2014年度日本認知科学会第31回大会 P2-47 相互信頼感形成の共関心擦り合わせモデル A Concern Alignment Model for Interactive Trust Management 片桐恭弘 1) , 石崎雅人 2) , 伝康晴 3) , 高梨克也 4) , 榎本美香 5) , 岡田将吾 6) Yasuhiro Katagiri, Masato Ishizaki, Yasuharu Den, Katsuya Takanashi, Mika Enomoto, Shogo Okada 1) 公 立 は こ だ て 未 来 大 学, 2) 東 京 大 学, 3) 千 葉 大 学, 4) 京 都 大 学, 5) 東 京 工 科 大 学, 6) 東 京 工 業 大 学 Future University Hakodate, The University of Tokyo, Chiba University, Kyoto University, Tokyo University of Technology, Tokyo Institute of Technology [email protected] 1. はじめに 対話はわれわれの日常生活で他者と合意を形成 して協調的行動を実現するために中心的役割を果 た す. 合 意 は あ る グ ル ー プ の 人々が 将 来 の あ る 時 点である共同行為を遂行するという選択に対する 共 有 さ れ た コ ミット メ ン ト で あ る [1]. 共 同 行 為 の 成功はそれぞれのメンバーが割り当てられた行為 を 適 切 に 遂 行 す る こ と に か かって い る の で, 合 意 形 成には必然的にグループメンバー間での信頼がか か わって い る. そ の た め に 対 話 イ ン タ ラ ク ション で は , 情 報 共 有 と 合 意 形 成 に 加 え て, 会 話 参 加 者 間 の 信 頼 感 構 築 お よ び 維 持 が 起 こって い る. 本 稿 で は, 複 数 エ ー ジェン ト に よ る 協 調 行 動 を 支 え る 信 頼 に つ い て 考 察 を 加 え た 後, 会 話 に よ る 合 意 形 成 を 通 じた相互信頼感構築プロセスを記述する関心擦り 合 わ せ (concern alignment) 概 念 [2, 3] を 紹 介 す る. 関 心擦り合わせ概念に基づく特定健診保健指導対話 の 分 析 に 基 づ い て, 関 心 擦 り 合 わ せ 過 程 の 計 算 モ デ ル 化 の 可 能 性 に つ い て 議 論 す る. 2. 信頼の対象となる他者が問題とする 行為を遂行する能力を有していると いうことに関する期待・想定. 医者が 有能である, 人工物が壊れずに仕様通 りに動作する等に関する信頼が含ま れ る. (2) 誠 実 性 に 対 す る 信 頼 信頼の対象となる他者が問題となる 行為を遂行する能力を備えているこ とは前提として, 実際にその行為を遂 行することに関する期待・想定. 相手 が 約 束 を 守 る か, 嘘 を つ か な い か , 自 分を裏切らないか等のレベルでの信 頼 が 相 当 す る. (3) 投 資 と し て の 信 頼 ある程度の失敗は覚悟の上で, 長期的 に 協 調 行 動 を とって い く と い う 方 針 をお互いに持っている, あるいは作り 出 せ る と い う 期 待・想 定. 協調行為を支える信頼 人 が 他 者 に 対 し て 抱 く 信 頼 に つ い て, 山 岸 [4] は, 囚人のジレンマゲームでは裏切り行為を選択する ことが合理的であるはずなのに, 人間同士では協力 を選 択する ことが多いという実験結果に基づいて, 信頼を他者と協力的な協調行動を産み出すための 社 会 心 理 メ カ ニ ズ ム と し て 位 置 づ け, そ の タ イ プ 分 類 を 提 示 し て い る. 信頼を人間に備わる一種の心理的メカニズムと 想定すると, 信頼を「確とした根拠無しに他者が一 定 の 行 為 を 行 う と 想 定 し, そ の 想 定 を 前 提 と し て 自己の行為を選択することを支える心的メカニズ ム 」の よ う に 規 定 す る こ と が で き る. 信 頼 は, そ の 対 象 あ る い は 段 階 に 従って 次 の よ う に 分 類 で き る. (1) 能 力 に 対 す る 信 頼 本 稿 で 取 り 上 げ る の は こ れ ら の 中 で, (2) 誠 実 性 に 対 す る 信 頼 で あ る. 「 信 頼 」の メ カ ニ ズ ム は 任 意 の 他 者 に 対 し て 無 条 件 に 起 動 さ れ る わ け で は な い. ま ず は じ め に, 相 手 が 信 頼 で き る か ど う か の 判 断 が 必 要 で あ る. そ の た め に, 相 手 の 外 見 か ら 得 ら れ る 情 報 , 対 話 を は じめとする各種の相互作用を通じて得られる情報, 第三者から得られる間接的な評判情報など多様な 情 報 が 収 集 さ れ 利 用 さ れ て い る. さ ら に, 対 話 の よ う な 他 者 と の 相 互 作 用 は, 相 手 か ら 自 分 に 対 す る 信頼を勝ち取るためのデバイスとしても機能して いる. 情報の交換によって協調的行動を意図するの に 必 要 な 信 頼 を 獲 得 し た 後 に は, 合 意 し た 行 動 を 実 際 に 選 択 し て 遂 行 す る こ と を 通 じ て, 長 期 的 な 相 互 信 頼 感 が 維 持 さ れ る. 1 634 2014年度日本認知科学会第31回大会 P2-47 信頼を他者の行動選択に関する期待ととらえる と, そ れ は 一 義 的 に は 他 者 行 動 の 予 測 可 能 性 に 帰 着 さ れ る. エ ー ジェン ト の 行 動 選 択 を, 各 エ ー ジェ ン ト が 自 分 の 持 つ ユ ー ティリ ティ構 造 に 基 づ い て, ユーティリティを最大化する行為を選択する過程と とら え れ ば, イ ン タ ラ ク ションを 通 じ て 行 動 の 予 測 可 能 性 を 高 め る た め に と ら れ る 行 動 と し て は, 段 階 的 に 以 下 の よ う な も の が 想 定 で き る だ ろ う. 相手の行動選択の予測可能性要素 (s-1) 相 手 の 価 値 構 造 を 知って い れ ば 相 手 の 行 動 選 択の予測可能性が高まる (s-2) 自分の価値構造を知っていてそれに沿った行動 をしてくれると予想できる (s-3) 自 分 の 価 値 構 造 を 推 測 し て く れ る 自分の行動選択の予測可能性を高める要素 (o-1) 相 手 に 自 分 の 価 値 構 造 を 伝 え て 自 分 の 行 動 選 図 1 対話を通じた信頼感構築における関心擦り合 択の予測可能性を高める わせ過程 (o-2) 相 手 の 価 値 構 造 を 知って そ れ に 沿った 行 動 を とる (o-3) 相 手 の 価 値 構 造 を 推 測 す る 信頼を産み出す情報源 (a) イ ン タ ラ ク ション に 入 る 前 に 得 ら れ る 外 部 的 3. 相互信頼感と対話: 関心擦り合わせ 情報に基づく直観的判断 対話インタラクションを通じて人々が信頼を構築 (b) 単 一 の イ ン タ ラ ク ション セッション の 中 で 獲 得 す る 典 型 的 設 定 と し て, 合 意 形 成 過 程 を 取 り 上 げ される信頼 る. 人々が 合 意 形 成 の た め に 対 話 を 行 う 時 に は, 情 (c) イ ン タ ラ ク ション の 繰 り 返 し の 蓄 積 と し て 形 報 共 有, (将 来 の 協 調 的 行 動 に 関 す る) 合 意 の 形 成 の 成される安定した信頼 ふ た つ に 加 え て, 相 互 信 頼 感 形 成 が 起 こって い る. 相 互 信 頼 感 が 形 成 さ れ る こ と に よって, 人々は, 確 と し た 根 拠 無 し に 他 者 が 一 定 の 行 為, す な わ ち 合 信頼を産み出す外部的情報 意 さ れ た 協 調 的 行 動 の う ち の 他 者 の 分 担 分, を 行 (a-1) 第 一 印 象 に 基 づ く 信 頼 う と 想 定 し, そ の 想 定 を 前 提 と し て 自 己 の 行 為 , す (a-2) 同 一 集 団 帰 属 認 識 に 基 づ く 信 頼 なわち合意された協調的行動のうちの自己の分担 (a-3) 評 判 に 基 づ く 信 頼 信頼判断にかかわる情報は多岐にわたるが, 対話 分, を 選 択 す る. そ の よ う な 選 択 の 結 果 と し て 協 調 を通じて交換される情報は上記の分類では (b) に含 的 行 動 が 実 現 す る. 協調的行動が実現するにいたる上記の過程の中 ま れ る. 信頼を産み出す情報をこのように分類すると, 最 心 と な る 合 意 形 成 を 通 じ た 相 互 信 頼 感 構 築 の 過 程 初 に 述 べ た 囚 人 の ジ レ ン マ ゲ ー ム 状 況 は, 相 手 に と し て, 関 心 擦 り 合 わ せ (concern alignment) を 想 関 す る 情 報 を 人 工 的 に 最 小 化 し た 上 で 行 動 判 断 を 定 す る. 求めるものである. その中でも特に, 上記 (a) のしか も極めて貧しい情報のみで信頼を判断する状況設 定となっている. 囚人のジレンマゲーム状況では通 常 の 状 況 で の 人 間 同 士 の イ ン タ ラ ク ション に あ る 相 互 作 用 を 通 じ た 相 手 の 情 報 は 得 ら れ な い. さ ら に, 繰 り 返 し 型 で な い 単 発 型 で あ れ ば, 行 為 選 択 の 歴 史 の 情 報 も 利 用 で き な い. こ の よ う に 囚 人 の ジ レンマゲーム状況は人間同士の信頼を考える設定 と し て は 十 分 に 適 切 と は 言 え な い だ ろ う. 3.1 合意形成・相互信頼感の機能要素 会話進行における合意形成と相互信頼感構築の 構 造 を と ら え る た め に, 会 話 内 で 談 話 イ ベ ン ト の 果 た す 機 能 要 素 と し て, 以 下 の 3 種 類 の 概 念 を 設 定 す る. 論 点 (issue) 会 話 コ ミュニ ケ ー ション の 中 で 合 意 を 形 成 す べ き 事 柄. 2 635 2014年度日本認知科学会第31回大会 P2-47 関心擦り合わせ - C-solicit - C-introduce - C-eval/positive - C-eval/negative - C-elaborate 提案交換 - P-solicit - P-introduce - P-accept - P-reject - P-elaborate : : : : : concern solicitation concern introduction subjective positive evaluation subjective negative evaluation concern elaboration : : : : : proposal proposal proposal proposal proposal solicitation introduction acceptance rejection elaboration 表 1 関心擦り合わせの対話行為 関 心 (concern) 論 点 に 関 し て 会 話 参 加 者 同 士 が 何 ら か の 合 意 を 形 成 す る に 当って, 会 話 参 加 者 が そ れ ぞ れ 有 し て い る 主 観 的 な 価 値 判 断 基 準. 提 案 (proposal) 合 意 の 候 補 と な る 提 案. 合 意 形 成 の 過 程 で は, 会 話 参 加 者 は 個々の 論 点 に 関 し て 自 他 の 関 心 を 考 慮 し な が ら, 合 意 の 候 補 と な る 提 案 を 提 示 し, 参 加 者 間 で 吟 味・交 渉 を 通 じ て 合 意 に 至 る. グループでランチに行くという例を考えよう. ラ ン チ の 場 所 を 決 め る と い う 目 標 が 論 点 (issue) と な る. あ る 者 は ラ ー メ ン, 和 食 な ど 食 事 の タ イ プ に こ だ わ り, 他 の 者 は 値 段 が い く ら く ら い か を 気 に す る. ま た 別 の 者 は 場 所 が 近 い こ と を 望 む か も し れ な い. こ れ ら が 参 加 者 の 関 心 (concern) で あ る. 関 心 の 情 報 を 交 換 し た 後 に, 具 体 的 な レ ス ト ラ ン の 名 前 が 挙 げ ら れ る. こ れ が 合 意 形 成 の た め の 提 案 (proposal) に 相 当 す る. 現実の合意形成では具体的合意形成の議論に入 る 以 前 に, そ も そ も 論 点 が 何 か と い う 事 自 体 に つ い て 合 意 を 形 成 す る 必 要 が あ る 場 合 も あ る. そ の 場 合 の よ う に, 論 点・関 心・提 案 を ひ と つ の 単 位 と して合意形成過程が多層の階層構造を作る可能性 も あ る. 3.2 関 心 擦 り 合 わ せ 過 程 で あ る. 次 に, 擦 り 合 わ せ た 関 心に基づいて各自は具体的提案を提示して合意内 容の交渉に入る. こらが第二ステップの提案交換で あ る. 関心擦り合わせでは以下の 3 種類のプロセスが生 起 す る. 関 心 導 入 論点に対して会話参加者は自分が重要と 考 え る 要 因 を 提 示 す る. 最 終 的 に 合 意 さ れ る べき提案に含まれる行為の備えるべき特徴, 性 質 の 形 を と る こ と が 多 い. 関 心 に 対 す る 評 価 反 応 関心が導入されると他の対 話参加者はそれに対する正あるいは負の評価 を 反 応 を 示 す. 評 価 反 応 は 言 語 的 表 明 だ け で な く , 非 言 語 的 に 表 現 さ れ る こ と も あ る. 漸 進 的 擦 り 合 わ せ 導入された関心が正に評価され て 関 心 の レ ベ ル で の 共 有 が 達 成 さ れ た な ら ば, 会 話 参 加 者 は 具 体 的 な 提 案 交 換 の ス テップ に 移 る こ と が で き る. 導 入 さ れ た 関 心 が 負 に 評 価 さ れ た 場 合 に は , 関 心 を 限 定 す る, 変 形 す る な ど の 修 正 を 加 え て 妥 協 点 を 探 る こ と に な る. これらの関心擦り合わせと提案交換の過程を記述 す る た め に 表 1 に 示 す よ う な 対 話 行 為 [5, 6] を 設 定 す る. 4. 関心擦り合わせの過程 論 点・関 心・提 案 の 概 念 を 想 定 す る と, 会 話 を 通 じ た 合 意 形 成 お よ び 相 互 信 頼 感 形 成 過 程 は, 概 念 的 に は 図 1 に 示 す よ う に, 関 心 擦 り 合 わ せ と 提 案 交 換 と の 二 つ の ス テップ に 分 け て と ら え る こ と が で き る [2, 3]. 最 初 に 論 点 が 定 ま る と ま ず 会 話 参 加 者 は各自は自分の関心の提示と他者の関心提示に対 す る 賛 同・不 賛 同 の 反 応 表 明 を 通 じ て, 会 話 参 加 者 それぞれの関心を把握する. これが第一ステップの 関心擦り合わせ過程構造分析 対話による関心擦り合わせ過程を通じた相互信 頼感 構築を現実の事例に基づいて確認する目的 で, 特 定 保 険 指 導 対 話 の 分 析 を 行って い る [7, 8]. 特 定 保健 指 導 で は, 健康 診 断 に よってメ タ ボ と 判 定 さ れ た人々が, 健 康 指 導 と し て 保 健 師 か ら 生 活 改 善 の ア ド バ イ ス を 受 け る. 数 人 の 受 講 者 を 対 象 と し た 講 義形式の講習と, 受講者ひとりずつを対象とした個 別 の 対 面 指 導 と か ら な る. 前 者 の 講 習 で は, 保 健 師 が受講者に対して肥満に関わる一般的な健康医学 3 636 2014年度日本認知科学会第31回大会 A-B: A-B: A-B: B-A: B-A: B-A: B-A: B-A: A-B: B-A: P2-47 C-introduce:(stop smoking) ⇒ C-introduce:(reduce smoking) ⇒ C-introduce:(use non-smoking pipe) ⇒ C-introduce:(cost money) ⇒ C-introduce:(choose tobacco rather than eating) ⇒ C-introduce:(consider when short on money) ⇒ C-introduce:(withdrawal syndrome) ⇒ C-introduce:(smoker communication) ⇒ ⇓ P-introduce:(consider stop smoking when prices go up) P-accept: (stop smoking when prices go up) C-eval/negative:(no intention) C-eval/negative:(already tried) C-eval/negative:(tongue tingling) C-eval/positive: (acknowledge) C-eval/negative:(not good) C-eval/positive: (good) C-eval/positive: (acknowledge) C-eval/positive: (acknowledge) 図 2 特 定 健 診 保 健 指 導 対 話 に お け る 関 心/提 案 の 系 列 構 造 分 析 の 一 例 的 情 報 を 具 体 的 に 紹 介 す る . そ の 後, 対 面 指 導 で 受 講者個別の事情に合わせたアドバイスが与えられ る. 具 体 的 に は, 受 講 者 の 健 康 診 断 結 果 に 基 づ い て 生活改善の具体的目標および計画を, 受講者と保健 師 と の 合 意 の 下 に 作 成 し , そ れ を 文 書 に ま と め る. さ ら に, 一 定 期 間 後 (2 週 間, 3ヶ月) に 電 話 確 認 あ る い は 面 接 を 設 定 し て, 文 書 に 記 し た 計 画 の 実 施 を 求 め る. 収録した保健士と保健指導受講者との対話に対 し て, 表 1 に 示 す 対 話 行 為 ラ ベ ル 付 与 に よ る 構 造 分 析 を 行って い る. そ の 結 果 の 一 例 を 図 2 に 示 す. こ の 対 話 で は, 保 健 士 と 保 険 指 導 受 講 者 と の 間 で 喫 煙 を 巡 る 対 話 が 展 開 さ れ て い る . 禁 煙 , 減 煙, 禁 煙 パ イ プ に 始 ま り, 喫 煙 所 コ ミュニ ケ ー ション に い た る ま で , さ ま ざ ま な 話 題 が 交 換 さ れ, 最 後 に 保 健 士 か ら 提 案 が 提 示 さ れ る. 丁 寧 な 関 心 擦 り 合 わ せ が あった た め に, 保 健 士 の 提 案 は 保 健 指 導 受 講 者 か ら す ぐ に 受 諾 さ れ て い る. 実 際, 受 講 者 は ほ と ん ど 重 な る よ う に 提 案 を 繰 り 返 し て 同 意 を 表 明 し た. 図 2 の 構 造 分 析 に お い て, 禁 煙, 減 煙, 禁 煙 パ イ プ に 始 ま り, 喫 煙 所 コ ミュニ ケ ー ション ま で 交 換 さ れ た 要 素 は, 保 健 士 お よ び 受 講 者 に よ る そ れ ぞ れ の 関 心 の 表 明 と 解 釈 さ れ る. そ れ ら の 関 心 提 示 の 直 後には相手からの正あるいは負の評価が続いてい る. 負 の 評 価 の 場 合 に は, た と え ば 禁 煙 を 減 煙 に 緩 和するなど関連する関心に修正するという関心擦 り 合 わ せ が 起 こって い る. このような過程を通じて関心の擦り合わせが起 こ り, そ の 後 に「 タ バ コ の 値 段 が 上 がった な ら ば 禁 煙 す る 」と い う 提 案 が 保 健 士 か ら 提 示 さ れ て 合 意 に至っている. この例では関心擦り合わせの部分と 提 案 交 換 の 部 分 と の 区 分 が 明 確 で あ る. 最終的に合意された提案は, 生活改善という観点 か ら す る と か な り 弱 い 内 容 で あ る. お そ ら く 関 心 擦 り 合 わ せ の 過 程 か ら, 保 健 士 は 強 い 提 案 で は 合 意 の 可 能 性 が 低 い と い う 感 触 を 得 て, こ の よ う に 弱 い 内 容 の 提 案 を 選 択 し た も の と 解 釈 で き る. そ の 結 果 と し て, 受 講 者 か ら の 同 意 は 容 易 に 引 き 出 す の に 成 功 し て い る . 関 心 擦 り 合 わ せ の 結 果, 合 意 し 易 い (さ ら に は 実 行 し 易 い) と 想 定 さ れ る 内 容 の 提 案 に 落 ち 着 く 事 が で き た と 言 え る だ ろ う. 図 2 に示す関心擦り合わせの対話構造分析に よっ て, 信 頼 感 構 築 の た め の 行 為 選 択 予 測 性 を 高 め る ために対話参加者がお互いに自分の価値構造の表 明と相手の価値構造の推定を積み重ねている過程 が 捉 え ら れ て い る. 5. 関心擦り合わせを通じた相互信頼感構 築のモデル化 関 心 擦 り 合 わ せ 過 程 は, multi-issue negotiation[9] と と ら え る こ と が で き る. 図 3 に 示 す よ う に , 対 話 インタラクションに参加するエージェントはそれぞ れ 自 分 の 価 値 構 造 と し て, さ ま ざ ま な issue に 対 す る重要度評定を持っている. レストラン選択の例で は, あ る エ ー ジェン ト は 料 理 タ イ プ を 重 要 と し て い るの に 対 し て, 別の エ ー ジェン ト は 値 段 を 重 要 視 し て い る. 両 者 が 対 話 の 過 程 を 通 じ て ま ず そ れ ら の issue 重 要 度 を 関 心 (concern) と し て 交 換 す る こ と に よって, 自 ら の 価 値 構 造 を 表 明 し, 他 者 の 価 値 構 造 の 推 定 を 行 う. 5.1 関心情報交換 関心擦り合わせの中で関心情報交換部分は以下 の よ う に 特 徴 付 け ら れ る. (c1) 特 定 の issue に 関 す る 自 分 の 重 要 度 評 定 を 表 明 す る. (c2) 相 手 の issue 重 要 度 表 明 か ら 相 手 の 価 値 構 造 を 推 定 す る. (c3) 相 手 の issue 重 要 度 表 明 に 基 づ い て 自 分 の issue 重 要 度 評 定 を 変 更 す る. 4 637 2014年度日本認知科学会第31回大会 P2-47 Agent A Agent B 料 理 タ イ プ: 和 食 High 料 理 タ イ プ: 和 食 Low 料 理 タ イ プ: イ ン ド Low 料 理 タ イ プ: イ ン ド Low .. .. . . 値 段: 高 Neutral 値 段: 高 Low 値 段: 中 Neutral 値 段: 中 Low 値 段: 低 Neutral 値 段: 低 High 場 所: 近 所 Low 場 所: 近 所 High 場 所: 盛 り 場 Neutral 場 所: 盛 り 場 Low .. .. . . 図 3 Multi-Issue Negotiation と し て の 関 心 擦 り 合 わ せ 過 程 ⇔ 図 4 関心擦り合わせによる合計相対利得 す る と 関 心 擦 り 合 わ せ の 中 の 関 心 情 報 交 換 は 以 下 定 変 更 は, (c2) に 従って エ ー ジェン ト i が issue s に 対 の よ う に モ デ ル 化 可 能 で あ る. する自分の価値の推定を修正する重み wi (s) を設定 I : issue の 集 合 す る こ と に 相 当 す る. V : 価値構造の集合 エ ー ジェン ト i の 価 値 構 造 vi 5.2 提案交換 vi ∈ V : I → R A : 行為の集合 関心擦り合わせの中で提案交換部分は以下のよ u : エージェントの行為に対するユーティリティ う に 特 徴 付 け ら れ る. エージェント i の行為 a に対するユーティリ (p1) 自 分 の 価 値 構 造 (issue 重 要 度) と 相 手 の 価 値 構 ティ 造 推 定 値 に 基 づ い て 共 同 行 為 提 案 を 行 う. u : V ×A→R (p2) 相 手 の 共 同 行 為 提 案 に 基 づ い て 提 案 構 造 の 変 (c1) の 特 定 の issue に 関 す る 自 分 の 重 要 度 評 定 の 表 更 を 行 う. 明 は, エ ー ジェン ト i が issue s に 対 す る 価 値 vi (s) を (p3) 相 手 の 共 同 行 為 提 案 に 基 づ い て 受 諾/拒 絶/代 提示することに相当する. (c2) の相手の issue 重要度 替 提 案 を 行 う. 表 明 か ら 相 手 の 価 値 構 造 推 定 は, (c1) に 従って エ ー ユーティリティ最大化による行為選択の原理に従え ジェント i が相 手エージェント j の issue s に対する価 ば, エ ー ジェン ト i の 単 独 で の 行 為 選 択 act は 値の推定値 vˆj (s) を求めることに相当する. (c3) の相 手 の issue 重 要 度 表 明 に 基 づ く 自 分 の issue 重 要 度 評 act = arg max u(vi , a) a∈A 5 638 2014年度日本認知科学会第31回大会 P2-47 図 5 関心擦り合わせ回数の効果 図 6 関心擦り合わせの履歴としての信頼感構築 • Concern table を random 生 成 • 関心擦り合わせが 1 回だけ (One-shot alignment) と可能なすべての関心を擦り合わせ (Complete alignment) と を 比 較 • 繰 り 返 し 数 n = 10,000 • Parameter と し て, 行 為 選 択 の 際 の 他 者 の concern 考 慮 の 一 般 的 重 み の 範 囲 を α = {0, 0.2, 0.5, 0.8} と し, 個 別 的 重 み wi は す べ て 1 に 固 定. と な る. 共 同 行 為 選 択 で は 相 手 の 価 値 構 造 も 考 慮 す る た め, 関 心 擦 り 合 わ せ を 経 た 後 の 行 為 選 択 提 案 (p1) は 以 下 の よ う に 捉 え る こ と が で き る だ ろ う. act = arg max u((1 − α)wi vi + αvˆj , a) a∈A エ ー ジェン ト i は 自 分 の 価 値 構 造 の 中 で 相 手 の 価 値 構造に合わせるとした部分は修正重み wi を適用し, また全体として相手の価値構造推定を一定比率α だけ取り入れて行為 a のユーティリティを評定する. 提 案 レ ベ ル で の 交 渉 (p2)(p3) は 相 手 の 提 案 に 基 づ く α, wi の 修 正 と 見 な す こ と が で き る. 5.3 関心擦り合わせと信頼 レ ス ト ラ ン の 例 を 用 い て 一 対 の agent 間 で の Multi-issue negotiation の シ ミュレ ー ション を 行った. • Coordination game 設 定 図 4 に は, 合 計 相 対 利 得 と し て 行 動 選 択 の 結 果 得 られる利得の合計を各自が個別に最適行為選択を し た 場 合 と の 比 を 示 す. 関 心 擦 り 合 わ せ が 1 回 よ り は完全関心擦り合わせの方が得られる合計相対利 得 が 高 い こ と, 擦 り 合 わ せ 1 回 の 場 合 に は α が 高 い ほ ど 合 計 相 対 利 得 が 高 く な る が, 完 全 関 心 擦 り 合 わ せ で は α = 0.5 が 最 適 と な る こ と が 分 か る. 図 5 に は, 関 心 擦 り 合 わ せ 回 数 を 変 化 さ せ た と き の 交 渉 成 功 率 と 合 計 相 対 利 得 と を 示 す. い ず れ も 6 639 2014年度日本認知科学会第31回大会 P2-47 関 心 擦 り 合 わ せ 回 数 が 多 い, す な わ ち 丁 寧 に 関 心 擦 り 合 わ せ を 行 う ほ ど 高 い 値 が 得 ら れ て い る. 最初に述べたように信頼を他者の行動選択に対 する期待ととらえるとすると, 上記の Multi-issue negotiation モ デ ル と 信 頼 と の 対 応 は 以 下 の よ う に 考 え る こ と が で き る. • 他 者 の 価 値 構 造 推 定 vˆj (s) が 行 動 選 択 の 予 測 可 能 性 を 高 め る 要 素 (s-1)(o-1) に 対 応 し て い る. • 提 案 を 選 択 す る 際 の 相 手 配 慮 α, wi (s) が 他 者 の 価 値 構 造 に 合 わ せ た 行 動 選 択 要 因 (s-2)(o-2) に 対 応 し て い る. 関 心 擦 り 合 わ せ の 結 果, 行 動 選 択 の 際 の 一 般 的 相 手 配 慮 α が 履 歴 と し て 残 り, そ の agent の そ の 後 の 行動選択の予測可能性を高めることが信頼形成に 結 び つ く と 考 え ら れ る . 図 6 に は, 関 心 擦 り 合 わ せ の 後 に agent の 関 心 構 造 (concern table) に 確 率 的 な 微 小 変 化 を 加 え た 後 に 行 動 選 択 を 行った 場 合 の 合 計 相 対 利 得 を 示 す. 丁 寧 に 関 心 擦 り 合 わ せ を 行 え ば , 相 手 の 関 心 に 一 定 の 変 化 が 生 じ た と し て も, 関 心擦り合わせを行わない場合よりは高い合計相対 利 得 が 得 ら れ る こ と が 分 か る. 6. おわりに 信頼は人間同士の協調行動を支える基本的要因 で あ る. 情 報 シ ス テ ム の 知 能 化 が 進 展 に つ れ て 知 的 エ ー ジェン ト と 人 間 の 間 の 信 頼 構 築 が 重 要 な 課 題 と なって く る. 本 稿 で は, ま ず 信 頼 概 念 の 分 析・ 分 類 を 行 い, 対 話 イ ン タ ラ ク ション を 通 じ た 相 互 信 頼 感 構 築 に 焦 点 を 絞 り, 関 心 擦 り 合 わ せ (concern alignment) 概 念 の 導 入 と, そ れ に 基 づ く 現 実 の 医 療 コ ミュニ ケ ー ション 対 話 の 構 造 分 析 を 示 し, さ ら に 関心擦り合わせ過程を multi-issue negotiation ととら え る 計 算 モ デ ル に つ い て 述 べ た. 参考文献 [1] Clark, H. H., (1996) Using Language, Cambridge University Press. [2] Katagiri, Y., Takanashi, K., Ishizaki, M., Enomoto, M., Den, Y. and Matsusaka, Y., (2011) “Concern alignment in consensus building conversations” the 15th Workshop on the Semantics and Pragmatics of Dialogue (SemDial2011), pp. 208–209. [3] Katagiri, Y., Takanashi, K., Ishizaki, M., Enomoto, M., Den, Y. and Matsusaka, Y. (2012) “Negotiation for Concern Alignment in Health Counseling Dialogues” the 16th Workshop on the Semantics and Pragmatics of Dialogue (SemDial2012), pp. 173–174. [4] 山 岸 俊 男 (1998) 信 頼 の 構 造—こ こ ろ と 社 会 の 進 化 ゲ ー ム ,東 京 大 学 出 版 会. [5] Allen, J. F. and Core, M. G., (1997) “DAMSL: Dialog act markup in several layers (Draft 2.1)” Technical report, Multiparty Discourse Group, Discourse Resource Initiative. [6] Bunt, H., (2006) “Dimensions in dialogue act annotation” the 5th International Conference on Language Resources and Evaluation (LREC 2006). [7] 片 桐 恭 弘 ,高 梨 克 也 ,石 崎 雅 人 ,榎 本 美 香 , 伝 康 晴 ,松 坂 要 佐, (2012) 保 健 指 導 対 話 を 対 象 と し た 相 互 信 頼 感 形 成 過 程 の 分 析 ,SIG-SLUD-B103: 89-94,人 工 知 能 学 会 資 料. [8] Katagiri, Y., Takanashi, K., Ishizaki, M., Enomoto, M., Den, Y. and Matsusaka, Y., (2012) “Negotiation for Concern Alignment in Health Counseling Dialogues” Proceedings of the 16th Workshop on the Semantics and Pragmatics of Dialogue (SemDial2012), pp. 173–174. [9] Fatima S., Wooldridge M, Jennings N.R., (2004) “Optimal negotiation of multiple issues in incomplete information settings” AAMAS04, pp. 1080-1087. 謝辞 本研究の一部は, 日本学術振興会科学研究費補助 金 (基 盤 研 究 (B) 「 会 話 を 通 じ た 相 互 信 頼 感 形 成 の マ ル チ モ ー ダ ル 分 析 と 共 関 心 モ デ ル の 研 究 」(平 成 24 年 度 ∼ 平 成 26 年 度, 研 究 代 表 者: 片 桐 恭 弘, 課 題 番 号 24300061) に よって 実 施 し た も の で あ る. 7 640
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