拝啓 編集長様 日刊産経新聞の 2015 年 2 月 11 日版に、日本が高齢者の介護の人手不足に対処 するための移民政策をどのように促進すべきであるかに関して曽野 綾子さんが 書かれたコラムに関し、この記事をショッキングなものととらえた南アフリカの 支持者や市民から私の方へ問い合わせをいただきました。 アパルトヘイト法を模倣することに関しては、強い警告を差し上げたいと存じま す。さらに、いかなる国家もアパルトヘイトを政策上の検討事項として賛美する ことがないように、アパルトヘイトを正しい文脈の中でとらえることが重要です。 コラムの著者は、20~30 年前の南アフリカが人種に基づく住宅隔離政策を施行 したことを回想し、記事の中で、他のアジア諸国からの介護労働者の労働関連移 民について、日本も同様の政策を実施することを推奨しています。また、白人、 黒人、アジア人が別々に生活するという考えを支持するともコラムで述べていま す。要するに、これはアパルトヘイトを容認し、賛美しています。これは極めて 忌まわしい提案です。このような法律の下で生活していた国である南アフリカの 国民として、私はこのような提案をまかり通らせるわけにはまいりません。 改めて申し上げたいと存じますが、アパルトヘイトは、南アフリカで 1948~ 1991 年に制度化されていたものです。人種法は生活のあらゆる側面に及んでい ました。すべての南アフリカ人が、白人、黒人(アフリカ人)又は(混血の)有 色人、そしてアジア人という 3 区分のいずれか 1 つに人種的に分類されていま した。これらの区分への分類は、個人の皮膚色、外見、社会的受容、血統に基づ いていました。黒人が人種法に従わない場合は、厳しく対処されました。すべて の黒人は、指紋、写真、黒人立入禁止地域への立入に関する情報が記載された手 帳の携行を義務づけられていました。これらの法律は、アパルトヘイト政権に黒 人を恣意的に拷問・拘留する自由裁量を与え、政権は黒人が白人に比べてわずか な賃金を稼ぐためにこの上なく屈辱的な条件で労働することを強制しました。多 くの農場では、ビン入りの酒でしか賃金を払ってもらえない労働者もいました。 アパルトヘイトは、最高の公共施設、仕事、住宅、医療、教育を、白人専用に隔 離し確保していました。黒人は公共の場や自宅で停止させられ、捜索を受け、裁 判なしでひどい拷問を受け、拘留されました。黒人は都市近郊の、しばしば不毛 の部族のホームランドやタウンシップに居住させられ、それらは汚染された工業 地域であったことも少なくなかったのに対し、白人は最高級の市内に住所を与え られました。黒人はビーチや公衆トイレも別のものを使用しなければなりません でした。白人(しばしば欧州人と呼ばれていました)専用の施設は看板によって 区別されていました。 まさか、その尊敬を集めているコラムニスト兼作家が、このように危険な古い法 律を、日本への介護移民に対して提案しているわけではありませんよね。尊敬さ れている国連加盟国であり、2016 年の国連安全保障理事会の非常任理事国に立 候補している日本が、なぜ、このような法律を、検討さえするわけがあるでしょ うか。 コラムの著者は、1966 年に国連総会で人道に対する罪と宣言され、烙印を押さ れたアパルトヘイト(1966 年 12 月 16 日付決議 2202 A (XXI))を日本が利用し て、人種に基づき他の人間を差別することを提案しているのでしょうか。1984 年には、国連安全保障理事会もこの決定を承認しました(1984 年 10 月 23 日付 決議 556 1994)。アパルトヘイト条約は、南アフリカ以外の状況にも適用され る趣旨であり、このことは、アパルトヘイト廃止の前後を問わず採択された文書 において、より広い状況で同条約が是認されていることにより裏付けられていま す。 アパルトヘイトは人道に対する罪です。21 世紀においては、世界中のいかなる 場所でも、皮膚色又はその他の分類に基づいて、他の人間を意図的に差別するこ とは、絶対に正当化することができません。 ネルソン・マンデラ大統領は、「生まれながらに、皮膚色や背景、宗教を理由に 他人を憎む人はいない。人々は憎むことを学習しなければならないのであり、憎 むことを学習できるのならば、愛することを教えられることもできる。なぜなら、 愛はその反対のことよりも自然に人間の心に届くものだからである。」と言って いました。 敬具 モハウ・ペコ 駐日特命全権大使 南アフリカ共和国大使館
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