平成23年度 新産業創出研究会「研究成果報告書」

平成23年度
新産業創出研究会「研究成果報告書」
Pd・Ni 含有 USY ゼオライトを触媒とした鈴木カップリング反応による機能性材料合成の実用化
鳥取大学・准教授 奥村 和
1.はじめに
近年、規則性多孔体のナノ細孔空間において活性点の構造を精密に設計し、従来困難であった反
応を触媒的に進行させるという挑戦が盛んになりつつある。ナノ細孔空間内にパラジウムクラス
ターを形成させたという報告もあるが、通常はポリマーや複雑な配位子によりクラスターを安定
化させる必要がある。しかし,USY ゼオライトを担体とした場合には、金属 Pd は原子状にまで高
分散化する。その方法は極めて簡便であり、USY ゼオライトを担体としパラジウムアンミン錯体
(Pd(NH3)42+)をイオン交換法によって導入した触媒に o-キシレン溶媒中で水素ガスをバブリング
するというものである。本研究で見出した原子状パラジウムはクラスターよりも活性点のサイズ
が小さく、究極に高分散した触媒であると言える。この原子状パラジウムは試料に室温で水素を
流通させることにより、約 30 分で形成され、調製方法が大変簡便である。さらに、この原子状
Pd 触媒は、鈴木・宮浦カップリング反応に高活性を示すことが分かっている。また従来の Pd 錯
体を使った場合では、Pd を溶媒に溶解させて反応が実施されるために、製品に Pd が混入する場
合が多いが、生成物であるビフェニル誘導体を医薬品や電子材料として使用するには、微量の Pd
の存在が大きな弊害となる。したがって、触媒からの Pd の溶解性の見極めが重要である。本研究
は、この Pd/USY 触媒の実用化の可能性を検討することを目的とし、さまざまな基質分子に対する
触媒活性・Pd の溶解性・副反応選択性について検討したものである。
2.概要
2.1 クロロベンゼン誘導体、複素環化合物を用いたカップリング反応
USY ゼオライトを担体とした Pd 触媒を、クロロベンゼン誘導体を使用した鈴木カップリング反応
に利用した。クロロベンゼン誘導体は比較的安価で種類も多いものの,反応性が低いため、活性を
向上させることが求められている。ブロモベンゼン誘導体を使った鈴木カップリング反応におい
て極めて高い活性を示した Pd 触媒を用いて反応をおこなった。さらにチオフェンやピリジン類な
どの複素環化合物を用いた反応を実施し、医薬品合成の可能性を探った。
2.2 Pd 溶出およびホモカップリング反応の選択性の見極め
担持 Pd 触媒のような不均一系触媒であっても、実際には溶媒中に Pd が溶解し、これが活性種と
して機能していることもある。特に極性溶媒を使用した場合には Pd が溶出することが多い。ppm
レベルの Pd でも製品中に残存することで問題になることがあることから、Pd の溶出は大きな問
題である。そこで、さまざまな溶媒中で鈴木カップリング反応をおこない、どの程度の Pd が溶出
するのかを検討した。
鈴木カップリング反応では通常のクロスカップリングの他に、数%以下であるが、ハロゲン化
アリールあるいはボロン酸誘導体どうしのホモカップリングが起こり、副生成物が生成すること
がある。特にホモカップリングにより生成した、主生成物よりも沸点の高い生成物の副生は蒸留
により分離することが困難であることから、問題となっている。そこで、Pd/USY を触媒とし、さ
まざまな溶媒中でのホモカップリング反応の進行を検討した。比較のため、Pd/活性炭を触媒とし
た反応も実施し、Pd/USY と比較した。
3.研究成果
3.1 クロロベンゼン誘導体を用いた鈴木カップリング反応
クロロベンゼン誘導体を使用した反応として、p-クロロアセトフェノンとフェニルボロン酸と
のクロスカップリングの条件を検討した。その結果、塩基として炭酸セシウム、溶媒として、
DMF/H2O、反応・前処理雰囲気としてアルゴン中を選択することで、比較的高い活性が得られる
ことがわかった。さらに担体である USY ゼオライトの調製条件(水蒸気処理濃度・時間)を最
適化することにより、TON=2,000 が得られた(Table 1, entry 1)
。
Table 1.Pd/USY を触媒とし様々なクロロベンゼン誘導体を用いた鈴木カップリング反応
Entry
Ar-Br
1
Cl
2
Ar’-B(OH)2
COCH3
Cl
3
NO2
Cl
Time / h
Yield / %
TON
B(OH)2
1
81
2.0×103
B(OH)2
1
90
1.2×103
B(OH)2
1
22
3.0×102
3.2 複素環化合物を用いた鈴木カップリング反応
フェニルボロン酸および 2-チオフェンボロン酸とさまざまな複素環化合物とのカップリング
反応を行った結果を Table 2 に示した。
収率 70~99%、
TON=数千~数万と良好な結果を示した。
特に 2-ブロモチオフェンを使った反応に高活性を示した。フェニルボロン酸を使った反応では
溶媒として o-キシレンが最適であった。一方、2-ブロモチオフェンと 2-ボロン酸チオフェン
を基質として反応を行った場合は極性溶媒である DMF が適していた。
Table 2. Pd/USY を触媒とし、さまざまな複素環化合物を用いた鈴木カップリング反応
Ar-Br
S
Ar’-B(OH)2
Br
Br
S
N
Solvent
Time / h
Yield / %
TON
B(OH)2
o-xylene
0.5
75
4.5×104
B(OH)2
o-xylene
0.3
83
2.2×103
B(OH)2
o-xylene
0.5
70
1.9×103
B(OH)2
o-xylene
1
98
2.6×103
B(OH)2
DMF
3
90
1.4×103
B(OH)2
DMF
2
97
6.5×10
B(OH)2
DMF
0.5
99
3.3×102
B(OH)2
DMF
2
92
9.8×102
DMF
1
95
6.7×102
DMF
0.5
94
1.0×103
Br
N
Br
S
Br
Br
S
Br
S
S
Br
S
S
Br
C6H13
S
Br
C8H17
S
Br
H3COC
S
S
S
S
Br
B(OH)2
S
B(OH)2
3.3 Pd 溶出率の見極め
Pd/USY を触媒とし、2-ブロモトルエンとフェニルボロン酸を基質とした鈴木クロスカップリ
ング反応を実施した。比較のため、市販の Pd/活性炭も触媒として使用した。Fig.1 に示すよ
うに反応後の溶液を分析したところ、o-キシレンを溶媒とすることで、Pd の溶出が完全に抑
制できることが分かった。同様の結果が Pd/活性炭でも得られた。また Pd/USY を触媒とした
反応で、溶液温度の上昇中に溶媒の一部を分取し、分析したところ、Fig.2 のように反応開
始直前に 0.35%の Pd が溶出していることがわかった。この結果は、反応直前に 2 価の Pd の
一部が溶解し、水素または溶媒によって還元され、Pd0 として USY ゼオライト上に戻っている
という可能性を示唆するものである。
Pdの溶出率(%)
1
0.8
0.6
0.4
n.d.
0.2
DMF
c
DMA
レン
シ
o-キ
ン
チレ
エン
メシ
トル
0
Fig.1 Pd/USY を用いた反応後における Pd
の溶出率.
Fig.2 Pd/USY 触媒による温度上昇時の
Pd 溶出率.
3.4 ホモカップリング反応選択性の検討
Pd/USY および Pd/活性炭を触媒とした、2-ブロモトルエンとフェニルボロン酸を基質とした
鈴木クロスカップリング反応におけるホモカップリング反応への選択率を Fig.3 に示した。
全体的にフェニルボロン酸よりも 2-ブロモトルエンのホモカップリングが進行しにくく、さ
らに Pd/USY を触媒とした場合は Pd/活性炭や均一系触媒である酢酸パラジウムにくらべ、ホ
モカップリング反応への選択率が低いことが分かった。
Selectivity / %
0.8
0.6
biphenyl
2,2'-dimethylbiphenyl
0.4
0.2
)2
OAc
Pd(
C
Pd/
USY
Pd/
0
Fig. 3. 2-ブロモトルエンとフェニルボロン酸による反応におけるホモカップリング反応選択率.
4.おわりに
本研究を通して、液晶分子の合成を検討したが活性が低く、液晶合成への実用化は困難であ
ることが分かった。一方においてチオフェン類のクロスカップリング反応によるポリチオフ
ェン合成の実用化の可能性が最も高いことが明らかとなった。ポリチオフェンは有機半導体
として使用されており、電子材料の分野への展開が見込まれる。また一部の反応基質に対し,
反応・触媒調製条件をチューニングすることでクロロベンゼン誘導体を使った反応も可能で
あることがわかった。Pd の溶解・生成物への混入に関しては、o-キシレンを溶媒とすること
で、Pd の溶解を完全に抑制できることが分かった。また、Pd/USY 触媒は従来の Pd/C や酢酸
パラジウム(均一系触媒)に比べ、副反応(ホモカップリング)への選択性が低かった。さ
らに最近、直径約 30nm の USY ゼオライトの合成することができた。このゼオライトは従来の
試料に比べ、外表面積が約 100 倍広いことから、嵩高い反応基質に対する活性の向上が見込
まれる。Pd/USY 触媒は C=C 結合を形成させるヘック反応にも高活性を示すことを見出してお
り、鈴木カップリング反応以外のクロスカップリング反応への応用展開も期待される。
5.本研究の今後の計画
本研究会で見出したように、Pd/USY 触媒はチオフェン類のカップリングに実用性の可能性があるこ
とから、さらに活性が上がるよう、触媒調製の最適化を進める予定である。また、30 nm という微細な
サイズを有する USY ゼオライトを Pd の担体とした触媒を用いて反応を実施する予定である。この USY
ゼオライトは従来の試料に比べ外表面積が大きいことから、特に嵩高い分子に対して高活性が得ら
れることが期待される。
6.その他
(1)出願特許(タイトル・出願番号・発明者・特許権者など)
なし
(2)投稿論文(タイトル・学会名等)
USY ゼオライトを担体とした原子状パラジウムによるクロスカップリング反応
奥村 和, 丹羽 幹
触媒,54, 21-26 (2012).
“High-turnover Heterogeneous Palladium Catalysts in Coupling Reactions: the case of Pd loaded on
dealuminated-Y zeolites”
Kazu Okumura
Molnar (Ed.): Palladium-Catalyzed Coupling Reactions – Practical Aspects and Future Developments”
Wiley-VCH.