全文PDF - 感染症学雑誌 ONLINE JOURNAL

30
原
著
Haemophilus influenzae b 型菌(Hib)ワクチン公費化 1 年後の
横浜市健康保育園児鼻咽頭 Hib 保菌調査
1)
横浜市磯子区医師会,2)横浜市衛生研究所検査研究課細菌室,3)聖マリアンナ医科大学微生物学
齋藤
矢崎
太田
綾子1)
茂義1)
嘉2)
住田 裕子1)
北村 美悳1)
山田三紀子2)
箕原
河合
松本
豊1)3) 藤田
茂彦1) 鎌田
裕子2) 武安
伸二1)
一美1)
宣明1)
(平成 26 年 6 月 23 日受付)
(平成 26 年 7 月 23 日受理)
Key words : Haemophilus influenzae type b(Hib),healthy child, nursary, vaccine
要
旨
横浜市では「子宮頸がん等ワクチン緊急促進事業」として 2011 年 2 月に Hib ワクチンの公費接種が開始
された.Hib ワクチン接種が Hib 保菌に与える効果をみるために,磯子区内の 12 の保育園で 2012 年春(6∼
7 月)と秋(10∼11 月)の 2 回,保育園児鼻咽頭 Hib 保菌調査を行った.この期間,保育園児全体の Hib
ワクチン接種率に殆ど変化は無かったが,Hib 保菌率は春 8.8% から秋 1.6% へ有意に低下した.保育園毎
の保菌率は,春 0∼18.4%,秋 0∼4.9% であった.保育園毎の Hib ワクチン無接種児の割合と Hib 保菌率の
間に相関関係は無かった.保菌率の低下は地域全体のワクチン接種による免疫効果を反映しているものと推
測された.
〔感染症誌
序
文
89:30∼36,2015〕
対象と方法
Hib は乳幼児期における,侵襲性細菌感染症の起因
2012 年 6∼7 月(春)と 10∼11 月(秋)の 2 回,磯
菌である.欧米では 1990 年代に Hib ワクチンが定期
子区医師会と横浜市衛生研究所検査研究課細菌室の共
接種プログラムに組み込まれ,侵襲性 Hib 感染症は
同研究事業として調査を行った.本調査に参加する園
減少し Hib 保菌率もゼロに近 い レ ベ ル ま で 低 下 し
児は春秋ともに保菌調査に参加することを前提とし
た1).日本では 2008 年 12 月 Hib ワクチン販売が開始
た.
され,2011 年 2 月ワクチン接種緊急促進事業(公費
横浜市磯子区(2012 年 1 月 1 日現在;人口約 16 万
化)を契機に接種率が急速に上昇した.その効果は著
2 千人
しく,侵襲性 Hib 感染症は著明に減少したことがす
園 19 園(在籍児 1,669 名)のうち,本調査に協力を
でに判明している2).侵襲性 Hib 感染成立の第一歩は
得られた 12 保育園(在籍児 1,094 名)に通う園児を
鼻咽頭への Hib 定着である.ワクチン既接種児はワ
対象に,書面で保護者の同意を得られた園児(春 574
クチン直接効果で Hib を保菌しないといえるか,地
名,秋 477 名,うち春秋ともに参加した園児は 444 名)
域全体のワクチン接種率の上昇にともない保育園児全
の鼻咽頭ぬぐい液(検体)を採取した.検体採取は園
体の保菌状況は改善するかについて,横浜市磯子区の
医が担当保育園で行った(mwe medical wire イワキ
健康保育園児を対象に鼻咽頭保菌調査を行い,検討を
を使用)
.検体採取後冷蔵し,速やかに横浜市衛生研
試みた.横浜市磯子区医師会の事業として,磯子区の
究所に搬入した(衛生研究所は同じ磯子区内に所在)
.
12 保育園通園児を対象とし鼻咽頭保菌調査を施行し
検体はチョコレート寒天培地に塗布後 37℃,18∼24
た.園児の年齢・Hib ワクチン接種歴と Hib 保菌の関
時間炭酸ガス培養を行い,Haemophilus 属を分離培養
係について検討した.
した.栄研 XV 培地に塗布後 XV マルチディスク(栄
別刷請求先:(〒235―0012)横浜市磯子区滝頭 2―31―6
磯子区医師会
齋藤 綾子
5 歳以下の人口約 7,700 人)内のおもな保育
研)と馬血液寒天培地をもちい XV 因子要求と溶血の
有無で Haemophilus influenzae(以下 H. influenzae)と
感染症学雑誌 第89巻 第 1 号
2012 年横浜市保育園児 Hib 保菌調査
31
Table 1 Detail of children
Daycare
center
Break down of children according to class
Participating
number
0 yr. old
1yr. old
TG
25
2
1
3
6
4
9
HTG
52
5
9
13
13
6
6
YD
38
4
5
11
7
6
5
OK
41
0
2
8
10
5
16
HE
KG
36
56
0
2
0
3
3
10
10
14
8
13
15
14
TY
6
0
3
1
1
1
0
NH
51
5
9
12
8
11
6
YH
11
0
0
2
2
4
3
YN
ASK
SY
31
20
77
3
4
0
7
2
4
5
4
8
5
3
21
6
4
22
5
3
22
Total
444
24
46
80
100
90
104
First vaccination
Average age yr.
1.2
0.21
0.44
1.26
1.48
2.98
3.88
Average dose
/child (Spring)
1.18
2.75
2.42
1.15
1.61
0.52
0.45
Average dose
/child (Fall)
1.25
3.08
2.54
1.25
1.64
0.56
0.47
2 yr. old
3 yr. old
4 yr. old
5 yr. old
判定された菌にたいし,インフルエンザ菌莢膜型別用
まらない児を不規則 Irregular 群,接種歴無しを無接
免疫血清(インフルエンザ菌莢膜型別用免疫血清「生
種 None 群と定義した.Hib ワクチンを 1 回以上接種
研」
)で血清型を決定した.今回は b 型のみ判定した.
した児を既接種児とした.年齢は,春と秋各々の調査
調査に参加した園児からは,生年月日・性別・入園
日における年齢である.
年月日・詳細なワクチン接種歴(接種年月日を含む)
・
デ ー タ の 統 計 学 的 検 討 は t 検 定・χ 二 乗 検 定・
同胞の年齢と人数・入院治療を要した疾病罹患の有無
McNemar 検定・相関分析を行い,p<0.05 を有意と
等,の情報を春と秋の調査時に収集した.検体採取と
した.統計学的検討は,春秋ともに参加した 444 名で
個人情報の収集は全て匿名化し,担当園医のみが検体
行った.
番号と園児名をつきあわせることが出来るようにし
本調査は聖マリアンナ医科大学生命倫理委員会の承
た.保菌調査結果は,結果通知を希望する園児保護者
認を受けている(承認番号第 2121 号,2012 年 5 月 28
に封印した書面で返却した.Hib 保菌児には「ワクチ
日承認)
.
ン接種により菌の体内侵入が阻止される菌である」と
成
績
解説し,体調に変化があれば主治医ないし園医を受診
Table 1に 参 加 園 児 444 名(男 児 239 名・女 児 205
し結果を伝え,必要な治療を受けるようにと説明した.
名,春検査時平均年齢 3.84 1.48 歳)の詳細を示す.
質問がある場合は,園医が相談に当たった.
全体の Hib ワクチン接種開始年齢は 1.2 歳,接種本数
保育園では年齢ごとに分けられたクラスで過ごして
は(春)1.18・(秋)1.25 本であった.0 歳クラスでワ
いるため,参加園児をクラス年齢ごとに層別化し,ク
クチン接種早期開始(平均開始年齢 0.21 歳)と初回 3
ラス(4 月 1 日の年齢で分ける所属級)
・ワクチン歴
回接種が励行されている(秋調査時の平均接種回数
に注目して検討した.生後 2 カ月以降に Hib ワクチ
3.08 回)ことが確認された.
ンを開始し生後 7 カ月までに 3∼8 週間隔で 3 回連続
Table 2に鼻咽頭 H. influenzae 菌培養結果を示す.H.
接種し 1 歳を過ぎて 3 回目から 7 カ月以上あけておお
influenzae 陽性園児数は春 167,秋 139 と減少してい
むね 1 年後までに 4 回目の接種完了した児を完全接種
た.この減少数は Hib 保菌数の減少数(32 名)とほ
Complete 群,生後 7 カ月以降に開始し 3∼8 週の間隔
ぼ一致しており,type
で連続して 1 歳までに 2 回接種しその後 1 歳以降で 2
数は春 129,秋 132 で変化は無かった.Hib 保菌児と
回目接種から 7 カ月以上あけておおむね 1 年後までに
非b
3 回目を完了したかあるいは 1 歳以降で 1 回のみ接種
を行った児をキャッチアップ Catch
up 群,接種を
行っているが完全接種にもキャッチアップにも当ては
平成27年 1 月20日
b 以外の H. influenzae 菌陽性
H. influenzae 保菌児の年齢に有意差は無かった
(春秋とも p=0.2)
.
Table 3に保育園ごとの Hib 保菌結果を示す.Hib
を鼻咽頭に保菌していた園児は,春 39 名(8.78%)
,
32
齋藤 綾子 他
Table 2 Nasopharyngeal Haemophilus Influenzae carriage
Total H.influenzae
carriage
Spring
Number
Fall
167
Carriage%
Non-type b
Spring
139
Type b
Fall
129
Spring
132
37.6
31.3
29.1
29.7
3.68
0.58 ∼ 6.24
4.07
1 ∼ 6.53
3.73
0.58 ∼ 6.24
4.12
1 ∼ 6.53
Fall
39
7
1.58§
8.78
Age (yr.)
Average
Range
3.37
0.79 ∼ 5.98
3.5※
2.44 ∼ 6.49
§Statistically significant decrease of type b carriage rate in fall. (p<0.01) McNemar test
※Student s t-test showed no difference between non-type b carrier and type b carrier in spring and fall.
(both p=0.2)
Table 3 Hib carriage rate (%)
Daycare
center
Hib carriage rate (%)
Spring
TG
HTG
YD
OK
HE
KG
TY
NH
YH
YN
ASK
SY
12
9.62
18.42
14.63
2.78
5.36
0
13.73
0
12.9
5
2.6
Total
8.78
Fall
0
1.9
0§
4.88
0
0
0
3.92
0
0
0
2.6
1.58§
No immunization rate (%)
Quota of
Day care
center
p value
Spring
Fall
0.249
0.389
0.014
0.459
0.317
0.083
1
0.451
1
0.134
0.317
0.493
40
28.8
26.3
31.7
38.9
33.9
0
15.7
27.3
32.2
35
41.6
36
28.8
21.1
24.4
30
30
0
15.7
27.3
29
35
41.6
60
100
102
110
110
140
45
60
60
140
40
127
31.9
29.1
1,094
<0.01
§Statistically significant decrease in fall (McNemar test)
秋 7 名(1.58%)と有意に減少した(p<0.01)
.保育
Fig. 1に Hib ワクチン接種状況を示す.春から秋に
園ごとの保菌率は,春 0∼18.4%,秋 0∼4.9% で,各
かけて完全接種 Complete 群とキャッチアップ Catch
保育園 Hib ワクチン無接種児の割合と Hib 保菌率の
up 群が増加し不規則接種 Irregular 群と無接種 None
間に,相関関係はなかった(相関係数
群は減少した.
春 0.08,秋−
0.05)
.また,保育園の規模(定員数)と Hib 保菌率
の間に関連はなかった(相関係数
Table 5に Hib ワクチン接種率と Hib 保菌率の関係
春 0.22,秋 0.11)
.
を示す.調査期間中に全体の Hib ワクチン接種率は
Table 4に Hib 保菌児と非保菌児の対比を示す.Hib
殆ど変化は無かった.4 歳のクラスで保菌率は秋に有
保菌児の平均年齢は春 3.37 歳・秋 3.50 歳,非保菌児
意に低下した(p=0.01)
.
の平均年齢は春 3.90 歳・秋 4.23 歳で,春保菌児の年
春に Hib を保菌していた児は,秋の調査では保菌
齢は春非保菌児に比し有意に低かった(p=0.03)
.Hib
していなかった.また,調査期間中に侵襲性 Hib 感
保菌児の平均年齢は春と秋で有意差は無かった(p=
染症で入院治療を要した児はいなかった.
0.82)
.春の Hib 保菌児は 0 歳から 5 歳まで認められ
考
察
たが,秋の保菌児は総て 2 歳以上であった.保菌児と
Hib ワクチンには既接種児への直接効果と集団への
非保菌児では,同胞数・年上同胞数とも有意差は無
間接効果が期待される3).①直接効果により,既接種
かった.Hib ワクチン既接種児で Hib を保菌する園児
児では Hib が血中に侵入することを阻止し侵襲性 Hib
数は秋に有意に減少(p<0.01)していたが,無接種
感染症発症を防ぐ.血中抗 PRP 抗体が効果の指標と
児の保菌児数減少は有意ではなかった(p=0.19)
.Hib
される,②直接効果により既接種児の Hib 保菌を阻
ワクチン既接種の,保菌児と非保菌児では最後に Hib
止ないし低減する,③接種率の高まりとともに Hib
ワクチンを接種してから調査までの経過月数に有意差
を保菌しにくい既接種児が増加し,集団・地域から
は無かった(p 値;春 0.74,秋 0.9)
.
Hib が排除される間接効果をもたらす,④ Hib ワクチ
感染症学雑誌 第89巻 第 1 号
2012 年横浜市保育園児 Hib 保菌調査
33
Table 4 Characteristics of Hib carrying children and those children not carrying Hib
Hib carrying children
Spring
Number (n)
p value†
Fall
39
§
<0.01
3.5
0.82
7
p value††
Not carrying children
Spring
405
Fall
Spring
Fall
0.03
0.2
0.66
0.91
0.32
0.84
0.74
0.9
437
Age
3.37 @
Average
Range
0.79 ∼ 5.98
2.44 ∼ 6.49
0.92
0.62
0.57
0.57
8
1
3.9
4.23
0.57 ∼ 6.24
0.94 ∼ 6.66
0.86
0.63
0.87
0.63
Siblings (n/child)
Total
Elder
Not vaccinee (n)
Vaccinee (n)
0.31
0.89
6§
31
0.19
134
128
<0.01
271
309
Months after
Last vacc.
Average
Range
16.06
19.88
0 ∼ 38
2 ∼ 40
0.45
16.52
18.94
0 ∼ 40
0 ∼ 44
†Difference between spring and fall
††Difference between Hib carrier and not carrier
§Statistically significant decrease in fall (χsquare test)
@ Comparing Hib carrier with not carrier, Statistically significant low in spring (t test)
Fig. 1 Number of children according to the type of Hib immunization
Table 5 Vaccine coverage and Hib carriage
Class (Age)
Vaccine
coverage (%)
Hib carring rate (%)
Spring
Fall
Spring
Fall
Under 1 yr.
1 yr. old
2 yr. old
3 yr. old
4 yr. old
5 yr. old
92.7
95.7
86.3
77
45.6
47.1
92.7
95.7
91.3
80
50
49
12.5
13
12.5
6
8.9
5.8
0
2.2
5
1
0
1
Total
68.1
70.9
8.78
1.58
p value†
0.25
0.13 @
0.18
0.13
0.01§
0.13
<0.01§
†Difference between spring and fall (McNemer test)
§Statistically significant decrease in fall
@ Only one child was Hib positive at fall in 1 yr old class. He
was 2 yrs old at fall.
2008 年 12 月 Hib ワ ク チ ン 発 売 後,2011 年 2 月 公
費接種が開始した.接種率の急速な高まりに伴い侵襲
性 Hib 感染症は劇的に減少し,公費接種開始 2 年目
の 2012 年 Hib 髄膜炎は 92%,菌血症は 82% 減少し
た2).また,千葉県の調査(2009∼2010 年)では,追
加免疫まで 4 回のワクチン接種を修了している児に侵
襲性 Hib 感染症発症者はいなかった4).Hib ワクチン
接種による既接種児侵襲性 Hib 感染発症防止効果と,
未接種児を含む集団全体での侵襲性 Hib 感染症抑止
効果はすでに明らかになってきている.
我々の調査は前述の②③の効果を,Hib 保菌率が高
いとされる保育園児5)で実際に調査することが目的で
あった.Hib ワクチンには,直接効果により既接種児
の Hib 保菌状態を改善6)し,その結果地域・集団の Hib
ン接種率を高く維持することにより,侵襲性 Hib 感
保菌率を低下させる間接効果がある7)8).Hib ワクチン
染症の発生が低下する,等である.
が鼻咽頭 Hib 保菌を阻止する機序は複雑で,いまだ
平成27年 1 月20日
34
齋藤 綾子 他
完全には解明されていないが,直前 2 カ月の抗 Hib
告14)によると,保育園児 Hib ワクチン接種率(全年齢)
抗体価が 5μg!
mL 以上であった既接種児は Hib を保
は 2010 年 27.9%,2011 年 55.8%,2012 年 74.1% で,
9)
菌しないとする報告がある .高い Hib ワクチン接種
急速に接種が進んでいた.Hib 保菌率が有意に低下し
率を維持しているアトランタの調査では小児鼻咽頭の
た秋の調査で,Hib 保菌園児は総て 2 歳以上であり,2
Hib 保菌率は速やかにゼロ近くまで低下したことが報
歳未満の園児に Hib を保菌する児はいなかった.公
告されている10).ワクチン導入前の日本国内の Hib 保
費接種開始 2 年目でこれだけ有意な保菌状況改善が確
菌状況は,氷見の報告(1998 年)では Hib 髄膜炎患
認されたので,今後も高い接種率を維持し保育園児の
者の兄が通う保育園 Hib 保菌率は 10%,Hib 感染症
殆どが既接種児となる数年後にはさらなる保菌状況の
と無関係の保育園保菌率は 2.1∼2.2%,健康乳児の保
改善が期待される.
11)
菌率は 2.3% とされている .武内による保育園児上
従来言われていた年上同胞の存在は,保育園児の
咽頭培養調査報告(2007 年)では,24 名の保育園児
Hib 保菌に影響を与えていなかった.集団の人数が多
を 4 回 調 査 し て 2 名 が Hib を 保 菌 し て い た5).今 回
いと保菌が多いとされるが8),保育園の規模(園児数)
我々は Hib ワクチン公費接種開始 2 年目に,地域全
と保菌率に関連はなかった.
体の保育園児を対象に調査を行った.園ごとの保菌率
1992 年に Hib ワクチンを開始したイギリスでは,途
は春 2.6%∼16.7% と非常に高く,大塚ら12)が佐渡島
中スケジュール変更を経て侵襲性 Hib 感染症は減少
で Hib 侵淫地域緊急介入を行った保菌率 9.1% よりも
したが,小中学生の Hib 保菌率は現在 3∼4% で Hib
高い園が存在していた.春の調査結果が判明した時点
供給源となっている15).オランダでは,ワクチン開始
で園児達の健康状態が心配されたが,幸いにも侵襲性
数年後 Hib 感染症が再び出現した.接種スケジュー
Hib 感染症を発症した児はいなかった.春の調査で
ルやワクチン組成の違い等があり,日本でも同じ現象
Hib を保菌していた園児は総て,秋の調査では保菌し
が生じるのか不明であるが,Hib 自体の変異も指摘さ
ていなかった.春保菌児 39 名のうち 3 名は秋調査ま
れており16),監視をゆるめることは出来ない.
でに Hib ワクチンを 1 回接種していた.ワクチン接
Hib ワクチン導入は「乳幼児の髄膜炎予防」という
種による直接効果と,地域全体の集団免疫の改善が
キャッチフレーズで行われ,公費助成前に比し侵襲性
Hib を排除した可能性がある.秋の保育園保菌率は
Hib 感染症の発生は罹患率比 0.08 と,著明に低下し
0.0%∼4.9% と春に比し有意に低下したが,Hib ワク
た17).しかし,Hib ワクチン接種の推進とともに感染
チン既接種児にも保菌が認められ,ワクチン導入前の
防御抗体の維持に必要な抗原刺激にさらされる機会が
我が国の健康乳児・保育園児の保菌率よりも高い園が
減るため,成人の抗 Hib 抗体価は低下傾向にある15).
いまだに存在していた.磯子区に隣接する金沢区での
妊娠適齢期女性の抗 Hib 抗体価の低下は,胎児へ移
13)
Hib ワクチン導入前(2004∼2009 年)の調査では ,
行する感染防御抗体の減少をもたらすので,Hib ワク
地区中核病院小児科における下気道感染症例上咽頭培
チン早期開始の徹底が重要である.また,非 b 型 H. in-
養での Hib 分離頻度は 0.2∼1.2% であったと報告され
fluenzae による侵襲性感染症は減少しておらず注意が
ている.今回,健康保育園児保菌調査で,秋は有意に
必要である18)∼20).H. influenzae 血清型検査が,ひろく
Hib 保菌率が低下したが,いまだなおワクチン開始前
一般検査室でも行われるようになることが望まれる.
期の隣接区下気道感染症例 Hib 保菌率よりも高かっ
保育園児の Hib 保菌状況は急速に改善しているが,
た.保育園に通うことが Hib 感染症罹患の重要なリ
いまだ 2 歳以上の園児に保菌が認められており,Hib
スク因子であることが再確認された.秋保菌率が 2%
供給源となり得る.Hib ワクチン定期接種開始後,
「侵
以上であった保育園の所在地は,磯子区内に分散し,
襲性 Hib 感染症は克服しつつある疾患」として受け
隣接することはなかった.保菌率が高い保育園で無接
止められているが,高いワクチン接種率を今後も維持
種児が多いという傾向は確認されず,園児の生活圏・
し,保育園児の Hib 保菌率が常にゼロ近く維持され
地域の集団免疫状態が鍵を握るように思われた.
る事が重要である.
調査期間中に園児全体のワクチン接種率に殆ど変化
がなかったにもかかわらず,保菌状態が著明に改善し
た理由として,2∼5 歳クラス児のキャッチアップ接
種が進んだこと,当該地域全体の既接種者が増えたこ
とが挙げられる.2011 年度横浜市 0 歳児 Hib ワクチ
ン接種率(1 回以上の接種率)は 97∼98% と推定さ
れている(横浜市に提出された予診票からの推計値.
要旨の一部は第 87 回感染症学会学術講演会(横浜
市)で発表した.
利益相反自己申告:申告すべきものなし
文
献
1)Agrawal A, Murphy TF:Haemophilus influenzae
Infections in the H. influenzae Type b Conjugate
Vaccine Era. J Clin Microbiol 2011;49:3728―
32.
非公表)
.また横浜市内保育園児予防接種実態調査報
感染症学雑誌 第89巻 第 1 号
2012 年横浜市保育園児 Hib 保菌調査
2)菅
秀,庵原俊昭,浅田和 豊,富 樫 武 弘,細
谷光亮,須山和秀,他:10 道県における小児侵
襲性 Haemophilus influenzae type b 感染症発生状
況の推移:Hib ワクチン導入効果の評価.IASR
2013;34:194―5.
3)Plotkin SA, Orenstein WA, Offit PA:Vaccines
(6th ed)
. Elsevier Saunders, 2013;p. 167―82.
4)石 和 田 稔 彦:小 児 に お け る 侵 襲 性 Haemophilus
influenzae 感 染 症 の 臨 床 像―血 清 型 解 析 の 重 要
性.IASR 2013;34:187―8.
5)武内 一,山上佳代子,嶋田 聡:保育園入園 1
年 間 で の 上 咽 頭 培 養 の 変 化.小 児 感 染 免 疫
2007;19:399―403.
6)Takala AK, Eskola J, Leinonen M, Käyhty H,
Nissinen A, Pekkanen E, et al.:Reduction of
Oropharyngeal Carriage of Haemophilus influenzae Type b (Hib) in Children Immunized with an
Hib Conjugate Vaccine. J Infect Dis 1991;
164:982―6.
7)Barbour ML, Mayon-White RT, Coles C, Crook
DWM, Moxon ER:The Impact of Conjugate
Vaccine on Carriage of Haemophilus influenzae
Type b. J Infect Dis 1995;171:93―8.
8)Barbour ML:Conjugate Vaccines and the Carriage of Haemophilus influenzae Type b. Emerg
Inf Dis 1996;2:176―82.
9)Fernandez J, Levine OS, Sanchez J, Balter S,
LaClaire L, Feris J, et al.:Prevention of Haemophilus influenzae Type b Colonization by Vaccination : Correlation with Serum Anti-Capsular
IgG Concentration. J Infect Dis 2000;182:
1553―6.
10)Mohle-Boetani JC, Ajello G, Breneman E,
Deaver KA, Harvey C, Plikaytis BD, et al.:Carriage of Haemophilus influenzae type b in children after widespread vaccination with conjugate Haemophilus influenzae type b vaccines. Pediatr Infect Dis J 1993;12:589―93.
11)氷見京子,中村 明,上原 す ゞ 子,鈴 木 宏:
抗血清含有培地を用いた小児鼻咽腔 Haemophilus
influenzae type b 保菌率の検討.日児誌 1989;
平成27年 1 月20日
35
9:2234―42.
12)大塚岳人,菖蒲川由郷,藤井小弥太,石和田稔
彦,岡崎 実:インフルエンザ菌 b 型侵淫地域
へ の 介 入 効 果 と 問 題 点.日 児 誌 2013;117:
66―70.
13)成相昭吉:誰にでも継続して行える市中病院小
児 科 で の 臨 床 研 究―肺 炎 球 菌・Hib の 監 視 と
RSV 細気管支炎の評価・治療―.小児感染免疫
2011;23:169―79.
14)殿内 力,太田和代,大田剛穂,中野康伸,住
田裕子,宇南山貴男,他:第 17 回(2012 年)横
浜市内保育園児予防接種実態調査報告.横浜市
医師会保育園医部会会報 2013;20:4―9.
15)Oh SY, Griffiths D, John T, Lee YC, Yu LM,
McCarthy N, et al.:School-aged Children : A
Reservoir for Continued Circulation of Haemophilus influenzae Type b in the United Kingdom.
J Infect Dis 2008;197:1275―81.
16)Schouls L, Heide H, Witteveen S, Zomer B,
Ende A, Burger M, et al.:Two variants among
Haemophilus influenzae serotype b strains with
distinct bcs4, hcsA and hcsB genes display differences in expression of the polysaccharide capsule. BMC Microbiology 2008;8:1―11.
17)庵原俊昭,菅
秀,浅田和豊:厚生労働科学
研究補助金(新型インフルエンザ等新興・再興
感染症研究事業)平成 24 年度研究報告書「小児
細菌性髄膜炎および全身性感染症調査」に関す
る研究(全国調査結果);9―15.
18)MacNeil JR, Cohn AC, Farley M, Mair R, Baumbach J, Bennet N, et al.:Current Epidemiology
and Trends in Invasive Haemophilus influenzae
Disease-United States, 1989-2008. Clin Infect Dis
2011;53:1230―6.
19)砂川慶介,竹内百合子,岩田 敏:無莢膜型イ
ン フ ル エ ン ザ 菌(NTHi)の 疫 学.感 染 症 誌
2011;85:227―37.
20)Ladhani S, Slack MPE, Heath PT, Gottberg A,
Chandra M, Ramsay ME, et al.:Invasive Haemophilus influenzae Disease, Europe, 1996-2006.
Emerg Infect Dis 2010;15:455―63.
36
齋藤 綾子 他
Nasopharyngeal Hib Carriage Among Healthy Children Attending Daycare Centers in Yokohama
After One Year of a Publicly Funded Vaccine Program
Ayako SAITO1), Hiroko SUMITA1), Yutaka MINOHARA1)3), Shinji FUJITA1), Shigeyoshi YAZAKI1),
Miyoshi KITAMURA1), Shigehiko KAWAI1), Kazumi KAMATA1), Yoshimi OOTA2),
Mikiko YAMADA2), Yuko MATSUMOTO2) & Nobuaki TAKEYASU1)
1)
Isogo Medical Association, 2)Laboratory Test and Research Division, Yokohama City Institute Of Health,
3)
Microbiology, St. Marianna University, School of Medicine
Yokohama city started a regular, free vaccine program for Haemophilus influenzae type b (Hib) from February of 2011. This study was completed to verify the effectiveness of the vaccine on the nasopharyngeal
Hib carriage among healthy children attending daycare centers in the Isogo area. The research was conducted during the late spring (Jun∼Jul) and fall (Oct∼Nov) of 2012. There was a significant decrease in the
Hib carriage rate (spring8.8%, fall 1.6%). During this period there was no increase in the Hib vaccine coverage. The Hib carriage rate of each daycare center was 0∼18.4% in spring and 0∼4.9% in fall. There was no
significant relationship between the rate of non immunized children and that of Hib carriage. This improvement in nasopharyngeal Hib carriage shows the impact of community immunity.
感染症学雑誌 第89巻 第 1 号