2015/10/17 2015/10/17 社会の芸術フォーラム3回「搾取」 遍在化/空洞化する「搾取」と 労働としてのアート 仁平典宏 [email protected] 搾取の2つのレベル • カール・マルクス( 1818~1883年) 1.搾取概念の基本形 人間による自然のexploitation • 分業・機械→膨大な生産力→普遍的富裕(アダム・スミス) • 人間は自然に対立して、自由に目的を定立し、それに応じ て自然法則、労働手段、身体を用い、生産する。 ⇔動物 労働を通して人間になっていく ≒制作(アレントとの差異、アートの「多文化主義」との関係) 人間による人間のexploitation • 労働が労苦になるのは、体制の問題 • 搾取(Ausbeutung/exploitation) • 人間による自然のexploitation • 人間による人間のexploitation 内田義彦1966『資本論の世界』岩波書店 どこに「搾取」があるのか? 通常の理解(もしくは「ブルジョア」の言い分) • 自由な労働の取引。労働を売って賃金をもらう等 価交換。 • 賃金は労働の限界生産力に、資本家の得る利潤 は資本の限界生産力に一致。 これを転覆させるために →「労働力」商品という概念の 導入と労働価値説 資本主義社会では • 目的定立は完全に資本のものになり、労働者は資本に属する物 になる • 生産した全生産物が商品として資本のものになる ↓ 不公正な分配による労働者の窮乏化・・・量的側面 「疎外」(自分から生まれたものが、外化し、自らと対立的に立ち現れる)としての 搾取・・・質的側面 労働価値説 商品の価値は、その商品を生産するために社会的に必要な労働量(必要労 働時間)によって決定されている • 生産において必要な要素=労働、資本、原料。資本と原料も、過去の労 働の産物。 →価値は全て労働が生み出す・・・「唯一の価値の源泉としての労働」説 • 労働者は、労働ではなく、「労働力」を売る。 ※労働力=労働する能力、その源 →それによって「労働」は資本家の支配下へ • 「労働力」の生産/再生産に要する労働量=「労働力」商品の価値→賃 金 ・・・健康な身体の維持・家族の再生産-その長期的展望 「もしも賃金が労働の価格であるものとすれば、日曜日には労働者は労働を提供し ないのだから、日曜日に賃金を受け取るのは誤りだということになる。・・・しかし、 じっさいには、賃金は労働の価格ではなくして労働力の価格だから、事情はまったく 違ってくる。労働力の価格は、・・・労働者が明日も明後日も今日と同じように精神 的・肉体的に健康な状態で労働をつづけることができるために必要な生活費である。 資本家は、労働者が就職したときから退職するまでのあいだ、労働力を健康な状 態で維持するに必要な生活費を、支払う。これが賃金である。」(宮川實1984『搾取 の理論』41-42) 1 2015/10/17 労働力商品の特殊性 • 労働力を生産するに要した労働時間(必要労働時間)より も、労働者が職場で労働する時間の方が長い。 →その差(剰余労働時間)から剰余価値が発生する →資本増殖の源泉 内田義彦1966『資本論の世界』 岩波書店 p.130より作成 12時間働く 松尾匡2010『図解雑学マ ルクス経済学』ナツメ社 p.73 搾取 労働力の生産に必要な労働時間=必要労働時間 ・・・支払われた労働v 必要労働時間を越える労働時間=剰余労働時間 ・・・支払われざる労働m 搾取率=m/v 絶対的剰余価値と相対的剰余価値 絶対的剰余価値の生産 相対的剰余価値の生産 6時間 必 要 労 働 時 間 6時間 5時間 必 要 労 働 時 間 7時間 剰 余 労 働 時 間 6時間 7時間 剰 余 労 働 時 間 6時間 6時間 内田義彦1966『資本論の世界』岩波書店 p.134より作成 搾取と疎外 • 搾取とは、自分が生産したものの一部が、他者(資本 家)のものになり、それは資本へと転化されて、労働者 に対立するということでもある(内田義彦)。疎外として の搾取(松尾匡) • 自由時間の剥奪 • マルクスによると、人間が個性を開花させ、その能力を全面的 に発揮して、本当に人間らしく生きることができるのは、自由 時間のなかにおいて。自由時間を最大化することが人類の目 的。 • 相対的剰余価値生産で問題なのは、本来だったら自由時間 になったはずの時間が、資本主義のもとでは他人のために働 かされる時間になる。(稲葉他『マルクスの使いみち』松尾匡) 2.搾取概念の隘路(経済学から) 2 2015/10/17 数理マルクス経済学 (近代)経済学の数理的手法を用いたマルクスの諸 命題の検証 マルクスの基本定理(置塩信雄-森嶋通夫) • 利潤率が正なら搾取率も正。 • 労働者は自分の投下労働以下のもの(賃金)しか受け取 ることはできない。 搾取-階級-富の対応原理(ジョン・E・ローマー) • 合理的選択理論を使用 • (能力が同じでも)物的資本財の不均等な私的所有が 存在すると、搾取者(資本家階級)と被搾取者(労働者 階級)からなる社会関係が内生的に生成 • 供給労働量よりも取得労働量の大きい個人は搾取者と 定義され、小さい個人は被搾取者と定義される。 • これは生産過程の支配関係とは関係ない。市場を通じ た取引の結果として、供給労働量と取得労働量の格差 が生じる場合も、搾取-被搾取者関係は生じる。 Cf. ※ただし、「唯一の価値生成的生産要素としての労働」論 が証明されたわけではない ※また、価値→生産価格は論証されない (アートにおける)買い手優位の市場の秘密は、買い手がはじめから十 分な量の金銭を所有しているのに対して、売り手はほとんど所有してな いという落差の中で、金銭を共通の交換物として成立する不平等な経済 関係の構造そのものにあると言える。(白川昌生2010『美術館・動物園・ 精神科施設』水声社p.16) 一般化された商品搾取定理(ボールズ&ギンタス) • 任意の生産要素は任意の生産要素の正の搾取の存在 が、資本主義経済における正の利潤の必要十分条件と なる →X1単位を作るのに直接間接に必要なXの量(投下X価値)が、1 単位以下であることが、資本家の利潤と経済再生産の条件(稲 葉振一郎、未刊行) →「唯一の価値生成的生産要素としての労働」論の破綻 →剰余が資本家に利潤をもたらすのは、労働者からの剰 余労働の掠め取りではなく、資本の労働に対する相対的 希少性から派生するrent(賃料)であるという説明が説得 力を獲得(稲葉振一郎他『マルクスの使いみち』吉原直毅) 搾取の不在が証明されたわけではなく、 その遍在が証明 概念の空洞化 →ローマーは搾取概念から離れる・・・分配の正義論へ (搾取を経由せず、物的資本財の不均等な私的所有自体 を問題に) 20世紀の変容 3.搾取概念の拡張(社会学から) 20世紀半ば • ケインズ主義的フォーディズム福祉国家レジーム(B・ジェソップ) • 日本では「日本型経営」の整備・・・賃金は抑えられていたが、企業 福祉(含:年功賃金、終身雇用)は、時間を通したリターンと捉えら れた←「労働力再生産」費 ↓ • 労働者の生活水準の上昇(日本1960年代:高度経済成長) • ホワイトカラー労働の増大 ↓ 経済的貧困、「搾取」経験の希薄化(内田、前掲書) →搾取概念の「社会学的」拡張 「国家独占資本主義」という枠組 国家によって徴税された税が資本への投資に用いられ、一方で「労 働力への再生産」のための社会支出が抑制 →低水準の福祉、教育、文化・・・搾取という枠組でも理解 3 2015/10/17 ホワイトカラー労働・サービス業への拡張 • マルクス:機械制大工業下のブルーカラー労働を前提 • 20世紀の資本主義の変容:構想と実行の分離、ホワイトカ ラー労働・サービス業の増大、新中間層の台頭・・・ ↓ ホワイトカラー労働への拡張 ブレイヴァマン・・・身体労働としての事務労働 対人サービス業への拡張 ホックシールドの「感情労働」論・・・表層/深層演技を介した 剰余価値の生産=搾取 労働市場外部への拡張 (フェミニズムによる批判) • 搾取は生産過程だけで起きているのではない。 • 労働力の再生産においては、女性の家庭内での 無償のアンペイドワークに依存している。評価され ないし、直接支払の対象になっていない。それどこ ろかドメスティックな支配。資本制と家父長制の相 互依存(ダラ・コスタ、デルフィ、上野千鶴子など) 搾取者としての新中間層 社会学者の橋本健二は、労働時間の分析をベースに、現代 日本における最大の搾取者は、資本家でなく新中間層と捉 える。 搾取から排除へ? 1970年代以降:経済のグローバル化、技術革新に対する人的 資本投資の不全(C. Goldin & L. Katz)、ポストフォーディズム • 「技術革新の中で自由時間が増大するという展望」の崩れ →雇用の流動化・不安定化=労働力再生産/人生の長期的展 望の困難 →雇用の縮小・失業の増大 ・・・労働者階の終焉(アンドレ・ゴルツ) 「搾取ではなく端的に排除されている」(Z・バウマン) 福祉国家の縮小・・・企業の資本蓄積により機能的な形へ • 再分配・公的サービスの削減→物的資本財の不均等化 →「ネオリベラリズムによる主体の規律コスト自体の放棄」という観察・・・ 搾取から排除へ 認知資本主義、ポストフォーディズム、〈帝国〉 ・・・もう一度「搾取」の方へ • 「搾取」の消失ではなく、全域化・・・メカニズムは不 可視化 • 生産労働/再生産労働/非生産労働の区別がな くなり、日常的なコミュニケーション、情報、感情の 生産こそが剰余価値の生産の場 =「生きている事自体が労働」 ←マラッツィ、ヴィルノ、ネグリ&ハート、小倉利丸・・・ • その「剰余価値」に対する対価は与えられていな い=「搾取」の遍在化 →含意としての「ベーシックインカム」 • 評価国家化と準市場化 →競争的資金・助成金・委託金への依存 搾取の不在ではなく、 その遍在/不可視化が強調 だが、「あらゆるものが搾取」というレベルと、 特定の文脈における「搾取」は異なる 後者を問題にする必要は? 「アートと搾取」をめぐって 2つの領域の区別? • 資本主義経済での「商品」生産 → 「唯一の価値生成的生産要素としての労働」という前提を措か ない限り、「搾取」という概念で、問題状況を記述・告発する有効性 は十分ある • 公的な再分配による制作・実践・事業 ←? →「全域化した生の搾取」に対するリターンとするか →国独資論やネオリベラリズムという枠組を措き、アートへの公的 資金が少ないこと自体を、搾取と呼ぶか →都市経済活性化のためのアーティストの創造資本の搾取と見な すか(吉澤弥生2015『続々・若い芸術家たちの労働』p.67) →特に搾取概念を用いず、他の概念群で捉えていくか ・・・具体的な文脈の中で検討する必要 4 2015/10/17 「搾取」の遍在化/不可視化と空洞化 →分配の正義論や普遍的給付(ベーシックインカム)だ けでよいか? ↓ アートに関する労働をめぐる文脈を参照 4. 調査から学ぶこと(1) 【参考】 第9回芸能実演家・スタッフの活動と生活実態調査 アニメーション制作者実態調査2015 「第9回芸能実演家・スタッフの活動と生活実態調査」 (日本芸能実演家団体協議会、2014年8月実施) 調査対象者 • 実演家:日本芸能実演家団体協議会の正会員団体を構成する個人 40歳未満と女性(スタッフ)の状況が 十分に反映されてない点に注意 • 邦楽/邦舞/伝統演劇/洋楽/現代演劇/演芸/洋舞/演出・制作 昨年一年間の個人収入(%) • スタッフ:日本芸能実演家団体協議会加盟団体および映像関係職能 団体7団体に所属する個人 実演家 • 観劇用映画/テレビ/映像系その他(DVD、アニメ、CM等)/演劇・ミュー ジカル/コンサート/ライブ系その他(オペラ、舞踏、伝統芸能等) 実演家 1601 23.1% 有効回答数 有効回答率 13.4 スタッフ 329 22.8% 10.9 4 年齢 実演家 20歳未満 0.3 スタッフ 20代と 無回答 5.1 15.7 17.7 20代 5.6 30代 13.8 40代 17.6 30代 40代 50代 9.1 21.0 27.1 50代 20.9 60代 21.4 70代 17.3 5.5 15.8 13.7 12 7.6 スタッフ 15.2 6.8 6.4 4.9 8.5 3.6 7.8 7.8 6.1 2.5 無回答 3.1 2.2 4 5.8 2.1 60~64歳 65歳以上 17.9 19.8 性別 実演家 スタッフ 男 51.8 83.6 女 46.6 14.0 無回答 1.6 2.4 2013年の民間事業所に勤務している 給与所得者の平均給与は414万円 実演家 収入形 式の割合 スタッフ 雇用形態(%) 月給、年俸などのあらかじめ決められた報酬 その他 2% 仕事に応じて支払われる報酬 無回答 2% その他著作権料、著作隣接権料など 31.4 洋舞 演芸 現代演劇 洋楽 伝統演劇 邦舞 邦楽 68.5 10.6 0.1 87.8 29.5 1.6 69.6 47.3 42.7 49.9 48.2 0.9 49.6 56.1 48.9 47.9 3.1 会社を経営 20% 正社員・正職員 27% 1.2 1.2 契約社員 6% 3.9 フリーランス 43% 「「昨年1 年間に費やした活動日数」では、映像やライブへの出演を合計しても、 「芸能活動以外の仕事の日数」を下回っています。実演家として本来の仕事以外 で生計を立てざるを得ないのは、実に無念なことではないでしょうか。」(p.9) 5 2015/10/17 市場化すればよいのか? 2013年の個人収入(カテゴリーごと) 仕事上の問題点(M.A. %) 実演家 48.3 45.9 29.2 27 24.8 20.8 12.4 実演家 26.7 31.2 27.4 25.6 21.6 18.8 17.6 17 11.3 9.7 5.2 時 仕 仕 報 自 報 間 事 事 酬 分 酬 に 的 が 上 そ で が わ な 単 で の 仕 支 た を余 発 要 他 の事 払 り で 求 に 余を わ 強裕 対 掛 いが 継 さ 弱つ 力開 れ い 応 か ら無 続 れ いい が拓 る に る し る て な し ま れい 苦 る中 て こ の いて で 労 で 仕 と 交 い に す の 事 が 渉 く 時 る 仕 が 多 力 だ 間 事 無 岐 が け が 4.9 報 酬 の 未 払 い が あ る 仕 事 の キ ャ ン セ ル が よ く あ る 14 5.7 ト ラ ブ ル す が る 起 こ き と て が も 多 泣 い き 寝 入 り Total 邦楽 伝統演劇 邦舞 洋楽 現代演劇・メディア 洋舞 演芸 演出・制作等 18.6 13.1 9 問 題 が 起 き た 時 の 相 談 先 が な い 6.4 4.9 5.5 3.1 事 を す る の で や り に く い そ の 時 そ の 時 で そ の 他 、 ー 仕 同 事 じ の 仕 ス 事 ケ で て ジ も し ュ き報 て い 酬 ル いの る の 額 調 が 整 下 が が 難 っ スタッフ 44.7 違 っ た 人 と 仕 8.5 問 題 が あ る と は 感 じ て い な い 100万円 ~200万 ~300万 ~400万 ~500万 ~600万 ~700万 ~800万 ~900万 ~1000万 1000万円 無回答 未満 円未満 円未満 円未満 円未満 円未満 円未満 円未満 円未満 円未満 以上 13.4 15.7 17.7 12 7.6 6.8 4.9 3.6 2.5 2.2 7.8 5.8 27.8 18.8 14.3 8.2 5.3 4.9 2.9 3.3 2.4 0.8 5.2 6.1 8 10.3 13.8 15.6 10.7 6.7 8 4 3.6 4.9 12.2 2.2 25.4 16.2 14.8 9.9 5.6 7.7 2.1 4.2 0.7 1.4 9.2 2.8 6.4 11.2 16.1 14.5 8.4 11.2 8.4 4.8 4.4 2.8 9.4 2.4 13.5 21.8 28.2 11.1 4 6.3 2.4 3.6 1.6 1.6 5.1 0.8 9.2 16.8 21.4 10.7 9.2 3.8 4.6 4.6 3.1 4.6 10.5 1.5 12.3 22.1 19 14.7 11 5.5 3.1 0.6 1.2 0 7.4 3.1 5.6 9.1 13.2 10.7 8.1 6.6 6.6 3 2 1.5 6.2 27.4 スタッフ Total 観劇用映画 テレビ 映像系その他(DVD、アニメ、CM等) 演劇・ミュージカル コンサート ライブ系その他(オペラ、舞踏、伝統芸能等) その他 参考) 日本アニメーター・演出協会「アニメーション制作者実態調査報 告書2015」 2013年度の年間収入(%) 12.4 12.4 10.7 10.2 8.2 6.6 7.5 300万円以下が54% 7.7 6.9 4.8 7.9 4.6 n=756 100万円 ~200万 ~300万 ~400万 ~500万 ~600万 ~700万 ~800万 ~900万 ~1000万 1000万円 無回答 未満 円未満 円未満 円未満 円未満 円未満 円未満 円未満 円未満 円未満 以上 4 5.5 10.9 13.7 15.8 15.2 6.4 8.5 6.1 4 7.8 2.1 7.7 6.2 7.7 13.8 20 13.8 4.6 9.2 4.6 0 10.9 1.5 1.9 5.8 9.6 5.8 13.5 19.2 5.8 7.7 11.5 7.7 5.7 5.8 7.1 11.9 9.5 14.3 11.9 11.9 4.8 9.5 7.1 2.4 9.6 0 0 2.1 20.8 14.6 16.7 12.5 6.3 8.3 6.3 0 10.3 2.1 2.8 0 5.6 16.7 13.9 25 5.6 8.3 5.6 5.6 10.9 0 2 4 8 20 16 10 16 8 4 2 8 2 0 10.3 20.7 10.3 13.8 17.2 0 10.3 3.4 6.9 7.1 0 • とにかく収入が低く労働時間が長いと思います。せめてどちらかでも改善してく れれば、若い人が長くこの業界にいれると思います。[男、20代、第二原画] • 単価が安いにもかかわらず、労働時間が長い。コンビニのアルバイト以下の収 入で、それ以上の労働というのは技術職として少なすぎる。金があり時間にも 余裕があれば、クオリティの高い作品が作れると思う。よろぴく☆アニメガカキ タイヨー[男、20代、第二原画] • 単価は低いし労働時間長いし、健康保険すらないし、緩やかな自殺をしている 感じです。絵を描くのは好きだけど、自分の描きたい絵すら描けなくなるのはつ らいですね。まわりからの理解も深くないので、辞めろとよく言われます。辞め ますけど。[女、20代、動画] • 制作アニメの本数が増えすぎていて、特に愛着も持てないまま次から次へと作 品を食いつぶしていく業界全体への不満はもちろんのこと、作業時間にまるで 見合わない給与、多大なストレス・・・最低限の生活すらままならない状況です。 本数を減らして単価を上げるなど、何らかの処置をとってもらわないことには改 善は無理だと思います。[女、20代、無回答] • 純粋に仕事自体は好きで続けていきたいと思うが、スケジュールも悪く、社内 の人数ではやりきれない量の仕事が入るため、長時間労働になり、年齢がた つにつれ体力が持たない。[女、20代] • アニメーションの仕事は好きなのだが、作り方に不満がある。質よりスピードを 求められる為、納得のいく仕事ができない。もっとじっくり時間をかけて作品を 作りたい。納期に間に合うようにしか作品を作れないのは残念。時間が無いか ら、と動画と仕上げを海外で行う事も多いが、これが続くと日本人が絵を書けな くなってしまうのではと思う[女、40代、色彩設計] 「アニメーション制作者の多声法」(日本アニメーター・演出協会「アニメー ション制作者実態調査報告書2015」第7章) 知見の整理 • 低収入(特に実演家) • 収入の不安定さ(仕事ベースの報酬、「フリー」な雇用 形態)・・・労働時間の断片化 →アート以外の労働への従事 • 市場で需要のある領域(アニメーション制作) • 低収入で長時間労働 =高レベルの搾取(m/v) →多くの「ブラック」な労働と共通。支配の問題系にも接続 集合的な取り組みを通した賃金・労働環境の改善が必要 アートに特徴的な要素は? • 「やりがい搾取」? • 本来望ましい仕事の価値を十分実現できていないという辛さ =搾取は「収入」の問題だけでなく、その労働を通して、価値 の実現が十分にできない、という問題経験・・・疎外 5. 調査から学ぶこと(2) 吉澤弥生2014『続々・若い芸術家たちの労働』 6 2015/10/17 • 吉澤弥生2014『続々・若い芸術家たちの労働』 アート関係従事者に関する貴重な聞き取り • • • • • アートマネージャー(被傭者):4名 公的文化施設スタッフ:4名 フリーランスのアートマネージャー・プロデューサー:3名 著名アーティスト:3名 その他ロンドンでのヒアリング 市場でなく、準市場化された公共領域(再分配)での労働 のケースが多い 以下、データの一部を要約し転記 データ② オープン後は、半年で150本強のイベントを実施。計画は全部私 が加入した時点で決まっていたから、やるしかない状況。上司であ る責任者は留守が多かったこともあり、本来私の仕事でない決算 処理や、必然的に会社間の交渉もやったりして。働き始めて半年 間、一回も休みがなかった。夜中の三時まで仕事をして、タクシー で四時に家に着いて、玄関で倒れこんで、寒くなって起きて、シャ ワーを浴びてまた出て行く。三ヶ月くらいベットで寝た記憶がない。 辞めたいと伝えたのは半年後。引き止めにより、実際に辞めるま でにさらに半年以上かかった。 この間は正社員で、社保はあった。事前に交渉したので、給料は 普通に暮らせるくらい。アートの業界ではいい方。週六日勤務と言 われたのも交渉して五日にした。実質全く休んでないし、その働い た分も無給なんだけど、休みたいときに休めるという状況は大事。 交通費は出るけどタクシー代は自腹だったから、結局収入の半分 以上はそれで消えていた。 ここでの仕事は、仕事として普通にやれるけど、内容が私の興味、 アートとはかけ離れていた。 (Hさん、公的文化施設スタッフ、30歳代、女性、修士卒) 収入は相対的に高い。だが長い労働時間、無償労働。 一方で、語りでは、賃金の搾取だけではなく、労働内容の問題 にも言及。自律性の欠如。自らの価値実現につながらない。 データ④ 派遣後、ある私立の文化施設で働いた。定時で終わるので、その 後はアートプロジェクトのボランティアや自分の制作をしていた。一 年後、今の会社から誘いがあり、もともと興味のあった分野の仕 事ができるということで入社。マネージャー一人で複数のプロジェ クトを見る。 正社員だけど契約はない。平日は会社勤務で、土日は休みだが よく出張が入る。 給料は月14万円弱、ここから交通費が1万円弱と仕事に使う携帯 代2万円程が出ていく。 社会保険もないので、せめて保険料分を乗せた額を給与として支 払うことも考えて欲しいと伝えたら、会社から「保険料は自分で支 払うものだ」と言われた。正社員なのに国保で当たり前って言う考 えは、どうなんだろう。金額については「労基法違反ではないか」と 上司に言ったことがあるが、「脅してるの?」と言われて、言葉が 返せなくなってしまった。 それでも続けてきた理由は、やはり仕事をしていくうちに楽しくは なってきたから。自身の制作も時間を見つけてできるし、理想的で なくはない。辞めるのはもったいないという気持ちでやっている。で も、当初からここには三年と思っていたから、そろそろ次を考えな いと。(Dさん、アートマネージャー、20歳代、女性、大卒) データ① 並行して別の業務を個人で受託。契約時に提示さ れた額は月給と見違えるほどで、実態とは合わない。 交渉の余地もあまりない。委託する側は「その予算 の中でできる範囲で」という言い方をする。でもそれ は質に関わってくるから、そう言われるのはすごく残 念。(Iさん マネージャー 30歳代、女性、大卒(フ リーランス)) • 生活という意味だけでなく、収入の低さは生活の 苦境をもたらすだけでなく、アートの価値実現に とってもマイナス • また、利潤があるところに「搾取」があるのが当然、 というときに、そこに「合意」があるか?という観点 が重要になる・・・支配と疎外の問題系(松尾匡) →労働に対する意味付与への注目 データ③ 非常勤職員で、週5日の30時間勤務、月給は手取りで約14万円、 残業代なし。厚生年金・保険・労災・雇用保険は完備。契約は一年 ごと更新で、最長3年。実家住まいに戻ったのでやっていけた。 ・・・ その後無事にフェスティバルの計画が再始動し、私はそのアート 部門のキュレーターという肩書で動き始めた。コンテンツのマネジ メントはチーフと私たち三人でやった。まずアーティストを探し、会 いに行って交渉し、場所と内容を決める。ワークショップを100やる ことが決まってからは、それを延々とくりかえしていた。会期一ヶ月 半前にようやくプランが出揃って、始まってからも内容を詰める作 業をしていた憶えがある。一年前からの準備から約二ヶ月の会期 中、ずっとみんなが追い立てられていた。結果的には予想以上の 来場者があったし、アーティストも楽しんでくれたし、スタッフやサ ポート含めて現場も楽しかったから、よかったんだけど。ただアー ティスト一人一人と丁寧に仕事ができたかというと、難しいところ。 ワークショップって何だろうと考えながらやっていたけど、答えが出 なかった。夜店でやってる金魚すくいとの違いを見せられたのか、 作家にも経験として残せたのだろうかと。でもここから、次の動き、 次の世代が出てきているなというのを感じられたのはよかった。後 から思い返せば、現場は今までやった中で一番楽しかったな。 (Fさん、公的文化施設スタッフ、30歳代、女性、修士卒) • ③④とも、不安定な就労環境(④はブラック) ・・・だが、いずれも仕事における自律性の存在と、肯定的 な感情経験が語られている。また、経験や自由時間(自分 の制作の時間)も、報酬に含めて考えられている。 ↑は「やりがい搾取」?・・・この視角は重要 • 一方で、「やりがい」の不在は、疎外にもつながる ・・・疎外も「搾取」概念に内在的に含まれていることを踏ま えるなら、「やりがい搾取論」も搾取経験の片面しか捉えて いないのでは? • 特にアートで働く上では「価値の実現」という要素が重要 • 「生活の質」や「価値の実現可能性」を規定する労働条件 とは? 7 2015/10/17 データ⑤ 行政管轄の文化施設の指定管理が始まるときに、スタッフを一新するとい うので、知人の紹介でそこで働くことになった。数十年前に開館した、子ど もと保護者対象の施設。子どもの健全育成のための施設。事業の内容は、 舞台公演や体験型のものなど様々。 一年目、前のスタッフとの十分な引き継ぎもできず、また事業の数と予算、 人数が合っていなかったため、本当に大変だった。また、一年目、二年目と 事業チーフが変わったこともあり、現場は混乱していた。三年目に適切な スタッフ補充→残業はすごく減った。 残業時間は、一年目は400時間、二年目は320時間、三年目は280時間、 四年目は100時間強に。仕事も慣れてくるし、いい具合に加速していった。 適材適所で役割分担ができ、チームでやっている充実感もあった。「施設 には三年いないとだめだ」と言われていたのは本当だなと。一年目は立ち 上げ、二年間は通し、三年目は改善と、本当に一回りする。 四年目、次期の指定管理もこの会社が継続することが決まった。私は、指 定管理とか、施設に勤めることに未来を感じなくなってしまっていた。指定 管理者制度は本来、予算削減のためじゃなくて、その分野の民間のプロに 任せたほうが質の高いサービスが提供できるという発想だったはずなのに、 現状は目先の予算だけに翻弄されている。また、会社は文化関連の施設 管理をいろいろしているけど、人を育てることは念頭になく、スタッフは使い 捨てとしか考えていない。この間ずっと一年契約。収入は手取りで14万円、 残業代別途、交通費別途、社会保険あり。 (Eさん 20歳代、女性、大卒) データ⑥ 行政の主催するまちなかでのアートプロジェクトのディレクターの 公募があった。単年度だけど数年続いている事業。 行政から事業を受託した会社に雇われる形。まず四ヶ月の契約、 最終的には一ヶ月伸びた。手取り17万強。交通費別途。働き方は 自由。 担当プログラムを完成まで持っていくのが仕事。行政よりでなく現 場より。作家と打ち合わせ、完成に向けて他機関等との調整、作 品制作にかかるアドバイス、マネジメント、発表機関中の運営。 ディレクター陣はみんな同じ立場で同じくらいの権限を持って他と 交渉できたので、一人でやらされている感じもしなかったし、上か ら言われてやらされている感じもしなかった。自分で考え、仲間と 話し合い、判断できるというやり方が潔く、気持ちよく仕事ができた。 でも「数ヶ月で終わりなんだな、来年はどうしよう」というのが常に 頭の隅にあった。翌年、その事業は継続されたものの、人件費が 激減し、これは厳しいと思ったし、プログラム内容からしても若手マ ネージャーが経験した方がいいと思い、私は手を引いた。 その後はマネジメントの補助や美術施設の管理の仕事を細々とし ているけど、定収入がない。どこにも所属していない状態だと、以 前のようなはっきりした目的や使命感を感じにくく、落とし所が見つ からなくて困っている。(Aさん、アートマネージャー、40歳代、女性、 大卒) データ⑦ フリーランスのキュレーターという立場で、単年度事 業を継続させる形で文化事業を数年続けてきたも のの、次年度の事業予算が約束されているわけで もなく、自分自身の収入もどうなるかわからないとい う状態が何年も続き、さすがに精神的にもきつくなっ た時期もあった。 ・・・その後、大学で研究職につく。毎月給料が支 払われるので、生活は安定した。精神的に。 結局この仕事は、美術館の正規の学芸員になるか、 専任の大学教員になるか以外に、安住することは ほとんどない。アートセンターも指定管理であれば ほぼ有期雇用だし。アルバイトをしながら作品を作り 続けるアーティストに近いと思う。 (Jさん、フリーランスのアートディレクター) データ⑧ 私はその施設の指定管理者の協同事業体の一つの会社の契約 社員で、一年ごとの更新で最長五年。月給は額面が25万、社保あ り、残業と休日出勤手当あり。休日も今までは自分でコントロール できたけど、施設管理はそうもできないから、業務内容、年間休日 や有給休暇の日数を契約書に示して欲しいと交渉した。最終的に は折れてサインしたところもあるけど、内容については結構詰めた と思う。ここでなあなあにして「この人たちはこれでいける」と思わ れたら、後に続く人も困るだろうし。 • ⑤~⑧:雇用や事業の不安定性 ←アニメーション制作とは異なり、資本が直接生み出た ものではなく、助成金・補助金などの競争的資金に依存 した経営構造に起因 ・・・背景にある、公的サービスの準市場化 データ⑨ 短期的・断片化された雇用 →労働環境の悪化、企画の劣化、人生の長期展望、仕 事に対する意味の喪失の原因。パワハラ・セクハラの温 床にも。 もうすぐ産休。これまでは一つの職場で2~3年以上働くのは抵抗 があったけれど、こういうメリットもあるんだなと思った(笑)。出産 育児のことを考えたら、フリーランスは本当に大変だと思う。 アートを仕事にするというのは、自分の考えや価値観を常に更新 し、多様なものごとを体験できるということ。辞めたいと思うことも あったけど、この仕事で生きていけて幸せだなと思う。ただ、もう ちょっとこの仕事の価値が認められて、みんながもう少し生活レベ ルを上げるというか、この仕事だけで生活できる人が増えたらいい のにと思う。 仕事か家庭かのどちらかをあきらめるなんて前時代的。 (Fさん 30歳代、女性、修士卒) 自分が生きていくのも大変な現状では、限られた予 算の中からスタッフに支払う報酬は、やはり能力に 応じて厳しく精査することになってしまう。一方で、お 手伝いしてくれるスタッフの中には「えっ、お金もらえ るんですか」って言う人もいて救われることもある。 そういう人やボランティアのスタッフに助けてもらって 事業が成立しているので、搾取にならないようにと 常に肝に銘じながらやっている。 (Jさん、フリーランスのアートディレクター) 当事者にとっては、アート労働者間の搾取/被搾取関 係として経験される可能性 だが、雇用者側も同じ構造(データ⑨⑩) 8 2015/10/17 データ⑩ 自分のディレクター費は、委託費、助成金、補助金といった事業費 の中から出している。NPO法人に雇用されていた時は、給料は手 取りで約24万円、社会保険あり、ボーナス無し。そこを基準にして、 年間250万円くらいをまずは自分が確保しないとと思っている。 本当はもう一人常勤スタッフが欲しい→事業拡大しないといけない。 その資金、人件費は私が生まないといけない。数年前に一般社団 法人を立ち上げた。法人格がないと助成金が取りづらくなったし、 事業を受託する受け皿を自分で作ったほうがマネジメントがしやす いから。法人の経営も勉強している。 今のスタッフはアルバイトが一人。多い時は四人のアルバイトを 雇った。雇用保険には入っている。給料はこの地域の最低賃金よ り上になるようにして。今は時給800円。一度、数ヶ月間固定額で 払ったことがあるけれど、時給で計算すると同じくらいの額だった。 時給額は、専門性が必要な仕事だと数百円上ったり、日当で計算 することもある。自分の経験的にそこまで悪く無い。ただ、長く続け ている人は少し上げてもいいかな。最低限仕事のモチベーション を維持するとか、ボランティアじゃないんだよっていう意識の面でも 大事だと思うので。 (Kさん フリーランスのプロデューサー 30歳代、女性、大卒) 6.小括 • 搾取概念の展開の果て・・・遍在化/不可視化と空洞化 個別の労使関係を超えて、BIや物的資本財の再分配という形 で、問題化することは重要 だが、個別の文脈に差し戻す必要も←支配や疎外の問題 「アートと搾取」をめぐる2つの場 • 資本主義経済(アニメーション制作)・・・苛烈な搾取 • その外部 • 市場での需要が過小なケース • 資本主義の「外部」を求めるアート? 「自律性への道程をひたすらすすんでゆくことを決断した近代芸術は、 自由を手に入れるために市場からたえず逸脱し続けなければならない、 という自己矛盾的運動の中にみずからを位置づけてゆく。」(白川昌生 2010『美術館・動物園・精神科施設』水声社 p.21) →公的資金(+民間助成) ・・・ここでも、搾取概念の適用の可否に関わらず、市場と同様に 不安定で過酷な労働環境が生じていた。 →まずは労働者としての権利を守ること。これは他の全て の労働者と共通 (フリーランスや自営のアーティストも「労働者性」を持つ by 吉澤弥生) 「アートのための公的資金(パイ)の拡大」という方向性 ←重要。でも2つのリスクも ①準市場という構造が変わらない限り、precariousな労働・事業 環境は変わらない恐れ さらに、助成金依存に起因する労働市場・経営構造の歪みを生 み出すリスク(ハンス・アビング2007『金と芸術』グラムブックス) ②選別の基準としての「公共性」 • 日本ではこの文脈では、「公益性」と読み替えられる • 旧民法以降、主務官庁の恣意的な裁量で規定(旧公益法人) • 日本での「市民社会ルネサンス」以後、「不特定多数の利益」へ (cf.認 定NPO法人のパブリックサポートテスト) ↓ マジョリティの選好に依存・・・アート間の不均衡→搾取経験 「パブリックアート」という表象の生産→住民・学生の動員(搾取?) 9
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