腹痛を繰り返す中年男性

腹痛を繰り返す中年男性
■症例
40 歳、男性
■主訴
上腹部痛、背部痛
■現病歴
36歳ごろより、それまでに自覚することが殆どなかった上腹部痛または背部痛が時々出現するようになり、
またその頃から、健康診断で高脂血症を指摘されていたが、放置していた。38 歳ごろ、近医内科を受診し、著
しい高トリグリセリド(TG)血症を指摘され、食事・運動などの生活療法とフィブラート系薬物などによる治
療が開始された。血清 TG は 500 ∼ 2,500 mg/dL の範囲を推移しており、1,000 mg/dL 以上の高値を呈すること
が少なくなかった。最近の健康診断では、高 TG 血症の他に肝機能異常および高血圧が指摘されたが(ARB に
よる薬物治療中)、胃バリウム検査も含め他の異常所見は認められていない。成人期から認められた高TG血症
と繰り返す腹痛の精査加療のため、近医より紹介入院となった。
■生活習慣および家族歴
飲酒習慣はなく、機会飲酒が月 1 回程度。喫煙歴なし。家族歴に特記すべきことなし。
■入院時現症
身長 177 cm、体重 73 kg、BMI 25.3、ウェスト周囲径 82 cm、意識清明、体温 37℃、血圧 137/ 92 mmHg(病
的な左右差を認めない)、脈拍 72/ 分で整。皮膚黄色腫はなく、甲状腺の腫大を認めない。眼瞼結膜貧血なく、
眼球結膜黄染なし。頸部血管雑音なく、心音・呼吸音正常、四肢末梢の動脈触知良好。腹部は平坦で軟だが、
上腹部の圧痛を認める。グル音の亢進はなく、腹部血管雑音は聴取しない。神経学的所見は正常。
■入院時検査所見
生化学関連データ:TC 312, TG 1582, LDL-C 54, HDL-C 28, RLP-C 59.5, UA 6.5, CRP 0.3, 血糖 105 mg/dL,
HbA1c 4.9%, GOT 30, GPT 46, γ GTP 148, S-Amy 66, U-Amy 1260 IU/L, Na 141, K 4.1, Cl 102 mmol/L, Ca 9.1 mg/dL;
血算データ:Hb 16.3 g/dL, WBC 7,200/µL, Plt 18.9 × 104/µL。肝炎ウィルス HBV(−)、HCV(−)。
問題1)本症例における繰り返す腹痛と高 TG 血症の原因は?
問題2)本症例において、再発予防のための方策は?
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解答および解説 1) 著しい高 TG 血症とそれに伴う腹痛症から膵炎が考えられるが、CRP, WBC, 尿アミラーゼ , 血清 Ca
などの検査所見や身体所見から軽症膵炎と評価される。実際、入院後の画像診断では腹部 CT および
腹部超音波検査にて重症な膵炎は認められず、僅かな膵の腫大のみで腹水や胆石などの所見はみられ
ない。
また、入院後の検査において、アポ蛋白の A-1 は 112, A-2 は 28, B は 134, C-2 は 0.5, C-3 は 36, E は
24 mg/dL であり、ヘパリン負荷前のリポ蛋白リパーゼ(LPL)は 34, 負荷後の LPL は 486 µg/L であっ
たことから、LPL 蛋白には異常はなく、アポ蛋白 C-2 の異常に基づく LPL 活性低下による高 TG 血症
と診断された。アポ蛋白 C-II 遺伝子異常は LPL 遺伝子異常と比べ、頻度が少なく、発症年齢が遅い。
アポ蛋白 C-II が欠損しているため、LPL 活性が低下しており、TG の代謝が著しく遅延し、家族性高カ
イロミクロン症候群として LPL 欠損症と同様な症状がみられるが、軽症例が多いとされる。発疹性黄
色腫、肝脾腫、網膜脂血症の他に、本症例に示すように反復する膵炎を呈する 1,000 mg/dL 以上の高
TG 血症が特徴的であるが、動脈硬化性疾患との関連性は指摘されていない。
解答および解説 2) 先ずは膵炎の予防として、高カイロミクロン血症の改善を図ることが第一である。摂取脂肪量を 1
日 15 g 以下にして摂取カロリー制限を行うことが血清 TG の著しい増加を抑え、急性膵炎発症の予防
となる。中鎖脂肪酸(炭素数 6 − 10 個)は通常の食事脂肪酸(炭素数 12 個以上)と異なり、小腸に
おけるカイロミクロン生成に関与せず、直接に門脈系を介して肝臓に取り込まれることから、中鎖脂
肪酸は高カイロミクロン症の治療あるいは予防に有効である。また同じ食事脂肪でも n-3 系脂肪酸は
血清 TG 低下作用があり、食事療法とともに薬物治療として利用される。さらには薬物治療としては
フィブラート系薬物が高 TG 血症に有効であるが、本症例でも上限用量を投与しているが、効果には
限界がある。
最近、ジアシルグリセロール(DAG)の血清脂質低減効果や脂肪酸燃焼亢進作用など代謝異常改善
作用が注目されていることから、本患者に 10 g の DAG の脂肪負荷試験を行ったところ、DAG 負荷で
はトリアシルグリセロール(TAG)負荷と比べて VLDL およびレムナントの増加が十分に抑制される
ことが確認された。退院後、食事療法の徹底と料理用油脂の調整などから、血清 TG は 500 mg/dL 以
下で推移している。
吉田 博(東京慈恵会医科大学 臨床検査医学 助教授/附属柏病院 中央検査部 部長)
柳内 秀勝(東京慈恵会医科大学 内科学 助手/附属柏病院 総合診療部 医員)
多田 紀夫(東京慈恵会医科大学 内科学 教授/附属柏病院 総合診療部 部長)
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