6. デメター農場見学

ドイツ自然化粧品最前線
Neues in Kosmetikfront ドイツ自然化粧品最前線
第6回
第6回
イタリアのデメター農場見学レポート
手塚
千史
(株)ヴィーゼ天の香り代表、ドイツ自然療法研究会主宰
プリマヴェーラ・ライフとオーガニック栽培プロジェクト
ヴィーゼ「天の香り」の商品の輸入元プリマヴェー
ラ・ライフ社はドイツ最大の天然精油のメーカーで、
設立当初から世界各地に独自のオーガニック栽培プ
ロジェクトを展開している。プロジェクトから供給
される精油と植物油を用いて、近年オーガニック自
然化粧品を開発、この領域のシェアを伸ばしている。
そもそもこの構想はプリマヴェーラ・ライフ社の設
立に関わっていたスザンネ・フィッシャー・リチィ
氏によるものだった。当時こうした栽培プロジェク
トなど突拍子もない発想で、設立まもないプリマ
ヴェーラ・ライフ社にはとても実現不可能な夢物語
に思えたが、いくつかの幸運と偶然がかさなってま
の日程が1年前から一杯になるため、これまで実現
ずイタリア・ピエモンテのオーガニック栽培プロ
できなかった。
ジェクトが実現した。その後世界中に広がり、今で
今回、急に講師のアヌ・サーティーの日程が 4 日ほ
は数十を数えるまでになっている。プロジェクトに
ど空き、オーストリアのチームとピエモンテに行く
かかわる現地の農家とは当然のことながらフェアト
ことになったが、10 人ほど余裕があるので、ヴィー
レード、適切な価格で全量を買いとる。使用しきれ
ゼのスタッフを受け入れてもよいと連絡があった。
ない植物油はドイツの他の自然化粧品メーカーに卸
そこでスタッフ 12 名でプリマヴェーラ社の見学を
している。
かねて研修旅行を行うことになった。
プリマヴェーラ・ライフ社は種々のセミナープログ
ラムを用意しているが、アロマエキスパート養成講
農業共同体「アグロナトゥラ」
座では、ディプロマ取得の最後のカリキュラムとし
イタリアの西部に位置し、フランス、スイスにほど
て 7∼10 日間の「香りの旅」を課している。それは
近い丘陵地帯であるピエモンテでは、かつてフラン
イタリアのデメター農場、トルコのタウルス農場、
スの香水業界のために芳香植物を栽培していた。
あるいはフランスのテラ・プロヴァンス農場、年に
香料の産地で名高いプロヴァンスと似た気候で、た
よってはペルー、ブータン、エジプトの栽培プロジェ
いそう活気のある農場地帯であった。
クトを訪れる魅力的なプログラムである。
しかし 130 年ほど前から、買い取り主である香料会
日本での独占販売代理店である当社は、以前からこ
社が合成香料を使用するようになり、天然の精油は
のオーガニック栽培プロジェクトが非常にユニーク
販売先を失い、畑はどんどん放棄されるようになっ
であり、プリマヴェーラ・ライフ社の今日の発展の
てしまった。
基盤となったコンセプトとして、興味をもっていた。
それから 100 年すぎた 1980 年代後半、すっかり荒
しばしば見学を申し入れていたが、いつも「香りの
れ果てた農村で農場放棄を防ぐため、残った少数の
旅」がすぐ定員一杯になるのと、プロジェクト見学
農家が立ち上がり農業共同体を創設した。
はプリマヴェーラの講師の同行が条件であり、講師
それが「アグロナトゥラ」である。
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1986 年、共同体に参加したのはたった 9 軒の農家
だった。最初はラバンディンを栽培し、各農家で乾
燥、手作業で花と茎を分け、乾燥ハーブの商品がで
きあがった。
次第に他のハーブが加わり、3 年後には精油の蒸留
を始めるようになった。
1989 年代後半、質の良い精油を探していたプリマ
ヴェーラ・ライフ社がこの農村地帯を訪れたことを
きっかけに、共同体はオーガニック栽培を始め、90
年代のはじめにプリマヴェーラ・ライフ社の要望に
國元武彦氏作成
アグロホテルとデメター畑の分布
より、デメター農法へと切り替えた。
参加できるはずで、それを楽しみにしていたが、1
デメター農法はもっとも厳しい有機栽培方法といわ
週間ほど早まってしまい、最後の収穫をみることが
れるが、この地域は農業放棄されていたことが幸い
できただけであった。
し、農薬汚染がない自然の土壌が広がっていた。ま
た農薬を多用するブドウの栽培農家が近隣に少ない
さて 4 日間にわたるセミナーを日を追ってご紹介し
ことが有利となった。
よう。
もともと質の高い精油が採取される土地であること
■6/21(木)
から、栽培地に適した植物 12 種をつくっている。
終日移動。早朝、インスブルックにてオーストリア
ラベンダー・ファイン、ラバンディン、フェンネル、
人の看護師グループ 20 人と合流し貸し切りバスで
マージョラム、メリッサ、クラリセージ、ローマン
イタリアを目指す。4 日間のセミナー中、移動はす
カモミール、ローズマリー、セージ、ヒソップ、ヤ
べてこの中型バスで。アルプスを越えるまでは小雨
ロウ、タイムである。
の降る薄暗い天気だったが、イタリアの平地に入る
とカンカン照りの乾燥した空気となった。
現在はアグロナチュラに参加している農家の数も
途中、イタリア最大の湖ガルダ湖で休憩し昼食、夜
57 軒に増え、100 キロほどの広い範囲に点在する
の7時頃目的の町、ピエモンテ州スピーニョ・モン
200 ヘクタールの栽培地でデメター栽培の芳香植物
フェラ-トへ到着。夕食をとる。ピエモンテはスロー
が育てられている。共同体の蒸留所は現在二箇所に
ライフ運動の発祥地でこのレストランもその設立メ
ある。
ンバーだという。
収穫した植物は、乾燥ハーブとして食用にされるも
のと、プリマヴェーラ・ライフ社が全量買い上げる
■6/22(金)
精油およびヒドロラーテ用に分けられる。
アグロナチュラ蒸留所見学&セミナー。
スイスの食品会社とプリマヴェーラ・ライフ社が
朝、セミナーハウスとなるアグリツーリズモホテル
フェアトレードのパートナーとしてこの共同体の植
「Agriturismo Cascina Bozzeti」へ行き朝食。
物を買いあげている。
かつて農家だった建物を改造し、客室やプールやセ
ミナールームのあるこじんまりした美しいホテルと
今年の北イタリアはとても暑く水不足だった。成長
なっている。
は早いが植物として品質が悪く、精油分も少ない。
○オーストリアグループとヴィーゼスタッフが互い
に自己紹介、アグロナトゥラの歴史など聞く。
農家は例年のタイミングで収穫ができず困惑してい
る。例年通りであれば私たちもラベンダーの収穫に
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○ 蒸留所へ
ホテルの敷地からアップダウンの丘の小径を1
時間程歩いて蒸留所に到着。
道の途中には野生のタイムやオトギリソウ、ロー
ズマリー、ヤロウなどたくさんの有用植物が生え
ていて写真を撮ったり、図鑑で調べたり、道々足
が止まる。
土地は乾燥しており白灰色で、石灰が多量に含ま
れている。カラカラに乾燥しているが植物はみず
みずしく、香りも非常に強い。
セージの蒸留
蒸留所の建物沿いには無造作にラベンダーが山
積みとなっている。
い指標となる。
今日はセージを蒸留している。トラックが着いた
○ セミナーハウスへ戻って
とき、雑草が混入しているかを記録につけ、多い
場合は手で取りのぞき、ロット No.がつけられ。
3 時からヴィーゼスタッフのみベルベルさんの
今日のセージは Lot.020。
湿布のセミナーを受ける。
プリマライフのセージのデメター精油 Lot.020
4 時からここで栽培されている芳香植物につい
を購入された方はこの日、ここで私たちも一部手
てアヌ・サーティーのセミナーを受講
伝って蒸留したオイルだ。
(セージ、クラリセージ、ローズマリー)
建物の外ではセージが山積みになっており、蒸留
の行程を見学。
地面に掘られた大きな穴にセージを放り込み硬
く踏みつぶす→
鎖でセージの固まりを引き上
げ隣のやぐら状態になった蒸留釜へ移す→
蒸
留釜は二重になっていて、外側に水が張ってある
が蒸留植物の中には水は入れない→
蒸留→
熱をかけ
精油を含んだ蒸気はホースを通して建
物内部のボトルに落ちる→
蒸留が終わった植
物は釜から引き上げられトラックに積まれ、畑の
堆肥となる。
繁忙期はパドバ大学薬学部の学生をアルバイト
ここで栽培している植物について学ぶ
に頼んでいて、この日も数人が作業を手伝ってい
た。
精油と分離して下にたまったヒドロラーテは温
■6/23(土)
かい内に再度蒸留に使い、エネルギーを節約して
○アグロナチュラ農場見学
いる。ただし何回も熱をかけると熱に弱い成分が
・ラバンディン、ラベンダー、メリッサ
こわれるので、ヒドロラーテとして製品にするの
・バラ(ヒドロラーテを取るため実験的に栽培)
は 1 回目の蒸留ででた水溶液。
・ヘリクリサム畑(苗を植えて半年)
スト蒸留して精油の収量が少なければ、その畑は
・ローマン・カモミール畑(苗を植えて 1 年)
収穫しない。収量が多いことは品質にとってもよ
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ヒソップ、ローマンカモミール、フェンネル、ペ
パーミント、ヤロウ、エニシダについて植物の
カードをひいてグループ分けし、それぞれにテー
マがあたえられる。
例)夏の日のテーマで創香。夏至の花束を摘み、
テーブルに飾る。
○ アグロナチュラ農場見学
・タイム、クラリセージ、ローズマリー、ラベン
ダー
・クラリセージとローズマリーの畑で除草作業を
ラベンダー畑で
行う。オーストリアのチームが使いやすい道具
暑かったり雹が降ったりという異常気象でラベ
を持ってきていた。炎天下で除草の苦手な人は
ンダーはほとんど全て収穫が終わっていた。
コーラスに加わり、デメター畑に歌声が流れる。
○ デメター農場はいっさい除草剤を使わないで、ど
メリッサの精油は 80%が毛の油腺にあり、その
毛が風で飛ばされてしまった。霰の被害もあり、
の畑も年に4回(ラベンダー畑で7人で7日間)
収穫できなかった。
除草をする。私たちもこの大変な作業を手伝って、
ヘリクリサムはまだ実験中で小さな株が植えら
なんとかデメター農法を支えたいと思う。
れている。収穫まで 2 年ほどかかる。
ちなみにデメターでは雑草といわず、随伴草とい
ローマン・カモミールはとても香りが強く花も茎
う。
も大きい。
最初にデメター農場になったフェロ家の急な斜
面に作られたラベンダー畑を通り過ぎる。
デメター農場はかならず家畜を飼わなければな
らないので、牛が草をはんでいた。
○ オーガニックワイン醸造所見学(昼食兼)
オーガニックの認定はコストがかかるため、あえ
て取得をしていない。
この年は雹のためあちこちのブドウが被害に
クラリセージ畑で除草作業
あっている。
とても古い畑で株が大きくなっている。ローズマ
○ 長いシエスタの後、6 時からセミナーハウスにて
ハーブのセミナー
リーなど古くて収穫対象外となっている。
(メリッサ、ラベンダー、ラバンディン)
夜はスピーニョの街にあるピエモンテで一番美
真っ暗ななかをバスで下る。デメター農法で農薬
味しいピッツェリアでフェアウェルパーティー。
を撒いていないせいか、草藪のなかで点々と蛍が
EUオーガニックの危機とデメター
光って壮観。
元来、ヨーロッパのオーガニック基準は厳しいとさ
■6/24(日)今日は聖ヨハネの日(夏至)、インセ
れ、日本もそれに習ってオーガニック基準を設けて
ンスを焚いて小さな儀式をする。
きた。しかし、その基準が近年ゆるくなってきてい
○ セミナーハウスにてセミナー
るという。
(オーガニック市場とデメターについて)
これまでオーガニック(=Bio)栽培農家は栽培作物
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すべてをオーガニック栽培しなければならなかった
人智学といわれるデメターを推進するため 1924 年
が、現在はオーガニック栽培と通常栽培を両方作っ
発足したデメター協会は、デメター農法の目的を
てよくなったため、厳密なオーガニック栽培を守る
・土壌の力をサポートする
ことが難しくなった。
・農家が自立して生きていけるようなパートナー
また、Bio100%でなければならなかったものが、95%
シップ=フェアトレードをとる(デメターは同時
でもよしとなり、残り 5%に遺伝子操作のものが入っ
にフェアトレードを意味する。当然のことなので、
てもオーガニックと言えるようになった。さらに、
フェアトレードの表示をしていない)。
通常栽培から転換してたったの 3 年で「Bio」として
世界 40 ヶ国で 3500 のデメター共同体がこの思想
流通させることができてしまう。ちなみにデメター
に賛同し、デメター農法を進めている。
は 7 年が基準である。
こうして 2 年前から、オーガニックのなかでも Bio
デメター農場が多いのはスイス、オーストリア、ド
とデメター農法を明確に分けるようになってきたた
イツの順となっている。
め、デメターだけが完全にオーガニックであるとさ
スイスは EU に加盟していないため、独自の厳しい
れ、基準が厳格に守られている。
ルールを守ることができる。ちなみに GMO(遺伝子
今後ますます、より厳しく、より完全なデメター品
操作作物)を一切禁止している。
質を求める消費者の声は高まるであろう。
デメター農法には、宇宙や自然のパワーを取り入れ
デメター農法はバイオダイナミック農法とも呼ばれ、 るための様々なルール、方法が決まっている。
人智学の創始者であるルドルフ・シュタイナーに
年4回抜き打ちで監査が入り、サンプルをとる。貯
よって 1924 年に提唱され、以来、総合的農法に発
蔵室、充填室、台帳などもデメター専用に設けなけ
展した。宇宙・自然のリズムにもとづき農場をひと
ればならないなど、農家とメーカーにとって非常に
つの有機的総合体としてとらえる。薬草やミネラル
負担となる。
を水中で攪拌・希釈してつくったプレパラート(調
しかしこの農法で作った作物は他と比べて結果が違
合剤)は、バイオダイナミックにおいてとくに重要
うので、農家も喜んでデメター農法を続けている。
な役割を果たす。このプレパラートは生命エネル
ギーを誘導し、より豊かな土壌をつくりだす。こう
デメター農場とバイオダイナミック農法を支援する
して生命力のある農作物が育ち、農作物の一部は農
第一回『デメター農業体験&ピエモンテ・アグリツー
場の家畜に飼料としてあたえられ、家畜の糞は農作
リズモ』を 2008 年 6 月 20 日(金)∼25 日(水)
物の肥料になる。このような生育プロセスから品質
まで予定しています。ぜひご参加ください。
の高い農作物やそれを原料とする食料品がつくられ
る。
ちなみに日本におけるデメター協会の契約会員は当
社ヴィーゼを含めて2社にすぎない。デメター協会
はバイオダイナミック農法を保護育成するために、
手塚千史
デメター製品を扱う生産者、加工メーカー、卸売業
者すべてと契約をかわし、会費を支払うことを義務
づけている。またバイオダイナミック農法を実行す
るデメター農場として協会から正式に認定された農
場は日本にない。これはプレパラートの製造が単独
では難しく、輸入も不可能であるためである。
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