レモンの教材化(Ⅱ)

高
校
化
学
レモンの教材化(Ⅱ)
北海道札幌平岸高等学校
目 的
高校化学の主たる目的は「健全で豊かな物質感」を
育成することだと思っている。
そのためには、実験・観察が重視されなければならな
いが、市販の実験書一辺倒では、様々な物質は教室や実
験室に留まってしまいがちである。つまり、生徒にとっ
て化学は、実生活とは乖離したものになってしまう。
それを避けるためには、できるだけ身近な物質を用
いて「日常生活の中に化学がある」ことを実感させる
ことが必要であろう。
以上のことを目的として、身近にあるレモンを用い
たいくつかの実験の開発を試みた。
概 要
「レモンの教材化」と題して、果汁に含まれるクエ
ン酸に焦点を当てた一連の実験について、10 年余り前
に発表したが、今回は、外果皮と内果皮を材料とした
実験を考案した(図 1)。
三 輪 礼 二 郎*
また、ペクチンは多糖であるので、加水分解されて
単糖になる。この加水分解反応を、硫酸およびペクチ
ナーゼという酵素を用いて行い、両者の働きの違いを
明示することができた。
ジャムはペクチンがゲル化して出来たものである
が、そのためにはいくつかの条件が必要である。その
条件について調べてみた。
実験内容と操作、結果および実践効果
Ⅰ.フラボノイド、テルペノイドの抽出と確認
レモンの外果皮には、フェノール類に分類されるフ
ラボノイド(ケルセチン、アピゲニン、ルテオリンな
ど)やイソプレンを構成単位とするテルペノイド(リ
モネン、ピネン、シトラールなど)と呼ばれる精油
(レモン油)が含まれている。
〔フラボノイド〕
ケルセチン
図 1 実験の概要
文献(参考文献 1)によると、外果皮にはケルセチ
ン、アピゲニンなどのフラボノイドや、リモネン、シ
トラールなどのテルペノイドが含まれている。
これら二つの物質群は、ヘキサンとエタノールの混
合溶媒で抽出することによって、極めて容易に分離・
確認されることがわかった。
内果皮にはペクチンが含まれており、これは水を加
えて煮沸した後、セロハン紙を用いて透析することに
よって容易に精製できる。
*
みわ
れいじろう
北海道札幌平岸高等学校
教頭
〔テルペノイド〕
リモネン
シトラール
1.操 作
(1)レモン 3 個の外果皮をカッターで薄く削り取って
200mÎビーカーに入れ、これにヘキサン 80mÎとエ
タノール 40mÎの混合溶液を注ぎ、約 10 分間ガラス
棒でゆっくりとかき混ぜる。
(2)混合物からろ過した抽出液を分液ロートに入れ、
分離した上層と下層をそれぞれ分取し、各層の 2mÎ
を臭素水※ 1 1mÎ、塩化鉄(Ⅲ)溶液※ 2 数滴、フェーリ
ング液 4mÎと反応させる。
※ 1 臭素水は 1/5 に薄めたものを使用した。
※ 2 FeCl3 1g をエタノール 100mÎに溶解したものを使用した。
2.結 果
抽出前の混合溶液はもちろん均一であるが、抽出後
は、はっきりと二層に分離する。下層のエタノール層
には極性の大きいフラボノイドが、上層のヘキサン層
には無極性のテルペノイドが抽出されている(写真 1)
。
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1
抽出前後の混合溶液
左:抽出後
右:抽出前
塩化鉄
(¡)水溶液との反応
左:ヘキサン層 右:エタノール層
写真 1 混合溶液によるフラボノイド,テルペノイドの
抽出と検出反応
その確認にフェノール類の検出試薬である塩化鉄
(Ⅲ)
溶液を用いると、エタノール層だけが黒褐色を呈し、
臭素水を反応させた場合には、ヘキサン層だけが臭素
の色を脱色する。また、フェーリング反応を行ってみ
ると、エタノール層のみが鋭敏に反応する(写真 2)。
この還元性物質は極性の大きいビタミンCであろう。
(2)1mol/Îの硫酸 2 〜 3mÎを加えて 20 分間程度沸騰
させる。冷却後、アスピレーターで吸引ろ過する。
(3)ろ過した抽出液を 3 本の試験管 A 〜 C に 2mÎずつ
取り、順に硝酸銀水溶液 2mÎ、塩化バリウム水溶液
2mÎ、フェーリング液 4mÎを加える。フェーリング反
応はガスバーナーを弱火にして直火で加熱して行う。
(4)残った抽出液を、セロハン紙を用いて一昼夜透析
する。透析後の抽出液 2mÎを 3 本の試験管 D 〜 F に
取り、(3)と同様の操作を行い、結果を比較する。
(5)透析した抽出液をビーカーに取り、ゆっくりとか
き混ぜながらエタノールを、ゼリー状の塊(ペクチ
ン)が析出しなくなるまで加える。
2.結 果
結果を写真 3 に示す。透析前の抽出液では、いずれ
の試薬に対しても反応するが、透析により原因物質が
完全に除かれていることがわかる。なお、硝酸銀水溶
液やフェーリング溶液を還元した物質は、やはりビタ
ミン C と考えられ、銀イオンとビタミン C は定量的に
反応することが報告されている(参考文献 2)
。
フェーリング反応
臭素水との反応
左:エタノール層 右:ヘキサン層 左:エタノール層 右:ヘキサン層
写真 2 混合溶液によるフラボノイド,テルペノイドの
検出反応
3.実践効果
抽出前には均一だった混合溶液が、抽出後は二層に分離
することに驚き、興味を持つ生徒は少なからず存在する。
Like dissolves like (似たものは似たものを溶か
す)という、溶解のしくみを端的に表した言葉がある。
エタノール層にフラボノイドが、ヘキサン層にテルペ
ノイドが抽出された理由を考察させることによって、
上記の言葉を実感させることができる。
また、教科書記載のフェノール類や炭素間二重結合の検
出方法を適用することによって、その理解が深まると同時
に、最近よく耳にするフラボノイドやテルペノイドという
物質の存在を身近に感じることができるようになる。
Ⅱ.ペクチンの抽出
ペクチンは果実や野菜などに含まれる多糖の一種
で、植物の細胞同士を結着させて組織を支えると同時
に、その柔軟性、保水性の維持に役立っている。
さらに、ペクチンはジャムとして利用され、日常生
活にも無くてはならぬものになっている。また、リン
ゴに含まれるペクチンは大腸ガンの予防に大きな効果
を発揮することも報告されている。
1.操 作
(1)レモン 3 個の外果皮を削り取った後、白色の内果
皮を剥ぎ取って細かく刻み、500mÎビーカーに入れ、
純水を加えて全量を 200mÎ程度にする。
2
フェーリング反応
左:透析前
右:透析後
Ba2 +イオンとの反応
左:透析前
右:透析後
写真 3 透析前後の反応
3.実践効果
従来の透析の実験は、水酸化鉄(Ⅲ)を用いたものだ
けであり、しかもそれはコロイドが精製されているこ
とを直接的に示すものではなく、しばしばセロハン紙
を通り抜けた鉄(Ⅲ)イオンが検出されることから、生
徒に混乱を招くこともあった。
本実験では、分子コロイドであるペクチンが、透析
によって精製されていることをはっきり示すことがで
きる。
Ⅲ.ペクチンの加水分解
ペクチンは、単糖類であるガラクツロン酸が 1、4 位
で縮合重合してできた形をした多糖類、ポリガラクツ
ロン酸(部分的にメチルエステル化している)である。
縮合重合
加水分解
ガラクツロン酸
ペクチン
(ポリガラクツロン酸)
したがって、ペクチンに酸触媒、または分解酵素で
あるペクチナーゼを作用させると、加水分解されてガ
ラクツロン酸になる。
ガラクツロン酸には還元性があるので、酸触媒を用
いた場合と酵素(ペクチナーゼ)を用いた場合の反応の
違いを、フェーリング反応によって知ることができる。
1.操 作
(1)ペクチナーゼ(MERK 社)1.0g を純水に溶かして
50mÎとした水溶液を 2mÎずつ、3 本の試験管 A 〜
C にとり、A は氷水に、B は 30 ℃の水に、C は沸騰
水にそれぞれ 10 分間浸す。
(2)10 分が経過したら、2.0 %ペクチン(市販品)水
溶液を 5mÎずつ試験管 A 〜 C に加えてよく振り混
ぜた後、各温度で 10 分間反応させる。このとき、
同時に試験管 D を用意し、2.0 %ペクチン 5mÎのみ
を入れて、C と同様に沸騰水中に 10 分間置く。
(3)10 分後、試験管 A 〜 D から反応液を 2mÎずつ取
り出し、それぞれにフェーリング液 4mÎを加えて
湯浴上加熱し、反応の有無を調べる。
(4)次に、2mol/Î硫酸 1mÎを 3 本の試験管 E 〜 G に
とり、E は氷水に、F は 30 ℃の水に G は沸騰水に浸
す。以下、ペクチナーゼを用いたときと同様に行う。
ただし、フェーリング反応を行う前に、小サジ 1 杯
ほどの炭酸ナトリウムを加えて反応液を中和したほ
うがよい。
2.結 果
ペクチナーゼを用いた場合には、30 ℃において反応
液の銅(Ⅱ)イオンの色が一番薄くなり、しっかりした
赤色の沈殿が生じ、反応度が最も高いことを示してい
る。他の温度では浮遊物が生じる。100 ℃では、ペク
チナーゼを加えなかった場合にも浮遊物が生じている。
硫酸を用いた場合には,反応度は 100 ℃において最
も高く、温度が高いほど反応は速く進むことを示して
いる(写真 4)。
その他補遺事項
ペクチンのゲル化の条件については、紙面の関係上
簡略な記述に留めたい。
ペクチンは植物組織中では水に溶けないプロトペク
チンの形で存在している。プロトペクチンは、Ca2+ に
よって 2 つのポリガラクツロン酸鎖が、カルボキシル
基を通して架橋された形になっている。実験によって、
Ca(OH)
2 ではゲル化するが、CaCl2 や KOH ではゲル化
しないことの理由を架橋という点から考察させる。
同時に実験によって、ジャムを作るにはペクチンの
他に酸とショ糖の両方が必要であることを確認し、そ
の理由を、カルボキシル基の解離、ショ糖による水和
という面から解説する。
図 2 ゲル化の条件
2 %ペクチン水溶液(5mÎ、pH=3.5)のゲル化は図の曲線の上
の領域で起こる。ただし、クエン酸を加えない場合、クエン酸が
5g 以上の場合は、ともにゲル化は起こらない。
参考文献
1)Annual Index of the Reports on Plant Chemistry
in 1960, 69.
2)R. Silva, J.A. Simoni, C.H. Collins and O. Vope, J.
Chem. Edu. 76, 1421 (1999).
ペクチナーゼを用いた場合
左端:ペクチナーゼ無し
硫酸を用いた場合
写真 4 ペクチンの加水分解反応
3.実践効果
硫酸を用いた場合とペクチナーゼを用いた場合の明
瞭な差異から、生徒は酵素には最適温度があることなど、
無機触媒と酵素の違いをはっきりと認識できるようにな
る。また、少しの示唆を与えることで、生命活動の不思
議さや巧妙さについても思いが至るようになった。
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