2013 年 1 月 7 日 第 37 号 アドバンス国際特許事務所 〒107-0052 東京都港区赤坂 2-13-5 赤坂会館 3 階 03-5570-6081 03-5570-6085 [email protected] あけましておめでとうございます Topics ・特許分野における日米欧三極協力が30周年を迎えました 【特許】 ・PCT関連手数料改定のお知らせ ・日本国特許庁はPCT国際出願の国際調査・ 国際予備審査の管轄国をシンガポールに拡大します ・ 「がんばろう日本!知的財産権活用企業事例集2012」を 発刊します 【特許】 【特許】 【四法共通】 判決情報 ・平成23年(ワ)第24355号 特許権侵害差止請求事件 【特許】 ・平成23年(行ケ)第10234号 審決取消請求事件 【特許】 ・平成23年(行ケ)第10235号 審決取消請求事件 【特許】 ・平成23年(行ケ)第10431号 審決取消請求事件 【特許】 ・平成24年(行ケ)第10004号 審決取消請求事件 【特許】 ・平成24年( ネ )第10008号 著作権侵害停止等請求事件【著作権】 ・平成24年(行ケ)第10242号 審決取消請求事件 【商標】 ・平成23年(行ケ)第10326号 審決取消請求事件 【商標】 海外情報 ・不公正行為が医薬品特許を台無しにする (アメリカ) 【特許】 ・ 『リンゴを食べたいプチ・ライオン』 -フランス中小企業、商標侵害でアップルに勝訴(フランス) 【商標】 Column ・USPTOの年報公表 (アメリカ) 【四法共通】 後 記 特許分野における日米欧三極協力が 30周年を迎えました 概 【特許】 要 経済産業省 2012 年 11 月 16 日付けニュースリリースによりますと、2012 年 11 月 15、16 日、日本国特 許庁の主催により、日米欧三極特許庁は京都で長官会合等を開催しました、とのことです。 背 景 日本国特許庁(JPO) 、欧州特許庁(EPO) 、米国特許商標庁(USPTO)の三極特許庁は、こ れまで特許分野における協力を進めてまいりました。 この三極協力は 1983 年に、膨大な紙の特許文献の電子化、データベースの構築という協力からスター トしました。以降、特許出願手続の電子化、特許庁間での特許情報の電子データ交換、 「特許審査ハイウ ェイ(PPH) 」を始めとした特許庁間の特許審査協力など、多くの成果をあげてきました。そして、そ れらの成果は、世界知的所有権機関(WIPO)等を通じて、先進国、途上国を問わず、多くの国/地 域の特許庁に普及しております。 このたび、我が国特許庁の主催により、日米欧三極特許庁長官会合を京都で開催しました。また、三 極協力が今年で30周年を迎えることから、この長官会合に合わせて「三極30周年記念シンポジウム」 を開催しました。 「三極30周年記念シンポジウム」の結果概要 (1)特許分野の協力について 11 月 15 日、 「三極30周年記念シンポジウム」が、産業界、大学関係者など、多くの参加者を得て開 催されました。 山田啓二京都府知事の歓迎挨拶の後、堀場雅夫 株式会社堀場製作所最高顧問から特別講演があり、そ の講演の中で、経済が停滞する中、知的財産に寄せられる期待は大きく、三極協力が今後果たすべき責 任は重いとの指摘がありました。 また、深野日本国特許庁長官、レア米国特許商標庁副長官、ルッツ欧州特許庁副長官より、特許を巡 る日米欧の情勢について講演があり、その後、日米欧の産業界代表を交え、これまでの三極協力の成果 を振り返りつつ、今後の三極協力に関するパネルディスカッションが行われました。ここでは、産業界 からこれまでの三極協力が果たしてきた役割に対する高い評価と、特許庁間のワークシェアリングや特 許制度・運用調和等に向けた今後の三極協力への期待が示されました。 日米欧三極特許庁長官会合の結果概要~「三極協力30周年宣言」~ 11 月 16 日、日米欧三極特許庁長官による長官会合が開催されました。 経済のグローバル化に伴って一つの発明が複数国に出願されることに起因する世界的な特許出願増加 によって、ユーザーの審査待ち期間の長期化、各国/地域の特許庁の審査負担の増大という共通の課題 に世界各国が直面しています。三極特許庁は、これまで三庁間で、1万件以上の特許審査ハイウェイ(P PH)を含めた特許審査協力、600 人以上の審査官交流、150 回以上の会合を通じ、相互理解を深め信頼 を醸成してきました。そのような相互理解や信頼のもとに、PPHや特許協力条約(PCT)の改善、 特許制度・運用の調和、情報システム基盤の整備などの面において、今後も引き続き三極協力を推進し て行くことが合意されました。 2 併せて、世界の特許出願の約50%を占める三極特許庁として、これまで蓄積した経験を活かし、グ ローバルな特許制度の構築をリードしていくという決意を「三極協力30周年宣言」としてまとめまし た。 今後の取組 特許庁は、三極協力を通じ、我が国を始めとする特許制度のユーザーにとって、世界的に低コストで 予見性の高い権利取得を可能とするグローバルな特許制度の整備を進めてまいります。 *上記トピックスの詳細は、経済産業省ホームページの下記該当ページをご参照下さい。 http://www.meti.go.jp/press/2012/11/20121116003/20121116003.html(2012 年 11 月 16 日更新) PCT関連手数料改定のお知らせ 【特許】 概 要 特許庁によりますと、平成 25 年(2013 年)1月1日から、日本円-スイス・フラン間の為替レート変 動に伴い、国際出願関係手数料が下記のとおり改定されるとともに、平成 25 年(2013 年)1月1日から、 日本円−ユーロ間の為替レート変動に伴い、欧州特許庁が行う国際調査手数料が改定される、とのことで す。 (国際出願が受理された日に有効な料金が適用されます。 ) 現行(2012.10.1 改定) 最初の 30 枚まで 新(2013.1.1~) 110,300 円 110,700 円 1,200 円 1,200 円(改訂無し) (1) PCT-SAFE(EASY)出願 8,300 円 8,300 円(改訂無し) (2) オンライン出願 24,900 円 25,000 円 30 枚を超える用紙1 枚につき 国際出願手数料からの減額 また、平成 25 年(2013 年)1月1日から、日本円-ユーロ間の為替レート変動に伴い、欧州特許庁(E PO)が行う国際調査手数料が、下記の通り改定されます。 現行(2012.8.1 改定) 新(2013.1.1~) 186,800 円 188,700 円 (1.875EUR) (1.875EUR) 上記トピックスの詳細は、特許庁ホームページの下記該当ページをご参照下さい。 http://www.jpo.go.jp/tetuzuki/t_tokkyo/kokusai/pct_tesuukaitei.htm 3 日本国特許庁はPCT国際出願の国際調査・ 国際予備審査の管轄国をシンガポールに拡大 【特許】 緒 言 経済産業省 2012 年 11 月 30 日付けュースリリースによりますと、日本国特許庁とシンガポール知的財 産庁は、12 月1日より、日本国特許庁がPCT国際出願の国際調査・国際予備審査の管轄国※1をシンガ ポールに拡大することに合意しました、とのことです。 景 背 我が国企業によるアジア新興国等への研究開発拠点の展開が拡大しており、現地での知的財産活動の 重要性が高まっています。このため、アジア新興国等で生まれた発明について、現地で適切に保護され る環境を実現することが必要です。また、現地で生まれた発明については、現地の特許庁にPCT出願 を行うケースが増加することが予想されます。 一方、日本国特許庁は成長著しいアセアンの更なる経済発展及び日系企業の事業活動支援のため、ア セアンへの知財協力を強化しており、人材育成・IT化支援、商標や意匠に関する国際協定への加盟支 援、国民の知財意識向上等による模倣品対策への協力など、アセアンのニーズに沿った知財協力を進め ています。 さらに、本年7月には、日本国特許庁とシンガポール知的財産庁は、両庁間の協力関係のさらなる強 化のため、両庁間の協力覚書を締結し、日本国特許庁は特許審査協力、人材育成、情報交換などを進め ています。 PCT国際調査・国際予備審査管轄国のシンガポールへの拡大について 日本国特許庁とシンガポール知的財産庁は、本年7月に締結された両庁間の協力覚書を踏まえ、12 月 1日より、日本国特許庁がPCT国際出願の国際調査・国際予備審査の管轄国をシンガポールに拡大す ることに合意しました。今後、シンガポールに出願されたPCT国際出願に ついて我が国の質の高い審査結果を提供することが可能となり、我が国企業が現地で生み出す研究開発 成果について、適切に保護される環境の実現に寄与すると考えられます。 今後の展望 特許庁は、今後も引き続き、アセアン各国を始めとしたアジア新興国等のPCT国際調査・国際予備 審査を管轄する国の拡大を図り、現地に出願されたPCT国際出願について質の高い我が国の審査結果 を提供するとともに、アジア新興国等との知的財産分野の協力関係を強化することで、我が国企業のグ ローバルな事業活動の支援に努めてまいります。 ※1:日本国特許庁がある国のPCT国際調査・国際予備審査を管轄する管轄国際調査機関・管轄国際 予備審査機関である場合、その国で受理されたPCT国際出願について、出願人の希望があれば日本国 特許庁が国際調査報告・国際予備審査報告を作成できます。現在の我が国のPCT国際調査・国際予備 審査の管轄国は、日本、韓国、フィリピン、タイ、ベトナムです。 *上記トピックスの詳細は、経済産業省ホームページの下記該当ページをご参照下さい。 http://www.meti.go.jp/press/2012/11/20121130002/20121130002.html(2012 年 11 月 30 日更新) 4 「がんばろう日本!知的財産権活用企業 事例集2012」を発刊します【四法共通】 緒 言 経済産業省 2012 年 11 月 22 日付けニュースリリースによりますと、特許庁は、昨年の第1弾に続き、 知恵と知財を武器に活躍している中小企業等の取組事例を紹介した「がんばろう日本!知的財産権活用 企業事例集2012」を刊行いたします、とのことです。 概 要 従来の大量生産・価格競争モデルから脱却し、高くても売れる商品を生み出す価値創造モデルに転換 するためには、創意工夫とチャレンジ精神が欠かせません。その主役として期待されているのが中小企 業です。持ち前の創意工夫と機動力を武器にして、大きく成長した中小企業は数多くあります。 独自に開発した技術やデザイン、ブランドを知的財産権として保護・活用し、「日本ならでは」の独 自の商品を提供することにより、潜在的な需要の掘り起こしや成長著しいアジアを始めとした海外市場 の獲得などの戦略的な事業展開を実現しています。 本冊子では、知的財産権の戦略的な活用により、業界ナンバーワンのシェアを獲得した中小企業等や、 国内市場が縮小傾向にある分野において、海外展開を進めることにより新たな需要につなげた中小企業 等の具体的な事例を紹介しています。また、東日本大震災の復旧・復興に貢献した事例も掲載していま す。 当該事例集の入手方法 ○「知財総合支援窓口」での配布 中小企業等の知的財産支援の拠点として全国56か所に設置している「知財総合支援窓口」において 無料配布いたします。御希望の方は、お近くの知財総合支援窓口まで御連絡ください。 (参考)知財総合支援窓口 http://chizai-portal.jp/index.html ○特許庁ホームページからのダウンロード また、特許庁ホームページからダウンロードできます。以下のURLを御覧ください。 URL:http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/chushou/kigyou_jireii2012.htm *上記トピックスの詳細は、経済産業省ホームページの下記該当ページをご参照下さい。 http://www.meti.go.jp/press/2012/11/20121122003/20121122003.html(2012 年 11 月 22 日更新) 5 平成23年(ワ)第24355号 特許権侵害差止請求事件 【特許】 標 題 構成要件の充足性、間接侵害の成否、及び本件特許権の権利行使制限の抗弁の成否が争われた事例。 (平成24年10月30日 東京地裁判決言渡) 関 連 特許法規 第100条第1項、第101条第2号、第104条の3第1項 事案の概要 本件は、発明の名称を「液体インク収納容器、液体インク供給システムおよび液体インク収納カート リッジ」とする特許(以下、この特許を「本件特許」とし、この特許権を「本件特許権」とします。 )の 特許権者である原告が、被告による別紙物件目録(1)及び(2)記載の各インクタンク(以下「被告 各製品」と総称し、それぞれを「被告製品1」 、 「被告製品2」とします。 )の輸入、販売及び販売の申出 が本件特許権の直接侵害及び間接侵害(特許法101条2号)に当たる旨主張して、被告に対し、特許 法100条1項に基づき、被告製品の輸入、販売等の差止めを求めた事案であります。 本件事案が対象とする本件訂正発明1及び2の記載 本件訂正発明1及び2については、本件特許に対して無効審判が請求(請求人は本件被告とは別人) された後、本件の原告が訂正請求(以下、 「本件訂正」とします。 )をしたときの請求項1(本件訂正発 明1)及び3(本件訂正発明2)に係る発明でありますが、本件訂正及び前記無効審判請求の経緯につ いては割愛します。 (1)本件訂正発明1の記載 1A1 複数の液体インク収納容器を搭載して移動するキャリッジと、 1A2 該液体インク収納容器に備えられる接点と電気的に接続可能な装置側接点と、 1A3 前記キャリッジの移動により対向する前記液体インク収納容器が入れ替わるように配置され前 記液体インク収納容器の発光部からの光を受光する位置検出用の受光手段を一つ備え、該受光手段で該 光を受光することによって前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する液体インク収納容器位置検出 手段と、 1A4 搭載される液体インク収納容器それぞれの前記接点と接続する前記装置側接点に対して共通に 電気的接続し色情報に係る信号を発生するための配線を有した電気回路とを有し、 1A5 前記キャリッジの位置に応じて特定されたインク色の前記液体インク収納容器の前記発光部を 光らせ、その光の受光結果に基づき前記液体インク収納容器位置検出手段は前記液体インク収納容器の 搭載位置を検出する記録装置の 1A6 前記キャリッジに対して着脱可能な液体インク収納容器において、 1B 前記装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と、 1C 少なくとも液体インク収納容器のインク色を示す色情報を保持可能な情報保持部と、 6 1D 前記受光手段に投光するための光を発光する前記発光部と、 1E 前記接点から入力される前記色情報に係る信号と、前記情報保持部の保持する前記色情報とに応 じて前記発光部の発光を制御する制御部と、 1F を有することを特徴とする液体インク収納容器。 (2)本件訂正発明2の記 載 2A1 複数の液体インク収納容器を互いに異なる位置に搭載して移動するキャリッジと、 2A2 該液体インク収納容器に備えられる接点と電気的に接続可能な装置側接点と、 2A3 該液体インク収納容器からの光を受光する位置検出用の受光部を一つ備え、該受光部で該光を 受光することによって前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する液体インク収納容器位置検出手段 と、 2A4 搭載される液体インク収納容器それぞれの前記接点と接続する前記装置側接点に対して共通に 電気的接続し色情報に係る信号を発生するための配線を有した電気回路とを有する記録装置と、 2B 前記記録装置の前記キャリッジに対して着脱可能な液体インク収納容器と、 2C を備える液体インク供給システムにおいて、 2D1 前記液体インク収納容器は、前記装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と、 2D2 少なくとも液体インク収納容器のインク色を示す色情報を保持する情報保持部と、 2D3 前記液体インク収納容器位置検出手段の前記受光部に投光するための光を発光する発光部と、 2D4 前記接点から入力される前記色情報に係る信号と、前記情報保持部の保持する前記色情報とが 一致した場合に前記発光部を発光させる制御部と、を有し、 2E 前記受光部は、前記キャリッジの移動により対向する前記液体インク収納容器が入れ替わるよう に配置され、 2F 前記キャリッジの位置に応じて特定されたインク色の前記液体インク収納容器の前記発光部を光 らせ、その光の受光結果に基づき前記液体インク収納容器位置検出手段は前記液体インク収納容器の搭 載位置を検出する 2G ことを特徴とする液体インク供給システム。 ここで、上記符号1A1~1A6及び1B~1Fは、本件訂正発明1の構成要件を分説したものであ り、上記符号2A1~2A4、2B、2C、2D1~2D4、2E及び2Fは、本件訂正発明2の構成 要件を分説したものであります。 本件における争点 本件における争点は、次の通りであります。なお、詳細については割愛します。 (争点1)被告各製品についての本件訂正発明1の技術的範囲の属否 (争点2)被告による被告各製品の輸入、販売等についての本件訂正発明2に係る本件特許権の間接侵 害の成否 (争点3)特許法104条の3第1項に基づく本件特許権の権利行使制限の抗弁の成否 ちなみに、当裁判所は、争点1乃至3に関して判断しており、争点1に関しては、被告各製品につい て本件訂正発明1に充足すると判断し、争点3に関しては、被告の主張が退けられました。なお、本稿 では上記争点2における判断を当裁判所の判断として次に示します。 7 当裁判所の判断 (1) 被告製品1又は被告製品2を装着した原告製プリンタが、本件訂正発明2の構成要件2A1、 2A2、2A4、2B、2D1及び2D2を充足することは、前記争いのない事実等(4)イ(ウ)の とおりである。 そして、前記1で述べたのと同様の理由により、被告各製品の発光部(LED)は本件訂正発明2の 「発光部」(構成要件2D3、2D及び2F)に該当し、被告製品1又は被告製品2を装着した原告製 プリンタは、光照合処理(前記1(2)ア(ウ)b)を行い、被告各製品がキャリッジ上の正しい搭載 位置に搭載されているか否かを検出することができるから、構成要件2A3、2D3ないし2Fを充足 する。 また、被告製品1又は被告製品2を装着した原告製プリンタは、「液体インク供給システム」である から、構成要件2C及び2Gを充足する。 以上によれば、被告製品1又は被告製品2を装着した原告製プリンタは、本件訂正発明2の構成要件 を全て充足し、その技術的範囲に属する。 (2) 以上のとおり、被告製品1又は被告製品2を装着した原告製プリンタは、本件訂正発明2の技 術的範囲に属するところ、被告各製品は、物の発明である本件訂正発明2の「その物の生産に用いる物」 であって、共通バス接続方式を採用しつつも、インクタンクの搭載位置間違いを検出するという本件訂 正発明2による「課題の解決に不可欠なもの」に該当するといえるから、被告による被告各製品の輸入 及び販売について、特許法第101条第2号の間接侵害が成立するというべきである。 【コメント】 本件事案は、間接侵害の成否の判断に際し、当裁判所は『被告各製品は、物の発明である本件訂正発 明2の「その物の生産に用いる物」であって、共通バス接続方式を採用しつつも、インクタンクの搭載 位置間違いを検出するという本件訂正発明2による「課題の解決に不可欠なもの」に該当するといえる から、被告による被告各製品の輸入及び販売について、特許法第101条第2号の間接侵害が成立する というべきである。』、と特許法第101条第2号の記載や趣旨に沿った判断をしております。ちなみ に、現行の特許法第101条第2号は、平成14年法改正により加えられましたが、その立法に関連し た判例としては、製パン器事件(平成8年(ワ)第12109号)があります。 また、本稿では取り上げませんでしたが、争点1及び3の判断に関してもまた、当裁判所は丁寧な判 断をしておりますので、本件事案をご参考にされては如何でしょうか。 本判決文の詳細は、下記のURLをご参照下さい。 URL:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121108162942.pdf 8 [被告製品1の内部構造] [被告製品2の内部構造] 1. インクタンク 11. インク収納室 100基盤 3. 支持部材 12A 大気連通部 101発行部(LED) 5. 第1係合部 12Bバッファー室 102接点 6. 第2係合部 15負圧発生部材(インク吸収体)収納室 103ICチップ 7. インク供給口 104封止樹脂 [本件特許の図1及び図2] 9 平成23年(行ケ)第10234号 審決取消請求事件 関連事件 標 【特許】 平成23年(行ケ)第10235号 審決取消請求事件 題 当該有機イリジウム錯体を有機発光デバイスの発光層に使用した場合に燐光を発することが、その作 用機序とともに具体的に記載されているといえる、と判示され、審決が取り消された事例。 (平成24年11月7日 知財高裁判決言渡) 関 連 特許法規 第36条第6項第1号 事案の概要 原告は、発明の名称を「有機LED用燐光性ドーパントとしての式L2MXの錯体」とする発明(請求 項数13。以下、 「本件特許」とします。 )についての特許権者であるところ、被告は本件特許に対し、 無効審判を請求しました。そして、原告らは前記審判請求において、訂正請求(以下、 「本件訂正」とし ます。 )をした後、特許庁は、 「訂正を認める。本件特許の請求項1ないし13に係る発明についての特 許を無効にする。 」旨の審決(以下、 「本件審決」とします。 )をしたことから、本件は、前記審決の取消 を求めた事案であります。 特許請求の範囲請求項1の記載 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1(以下、該請求項1に係る発明を「本件発明1」とします。な お、請求項2ないし13に係る発明を本判決文では「本件発明2」ないし「本件発明13」としており ますが、それらの記載については、本稿では割愛します。)の記載を次に示します。なお、本判決文で は「本件発明1」ないし「本件発明13」を総称して「本件発明」としております。 【請求項1】 アノード、カソード及び発光層を含む有機発光デバイスであって、前記発光層は前記アノードと前記カ ソードの間に配置され、かつ前記発光層が式L2MXの式で表される燐光有機金属化合物を含む、有機発 光デバイス(前記式中、L及びXは異なった二座配位子であり;Mはイリジウムであり;前記X配位子 はO-O配位子又はN-O配位子のいずれかであり;Lはsp2混成炭素及び窒素原子によりMに配位さ れたモノアニオン性二座配位子である) (但し、L2MX中、Xがヘキサフルオロアセチルアセトネート 又はジフェニルアセチルアセトネートである有機発光デバイスを除く) 審決の理由の要点 要するに、 『本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明に係る技術的事項を具備するものが全て本 件発明の解決しようとする課題を解決できると当業者が認識することができるように記載されておら ず、本件出願日当時の技術常識に照らしても、本件発明が解決すべき課題を解決できると当業者が認識 することができるものということができず、本件発明が、いずれも平成14年法律第24号による改正 前の特許法(以下「法」という。 )36条6項1号の規定に適合しないものであるから、本件特許が特許 法123条1項4号に違反してされたものとして無効である。 』というものであります。 10 取消事由 本件の取消事由は、サポート要件に係る判断の誤りであります。 当裁判所の判断 [1]本件明細書の記載について (1)本件特許は、平成12年11月29日出願に係るものであるから、法36条6項1号が適用され るところ、同号には、特許請求の範囲の記載は、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記 載したものであること」でなければならない旨が規定されている(サポート要件)。 特許制度は、発明を公開させることを前提に、当該発明に特許を付与して、一定期間その発明を業と して独占的、排他的に実施することを保障し、もって、発明を奨励し、産業の発達に寄与することを目 的とするものである。そして、ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は、 本来、当該発明の技術内容を一般に開示するとともに、特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲 (特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから、特許請求の範囲に発明 として記載して特許を受けるためには、明細書の発明の詳細な説明に、当該発明の課題が解決できるこ とを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。法36条6項1号の 規定する明細書のサポート要件が、特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは、発明の詳 細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると、公開されていない発明について独占的、 排他的な権利が発生することになり、一般公衆からその自由利用の利益を奪い、ひいては産業の発達を 阻害するおそれを生じ、上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。 そして、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記 載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記 載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範 囲内のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発 明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否かを検討して判断すべきものである。 (2)~(3) (省略) 。 (4)次に、本件明細書をみると、そこには、本件発明についておおむね次の記載がある。 ア~ク、コ(省略) ケ 蛍光材料は、装置中の発光体としてある利点を有する。L2MX(Mは、イリジウム)錯体を製造す るのに用いられるL配位子が大きな蛍光量子効率を有するならば、配位子の三重項状態を出入りする系 間移行を効率的に行わせるため、イリジウム金属の強いスピン軌道結合を用いることができる。これは、 イリジウムがL配位子を効果的な燐光中心にするということにある。この方法を用いて、どのような蛍 光染料を用いても、それから効果的な燐光分子を作ることができる。すなわち、Lは蛍光を発するが、 L2MX(Mは、イリジウム)は、燐光を発する。例えば、Lがクマリンであり、Xがアセチルアセトネ ート(acac)である場合のL2IrX錯体は、強い橙色の発光を与えるのに対し、クマリン自身は、緑色 に発光する。色素レーザー及び他の用途のために開発された蛍光染料の数は極めて多いので、この方法 は、極めて広範な燐光材料をもたらすものと予想される。ただし、ヘキサフルオロ-acac 及びジフェニ ル-acac の両方の錯体は、L2IrX錯体のX配位子として用いた場合、当該錯体からの発光をクエンチ することがあるため、非常に弱い発光を与えるか、または発光を全く示さない。その理由は、完全には 明らかになっていない。 11 [2]本件出願日当時の技術水準について (1)~(6):省略 (7)以上によれば、本件出願日当時における技術水準は、理論上、燐光を発する有機金属化合物を発 光材料として発光層に使用することにより、有機発光デバイスの発光効率を改善することができるにも かかわらず、極めて多数にわたる有機金属化合物のうち当該発光材料として発光層に使用できるものが ごく限られた特定のものしか知られておらず、しかも、これらのうちIr(ppy)3が8%というEL 効率を示していたほかは、いずれもごく低いEL効率を達成するにとどまっていたものと認められる。 [3]本件発明の課題について (1)(省略) (2)前記2(7)に説示のとおり、本件出願日当時における技術水準は、理論上、燐光を発する有機 金属化合物を発光材料として発光層に使用することにより、有機発光デバイスの発光効率を改善するこ とができるにもかかわらず、極めて多数にわたる有機金属化合物のうち当該発光材料として発光層に使 用できるものがごく限られた特定のものしか知られていないというものであり、これらの有機金属化合 物のうちの1例を除いてごく低いEL効率を示すにとどまっていた以上、当該1例(Ir(ppy)3) が8%というEL効率を示していたとしても、有機発光デバイスの発光層に使用した場合に燐光を発す る新たな有機金属化合物を得ることは、本件出願日当時において、それ自体、解決すべき技術的課題と して成立し得るものであったと認められる。 そして、本件明細書には、本件発明の課題が必ずしも明確に記載されていないが、本件明細書は、上 記技術水準を前提として、本件発明について、本件出願日当時に知られていた有機金属化合物とは異な るものを発光層に使用した有機発光デバイスに関するものとして説明しているものであるから、本件発 明の課題は、「有機発光デバイスの発光層に使用した場合に燐光を発する新たな有機金属化合物を得る こと」であると認めるのが相当である。 他方、本件明細書には、先行技術によるEL効率や、これと同等以上のEL効率を発揮することの意 義等についての具体的な記載は何ら見当たらず、本件明細書は、本件発明について、本件出願日前に達 成されていたものと比較してより高いEL効率を発揮するものとして説明するものとは認められない以 上、本件発明は、本件出願日前に達成されていたものと比較してより高いEL効率を発揮することなど を課題としているものとは認められない。 (3) (省略) [4]本件発明のサポート要件の充足について (1)(省略) (2)本件発明1ないし3の特許請求の範囲の記載には、式L2MXで表される有機イリジウム錯体(M は、イリジウム)が記載されているところ、そこでは、L及びXが異なった二座配位子であること、L 配位子がsp2混成炭素及び窒素原子によりM(イリジウム)に配置されたモノアニオン性二座配位子で あること及びX配位子が、特定の2種類を除くO-O配位子又はN-O配位子のいずれかであることが 特定されている。(中略) 12 (中略)、前記1(4)カに記載のとおり、これらの各配位子を組み合わせて得た16種類の式L2M Xで表される有機イリジウム錯体の製造方法が記載されているほか、前記1(4)ケに記載のとおり、 特許請求の範囲から除かれた特定の2種類のX配位子の発光が不十分である旨が記載されている。 (中略) したがって、本件発明1ないし12を構成する有機イリジウム錯体(有機金属化合物)を含む化合物 等は、いずれも、本件明細書の発明の詳細な説明に具体的な記載があるといえる。 (3)(省略) (4)(中略)、本件明細書の発明の詳細な説明には、前記(2)に説示のとおり、本件出願日前に燐 光を発することが知られていなかった特定の有機イリジウム錯体が、その製造方法及び本件発明の他の 構成とともに具体的に記載されているばかりか、前記(3)に説示のとおり、当該有機イリジウム錯体 を有機発光デバイスの発光層に使用した場合に燐光を発することが、その作用機序とともに具体的に記 載されているといえる。 したがって、本件発明として特許請求の範囲に記載された発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に 記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる 範囲内のものであるというべきであって、本件発明の特許請求の範囲の記載は、法36条6項1号にい う「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである」ということができる。 (5)~(6) (省略) 【コメント】 サポート要件に係る判断におきまして、原告は、フリバンセリン事件判決(平成21年(行ケ)第1 0033号)を引用しながら主張しておりましたが、当裁判所は、前記事件判決を引用せずに、特許法 第36条第6項第1号の趣旨を説示しながら、出願日時点の技術常識及び本件明細書の記載を十分に検 討して、オーソドックス且つ丁寧な判断をしております。サポート要件に係る判断の参考にしては如何 でしょうか。 さて、関連事件として別稿にて紹介する平成23年(行ケ)第10235号審決取消請求事件に係る 特許につきましては、本件事案に係る本件特許に対する子出願という関係であります。併せてご覧下さ い。 本件の詳細は、下記のURLをご参照下さい。 URL:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121122103625.pdf 13 平成23年(行ケ)第10235号 審決取消請求事件 関連事件 標 【特許】 平成23年(行ケ)第10234号 審決取消請求事件 題 当該有機イリジウム錯体を有機発光デバイスの発光層に使用した場合に燐光を発することが、その作 用機序とともに具体的に記載されているといえる、と判示され、審決が取り消された事例。 (平成24年11月7日 知財高裁判決言渡) 関 連 特許法規 第36条第6項第1号 事案の概要 原告は、発明の名称を「有機LED用燐光性ドーパントとしての式L2MXの錯体」とする発明(請求 項数7。以下、「本件特許」とします。)についての特許権者であるところ、被告は本件特許に対し、 無効審判を請求しました。そして、原告らは前記審判請求において、訂正請求(以下、「本件訂正」と します。)をした後、特許庁は、「訂正を認める。本件特許の請求項1ないし7に係る発明についての 特許を無効にする。」旨の審決(以下、「本件審決」とします。)をしたことから、本件は、前記審決 の取消を求めた事案であります。 特許請求の範囲請求項1の記載 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1(以下、該請求項1に係る発明を「本件発明1」とします。な お、請求項2ないし7に係る発明を本判決文では「本件発明2」ないし「本件発明7」としております が、それらの記載については、本稿では割愛します。)の記載を次に示します。なお、本判決文では「本 件発明1」ないし「本件発明7」を総称して「本件発明」としております。 【請求項1】 式L2MX(式中、L及びXは、異なったモノアニオン性二座配位子であり、MはIrであり、さらに前 記L配位子はsp2混成炭素及び窒素原子を介してMに配位し;前記X配位子がO-O配位子又はN-O 配位子である)の燐光性錯体を含む、有機発光デバイスの発光層として用いるための組成物(但し、L2 MX中、Xがヘキサフルオロアセチルアセトネート又はジフェニルアセチルアセトネートである組成物 を除く) 審決の理由の要点 要するに、『本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明に係る技術的事項を具備するものが全て 本件発明の解決しようとする課題を解決できると当業者が認識することができるように記載されておら ず、本件出願日当時の技術常識に照らしても、本件発明が解決すべき課題を解決できると当業者が認識 することができるものということができず、本件発明が、いずれも平成14年法律第24号による改正 前の特許法(以下「法」という。)36条6項1号の規定に適合しないものであるから、本件特許が特 許法123条1項4号に違反してされたものとして無効である。』というものであります。 14 取消事由 本件の取消事由は、サポート要件に係る判断の誤りであります。 当裁判所の判断 [1]本件明細書の記載について (1)本件特許は、平成12年11月29日出願に係るものであるから、法36条6項1号が適用され るところ、同号には、特許請求の範囲の記載は、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記 載したものであること」でなければならない旨が規定されている(サポート要件)。 特許制度は、発明を公開させることを前提に、当該発明に特許を付与して、一定期間その発明を業と して独占的、排他的に実施することを保障し、もって、発明を奨励し、産業の発達に寄与することを目 的とするものである。そして、ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は、 本来、当該発明の技術内容を一般に開示するとともに、特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲 (特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから、特許請求の範囲に発明 として記載して特許を受けるためには、明細書の発明の詳細な説明に、当該発明の課題が解決できるこ とを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。法36条6項1号の 規定する明細書のサポート要件が、特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは、発明の詳 細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると、公開されていない発明について独占的、 排他的な権利が発生することになり、一般公衆からその自由利用の利益を奪い、ひいては産業の発達を 阻害するおそれを生じ、上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。 そして、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記 載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記 載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範 囲内のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発 明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否かを検討して判断すべきものである。 (2)~(3) (省略) 。 (4)次に、本件明細書をみると、そこには、本件発明についておおむね次の記載がある。 ア~ク、コ(省略) ケ 蛍光材料は、装置中の発光体としてある利点を有する。L2MX(Mは、イリジウム)錯体を製造す るのに用いられるL配位子が大きな蛍光量子効率を有するならば、配位子の三重項状態を出入りする系 間移行を効率的に行わせるため、イリジウム金属の強いスピン軌道結合を用いることができる。これは、 イリジウムがL配位子を効果的な燐光中心にするということにある。この方法を用いて、どのような蛍 光染料を用いても、それから効果的な燐光分子を作ることができる。すなわち、Lは蛍光を発するが、 L2MX(Mは、イリジウム)は、燐光を発する。例えば、Lがクマリンであり、Xがアセチルアセトネ ート(acac)である場合のL2IrX錯体は、強い橙色の発光を与えるのに対し、クマリン自身は、緑色 に発光する。色素レーザー及び他の用途のために開発された蛍光染料の数は極めて多いので、この方法 は、極めて広範な燐光材料をもたらすものと予想される。ただし、ヘキサフルオロ-acac 及びジフェニ ル-acac の両方の錯体は、L2IrX錯体のX配位子として用いた場合、当該錯体からの発光をクエンチ することがあるため、非常に弱い発光を与えるか、または発光を全く示さない。その理由は、完全には 明らかになっていない。 15 [2]本件出願日当時の技術水準について (1)~(6):省略 (7)以上によれば、本件出願日当時における技術水準は、理論上、燐光を発する有機金属化合物を発 光材料として発光層に使用することにより、有機発光デバイスの発光効率を改善することができるにも かかわらず、極めて多数にわたる有機金属化合物のうち当該発光材料として発光層に使用できるものが ごく限られた特定のものしか知られておらず、しかも、これらのうちIr(ppy)3が8%というEL 効率を示していたほかは、いずれもごく低いEL効率を達成するにとどまっていたものと認められる。 [3]本件発明の課題について (1)(省略) (2)前記2(7)に説示のとおり、本件出願日当時における技術水準は、理論上、燐光を発する有機 金属化合物を発光材料として発光層に使用することにより、有機発光デバイスの発光効率を改善するこ とができるにもかかわらず、極めて多数にわたる有機金属化合物のうち当該発光材料として発光層に使 用できるものがごく限られた特定のものしか知られていないというものであり、これらの有機金属化合 物のうちの1例を除いてごく低いEL効率を示すにとどまっていた以上、当該1例(Ir(ppy)3) が8%というEL効率を示していたとしても、有機発光デバイスの発光層に使用した場合に燐光を発す る新たな有機金属化合物を得ることは、本件出願日当時において、それ自体、解決すべき技術的課題と して成立し得るものであったと認められる。 そして、本件明細書には、本件発明の課題が必ずしも明確に記載されていないが、本件明細書は、上 記技術水準を前提として、本件発明について、本件出願日当時に知られていた有機金属化合物とは異な るものを発光層に使用した有機発光デバイスに関するものとして説明しているものであるから、本件発 明の課題は、「有機発光デバイスの発光層に使用した場合に燐光を発する新たな有機金属化合物を得る こと」であると認めるのが相当である。 他方、本件明細書には、先行技術によるEL効率や、これと同等以上のEL効率を発揮することの意 義等についての具体的な記載は何ら見当たらず、本件明細書は、本件発明について、本件出願日前に達 成されていたものと比較してより高いEL効率を発揮するものとして説明するものとは認められない以 上、本件発明は、本件出願日前に達成されていたものと比較してより高いEL効率を発揮することなど を課題としているものとは認められない。 (3)(省略) [4]本件発明のサポート要件の充足について (1)(省略) (2)本件発明1の特許請求の範囲の記載には、式L2MXで表される有機イリジウム錯体(Mは、イリ ジウム)が記載されているところ、そこでは、L及びXが異なった二座配位子であること、L配位子が sp2混成炭素及び窒素原子によりM(イリジウム)に配置されたモノアニオン性二座配位子であること 及びX配位子が、特定の2種類を除くO-O配位子又はN-O配位子のいずれかであることが特定され ている。(中略) 16 (中略)、前記1(4)カに記載のとおり、これらの各配位子を組み合わせて得た16種類の式L2M Xで表される有機イリジウム錯体の製造方法が記載されているほか、前記1(4)ケに記載のとおり、 特許請求の範囲から除かれた特定の2種類のX配位子の発光が不十分である旨が記載されている。 (中略) したがって、本件発明1ないし12を構成する有機イリジウム錯体(有機金属化合物)を含む化合物 等は、いずれも、本件明細書の発明の詳細な説明に具体的な記載があるといえる。 (3)(省略) (4)(中略)、本件明細書の発明の詳細な説明には、前記(2)に説示のとおり、本件出願日前に燐 光を発することが知られていなかった特定の有機イリジウム錯体が、その製造方法及び本件発明の他の 構成とともに具体的に記載されているばかりか、前記(3)に説示のとおり、当該有機イリジウム錯体 を有機発光デバイスの発光層に使用した場合に燐光を発することが、その作用機序とともに具体的に記 載されているといえる。 したがって、本件発明として特許請求の範囲に記載された発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に 記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる 範囲内のものであるというべきであって、本件発明の特許請求の範囲の記載は、法36条6項1号にい う「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである」ということができる。 (5)~(6)(省略) 【コメント】 サポート要件に係る判断におきまして、原告は、フリバンセリン事件判決(平成21年(行ケ)第1 0033号)を引用しながら主張しておりましたが、当裁判所は、前記事件判決を引用せずに、特許法 第36条第6項第1号の趣旨を説示しながら、出願日時点の技術常識及び本件明細書の記載を十分に検 討して、オーソドックス且つ丁寧な判断をしております。サポート要件に係る判断の参考にしては如何 でしょうか。 さて、関連事件として別稿にて紹介する平成23年(行ケ)第10234号審決取消請求事件に係る 特許につきましては、本件事案に係る本件特許に対する親出願という関係であります。合わせてご覧下 さい。 本件の詳細は、下記のURLをご参照下さい。 URL:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121122145345.pdf 17 平成23年(行ケ)第10431号 審決取消請求事件 【特許】 標 題 訂正事項が、適法か否かが争われた事例。 関 連 特許法規 (平成24年11月14日 知財高裁判決言渡) 第134条の第1項ただし書及び同条第5項(第126条第3項準用) 、 第29条第1項及び同条第2項 事案の概要 被告は、発明の名称を「液晶用スペーサーおよび液晶用スペーサーの製造方法」とする発明(以下、 「本件特許」とします。)についての特許権者であるところ、原告は本件特許に対し、無効審判を請求 (以下、「本件審判」とします。)しました。そして、被告は本件審判において、訂正請求(以下、「本 件訂正」とします。)をした後、特許庁は、「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない。」旨の 審決(以下、「本件審決」とします。)をしたことから、本件は、前記審決の取消を求めた事案であり ます。 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1(以下、該請求項1に係る発明を「本件訂正発明」とします。) の記載を次に示します。ちなみに下線部は、本件訂正により変更した箇所であります。なお、本判決文 では本件訂正前の特許請求の範囲請求項1に係る発明を「本件発明」としておりますが、本件発明の記 載につきましては、本稿では割愛します。 【請求項1】(「/」は、原文における改行箇所であります。) 表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と該重合性ビニル単量体と共 重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重 合体粒子からなることを特徴とする液晶用スペーサーであって、かつ、/前記長鎖アルキル基を有する 重合性ビニル単量体の一種または二種以上は、ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート を含み、/前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は、メチルメタクリレートを含み、/前 記グラフト共重合体鎖の前記導入は、表面に前記グラフト共重合体鎖が導入されていない重合体粒子に、 前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と前記他の重合性ビニル単量体 の一種または二種以上をグラフト重合するものである、/前記液晶用スペーサー。 審決の理由の要旨 要するに、『本件訂正は、特許請求の範囲の減縮ないし明瞭でない記載の釈明を目的とした訂正に該 当するものであるとして、本件訂正を認めた上で、本件訂正発明は、①引用例1に記載された発明(以 下「引用発明1」という。)と同一の発明ではない、②引用発明1に基づいて、当業者が容易に発明を することができたものということはできない、③引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」とい う。)に基づいて、あるいは引用発明2に引用発明1を組み合わせることにより、当業者が容易に発明 をすることができたものということもできない。』というものであります。 18 なお、本件訂正は、次の訂正事項1~5(本稿では、訂正事項3~5については省略します。)から 成ります(記載は本判決文のものをそのまま引用します。)。 なお、本件訂正は、次の訂正事項1~5(本稿では、訂正事項3~5については省略します。)から 成ります(記載は本判決文のものをそのまま引用します。)。 (訂正事項1):本件発明の「液晶用スペーサー」を「液晶用スペーサーであって、かつ、」と訂正し た上で、さらに続けて、同請求項1の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種 以上」について、「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上は、ラウリ ルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含み、」と訂正する。 (訂正事項2):訂正事項1に続けて、本件発明の「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」 について、さらに、「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は、メチルメタクリレートを 含み、」と訂正する。 (訂正事項3~5):省略 取消事由 本件の取消事由は、次の4点であります。なお、当裁判所は取消事由1のみを判断し、理由があると 判断しました。 (1)本件訂正に係る判断の誤り(取消事由1) (2)引用発明1に基づく本件訂正発明の新規性に係る判断の誤り(取消事由2) (3)引用発明1に基づく本件訂正発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由3) (4)引用発明2に基づく本件訂正発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由4) 当裁判所の判断 (ア)平成23年6月8日法律第63号による改正前の特許法(以下「特許法」という。)134条の 2第1項ただし書は、特許無効審判の被請求人による訂正請求は、特許請求の範囲の減縮、誤記又は誤 訳の訂正、明瞭でない記載の釈明を目的とするものに限ると規定している。 また、同法134条の2第5項が準用する同法126条3項は、「第1項の明細書、特許請求の範囲 又は図面の訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内に おいてしなければならない。」と規定しているところ、ここでいう「明細書又は図面に記載した事項」 とは、当業者によって、明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、 訂正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないもので あるときは、当該訂正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということが できる。 (イ)(中略) しかしながら、本件明細書には、「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以 上」がラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを必須成分として含むこと及び「該重合 性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」がメチルメタクリレー トを必須成分として含むことについては、何ら記載も示唆もされていない。これらの物質は、多種類の 化合物とともに任意に選択可能な単量体として羅列して列挙されていたものにすぎず、他の単量体とは 異なる性質を有する単量体として、優先的に用いられるべき物質であるかのような記載や示唆も存在し ない。 19 すなわち、本件発明の具体的態様である実施例1ないし13のうち、実施例10及び11やその他の 記載によると、「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」としてラウ リルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを任意に選択することが可能であること及び「前記 他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」としてメチルメタクリレートを任意に選択することが 可能であることが開示されているものということはできるが、本件明細書において、ラウリルメタクリ レート又はステアリルメタクリレート、及びメチルメタクリレートは、多種類の他の化合物と同列に例 示されていたにすぎないものであるから、本件明細書の記載をもってしても、上記各構成が必須である ことに関する技術的事項が明らかにされているものということはできない。 また、実施例10及び11によると、ラウリルメタクリレートとメチルメタクリレートとからなるグ ラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子並びにステアリルメタクリレートとメチルメタクリレート及び 2-ヒドロキシブチルメタクリレートとからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液 晶用スペーサーが、それぞれ本件発明の効果を奏することが開示されていたものということができるも のの、「ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを必須成分として含む表面に長鎖アル キル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」が、「ラウリルメタクリレート又はステア リルメタクリレート」と、「メチルメタクリレートを必須成分として含む該重合性ビニル単量体と共重 合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」が、「メチルメタクリレート、又はメチルメ タクリレート及び2-ヒドロキシブチルメタクリレート」と、いずれも機能上等価であり、それぞれ置 換可能であることを裏付ける技術的事項は本件明細書には開示されているものではない。 (ウ)以上のとおり、本件明細書の全ての記載を総合しても、「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビ ニル単量体の一種または二種以上」としてラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートが必 須であること及び「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」としてメチルメタクリレート が必須であること並びにラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート、及びメチルメタクリ レートと、これらの物質にそのほか任意に重合性ビニル単量体を付加した構成とがいずれも機能上等価 であることに関する技術的事項が導き出せない以上、訂正事項1及び2により、多種類の他の化合物と 同列に例示されていたにすぎないラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート、及びメチル メタクリレートを必須のものとして含むように本件発明を訂正することは、本件明細書の実施例10及 び11を上位概念化した新規な技術的事項を導入するものというべきであり、許されるものではない。 (エ)この点について、被告は、①ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート、及びメチ ルメタクリレートは、いずれも本件発明における発明特定事項の下位概念としての具体的単量体であり、 訂正事項1及び2により、具体的単量体を必須成分とした発明に減縮されることから、訂正事項1及び 2は、特許請求の範囲の減縮を目的とした訂正に該当する、②ステアリルメタクリレート及びラウリル メタクリレートは、「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」の例として、メチルメタクリレー トは、「共重合可能な他の重合性ビニル単量体」の例として、本件明細書に記載されており、メチルメ タクリレート及びラウリルメタクリレートを含むグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液 晶用スペーサー並びにメチルメタクリレート及びステアリルメタクリレートを含むグラフト共重合体鎖 を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーについても、本件明細書の実施例として記載されてい るところ、本件訂正は、本件発明の作用効果の中から特に高度に優れた効果を奏する構成を特定するも のであって、本件訂正発明の技術思想や技術的意義が本件発明とは異質のものということはできないな どと主張する。 20 しかしながら、本件明細書において、ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート、及び メチルメタクリレートは、多種類の他の化合物と同列に例示されていたにすぎず、「前記長鎖アルキル 基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」としてラウリルメタクリレート又はステアリル メタクリレートが必須であること及び「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」としてメ チルメタクリレートが必須であること並びにラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート、 及びメチルメタクリレートと、これらの物質にそのほか任意に重合性ビニル単量体を付加した構成とが いずれも機能上等価であることに関する技術的事項が本件明細書に開示されていない以上、具体的単量 体を必須成分とした発明に特定することをもって、訂正事項1及び2が訂正要件を充足するものという ことはできない。 したがって、被告の前記主張はいずれも採用できない。 また、ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート、及びメチルメタクリレートを必須の ものとして含むように訂正することこそが、新たな技術的事項を導入するものというべきである以上、 本件訂正が本件発明の作用効果の中から特に高度に優れた効果を奏する構成を特定するものであるか否 かは、前記ウの判断を左右するものではない。 (オ)以上によると、訂正事項1及び2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載し た事項の範囲内においてしたものではないから、特許法134条の2第1項ただし書及び同条5項にお いて準用する同法126条3項に違反し、不適法であるというべきである。 【コメント】 訂正事項が適法か否かを判断するに際し、当裁判所は、特許法第134条の2第5項で準用する特許 法第126条第3項の趣旨を説示した上で、 「ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート、 及びメチルメタクリレートは、多種類の他の化合物と同列に例示されていたにすぎず、(中略)これら の物質にそのほか任意に重合性ビニル単量体を付加した構成とがいずれも機能上等価であることに関す る技術的事項が本件明細書に開示されていない以上、具体的単量体を必須成分とした発明に特定するこ とをもって、訂正事項1及び2が訂正要件を充足するものということはできない。」と判示して、本件 訂正が新規事項の追加に相当すると判断しました。 補正における新規事項の追加か否かを判断する判例として、本判例を参考にしては如何でしょうか。 本件の詳細は、下記のURLをご参照下さい。 URL:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121128120346.pdf 21 平成24年(行ケ)第10004号 審決取消請求事件 標 【特許】 題 「本件発明は、当業者といえども予測することができない顕著な効果を奏するものであることに照らせ ば、 (甲第1号証の硬化剤に代えて甲第2号証の硬化剤を使用する動機付けがあるとしても) 、当業者が 容易に想到するものであるとはいえず、進歩性があると認められるから、これを無効とすることはでき ない」と判示され、特許無効の審決が取り消された事例 (平成24年9月25日 知財高裁判決言渡) 関 連 特許法規 特許法第29条第2項 事案の概要 本事案は、原告の出願に係る本件発明(請求項1に係る発明)についての特許が、被告からの無効審判 によって無効とされたため、原告がこの取消しを求めた訴訟である。なお、本件の主な争点は、取消事 由3(本件発明の容易想到性判断の誤り)の有無である。 本件発明の要旨 【請求項1】 「補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなり、前記補強基材が前記ポリウレタン中に埋設さ れ、外周面及び内周面が前記ポリウレタンで構成されたシュープレス用ベルトにおいて、外周面を構成 するポリウレタンは、末端にイソシアネート基を有するウレタンプレポリマーと、ジメチルチオトルエ ンジアミンを含有する硬化剤と、を含む組成物から形成されている、シュープレス用ベルト。 」 ( 【図1】 、 【図2】 ) 【図1】 【図2】 1:プレスロール 2:ベルト 3:フェルト 4:湿紙 5:加圧シュー 6:基布(補強基材) 7:熱硬化性ポリウレタン P:加圧脱水部 審決理由の要点 (1)本件発明は、甲第1号証に記載された発明(引用発明1)と、甲第2号証に記載された発明(引用発 明2)に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、無効とすべきである。 22 (2)本件発明と引用発明1との相違点は、硬化剤につき、本件発明が「ジメチルチオトルエンジアミ ン」を含有するものであるのに対し、引用発明1は「3,3’-ジクロロ-4、4-ジアミノジフェニ ールメタン」 、換言すれば、MOCA[4、4メチレン-ビス-(2-クロロアニリン) ]である点であ る。 (3)甲第2号証には、発ガン性が指摘されていたMOCAに代わる新しい硬化剤として、引用発明2、 すなわち「熱硬化性ポリウレタンの硬化剤であって、少なくとも、3、5-ジメチルチオ-2、6-ト ルエンジアミン又は3、5-ジメチルチオ-2、4-トルエンジアミンを有効成分としているETHA CURE300」が紹介されている。 (4)本件特許の出願当時、身体健康上、悪影響を与えないものを採用することが優先的に考慮される 事柄であったことを考えると、甲第2号証は、熱硬化性ポリウレタンの硬化剤としてMOCAに代えて 引用発明2を用いることを強く動機付ける刊行物ということができ、引用発明1において、その硬化剤 であるMOCAに代えて引用発明2(ETHACURE300)を用いることは、格別な創作力を発揮 することなくなし得るものである。 (5)そうである以上、仮に、本件発明に予測できない効果が認められるとしても、その効果は、単に 確認したにすぎないもので、前記相違点は容易に想到し得たものである。 【審決取消事由に係る原告の主張】 (要旨) 上記審決理由に対し、原告は、 (ⅰ)本件発明と引用発明1とは目的が相違していること、 (ⅱ)甲第 2号証には、シュープレス用ベルトの技術分野については記載も示唆もされていないことから、引用発 明1のシュープレス用ベルト樹脂層の硬化剤である「MOCA」を引用発明2の「ETHACURE3 00」に変更する動機付けはないこと、 (ⅲ)発明の容易想到性判断において、発明の作用・効果が顕著 又は特異である点は、当該発明が容易想到ではなかったとの結論を導く重要な判断要素となり得るもの であること、等につき主張している。なお、この詳細は割愛する。 【当裁判所の判断】 (要旨) (1)本件発明は、プレスロールと加圧シューとの間の過酷な屈曲および加圧により発生する、ベルト の外周面を構成するポリウレタンのクラックを防止できるシュープレス用ベルトを提供することを目的 とし、シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンを形成する際に用いる硬化剤としてジメ チルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤を用いるものであり、これにより、ポリウレタンにクラッ クが発生するのを防止できるという効果を奏するものである。 (2)引用発明1は、クローズドタイプのシュープレス用ベルトに関し、マシン(MD)方向の強さと、 クロスマシン(CMD)方向の寸法安定性を有する生産性の良好なシュープレス用ベルトを提供するこ とを目的とするもので、磨かれた表面を持つ回転可能なマンドレル表面に形成されたエンドレスの第一 樹脂層と、少なくとも交差する一方の糸に高強度糸を用いた織物片を、該高強度糸が前記マンドレルの 軸方向に沿うように前記第一樹脂層の外周に全周的に配置してなる基布層と、該基布層の外周に高強度 糸を円周方向に螺旋状に巻き込んでなる糸巻層と、該糸巻層の外周にて形成されたエンドレスの第二樹 脂層とからなり、該第二樹脂層は前記基布層及び糸巻層を通して前記第一樹脂層に接していることを特 徴とするものである。 (3)この引用発明1では、第一樹脂層及び第二樹脂層の樹脂は、物性面からすると熱硬化性ウレタン 樹脂が好ましいとされ、実施例では、熱硬化性ウレタン樹脂の硬化剤として、3,3’-ジクロロ-4, 4’-ジアミノジフェニールメタン(すなわちMOCA)が用いられている。 23 (4)甲第2号証には、熱硬化性樹脂であるポリウレタンの硬化剤に関し、代表的なウレタン硬化剤で あるMOCAは発ガン性が指摘されており、これに代わる新しい硬化剤としてETHACURE300 が開発されたことが記載されている。 (5)上記によれば、一見すると、審決が判断するように、甲第2号証に接した当業者が、安全性の点 からMOCAに代えてETHACURE30を用いることにより本件発明の構成を想到することは容易 であるようにも見える。 (6)しかしながら、本件明細書には、試験片の表面にクラックが発生するまでの往復回数(耐久回数) についての実施例において、硬化剤としてETHACURE300を用いたサンプルとMOCAを用い たサンプルとを比較すると、後者が10万回~90万回であるのに対し、前者は250万回~2250 万回であったことが記載されており、その差は顕著であること、すなわち、ETHACURE300を 含有する硬化剤を用いることにより、クラックの発生が顕著に抑制されることが認められる。 (7)このような効果について、甲第1号証及び同第2号証には何らの記載も示唆もなく、他に、この ような効果について、本件特許の出願当時の当業者が予測し得たものであることをうかがわせる証拠は ない。 そうすると、このようにクラックの発生が顕著に抑制されるという効果は、当業者といえども予測す ることができない顕著なものというべきである。なお、被告は、この顕著な効果について、原告の主張 の誤りを指摘するのみで、具体的な反論はしていない。 動機付けられるとまでいうことはできない。 (8)被告は、容易想到性の判断における「動機付け」について詳細な主張を展開しているが、甲第2 号証には、シュープレス用ベルトについては何ら記載がないから、ETHACURE300をシュープ レス用ベルトの硬化剤として使用した場合に、安全性以外の点(例えば耐久性)についてどのような効果 を奏するかは不明であ。また、代替となる硬化剤は他にも数多く開発されていることから、当業者が安 全性の点からMOCAに代えてETHACURE300を用いることを動機付けられることがあるとし ても、強く (9)以上のとおり、本件発明が、ベルトの外周面を構成するポリウレタンにクラックが発生すること を防止できるという、当業者といえども予測することができない顕著な効果を奏するものであることに 照らせば、本件発明は当業者が容易に想到するものであるとはいえず、進歩性があるものと認められる から、これを無効とすることはできない。 【コメント】 進歩性に特有の取消事由において、(ⅰ)動機付け、 (ⅱ)阻害事由、 (ⅲ)顕著な効果、 (ⅳ)その他、 が挙げられ、とくに(ⅲ)の顕著な効果に基づき進歩性があるとする主張は多数の事案で見受けられま すが、同主張が認められるためには、当該効果が当業者において当該発明の構成のものとして予想する ことができない効果であることが求められることから、これに基づき進歩性が肯定される事案は少ない (注1)とされています。本件は、その数少ない事案の一つに該当するものと思われます。本件は、容 易想到性の判断において、審決が示した進歩性を有しないとする動機付けの論理が、当裁判所において 否定され、顕著な効果が判断されて進歩性が認容さた事例であり、進歩性の判断における参考となるも のと思われます。 (注1) 「パテント2012」Vol.65 No.6、第89頁~第109頁、 「平成23年における 特許審決取消訴訟の概況」参照。 この詳細は、下記のURLをご参照下さい。 URL:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121120105159.pdf 24 平成24年(ネ)第10008号 著作権侵害停止等請求事件【著作権】 標 題 原告が、制作会社として関与したCM原版について、原告が著作権者であることが否定され、 「本件の ような広告映像の場合,制作会社が,CM原版のプリント(複製)を受注し,その収益により制作費の 不足分を補うという商習慣が確立していることから,本件CM原版に係る複製権は原告に帰属すると解 すべきである」との原告の主張も否定された事案。 原審 東京地方裁判所平成21年(ワ)第4753号、第39494号 (平成24年10月25日 知的財産高等裁判所第1部) 関連法規 判決文 URL 著作権法2条第3項、同法16条、同法29条第1項 http://www.ip.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121030105038.pdf 事案の概要 本件は,原告が,①被告に対し,<ア>原告が制作した(K)の新店舗告知のテレビCM原版(新店舗 名部分が空白の原版)について,被告Aが無断で当該原版を使用して新たに新店舗告知のテレビCM原 版(新店舗名を挿入した完成版)を制作し,そのプリント(CM原版のコピー)を作成した旨主張し, また,原告が制作した新店舗告知のテレビCM原版(上記と同様の完成版)について,被告が無断でそ のプリントを作成した旨主張し,著作権侵害(新店舗名部分が空白の原版の複製権侵害)を理由とする 不法行為に基づく損害賠償金の支払を求めるとともに,<イ>原告が制作した(B)の商品告知のテレビ CM原版について,被告が無断でそのプリントを作成した旨主張し,著作権侵害(当該テレビCM原版 の複製権侵害)を理由とする不法行為に基づく損害賠償金の支払を求め(第1事件) ,②原告の取締役で あった被告Aに対し,上記①の著作権侵害を被告と共同して行ったなどと主張して,不法行為又は債務 不履行(取締役としての善管注意義務・忠実義務違反)に基づく損害賠償金の支払を求めた(第2事件) 事案です。 原審では,原告が本件各CM原版の著作権を有しないとして,原告の被告らに対する不法行為に基づ く損害賠償請求をいずれも棄却し,また,被告Y(本件の被告A)には原告主張の善管注意義務・忠実 義務違反があったとはいえないとして,被告Y(本件の被告A)に対する債務不履行に基づく損害賠償 請求を棄却しました。 そこで原告は,これを不服として,本件控訴を提起し、併せて本控訴審において、原告と訴外D間の 黙示の合意又は慣習法に基づく原告の「プリント業務を独占的に受注できる権利」を被告らが不当に侵 害した行為が被告らの不法行為及び被告Y(本件の被告A)の債務不履行(取締役としての善管注意義 務・忠実義務違反)に該当するとの主張を追加しています。 本件の争点 本件では、(1) 本件各CM原版の著作権の帰属、(2) 被告らの損害賠償責任の成否(原告の同意の有 無等を含む。 ) 、 (2-ア) 被告の不法行為に基づく損害賠償責任の成否、 (2-イ) 被告Aの不法行為又 は債務不履行(取締役としての善管注意義務・忠実義務違反)に基づく損害賠償責任の成否、(3) 損害 額、が争点となりました。 25 裁判所の判断 裁判所では、上記争点のうち、最初に、本件各CM原版の著作権の帰属についての判断を行いました が、以下のように、原審の判断を引用乃至補足して判断を示し、原告の請求を、棄却しました。 (1)本件では、訴外(K)と(B)に関する本件各CM原版が映画の著作物であるかが検討されまし た。これについて裁判所は、「本件(K)CM原版は,テレビCMの原版(新店舗名部分が空白の原版) であり,これを使用して新たなテレビCM(新店舗名を挿入した完成版)の制作ができるものであって (前提事実(3)ア),新店舗名部分の挿入がなくともそれ自体で特徴のある表現を有するものと認められ ること(甲5)に照らすと,映像が動きをもって見えるという効果を生じさせる方法で表現され,ビデ オテープ等に固定されており,創作性を有すると認めるのが相当である。そうすると,本件(K)CM 原版は,映画の効果に類似する視覚的又は視聴的効果を生じさせる方法で表現され,かつ,物に固定さ れている著作物であるから,映画の著作物(著作権法2条3項)であると認められる。」と判断しまし た。 そして、裁判所では、本件(K)CM原版を映画の著作物であるとの前提の下に、著作権の帰属につ いての検討を行い、 「著作権法29条1項は,映画の著作物の著作権(著作者人格権を除く。 )は,その 著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは,当該映画製 作者に帰属すると定めている。そして,映画製作者の定義である「映画の著作物の製作に発意と責任を 有する者」 (著作権法2条1項10号)とは,その文言と著作権法29条1項の立法趣旨からみて,映画 の著作物を製作する意思を有し,当該著作物の製作に関する法律上の権利・義務が帰属する主体であっ て,そのことの反映として当該著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者であると解 するのが相当である。 」として、 「これを本件についてみるに,本件(K)CM原版について,これを製 作する意思を有し,当該原版の製作に関する法律上の権利・義務が帰属する主体となり,かつ,当該製 作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者としては,広告主である(K)であると認めるのが相 当である。 」とし、本件(B)のCM原板についても同様の判断を下して、原告の主張を退けました。 (2)これに対して原告は、本件各広告映像については,劇場用映画とは異なり,著作権法29条1項 の適用は排除されるので,本件各CM原版の著作者であるAがその著作権者であり,原告はAから同C M原版の著作権の譲渡を受けた、と主張していました。 しかし裁判所では、「著作権法29条1項は,「映画の著作物・・・の著作権は,その著作者が映画 制作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは,当該映画製作者に帰属す る。」と,また,同法2条3項は,「この法律にいう「映画の著作物」には,映画の効果に類似する視 覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され,かつ,物に固定されている著作物を含むものとす る。」旨規定する。本件(K)CM原版が映画の著作物である以上(当事者間に争いはない。),その 製作目的が,商品の販売促進等であることを理由として,同CM原版について同法29条1項の適用が 排除されるとする原告の主張は,その主張自体失当であり,採用の余地はない。 のみならず,以下のとおり,本件(K)CM原版の具体的な製作目的,製作経緯等を検討してみても, 本件(K)CM原版について,映画の著作物の著作権に関して当該映画の製作者に帰属させる旨定めた 同法29条1項の規定の適用を排除すべき格別の理由はない。 すなわち,同法29条1項は,映画の著作物に関しては,映画製作者が自己のリスクの下に多大の製 作費を投資する例が多いこと,多数の著作者全てに著作権行使を認めると,映画の著作物の円滑な利用 が妨げられることなどの点を考慮して,立法されたものである。 26 ところで,本件(K)CM原版についてみると,同原版は,15秒及び30秒の短時間の広告映像に 関するものであること(乙2,3,12),他方,製作者たる広告主は,原告及び被告に対し,約30 00万円の制作費を支払っているのみならず,別途多額の出演料等も支払っていること,同広告映像に より,期待した広告効果を得られるか否かについてのリスクは,専ら,製作者たる広告主において負担 しており,製作者たる広告主において,著作物の円滑な利用を確保する必要性は高いと考えられること 等を総合考慮するならば,同CM原版について同法29条1項の適用が排除される合理的な理由は存在 しないというべきである。広告映像が,劇場用映画とは,利用期間,利用方法等が異なるとしても,そ のことから,広告映像につき同法29条1項の適用を排除する合理性な理由があるとはいえない。」と して、原告の主張を認めませんでした。 (3)また、本件で原告は、原審での主張に追加して、「本件のような広告映像の場合,制作会社が, CM原版のプリント(複製)を受注し,その収益により制作費の不足分を補うという商習慣が確立して いることから,本件各CM原版に係る複製権は原告に帰属すると解すべきである」旨を主張していまし た。 しかし裁判所では、 「制作会社がCM原版のプリント(複製)をする例があったとしても(甲26,2 8,46) ,本件において,原告が,当然に,そのプリント代で制作費の填補を受ける権利を有している と認定することはできない。 」として、 「以上のとおり,本件(K)CM原版について同法29条1項の 適用が排除されることを前提として,原告が本件(K)CM原版の著作権(複製権)を取得したとする 主張は,失当である。 」と判断し、本件(B)CM原版についても同様の判断を行いました。 (4)上記のように、原告に本件各CM原板の著作権の帰属が認められなかったために、原告のその余 の請求は認められず、本件控訴は棄却されています。 【コメント】 本件は、著作物の企画製作並びに出版,映像物並びに演劇の企画製作,配給及び興行,広告代理業を 業とする株式会社である原告が、原告が制作に関与したCM原版について、原告が著作権者であること を主張しましたが、裁判所では認められず、更に「本件のような広告映像の場合,制作会社が,CM原 版のプリント(複製)を受注し,その収益により制作費の不足分を補うという商習慣が確立しているこ とから,本件各CM原版に係る複製権は原告に帰属すると解すべきである」旨の主張をしましたが、認 められなかった事案です。 一般的に法源(裁判所が法的判断を行う場合の根拠となり得るもの)としては、憲法や成文法の他に、 慣習法や判例などが挙げられています。 著作権法で、本件のように業界の慣習を根拠として権利の帰属が主張された例として、例えば、太陽 風交点事件(東京地裁昭 56(ワ)4210 号、東京高裁昭 61(ネ)814 号)があります。同事件では、出版 界で口頭で行われていたとされる出版契約の有効性や、出版社から新刊が出版された場合には、三年間 は他の出版社は当該作品について出版を行わないなどの、業界上の不文律の効力などが争点の1つとさ れました。しかし、裁判所では、「右の慣行がすでに出版界において慣習法又は事実たる慣習として定 立していると認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。」などとして否定されていま す。 口頭による契約は日常的にも多く行われているところですが、著作権法では、商慣習の存在を根拠と して権利の帰属を主張しても、認められる例は多くはないようです。 著作権法の裁判例では、後に争訴が生ずる可能性がある場合には書面による契約を行っておくことが 望ましいと思われる事例が多く見られますが、本件もそうした事例に対する判断の例として、参考とさ れ得る事案です。 27 平成24年(行ケ)第10242号 審決取消請求事件 標 【商標】 題 被告が請求した登録無効審判請求の無効審決に対して、原告がその審決の取消を求めた事件。 本件判決文は、下記のURLをご参照下さい。 http://www.ip.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121116094719.pdf 事案の概要 被告は、原告が商標権者である本件商標の無効登録審判請求をした。特許庁は、①商標法3条1項3号の該 当性について、『需要者は,その商品が「生(レア)のクッキー」であることを表示したものと認識することが少な くないのであって,本件商標をその指定商品について使用するときは,商品の品質を普通に用いられる方法 で表示する標章のみからなるものといわざるを得ない』と判断し、また、②使用による識別性の獲得について は、原告の提出する証拠に基づいて客観的に判断し、『本件商標が指定商品「生タイプのクッキー」について 使用された結果,需要者が商標権者である原告の業務に係る商品であることを認識するに至っていたものと認 めることはできない』と認定し、本件商標の登録を無効とする審決をした。本件商標の商標権者である原告は、 ①、②について、判断の誤りがあるとして無効審決に対して審決取消訴訟を提起した。 本件商標 争 登録番号 第5400678号 指定商品 第30類 生タイプのクッキー 出願日 平成21年3月6日 登録審決の日 平成23年1月28日 登録日 平成23年3月25日 点 1、本件商標は商品の品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるか。 (商標法3条1項3号) 2、本件商標は使用による識別性を獲得したか。 (同条2項) 裁判所の判断 裁判所は、無効審決と同様に、本件商標は3条1項3号に該当し、同条2項の適用は認められないと判 断し、原告の請求を棄却した。 理 由 1.商標法3条1項3号該当性について 裁判所は、クッキーには焼くクッキーと全く焼かないクッキーがあることを認定し、 『本件商標中の「生 クッキー」の部分が,需要者等に対し,生あるいはこれに類するクッキー,すなわち生タイプのクッキ ーを意識させることは明らかである』とし、また、本件商標中の「レア」の部分についても『生あるい はこれに近い状態のものを指すことは公知であることに照らすと, 「生」と同義であるとの印象を需要者 等に与えるものである』と判断した。そして、 『本件商標は,全体としてみても,需要者等に対し, 「生 タイプのクッキー」を意識させるものであって,商品の品質等を普通に用いられる方法で表示する標章 のみからなる商標』に該当すると判断した。 28 原告の主張については、『原告は,本件商標について,焼くという工程を有する商品「クッキー」に,敢えて矛 盾する「生」という文字を組み合わせて,原告が創作した商標であるから,商品の品質を表示したものとはいえ ないと主張する。しかしながら,上記説示のとおり,クッキーには焼かないものも存在しており,本件商標の指 定商品自体が「生タイプの」クッキーなのであるから,そのような指定商品に係る商標として「生」と「クッキー」の 文字を組み合わせたとしても,自他識別力があるということはできない。また,証拠(甲27,28,54)によれば, 本件商標の登録審決時より前に,洋菓子について,「生キャラメル」,「生ドーナツ」のように,加熱工程を有する 菓子に「生」を組み合わせる例があったことが認められるのであって,焼き菓子に「生」の文字を組み合わせる ことに特殊性があるとはいえない』としてその主張を退けた。 2.使用による識別性について(商標法3条2項) 裁判所は、証拠及び弁論の全趣旨から、本件商標が原告等の業務に係る商品として周知性を有していたか について、『原告又はコーキーズ社が,平成18年6月ころ以降,「生(レア)クッキー」という本件商標を付した商 品を販売してきたこと,平成22年11月末ころまでの間に累計50万枚以上を販売したこと,本件商標の登録審 決がされた平成23年1月28日までの間に,当該商品が北海道のテレビ局2社の番組のほか,多数のウェブサ イトや雑誌等において,「コーキーズ生(レア)クッキー」などとして紹介され,北海道を初めとして,それ以外の 地域においてもある程度の人気を得ていた事実が認められる。また,甲30~37の書面には,北海道山越郡長 万部町長ら数名が,本件商標の周知性を証明する旨の記載がある』と認定した。 しかし、『洋菓子店のデメルが遅くとも平成20年7月ころまでに「生クッキー」の販売を開始していたこと,株式 会社モーツアルトが遅くとも平成21年8月ころまでに,「生クッキー」という語を付した西洋落雁という名称の商 品の販売を開始していたこと,株式会社北海道村(ブランド名はバンビである。)が遅くとも平成21年10月ころ までに「しっとり生(レア)クッキー」の販売を開始していたこと,被告も,平成22年9月ころ以降,ヌーディアとい う名称の商品を「レアクッキー」として販売していたことが認められるほか,平成21年12月には,あるウェブサイ トに「生クッキーというと私は不二屋(ママ)のカントリーマアムを思い出す」と記載されたこと』を挙げ、大手菓子 メーカーを含めた複数の会社から、「生クッキー」、「レアクッキー」の商品が販売され、さらに、「生キャラメル」、 「生どら焼き」、「生ゼリー」等の商品が販売されていることを考慮して、『本件商標を付した原告又はコーキーズ 社の商品が累計50万枚以上販売され,ある程度の人気を得ているなどの事実や上記証明書の記載があるとし ても,本件商標について,需要者が原告又はコーキーズ社の商品であることを認識することができる状態にな っていたとまでは認められ』ないと判断し、「生クッキー」及び「レアクッキー」が、原告等の業務に係る商品とし ての識別性は有していなかったと判断した。 【コメント】 判決に述べられているように、「生」の文字のつく商品は多数存在し、商品の名称に「生」の文字を用いること は一般的なことだと考えます。また、判決に述べられている以外の「生(レア)」の意味合いとしては、熱処理を していない、生クリームを豊富に使用している、滑らかな舌触りを追求している等があり、商品の品質を特徴付 けるための処理のように思われます。そうすると、「生」の文字をお菓子であるクッキーに使用される場合には、 商品の品質を表しており、商標法3条1項3号に関する裁判所の判断は妥当であると考えます。 同条2項の適用に関しては全国的な周知性が求められるところ、裁判所は、原告らの「生(レア)クッキー」は、 多数のウェブサイトや雑誌等に取り上げられ、北海道を初めとして,それ以外の地域においてもある程度の人 気を得ていた事実は認めておりますが、全国的な周知には至っていないと判断したと考えます。 また、裁判所は、原告らの「生(レア)クッキー」は、平成18年6月ころ以降、平成22年11月末ころまでの間に 累計50万枚以上が販売され、一方他の菓子メーカー等からの生クッキーの販売は平成20年7月ころまでに開 始していたと認定し、他の菓子メーカーの参入により、「生(レア)クッキー」の名称が原告らのクッキーを表すも のと認識できなくなっていたと判断したものと考えます。 29 平成23年(行ケ)第10326号 審決取消請求事件 標 【商標】 題 原告らであるアディダス アーゲー及びアディダス インターナショナル マーケティングベー ヴ ェーが、被告である株式会社ニッセンホールディングスの有する登録商標に対し請求した登録無効審判 請求の請求不成立審決に関し、原告らがその審決の取消を求めた事件。いわゆる、アディダス社製の3 本線靴とニッセン社製の4本線靴が混同するか否かが争われた事件。 本件判決文は、下記のURLをご参照下さい。 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121120113513.pdf 事案の概要 原告らは、被告が商標権者である本件商標の無効登録審判請求をした。特許庁は、本件商標と引用商標 とは,十分に区別し得る別異の商標であるから,被告が本件商標を指定商品に使用しても,これに接す る取引者,需要者をして,引用商標を連想又は想起させるとは認められず,商品の出所について混同を 生じさせるおそれはないから,本件商標の登録は,商標法4条1項15号に違反してされたということ はできないなどとして,無効審判請求を不成立とした。原告らは、審決には判断の誤りがあるとして請 求不成立審決に対して審決取消訴訟を提起した。 本件商標 第4913996号 出願日 平成17年5月25日 登録査定日 平成17年10月28日 登録日 平成17年12月9日 商品及び役務の区分 第25類 指定商品 履物,運動用特殊靴 引用商標1,2 引用商標3~6 引用商標7~10 引用商標11~13 引用商標14,15 引用商標16,17 引用商標18 参考商標 引用商標19~22 30 登録番号 引用商標23 (立体商標) 争 点 商標法4条1項15号該当性、つまり、本件商標(被告の登録商標)は原告らの業務に係る商品又は 役務と混同を生ずるおそれがあるか否かである。今回は、両商標の外観が主な争点となっている。 審決の判断 本件商標を引用商標と対比して、 『①本件商標は,4本の細長い台形様図形から構成されているのに対 して,引用商標の図形部分は,いずれも3本の短めの台形様図形等から構成されている点,②本件商標 を構成する4本の台形様図形には長短の差があるものの,その差異はそれ程大きな差異ではなく,4本 の台形様図形が細長いものであることとも相俟って,全体の傾斜角度も比較的緩やかなものとして看取 されるものであるのに対して,a』 引用商標1~10,23の構成中の靴の側面に描かれた3本の台形様図形は,その長短の差がかなり顕 著であって,3本の台形様図形が短めのものであることとも相俟って,全体としてかなり急な傾斜角度 を有する図形として看取される点,b)引用商標11~13を構成する3本の台形様図形には長短の差 があるものの,視覚的には極めて僅かなものであって,むしろ3本の台形様図形が並列しているかのご とき印象を与えるものである点,c)引用商標14~17の3本の平行四辺形様図形に至っては均等な 長さのものが並列しており,しかも,引用商標11~17を構成する図形は,左右の縦線が鋸の歯状の 形態に描かれているものである点,d)引用商標18は,3本の二重輪郭線からなる台形様図形からな るものではあるが,それぞれの間隔が極めて狭いことから,むしろ,全体として,縞模様を有する1つ の台形様図形であるかのごとき印象を与えるものである点,③本件商標は,各台形様図形にはステッチ 状の模様と多数の小さな丸点が表されている点において明らかな差異を有している』と判断した(判決 文p20~21) 。 原告らの主張 原告らは、 『上記①の点について,a』ストライプの本数が4本か3本かの違いは大きな相違点とはい えない,b』本件商標の指定商品「履物,運動用特殊靴」においては,靴の甲の側面に商標を付す表示 態様が多く採用されているところ,本件商標を構成する4本のストライプの間には3つの余白部分が存 在し,当該部分が, 「3本のストライプ」 , 「3本線」として認識されるおそれが高い,上記②の点につい て,原告らは,3本線商標を様々な異なるデザインで長年にわたって使用しているから,需要者は,3 本線がいかなるデザインで構成されているものであるかにかかわらず,3本線の存在を目印にこれが使 用されている商品が原告の製造,販売に係る商品であると認識,理解する,上記③の点について, 「ステ ッチ状の模様」は,本件商標の指定商品「履物,運動用特殊靴」に商標を付す場合に生じる縫い目に相当 する部分で,ありふれた形態であり,「多数の小さな丸点」は,原告使用商標のデザインとして古くから 採用されているパンチング(小さな丸い孔)の模様に相当するものである』と主張した(判決文p21 ~22) 。 裁判所の判断 裁判所は、原告の請求を認め、本件商標は商標法4条1項15号に該当するとし、無効審判請求を不成 立と審決は取り消されるべきであると判断した。 31 理 由 1.商標法4条1項15号該当性の判断の誤りについて 裁判所は、本件商標、アディダスの商品等表示としての態様、周知性を認定し、さらに取引の実情に ついて、 『①運動靴においては,靴の甲の側面に商標を付す表示態様が多く採用されていること(ただし, 靴の構造上,引用商標23のようにスリーストライプ等の図形のみであり,文字のロゴがないものがほ とんどである。 ) ,②そのような態様で付された商標においては,商標上端部はアイレットステイと重な り,下端部は靴底と甲の接合部と重なるため,商標の上下両端部における構成は視認しにくいこと,③ また,4本線商標を靴の甲の側面に付したもののうち,4本線とそれらの間に存在する3つの空白部分 とを,2色で別々に塗り分けるなどすると(例えば甲121,被告販売商品であるスニーカー) ,これを 見た場合,4本線の部分と3つの空白部分のいずれが強い印象を与えるか(4本線か3本線か) ,外観に おいて紛れる場合が見受けられること,が認められる。 』と認定した。 そして、商標法4条1項15号該当性については、 『ア 上記(2)イに認定した事実によれば,運動靴の甲の両側面(靴底とアイレットステイを結ぶ位置) にサイドラインとして付されたスリーストライプス商標(細部のデザインの相違を捨象した3本線を基 調とする商標)は,スリーストライプという語が需要者の間に用語として定着していたかはともかく, 本件商標の登録出願時である平成17年5月25日及び登録査定時である同年10月28日において, 我が国において運動靴の取引者,需要者に,3本線商標ないしスリーストライプス商標といえばアディ ダス商品を想起するに至る程度に,アディダスの運動靴を表示するものとして著名であったものと認め られる。スリーストライプス商標の具体的な構成には,使用時期や製品によって,ストライプの長短, 幅,間隔,傾斜角度,輪郭線の形状等,細部のデザインが異なる様々なものが存在するが,これら細部 の相違は,スリーストライプス商標の基本的な構成である3本のストライプが与える印象と比較して, 看者に異なった印象を与えるほどのものではないというべきである。 イ 本件商標は,上記(2)アのとおり,細長い4本の台形様ストライプからなるものであるが,その指定 商品「履物,運動用特殊靴」に属する運動靴においては,同ウに認定したとおり,靴の甲の側面に商標 を付す表示態様が多く採用され,そのような態様で付された場合,商標の上下両端部における構成が視 認しにくく,また,4本線の部分とそれらの間に存在する3つの空白部分につき,4本線か3本線かが 紛れる場合が見受けられるのであり,その場合,参考図(別紙記載11a,b)のような構成のものと 区別することが困難であるともいえる。そして,4本線商標とスリーストライプス商標との相異の程度 について,別の角度から検討すると,本件商標の構成と同様に4本の長短のある台形様図形をやや傾 けて互いに平行に等間隔で配置してなる4本線商標(引用商標1,2の図形部分に似た白色の4本線の もの1件,黒色の4本線のもの3件)の事例について,特許庁において,アディダスの業務に係る商品 と出所混同を生ずるおそれがあり,商標法4条1項15号に該当するとの認定がなされ,登録無効審決 又は登録取消決定が確定していることが認められる(甲93の1,2,甲94,122~127) 。 そうすると,運動靴の甲の側面に付された本件商標に接した取引者,需要者は,本件商標の上下両端 部における構成が視認しにくい場合や,本件商標から,4本の細長いストライプではなく,それらの間 に存在する空白部分を3本のストライプと認識する場合などがあり,これらのことから,3本のストラ イプから著名なアディダスのスリーストライプス商標を想起するものと認められる。また,4本線商標 かスリーストライプス商標かという相異についても,靴の甲の側面に商標として付された場合,さほど 大きな区別のメルクマールになるものとはいえない。さらに,本件商標は,4本線商標というのみなら 32 ず,台形様図形の向かい合う2辺の各々に沿って表示された2本のステッチ状の模様とその間に均等間 隔に表示された多数の小さな丸点が描かれている点において,引用商標と異なることは確かであるが, アディダスのスリーストライプス商標の付された運動靴において,甲の両側面に付されたスリーストラ イプス商標の各ストライプの向かいあう2つの長辺に沿ってその内側に2本のステッチ状の模様(これ は商標を靴の甲の側面に付す場合の縫い目のようにも見える。 )のあるものが多数存在し, 3本のストライプ間の中央部又はストライプ中央部にストライプに沿って直線上に多数のパンチング (小さな丸い孔)模様のあるものも存在することを考慮すると,本件商標の「2本のステッチ状の模様」 及び「多数の小さな丸点」は,本件商標の構成において,格別の出所識別機能を発揮するものと認める ことはできない。 ウ 以上検討したところによれば,単に本件商標と引用各商標との外観上の類否を論ずるだけでは足り ないのであって,本件商標と引用各商標(アディダスの著名商標)との構成態様より受ける印象及び両 商標が使用される指定商品の取引の実情等を総合勘案すると,本件商標を指定商品「履物,運動用特殊 靴」に使用したときは,その取引者,需要者において,当該商品がアディダスの業務に係る商品と混同 を生ずるおそれがあるものと認められる。 』と判断した(下線は筆者による) 。 【コメント】 本事件は、審決において、主に両商標の外観を対比して判断して十分に区別できると判断し、一方、 判決において、アディダスの商標としての著名性、商標が使用される態様等、取引の実情を勘案して4 本線と3本線とを見間違える場合があると判断して混同を認めており、裁判所と特許庁の商標の類否判 断における姿勢の違いが明確に表れた事件であったように思います。 取引の実情が考慮されるには、商標を使用している事実が必要であり、出願時にその事実を加味して 類否判断を行うのは容易ではないのだということ、また一方で、取引が行われている場合では、取引の 実情をいかに考慮するかで、類否判断が異なってくるものだということを感じました。 需要者は、注意して商品を購入するとはいえ、3本線と4本線のデザインは、使用される態様(外観) からしても十分に区別できるとはいえないと考えられるため、裁判所の判断は妥当であったと考えます。 33 不公正行為が医薬品特許を台無しにする (アメリカ) 【特許】 アメリカ特許商標庁(PTO)を欺くのはあまり感心しません。 合衆国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)が審理した Aventis Pharma S.A. と Hospira, Inc. の間で争われた訴訟で、1人の特許権所 有者が苦い経験を通じて学んだように、そのようにすることの影 響により、多くの犠牲が生じることが立証されます。 失態を演じる Aventis Pharma は、化学療法抗がん剤であるドセタキセルに関する 医薬品特許を2件所有しています。同社は、Hospira Inc.、Apotex Inc. 及び Apotex Corp. がドセタキセルのジェネリック版の市販に向けて FDA の承認を申請した際に、これら3社に対して侵害訴訟を提起しまし た。 連邦地方裁判所は、発明者がこの医薬品の特許性について、重要性 のある2件の先行技術文献を PTO に対して意図的に通知していなかっ たことから、不公正行為により、これらの特許は法的強制力を持たな いと裁定しました。また、連邦地方裁判所は、これらの特許が自明性 により無効であると判示しました。 スライディング・スケール式は認められない 控訴審において、CAFC は、Therasense, Inc.と Becton, Dickinson Co. の間で争われた訴訟で、自身 が 2011 年に下した判決を論拠としています。この訴訟では、裁判所が、強固な重要性の主張により説得 力の薄い意図の主張が補完されたり、その逆の場合が生じたりする可能性のある”スライディング・ス ケール式”手法による不公正行為の立証を却下しています。 それどころか、裁判所は、意図及び重要性が不公正行為を立証するための個別要件であると判示しま した。また、裁判所は、"but for"標準に基づき、重要性を分析しなければならないと判示しており、こ れは、仮に開示されていない先行技術について PTO が承知していたならば、この特許クレームは認めら れなかったであろうことを意味しています。 意図的な非通知 ドセタキセルの訴訟において、更に CAFC は、ある特許クレームが、意図的に通知されていない先行技 術文献に基づき連邦地方裁判所で適正に無効とされている場合、 ”不公正行為の審問を行うためには、そ の引用文献が必然的に重要性を持つ”と説明しています。 34 しかしながら、たとえ通知されていない引用文献が、そのクレームを無効にできるほど十分なもので はなかったとしても、この引用文献により、PTO 標準に基づき特許の発行が妨げられるような場合には、 その引用文献が重要性を持つものである可能性が高いことになります。 ここで、控訴裁判所は、通知されていない引用文献に基づく自明性により、これらの特許が無効である という連邦地方裁判所の認定を支持しました。したがって、これらの引用文献は、必然的に重要性を持 っています。 意図について、裁判所は、1件の引用文献に基づく実験が失敗に終わったものと考えていたために、 その引用文献を開示しなかったという発明者の弁明を却下しました。裁判所は、その引用文献が、医薬 品の臨床用パンフレットに含まれていたことを確認するための積極的措置を発明者が講じていたと指摘 して、他の引用文献を開示しなかったことに関する発明者の弁明を同様に棄却しました。 たった1つの欠落 この訴訟は、特許性について重要性のある可能性を有する文書を PTO に対して全て提出することの大 切さを説明しています。ある特許において、少なくとも 1 つのクレームの発行を妨げると考えられる先 行技術文献がたった1つ欠落しただけで、Aventis の訴訟でもそうであったように、不公正行為の判決 へと繋がることがあります。 (ニューヨークの Collard & Roe, P.C.からのレターに拠る) 【コメント】 上記判例は、アメリカ特許法施行規則 1.56 条の「特許性に関する重要情報の開示義務(IDS) 」に 基づくものです。施行規則 1.56 条は長文であるため、以下にその一部をご紹介します。 (a) 特許は本質的に,公共の利益によって影響を受ける。出願が審査される時に,特許商標庁 が特許性に関する全ての重要情報を知り,かつ,その内容を評価する場合において,公共の利 益は最大に満たされ,最も有効な特許審査が生じる。特許出願及びその手続の遂行に関与する 各個人は,特許商標庁に対する折衝において率直かつ誠実であることの義務を負い,その義務 は,本条において定義される特許性にとって重要であることが当該人に分かっている全ての情 報を特許商標庁に開示する義務を含む。情報開示義務は,係属している各クレームに関し,そ のクレームが取り消されるか,考慮の対象から取り下げられるか,又はその出願が放棄される まで存在する。取り消された又は考慮の対象から取り下げられたクレームの特許性に関する重 要情報は,その情報が出願の中の考慮の対象として残っているクレームの特許性にとって重要 でないときは,提出する必要がない。特許性にとって重要であると分かっている情報の全てを 開示する義務は,発行される特許のクレームの特許性にとって重要であると知られている情報 の全てが特許商標庁によって引用されていたか,又は別途規定される方法で特許商標庁に提出 されていた場合は,果たされたものとみなす。ただし,出願に関連して,特許商標庁に対する 詐欺行為が実行された若しくは企てられた,又は悪意若しくは故意の違法行為によって開示義 務違反が行われた場合は,その出願には特許は付与されない。特許商標庁は,次の事項を慎重 に検査することを奨励する。 35 (1) 対応出願に関する外国特許庁の調査報告に引用されている先行技術 (2) 特許出願又はその手続の遂行に関与する個人が,係属しているクレームの特許性を明確 にすると考える詳細な情報であって,それに含まれている重要情報が特許商標庁に開示 されることを確実にするもの (b) 本条においては,情報は,それがその出願に関して既に記録されている又は記録されよう としている情報に累積されるものでなく,かつ,次の条件に該当しているときは,特許性にと って重要である。 (1) その情報が,それ自体又は他の情報との組合せによって,クレームの不特許性に関する 一応の証拠がある事件であることを立証する場合 (2) その情報が,出願人が次の行為においてとっている立場を反駁するか又はそれと矛盾す る場合 (i) 特許商標庁が依拠する不特許性の論拠に異議を申し立てること (ii) 特許性の論拠を主張すること 不特許性についての一応の証拠がある事件であることは,特許性に関する反対の結論を証明す るために提出することができる証拠を考慮する前に,情報がクレームの各用語に,明細書に合 致する最も広い合理的解釈を与え,かつ,それが証拠の優越,立証責任基準に基づいて,クレ ームは特許性を有さない旨の結論を強いるときに,立証される。 IDSで問題となることは、出願人が issue fee を支払った後に当該文献を初めて知った場合、どの ようにPTOに提出するかを決めることです。1つの方法は、規則 1.97 に基づいて当該文献をIDSで 提出することです。この文献が file に入れられますが、審査はされません。別の方法は特許発行手続を 中止するための書面を提出し、RCEと共にIDSを提出することです。 36 フランス中小企業、商標侵害でアップルに勝訴(フランス) 【商標】 米国にてアップル社がサムソンとの特許戦争に勝訴したとのニュー スが報じられて間もないが、商標についてはそうもいかないようだ。 2012年9月12日、パリ高等裁判所は、アップル社がフランス中 小企業の先行商標を侵害しているとして賠償金支払を命じた。 サーカスの意味を持つシルキュス(Circus)社は、主にグラ フィックソフトウェア開発及びデジタル視覚効果の製作等を行ってい る。同社は2010年4月、視聴覚及びソフトウェア分野等について [1]文字商標「Lion」をフランスに出願[2] ・登録した。一方、アップル社は2011年4月、 シルキュス社と同一の商標を、同一の商品・サービスについて欧州共同体商標意匠庁に出願した[3] 。 早くも出願翌月の2011年5月から、シルキュス社はアップル社に対し警告を発した。しかしアッ プル社の反応は鈍く、同年6月、Lionの名を冠したOSを新発売する旨を発表した。 これに対しシルキュス社は、2011年7月、パリ大審裁判所[4]にアップル社の商標使用禁止と 損害賠償金支払等を求めて提訴。同年10月、大審裁判所は、1,500ユーロの賠償金支払を認める も、商標使用禁止を退けたため、シルキュス社はパリ高等裁判所に上訴していた。 今回の判決で、パリ高等裁判所は第一審を支持。アップル社によるシルキュス社商標の侵害を認め、 同社に対し第一審判決の30倍を超える50,000ユーロの賠償金支払を命じた。一方、商標使用禁 止については、シルキュス社が現在まで当該商標を使用していないことに基づき均衡性原則に反すると して退けた。 使用禁止要求が退けられた以上、アップル社は今後ともLionを自社製品に用いることができる。ま た、米アップル社の2012年度第1四半期の売上高が463億ドルであることを考えると、高々50, 000ユーロの支払いが如何ほどのものかという感も否めない。 ともあれ、シルキュス社「勝訴」の報は、今回の事件を「リンゴを食べたいライオン」のおとぎ話に なるかもしれないと評したル・パリジャンやフィガロ等の大手日刊紙を初め、フランスの各種メディア で大きく取り上げられた。 シルキュス社も攻勢を緩めない。同社はアップル社の2012年度版新OS・Mountain L ionについても200,000ユーロの賠償金を求めて提訴中だ。本件は10月中にも判決が出る見 通しであり、注目される。 [1]ニュース国際分類9、38、41及び42を指定して出願 [2]出願番号3727479 [3]出願番号9871567 なお、2010年10月に出願されたジャマイカ商標を基礎として優先権を主張を主張している。 [4]日本での第一審に相当 (プラスロー特許商標事務所 NEWSLETTERより) 37 USPTOの年報公表 (アメリカ) 【四法共通】 米国特許商標庁(USPTO)は、2012 年度版の年報「Performance and Accountability Report Fiscal Year 2012」を公表しました。 特許、意匠、商標いずれも出願件数は前年度よりも増加していま す。また、特許審査官が前年度よりも約 1100 名増加し、特許審 査においては FA 件数及び最終処分件数が出願件数を上回りまし た。それに伴い、FA 期間も前年度の 28 ヶ月から 21.9 ヶ月に大 幅に減少しています。米国への特許出願・登録及び商標出願・登 録の上位5ヵ国は、順位を含めて変化はありません。なお、アメリカでは意匠は意匠特許と呼ばれます が、ここでは日本と同様に意匠としております。 2012 年度版の年報の概要は、以下の通りです。 1.職員数 特許審査官が 1141 名増員されています。 昨年 9 月 16 日に成立した改正特許法を受け、 2012 年度は 1000 人以上の審査官を増員する予定となっていたものであり、増員が順調に行われたものとみられます。 08 年度 09 年度 10 年度 11 年度 12 年度 職員総数 9518 9716 9507 10210 11531 うち特許審査官 5955 6145 6128 6690 7831 うち意匠審査官 100 98 97 95 104 うち商標審査官 398 388 378 378 386 2.特許出願及び審査実績 特許出願数は前年度比で 5.2%の増加となりました。FA 件数及び最終処分件数はそれぞれ前年度比で 7.2%、7.8%の増加となり、FA 件数及び最終処分件数は出願件数を上回りました。それに伴い、FA 期間が 21.9 ヶ月に大幅に減少しています。 なお、最終処分までの期間に大幅な変化はありませんが、FA 期間が短縮傾向にあることから、次年度 以降最終処分までの期間も減少に向かうと予想されます。 年度 2008 2009 2010 2011 2012 出願件数 468,669 460,924 481,483 506,924 533,308 FA 件数 422,065 469,946 447,485 505,651 542,081 最終処分件数 368,557 457,897 526,767 508,559 548,056 特許発行件数 156,540 166,707 209,754 223,135 248,305 FA 期間(月) 25.6 25.8 25.7 28.0 21.9 平均要処理期間 (月) 32.2 34.6 35.3 33.7 32.4 (注)植物特許(plant patent)、再発行特許(reissue patent)を含む。なお、12 年度は暫定値。 38 4.商標出願及び審査実績 商標出願は前年度比 3.2%の増加(2010 年度→2011 年度は 7.5%の増加)となっています。FA 期間は 2009 年度以降微増傾向がみられるものの、最終処分までの期間は短縮しており、審査期間の遅延が問題とな るレベルではないと考えられます。 年度 2008 2009 2010 2011 2012 出願件数 302,253 266,939 280,649 301,826 311,627 出願件数(区分数) 401,392 352,051 368,939 398,667 415,026 FA 件数(区分数) 415,896 372,830 367,027 389,084 420,621 最終処分件数(区分数) 430,343 431,324 372,117 379,494 383,291 FA 期間(月) 3.0 2.7 3.0 3.1 3.2 平均要処理期間(月) :新 11.8 11.2 10.5 10.5 10.2 平均要処理期間(月) :旧 13.9 13.5 13.0 12.6 12.0 5.再審査請求 2012 年度の当事者系再審査請求数が大幅に増加しています。これは、2012 年 9 月 16 日より当事者系 再審査が当事者系レビューに改められ、それに伴い大幅な料金値上げとなったことから、駆け込み請求 があったためと考えられます。 2008 2009 2010 2011 2012 査定系再審査請求件数 680 658 780 759 747 うち、権利者からの請求 87 67 63 104 683 うち、第三者からの請求 593 591 717 654 64 当事者系再審査請求件数 168 258 281 374 640 6.米国に対する海外からの出願・登録状況 特許、商標ともに上位5ヵ国の国名、順位に変化はありません。上位5ヵ国には入っていませんが、 中国の増加が著しく、特許、商標ともに来年度は5位以内に入る可能性があります。なお、2012 年度の 国別の特許出願件数は、2013 年度の年報で公表される予定となっております。 特許出願・発行件数上位5ヵ国順位 順位 出願件数 発行件数 国名 11 年度 10 年度 国名 12 年度 11 年度 1 日本 88,861 84,842 日本 51,609 47,674 2 ドイツ 29,543 28,157 ドイツ 14,569 13,020 3 韓国 28,478 26,648 韓国 13,956 12,858 4 台湾 21,678 21,282 台湾 11,309 9,584 5 カナダ 12,921 12,203 カナダ 6,197 5,687 参考 中国 10,562 8,358 中国 5,044 3,465 255,165 270,928 138,607 124,252 海外総計 39 商標登録出願・登録件数上位5ヵ国順位 順位 出願件数 登録件数 国名 12 年度 11 年度 国名 12 年度 11 年度 1 ドイツ 10,525 10,603 カナダ 3,888 4,069 2 カナダ 9,823 9,257 ドイツ 3,660 3,730 3 イギリス 8,939 8,451 イギリス 2,905 2,989 4 フランス 6,375 5,868 フランス 2,160 2,353 5 日本 5,358 5,054 日本 2,198 2,272 参考 中国 3,735 3,652 中国 2,024 1,705 総計 89,100 85,116 総計 34,003 33,752 (AIPPI・JAPANからのニュースレターに拠る) 新年明けましておめでございます。 旧年中は格別なご高配を賜り、誠に有難く厚く御礼申し上げます。 本年も、より一層のご支援を賜りますよう、所員一同心よりお願い申し上げます。 アドバンス IP ニュース第37号をお届け致します。 ”一年の計は元旦にあり”ということで、私は今年一年やってみたいことやたどり着きたい目標を新 しい手帳にリストアップします。やる気とわくわく感を、居ずまいを正したくなる新年らしい新鮮な気 持ちでやや抑えながら、現実的に計画を立て始めるのは楽しいことです。前のニュースがすぐに次のも のにとって変わる変化の激しい世の中ですが、忙しさの中にも、何かに心が動かされて感動し、さらに その気持ちを他人と分かち合えって喜べる状態で過ごしたいものです。 今後もアドバンスIPニュースでは、本年も皆様に有益となる情報を発信していく所存です。何卒、 宜しくお願い申し上げます。 アドバンス国際特許事務所 〒107-0052 東京都港区赤坂 2-13-5 赤坂会館 3 階 Tel 03-5570-6081 Fax 03-5570-6085 E-mail [email protected] URL 40 http://advance.web.infoseek.co.jp/
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