1 の間をとるというようにイメージしてください。1 に近ければ近いほど、A の
事象と B の事象の関連性が深く、0 に近ければ近いほど、A の事象と B の事象の関連性が
薄いということです。そして、上の図に戻ると、日本の場合の「.55」というのは、統計的
にみてかなり高い値と言えます。一方、アメリカの場合の「.17」という値は、相当に低い
ため、関連がないという結果と言えます。ここで注目して欲しいのは、5 歳の時と小学校 5・
6 年生の時との関連性、つまり A の事象と B の事象は相当な時間が経っているということ
です。その時間経過にもかかわらず、統計学的に相当高い値となりました。
次に、5歳の時の探索テストの得点と、小学校 5・ 6 年生の算数・国語の成績との相関
係数を算出した結果、MFF テストの研究とは対照的な結果が出ました。探索テストの結果
で、アメリカはかなりの時間差にもかかわらず、
「.56」とかなり高い相関係数が計測されま
した。以上の 2 点の研究の結果から、東さんたちは次のような解釈をしています。
13
2 ATI研究の動向
2.2 認知型からの研究
(4) 東・他 (1981) の研究
<解釈>
子どもにとって、MFFテストでは、些細なことに注意す
る必要があるので、好奇心をかきたてにくいし、成就感がわ
きにくいが、探索テストでは、見えないものを手さぐりでさ
がすのだから、好奇心をかきたて、成就感がわきやすい。
日本の学校教育では、好奇心のわかない課題でも、根気よ
く、注意深くとりくむことが、相対的に要請され、一方、ア
メリカの学校教育では、興味のわく課題にじっくりとりくむ
ことが、相対的に要請される。
要するに、MFF テストは日本人の子どもたちにとっては、取り組む意欲のわくような課
題であったということです。つまり、<解釈>の 2 段落目に書いてあるように、日本の学
校教育では、好奇心がわかない課題でも、根気よく注意深くとりくむことが相対的に要請
されています。一方、アメリカはそうではなく、興味のわく課題にじっくりととりくむこ
とが相対的に要請されているため、教育の一つの結果ではなかろうかというように東さん
たちは解釈をしています。この結果は一種の交互作用と言って間違いないということです。
2.3 学習指導に関する研究
(1) 中村 (1981) の研究
今の認知型と関連して、次は、中村(1981)による学習指導に関する研究について説明しま
す。そこでは、立案型-順守型-評価型を測定する認知型テストを使って、質問紙で大学
生に対して「どういうことを好むか」ということを測定して、3 タイプに分けました。この
テストは、中村(1981)が独自に考案したものではなく、従来からある認知型テストです。そ
2 ATI研究の動向
れぞれのタイプの説明は、下の通りです。
2.3 学習指導に関する研究
(1) 中村 (1981) の研究
<対象> 大学生78名
<材料>
・立案型-順守型-評価型を測定する認知型テスト
→ 立案型とは、どのようなことでも自分のやり方
を探すことを好み、自分の行動を自身で決定する
型。
→ 順守型とは、既存の規則を順守して行動する型。
→ 評価型とは、規則や手続きを分析したり、評価
することを好む型。
14
2 ATI研究の動向
では、このような 3 タイプに分けて、何をしたのかを説明します。
2.3 学習指導に関する研究
(1) 中村 (1981) の研究
<材料>
・遺伝子の概念に関する手続き的説明文。
・その説明文の内容全体を示した1枚の図 (全体図群)。
→ 全体図群では、文章を読みながら図のなかの必
要な部分を参照できた。
・その説明文の段落ごとに分割した図 (部分図群)。
→ 部分図群では、文章の流れ のなかで該当する部
分の 図を提示した。
2 ATI研究の動向
2.3 学習指導に関する研究
3(1)思考スタイル質問紙
中村 (1981) の研究
<方法>
材料文を読ませつつ、各認知型の半数ずつに、全体
図か、部分図かを提示して、読了後に全員に説明文に
関する理解テストを課した。
2 ATI研究の動向
2.3 学習指導に関する研究
(1) 中村 (1981) の研究
<結果>
評価型低群では、部分図よりも全体図を見た方が理
解テストの得点が高かった。
2群間の文章理解得点
12
評価型低群
10
評価型高群
文 8
章
理
6
解
得
点 4
2
0
部分図
提示図
全体図
この結果で重要な点は、部分図では統計的な差がなかったのに対し、全体図では統計的
に差があり、非順序的な交互作用に近いグラフが描かれたことです。評価型低群では、部
分図よりも全体図を見た方が理解テストの得点が高かったという交互作用が見られました。
15
2 ATI研究の動向
2.3 学習指導に関する研究
(1) 中村 (1981) の研究
<考察>
評価型高群では、部分図ごとに手順を理解していき、
全体像を把握していくので部分図の提示が効果をもった。
一方、評価型低群では、一見して全体像を把握できる
全体図の提示が効果をもった。
この結果は、要するに評価型
高群、評価型低群 では、一種
の非順序的交互作用的な結果
を示したということです。
(2) 安藤・他 (1992) の研究
次に、慶応大学の教授をされている安藤さんの研究を紹介します。
2 ATI研究の動向
2.3 学習指導に関する研究
(2) 安藤・他 (1992) の研究
<方法>
小学校5年生を対象として、作動記憶課題として、
「春には 桜が 咲く」や「もう 帰ろう」のような短
文を5文ほど続けて聞かせて、各文の最後の文節を再生
させた。
<結果>
日本語の作動記憶課題の得点は、英語学習の結果を
かなりよく予測した。
<示唆>
たとえば、カードなどを用いた視覚教材や、反復学習
をとりいれることによって、作動記憶容量の小さな学
習者に対して、それを補償する教授上の工夫すること
が必要。
そこでは、小学校 5 年生を
対象として、先ほど出てきた
作動記憶の課題を課しました。
例えば、
「春には 桜が 咲く」
というような短文を 5 文ほど
続けて聞かせて、各文の最後
の文節を再生させました。文
節という言葉ですと、小学校 5
年生には意味がわからない可
能性がありますので、文節と
文節の間に空白を設けて提示
しました。結果として、日本
語の作動記憶課題の得点は、英語学習の結果をかなりよく予測していました。英語学習は、
小学校 5 年生ですから、学校教育の中ではなされていませんけれど、特別に夏休みか何か
に 10 日間くらい、中学校 1 年生で習うような初歩的な内容を訓練しました。短い訓練では
なく 10 日間ですので、相当にハードな訓練と言っていいだろうと思います。要するに、日
本語の作動記憶課題の得点高低が英語学習の得点の高低をかなりよく予測したということ
です。この結果から示唆されることとして、安藤さんは、カードなどを用いた視覚教材や、
反復学習をとりいれることによって、作動記憶容量の小さな学習者に対して、それを大き
くするという訓練をするべきだということを言っています。
16
3
ATI 研究の問題点と意義
3.1 ATI 研究の問題点
次に、ATI 研究の問題点と意義に基づいて、これからこの研究をどう進めるべきかをお話
3 ATI研究の問題点と意義
します。
3.1 ATI研究の問題点
(1) 諸研究間で結果は必ずしも一貫しない。
(2) 有意な非順序的交互作用はあまり多くない。
東 (1989)
上記の問題点の一因は、2変量の交互作用だけがあるの
で はなく、多くの変量が複雑にからみあった交互作用が存
在することにある。
問題点はたくさんあるのですが、これら 2 つが代表的なものです。(2)の「有意な」とい
うのは、統計学的に意味のある差であり、統計学的に歴然とした差があるということです。
最初のほうで紹介した順序的交互作用と非順序的交互作用で、適性を一つと限定した場合
に、
「1.5 ATI における交互作用とは」(p.5)にあるようなグラフが描かれると言いました。
しかし、東さんが言っているのは、そういった 2 つの変量の交互作用だけがあるのではな
くて、多くの変量が複雑にからみ合って交互作用が実際問題として存在するということで
す。分かりやすい例として、非常に太っている人がいるとします。その太っているのは何
が原因かというと、たいていの場合に一つだけではありません。そこには、いくつもの要
因がからみ合っています。その中から、有力そうなものを一つだけ取り出しても必ずしも
それが意味のある考察にはつながりにくいということが東さんの言っていることです。
3 ATI研究の問題点と意義
3.2 ATI 研究の意義
3.2 ATI研究の意義
(1) 「ものの見方」。
・「すぐれた教育者とは、一人一人の子どもの長所が最大
になるようなものさしのあて方のできる人」(永野, 1968)
(2) 教育の最適化とは、誰にとっての、どのような意味でな
のかを考える一つの材料。
(3) 「処遇」を「教育環境」におきかえる。
・非順序的交互作用を報告した先行研究のなかで、「教
育環境」に関わるkey wordsは、たとえば以下の通り。
students attitudes (児童・生徒の態度)
classroom environment (教室の環境)
locus of control (統制の位置)
ATI 研究の意義として、1 つ目は「ものの見方」です。これは、必ずしも非順序的な交互
作用が見いだされなくても、ものの見方として重要だろうということです。永野重史さん
17
の説を載せていますが、教育する上でこの観点は仮にこのような実際例が少ないとしても
重要であるということです。
「ものの見方」という言葉自体は、ATI 研究でよく使われます
けれど、最初に出したのは、Cronbach と同じ立場で同僚の研究者としてたくさんの業績を
残した Snow です。また、2 つ目の意義として、教育の最適化に関しての問題を考える上で
の有力な材料となるだろうということです。さらに 3 つ目は、
「処遇」を「教育環境」に置
き換えて考えたらどうかということです。これに関しては、少し説明をします。有意な非
順序的交互作用を報告した諸研究を私は全部を読んだわけではないのですが、読めなかっ
た分をパソコンで調べますと、その研究でどういうものが key words となっているかに関
するその key words 一覧表が出てきます。そしてその key words を検索したところ、
「教育
環境」と関わるものは、例えば「児童・生徒の態度」、「教室の環境」、「統制の位置」など
3 ATI研究の問題点と意義
を見いだすことができました。
3.2 ATI研究の意義
(4) locus of control (統制の位置) とは
<内的> 個人的に位置づけられる能力や努力などの要因。
<外的> 運や課題の困難度などの要因。
<安定> 時間的に変化しにくい要因。
<不安定> 時間的に変化しやすい要因。
<統制不可能> 個人の努力で統制できない要因。
<統制可能> 個人の努力で統制できない要因。
では、「統制の位置」について説明をします。上の図を見れば分かるように、「統制の位
置」では、
〈内的〉
・
〈外的〉
、
〈安定〉
・〈不安定〉、
〈統制不可能〉
・〈統制可能〉の 3 つの要因
を考えます。つまり、2×2×2 で、8 パターンが出来上がります。具体的な説明をしますと、
例えば、今何かテストをやった結果として、悪い得点であったとします。その悪い得点に
関して、その原因をどこに帰属させるかということを考えた場合、単純に日ごろの努力が
足りなかったというのは内的なもので、それ自体は安定して時間的変化しにくい要因です。
そして、日ごろの努力は統制可能か不可能かという軸に分けた場合に、かなり統制可能で
あるということです。それと対照的なものが「運」です。そこでは、テストの点数が悪か
ったのは先生が悪いというように、運が悪かったというのは、外的で不安定で統制不可能
なものに結びつけることです。おそらく、この「統制の位置」の研究と ATI との関連は対
極で、どこに原因の帰属をもってくるかということで、かなり ATI の結果と違ってくると
いうことです。以上が、
「統制の位置」に関する研究です。
18
4
4.1 研究仮説
〈仮説Ⅰ〉
ATI 研究の今後の方向
4 ATI研究の今後の方向
4.1 研究仮説
(1) 仮説Ⅰ
知識が、体系的に、あるいは演繹的にあたえられている
領域(理科や数学など)の場合には、情意の場合と比較し
て能力に関する個人差が、処遇との交互作用をする可能性
が高まる。
(2) 仮説Ⅰと関わる演繹と帰納とは
演繹とは、一般的原理や、あらかじめわかっていること
から、特殊な例や、より一般性の少ない他の命題を推論す
る方法をさす。
演繹に相対するのが帰納であり、これは特殊な事例から
一般的な原理を推論する方法をさす。
ここからは、私自身が考えたこと、あるいは他の人が言っていることを多少翻案した仮
説をいくつかテーマにします。まず、仮説Ⅰとしては、知識が体系的に、あるいは演繹的
にあたえられている理科や数学などの領域の場合は、情意の場合と比較して能力に関する
個人差が処遇との交互作用をする可能性が高まるということです。演繹では、例えば、三
角形の内角の和は 180 度ということを教える際に、実際に描くなど、何らかの方法を使っ
て、180 度であることを証明します。これに相対するのが、帰納です。今の例をとりますと、
各自に三角形を描かせて、内角の和を測らせてみると、どれもこれも 180 度になるから、
三角形の内角の和は 180 度であるというのが帰納です。後者の場合は、100 個、200 個や
っても有限ですから、201 個目は違うかもしれないということになります。要するに、演繹
的に知識は構成されている場合には、比較的能力に関する個人差が交互作用するという仮
説が立てられるということです。
次に、今述べた仮説Ⅰと関わる演繹の位置づけを説明します。
4 ATI研究の今後の方向
4.1 研究仮説
(3) 仮説Ⅰと関わる演繹の位置づけ
<演繹の訓練効果>
Sternberg (1994) は、アメリカの児童・生徒・大学生を
対象にして、 三段論法課題の訓練効果を報告。
→ 空間能力の方略や言語能力の方略は変化しにくい。
→ 三段論法課題と関わって、その状況に通じるアル
ゴリズムは訓練しやすい。
19
アメリカの有名な心理学者 Sternberg がアメリカの児童・生徒・大学生を対象にして、
演繹的な能力を測定する三段論法課題の訓練効果を報告しました。1 つ目は、空間能力の方
略や言語能力の方略は変化しにくかったということであり、これは当然の結果かもしれま
せん。2 つ目のアルゴリズムとは一定のやり方で必ず解ける解法という意味です。ここで得
られた結果は、その状況だけに通じる一定のやり方(アルゴリズム)を教えれば訓練しや
すいということです。つまり、演繹的な能力は訓練可能であるということでした。
4 ATI研究の今後の方向
4.1 研究仮説
(3) 仮説Ⅰと関わる演繹の位置づけ
<私見>
ATIにおける処遇効果の影響度は、学習される知
識が科学の水準において、一単元としてどのくらい体
系的かつ階層的な演繹性があたえられているかによる。
したがって、その知識の上層の構造が、学習者の認知
構造のなかに関係づけられ、下位の諸事項を、必然的
に、かつ非恣意的に導く(演繹する)ことが肝要。
また、知識の習得のためには、教材の系列的な提示
のみでは十分ではなく、学習者の能動的な行為を必要
とする。
したがって、たとえば、ATIの処遇の機能やその
処遇の利用方法を学習者に直接に教えることが有用で
ある。
この結果に関する私見として、特に強調したいのが、2・3 段落目です。つまり、知識の
習得のためには、何らかの処遇をすることも重要ですが、より重要なのは、学習者のある
一定の処遇に対する能動的な行為です。つまり、視覚モードで提示されたら、それに合わ
せて自分の脳を働かせるというようなことをここでは指します。また、3 段落目は、第 1 段
落・第 2 段落のことを前提とすると、ATI の処遇の機能やその処遇の利用方法を学習者に
直接に教えることが有用だということを意味します。すなわち、ある処遇を他に提示する
だけではなく、これはどういう意味をもつのか、あるいは、どういうことが期待されるの
かということに合わせることによって、学習効果は高まるのではないかという意味合いで
す。多くの心理学の研究では、あまりこういうことは言わず、A の処遇と B の処遇どちら
が効果があるかというようなことをやることが非常に多いのです。それに対して、有意な
ATI 研究があまり報告されていないことの一つの原因は、こういったことにあるのではない
かと私は考えます。むしろ、こうすればもっと有意な ATI の研究が増えてくるのではない
かと感じています。
20
〈仮説Ⅱ〉
4 ATI研究の今後の方向
4.1 研究仮説
(4) 仮説Ⅱ
知識が、理科や数学の場合と比較して、体系的に、ある
いは演繹的にあたえられていない領域(国語など)の場合
には、能力の場合と比較して情意に関する個人差が、処遇
との交互作用をする可能性が高まる。
続いて、仮説Ⅱについて説明します。仮説Ⅱは、理科や数学のように、演繹的に知識を
与えられていない場合、ここでは国語と挙げました。この場合、能力の場合と比較して情
意に関する個人差が、処遇との交互作用をする可能性が高まるのではなかろうかというこ
とです。つまり、演繹的に知識が与えられているか否かということに関して、能力に関す
4 ATI研究の今後の方向
るものと、情意に関するものの影響度が異なるという仮説です。
4.1 研究仮説
(5) 仮説Ⅱと関わる学校教育のあり方
ⅰ 私見
子どもに処遇へのあわせ方を教えることが重要である。
従来は、子どもの側の諸要因を、いわば、変数ではなく
定数としてみなしてきた。能力的な適性は変化しにくい
が、情意面の場合の方が子ども自身が変化できる(相手
にあわせることができる)可能性が高い。
仮説Ⅱと関わる学校教育のあり方に関する私見です。これを皆さんのレベルで言います
と、教える方に合わせると、効果が高まる場合があり得るということです。例えば、自分
に合わないからあの教師は嫌だだとか、あの教え方が嫌いというのではなくて、情意面で
接近するようなことをやると、学習効果が高まるのではないかというメッセージが裏には
含まれています。
今述べた、仮説Ⅱと関わる家庭教育のあり方について、アメリカの研究者 Grolnick &
4 ATI研究の今後の方向
Ryan は、いかに情意面を育てるかということに関して、重要な知見を述べています。
4.1 研究仮説
(6) 仮説Ⅱと関わる家庭教育のあり方
ⅰ Grolnick & Ryan (1989)
子どもの学校での自律的な行動の発達に最も関係のある
要因は親の統制である。
親はものごとを解決するときに、子どもを含めておこなう
ことが重要である。
親は、子どもが選択し、決定することに関して、援助を
し、理由づけをし、かつ、励ましをすることが重要である。
子どもの学校での自律的な行動の発達に最も関係のある要因は親の統制であるというの
は、いわば、かなり民主的な親ということになります。押しつけや放任ではなく、緩やか
21
な関わり方をする家庭教育の中では、学校での学習面や生活面において自律的な行動をと
りやすいという研究結果が出されています。
さらに、丹羽洋子さんという高知大学の助教授だった方の、仮説Ⅱと関わる家庭教育の
4 ATI研究の今後の方向
あり方についての知見を紹介します。
4.1 研究仮説
(6) 仮説Ⅱと関わる家庭教育のあり方
ⅱ 丹羽 (1996)
日本では、親の養育態度と自律性との関係に関して、
母親の情緒的支援が多いほど、子どもの自律性は高くな
る。
父親に関しては、母親の場合ほどではないが、同様の
傾向がある。
家庭で子どもの自律性を育成するためには、親による
他律的な支援が必要。
家庭教育のあり方として、親の養育態度と自律性との関係に関して、親の情緒的な支援
(緩やかな支援)をする場合に、子どもの自律性は高くなるということです。そして、父
親の場合も同様の傾向があるということです。ここで重要なことは、3 段落目にあるように、
家庭で子どもの自律性を育成するためには、放っておくのではなくて、親による他律的な
支援が必要であるという研究結果だということです。子どもによっては、全く放っておい
ても自律性が高くなる場合もありえますが、多くの研究結果をまとめてみると、このよう
な結果になると丹羽さんは報告しています。
〈仮説Ⅲ〉
仮説Ⅲと関わる方策として、安藤さんが述べたように、作業記憶の訓練を私自身の見方
としては、より重視すべきではなかろうかということです。そこで、簡単な歴史を以下に
載せました。
4 ATI研究の今後の方向
4.1 研究仮説
(7) 仮説Ⅲと関わる方策
ⅰ 江戸時代の寺子屋では、四書五経などを素読 (音読)
によって学習させた。
ⅱ 本居宣長 (1730~1801)
「いくへんも読むうちに初めは聞こえざりしこともそ
ろそろと聞こゆるなり」
ⅲ「(明治期の学校教育では) とにかく暗記させておくこ
とが、将来の知識や態度形成に最も有効に働くと考え
られていた」(齊藤, 1995)
22
要するに、従来の日本では、音読をして無条件に暗記させるという方法が多くとられてき
ました。少なくとも、明治・大正・昭和の初期くらいまではそういう教育の方が一般的で
した。ところが、産業革命が進んで多くの有能な人材を大量に作らなければならないとい
うことが主因となって、こういう傾向が少しずつ薄れてきました。
ここで、仮説Ⅲと関わる方策としては、経済学者の野口悠紀雄さんの主張を紹介します。
この人は経済学者ですが、『「超」勉強法』、『「超」文章法』、『「超」整理法』などを執筆し
4 ATI研究の今後の方向
ました。
『
「超」勉強法』の中では、次のようなことを言っています。
4.1 研究仮説
(7) 仮説Ⅲと関わる方策
ⅳ 野口 (1995)
経済学者の野口悠紀雄は、次のように主張している。
「日本の教育では、よく暗記や詰め込みに偏っていて
創造性がないといわれる。しかし、詰め込みなくして、
いかなる創造もありえない」
具体的には、音読すること、耳で聞くこと、および、
五感を多く使うことなどをあげつつ、英語は教科書の丸
暗記がよく、受験数学も考えて解くより解き方を暗記す
る方がよいとすすめている。
次の波多野さんは日本の心理学者の中で、最も多くの業績を残した人と言って間違いない
4 ATI研究の 今後の方向
と思います。その人が、以下のようなことを述べています。
4.1 研究仮説
(7) 仮説Ⅲと関わる方策
Ⅴ 波多野 (1991)
心理学者の波多野完治は、かつての日本では、漢文や
外国語や教育勅語を強制的に 暗唱させたことに関して、
以下のように述べている。
「レシテーションという教授の方法が、どうしてすた
れてしまったのか。しかも、日本で特にすたれきってし
まっているのはなぜか。こういうことも、授業の科学で
は研究すべきことに相違ない。(中略) 日本人が暗記の能
力を開発していないことはときとしてはマイナスの部分
をもっているのかもしれない、と感ずる」
レシテーションとは、暗唱・暗記と言う意味です。
23
5 引用文献
5 引用文献
東洋 1989 教育の心理学 有斐閣
東洋・柏木恵子・ヘス, R.D. 1981 母親の態度・行動と子ど
もの知的発達 東京大学出版会
安藤寿康・他 1992 教育心理学研究, 40, 3, 247-256.
Cronbach, L. J. 1957 American Psychologist, 12, 671-684.
波多野完治 1991 学ぶ心理・教える心理
北尾倫彦 1994 読書科学, 38, 4, 141-146.
永野重史 1968 教授と学習 第一法規
丹羽洋子 1996 児童心理 (7月号), 72-77.
野口悠紀雄 1995 「超」勉強法 講談社
齊藤利彦 1995 試験と競争の学校史 平凡社
Sternberg, R. J. 1994 Intelligence. Academic Press.
田中敏 1989 読書科学, 33, 1, 32-40.
.
まとめ
最後にまとめをします。私自身の結論としては、教師の経験を ATI の研究にもっと還元
すべきであるということです。つまり、教師は、ATI 的なことを多く経験しているはずなの
で、そういった経験や、実践から理論へという図式がもっとあってもいいのではないかと
いうことです。そして、教師が ATI を感じているだけでは、その教師のいわば芸術にすぎ
ないので、それを科学とするためには、研究者と一緒になって研究して理論化することで、
ATI の研究に現場の人たちがより寄与する必要があるだろうということです。ATI を含めた
個人差に応じた最適化研究は、様々な意味でより発展することが望まれますが、最も基本
的なところは、最適化研究がだれにとっての最適化なのか、どのような意味での最適化な
のかという基本的で倫理的な問題を常に考える必要があると思います。
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