「非常にまれに起こる現象」の実証的研究 排出権取引市場のリスク推定に応用へ 東京情報大学総合情報学部 教授 山崎和子 昨年、国連の生物多様性条約第10回締約国会議 (COP10)と気候変動枠組み条約締約国会議(COP16) が相次いで開かれた。地球の環境保全に関し一定の前 進はあったものの、ニュースを通して、我々に聞こえ てくることは、先進国と開発途上国の利害の対立、激 しい外交戦略の応酬である。それでも、自然保護が経 済や社会の基礎となることは確認された。だからこそ、 ますます「自然保護」は、経済変動、利害対立の荒波 の中でも、実効性のある、強靭な仕組みを必要として いる。 自然資源と経済的価値 徳島県上勝町で、ナンテンやモミジの葉を活用する 「葉っぱビジネス」が有名になった。その理由を考え てみる。地域コミュニティを活性化したことが最大の 理由だと思われるが、「なぜ、ただの葉っぱが?」と いう意外性がこのビジネスを人の記憶の中に長く留め ている。 米メリーランド大学ロバート・コスタンザ博士が、 1997年に英科学誌ネイチャーに発表した論文では、例 えば、海は食糧生産、廃棄物分解、酸素供給…で21兆 ドルなど、生態系が提供してくれるサービスは、年間 で33兆ドルと試算されている。大昔から人手をかけず に自然の中に存在するもの「空気、水、土地、木の実、 葉っぱ…」と並べてみると、土地の中には取得争いが ひいては戦争にまで至ったことあった。しかし、生 物の生存にとって必須であっても使いたい放題の資源 や、その資源が提供しているサービスを利用している が意識さえしていないことが多くある。つまり、必要 で有限の資源には、自由経済の下で市場が生まれたが、 必要でも無限に受け取ることができると思われていた ものは、経済の枠組みの外に置かれ、市場も生まれな かった。 我々は、金銭価値を基に経済の枠組みをつくり行動 をしてきたが、それに伴う経済発展が、無償の部分を 破壊しようとしている。このような問題に対し、「環 境経済勘定や排出権取引のように、無償であったもの にも金銭的価値や市場を導入」という試みや、「各種 の持続性指標のように金銭とは異なる価値をCO2排出 量、土地面積、水などに換算して表現」という試みが なされている。 やまさき かずこ 1951年福岡県生まれ 九州大学理学研究科博士後 期課程物理学専攻修了。 東京情報大学総合情報学部 環境情報学科(情報セキュ リティ研究室)教授。 専門分野:環境と経済に関 するデータの実証分析、マ ルチエージェントシステム。 主な研究テーマ:排出権取 引の実証分析、 持続性指標。 主な著書:PNASに掲載さ れた論文 Financial Markets 翻訳: 「入門」経済物理学 に 関 す る も の(2005年 ) 、(2004年、共訳) 、禁断の市 「The Growth of Business 場(2008年、共訳) Firms」 (2005年)など。 排出権取引は100兆円市場に 無償であったものを、だれがどのように負担をする かを割り当てる、実効性のある仕組みの1つとして、 すでに動き出しているものが排出権取引である。 我々は、平成22年度∼24年度「急成長する排出権取 引市場におけるバブル発生の監視とリスク推定に関す る研究」という題目で科学研究費の補助をうけて研究 を進めている。ここでは、この研究の前提となった研 究について述べる。 世界銀行の報告書「State and Trends of the Carbon Market 2009」によると、2008年に世界の炭素排出権 取引市場は、経済危機の中でも取引額で前年の約2倍、 円換算で年間1兆3000億円以上の規模となった。これ は東京証券取引所の1日の売買代金約2兆円と比較す るとさほど大きいものではない。しかし、このまま成 長が続けば、2020年には100兆円の規模になるとも言 われている。 現在、世界の排出権取引額の80%を占めているEU 排出権取引制度(EU-ETS)で、取引されている排出 権は、発電、石油精製、鉄鋼、紙・パルプ、セメン ト、ガラス、陶器等のエネルギー集約型事業所に対 し、EU加盟国政府が二酸化炭素の排出上限(キャップ) を決め、それに相当する排出権枠を与えたものである。 このうち最も多くの排出権を与えられているのが電力 会社であり、したがって、電力の価格が上昇すれば、 排出権価格も上昇するという関係にある。また、一般 新・実学ジャーナル 2011.1・2 7
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