欧州連合とアジア太平洋経済協力共同体 B.B(モンゴル) 教養学部総合

欧州連合とアジア太平洋経済協力共同体
B.B(モンゴル)
教養学部総合社会科学科
要旨
国際社会において主たるアクターが国家に限られていた時代はもはや終わりを告げようとし
ているのではないだろうか。20 世紀は 2 つの世界大戦を経験し、敵対する 2 大国の権力闘争で
の 2 極構造の冷戦時代を通じて新世界秩序を強要してきた。冷戦の終焉・急激な情報技術進歩・
グローバリゼーションを迎える90年代にはその新世界秩序の土台が既に立てられたかもしれ
ない。ともかく、国連以外にも世界銀行など、国際機関の上に、さまざまな地域共同体、NGO
などが国際社会における強力なアクターとして台頭してきたのはその強要に対応した現象であ
ろう。その中に目立つのは、制度的な発展や構成国間の国境障壁を除去している形でユニークな
存在となっている欧州連合(EU)である。そこで、そのユニークな存在の特徴を見るために、
ヨーロッパ統合に反応して生まれたかのように思われるアジア太平洋経済協力共同体(APEC)
との比較を行ってみたいと思う。各節で、両者の類似点や相違点を考えてみた上で、共通の課題
とこれからの協力に少し触れてみたい。
キーワード
開かれた地域主義・投資の自由化・共同市場・地域統合・国際協調・新世界秩序
I. 統合への展開と現在の構成
I.1
両者の設立・統合を目指した理由
EU は1951年に設立された欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)に由来するが、ヨーロッパ各国
の指導者たちが当時統合を目指したのにはいくつかの理由がある。まず、戦争が国際関係におけ
る問題の解決手段としての役割を失ったことにより、国際構造を根本的に変え、単なる国際関係
の制度化・組織化を超えた形での“統合”を目指さねばならない、ということが議論されるよう
になったのである。また、第1・2次世界大戦の戦場となってしまったヨーロッパにとって地域
内に戦争が起こらないようにするためには、主権国家から構成されるアナーキーな国際関係のシ
ステムを何らかの形で変えていかねばならないと当時の多くの指導者たちに考えられた。このよ
うにヨーロッパが統合を目指したのは、主として国際社会の混乱を避けようとする政治的な理由
をもつ。一方、APEC の起源を1976年に設立された ASEAN に求めていいだろう。ASEAN
が登場した1970年代は日本を始めとし、アジアの諸国にとって高度経済成長が目立つ時期で
ある。そういう中で、アジア諸国、特に東南アジア諸国にとって地域内の経済協力の発展を以っ
て経済力を高めていく方針を定めて立てられたのを考えても ASEAN 設立には経済的理由に負
うところが大きい。
しかし、1957年の欧州経済共同体(EEC)条約、1967年の欧州共同体(EC)条約、
1992年の欧州連合(EU)条約を通じて活動の幅を広め、制度的に発展してきた EU にせよ、
1989年に ASEAN を含めながらも別の機構として1989年にまとめられた APEC にせよ、
共通の背景、目標として挙げられることが少なくないのはいうまでもない。その代表に、強化す
る米国に対する権力の1極となりたいヨーロッパ、また強化するヨーロッパに対する繁栄した地
域になりたいアジアというような、政治的であろうと、経済的であろうと世界の秩序に向けて、
権力あるアクターとして振舞いたい理念が働いているのではないだろうか。
I.2
現在の構成・その特徴
現在の構成はそれぞれ表 1・2 の通りである。
1 豪州 (1989)
GDP (ドル 10億)
人口 (100万)
面積('000 sq km)
構成国
一人当たり GDP (US$)
表 1: APEC の構成国
7,682
19.5
622.7
30,695
6
0.36
5.2
14,352
9,971
31.3
970.3
30,439
757
15.6
89.3
5,571
9,561
1,294
1,601
1,227
1
7
164
23,592
1,904
217.5
222
1,003
8 日本 (1989)
378
127.5
4,621.20
36,184
9 韓国 (1989)
99
47.4
667.4
13,806
333
23
112.5
4,418
1,973
101.8
663.1
6,377
12 ニュージーランド (1989)
271
3.8
92.9
23,120
13 パプアニューギニア (1993)
463
5.7
4
686
1,285
26.5
66.2
2,290
300
78.6
84.2
1,019
17,075
143.8
517.8
4,016
1
4.2
103.6
23,999
36
22.5
307.5
13,359
513
64.3
165.7
2,556
2 ブルネイ (1989)
3 カナダ (1989)
4 チリ(1994)
5 中国 (1991)
6 香港, 中国 (1991)
7 インドネシア (1989)
10 マレーシア (1989)
11 メキシコ (1993)
14 ペルー (1998)
15 フィリピン (1989)
16 ロシア (1998)
17 シンガポール (1989)
18 台湾 (1991)
、20 タイランド(1989)
21 米国 (1989)
22 ベトナム (1998)
合計
9,373
288.5
11,750.40
39,991
331
80.2
40.4
494
62313
2603.06
22871.4
13,295
出所:APECのホームページhttp://www.apecsec.org.sg/
より作成
表 2: EU の構成国
構成国
GDP(10 億ユ
人口(100 万人)
ーロ)
一人当たり GDP
1 ベルギー
10396.400
71.601
6887.057
2 チェコ
10211.500
22.544
2207.668
5397.600
49.248
9124.037
82531.700
548.990
6651.868
1351.000
2.363
1749.001
6 ギリシア
11041.100
42.793
3875.791
7 スペイン
42345.300
214.620
5068.331
8 フランス
59900.700
416.563
6954.221
4027.700
37.396
9284.703
57888.200
338.643
5849.942
11 キプロス
730.400
3.227
4418.401
12 ラトヴィア
2319.200
0.000
0.000
13 リトアニア
3445.900
4.681
1358.426
3 デンマーク
4 ドイツ
5 エストニア
9 アイルランド
10 イタリア
14 ルクセンブルク
15 ハンガリー
451.600 :
:
10116.700
21.152
2090.790
399.900
1.086
2714.429
16258.000
123.319
7585.127
8140.100
59.848
7352.182
19 ポーランド
38190.600
53.664
1405.149
20 ポルトガル
10474.700
34.065
3252.150
21 スロヴァニア
1996.400
6.516
3263.775
22 スロヴァキア
5380.100
8.651
1607.981
23 フィンランド
5219.700
37.786
7239.113
24 スウェーデン
8975.700 :
16 マルタ
17 オランダ
18 オーストリア
25 英国
Total/Average
:
59673.100
427.314
7160.912
456863.300
2526.067
4656.568
出所:EUの統計関連サイトhttp://epp.eurostat.cec.eu.int/
より作成
両者の構成の共通した特徴はまず 20 カ国を既に超えた巨大な共同体でありながら、経済力が
極端に異なる諸国を含んでいるいることであろう。EU には、イギリスやスウェーデンなど一人
当たりの GDP など経済力の基準や社会福祉で世界的にトップを占める国々がある一方、2004
年の東方拡大によって旧社会主義システムの 10 カ国が加盟し、その結果 EU の平均一人当たり
GDP が約 30%減少しているのは、50 年間共同市場を目指し、強力な法制
構成国
図1
APEC 一人当たりGDP比較
豪州 (1989)
ブルネイ (1989)
カナダ (1989)
チリ(1994)
中国 (1991)
香港, 中国 (1991)
インドネシア (1989)
日本 (1989)
韓国 (1989)
マレーシア (1989)
メキシコ (1993)
ニュージーランド (1989)
パプアニューギニア (1993)
ペルー (1998)
フィリピン (1989)
ロシア (1998)
シンガポール (1989)
台湾 (1991)
タイランド(1989)
米国 (1989)
ベトナム (1998)
0
10,000
20,000
30,000 40,000
度を整備してきた EU が如何に新しい構成の下で統治体制を作っていくか、という大きな課題
に直面していることを示唆している(図 2)。他方、APEC は世界最大の経済-アメリカ、第 2
位の日本など、発展国の一方、一人当たり GDP が日本のわずか 1%にも達しないパプアニュー
ギニアなどを含める(図 1)。このように、経済的な面からは、両者が多様な構成国を持ってい
ることがあるが、APEC には構成的に 3 つのことが目立つ。第 1 に、APEC の方が地理的に分
散していること。第 2 に、民族の多様性・それに伴う文化的な多様・多種性。第 3 にアメリカが
APEC に加盟していることである。小島氏はアメリカは NAFTA という制度的統合のリーダー
でありながら、APEC というより大きい、しかし緩やかな非制度的統合に積極的に参加し、APEC
を自由貿易地域という制度的統合へもっていこうとした。APEC はアメリカの依存性を排除し、
ASEAN+日中韓という形のリーダーシープをとり、アジア太平洋の地域繁栄を目指すべきであ
ると述べている(小島、アジア経済園の胎動)
。他方、EU は地理的にもコンパクトであり、文
化・生活様式などの面では APEC ほど「彩色」型とはいえないだろう。このような違いは制度上
の差異に影響を与えているという前提で次節に移りたいと思う。
図2
出所:外務省のホームページhttp://www.mofa.go.jp/
II.
より
機能・制度上の特徴
まず、アメリカの経済学者バラッサが提案した経済統合の 5 つの段階を利用して世界で現在
進行中の地域経済統合はそれぞれどの段階にあるのかを『APEC の将来と現在』で次のように
分類している。
表 3:バラッサによる地域統合分類
地域協力
共通の課題について協議・協力
APEC
1. 自由貿易地域
関税、数量制限の撤廃
APEC AFTA
2. 関税同盟
域外関税の共同決定
MERCOSUR
3. 共同市場
資本、労働の移動制限の撤廃
EU
4. 経済同盟
共同市場を基礎に経済政策も調整
EU
5. 完全な経済統合
超国家機関を設備し、統一経済を実
(EU)
NAFTA
施
(ただ、現在になっては、第 4 段階で単一通貨の導入が加えられるだろう)
EUはまだ財政政策を統一していないが、欧州中央銀行という超国家機関を設備していること
から第 4 段階へと移動過程にあるという。一方、APECは 2020 年にボゴール目標 1 を達成させ、
域内自由貿易化を達成する 2020 年にEUの 1968 年の状態に達するという(小島、1999)
。さら
に、東アジアの全ての国の所得水準がたとえば 5000 ドルを超えるようになるまでこの地域の統
合は経済発展を最優先課題として前進すべきであろう。諸国の発展段階がそのように近似してき
てから初めて先進国型(EU)のフォーマルな経済統合へ転ずる可能性も生じてくるという。
以上のように世界で活動を広げている諸共同体の中でも最も進展した経済統合へと達した
EU の法制度の特徴として挙げられるのは、EU において共通法をつくり積極的に共同市場を形
成することも行うことであろう。そういう面で、EC 条約と呼ばれる基本法規は共同体に立法権
を与えたのである。EC 機関が採択する法規には「規則」
「指令」
「決定」といった形がある(EC249
条)。域内貿易をさらに円滑にするために各構成国の法を調和(近似化)する EC「指令」など
も採択されてきた(EC94,95 条)。国際条約として出発した EC 条約が構成国の国内法の一部を
なす法として存在することになり、しかも各国の憲法よりも上位の法として存在することになっ
たのである(森裕一編、2004)。EC の独創性は、一言で言ってしまえば、各国が主権の一部を
EC との関係で制限ないし移譲した点にあろう。
一方、APEC は 3 原則を持つが、それは第 1 に、経済発展志向を第 1 義的優先目標とするこ
と; 第 2 に、 各国の協調的自発的自由化;また第 3 に、開かれた地域主義の理念である。
他の経済共同体の中でも目立つ APEC の特徴は前述した多様な構成メンバーの上に、まず緩
やかな統合形態にある。というのは、合意を文書にして協定を締結し、それに基づいて加盟国が
行動し、また拘束を受ける組織である EU に対して、毎年一回開催される首脳会議や閣僚会議
では参加国の合意に基づく宣言や声明が発表される形になっているからである。これらの宣言や
声明などは拘束性が判然としていないため曖昧さを残しているという欠点がある。
開かれた地域主義とは APEC 域内で得られた成果を域外にも及ぼしていくという理念である。
EU の域外に対して排他的なブロックを形成するような動きに対する反動として域内の自由化
1「先進エコノミーは遅くとも 2010 年までに、また、途上エコノミーは遅くとも 2020 年までに自由で開かれた貿易及
び投資という目標を達成する」という宣言。94 年 11 月のインドネシア(ボゴール宮殿)での首脳会議にて採択された
「APEC経済首脳の共通の宣言」
(ボゴール宣言)において、この目標が掲げられました
は域外にも等しく分け与えようという理想主義を掲げているものと考えられる。
このような特徴で APEC は、小島氏の言葉を借りれば、機能的な統合であって、EU のよう
な制度的な統合までは達してない。
第 1 の原則通り、APEC は「貿易・投資の自由化・円滑化」および「経済・技術協力(ECOTEC)
」
を活動の 2 本柱と位置づけている。それに比較を行ってみたいのは EU の 3 列柱の構造-活動
内容に留まらず整然とした組織化された形をとっているが-である。それは、経済協力の分野に
関わる第 1 の柱-EC と外交の安全・防衛の分野に関わる第 2 の柱-CFSP と警察刑事司法を分
担する第 3 の柱-PJCC という 3 つの機関を含む列柱構造である。このように、構造的な面で
も EU は域内市場の統合を第 4 段階、つまり単一通貨を導入するレベルまで達成させていると
いうことで活動の幅が経済的事項を超え、非常に多岐にわたっている。もっとも、未だ国際社会
の中において EU は経済的インパクト以外にはそれほど強い影響を及ぼしている存在と考えら
れていないだろうが。
組織化の詳細については本稿で省略するが、APEC は EU に比べて、全体としてまとまった
組織としての指示・命令系統や組織間の関係がはっきりしておらず強固な組織になっていないの
が実情という(内藤、2003)
総じて、EU は 50 年間の蓄積の上に発展しているだけあり非常によく整えられた組織性・実効
性を誇る。しかし、EU のその厳密性に欠点が当然ある。たとえば、EU への加盟は、EU の膨
大の法の体系を全面的に受け入れる義務を条件としているため、加盟国にとってその設備による
社会コストの上に域外諸国・諸機関一との協力関係、たとえばさまざまな契約への変化が避けら
れないこととなっており、EU が今後対策とって行くべく諸問題のひとつとなっている。一方、
APEC はアジア諸国の特徴を踏まえた柔軟性・自主性、それに“現実と理想のギャップが大きい”
と批判されながらも、21 世紀に他の諸地域共同体にとって標本となるべく“開かれた地域主義”
という理想的な面を持つ。
終わりに
以上、世界で主権国家の壁を越えた地域統合を完璧な形ではないが実行でき、国際社会の新秩
序の具体的な出発点となっているとも言える強力な共同体-EU と世界 GDP の 6 割弱を占める
地域が含まれる巨大な地域協力フォーラムである APEC との比較を大胆に行ってみた結果、構
成・機能・制度上に徹底的に相違点をもつ両機関にとって一番望ましいのは、両者の長所を学びあ
う、また短所を補い合う形の協調だと思われる。それぞれの地域の繁栄を追及しながら世界的規
模で貿易・投資の自由化を進め、さらに世界の平和・安全を保障できるには、地域共同体間の協力
が不可欠のものとなっていると言えよう。テロや核兵器の驚異によってアメリカの軍事力による
覇権のみでは世界平和・安全保障ができなくなっている現在、アメリカとアジアの対話の場とな
りうる APEC とアメリカに並ぶ強力な経済となってきた EU には、国際社会が「敵対国」によ
る争いから、
「敵対域」による争いへと移動しないよう協力を結ぶ必要がますます増えていると
思う。APEC は EU との経済協力関係を強化するアジア欧州首脳会議(ASEM)を設けている
ものの、実際的に影が未だに薄い。21 世紀のグローバルな問題である環境問題や所得分配の不
平等などに対しては、いわゆる「米・日・欧のどこが勝つか」という問題ではない。国際協調が
キーワードになる今日では、APEC の開かれた地域主義に、構成国が立法権・行政権・司法権の
一部を付与するユニークな仕組みをもった EU を超国家機関の見本として組み合わせた協力、
その理念が冒頭に述べた新世界秩序の形成への大きな一歩となるのではないだろうか。
参考文献
森裕一編『国際関係の中の拡大 EU』信山社、2004 年
田中友義『EU の経済統合』中央経済社、2001 年
外務省のホームページ http://www.mofa.go.jp/、2005 年 7 月 26 日にアクセス
EUの統計関連サイトhttp://epp.eurostat.cec.eu.int/、2005 年 7 月 26 日にアクセス
APECのホームページhttp://www.apecsec.org.sg/、2005 年 7 月 26 日にアクセス
(小島と他、『アジア太平洋経済園の生成』など主に使用したテクストの中の 2 冊が未記入)