A8.10 〔参考訳〕 肥満の法則 実験用ラットの運命は決してうらやましいものではない。これから私が語ろうとする話も例外ではない。それでも、 私たちは科学者たちと同じように、このラットの実験から学ぶことができる。 1970 年代初頭、the University of Massachusetts の若き科学者 George Wade は、卵巣を(もちろん雌の)ラットから 除去した後、その後の体重と行動を観察することにより、性ホルモン、体重と食欲との関係性を調べ始めた。手術の影 響は十分に劇的なものであった。すなわち、手術を受けたラットはむさぼり食べるようになり、すぐに肥満になってし まった。これ以上分からなかったなら、この結果から私たちはラットの卵巣を除去することにより大食家になったと考 えるかもしれない。ラットは過食になり、過剰なカロリーは脂肪組織に向かい、そしてラットは肥満になるのである。 このことは、ヒトでも同じように、過食が肥満の原因であるという先入観を確認することができただろう。 だが Wade は続けて意義深い実験を行った。ラットから卵巣を切除し、そのラットを術後に厳しい食餌環境に置いた のだ。たとえラットが術後、厳しい空腹にあったとしても、必死になって食餌を求めたとしても、その衝動を満たすこ とができなかった。実験科学の専門用語では、この 2 回目の実験は過食に関する「対照」であった。ラットは手術後、 手術を一度も受けていなかったとしたら食べていたであろう食べ物と同じ量しか与えられなかった。 そこで起こったことは、おそらくあなたが考えてもみなかったであろうことである。そのラットは同じように即座に 太ったのだった。しかし、ラットは今回、全く動かなかった。食事の際に動く必要があるときだけしか動かなかった。 もし私たちはこの 2 回目の実験のことしか知らなかったなら、これによりまた、私たちの先入観を確認することがで きただろう。ここで、ラットの卵巣を切除することによってラットが怠惰になったと仮定しよう。この場合、消費する エネルギーはあまりにも少なく、このことが太った理由である。この解釈の場合、肥満を決定する要素として摂取カロ リーに対する消費カロリーの優位性に関する考えを確認するものである。 しかし、双方の実験に注意しなければならない。その結論は大きく異なっている。ラットから卵巣を除去することで、 文字通り、その脂肪組織が血流からカロリーを吸収し、脂肪を増やすことが可能になる。このラットが脂肪として蓄え られているカロリーを穴埋めするために、(最初の実験のように)もっと多くのものを食べることができるならば、そう するであろう。もし(第 2 の実験のように)そうでなければ、費やすエネルギーを少なくする。この場合、費やすことの できるカロリーが少ないからだ。 これのことに関しての Wade の私への説明の仕方は、ラットが太らないのは過食だからであり、過食なのは太りつつ あるからだ、というものである。原因と結果が逆転しているのだ。大食かつものぐさであることは、いずれも太る原因 に影響する。これらは基本的に動物の脂肪組織の制御が欠陥を抱えることで生じる。卵巣の除去により、ラットは文字 通り備蓄用の体脂肪になったのである。つまり、ラットはそれを穴埋めするために、過食もしくはエネルギー消費を一 層減らし、あるいはその双方を行ったのだ。 このようなことが起こった理由を説明するために、私はしばらくの間、専門的な話をしようと思う。結局、ラットの 卵巣を除去することは、エストロゲンを取り除く機能を果たしている。これは雌の性ホルモンで、通常、卵巣から分泌 されるものだ。(エストロゲンを術後のラットに注射して戻すと、大食になることも怠惰になることも、そして肥満にな ることもなかった。ラットは通常と全く同じように行動した。)そして、エストロゲンがラット(およびヒト)で果たして いることの一つに、リポタンパク質リパーゼ(略して LPL)と呼ばれる酵素に影響を与えることがある。次に LPL がやっ ているのは、極めて単純に言うと、この LPL をたまたま「発現している」細胞であればどんな細胞の中にも、脂肪を 血流から取り込むことである。LPL が脂肪細胞で発現していると、LPL は循環系から脂肪を脂肪細胞へと引き込む。 脂肪細胞を持つラット(あるいはヒト)は少しずつ太っていく。もし LPL が筋細胞で発現していると、LPL は筋細胞に脂 肪を引き込み、筋細胞はそれを燃料として消費する。 エストロゲンは時々脂肪細胞の LPL の活性を抑制あるいは「阻害」する。エストロゲンが周囲にあるほど、血流か ら脂肪を引き込む LPL は少なくなるだろうし、これらの細胞が蓄える脂肪も少なくなるだろう。(卵巣を除去すること で)エストロゲンを除いてみよう。すると、脂肪細胞は LPL により活発になる。そして LPL はいつもやっていることを する。つまり、細胞に脂肪を取り込む。しかしここで、通常よりもはるかに太ってしまう。これは脂肪細胞がその役割 を果たす LPL をはるかに多く持つからだ。 今度はその体を働かせるために別のところで必要とされている脂肪細胞の中へカロリーを失っているために、ラット は貪欲に食べようとする。その脂肪細胞が取り込んで隔離するカロリーが多くなるほど、それを穴埋めするためにラッ トは一層食べなければならない。脂肪細胞は実質的にカロリーを独占してしまい、他の細胞に行き渡るほどに十分なカ ロリーがない。ここで、以前であればラットを満足させていたであろう食餌では、もはやラットが満足しない。そして、 ラットはますます太ってしまう(一層重くなる)ため、必要なカロリーが更に増してしまう。そしてラットはがつがつ食 べるようになり、この新たに見出した空腹感を満たすことができなければ、消費するエネルギーを少なくすることで手 を打たなければならない。 このラットが太っていくことを止める(更なる手術以外の)唯一の方法-ダイエットは効果がなく、運動させようとし ても無駄になるだろうということに自信がある-は、エストロゲンを戻すことである。エストロゲンを戻すと、再び痩 せて、食欲やエネルギーの状態が通常に戻る。 ラットから卵巣を除去することは、文字通り脂肪細胞を太らせる。そしてこれは、おそらく、卵巣を除去した、ある いは閉経後に太ってしまう多くの女性に起こることであろう。そういった女性はエストロゲンの分泌がすくなく、脂肪 細胞が多くの LPL を発現しているのだ。 〔解答例〕 問 1. ラットが猛烈に食べるようになり、急速に太った。 問 2. ラットは手術後、手術を一度も受けていなかったとしたら食べていたであろう食べ物と同じ量しか与えられなかった。 問 3. 過食が原因でネズミが太るのではなく、太りつつあることが原因で過食をしているということ。 問 4. LPL の作用で、脂肪細胞に大量の脂肪が蓄積されること。 問 5. 現在では、以前であればラットを満足させていたであろう食餌では、もはやラットが満足しない。 問 6. ラットの体内にエストロゲン(卵胞ホルモン)を戻してやること。 問 7. 卵巣が除去されたことで、脂肪細胞が太ること。
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