米国のコミュニティアーキテクトの活動の特質と枠組み

米国のコミュニティアーキテクトの活動の特質と枠組み
近藤 民代(神戸大学大学院工学研究科)
1.はじめに
れている点が一般的な建築創造とは異なっている。
本研究協議会では「地域継承空間システムを尊重
米国ではコミュニティ・アーキテクチュアという
する都市・地域空間形成計画手法の再構築」を実現
言葉はあまり使われておらず、コミュニティ・デザ
する都市建築計画側の担い手として「コミュニティ
インという用語が用いられている。その意味は本質
アーキテクト」を位置づけている
1)
。なんのために
的にコミュニティ・アーキテクチュアとほぼ同等で
コミュニティアーキテクトが必要であるかというと
あるが、異なる点は、低所得者やマイノリティなど
ころを出発点にしており、地域継承空間システムを
の社会的弱者をメインターゲットとしている点であ
尊重する主体としてコミュニティアーキテクトが必
る。コミュニティ・デザインは、貧しい人々のため
要であると位置づけている。布野(2000)は、豊かな
の建築、と呼ばれることもある 4)。
街並みの形成や景観の保全・継承に加えて、地域の
コミュニティ・デザインを実践する組織として、
防災という側面からも「建築家」の継続的参加が必
米国ではコミュニティデザインセンターがある。コ
要であると指摘し、それをタウンアーキテクトと呼
ミュニティデザインセンターとは、低・中所得者が
2)
んでいる 。
居住する地域生活空間を対象として、建築・都市計
本稿では主に米国におけるコミュニティアーキテ
画的な技術的支援を行うことで彼らの居住支援や住
クトの活動の特質とそれを支える組織、社会的基盤
環境改善を使命として活動する非営利組織である。
について概説する。ここで著者はコミュニティーア
1960 年代後半の大規模な都市再開発事業に対する
ーキテクトを以下のように定義する。すなわち、コ
立ち退きの対象になった低所得者・マイノリティな
ミュニティアーキテクトとは、①コミュニティとい
どの抵抗運動を建築家やプランナーが個人的に支援
う物理的な地域生活空間を対象として、②コミュニ
するところから発展し、次第に恒常的な組織を形成
ティをクライアント・パートナーとして、③コミュ
して無料・低料金で技術的支援活動を行うようにな
ニティを活動拠点として、建築の計画・設計や都市
った。同時期は公民権運動やベトナム反戦運動など
デザインを行う建築家である。地域に根差してそこ
社会的な運動が展開され、貧困問題などの社会的な
に存在する自然、住環境、福祉や医療、教育システ
不公正を建築・都市計画の側面から改革していこう
ム、街並み、地域の文化などを踏まえた総合的な建
という建築家やプランナーの職能意識の変化があり、
築・まちづくりをコミュニティアーキテクトが担う
これがセンターの設立背景である。英国でも同時期
こととなる。
にコープ住宅建設運動、借家人組合による公営住宅
コミュニティ・アーキテクチュアは、建築や空間
管理に対する権利の要求などの住宅運動が展開され
のユーザーの積極的な参加によって建築・居住環境
た。英米で共通しているのは、居住者の住環境改善
創造する行為およびそれによって生み出される建築
への参加の要求運動と並行して、それを助ける専門
3)
及び居住環境と定義される 。塩崎(1992)は、
「コ
家としての職能改革運動が展開されてコミュニティ
ミュニティ・アーキテクチュアの基本原理は、居住
アーキテクトの重要性が社会的に認識されるに至っ
環境というものは、そこに住む人々がその建設や管
た点である。
理に直接参加すればずっとよくなるということであ
本稿では主に米国のコミュニティデザインセンタ
る」
、と説明している。地域生活空間というコミュニ
ーで活動している建築家およびプランナーをコミュ
ティ「を」をつくるという意味と、主体としてコミ
ニティ・アーキテクトとして位置づけて、その活動
ュニティ「が」つくるという二つの意があり、特に
内容、それを支える組織基盤と資金などの枠組みに
居住者や建築ユーザーの「参加」が重要なキーワー
ついて解説する。
ドとなっている。建築家と施主・クライアントとい
2.米国のコミュニティアーキテクトの活動母体
う関係ではなく、居住環境を創造・再生する一主体
米国においてコミュニティ・アーキテクトと称さ
として地域住民と同等の立場で建築家も位置づけら
れる専門家として活動している形態にはさまざまな
ページ番号は不要
母体があるが、本稿ではコミュニティデザインセン
ターのように恒常的な組織体で常勤スタッフとして
の一部を大学ベース型 CDC に支払う場合もある。
たとえば 1995 年にイリノイ大学シカゴ校の建築、
働くものと、米国建築家協会という職能団体が運営
都市計画、芸術などの分野の教員が中心となって立
するボランティアでの短期間の地域・都市デザイン
ち上げた City Design Center では、高齢者用の住宅供
支援活動を例にしてその活動について見ていくこと
給を行っているコミュニティ開発法人からの依頼に
とする。
応じて、学生がシニア住宅の建築設計・デザインを
(1)コミュニティデザインセンターのスタッフとし
行い、最優秀賞に選ばれた図面を民間建築家に手渡
て活動するコミュニティ・アーキテクト
し、学生とのコラボレーションで実施図面を完成さ
コミュニティデザインセンターは、地域で活動す
せている。このように大学ベース型のセ CDC は実現
るコミュニティ組織の依頼に応じて、低料金で技術
できるかわからないプロジェクトに対して初動期の
的支援を行う。コミュニティアーキテクトが自発的
支援を行うことによって、実行段階に進めて民間建
に地域の課題を発掘して、それに対する処方箋を考
築事務所に橋渡しする役割を果たしている。
える、というスタイルではなく、あくまでも地域住
民の主体的な環境改善運動とその意思があってから
スタートする点が日本と異なっているといえる。コ
ミュニティ組織には、コミュニティ開発法人
(Community Development Corporation)の形態をとる
ものが多い。よくこの二者が混同されていることが
見受けられるが、コミュニティ開発法人は地域の住
図-1
完成した高齢者住宅(左)、学生による高齢者住宅
の立面図(右):シカゴ市
環境、福祉、教育などの総合的な問題を改善するこ
とを目的にした組織であるのに対して、コミュニテ
ィデザインセンターはそれを建築や都市計画の側面
から支援する専門家集団である。
コミュニティ組織が民間建築事務所のクライアン
トになるという意味では、民間建築事務所がコミュ
ニティーアーキテクトとしての活動を行うための機
コミュニティデザインセンター(以下、CDC)に
は、大学の建築・都市計画学科を基盤としている大
学ベース型 CDC、常勤の有給スタッフが在籍して技
術的支援を行う非営利型 CDC、ボランティアスタッ
フが技術的支援を行うボランティア型 CDC という
類型がある。以下でそれぞれの類型ごとの特徴を示
し、コミュニティアーキテクトの活動について説明
する。
会を大学ベース型 CDC が提供しているといえる。
著者が運営する研究室では、神戸大学建築学科の
槻橋修研究室と共同で、神戸中心部における三宮一
丁目センター街の商店主からの依頼を受けて、商店
主と学生たちが協働して再生計画を策定中である。
この活動は、コミュニティデザインセンターと名乗
っていないにせよ(そろそろ名乗ろうと思っている
が)、米国における大学ベース型 CDC に相当する活
①大学ベース型
動である。大学の地域貢献という側面が重視される
著者が 2000 年に行った調査によると、全米のコミ
ュニティデザインセンターの 46%がこの類型に属
しており、最も多い組織形態である。これは建築学
科や都市計画学科の教員と学部生・大学院生がコミ
ュニティアーキテクトとして位置づけられるタイプ
である。建築設計演習などの授業の一環として数週
間で行われる短期間の支援が多く、若いコミュニテ
ィアーキテクトを育てるための教育という側面を重
視している点に特徴がある。技術的支援に対しては、
完全に無料で行われる場合も少なくないが、コミュ
現代において、大学が地域の一員として両者が共同
して地域の課題解決に取り組んでいる事例は国内に
おいても非常に数多く存在している。
②非営利型
非営利型は全米のコミュニティデザインセンター
の 36%を占めている型である。1971 年にワシントン
大学建築学科の学生によって立ち上げられたコミュ
ニティデザインセンターである Environmental Works
という非営利型 CDC を例にしてみると、その活動内
容は社会的弱者やマイノリティなどに対するアフォ
ニティ組織が行政や民間財団などから受けた助成金
ページ番号は不要
ーダブル住宅の設計業務、チャイルドケアセンター
たちは、営利企業のスタッフとして、例えば企業を
やコミュニティセンターなどの設計業務である。民
クライアントとする商業ビルの設計やディベロッパ
間の建築設計事務所と同等の、あらゆる建築設計・
ーからの集合住宅設計などに従事しているが、依頼
開発業務にかかわる全般的な建築サービスを提供す
があった時期にコミュニティアーキテクトとして活
ることができる全米でも数少ないセンターである。
動する例である。著者の聞き取り調査によると、ボ
また設計料に関しても、民間建築事務所と比較する
ランティア型に登録している建築家の中には、仕事
と若干、低価格であるが、それほど安いわけでもな
獲得を目的として登録する不届き者もいるが、その
い。また近年ではパートナーを社会的弱者にしてい
多くは自らの専門知識や技術を、普段は共に働くこ
る点は 60 年代ごろと同様であるが、対象を中所得者
とのないようなコミュニティ組織に対して提供する
層にも広げていることが特徴である。では、非営利
ことによって、地域の再生や社会的弱者のための住
型 CDC と民間建築事務所との違いは何か。この問い
宅供給に貢献できることを建築家の職能として喜ん
を Environmental Works のスタッフたちに投げかけた。 で参画している建築家たちが多いようである。常に
確かに、建築のデザインやプロセスで特に民間建築
コミュニティアーキテクトとして活動しているわけ
事務所と比べて大きく違うことはないが、やはりい
ではないが、期間限定でコミュニティアーキテクト
くつかの点で異なっているとの回答を得た。第 1 に、
として活躍するための機会をボランティア型 CDC
クライアントは低所得者やマイノリティなどの社会
は提供している。
的弱者のための住宅や各種施設の設計を主たる対象
としている点、第 2 に、社会的弱者の住環境改善と
いう同等のミッションをコミュニティ組織と建築家
集団である非営利型 CDC が持ち合わせていること、
第 3 に行政や民間セクターなどから助成金を受ける
ことで、より良いデザインやサスティナブルな建築
を実現するためのリサーチをしながら設計業務に従
事できること、である。民間建築事務所で優先され
るのは経済的側面であり、非営利型 CDC では優れた
デザインやサステーナビリティを重視した建築に取
図-2 ボランティア型 CDC を通じて供給されたホームレス
り組める点が建築家としては非常に魅力的な職場で
の母子世帯用の集合住宅:ピッツバーグ市
あるとの声が聞かれた。あたりまえであるが、非営
ホームレスや麻薬中毒などの母子世帯の自立を支援する非営利組織がボラ
利組織という形態を取っている点がコミュニティア
ンティア型 CDC に依頼をして、民間建築事務所の建築家が設計した。住宅
建設に当たっては連邦政府からの補助を受けている。
ーキテクトの活動継続を可能にするポイントになっ
我が国においてこれに類似したものとして、神戸
ている。
市都市整備公社のこうべまちづくりセンターによる
③ボランティア型
ボランティア型は全米のコミュニティデザインセ
ンターの 14%を占めている型であり、組織形態とし
ては最も少ないタイプである。民間建築事務所で働
いている建築家にボランティアとして登録してもら
い、コミュニティ組織の依頼内容に応じて、センタ
ーが建築士家紹介するという方式でボランティア型
は機能している。ここでボランティアと書いている
が、全く無償で行われるわけではなく、ボランティ
ア型 CDC が運営しているファンドを受けて建築家
に支払う場合とコミュニティ組織が持っている資金
を支払う例がある。普段、民間事務所で働く建築家
まちづくり専門家派遣制度がある。運営母体は公的
セクターであるが、依頼のあった地域に対して専門
家を派遣するという構図はボランティア型 CDC と
同じである。ただし、大きく異なる点は、ボランテ
ィア型 CDC は専門家の派遣を行うだけではなく、初
動期にプロジェクトを地域全体で進めていく上での
多くのステークホルダーを巻き込んだ参加型のプロ
セスを支援したり、計画過程において随時コミュニ
ティ組織へのアドバイスやその過程を支援している
点にあり、直接的に建築的なサービスを提供すると
いう専門家ではなく、コーディネーターとしてのコ
ページ番号は不要
ミュニティアーキテクトとしてボランティア型
分確立されているわけではなく、程度の差さえある
CDC は位置づけられる。また、資金が行政から出て
ものの、その活動基盤が脆弱であるという点は日本
いる以上、雇用関係は建築家と行政の間にあり、そ
と同じである。ただ、決定的に異なるのはコミュニ
の点において地域の意向に応じた計画支援が行えな
ティアーキテクトのパートナーである非営利組織の
いケースも少なくない。
形態をとるコミュニティ組織が地方政府、民間企業、
(2)職能団体を通じて活動するコミュニティ・アー
キテクト:米国建築家協会(AIA)、R/UDAT
民間財団、個人の寄付などを集めて、彼らが直接コ
ミュニティアーキテクトを雇用できる資金的基盤を
米国建築家協会(AIA)は、我が国の JIA と同じく、
有している点である。60 年代後半はジョンソン政権
建築家の資質の向上および業務の進歩改善を図るこ
下における「貧困との闘い」という政治的な追い風
とを通じて、建築物の質の向上と建築文化の創造・
があり、低所得者を支援するコミュニティデザイン
発展に貢献することを目的として組織された職能団
センターが連邦政府から直接的に資金的支援を受け
体である。この AIA が運営するプログラムに、地域・
ていたが、今日においてはそのようなものはほとん
都市デザインチーム(R/UDAT)がある。これは地域
どなく、コミュニティ組織が成長することによって
の依頼に応じて R/UDAT のメンバーとして登録して
そこから資金提供を受ける場合がほとんどである。
いる建築家が 4 日間という短期間で市民、地方政府、
これはコミュニティアーキテクトという職能が社会
企業などの地域のステークホルダーと共に地域再生
的に成立する基盤として大きな意味を持っている。
に向けた処方箋を探るプログラムである。そのテー
市民社会の成熟度や非営利組織の発展が日米で違
マは様々であるが、郊外へのスプロールに伴う中心
うから、わが国においてコミュニティアーキテクト
市街地の停滞などの課題に向けた地域の総合計画や
の成長は期待できないのであろうか。そんなことは
経済開発などの計画支援である。
ない。活動の内容や質・レベルからみて、我が国の
1967 年に開始されて以来、これまで 135 の都市お
コミュニティアーキテクトの仕事が米国と比べて劣
よび地域に対して専門家を派遣してきた。前述した
っているということは全くない。コミュニティアー
こうべまちづくりセンターでは専門家に対する報酬
キテクトという職能を確立させていくためには、地
を支払うのは神戸市であるのに対して、R/UDAT の
域にくらす人々が自らの住環境やまちに関心をもち、
場合は依頼主であるコミュニティ組織が 50,000~
彼らが居住環境を創造・再生する担い手として成長
60,000 ドル程度を支払うことになっており、その額
すること、そのために行政は資金的支援を、コミュ
も神戸市の専門家派遣と比較すると一桁違う。
ニティアーキテクトは彼らの成長を後押ししていく
AIA が運営する R/UDAT に類似したものとして、
支援をしながら自らも成長していくことが求められ
我が国には日本建築士会連合会地域貢献活動推進セ
る。このような地道な積み重ねしかないと思う。こ
ンターにおけるまちづくり支援がある。居住環境の
のテーマはずっと昔から考えているが、妙案はない。
保全・改善、歴史的文化遺産の保全・再生、地域の
防災、地域の活性化等などのテーマでまちづくりの
支援を行うものである
5)
。これは支援を受ける地域
の人々の視点からみると、専門家が派遣されてくる
ので同じようなものに見えるが、これを推進してい
るのは職能団体としての日本建築士会連合会であり、
ここが地域貢献活動への助成・支援を推進するため
に基金を設立している点が R/UDAT と異なっている。
3.おわりに-日本型コミュニティアーキテクトの
可能性と課題
米国においてもコミュニティアーキテクトに対し
てそれを支える社会的な基盤や行政の支援などが十
参考文献
1) 日本建築学会サスティナブルエリアデザインとコミュニティ
アーキテクト特別研究委員会, サスティナブルエリアデザインと
コミュニティアーキテクト提起報告書.2009.8
http://news-sv.aij.or.jp/tokubetsu/s15/pdf/090825report.pdf
2) 布野修司:裸の建築家-タウンアーキテクト論序説,建築資料
研究社, 2000
3) 塩崎賢明訳:コミュニティ・アーキテクチュア-居住環境の
静かな革命, 都市文化社, 1992
4) ランドルフ・T.へスター/土肥真人編著, 1997,まちづくりの
方法と技術, 現代企画室
5) 日本建築士会連合会編, 2002, コラボレーションー建築士と
住民がまちを創る, 公職社
注
注 1)本原稿は著者がこれまでにコミュニティデザインセンター
に対して行ってきた研究調査(1999~2010)に基づいている。論
文については、下記からダウンロードされたい。
http://www.tamiyokondo-lab.jp/achievement.html
ページ番号は不要