我が国のアルコール関連問題の現状

我が国のアルコール関連問題の現状
―アルコール白書―
監修
厚生省保健医療局精神保健課
編集
国立療養所久里浜病院院長
河 野 裕 明
アルコール健康医学協会前理事長
大 谷 藤 郎
(3)
潜在するアルコール関連問題者数の
推定について
杏林大学医学部衛生学教室
角 田
透
1.アルコール飲料の消費とアルコール関連問題
酒と呼ばれているものが一体何であるかは国によって異なるようであるが、我が国では
酒税法によりアルコール分 1%以上の飲料を「酒類」と定義し税法上の取扱いの対象として
いる 1)。一般に「酒」と呼ばれているものは主としてそれを指すものと考えられるが、実
際にはアルコールを含有する食品および経口的に摂取される薬品は少なくない。アルコー
ル分 1%未満のものはノンアルコール飲料として販売されている。また、医薬品とされてい
るものはアルコール分 1%以上であっても酒類とはなっていない。
さて、日本で主として消費されている酒類、即ちアルコール飲料はビール、清酒、焼酎、
ウィスキー類である。これらの消費量は毎年国税庁から報告されており 1)アルコール飲料
に関する統計はこれを基に算出されているものが多い。一方、わが国の全世帯の平均の 1
か月間の家計支出の推算によれば、酒類に対しての支出は過去約 20 年間にわたって、ほぼ
一貫して増加傾向を示しており 2)、平成元年の統計資料によれば月平均一世帯当り、3,690
円となっている 2)。なお、酒税法上は「みりん」や調理に使われる調理酒、調理用ワイン
も酒類として取り扱われる。
アルコール関連問題の問題としての大きさはアルコール飲料の消費量と密接な関連があ
るとされており、アルコール飲料の消費量の変動を観察することは意義あることと云える。
図 1 に世界各国の人口 1 人当りのアルコール消費量 1)を示したが、この中で上位を占める
国々の中にはアルコール関連問題が大きな社会問題となっている国もある。消費量につい
て日本と大きな隔たりはないが、米国では問題飲酒者が人口の約 8%(1800 万人)にもなると
報告されている 3)。問題を問題として捉える物差しの違いはあるにせよ、世界的にみても
アルコール飲料の消費量の多い国では一般にアルコール関連問題も深刻なものがあると云
うことが出来るであろう。しかし、米国における禁酒法の失敗や、適正飲酒 4)と云う用語
が抵抗なく使われていることからして、飲酒そのものは悪ではなく、国民の間への適正な
飲酒習慣の普及・教育、言い替えれば、アルコール飲料の存在と我々を如何に調和させて
行くかが健康政策上重要なことであろう。
2.問題飲酒者数の推定
アルコール関連問題は大きく、医学・医療上の問題としてのアルコール関連障害(又は身
体疾患)とそれ以外の問題とに分けることができる。後者は、社会学的なものと言うことも
でき、アルコールと犯罪、アルコールと自殺、アルコールと事故(産業事故、交通事故)、
アルコールと産業衛生(労務管理上の問題、作業効率低下、怠業)等様々なテーマがある。
これらは重要な問題であるが、比較的研究調査が進んでいない領域であり、症例的な研究
は行われているものの全国統計的な研究は少ないようである。
医学・医療上のアルコール関連問題であるが、まず問題飲酒者数の推定に関し、いくつ
かの手法が今までに試みられてきている。肝硬変症の死亡率から推定するもの(現在では使
われていない)5)、アルコール飲料の消費量から推定するもの 6)、一定様式の質問票を利用
して推定するもの 7)等がある。また、アルコール依存症として精神病院に初めて入院した
患者の数、依存症の初発症状出現からその入院までの期間および在院期間とを用いて厚生
省患者調査の資料を利用して推定する方法もある 8)。
現在のところ問題飲酒者数の推定に日本国内で比較的多く使われているものは久里浜式
アルコール症スクリーニングテスト(KAST)である。この方法は河野 9)、Saito ら 10)により
開発された問題飲酒者をスクリーニングする手法であり、回答の結果に対して点数が付与
され、その点数により問題飲酒者である確率の高い集団をスクリーニングするものである。
これを用いた日米科学技術協力の資料(昭和 59 年調査実施)についての分析では日本にお
ける問題飲酒者数は 336 万人(95%信頼限界で、240 万人から 436 万人の範囲)と報告されて
いる 11)。
アルコール飲料の消費量から純アルコール量を算出し、それをもとに問題飲酒者数を推
定する方法も行われており、いわゆる額田の式 12)と呼ばれているが、それによると、平成
3 年でおおよそ 221 万人と推算される。
前述した精神病院へのアルコール依存症入院患者数とその潜伏期間、平均在院期間とを
利用しての推計では、およそ 80 万人と報告されている。これは今後多数の病院での平均在
院期間についての追跡調査を必要とするが、方法論としては従来にはなかったものである。
これらの数字はそれぞれに異なるが、その差は把握の方法による差ではなくスクリーニ
ングレベルをどこに設定するかの違いによるものであると考えられる。つまり、飲酒問題
の非常に進展した(悪化した)場合のみを問題として取り扱うのか、あるいは初期の軽症の
ものから問題として取り上げるのかによると云える。進展したもののみを問題飲酒者とす
ればその数は小さくなり、初期の問題としては軽いものまで含めればその数は大きくなる。
も ち ろ ん 、 ス ク リ ー ニ ン グ テ ス ト (screening test) で あ る こ と か ら し て 、 敏 感 度
(sensitivity)や特異度(specificity)についての検討はそれぞれに必要であろう。しかし、
これらの方法の優劣を論ずるのは議論の方向が発展的ではなく、集合論的な議論が有用で
あると思われる。
3.アルコール関連身体疾患の動向
アルコールによる疾患として代表的なものに肝臓疾患があげられるが、最近の死因別死
亡順位 3)によると「慢性肝疾患及び肝硬変」の死亡率はやや低下してきているものの死因
順位第 9 位(平成 2 年、人口 10 万対 13.7)である。また、肝がんの粗死亡率は上昇を続け
ており(平成 2 年、人口 10 万対男 30.5、女 11.1)、これはアルコール飲料の消費の多い欧
米諸国と較べても高く、今後の対策が求められているもののひとつである。もちろん、肝
疾患のすべてがアルコールを原因とするわけではなく、ウィルスを含め他の要因がそれら
の疾患の発生または悪化に関与していると考えられているが、アルコールの補助的な要因
としての可能性も指摘されており 3)興味ある点である。アルコールがいろいろな疾患に関
連していることは経験的にも衛生統計的・疫学的に認められていることであるが、生物学
的に具体的にどのように関連しているのかについては、議論の余地が小さくないようであ
る。具体的な疾患についての詳細は他にゆずるとしても、主だったものとして、消化器系
疾患(肝炎、肝硬変、肝がん、膵炎、食道がん、胃腸炎等)、循環器系疾患(心筋症、不整脈、
高血圧)、神経系疾患(ウェルニッケ脳症、コルサコフ症候群等)、脳血管疾患(高血圧や脳
卒中)、代謝性疾患(糖尿病、痛風)、免疫機能異常、造血器疾患、整形外科的疾患(大腿骨
頭壊死)、胎児性アルコール症候群(FAS)、慢性感染症の悪化(結核等)、外傷等があげられ
る。従って、アルコールが何らかのかたちで関連している疾患というものは相当多数に上
るものと思われる。
4.一般病院調査の結果
次に、わが国においては病名に「アルコール性」ないしは「アルコール起因の」という
ような病名のつけられているとは限らない一般病院に入院している患者についてどの程度
アルコール関連問題者が潜在しているのかについて調査した結果についてふれたい。
1)
研究の背景および目的
一般に日常の生活習慣が種々の疾患の成立に密接に係わっていることはまず間違いの
ないことと云える。生活習慣の具体的な各々の項目について、それらと疾患との関係を
ひとつひとつ取り上げた調査研究は相応の意義のあるものであろう。飲酒習慣について
みた場合、例えば米国においては医療機関入所者について多数の報告がなされている。
それらをまとめた報告によれば、入院患者中のアルコール関連問題者の率は一般人口中
でのそれと較べて 10%以上も高率であることや、実際のアルコール関連問題の有病率が
25%以上であることなどが報告されている
14)。しかし、わが国においてはこの観点から
の報告が少なく、今日の飲酒人口の増大を考えた場合早急に実態を明らかにすべきもの
であろう。
この研究は種々の疾患に罹患している一般病院入院患者の過去および現在の飲酒習慣
および飲酒問題について詳しく調査し、その入院の成立との関わりを明らかにすること
を目的として実施された。
2)
方法と対象
協力の得られた六つの某一般病院の内科、外科、整形外科または産婦人科の昭和 63
年 12 月から平成 2 年 10 月まで(一部の病院の資料はこの期間に較べ短期である)の入院
患者を対象として、疾患名、年齢、性別等については入院の記録から、また一定の質問
票を利用して面接により、飲酒パターン、フラッシング反応、飲酒に対する考え方、お
よび問題飲酒の程度の指標として久里浜式アルコール症スクリーニングテスト(KAST)に
ついて回答を得た。この期間に協力を得られた対象者は 1945 名(男性 1204 名、女性 741
名)で、そのうち過去に飲酒したことのないという者を除いた 1578 名(男性 1075 名、女
性 503 名)について飲酒頻度、飲酒に対する考え方、自分の飲酒と現在の疾患との関連、
および KAST について集計、検討した。質問票は既に実施されている日米共同研究で用い
られた内容の一部をそのまま使用し、各疾患患者群中の飲酒状況について一般人口にお
ける飲酒状況と比較できるように意図されていたものである。
3)
結果と考察
表 1 に飲酒頻度について男女別に集計したものを示した。男性の 56.6%、女性の 9.9%
が「少なくとも 1 日 1 回」または「ほとんど毎日」飲酒すると回答していた。これは最
近の一般人口を対象とした他の調査報告と較べて同程度かまたは高い数字となっている。
即ち、1987 年(昭和 62 年)の総理府の「酒類に関する世論調査」によると、
「ほとんど毎
日」飲酒するという者は男性では 56.8%、女性では 19.9%と報告されている。また、1984
年(昭和 59 年)の「飲酒パターンとその健康への影響に関する調査研究(いわゆる日米共
同調査研究)」の結果では男性の 43.1%、女性では 5.6%と報告されている。これらの調査
間の数字の差異についての議論は別の機会にするとして、本調査と同様の調査票を用い
た後者(いわゆる日米共同調査研究)に較べ高い数字であり、特に女性のそれは約 2 倍と
なっている。
表 1
男女別の飲酒頻度の割合
男性
少なくとも 1 日 1 回
(%、括弧内は実人数)
女性
総数
8.3( 100)
0.7( 5)
5.4( 105)
ほとんど毎日
42.6( 513)
6.1( 45)
28.7( 558)
週に 3~4 回
10.6( 128)
5.5( 41)
8.7( 169)
週に 1~2 回
7.9(
95)
10.5( 78)
8.9( 173)
月に 2~3 回
4.3(
52)
6.5( 48)
5.1( 100)
月に 1 回くらい
2.8(
34)
5.7( 42)
3.9( 76)
年に 6~11 日
1.7(
20)
4.5( 33)
2.7( 53)
年に 1~5 日
3.7(
45)
17.8(132)
9.1( 177)
病気になる前
8.9( 107)
12.3( 91)
10.2( 198)
6.9(
83)
27.8(206)
14.9( 289)
2.2(
27)
2.7( 20)
2.4( 47)
1 年間飲酒していない
今まで飲酒したこと
がない
不明、未記入
合
計
100.0(1204)
100.0(741) 100.0(1945)
表 2 は「お酒を飲み過ぎると体に悪いと思いますか。」という質問に対する回答「思う」
、
「思わない」、および「わからない」について集計したものである。この表に示すように、
男性の 93.8%、女性の 95.2%、男女合わせて 94.2%がアルコール飲料の過剰摂取が身体的
に悪影響のあることを認めているが、一方、男性の 3.7%、女性の 2.6%、男女合わせて
3.4%が悪影響はないとしている。この理由について詳細は不明であるが、
「飲み過ぎる」
という表現がありながら「体に悪いと思わない」というのは問題でありその理由を明か
にする必要があるであろう。日常の健康教育の場でアルコールの害については様々な情
報が提供されているものと考えられるが、この結果に示されたように一部に認識の不十
分な場合もあるとしたら、従来の健康教育のあり方について再検討すべきものと考えら
れる。
表 2
質問「お酒を飲み過ぎると体に悪いと思いますか」に対する回答「思う」、「思わ
ない」、および「わからない」の割合 (%、括弧内は実人数)
思う
男性
女性
総数
94.5(1008)
95.8( 479)
94.9(1487)
思わない
3.7(
40)
2.6(
13)
3.4( 53)
わからない
1.8( 19)
1.6(
8)
1.7( 27)
100.0( 500)
100.0(1567)
合
計
100.0(1067)
表 3 に、男性の 92.8%、女性の 92.0%、男女合わせて 92.6%がアルコール飲料はある程
度飲んでも良いと思う、と答えており、これは少量の飲酒が健康増進に益するというこ
とがよく云われていることからして、その影響と思われる。表 2 及び 3 について、全体
的にみて、回答者の多くは常識的な回答をしているものと考えられる。
表 3
質問「お酒はある程度は飲んでも良いと思いますか」 に対する回答「思う」、
「思
わない」および「わからない」の割合 (%、括弧内は実人数)
思う
男性
女性
総数
93.5( 998)
92.6( 463)
93.2(1461)
4.2( 21)
4.6( 72)
3.2(
16)
2.2( 34)
100.0( 500)
100.0(1567)
思わない
4.8(
わからない
1.7( 18)
合
計
51)
100.0(1067)
表 4 に「医師から飲酒を止めるようにまたは控えるようにいわれたことがありますか」
という質問に対しての回答「ある」
、
「ない」、および「わからない」について集計したも
のである。表に示すように、男性の 38.7%、女性の 5.6%、男女合わせて 28.1%が医師か
ら飲酒を止めるか控えるように云われたことがあると回答している。これは、飲酒者の
うち入院するような者の 4 分の 1 以上は医師から禁酒または節酒をいわれていることを
意味し、医療上の立場からみて、これらの対象者の罹患している疾患の原因の一部を飲
酒が担っていることをも示している。
表 4
質問「医師から飲酒を止めるようにまたは控えるように言われたことがありますか」
に対する「ある」
、
「ない」および「わからない」の割合(%、括弧内は実人数)
男性
女性
総数
ある
39.2( 416)
5.8( 28)
28.8( 444)
ない
60.1( 637)
93.3( 448)
70.5(1085)
わからない
合
計
0.7(
7)
100.0(1060)
0.8(
4)
100.0( 480)
0.7(
11)
100.0(1540)
表 5 には、前問で「医師から飲酒を止めるようにまたは控えるようにいわれたことが
ある」という回答者のうち「そう云われてそのとおりにしましたか」という質問に対し
ての回答「した」
、
「しなかった」
、および「わからない」について集計したものである。
表に示すように、男性の 47.1%,女性の 38.1%、男女合わせて 46.3%が「医師から飲酒を
止めるようにまたは控えるようにいわれても、そうしなかった」と回答している。これ
は医師から禁酒や節酒を指示されても、男性の約半分、女性の 3 分の 1 以上がそれに従
っていないということであるが、表 2 に示したように回答者の 95%前後の人が過剰飲酒
の害について知識を持っていることからして、害のあることを知っていても飲酒を抑え
られない何かがあると考えざるを得ない。アルコール関連問題の防止にはもちろん教育
が大切であるが、この結果から考えると、この調査の対象となったような集団では予防
に役立つような環境の整備も同様に重要なことと考えられる。現実に医師から飲酒制限
を云われるような疾患の者で、男性の場合に約半分もそれを守れずにいるということは
重大な問題であり、すぐにでも対策が必要なものと思われる。
表 5
質問 「そう言われてそのとおりにしましたか」 に対する回答 「した」
、「しなか
った」および 「わからない」 の割合 (%、括弧内は実人数)
男性
女性
総数
した
48.6( 202)
50.0( 14)
48.6( 216)
しなかった
47.4( 197)
39.3(
11)
46.8( 208)
10.7(
3)
4.5( 20)
100.0( 28)
100.0( 444)
わからない
合
計
4.1(
17)
100.0( 416)
表 6 に KAST の点数の区分による「重篤問題飲酒群」、
「問題飲酒群」
、
「問題飲酒予備軍」
および「正常飲酒群」の分布の割合を示した。男性の 30.1%、女性の 4.6%、男女合わせ
て 22.0%が重篤問題飲酒群」であった。
「問題飲酒群」については男性の 10.0%、女性の
2.2%、男女合わせて 7.5%であった。
「問題飲酒予備軍」については男性の 38.9%、女性の
34.0%、男女合わせて 37.2%であった。
「正常飲酒群」については男性の 20.9%、女性の
59.2%、男女合わせて 33.0%であった。
表 6 KASTによる重篤問題飲酒群、問題飲酒群、問題飲酒予備軍および正常飲酒群の
男女別分布の割合(%、括弧内は実人数)
男性
重篤問題飲酒群
(2 点以上)
問題飲酒群
(0 点以上、2 点未満)
問題飲酒予備軍
(-5 点超、0 点未満)
正常飲酒群
(-5 点以下)
合 計
表 7
女性
総数
30.1( 324)
4.6( 23)
10.0( 108)
2.2(
22.0( 347)
11)
7.5( 119)
38.9( 418)
34.0( 171)
37.3( 589)
20.9( 225)
59.2( 298)
33.1( 523)
100.0(1075)
100.0( 503)
100.0(1578)
今まで飲酒したことがないと回答した者を重篤問題飲酒者でないとしての重篤
問題飲酒群の男女別分布の割合(%、括弧内は実人数)
KAST の点数による区分
重篤問題飲酒群
(2 点以上)
重篤問題飲酒群 以外
(2 点未満)
合 計
男性
女性
総数
26.9( 324)
3.1( 23)
17.8( 347)
73.1( 880)
96.9( 7.8)
82.2(1598)
100.0(1204)
100.0( 741)
100.0(1945)
これらの割合を一般大衆を対象とした余暇開発センターの調査の結果および日米共同
研究の調査結果と比較してみる。まず、本調査研究では「今まで飲酒したことがない」
と回答しているものを「重篤問題飲酒群」でないとして、改めて「重篤問題飲酒群」の
比率を算出すると、表 7 に示すように、男性の 26.9%、女性の 3.1%、男女合わせて 17.8%
となった。余暇開発センターの調査では男女合わせて 3.7%、日米共同研究の調査では男
性 7.0%、女性 0.5%、男女合わせて 3.6%であり、明かに有意な差を認めた。調査対象の
患者のほとんど全てに「アルコール関連…」ないしは「アルコール性…」の疾患名はつ
けられておらず(2 例がアルコール性肝障害)、疾患名からだけではアルコールとの関連
を見いだすことは出来ないものであった。しかし、入院患者中に占める KAST2 点以上者
の高い割合は疾患名は異なるがそれが潜在的にアルコールと関連している可能性のある
ことを示唆している。
一般人口を対象とした調査では対象者はいわゆる健康であると考えることができ一般
病院入院患者中に占める疾患の多くについて潜在的なアルコール摂取との因果関係を
(少なくとも何らかの関連の有無について)検討する必要があると思われる。
一般病院の入院患者についてアルコール問題者を調査したものは日本に少なく、米国
での報告が多い。米国での調査は概ね MAST を利用しているか或いは臨床診断によるもの
で、それらの資料によると大多数は 10~50%の範囲の報告である。これらの事からみて
この調査結果は全体の傾向をある程度摑 み得ているものと考えられる。
次に、以上の結果から入院の原因となった疾患と問題飲酒がどの程度に関連している
かについて検討する。ここで、まず男性について、入院患者中の問題飲酒者の比率を本
研究で得られた 26.9%とし、一般の健康者のそれを日米共同研究の結果報告から 7.0%と
仮定する。標本抽出に際し、入院患者に対しても健康者に対しても問題飲酒者および非
問題飲酒者の抽出に偏りがなく、また疾患罹患による入院の率が一般に高くないと仮定
した上で、これらの数字から問題飲酒者の疾患罹患と健康者の疾患罹患の相対危険度(R)
の推定値は 4.89 となる。これより Attributable Risk Percent(ARP)は 79.6%となる。こ
れは問題飲酒者からの疾患罹患による入院が 79.6%であることを意味している。
ここでは KAST による「重篤問題飲酒群」を問題飲酒者としたので、表 7 に示した男性
の「重篤問題飲酒群」の比率 26.9%のうちの 79.6%、即ち、男性入院患者の 21.4%は問題
飲酒に関連すると推定することができる。同様の計算を女性について行うと、女性入院
患者の 2.6%は問題飲酒に関連すると推定することができる。男女合わせての場合は問題
飲酒に起因するものは 14.7%と推定できる。但し、調査に際し、今まで飲酒したことが
ないという例を総て非問題飲酒者として取り扱っていること、ここで得られた数字はご
く一部についてのものであること、および他の資料と合わせての補正等の再検討が必要
であることは云うまでもないが、概ね類似した数字が得られることが予想できる。
4)
まとめと参考
一般病院入院患者者の中での問題飲酒者の比率が一般人口を対象とした調査により得
られた問題飲酒者の比率に較べ高いと云うことは、入院の原因となった疾患と不適切な
アルコール摂取との間に何らかの関連があることを示唆している。一般人口を対象とし
た場合の調査の対象者を絶対的に健康であると言い切ることはできないが、調査時点で
は入院を要するような疾患に罹患していたとは考えにくく、相対的に健康であったとみ
ることができる。一方入院患者は相対的に不健康であったとすることができ、この不健
康の「一部」は不適切な飲酒により来たしたものと仮定すれば、その割合は、この研究
報告で示したように、相対危険度の推定値(R)及び Attributable Risk Percent(ARP)を
算出することにより推定することができる。過去に飲酒したことがないと回答している
者を問題飲酒者ではないとすれば、全入院のうち問題飲酒により増加した割合は男性の
場合の約 21.4%、女性の場合約 2.6%、男女合わせての場合は 14.7%と推定できた。以後
の計算には慎重な検討を要すが、これを昭和 62 年の入院患者数 144 万人 13)に単に剰ず
ると 21 万 1 千人となる。このことは入院患者のうちの約 21 万人はアルコール飲料との
何らかの関連があるものと推定できる。これを単純に外来患者にまで拡張することはで
きないが、仮に外来患者にまで拡張して考えるとすると、昭和 62 年の段階で、患者総数
807 万人 13)のうちの 14.7%、すなわち約 119 万人が飲酒による過剰な患者数となる。ま
た、これらの大部分は潜在するアルコール関連問題者のうちの医療の現場に患者として
表れている部分でもあるといえる。
参考文献
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