デジタルシティにおける危機管理シミュレーション

システム 制御 情報, 解
説
デジタルシティにおける危機管理シミュレーション
石田 亨 Ý ・中西 英之 Ý ・高田 司郎 Þ
はじめに
災害における危機管理はわが国にとって重要なテーマ
であり,情報技術の貢献が期待されている.たとえば,
仮想空間での避難シミュレーションが実現し,得られた
結果の分析が可能となれば,災害規模の予測や,災害に
対する学習効果を高めることができるなど,社会的意義
は大きいと思われる.以下のようなシナリオを考えて
いる.
年,京都の 次元仮想都市で,京都駅,
地下鉄での災害を想定した避難訓練が実施され,
インターネット経由で市民多数が参加する.
年,京都で地震が発生.火災が地下鉄,
京都駅構内で発生する.物理空間での状況は全
方位センサから無線ネットワークを通じて刻々
センタに送られる.センタでは人々の群れとし
ての行動が把握されパネルに表示される.さら
に,仮想都市での避難訓練結果を利用して,適
切な指示がモバイル端末に送られ,社会的エー
ジェントによる誘導が行われる.
本稿でとりあげるのは,第一ステップの仮想避難訓練
である.インターネットから参加する 人のアバター
(参加者が制御する場合をアバターと呼ぶ)と, 体
のエージェント(自律的に行動するソフトウェアをエー
ジェントと呼ぶ)を仮想京都駅で動作させる.意味のあ
る避難シミュレーションを実現するには,さまざまな研
究課題を解決しなければならない.我々の着眼点は以下
のとおりである.
まず第一に, 次元仮想空間上のデジタルシティにお
ける危機管理シミュレーションをマルチエージェントシ
ステムと捉える.危機管理シミュレーション内で動作す
るエージェントは,シミュレーションシナリオに沿いな
がらも,刻々と変化する環境へ対応し,他のエージェン
トと連携することが必要となる.
第二に,危機管理シミュレーションを,エージェント
が仲介するコミュニティ(
)
での人々とエージェント群の共同作業と捉える.そこで
のエージェントは,計算エージェント( )ではなく,コミュニティの中で役割を担う社会的
エージェント( )である.先の例では,
体の社会的エージェントとインターネットから参加する
名の参加者の社会的インタラクションを観測するこ
とになる.
以下,我々が関わってきたデジタルシティ京都につい
て述べ,計画を進めているデジタルシティにおける危機
管理シミュレーションの,工学的科学的課題について
述べる.
デジタルシティ京都
デジタルシティと呼ばれるシステムの開発が世界各地
で行われている .デジタルシティ京都は,京阪奈
学研都市の オープンラボを場とし, と京都
大学を中心とした共同研究プロジェクトとしてスタート.
年 月から 年 月まで初期のプロトタイ
プが開発された.その後,科学研究費地域連携推進研究
費を受け,デジタルシティ京都・実験フォーラムを設立
し, 名のボランティアが参加して, 年間の実証的
研究を進めた.
デジタルシティの目標は,物理的な都市に対応づけて
インターネット上での情報を再構成し発信することによ
り,市民に公共的な情報空間を提供することである.そ
のための技術基盤の確立と,市民の日常生活や地域コ
ミュニティの支援,国際化,異文化コミュニケーション
の促進に向けて活動を行った.
デジタルシティの基本的なアーキテクチャを第 図に
示す.この図は,デジタルシティ京都のシステム構成で
あるが,ある程度の一般性を持つものと考えている.最
下層はインフォメーション 層である.こ
の層では,インターネット内に蓄積された都市のあらゆ
Ý
京都大学情報学研究科 社会情報学専攻・科学技術振興事業
団 Þ
メディア情報科学研究所
! "#
! $# #
%& "# ! ' ! る !!! 情報が収集され組織化される.また,実際の
都市空間からのセンサ情報がリアルタイムに収集され,
都市メタファーの中核となる地図データベースにリンク
される.地図データベースはインフォメーション層と上
位層を結び付ける重要な働きをする.第二層はインタ
システム 制御 情報
第 巻 第 号
(
)
Social Interaction among Users
Interaction
Agent supported social interaction
among residents and tourists.
3D Space
2D Map
Interface
2D maps and 3D graphics.
Real-time animation for interface agents.
Information
The Internet
WEB
Digital Archive
WWW, digital archives and real-time
sensory data from the physical cities.
第図
フェース Geographical Data Base
Real City
Sensor
Real-time Data
デジタルシティの構成
層である. 次元の地図や 次元の
インタラクション層としては,二条城デジタルバスツ
仮想空間が提供される.インタフェース層は,蓄えられ
アーを開発した.これは,エージェント, 次元仮想空
た情報を検索するのに役立つばかりでなく,上位層にコ
間,チャットルームという全く異なるメディアを組み合
ミュニケーションの舞台を提供する.第三層はインタラ
わせたものである.海外からの観光客をチャットルーム
クション 層である.人の住まない都市は
に案内し,エージェントが仮想二条城を説明する.複数
ない.デジタルシティが魅力的になるためには,人々の
のユーザはお互いにチャットで会話をしながら内部を自
社会的インタラクションの支援が不可欠である.この層
由に観光することができる.将来,このエージェントに
は市民の間の,あるいは,市民と訪問客の間のコミュニ
対話機能を盛り込めば,異文化コミュニケーションの支
ケーションを支援する.
援になるだろう.
デジタルシティ京都では,インフォメーション層とし
て," 件以上の京都の公共空間に関する !# ページ
危機管理シミュレーション
を収集し,その緯度経度を同定し地図上に配置した.こ
デジタルシティの応用としては,観光,商業,交通,
れを $% &'(第
図)と呼ぶ.インターネットの
運輸,都市計画,景観,福祉,医療,教育,危機管理,
普及により,都市の活動は刻々ネットワーク内に写し取
政治など,多様な発展の可能性を想像することができる.
られている.インターネット内の情報を地図上に表現す
中でも都市のシミュレーションは,コンピュータの計算
ることによって,地図は都市の活動を知る新しいインタ
能力とインターネットの通信能力をフルに利用する魅力
フェースとなるのである.
的な研究テーマである.シミュレーションの題材として
は,交通,都市計画,景観,危機管理,政治などが考え
られ,本稿でとりあげる避難のシミュレーションもその
一つである.以下では,避難シミュレーションの工学的
課題と科学的課題について述べる.工学的課題とは,い
かにシミュレーションを実現するかに関する課題であり,
科学的課題とは,いかにシミュレーション結果を理解す
るかに関する課題である.
工学的課題
マルチエージェントシミュレーションのプラット
フォーム
危機管理シミュレーションを行うには,現実世界をモ
デル化したプラットフォームが必要となる.また,ユー
ザ参加型の危機管理シミュレーションでは,ユーザイン
第
図
デジタルシティ京都の地図インタフェース *+ ,
タフェースやコミュニケーション機能が必要となる.ビ
デオゲームとは違い,ユーザの多様な行動をリアルタイ
インタフェース層としては,第
図に示した地図イン
タフェースの他に,京都の街を立体的に再現した ( 京
都を開発した.仮想都市開発の難問は,誰が開発し,誰
ムで生成するためには,人体の動きの生成に大胆な軽量
化が必要となる.また将来的には,モバイル環境の上で
動作する危機管理シミュレーションも必要となる.
がメンテナンスするべきなのかが明らかでないことであ
る.デジタルシティ京都では,非専門家が容易に参加で
大規模なマルチエージェントシミュレーションを実
マルチエージェントのシナリオ記述
きる 次元仮想空間開発ツール(()%)を採用し,バ
現するためには,エージェント群の動作をシナリオラ
ザール方式での開発を試みた.その結果,大学やいくつ
イターの視点から容易に記述できることが必要となる.
かの高校,専門学校に活動が広がった.
石田・中西・高田:デジタルシティにおける危機管理シミュレーション
体のエージェント群を実現するには,膨大な並行
+!& は," 年に我々の研究室で開発されたもの
処理を実装しなければならないが,シナリオライターに
で,だれもが互いに出会い,実世界と同じように振る舞
並行プログラミングの経験を期待することはできない.
うことのできる 次元仮想空間を提供する.会合の参加
さらに,人がシミュレーションに参加する場合には,人
者は,自分のカメラ画像が張り付けられた 次元物体と
とエージェントのインタラクションの設計が必要となる.
して表され,位置と向きを持つ.参加者は空間内を自由
こうしたインタラクションの記述はエージェントへの依
に動き回ることができ,その音声は互いの距離に反比例
頼の記述であり,従来から研究されてきたエージェント
した音量で聞こえる.話したい参加者同士が互いに近づ
の内部モデルの記述とは大きく視点が異なるものである.
いて会話グループを構成するので,混乱することなく多
適応型エージェント
くの人々が会合に参加することができる.
シナリオの記述は,マルチエージェントシステムの動
危機管理のシミュレーションに社会的インタラクショ
作を外部から制約する試みである.これは自律的なエー
ンを導入するためには,人の参加が可能な 次元空間で
ジェント群にとって,新たな研究課題を提供する.す
のシミュレーションが必要となる.そこで,我々は,こ
なわち,エージェント群は,依頼されたシナリオに従っ
の +!& をデジタルシティのための 次元仮想空間
て,刻々と変化する環境の変化に適応できる必要がある.
プラットフォームに拡張している.+!& は,現在,
エージェント同士のアドホックな連携が必要となる場面
,-)% . を受理し,さらに,歩行動作を備えたエージェ
も予想される.
ント群を生成できるところまで進化している.当初から
のコミュニケーション機能を継承しているのは言うまで
科学的課題
工学的課題が解決され,シミュレーションが実現可能
となったとしよう.そして,仮想京都駅での避難シミュ
もない.第 図は,( 京都での +!& の実行例で
ある.
レーションで 名が死傷したとしよう.その結果は
何を意味するのだろうか.シミュレーションで得られた
データの内で,何が重要な情報であり何が重要でない
のだろう.ビデオゲームとシミュレーションはどう違う
のだろう.そうした問いに答えるには,仮想空間やエー
ジェントに関わる科学的研究が必要となる.
人と空間のインタラクション
次元仮想空間で,人は実空間と同じように振舞うの
だろうか.身体性の欠如は避難行動に根本的な相違をも
たらすのではないか.仮想空間と人のインタラクション
は,実空間と人のインタラクションと同じなのだろうか,
第図
違うのだろうか.違うとすれば何がどの程度違うのか.
この問いに答えるには,人と空間のインタラクションに
関わる認知科学的研究が必要となる.
社会的エージェントの心理
次元仮想空間で,ソフトウェアと出会ったとしよう.
人は,人とソフトウェアをどのように区別するのだろう
か.たとえば,人はソフトウェアの誘導を信頼するだろ
うか.一般に,ソフトウェアに対する信頼はその機能と
効率で決まる.!
* を信頼するかどうかは,使い
易く安定しているかどうかで決まる.しかし,人に対す
る信頼は機能や効率では決まらない.では,擬人化され
たソフトウェアであるエージェントに対する信頼はどう
か.ソフトウェアに対する信頼に近いのか,人に対する
エージェント群に複雑なシナリオを与え,+!&
れとしての行動を確認することは難しい.そこで,シ
ナリオの開発を容易に行うためのシミュレータとして
+ !& を開発した.
+ !& は,後述するインタラクション設計言語
の処理系と同じ /0 上で実装され,+!& と同
一の
次元シミュレーション
+!&" は, 次元仮想空間を用いた非形式的な
コミュニケーションを支援する電子会合システムである.
シナリオを実行できる.その他,次のような特徴
を持っている.
シングルスレッドで動作し,+!& 上で行って
いる共有メモリの管理や,プロセス間の同期,排他
制御などの複雑な制御を行わないため,エージェン
ジェントに対する心理の理解が重要となる.
シミュレーションプラットフォーム
次元シミュレーション
上で実行させると,視点が制約され,エージェントの群
信頼に近いのか.危機管理シミュレーションでは,エー
- 京都での .#/, の実行例
ト群のシナリオを繰り返し同じ条件でテストできる.
123 の消費が少ないため,シナリオの実行速度を
自由に調節することができる.これにより,シナリ
オの特定の部分を重点的に改善することができる.
システム 制御 情報
第表
第 巻 第 号
"
! シミュレーションの実行
難シミュレーションの実行例を紹介する.
シナリオの記述
インタラクション設計言語
4 は,エージェントの
内部メカニズムの記述を目的としたものではなく,エー
ジェント(あるいは,エージェント群)に対し,人間(あ
るいは,エージェント)が外部から与えるシナリオを記
述するためのものである.したがって
は,各々のエー
ジェントがどのようなプログラミング言語を用いて記述
されているかに感知しない.エージェントの動作を詳細
に記述する「56,6 言語呼び出し」のような,直接実行
を想定した機能もない.
は,外界を観測しイベントを待ち受けるキュー 合
図,あるいは,手がかりと訳されることが多い と外界
への作用を表すアクションを組み合わせてイベントドリ
ブンのルールを記述できる.また,複数のイベントを同
時に待ち受けるガード付きコマンドを用いて,プロダク
ションシステムを記述できる.さらに,拡張有限状態機械
に基づいて状態の遷移を記述できる.
は,/0 を
母言語としているため,上記の言語機能以外に /0 の言語機能をシナリオ内で自由に使うことができる.
スとして定める.第 表は,避難シミュレーションで用
いているキューとアクションを示したものである.
つぎに,シナリオライターは,合意したキューとアク
ションを用いて,
し,78 のフォームとしてユーザに提供する試みを進
2 1 )と呼ばれる.921 を使うユーザは,もは
や
雑なシミュレーションを実行できるようになる.
将来には,エージェントが複数のシナリオを異なる依
頼者から同時に受け取ることを可能とする予定である.
それらが矛盾していれば,全てを実行することはできな
い.よく設計されたエージェントは,複数のシナリオを
整合させるよう試み,それが不可能と知れば依頼元に調
整を求めるだろう.また,シナリオライターは計算機科
学の非専門家であるため,
言語で書かれたシナリオに
は誤りが含まれることを覚悟しなければならない.エー
ジェントは,誤りを含むシナリオを頑健に実行すること
を要求される.
こうした社会的に知的な振る舞いを実現することは,
社会適応的なエージェントの研究を駆動する.危機管理
シミュレーションを実現するためには,最終的に社会的
に知的なエージェントの実現が必要となるのである.
年:杉万実験
仮想京都駅という大空間でのシミュレーションを実現
するためには,手順を踏んで研究を進める必要がある.
そうでなければ,シミュレーションは単なるサイバース
ペース上のイベントとなってしまうだろう.我々が考え
る研究ステップは以下のようなものである.
過去に実空間で行われた避難訓練の統制実験をシ
ミュレーションで追試する.これによって,マルチ
エージェントシミュレーションが実空間の避難訓練
する.一方, エージェントシステム開発者は,協議の
ジェントシステムのユーザと開発者のインタフェースを
の構文則を知る必要すらなく,協議の結果定めた
キューとアクションをカードの中に記述するだけで,複
の構文を使いながらシナリオを記述
結果として定めたキューとアクションを実装する.エー
を導入する最大の効果である.
めている.この 78 のフォームは 921(9 ナリオライター(計算機科学の非専門家であることが多
家)が協議し,キューとアクションを両者のインタフェー
レーション)に特有のインタラクション・パターンを抽出
シナリオの記述は以下のように進められる.まず,シ
い)とエージェントシステム開発者(計算機科学の専門
現在,我々は,応用ドメイン(たとえば,避難シミュ
本章は,エージェント群と人々とのインタラクション
を用いた避
規定できることが,
を記述できるインタラクション設計言語
)
キューとアクションの一覧
(
を再現できるかどうかを確認する.
つぎに,実空間での避難訓練とシミュレーションを
石田・中西・高田:デジタルシティにおける危機管理シミュレーション
併用する.避難訓練からの知見をシミュレーション
によって確認し,データの収集分析を加速すること
ができる.
さらに,実空間での避難訓練が困難な環境(たとえ
ば,京都駅)を仮想空間内に構成し,シミュレーショ
ンを実施する.その結果から,シミュレーションな
しでは得られない知見を得る.
我々は,現在第一ステップの中間点に位置し,第二ス
テップの準備をしている段階である.具体的には,
年に杉万氏が行った避難の統制実験 : の追試を試みて
第0図
いる.
杉万氏の実験では以下の
実験現場の平面図および避難開始前の誘導員と避難
者の配置(参考文献 123 より引用)
つの誘導方法が試みられた.
指差誘導法
誘導員は,
「出口はあちらです.あちらに逃げて下さ
い」と大声で叫ぶとともに,出口の方向を上半身全
体を使って指し示す.誘導員自身も出口に向かって
移動する.この指差誘導法は,従来,避難訓練の場
で最も広く用いられてきた代表的な誘導法である.
吸着誘導法
誘導員は,自分のごく近辺にいる 名ないし
名
の避難者に対して,
「自分についてきて下さい」と働
きかけ,自分が働きかけた少数の避難者を実際にひ
きつれて避難する.この誘導法においては,誘導員
が出口の方向を告げたり,多数の避難者に対して大
声で働きかけることはしない.
杉万氏は,南北に長い地下街で,' 名の避難者に対
し ' 名の誘導員を用意し,指差誘導法と吸着誘導法を用
いた避難訓練を実施した.その結果,吸着誘導法が,避
第4図
./, を用いたシミュレーションの実行例
第2図
.#/, を用いたシミュレーションの実行例
難所要時間および誘導された避難者数において優位であ
ることを見い出している.この原因として,吸着誘導法
では誘導員を核とする小集団が複数形成され,その集団
が周囲の避難者を吸引したことを挙げている.
つぎに杉万氏は,第 ' 図の空間を用いて : 名の避難
者に対し誘導員の人数を変化させた統制実験を行ってい
る.その結果,避難者と誘導員の人数比が大きくなると,
指差誘導法と吸着誘導法の優劣が逆転するとの知見を得
ている.
年:マルチエージェントシミュレー
ション
そこで我々は,指差誘導法と吸着誘導法を実行できる
誘導エージェントのシナリオを,
を用いて記述した.
また,誘導員の指示が直接得られる場合はその指示に従
い,得られない場合は周囲の集団に同調して避難する避
難エージェントのシナリオを記述した.
シナリオの記述は
段階に分けて行った.第一段階で
は,杉万氏の論文を精読し,そこから誘導員と避難者の
ルールを抽出した.抽出されたルールは以下のようなも
のである.
指差誘導員シナリオ
¯ 誰かを見かければ,大声を出しつつ,出口を指
差す.
¯ 違う方向に向かう避難者を見れば,正しい出口に
誘導する.
¯ 近くの避難者が移動を開始すれば,自身も避難を
開始する.
¯ 動かない人がいれば,呼びかける.
# 吸着誘導員シナリオ
システム 制御 情報
第5図
第 巻 第 号
第
.#/, による仮想空間の地下鉄駅構内
¯ 避難開始と同時に,誘導員自身に一番近い避難者
べき避難者を見つける.
¯ 誘導員自身が出口に着くまで,上記を繰り返す.
避難者シナリオ
¯ 近くの出口を目指して移動する.
¯ 誘導員の指示に従い避難する.
¯ 指差誘導では,誘導員が指差した方向へ移動する.
¯ 吸着誘導では,誘導員の後ろに付いていく.
¯ 誘導員の指示がない場合,避難者自身で判断し避
難する.
避難シミュレーションは + !& を用いて実施した.
図
)
実世界の地下鉄駅構内
ナリオを記述すれば,実空間での実験データと一致
を探し出し,その避難者を出口まで連れて行く.
¯ 避難者が離れれば,近づくまで待つ.
¯ 避難者が近づくと,誘導を再開する.
¯ 避難者を見失えば,周りを見渡し,新たに誘導す
(
する結果を導くことができる.
しかしながら,シナリオライターの想定による記述
が,意味のある結果を導く保証はない.実空間での
シミュレーションとの併用によって,記述の的確さ
を増していくことが必要である.
個々のエージェントをどの程度詳細にモデル化するべ
きかという問いに,簡単な答えはない.パラメータの数
を絞れば,パラメータと結果との因果関係はより明確と
なる.しかし,あまりに単純なモデル化は現実性を失わ
せ,人間の参加を難しくする.一方,エージェントの個
性などを含め,現実に近いモデルを組み込もうとすれば,
結果の解釈は恣意的なものとなり易い.シミュレーショ
ンの用途によって,適切な粒度のモデルを採用する必要
がある.
第 " 図にその実行例を示す.このシミュレーションを通
我々は,現在, 次元仮想空間で人間の参加者を含めた
じて,混雑の発生状況を克明に観察することができる.
杉万実験の追試を計画している.第 : 図は,+!&
しかしながら,シミュレーションの結果は,杉万氏が
記録したデータとは大きく異なる結果となった.そこで,
を用いた避難シミュレーションの実行例である.
第二段階では,杉万氏へのインタビューを行い,また,
科学的課題
当時の記録ビデオの分析を行った.そして,避難者が誘
シミュレーションを進めていくとその過程でさまざま
導員のみならず,他の避難者に同調することを確認し,
な基本問題にぶつかる.この章では視点を変えて,それ
以下のルールを追加した.
らの基本問題への取り組みを紹介する.
¯ 多くの人がいるところへ移動する.
¯ 周りが動いていなければ,動かない.
¯ 近くの人が動き出したら,付いていく.
学生活空間学専攻岡崎研究室では,地下鉄の駅構内での
さらに,論文には記述されていない実験現場の視界の
歩行における注視行動を分析した .注視とは視線を
悪さ,群集の過密さ,音の反響を反映し,ルールに以下
一定時間固定して風景の中の一点を見続けることであ
の改善を加えた.
る.実空間と仮想空間における注視行動を比較すること
¯ ある一定距離以内で誘導員の指差に従う.
(群集の過
密により誘導員の指差を確認できないため)
¯ 同時に複数の発話による指示は無視する.
(音の反響
により正確に指示を理解できないため)
上記の改善を加えたマルチエージェントシミュレー
人と空間のインタラクション
人と空間のインタラクションを分析するため,京都大
によって,身体性の欠如などの仮想空間の特徴が,人の
振舞いに及ぼす影響が調べられる.仮想空間での実験で
は,実世界の地下鉄と同じ 次元モデルを +!& を
用いて作成した.第 4 図は +!& による仮想空間の
地下鉄駅構内,第 図は実世界の地下鉄駅構内である.
ションの結果は,杉万氏の実験データと概ね一致したの
仮想地下鉄駅構内においては,注視行動に大きく影響す
である.この経験から得られた知見は以下のようなもの
る案内板などの精細度を上げ,サインが実世界のサイン
である.
と同程度に情報を提供できるよう注意が払われた.主な
マルチエージェントシミュレーションは,適切にシ
比較結果を以下に紹介する.
石田・中西・高田:デジタルシティにおける危機管理シミュレーション
実世界では,線路への転落や障害物への衝突など身
社会的課題があることを忘れてはならない.シミュレー
の危険を回避するための短時間の注視が多く生じる.
ションが危機管理教育や都市のデザインに役立つように
このような注視は仮想空間ではほとんど生じない.
なることが,研究の最終的な目標である.
仮想空間では,周辺視で床面をとらえることによっ
て障害物と自分の身体との距離を把握することがで
きない.そのため,床面への注視が増加する.
本研究は,平成 年度から " 年間の予定で実施さ
れている科学技術振興事業団戦略的基礎研究推進事業
(1-7/)の研究領域「高度メディア社会の生活情報技
危機管理シミュレーションの結果を正しく解釈するた
術」(領域リーダー:長尾 眞)の研究プロジェクト「デ
めには,上記のような人と空間のインタラクションの特
ジタルシティのユニバーサルデザイン」(プロジェクト
徴を明らかにしていく必要がある.
リーダー:石田 亨)の一部として進行中のものである.
社会的エージェントの心理
危機管理シミュレーションのような研究は計算機科学の
人はエージェントに対し,どのように振舞い,どのよ
研究者だけで行うことはできない.日頃からご協力ご指
うな影響を受けるのだろうか.仮想空間でエージェン
導いただく岡崎甚幸教授(生活空間学),杉万俊夫教授
トが人間同士のコミュニケーションを支援する実験を行
なった.その結果,エージェントの振る舞いがエージェ
ントの印象のみならず,会話相手やその国民性の印象に
まで大きく影響することが分かった .この実験データ
は,エージェントの能力に大きな期待を抱かせる一方,
エージェントが人間関係を制御する力を持つのではない
かという不安を感じさせる.社会性の基本は他者と関係
を結ぶことである .そこで,エージェントの人間関
係への影響を明らかにするために,バランス理論 と
呼ばれる社会心理学理論を援用し,実験を行った.その
結果,以下のことが明らかとなった.
エージェントは意図的に人に賛成(反対)すること
によって,人が好む(嫌う)オブジェクトになりす
ますことができる.これを用いると,人間同士のコ
ミュニケーションが不足している状況ではバランス
理論が効果的に作用し,エージェントは人間関係に
一定の影響を与えることができる.
一方,人間同士のコミュニケーションが深まると,
エージェントは人間関係にほとんど影響を与えるこ
とができなくなる.
この結果は,災害時の人の誘導に果たす社会的エー
ジェントの可能性と限界を示唆している.
おわりに
本稿では,デジタルシティにおける危機管理シミュ
レーションの研究目標と,工学的・科学的課題について
述べた.工学的な成果として,デジタルシティのプラッ
トフォームである + !&( 次元空間)と +!&
( 次元空間)を紹介した.また,シミュレーションのシ
ナリオを記述するための言語
の概要を述べた.これ
らのツールを用いて,過去に行われた実空間での統制実
験をシミュレーションによって追試した.また,科学的
課題として,人と空間のインタラクションに関する認知
科学的研究と,エージェントに関する社会心理学的研究
について紹介した.
本稿では触れなかったが,シミュレーションから知り
えたことを,いかに現実の危機管理に役立てるかという
(人間科学),1 ; 教授(社会心理学)に心より感
謝する.
参 考 文 献
13 6!' 7 6!%!#(!) - ! 8 # ! ' ! .# 9#! "! 524 # ## (
)
1 3 石田 亨 デジタルシティの現状: 情報処理 0 2 2; (
)
13 6!' - 7 6 $# 6 $#!## $# "# +$ 04 5 (
)
103 平松 薫 石田 亨 地域情報サービスのための拡張 /%
空 間: 情 報 処 理 学 会 論 文 誌:デ ー タ ベ ー ス 0
6*2(<-5) ; (
)
143 = , !' >!' !'# 6!' .#/, - # $# !
? ! 2 (;;;)
123 杉万俊夫 避難誘導法のアクションリサーチ: 自然災害の
福村出
行動科学 応用心理学講座 版 (; )
153 石田 亨 福本理人 インタラクション記述言語 の提案:
人工知能学会論文誌 5 22 2; (
)
1 3 鈴木利友 岡崎甚幸 地下鉄駅舎とその仮想現実空間にお
ける探索歩行時の注視と歩行行動の比較: 日本建築学会計
;;
4(
)
画系論文集 444
1;3 7 6!%!# = , !' 6!' !!
= # -! !!! $# = = 6 # # ? 45 20 (
)
1 3 / - 9#! -" // # @ (; )
13 . =# ! " / (;4 )
1 3 中澤 諭 中西英之 石田 亨 高梨克也 社会的エージェン
トのバランス理論: 情報処理学会インタラクション ; 2 (
)
システム 制御 情報
第 巻 第 号
著 者 略 歴
いし
だ
石 田
とおる
亨 非会員
;52 年京都大学工学部情報工学科卒業
;5 年同大学院修士課程修了.同年日本
電信電話公社電気通信研究所入所.現在
京都大学大学院情報学研究科社会情報学専
攻教授.工学博士.6 .&. 人工
知能 コミュニケーション 社会情報シス
テムに興味を持つ.
なか
にし
中 西
ひで
ゆき
英 之 非会員
;;2 年京都大学工学部情報工学科卒業
;; 年同大学院工学研究科情報工学専攻
年同大学院情報学研
修士課程修了.
究科社会情報学専攻博士課程修了.同年同
専攻助手となり現在に至る.京都大学博士
(情報学).仮想環境・社会的エージェント
などに興味を持つ.
たか
た
高 田
(
し
)
ろう
司 郎 非会員
;5; 年大阪大学基礎工学部情報工学科
卒業 ;; 年奈良先端科学技術大学院大学
情報科学研究科前期課程入学 ;;; 年同科
後期課程修了.;5; 年 7 入社.;;
年けいはんな入社.;;; 年 知能映像
年 メディア情
通信研究所入所.
報科学研究所客員研究員,現在に至る.博士(工学).人工知
能 コミュニケーション 合理的エージェントに興味を持つ.