日本の投資家からみた 為替リスクと金投資の役割 ワールド ゴールド カウンシルについて 目次 ワールド ゴールド カウンシルは、金市場の育成を目的とする組織です。投 要旨 01 I: はじめに 02 II: 金とドルの逆相関 03 III: 通貨分散としての金投資 08 した活動を通じ、金需要の構造的変化を喚起しています。 IV: 過去40年の円ドル相場と変化の兆し 10 ワールド ゴールド カウンシルは国際金市場に対する洞察を提供することに V: まとめ 15 より、富の保全や社会・環境面で金が果たせる役割についての理解を深める 補論 16 資、宝飾、テクノロジー、政府関連分野において、金に対する持続的な需要 を喚起するためのリーダーシップ活動を行っています。 ワールド ゴールド カウンシルは、金市場に関する真の洞察力を生かし、金 をベースにしたソリューションやサービス、市場の育成を行っています。こう 活動を行っています。 ワールド ゴールド カウンシルは世界の主要金鉱山会社をメンバーに持ち、 英 国本部のほかインド、中国、日本、欧州、米国などにオフィスを有しています。 詳細情報 インベストメント・リサーチへご連絡ください。 津金眞理子 [email protected] +81 3 3402 4826 森田隆大 [email protected] +81 3 3402 4825 ジュアン・カルロス・アルティガス [email protected] +1 212 317 3826 マーカス・グラブ マネージング・ディレクター、インベストメント [email protected] +44 20 7826 4724 日本の投資家からみた為替リスクと金投資の役割 要旨 金には様々な特有性があるが、 そのひとつが通貨性である。 ニクソンショックで金と通貨との関係は閉ざされたが、金の代替通貨 としての認識は現在でも明らかに存在している。本レポートでは、 金の持つ通貨としての側面に焦点をあて、為替リスク管理における 金投資の役割について論じる。 世界経済に対する信頼を回復させるため、先進各国では金融緩和策がとら ている。またその他、新興国の中央銀行も近年金の保有を大きく増やして れている。国の信用を裏付けとして発行される通貨の量は急速に増え、貨 いるが、 これはドルやユーロに偏重する外貨準備ポートフォリオ内の分散を 幣への信頼度は相対的に低下しているとの懸念もある。基軸通貨ドルに対 目的としたものである。 する信認の低下や欧州債務問題によるユーロの混乱、中国人民元の硬直的 な為替政策など不安心理を引き起こす潜在的な要因が存在する。 本分析では、1971 年から2013 年 3 月までの分析期間において主要通貨 (円、ユーロ、ポンド、スイスフラン、加ドル、豪ドル) に対するドルレートが金 変動相場制以降のドル円レートの歴史を振り返ると、長期的円高の背景に 価格(ドルベース)の動きと、逆相関であることを確認した。これは、日本人 は、日本の貿易黒字と米国の貿易赤字、両国間のインフレ率格差という構 投資家のみならず世界の投資家にとって、基軸通貨ドルのヘッジとして金を 造的要因が存在している。 しかし、日本銀行はインフレ目標を2%と掲げ、 ま 保有することが効果的であることを示唆している。 た日本においては2011年度以降貿易赤字へ転落するなど、 これらの構造 的要因が変化し始めている。アベノミックス政策の期待のもと、昨年秋以降 円高修正が起こり、為替市場の変動性は増している。 また、日本の投資家を想定して典型的なポートフォリオから為替エクスポー ジャーだけを取り出して平均的な通貨ポートフォリオを作成し、金を少し組 み入れた(5%)場合の効果についてシミュレーションを行ったところ、 リス このような変化の中、日本の機関投資家である企業年金が保有する海外資 ク・リターンが改善し、金の組み入れ効果が認められた。明らかに金は通貨 産比率は平均で30%近くに達し、また外貨の中ではドルの占める比率が高 分散としての役割を担うことができる。さらに日本の投資家からみた場合、 く、為替リスクは重要なリスク管理項目のひとつとなっている。近年日本の 金投資は自国通貨安のヘッジすなわち保有する円建て資産に対するヘッジ 機関投資家は、 リスク管理における金の役割を認識し、金投資の検討を始め としても有効である。 01 I: はじめに 為替リスクは、輸出入取引に関連する企業や海外進出をしている企業のみ でのネット売却量は、平均400トンから500トンであったことを考慮すると、 ならず、外貨建て資産を保有する投資家にとって、管理すべき重要なリスク 中央銀行の変化は金市場の需給にとっては非常に大きなものである。新興 項目の一つである。企業年金が持つ為替リスクであるが、企業年金連合会 国の中央銀行では近年外貨準備が拡大しており、IMFによる統計によると の資産運用実態調査によると、 2012年3月末現在での平均的な海外資産の 2000年の2兆ドルから2012年には12兆ドルとなっている。新興国では、拡 割合は、外国株式16.33%、外国債券12.04%である。すなわち、28.37%が 大する外貨準備に占める金の比率を維持するため、 さらにはドルを中心とし 外貨建て資産であり、為替リスクにさらされている。また為替ヘッジ比率に た外貨準備を分散する目的で、金準備を増やしている2 。2013年に入ってか ついては、2012年3月末現在ではヘッジなしが38.6%、 フルヘッジが4.5%、 らも、韓国やロシアなどが金準備を積み増し、 この流れは続いている。この 残りが一部だけをヘッジする部分的ヘッジである1。また、海外資産の通貨配 ようなドルへの集中度を低める行動は、基軸通貨ドルへの過度な信認への 分は、広く採用されている各資産の代表的なベンチマークの通貨構成比よ 不安であるとも受け止められている。 り、少なくとも半分以上はドル建てであると推測される。 したがって為替リス クは、日本の年金が管理すべき重要なリスクを代表している。 また、金の担保としての利用も拡大している。決済機関の担保としては、従 来から国債が多く利用されている。 しかし、欧州のソブリン債務危機をきっ 金の通貨リスクヘッジとしての役割に関する分析を行う前に、金の通貨性と かけとして欧州国債への信認度が急激に悪化する中で、担保資産の見直し しての認識を深めるため、近年の金市場で広がっている注目すべき動きに が行われた。2009年10月世界最大のデリバティブ取引所を運営するCME ついて紹介する。 グループは、金を担保とすることを認めた。すべての取引の証拠金として 20年近く金を売り越していた中央銀行は、世界全体のネットベースで2010 年に金の購入側へと転じている。主に欧州の中央銀行を中心に金を売却 していたが、その売却額が減る一方で、新興国の中央銀行が購入を始め た。ワールド ゴールド カウンシルの発行する「ゴールド デマンド トレンド 2012年年間」によると、世界の中央銀行が2012年1年間に購入した金は 全体ネットベースで534.6トンであり、2011年の456.8トンを超えるものと 金を利用することが可能となった。他の決済機関においてもその動きは広 がっており、2010年11月ICE Clear Europeも一部の取引の担保として 金の受け入れを開始し、LCH.Clearnetも2011年10月に金を証拠金の担 保として受け入れることを認めた。これらの動きは先進国の国債に対する 不安を表したものであると考えられており、また流動性が高い資産として の金の認識を強めたものとなった。 なった。欧州中銀金売却協定( CBGA )のもとでの 1999年から2008年ま 1 資産配分については、企業年金連合会の資産運用実態調査による。為替ヘッジ比率については2012年4月23日発表のJPモルガン・アセット・マネジメントの日本の企業年金を 対象に行った年金運用動向調査による。 2 「中央銀行の分散化戦略:米ドルとユーロ偏重からのリバランス」ワールドゴールドカウンシル、2013年2月、参照。 日本の投資家からみた為替リスクと金投資の役割 II: 金とドルの逆相関 金価格は、一般に、基軸通貨であるドルと逆相関の関係をもって動くとされて と第3分位 (円ドル為替レートが大きく変動しない月) 2分位(やや円高ドル安) いる3。この章ではまず、1971年のニクソンショック以降金が基軸通貨ドルと の金価格上昇率の差は大きくないものの、第2、第3、第4分位と金リターンは どのような関連で動いたかについて検証する。 順々に低下している。円高ドル安が大きく進む月の金価格上昇率が高く、 円安 ドルを基軸通貨とした為替市場では、すべての通貨の為替レートは対ドルで ドル高が大きく進む月は金価格が下落していることが分かる。 決定され、対ドルでの取引が主流となっている。すなわち、 たとえばクロス通 ドル・ユーロと金、 ドル・英ポンドと金、 ドル・スイスフランと金のそれぞれの関 貨トレードであるユーロ円取引は、ユーロ・ ドルとドル円取引の2つが合わさっ 係についても、同様の分析をする。それぞれの通貨ペアーによる金リターン たものである。金も通貨の一つと考えると、 ドルを基軸とした市場で価格付け の五分位グラフが図2から図4である。これらの分析によりドル円レートと金 がされていると考えることができる。 に関する結果と同様の結果が得られ、 ドル安(それぞれ対ユーロ、対英ポン まずドル円とドル金(すなわちドルベースでの金価格)の関係を確認する。 ド ル円レートの騰落率の違いによる金価格の動きについて分析する。図1は、 ド ル円為替レートの五分位別金価格リターンを表したものである。1971年2月 から2013年2月までの過去505カ月分の月次の為替リターンをドル安からド ル高の順に並べて5等分し、それぞれに属する101カ月分の金価格の月次リ ターンの平均を計算する。図1は、横軸に為替リターン (5分位) をとり、縦軸に 金のリターンを示したものである。第1分位(5段階のうち最もドル安が進ん ド、対スイスフラン) の時ほど金価格はより大きく上昇し、 ドル高 (それぞれ対 ユーロ、対ポンド、対スイスフラン) の時ほど金価格は下落する傾向にあるこ とがわかる。唯一の例外が、 ドル・ユーロ為替レートと金価格の関係を表した 図2における第2分位と第3分位であり、第3分位の時の方が金価格の上昇幅 が大きくなっているが、その差はわずかである。 ドル・英ポンドと金 (図3) やス イスフラン・ ドルと金 (図4) の関係については、第1分位から第5分位へと順々 にドル高 (対ポンド、 対スイスフラン) になるほど、 金の上昇率は小さくなる。 だ101カ月分) の金価格の平均リターンが最も高く、第5分位 (5段階のうち最 すなわち、 ドルが対主要通貨に対して弱くなる局面では金価格は上昇し、逆に もドル高が進んだ101カ月分) の金の平均リターンが最も低くなっている。第 ドルが強くなる局面では金は下落することが確認された。 図1: ドル円為替リターンの違いによる金リターンの五分位グラフ 金リターン (%) 4.0 3.0 2.0 1.0 0.0 -1.0 -2.0 -3.0 第1分位 第2分位 金の平均リターン 第3分位 第4分位 第5分位 ドル安 <= ドル円 為替リターン => ドル高 (注)分析期間:1971年2月から2013年2月。平均為替リターンは、それぞれ第1分位:-4.8%/ 第2分位:-1.5%/ 第3分位:-0.1%/ 第4分位:1.2%/ 第5分位4.1%。 出所: Bloomberg, ワールド ゴールド カウンシル 3 Gold Against The US Dollar World Gold Council, Sep, 2004 02 _03 図 2: ドル・ユーロ為替リターンの違いによる金リターンの五分位グラフ 金リターン (%) 4.0 3.0 2.0 1.0 0.0 -1.0 -2.0 -3.0 第1分位 第2分位 第3分位 第4分位 第5分位 ドル安 <= ドルユーロ 為替リターン => ドル高 金の平均リターン (注)ユーロの通貨統合前については独マルクを使用。 為替リターンは、1ドル当たりの為替レートを用いて計算し、それぞれ第1分位:-4.5%/ 第2分位:-1.6%/ 第3分位:-0.2%/ 第4分位:1.2%/ 第5分位4.5%。 出所: Bloomberg, ワールド ゴールド カウンシル 図 3: 英ポンド・ドル為替リターンの違いによる金リターンの五分位グラフ 金リターン (%) 4.0 3.0 2.0 1.0 0.0 -1.0 -2.0 -3.0 第1分位 金の平均リターン 第2分位 第3分位 第4分位 第5分位 ドル安 <= ポンドドル 為替リターン => ドル高 (注)為替リターンは、1ドル当たりの為替レートを用いて計算し、それぞれ第1分位:-3.7%/ 第2分位:-1.2%/ 第3分位:0.0%/ 第4分位:1.3%/ 第5分位:4.2%。 出所: Bloomberg, ワールド ゴールド カウンシル 日本の投資家からみた為替リスクと金投資の役割 次に金価格とドル(対主要通貨レート) との相関関係について分析する。分 な国際通貨システムとなって以降の期間である。期間の長さはほぼ等期間 析する主要通貨は、前述の円、ユーロ、英ポンド、スイスフランにさらに加ド である。またこれらの3つのサブ期間は、金価格の動きからそれぞれ金価格 ルと豪ドルを加えて6通貨ペアーとする。さらにドル実効為替レート4と金価 混乱期、金価格低迷期、金価格上昇期と表現することができる5。 格との分析も行う。 各通貨の対ドルレートのリターンは、 ドル高の場合をプラスとし、マイナスを 分析期間は1971年1月から2013年3月までを全期間とし、さらに3つに分 ドル安とするように計算する。 リターンの平準化のため、通貨・金ともに3カ 割したサブ期間での分析を行う。初めのサブ期間は1971年から1984年ま 月リターンを使用する。また実効為替レートの代替としてここでは、1971年 での14年間とする。この期間は、 ドル金本位制崩壊後変動相場制へ移行し まで遡ることができ市場で取引されているICE(米インターコンチネンタル 2回のオイルショックを経て1985年のドル高に対する大幅な修正が行われ 取引所) が算出するドルインデックスを利用する。通貨構成は主要6通貨6に る直前までの期間である。2つ目のサブ期間は、1985年から1998年までの 限られているが、主要通貨に対するドルの強弱をより反映している指標で ドルが主要通貨に対して下落したプラザ合意以降の期間であ 14年間とし、 あり、金価格との関係をみるうえでは適切であると考える。 る。3つ目の期間は1999年から今日までの14年間で、ユーロ導入後の新た 図4: スイスフラン対ドルの為替リターンの違いによる金リターンの五分位グラフ 金リターン (%) 4.0 3.0 2.0 1.0 0.0 -1.0 -2.0 -3.0 第1分位 第2分位 金の平均リターン 第3分位 第4分位 第5分位 ドル安 <= スイスフラン対ドル 為替リターン => ドル高 (注)為替リターンは、1ドル当たりの為替レートを用いて計算し、それぞれ第1分位:-5.1%/ 第2分位:-1.9%/ 第3分位:-0.3%/ 第4分位:1.4%/ 第5分位4.6%。 出所: Bloomberg, ワールド ゴールド カウンシル ドルの複数通貨に対する総合的な価値を測る指数で、複数の為替レートの加重平均値として算出される。BIS、IMFや各国の中央銀行が公表しているが、 4 ドル実効為替レートとは、 対象とする通貨の数やウェイトづけの仕方による違いがある。ウェイトづけとしては工業製品の貿易額等をベースとしており、自国製品の対外競争力を評価し為替レートが 実態経済に与える影響をみる指標として利用されることが多い。 5 金価格の騰落率とボラティリティについては、補論参照。 6 通貨構成比は、ユーロ57.6%/ 円13.6%/ ポンド11.9%/ 加ドル9.1%/ スェーデンクローネ4.2%/ スイスフラン3.6%である。 04 _05 表 1: 金価格とドル(対主要通貨レート)との相関 全期間 1971- 1984 1985 -1998 1999 -2013 円ドル -0.21*** -0.14 -0.40*** -0.36*** ユーロドル -0.38*** -0.48*** -0.37*** -0.40*** *** *** *** -0.25** *** -0.43*** ** -0.12 -0.31*** ポンドドル スイスフラン・ ドル -0.27 -0.41 -0.38 加ドル・米ドル -0.18 *** 豪ドル・米ドル -0.16*** -0.10 -0.15* -0.33*** *** *** *** -0.44*** ドル実効為替レート -0.37 -0.43 *** -0.27 *** -0.23 -0.47 -0.40 -0.40 (注)分析期間は1971年1月から2013 年 3月。***は 0.1%で有意 / **は1%で有意 / *は 5%で有意。 出所:Bloomberg、ワールド ゴールド カウンシル 分析の結果、相関係数はすべてマイナスで、 これらの数値はごく一部を除き 示しているとすれば、基軸通貨ドルの信認が弱くなり代替として安心できる 統計的にも有意となっている (表1)。全期間に加え、金価格の混乱期、低迷 通貨への関心が集まっている時に金も買われ、逆にドルへ回帰するときは 期、上昇期すべてにおいて、 さらにここで取り上げた通貨すべてに対して負 金への興味も薄れると解釈できよう。 の相関にある。これはドルの対主要通貨に対する動きと金価格が逆相関に あることを示している。 さらに、逆相関が強い通貨はその時代により変化しており、金価格は、基軸 通貨ドルに対抗できる通貨、あるいはドルに次ぐ通貨との逆相関が強いよう すなわち、 ドルが主要通貨に対して下落すれば金価格は上昇傾向にあり、 にも見える。金価格とポンド・ ドルとの逆相関の度合いは、分析期間の第2期 ドルが主要通貨に対して上昇すれば金価格は下落傾向にある。また特に 以降明らかに弱まっている。一方、 ドル円レートと金価格の相関について言 1999年から2013年3月までのサブ期間では、加ドルや豪ドルとの逆相関に えば、逆相関の程度は第2期より強まっている。規制緩和や資本取引の自由 ついても強まっている。 化により、円の国際化が叫ばれた時期でもあり、 ドイツマルクとともに第 2 この中でも、全期間およびすべてのサブ期間において、高い信頼度で負の の国際通貨としての当時の期待を反映しているとも解釈できよう。 相関があると言える通貨は、ユーロ・ ドルとスイスフラン・ ドルである。基軸通 主要通貨とドルレートが(ドルベースの)金価格の動きと逆相関であること 貨ドルよりもユーロやスイスフランが買われる時金も買われる傾向にある。 は、日本人投資家を含む世界の投資家にとり、金が基軸通貨ドルのヘッジと これの意味するところは、為替レートの強弱が通貨に対する信認度合いを して有効であることを示唆している。 日本の投資家からみた為替リスクと金投資の役割 金と国際通貨制度 金貨や銀貨は古代より存在していたが、国際通貨制度の大きな流れをみる と、かつての先進各国が金本位制を採用するのは19世紀になってからであ る。中でも19世紀初め産業革命発祥の地である英国は、当時大英帝国とし て世界をリードし、金保有量も最大で金本位制を最も早く採用した国であ る。19世紀半ばには、英ポンドが基軸通貨としての役割を担う。 しかし、第1 次世界大戦により英国をはじめ欧州各国の経済は疲弊し、米国が経済力や 軍事力の面で英国を凌ぐようになる。さらに第2次世界大戦後には、世界の GDPの40%を占める大国となった米国主導のもと、1944年ブレトン・ウッド 体制と呼ばれる新たな通貨制度が構築される。その主な柱は、国際通貨基 金(IMF)の創設と、米ドルのみ金との関連が保たれる金ドル本位制である。 固定相場制度であり、金1オンスは35ドルとされ、 まだ円は1ドル360円と決 められる。 1967年11月には英ポンドの切り下げが行われる。これをきっかけとし国際 通貨体制は動揺し、基軸通貨ドルに対する不安心理が高まり金投機が発生 する。ニクソン政権下の米国は、1970年には不況に陥り1971年に貿易収 支が赤字に転落、第2次世界大戦後一貫して黒字を計上してきた米国にとっ ては象徴的な出来事である。1971年8月、ニクソン大統領は一方的にドル と金の交換停止を発表、いわゆるニクソンショックにより戦後の国際通貨体 制は崩壊する。その後4カ月間の交渉により1971年12月スミソニアン合意 が成立し、それによりドルの切り下げと各国通貨の調整が実際される。また 金の公定価格は1オンス38ドルと決められるが、すでにロンドン金市場など 金自由市場との2重価格制となっていた。 しかしスミソニアン体制は短命に 終わり、1973年2月米ドルに対する切り下げ圧力はさらに強まり、金 1オン ス42.22米ドルとなる。 しかし米ドルの危機は静まらず外為市場は混乱しほ ぼ2週間にわたり閉鎖され、 この間に先進各国の主要通貨はほぼ変動相場 制に移行する。当時、変動相場制はIMF協定に違反するものであったため、 1976年のIMF暫定委員会にて変動相場性の合法化と金のIMF協定からの 排除などが合意され、今日に至っている。 06_07 III: 通貨分散としての金投資 日本の投資家からみた、主要な3通貨である米ドル、ユーロ、ポンドと金の関 への投資は為替変動の影響を受け、グローバルでの金価格(ドルベースで 係について、すべて円ベースで比較する。日本の投資家が海外通貨を保有 の金価格) の変動がないとすれば、円安になると円ベースでの金価格は上昇 した場合に得られるリターンを想定し、円高をマイナス、円安をプラスとなる し、円高になれば円ベースでの金価格は下落する。従って円安時は、金投資 ように計算する。データ期間1971年1月から2013年3月までとする。 から得られる為替リターンはプラスとなり、外国株式や外国債券への投資と 表2は、金および各通貨の円ベースのリターンのボラティリティおよび相関 係数を示したものである。通貨のボラティリティが11%台であるのに対し て、金のボラティリティは20.4%と主要通貨に比べ高いことがわかる。一方 同様に一つの外貨建て資産であると考えることができる。すなわち、自国通 貨安のヘッジとしての金投資という位置づけが考えられる。 2つ目の解釈は、金価格が他の通貨とプラスの相関となってはいるものの、 相関係数であるが、主要3通貨間の相関は0.51から0.70と高い相関である 通貨間の相関係数が高いことと比較して金との相関は相対的に低くなって が、円ベース金価格と主要通貨との関係は0.31から0.41と弱い正の相関と いるのは、金価格自信(すなわちドルベースでの金価格)がドルと負の相関 なっている。 をもって変動しているためである。従って、主要3通貨の中に相関の低い金 為替のリターンについては、円安をプラス、円高をマイナスとして計算し ているため、金と各通貨の相関係数がプラスであることは、円安時に金価格 を加えることで、分散効果が期待できると考えられる。この効果については、 さらに以下で分析する。 (円ベース)は上昇し、円高時に金価格(円ベース)は下落することを意味し ている。 表 2: 対円為替レートと円ベース金価格のボラティリティと相関係数 すなわち、 この結果は、ドルと金は逆相関の関係にある という前章での分 析結果とは表面上異なるものであるが、本質的に矛盾するものではない。こ れは、単に分析上為替リターンの計算において円高をプラスと取るかマイナ スと取るかの違いによるものであり、 さらに主要通貨との関係を円ベースで の金価格を用いて分析したものであることが理由である。 ボラティリティ 金(円) 金(円) ドル円 ポンド円 20.4% 11.1% 11.7% 11.5% 金(円) ドル円 ポンド円 ユーロ円 1.00 ドル円 0.31 1.00 この結果ついては次の2つの解釈が可能である。各国のローカルベースで ポンド円 0.34 0.62 1.00 の金価格は、 グローバルベースでの金価格にその国の為替レートを勘案し ユーロ円 0.41 0.51 0.70 て変動する。すなわち円ベースでの金の市場価格は、 グローバルベースの 金価格(ドルベース) に円ドルレートの変動を勘案して動く。円ベースでの金 日本の投資家からみた為替リスクと金投資の役割 ユーロ円 1.00 (注)1971年1月から2013 年 3月までの月次データ。金価格は円ベース、為替レートは 対円で、円高をマイナス、円安をプラス。 出所 : Bloomberg、ワールド ゴールド カウンシル 外国株式や米国債券などの外貨建ての資産を保有する投資家にとり、 これ クスポージャー全体のボラティリティについても、金を組み入れることでわ ら外貨建て資産から得られるリターンは、現地通貨ベースでの原資産のリ ずかではあるが減少することは、注目すべき結果である。ボラティリティが相 ターンと、投資する現地通貨の対円での為替レートの動きから得られる利益 対的に大きい金を組み入れても、ポートフォリオ全体のボラティリティが減 あるいは損失とが合わさったものである。 少することは、金と他通貨との相関の低さによるものである。 そこで為替部分だけを切り離して、外貨エクスポージャーのポートフォリオ 一般的に、為替変動リスクの管理として最適ヘッジ比率の議論がなされて を考える。また、外貨エクスポージャーが主要3通貨で構成され、その比率が いる。外国通貨に対するヘッジ比率を高めるか否かの議論は、ポートフォリ 米ドル60%、ユーロ30%、ポンド10%であったと仮定する。この仮定は、年 オ内の円のエクスポージャーをどの程度取りたいかという議論である。 しか 金の間で広く利用されている外国株式(先進国)および外国債券のベンチ し為替の方向を予想することは難しく、資産のみならず通貨についても分 マークであるMSCI KokusaiとCitigroup世界国債インデックスを参照と 散をすることが、ポートフォリオのリスク管理の基本である。みなし通貨で し、 これらを組み合わせて保有した場合の通貨比率に近いものである。 主要3通貨だけを保持している場合のリスク・リターンを、米国ドル 60%の 代わりに5 %だけ金を保有した場合、すなわち金 5 % 、米ドル 55 % 、ユーロ ある金を、通貨分散として組み入れることは、ポートフォリオの為替変動リス クを管理するための新たな手段であり、金投資がその役割を発揮する可能 性があろう。 30%、ポンド10%という外貨エクスポージャーのリスク・リターンを比較す る。分析期間は、1971年1月から2013年3月までとする。 表3 : 外貨エクスポージャーのシミュレーション リターンが高くなりボラ その結果、金を主要3通貨に加え保有することで、 ティリティも減少することが確認できる (表3)。この40年間超を通してみれ ば円高傾向であったため、為替から得られるリターンはマイナスとなり、年 平均で-2.5%である。これに対して、米ドルのエクスポージャーを5%金に変 更しただけで、年平均-2.0%と大きく改善される結果となる。さらに、為替エ 金のエクスポージャーを保有する2 つの方法 金を通貨分散として保有するための具体的な運用方法として2つ考えられ る。図5はその概念図である。ひとつ目は、単純にポートフォリオの中で金を 購入する方法である。具体的にはETF等を通じて金のエクスポージャーを ボラティリティ(年率) 3通貨 3通貨 + 金 ろう。あるいはクロスヘッジの場合はドル以外の他の外国通貨建て資産とい うことになる。年金向けには、運用制約等の規制がないか、実務上このよう な運用が可能かどうかは調べる必要があるものの、個人向けの商品として 販売されている金クラスや為替選択型(金) といった投資信託は、 この考え 方にそった運用商品である。 -2.5% -65.2% 9.7% -2.0% -56.6% 図 5: 金のエクスポージャーを保有する2つの方法 ポートフォリオの外貨建資産部分 $ € 外株 2つ目は、原資産として金は保有せず、為替オーバーレイを利用し、オーバー 上は実現できる。この場合、 ドル建ての原資産は、米国株式や米国債券とな 9.8% 出所 : Bloomberg、ワールド ゴールド カウンシル 獲得することが考えられる。資産としても金を保有することで、ベータの分 替や金の先渡しを利用して、 ドル売り金買いのポジションを取ることで理論 リターン(累積) (注)分析期間 1971年1月から2013年3月。3通貨: ドル/ ポンド/ ユーロ(統合前は独マルク) 散に加え、 さらに通貨リスクの分散効果を目指すものである。 レイとして金エクスポージャーを保有する方法が新たな選択肢である。為 リターン(年率) 為替部分: £ 外貨建て資産の為替エクスポージャー 外債 その1: 金を資産としても保有 金 $ 外株 その2: 金を為替のオーバーレイで保有 € £ 外債 金 $ 外株 € £ 外債 (注)為替ヘッジなしの場合を想定した概念図 出所: ワールド ゴールド カウンシル 08_09 IV: 過去 40 年の円ドル相場と変化の兆し 円ドル為替レートの歴史 経常収支も赤字に転落、インフレも加速し、 ドルは主要通貨に対して下落す 第2次世界大戦後のブレトン・ウッド体制のもとでの固定相場では1ドル360 円であったが、1971 年 12 月のスミソニアン体制では16 . 88 % 切り上げら れ、1ドル308円となる。 しかしその後他の主要国と同様に日本も1973年2 る。その歯止めをかけるため1978年11月当時のアメリカ大統領カーター はドル防衛策を発表し、日本・ ドイツ・スイスと共同し市場介入を実施する。こ れは金ドル本位制終了後初めての大規模為替介入であった。 月に変動相場制へ移行する。 しかし、翌12月のOPECによる原油価格引き上げの決定、1979年2月から 図6は、1971年のニクソンショック以降今日までのドル円為替レートの動き 界経済を襲う。金価格も高騰を始める。1979 年にFRB 議長に選任された である。円ドルレートのここ40年間の長期的な趨勢は、円高ドル安である。 しかし40年間の中では、長期の円高トレンドにおいても、大きな円高と小さ 始まったイラン革命等により原油価格が高騰し、第 2次オイルショックが世 ポール・ボルカーは、激しいインフレ抑制のため高金利政策を実施する。加 えて1981年に大統領に就任したロナルド・レーガンは「強いアメリカ」をス な円安への戻しが繰り返されていることがわかる。 ローガンに掲げ、 レーガノ・ミックスと呼ばれる一連の政策が行われる。ボ 一方、日本経済は第2次世界大戦後急速な成長を遂げ、1970年代前半まで ルカーとレーガンによるこれらの政策は1980年代前半のドル高を誘発し、 の高度成長期においての経済成長率は10%前後に達した。図7は、日本の 実質GDP 成長率(前年比伸び率) を示したものである。1970年代初頭の 第一次オイルショックによる落ち込みをきっかけとし成長率は一段階低下 する。1990年代初頭のバブル崩壊後、日本経済は長期の低成長時代へ突 入する。現在も低成長に加えデフレからの脱却にもがいている。 ドル円レートの歴史的を振り返ると、1973年の変動相場制へ移行後1ドル 300円近辺で安定的に推移する。しかし1978年には180円台まで急激に円 は上昇する。ニクソンショック後わずか7年間で360円から180円へと円の 1985年まではドル円レートは、200円から250円のレンジでの推移となる。 米国はインフレからの脱却には成功するものの、高金利により世界中から の資金がドルに集中し、 ドル高を招く。 しかし、米国では失業率が低下し経済 の回復感は強まったものの、 ドル高の持続もあり経常赤字は拡大する。一 方、日欧に対しては経常黒字をもたらすことになる。日本においては、最大 の貿易相手国であった米国の景気拡大もあり、外需主導型で景気回復傾向 を強め、貿易黒字と経常黒字は継続的に増加する。1980年代の日米の経常 収支は正反対の方向に動く中で (図8) 、日米間の貿易摩擦は深刻化する。 価値は対ドルで2倍になった。当時の米国は貿易収支の大幅な赤字により 図 6: 1971年以降のドル円為替レート 円 /ドル 400 350 300 250 1989年 日本経済バブルの崩壊 2011年 史上最高値 1995年 1ドル80円超え (75円32銭) 200 150 100 1973年 変動相場制へ移行 1971年 ニクソンショック 50 1978年10月 1ドル180円超え 1978年11月 カーター大統領による ドル防衛策 1985年10月 プラザ合意 1988年 1ドル125円超え 1999年 ユーロ導入 19 7 19 1 72 19 73 19 74 19 75 19 76 19 77 19 78 19 79 19 80 19 8 19 1 82 19 83 19 84 19 85 19 86 19 87 19 88 19 89 19 90 19 9 19 1 92 19 93 19 94 19 95 19 96 19 97 19 98 19 9 20 9 00 20 0 20 1 02 20 0 20 3 04 20 0 20 5 06 20 0 20 7 08 20 09 20 10 20 1 20 1 12 0 円/ ドル (注)上方向が円安・ ドル高、下方向が円高・ ドル安を示す。1971年1月から2013年3月までの月末値。 出所: Bloomberg、 ワールド ゴールド カウンシル 日本の投資家からみた為替リスクと金投資の役割 図7: 日本の経済成長率 % 15 10 5 0 -5 -10 1961 1966 1971 1976 1981 1986 1991 1996 2001 2006 2011 実質経済成長率 出所: IMF 図 8: 1980 年代の日本と米国の経常収支(対GDP比)の推移 % 5 4 3 2 1 0 -1 -2 -3 -4 1980 日本 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 米国 出所: IMF 10_11 悪化する不均衡問題への対策として、1985年初頭より中央銀行総裁会議が 何回か開催され10月のプラザ合意へと繋がっていく。これにより、円を含む 主要通貨はドルに対して大幅な上方修正が行われた。1985年のプラザ合意 は、その後長きに渡り日本経済に大きな影響を与えたものとして受け止めら れている。 しかし、その後ドルは主要通貨に対して政府の思惑を超えて下落を続け、 1987年のルーブル合意ではドルの下落阻止が行われる。しかし円ドルレー トは1988年125円まで円高が進行する。 1995年4月にはドル円レートは80円を割り込み、当時の史上最高値のレベ ルまで円高となる。1995年のG7蔵相、中央銀行総裁によるワシントン合意 購買力平価からみた円ドルレート 理論的側面として購買力平価(PPP)からみた円ドルレートについて考察す る。購買力平価説とは、二つの通貨の間の交換比率である為替レートは通 貨の購買力が等しくなるように決定されるとする考え方である。すなわち、 各国の物価水準はそれぞれの国の中央銀行の金融政策によって決められる が、2カ国間の物価の相対的な水準が為替レートの均衡水準を決定するとい う理論である。この理論は、短期での為替変動を説明するものではなく、理 論の限界についても多く議論されている。 しかしまた、50年や100年といっ た超長期的な期間では機能するいう分析結果もある。 図9は、1971年から今日までの日本と米国のインフレ率格差を棒グラフで は、再びドルの下落を阻止を狙ったものである。 示し、 さらに日本および米国のインフレ指数をそれぞれ折れ線グラフで示し 1998年には円ドルレートは140円台まで円安が進み、円買いドル売りの日 たものである。インフレ率を示す指標は様々あるが、 ここで示したのは消費 本と米国による協調介入が実施される。その後暫く緩やかな円高が継続す ることとなる。現時点での円高の歴史的高値は2011年10月31日で、1ドル 75.52円7である。しかし2012年秋以降新政権への期待のもと短期間に急 速な円高修正が進んだ。同時に、円に絡む為替市場では、 ボラティリティが高 まっている。 者物価指数である。1973年の第1次オイルショックでは、日本では20%を大 きく超えるインフレに襲われる。逆に第2次オイルショック時は、すでに備え ができていた日本の影響は小さく、一方、欧米へ与えた影響は大きく、米国 では10%を超えるインフレとなる。日本の物価指数が1990年代に入りほぼ 横ばい状態であるのに対し、米国の物価指数はほぼ一定比率で上昇してい る。 したがって両国間のインフレ格差は、2回のオイルショックを除き米国の インフレ率が日本のインフレ率を上回り、ほぼ0%から5%の間で安定的に 推移している。 したがって、購買力平価説を用いると、両者のインフレ率格差 を調整するメカニズムにより長期的な円高(あるいは長期的なドル高)傾向 が続いてきた、 という説明が可能となる。 さらに図10は購買力平価による理論値とドル円レートの実勢値を参考とし て表したものである。実勢為替レートは、購買力平価が示す値よりも円高な 水準で長期間推移している。 7 日本銀行ホームページの東京市場ドル・円スポットによる。 日本の投資家からみた為替リスクと金投資の役割 19 71 19 72 19 73 19 74 19 75 19 76 19 77 19 78 19 79 19 80 19 81 19 82 19 83 19 84 19 85 19 86 19 87 19 8 19 8 89 19 90 19 91 19 92 19 93 19 94 19 95 19 96 19 97 19 98 19 9 20 9 00 20 0 20 1 02 20 0 20 3 0 20 4 05 20 06 20 07 20 0 20 8 09 20 10 20 11 20 12 19 7 19 1 72 19 73 19 74 19 75 19 76 19 77 19 78 19 7 19 9 80 19 8 19 1 82 19 8 19 3 84 19 85 19 86 19 87 19 88 19 89 19 90 19 9 19 1 92 19 9 19 3 9 19 4 95 19 96 19 9 19 7 98 19 9 20 9 00 20 0 20 1 02 20 0 20 3 04 20 0 20 5 06 20 07 20 0 20 8 09 20 10 20 1 20 1 12 図 9: 日本と米国のインフレ率格差 指数 700 50 % 600 40 500 30 400 20 300 10 200 0 100 -10 0 -20 米国の物価指数 購買力平価 日本の物価指数 日米インフレ格差(右軸) (注)日本米国とも、物価指数は消費者物価指数。1970年を100とする。日米インフレ格差は、米国の消費者物価指数から日本の消費者物価指数を引いたもの。 ワールド ゴールド カウンシル 出所: Bloomberg、 図10: 購買力平価と円ドルレート 円 /ドル 400 350 300 250 200 150 100 105.892 50 79.84 0 実勢為替レート (年間平均) (注)購買力平価は、OECDで発表しているGDPをベースとした指数。 出所: OECD 12 _13 構造要因変化のきざし 歴史的に見てみると円高ドル安の構造的要因として、米国の経常赤字に対し て日本の経常黒字、日米インフレ率の格差があげられよう。 しかしこれらの 構造的要因に変化が起こっている。 目標値を設定しさらに貨幣供給量を増やすことで、物価上昇期待により設備 投資やモノの購入が前倒しで起こることが期待されている。一方、米国FRB のインフレ率目標は2%である。もし、両国とも特に日本において物価目標 の2%が達成されるとすれば、目標ベースでの日米インフレ格差はゼロとな り、 インフレ格差からくる長期的な円高傾向に終止符が打たれる可能性があ 日本の経常収支は、1980年の第2次オイルショックを除き一貫して黒字を続 ることになる。 けてきた。 しかし2011年の東日本大震災を機に貿易収支が赤字に転落し経 グローバルでの資金の取引が巨額になり、また複雑化しスピード化する中 常収支の黒字は縮小している。2012年度の貿易赤字額は1979年以降過去 最大となった。今後も貿易赤字の慢性化と、それによる経常収支黒字幅の縮 小が懸念されている。 で、為替相場の評価はますます難しくなっている。過去において影響を与え た要因に変化が起き、新たな不安要素を生じ、市場のボラティリティが上昇 するかもしれない。為替リスク管理は、 日本の投資家にとり、むしろ、 より一層 また2013年に入り日本銀行は、 「期限を定めない資産買入れ方式」 と初めて 認識する必要のある項目である。金は、 ここでもひとつの役割を演じること となる「物価安定の目標」である2%の消費者物価を導入する。インフレ抑 ができるでしょう。 制のためのインフレ目標ではなく、 デフレ対応のための政策である。物価の 日本の投資家からみた為替リスクと金投資の役割 V: まとめ 本レポートでは、金の通貨性に着目した。金は金本位制における通貨として 60%、ユーロ30%、ポンド10%の外貨エクスポージャーポートフォリオと、金 の役割は失ったもの、金の代替通貨としての認識は依然存在している。近年 5%、米ドル55%、ユーロ30%、ポンド10%のポートフォリオの、1971年1月 の新興国の中央銀行による金購入は、外貨準備におけるドルやユーロへの から2013年3月までのリスク・リターンを比較した。その結果、金を加えるこ 偏重からの通貨分散を目的としたものである。また決済機構は、証拠金担保 とでリターンが上昇し、 リスクはわずかではあるが減少することが分かった。 としての金を受け入れることを開始した。 また金価格(ドルベース)は、基軸通貨ドルと負の関係にあることを分析し、 確認した。これは、日本の投資家のみならず、世界の投資家にとりドルのヘッ ジとして金が有効であることを示唆している。 具体的には、 ドル対円、 ドル対英ポンド、 ドル対ユーロ (統合前はドイツマル ク) の通貨ペアーにおいて、大きくドル安である月は金価格が上昇し、 ドル高 である月は金価格が下落する事が、5分位分析により明らかとなった。 また、金とドルとの相関係数は、1971年から2013年3月までの分析した全 期間、および3分割したサブ期間 (金価格混乱期、金価格低迷期、金価格上昇 期) すべてにおいてマイナスであった。これはドルが弱くなりユーロやスイス フランなど他の主要通貨が強くなる局面で金が買われる傾向にあること意 味している。 ドルの下落はドルへの信認が薄れていることを暗示し、代替通 貨としての金の価値が評価されると解釈できる。 特に、通貨と比較してボラティリティの大きい金を組み入れても、通貨ポート フォリオ全体のボラティリティが減少したことは、特筆すべき結果である。こ れは金と他通貨との相関の低さによるものであり、通貨分散として金が有効 であることを示している。 また、為替リスクとしてもうひとつ考えておくべきことは、自国通貨円に対す るヘッジである。円安ヘッジの備えとして外貨建て資産を増やすとすれば、 金投資もひとつの選択肢である。 ドル円為替レートの動きを振り返ってみると、米国の貿易赤字、日本の経常 黒字や日米のインフレ率格差など構造的な要因に支えられ、過去40年間に わたり円はドルに対して上昇した。 しかしそれらの構造的要因に変化の兆候 が表れている。2011年度日本の貿易収支は赤字に転落した。また、日本、米 国ともに物価が目標の2%に達成すれば、日米のインフレ率格差が縮小する ことになる。2012年秋以降市場の変動が激しくなっており、大きなトレンド が変わったかどうかの見極めは現段階では難しい。 しかし、 これらの変化は これらの分析結果をもとに、日本の投資家を想定し、金を組み入れた通貨分 新たな不安とさらなる市場の変動を生み出す可能性がある。日本の投資家 散の効果について過去シミュレーションを行った。 ドル、ユーロ、ポンドの3 にとって為替リスク管理の重要性が増している。通貨リスク管理の新たな方 通貨からなる通貨エクスポージャーの動きと、金を含めた場合を比較したと 法として、みなし通貨である金を、通貨分散として組み入れることはひとつ ころ、 リターンおよびリスクが改善される結果となった。具体的には、米ドル の選択肢としてなりえよう。 14 _15 補論 1 . 金価格の騰落率とボラティリティ 2 . 主要通貨の動き 金価格の騰落率とボラティリティを確認する (表4 )。騰落率は期間騰落率 円ドルレート以外の主要通貨の動きについて補足する。主要通貨としては、 で、ボラティリティは月次リターンの標準偏差を年率換算したものである。 本文中で分析を行ったユーロ (通貨ユーロ誕生以前は独マルク)、英ポンド、 1971年から1984年までの金価格の上昇率は716%と、21世紀に入っての スイスフラン、豪ドル、加ドルの対ドルレートである。図 11から図14は、 これ 上昇率を上回るものであるが、ボラティリティも27%と高く、金価格混乱期 らの各通貨の1971年から直近までの動きを示したもので、すべて1ドルに である。1985年から1998年までの金価格のリターンは-7%で、金価格の 対するローカル通貨の値を示し、 グラフの上方向がドル高、下方向がドル安 低迷期と言える。1999年からは安定的に金価格が上昇している金価格上 である。 昇期である。 1980 年代前半はどの通貨も対ドルで下落すなわちドルは上昇するが、 円ベースのボラティリティとドルベースのボラティリティはほぼ同水準であ 1985年に反転する。1985年以前までドルが円を含め主要通貨に対して割 る。通常、外貨建て資産への投資の場合、為替のボラティリティがある程度上 高に推移していたことが確認できる。 乗せされ、円ベースでのボラティリティの方がローカルベースでのボラティ リティよりも大きくなる。 しかし、金の場合は、為替の動きと原資産 (この場合 はドルベースでの金価格) の動きのマイナス相関により、打ち消されている。 円とほぼ同様の動きをしているのが、 スイスフランであり、 1980年代の前半 を除きほぼ一貫して40年以上スイスフラン高ドル安傾向である。スイスフ ランは、欧州債務危機以降買い進まれ、1か月間で対ユーロに対して20%の 通貨高となったことは記憶に新しい。 表 4 : 金価格のリターンとボラティリティ(円ベースとドルベース) ドルベース金価格 リターン ボラティリティ 円ベース金価格 リターン ボラティリティ ドイツマルクは1970年代上昇、その後1980年前半はドル高とその是正、そ 全期間 1971-1084 1985 -1998 1999 -2013 4118% 716% -7% 454% 20% 27% 13% 17% 全期間 1971- 1984 1985 -1998 1999 -2013 1011% 474% - 58% 360% 20% 27% 15% 17% (注)分析期間1971年1月から2013 年 3月。リターンおよびボラティリティは月次データ より計算。ボラティリティは年率換算。 出所 : Bloomberg、ワールド ゴールド カウンシル 日本の投資家からみた為替リスクと金投資の役割 の後1999年の欧州通貨ユーロ誕生後もおおむね安定して推移する。 これらの円、マルク、 スイスフランと異なる動きをしたのが、英ポンドである。 1970年代、他の通貨はドル対して上昇するのに対して、ポンドは下落する。 また1980年代前半は他の通貨と同様にドル高ポンド下落となるが、その後 はおおむね安定して推移する。 豪ドルや加ドルは、 どちらも資源通貨であり、金利水準の違い等あるものの、 他の主要通貨とは異なる動きをたどる。 しかし、2001年以降、米ドルは、豪ド ルや加ドルに対しても下落する。 19 7 19 1 72 19 73 19 74 19 75 19 76 19 77 19 78 19 79 19 80 19 8 19 1 82 19 83 19 84 19 85 19 86 19 87 19 88 19 89 19 90 19 9 19 1 92 19 93 19 94 19 95 19 96 19 97 19 98 19 9 20 9 00 20 0 20 1 02 20 0 20 3 04 20 0 20 5 06 20 07 20 0 20 8 09 20 10 20 1 20 1 12 19 7 19 1 72 19 73 19 7 19 4 75 19 76 19 77 19 78 19 7 19 9 80 19 8 19 1 82 19 8 19 3 8 19 4 85 19 86 19 87 19 8 19 8 8 19 9 90 19 9 19 1 92 19 9 19 3 94 19 95 19 96 19 97 19 98 19 9 20 9 00 20 0 20 1 02 20 0 20 3 04 20 0 20 5 06 20 07 20 0 20 8 09 20 10 20 1 20 1 12 図11: 欧州通貨ユーロ、独マルクの対ドルの動き マルク/ドル 5.0 マルク/ ドル ユーロ /ドル 2.5 4.5 4.0 2.0 3.5 3.0 1.5 2.5 2.0 1.0 1.5 1.0 0.5 0.5 0 0 ユーロ/ ドル (右軸) (注)1ドルあたりの値を表し、上方向がドル高、下方向がドル安である。1999年のユーロ統合前までは独マルク。 出所: Bloomberg 図12: 英ポンドの対ドルの動き ポンド /ドル 1.0 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 ポンド/ ドル (注)1ドルあたりの値を表し、上方向がドル高、下方向がドル安である。 出所: Bloomberg 16_17 19 7 19 1 72 19 73 19 74 19 75 19 76 19 77 19 78 19 79 19 80 19 8 19 1 82 19 83 19 84 19 85 19 86 19 87 19 88 19 89 19 90 19 9 19 1 92 19 93 19 94 19 95 19 96 19 97 19 98 19 9 20 9 00 20 0 20 1 02 20 0 20 3 04 20 0 20 5 06 20 07 20 08 20 09 20 10 20 1 20 1 12 19 7 19 1 72 19 73 19 74 19 75 19 76 19 77 19 78 19 79 19 80 19 8 19 1 82 19 83 19 84 19 85 19 86 19 87 19 88 19 89 19 90 19 9 19 1 92 19 93 19 94 19 95 19 96 19 97 19 98 19 9 20 9 00 20 0 20 1 02 20 0 20 3 04 20 0 20 5 06 20 07 20 08 20 09 20 10 20 11 20 12 図13: スイスフランの対ドルの動き 5.0 スイスフラン /ドル 4.5 4.0 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0 (注)1ドルあたりの値を表し、上方向がドル高、下方向がドル安である。 スイスフラン/ ドル 出所: Bloomberg 図14: 豪ドルおよび加ドルの対ドルの動き 2.5 豪ドル / 米ドル, 加ドル / 米ドル 2.0 1.5 1.0 0.5 0 (注)1ドルあたりの値を表し、上方向がドル高、下方向がドル安である。 加ドル/ ドル 豪ドル/ 米ドル 出所: Bloomberg 日本の投資家からみた為替リスクと金投資の役割 ワールド ゴールド カウンシルの リサーチ専用アプリケーションへの アクセスはこちらです (iPad/ iPhone用) 18_19 免責事項 本レポートはワールド・ゴールド・カウンシル( 10 Old Bailey, London EC 4 M 7 NG, United Kingdom )が公表しています。Copyright © 2013 . All rights reserved. 本レポートの所有権はワールド ゴールド カウンシルにあり、著作権、商標およびその他 の知的所有権に関する米国法および国際法によって保護されています。 本レポートは、一般的な情報および教育的な目的のためにのみ提供されます。本レポー トの情報は、信頼できると判断した情報源から得られた、一般的に利用可能な情報に基 づいています。ワールド ゴールド カウンシルは、本レポートの情報に対する更新また は変更の通知を保証しません。意見の表明についてはいずれも執筆者が行うものであ り、予告なく変更されることがあります。本レポートの情報は「そのままの状態」で提供 されます。ワールド ゴールド カウンシルは、本レポートの情報に関してはいかなる種類 の明示的または黙示的な表明もしくは保証も行うものではありません。これには( i )特 定の目的もしくは使用のための商品性もしくは適合性の表明もしくは保証、または( ii ) 正 確 性 、完 全 性 、信 頼 性もしくは適 時 性に関する表 明もしくは保 証を含 みますが、これ らに限定されるものではありません。上記のいずれも制限することなく、いかなる場合 も、ワールド ゴールド カウンシルまたはその関係者は、本レポートの情報に依拠して行 われたいかなる決定または措置についても責任を負いません。また、いかなる場合も、 ワールド ゴールド カウンシルおよびその関係者は、本レポートから生じる、または本レ ポートに関連する結果的、特別、懲罰的、付随的、間接的、または類似の損害のいずれに ついても、かかる損 害 の 可 能 性を通 知された場 合であっても、一 切 の 責 任を負わない ものとします。 本レポートのいかなる部分についても、ワールド ゴールド カウンシルの書面による事 前 の 了 解 なく複 製 、再 生 、再 発 行 、販 売 、配 布 、送 信 、回 付 、修 正 、表 示したり、またいか 日本の投資家からみた為替リスクと金投資の役割 なる目 的でも使 用したりすることはできませ ん 。これには二 次 的 著 作 物を作 成 する際 に本レポートを利 用する場 合も含まれますが、これに限 定されるものではありませ ん 。 ワー ルド・ゴー ルド・カウンシルの許可を事前に申請する際には、[email protected] までご連絡ください。いかなる場合も、本レポートで使われているワールド ゴールド カ ウンシルの商標やイラスト、その他のワールド ゴールド カウンシルが所有権を有する 項目については、それらに関連する原文内容と切り離して再生することはできません。 使用する場合は [email protected] で申請することができます。本レポートは、金や金に関 連する商品、その他の商品や有価証券、投資商品を売買したり売買するように薦めたり するものではなく、そのように解釈すべきものでもありません。 本レポートは、金や金に関 連する商 品 、そ の 他 の 商 品や有 価 証 券 、投 資 商 品を後 援 、支 持 、是 認 、または売り込 むために書かれているものではなく、そ のように解 釈すべきも のでもありません。 本レポートは、金や金に関 連する商 品 、そ の 他 の 商 品や有 価 証 券 、投 資 商 品 の 購 入 、販 売またはその他の処理に関して何かを推奨したり、投資等に関する助言を提供したりす ることを意 図したものではありませ ん 。これには投 資を考えている投 資 家 の 投 資 目 的 や財 務 状 況に何らかの 金 関 連 取 引が適しているという趣 旨 の 助 言も含まれますが、こ れに限 定されるものではありませ ん 。金や金に関 連する商 品 、そ の 他 の 商 品や有 価 証 券 、投 資 商 品 へ の 投 資にあたって意 思 決 定を行う場 合は、本レポートの い ずれの 記 載 内容にも依拠すべきではありません。投資を考えている投資家はその意思決定を行う 前に、自身の財務アドバイザーに対して助言を求め、自らの金融要件や財務状況を考慮 し、かかる投資の意思決定に関連するリスクを慎重に検討する必要があります。 ISO14001環境規格の認証を 受けた印刷です。 I005201307J World Gold Council 〒107-0062 東京都港区南青山1丁目1番1号 新青山ビル東館19階 T +81 3 3402 4811 F +81 3 3423 3803 Wwww.gold.org 日本語版 発行:2013 年 07 月
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