9月号「鳥の行方」

鳥の行方
le looping vol.06 雑貨団
僕は病院で目が覚めた。左腕が熱い。吊ってあるところをみると骨でも折れているのだろう。
実際空中ブランコから堕ちてよく生きていたものだ。そして、よく帰って来れたものだ・・・。
★
しばらくして、キルシャとハルがきた。僕は、僕が空中ブランコから墜落した後どこに行って
いたのかを、キルシャとハルに話した。
それは不思議な体験だった。僕は墜落した後、人の魂だけを乗せることができるという船に
乗った。中には科学者がいて、その船は彼女の銀河の果てを見に行くという希望を叶えるための
船だった。僕はいろいろあったけど、船を降り、地球に帰った。船は長い旅に出発した。
★
「ルールゥ、それは夢オチ?」とキルシャは聞いた。僕はなんとも言えなかった。ハルは黙って
病室の丸窓の外をみている。
「鳥に会わなかったか」ハルはしばらくして唐突にそう切り出した。
「鳥?船の中で?」
「そう、白くて大きな鳥だ、乗っていなかった?」
「どうだろう。僕は会わなかったな。イカには会ったけど」
「そうか・・・」
ハルは窓の外をみたままだった。
「じゃあ、乗ってないんだな・・・」ハルは自分自身と会話するような小さな声でそういった。
「イカってなに?」とキルシャは聞いた。
★
白い鳥。白い鳥? 記憶が深く深く沈殿しているところまで潜っていく。僕は白い鳥を見かけたよ
うな気がする。けれど、それは、明確な記憶に残っていない。濁った、曖昧な、場所にある。ちょう
ど眠る寸前に応えた言葉みたいに、記憶の縁にかかっているけれど思い出せない。どこかで出逢って
はいなかったろうか?宇宙空間で、宇宙船内で、あるいはもう少し前・・・?
「白い鳥って、ジャスタークのこと?」突然キルシャがハルに聞いた。
ジャスタークというのは太鼓叩きの「元」メンバーで、ある日突然失踪してしまったヤツの名前だ。
もちろんれっきとした人間。ジャスタークは荷物もテントもそのままで、こつ然と消えた。ただし消え
た日の朝、彼のテントには無数の鳥の羽根が舞っていた。
ジャスタークが、ハルの捜している白い鳥?
ハルは吸った息を5秒くらい止めて、吐き出しながら「ああ、そうだ」と言った。
「よくわかったなキルシャ。僕はジャスタークが鳥になるのをみたんだ。いや、鳥に還るのをみたんだよ」
「なんでその鳥がルールゥの乗った船に乗ってるの」
「ジャスタークは望んでいたんだ。ここじゃないどこか高いところに行くことを。だからさ」
ここじゃないどこか。いまでないいつか。宇宙の果て。銀河の果て。その希望があれば、あの船は迎えにくる。
けれど条件もある。僕は口を開いた。
「でも、それだけじゃあの船には乗れないよ、ハル。あの船は『魂の船』だから。カラダがあるうちは乗れないんだ」
「それは聞いたよ。でもさ、あの鳥にはもうカラダはないんじゃないかって思ったんだ。よく聞かないか。『鳥が新
しい命を運んでくる』、『死んだ魂が鳥になって飛び立つ』ってさ」
「じゃあ、ジャスタークは、もう・・・」キルシャは直接的な言葉を避けて、そのまま黙り込んだ。
-1-
腕が熱を持っていて、僕はすぐに疲労してしまう。僕はまた眠ってしまった。
★
夢の中で、僕は空中ブランコをしていた。夢の中でも腕は熱くて、うまく飛べそうにな
かった。それでも飛んだ。そして、やっぱり墜落した。できないと思って飛んだって、
できるはずなんてない。墜落。もう一度あの船に戻るのだろうか?
すると、不思議と落下速度が緩やかになった気がした。地面に叩き付けられるひと刹那、
僕のカラダはフワリと浮かんだ。見上げると、飛び去る大きな白い翼・・・。
あれは・・・そうか・・・。
★ ★ ★
「ルールゥ、ルールゥ!」キルシャが僕を揺り起こす。
「ずいぶんうなされてたよ。ひどい汗をかいて」ハルも心配そうに覗き込んでいる。
「ああ・・・また墜落しちゃったよ」僕は笑っておき上がった。
★
「・・・白い鳥をね、みたよハル」そう言ってみると、ハルは真剣な顔になってこちらを見返した。
「どこで」
「・・・船さ。」
「船の中にいたんだな」ハルの中で予想が確信に変わっていく。
けれど僕は首を振った。
「違うよ。船がそうなんだ。僕が乗っていた船が、真っ白い、鳥のような船だったんだよ」
「・・・夢オチ?」キルシャが同じことを聞いた。
★
ジャスタークはどこに行ったのだろう。彼もやっぱり銀河の果てを見に行ったのだろうか。
それとも、彼のみてみたいという場所はそんなに大それたところではないのだろうか。
ハルは僕の答えに満足したようだった。どのみちこんなことに正しい答えなどあるはずも
ない。科学信奉主義のハルにはよくわかっている。ハルはキルシャに言った。
「夢オチじゃないさ、SFなんだよ、キルシャ。」キルシャは納得できない。
「SFって?サイエンス・フィクション?スペース・ファンタジー?」キルシャは真面目なヤツだ。
僕はあくびをした。「どっちも間違い。S.N.。スペース・ノンフィクションさ。」
宇宙も宇宙船も科学者もすべて真実だった。でもそれは僕だけの真実だ。観測し、証明してみせるこ
とはできない。僕と、そのほかわずかのあの船にいた人たちだけが知る、僕たちの知覚だけが観測し
た、ほんのわずかなノンフィクションだ。
僕は丸窓の外を眺めた。病院の中庭で妹のレギーナが新しい友人とふざけあっている。
もうすぐ夏が終わる。僕らはまた次の町に旅立つことになる。
-2-