母体血中の胎児DNA検査

07i 母体血中の胎児 DNA
母体血中の胎児 DNA 検査
1.非侵襲的出生前検査法(
非侵襲的出生前検査法 (non-invasive prenatal
率が低いなどの利点がありますが 、検出できるのは
testing; NIPT)
NIPT)
トリソミー 13、
13、 18、
18、 21 に限られています。染色体
国立生育医療センターをはじめとする複数の施
異常の 1/4 を占めるその他のトリソミー、
を占めるその他のトリソミー 、均衡型転
設(NIPT
設(NIPT コンソーシアム)が、アメリカ Sequenom
座、微細欠失、
微細欠失、胎児の染色体モザイク、
胎児の染色体モザイク 、胎盤性モザ
社の超並列的シークエンス法( massively parallel
イク、胎児の遺伝性疾患などは検出できません 。検
shotgun sequencing)を用いて
sequencing)を用いて 1,000 人のハイリス
査陽性でもトリソミーでないことがあるので 、羊水
ク妊婦の血液でトリソミー 13、
13、 18、
18、21 を検出する
または絨毛の染色体検査をして確かめる必要があ
と 2012 年 8 月に発表して、注目を引きました。妊
ります。結果が判定保留(not
ります。結果が判定保留( not reportable)のとき
reportable)のとき
娠 10 週以降の妊婦の血液を採って検査し、 10 日ほ
は母体血漿中の胎児由来
は母体血漿中の胎児由 来 DNA
DNA の濃度が低いことが多
どで結果が出ます。
どで結果が出ます 。料金は 20 万円前後の予定です。
万円前後の予定です 。
く、再検査によって結果を得られることが多いとさ
その後、11
その後、 11 月 13 日の公開シンポジウムを経て 、
れています。
れています。妊娠週数が多くなるほど、
妊娠週数が多くなるほど 、胎児 DNA の
2013
2013 年 3 月 9 日に日本産科婦人科学会が検査の指針
濃度は増えます。
を発表したので、
を発表したので 、近く臨床研究として実施されます。
Sequenom 社が世界の 27 施設の協力を得てハイリ
指針の時点で、
指針の時点で、18 施設が開始の準備中だとのことで
スク妊婦を検査した結果では、トリソミー 21 の検
す。
出率は
出率は 99.1%、
99.1%、偽陽性率は
偽陽性率は 0.1%です
0.1%です(
です(Palomaki et al.,
2012)
2012)。ハイリスク妊婦は従来なら羊水検査・絨毛
2.検査の原理
検査の対象になったグループですが 、NIPT の導入に
母体血漿中の胎盤の syncytiotrophoblast(胎盤
syncytiotrophoblast(胎盤
よって羊水(絨毛)検査が減ると予想されます 。羊
絨毛合胞体層)
絨毛合胞体層 )由来の遊離 DNA 断片は、
断片は、母体由来断
水検査の 0.3%、絨毛検査の
0.3%、絨毛検査の 1%は流産の可能性が
片を含む全遊離 DNA 断片の 10%を占めます。両者を
10%を占めます。両者を
あるので、
あるので、羊水(
羊水(絨毛)
絨毛)検査によって起こる流産を
網羅的にシークエンスして各染色体に由来する DNA
DNA
防ぐ効果も期待されます。
断片の量の差異を比較し、
断片の量の差異を比較し 、胎児染色体の数的異常の
診断に結びつけます。各断片の最初の 36 塩基をシ
3.日本産科婦人科学会の指針
ークエンスします。
日本産科婦人科学会が 2013 年 3 月 9 日に発表し
妊婦の採血に特別なトレイニングを必要とせず 、
た指針に従って述べます。
10 週以降なら何時でも検査でき、
週以降なら何時でも検査でき 、偽陽性率・
偽陽性率・偽陰性
表1.検査施設
1)出生前診断について充分な知識と豊富な臨床経験を持つ産婦人科専門医と小児科専門医
(どちらかが臨床遺伝専門医)が常勤 .
2)遺伝カウンセラー(または遺伝看護専門職)が在籍していることが望ましい .
3)遺伝の専門外来を設置し、診療している .
4)遺伝カウンセリングに充分な時間を割ける .
5)検査後の妊娠経過の観察を自施設で続けることができる .
6)羊水(絨毛)検査をできる.
6)羊水(絨毛)検査をできる .
7)羊水(絨毛)検査後も妊婦の判断を支援し、カウンセリングを続ける .
8)出生後の医療やケアができる.
8)出生後の医療やケアができる .
1
07i 母体血中の胎児 DNA
表2.検査の対象となる妊婦
1)超音波検査で胎児が染色体数異常を持つ可能性が示唆された者 .
2)母体血清マーカー検査で胎児が染色体数異常を持つ可能性が示唆された者 .
3)染色体数的異常を持つ児を妊娠した既往のある者 .
4)高齢妊娠.
4)高齢妊娠 .
5)親のどちらかが Robertson 型転座を持ち、胎児が 21 または 13 トリソミーになる
可能性のある者.
可能性のある者 .
1)検査施設(表1)
分 析 し 、 感 度 ( sensitivity ) 98.6% 、 特 異 度
遺伝専門医が居て遺伝専門外来を開設し 、カウン
(specificity)
specificity)99.8%と報告しました。ところが
99.8%と報告しました。ところが、
と報告しました。ところが 、
セリングに充分な時間を割くことができ 、検査後の
同じグループが 2012 年に 13 トリソミー、
トリソミー、18 トリソ
妊娠経過を追い、羊水(絨毛)染色体検査ができ 、
ミーの NIPT 分析の結果を報告した論文で、2011
分析の結果を報告した論文で、 2011 年
出生後のケアができるなど様々な条件を設定し 、実
の論文のトリソミー
の論文のトリソミ ー 21 のデータを
のデータを GC の含有量に応
施施設の委員会による認定登録 、定期的な評価を提
じて調整し、繰り返し配列を隠すなどして、感度
案しています。
99.1%、
99.1%、特異度 99.9%と発表したので
99.9%と発表したので、
と発表したので 、混乱が生じま
2)検査の対象となる妊婦(表2)
した。ネット上では 2 種類の数字が入り交じって、
種類の数字が入り交じって 、
表2に、
表2に、検査の対象になるハイリスク妊婦の 5 種
訳の分からない状態です。
訳の分からない状態です 。Palomaki et al., 2012 の
類を挙げてあります。
類を挙げてあります 。1)超音波検査、
超音波検査、2)血清マ
値を採用すべきだと考えます。
ーカー検査、
ーカー検査、4)高齢妊娠、
高齢妊娠、などは具体的な選択の
表3.二つの論文でのトリソミー 21 の分析
条件を挙げず、
条件を挙げず 、「本検査を行う客観的な理由を有す
る妊婦に限る」
る妊婦に限る」としています。
としています。1)わが国ではイギ
感度 特異度 陽性的 陰性的
リス胎児医学財団(FMF
リス胎児医学財団( FMF)の超音波検査資格取得者
FMF)の超音波検査資格取得者
(%)
(%)
中率(%)
中率(%) 中率(%)
中率(%)
は 60 人に過ぎません。
人に過ぎません 。2)妊娠 11~
11~13 週の母体血
2011 年の論文 98.6 99.8
98.6
99.8
清の PAPP-A、
PAPP-A、free β-hCG を測定して、トリソミー
を測定して、トリソミ ー
2012 年の論文 99.1 99.9
99.5
99.9
21 妊娠の 65%を捕捉できます。
65%を捕捉できます。[07b
を捕捉できます。 [07b 羊水分析の理
表4.
表4. Palomaki et al., 2012 に従って計算
由と染色体異常]
由と染色体異常 ] を参照。
を参照。しかし、
しかし、我が国でこの血
清マーカーテストをしているのは 、ごく限られた施
トリソ
非トリソ
設に過ぎません。
設に過ぎません 。結局、
結局、従来なら羊水(
従来なら羊水 (絨毛)
絨毛)検査
ミー 21
ミー 21
の対象になった妊婦を対象にするのが現実的だと
検査陽性 210
思われます。
検査陰性
計
3)カウンセリング
計
1
211
2
1687
1689
212
1688
1900
検査をする前に妊婦とその配偶者に文書を渡し
て充分に説明し、
て充分に説明し 、検査を受けることについて文書に
感度 =210/212 =0.9905(
=0.9905(99.1%)
99.1%)
よる同意を得ます(pretest
よる同意を得ます( pretest counseling)
counseling)。検査の
特異度=1687/1688=0.999
特異度=1687/1688=0.999(
1687/1688=0.999(99.9%)
99.9%)
結果が出た後に、また説明( posttest counseling)
counseling)
陽性的中率=210/211=0.995
陽性的中率= 210/211=0.995(
210/211=0.995(99.5%)
99.5%)
します。
します。わが国で組織的に出生前診断のカウンセリ
陰性的中率=1687/1689=0.999
陰性的中率= 1687/1689=0.999(
1687/1689=0.999(99.9%)
99.9%)
ングを導入する試金石になるものと 、期待されます。
5.罹患率(表5)
4.ハイリスク妊婦の感度と特異度(表3)
Palomaki et al., 2011 は Sequenom 社のハイリ
スク妊婦の
スク妊婦の NIPT
NIPT によるトリソミー
によるトリソミ ー 21 検査の結果を
表5.罹患率と陽性的中率、陰性的中率
2
07i 母体血中の胎児 DNA
罹患率 陽性的
陰性的
集団
6.その他
中率(%)
中率(%) 中率(%)
中率(%)
Sequenom 社のほかにアメリカの Verinata Health
Health
1/10
99.5
99.9
ハイリスク妊婦
社、AriosaDiagnostics
社、AriosaDiagnostics 社も受託を開始したとのこ
1/50
95.3
99.98
羊水検査の対象
とです。
とです。これとは別に、
これとは別に、中国の BIG グループの日本
1/333
75
99.997
母年齢 35 歳相当
支社(BIG
支社(BIG Japan)はトリソミー
Japan)はトリソミー 21 だけを対象に、
だけを対象に 、
1/900
49.8
99.9999 母年齢 30 歳相当
4 万円で NIPT を受け付けると発表しました。
検査の結果が陽性と出た人のうち実際に病気に
文献
罹 っ て い る 人 の 割 合 を 陽 性 的 中 率 ( positive
出生前診断-母体血を用いた出生前遺伝学的検査
predictive value; PPV)と言い、陰性と出た人の
PPV)と言い、陰性と出た人の
を考える:日本産科婦人科学会・公開シンポジ
うち実際に病気に罹っていない人の割合を陰性的
ウム.
ウム. 2012 年 11 月 13 日.
中率(negative
中率( negative predictive vlue; NPV)と言いま
NPV )と言いま
母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関す
す。
る指針:
る指針:日本産科婦人科学会.
日本産科婦人科学会 . 2013 年 3 月 9 日.
表5の罹患率
表5の罹患率 1/10
1/10 の集団は
の集団は Sequenom
Sequenom 社が対象に
Palomaki GE, Kloza EM, Lambert-Messerlian GE, et
したハイリスク妊婦ですが、陽性的中率は 99.5%で
99.5%で
al.: DNA sequencing of maternal plasma to
す。同じ方法で検査しても、
同じ方法で検査しても 、罹患率の低い集団では
detect
陽性的中率が低くなります。罹患率 1/50 の羊水検
clinical
査の対象集団では 95.3%、
95.3%、1/330 の 35 歳の妊婦では
歳の妊婦では
13:913−
13:913−920, 2011.
Down
syndrome:
validation
An
study.
international
Genet
Med
Palomaki GE, Deciu C, Kloza EM, et al.: DNA
75%です
75%です。
です。検査陽性の 35 歳妊婦 4 人のうち 3 人がト
リソミー 21 で、残りの 1 人はそうでないことにな
sequencing
of
maternal
plasma
reliably
ります。罹患率 1/900 の 30 歳妊婦では、検査陽性
identifies trisomy 18 and trisomy 13 as Down
の 2 人のうち 1 人がトリソミー 21 で、1 人は違いま
syndrome: An international collaborative
す。
study. Genet Med 14:296−
14:296−305, 2012.
Sasaki A, Sawai H, Masuzaki H, Hirahara F, Sago
陰性的中率は 100%に近いので
100%に近いので、
に近いので、検査で陰性になっ
H:
たら羊水(絨毛)検査は必要ありません。
Low
prevalence
of
genetic
prenatal
diagnosis in Japan. Prenat Diagn 31:1007−
31:1007−1009,
低リスク妊婦の検討は進行中で、
低リスク妊婦の検討は進行中で 、その結果はまだ
2011.
発表されていません。
発表されていません 。罹患率も陽性的中率も低い群
に、3
に、3 種類のトリソミーしか検出できない高価な検
梶井 [2013 年 3 月 31 日]
査をすべきか否かは、大いに疑問です。
3