当日配布資料

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6世紀におけるゴンザ‑ガ家の傭兵契約 と同盟
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oらの古典的理解
鉄製の容器の中に涯ぜ られて運ばれてい く素焼の土 軸
鉄製の容器 :ミラノ公国 ・ヴェネツィア共和国など。
東北学院大学 ・博士前期課程修了
熊谷 直喜
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素焼の土器 :マン トヴァ侯国
ゴンザ‑ガ家が存続できた理由
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はじめに
Ⅰ中世イタ リアにおける傭兵
1
.
本邦における研究
京都大学文学部西洋史研究室編 『
傭兵制度の歴史的研究』
富岡論文 :フィレンツェにおける市民の階層分化 と傭兵制度登場の関係性。
会 田論文 :コン ドッティエー レがフィ レンツェの政権を奪取できなかった理由。
5世紀における傭兵軍の定着化 と常備軍化の全イタリア規模での分析。
永井論文 :1
林論文 :フェデ リコ ・ダ ・モンテフェル トロを例 として概説。
2
.
傭兵の変遷の一般的傾向
1
4世紀 :ホークウッ ドら外国か ら到来 した傭兵が主流
1
3
7
0年代
アルベ リコ ・ダ ・バル ピア‑ノの 「
サ ン ・ジ ョルジ ョ軍団」創設。
枢機卿アルポルノスによる教皇領内の貴族の教皇代理 としての起用。
教皇代理は軍団を養 う経済力 と軍団を保養す る根拠地を提供ら
1
5世紀 :イタ リア人傭兵が主流
1
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5
4年,ロデ ィーの和約によりイタ リア半島内に平穏な時期が訪れるD
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0年代以降,コン ドッティエー レが/
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国の支配者 としての性格を強める。
傭兵契約(
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):契約期間,兵士数,兵士の装備,報酬,政治条項な どを規定O
政治条項 :
コン ドッティエー レの領国の保護防衛義務を雇い主に負わせることや,
コン ドッティエー レが攻撃す ることを拒否する対象の指定などを規定。
1
5世紀までに 1ケ月から半年ほどだった契約期間は 1年ほどに長期化っ
平時 と戦時の 2種類の条件が設定 されて恒常的なもの‑雛
Ⅱマン トヴァ侯 ゴンザ‑ガ家について
1
.
略歴
マ ン トヴァ自体の比較的防衛に適 した地理上の条件
継承問題が起きなかった幸運
カビターノや侯あるいは公 といった統治者としての称号の獲得
保護を与える有力な外国君主 との兵
尉国関係
危険な戦争を避ける実用主義的な対外政策
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ミラノ公国など巡る独皇帝や仏王の抗争における両者にとっての利用価値
ゴンザ‑ガ家か らの忠誠に応 じて,皇帝から与えられた恩恵や保嵐
。
※このゴンザ‑ガ家を例 として, コン ドッティエー レの時期による姿の差異を示す ことを
目標 としたいDその際に,一方で ゴンザ‑ガ家の忠誠の暖昧さがコン ドッティエー レのス
テ レオタイプのイメージと合致 し,他方で周辺諸国との関係の中に自らを位 置づけてい く
過程がコン ドッティエー レの小国の支配者 としての性格の強 さを示 して くれると考えてい
る。
傭兵契約 と同盟 との差異について本報告では報酬 と傭兵 としてのサー ビスの交換 とい う経
済的な性格か ら,雇い主側 とコン ドッティエー レとの互恵的な関係 とい う政治的ない しは
外交的な性格‑のウエイ トの移行 として明確 に区別せず,
連続 したもの として捉えている。
5世紀‑
ミラノとヴェネツィアの間のマン トヴァ‑1
Ⅰコン ドッティエー レとしての活動状況
1
5世紀のポー川流域で代表的なコン ドッティエー レ
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0年の主要な雇い主 (
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.
ヴィスコンテイ家 とスフオルツア家の ミラノ公国 (
2
ザ ェネッイア共和国 (ミラノ公国の半分程度)
1
3
2
8年,ルイ‑ ジ l世がカビターノに選出されて以来マン トヴァを支配.
1
4
3
3年,ジャン ・フランチェスコ 1世が神聖 ローマ皇帝か ら侯の称号を授与 され る。
1
5
3
0年,フェデ リーコ 2世が神聖ローマ皇帝か ら公の称号を授与 される。
1
5
31年, ウル ビー ノ公領を兵
尉国を通 じて併合0
1
6
2
7年,直系が ヴィンチェンツオ 1世で断絶。
3
.
教皇 (
7年程度)
ゴンザ‑ガ家を脅かす 2つの強国は,傭兵契約における得意先でもあった。
Ⅱ傭兵契約の同盟‑の接近
1
.
雇い主か らの保護の提供についての規定
マン トヴァ継承戦争を経て,分家のゴンザ‑ガ ・ヌヴェール家が系
晩
1
4世紀後半においてヴィスコンテイ家の勢力拡大の圧力に晒され る過程で登場。
1
2
[
事例】ミラノ公 ヴイスコンテイ家に対す る同盟(
1
3
9
2年,フランチェスコ 1世)
フィレンツェ,ボローニヤ,パ ドグァ,フェッラーラ,イーモラ,ラヴェンナ間
で結成 フランチェスコ ・ゴンザ‑ガの参加に際し,マン トヴァ領‑の攻撃の場
合に同盟国が金銭的および人的な支援をすることを約束 .
2
.
領国の活用に関する規定
1
4
5
0年,ル ドヴィ‑コ3世)
[
事例 ミラノ公 フランチェスコ ・スフオルツアとの契約 (
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彼本人,騎馬 と徒歩の軍隊,彼の国と彼の兄弟アレッサン ドロ殿の国を伴って,ま
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軍備の内容の規定だけでなく, ミラノ公の軍隊‑の補給 と宿泊の便宜をも提供)
ミラノ公もまた潜在的な攻撃者からのマン トヴァ侯国の保護を約束。
1
4
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0年のミラノ公 との契約,1
4
9
5年のヴェネツィア共和国との契約においても,
同様のマン トヴァ侯国の保護と防衛の約束が添えられている0
フランス と ドイツの間のマン トヴァ‑1
4
9
4年以降‑
Iフランス寄 りの時期(
1
4
99
‑
1
51
9年頃)
1
.
仏王ルイ 1
2世 との傭兵契約(
1
4
9
9年,フランチェスコ2位)
兄弟がスフオルツァ家および皇帝 との関係を維持。
1
5
0
8年の対 ヴェネツィア戦か ら仏王の影響力が大きくな り過ぎることを警戒。
1
5
1
2年のラヴェンナの戦いの後,仏軍はイ タリア半島か ら一時撤退。
2
フ ェデ リーコのフランス宮廷‑の派遣(
1
51
6年)
仏王フランソワ 1世によるミラノ公国の再度の攻略‑の対応。
フェデ リー コによるフランスとの関係の弓
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Ⅱ ドイツ寄 りの時期(
1
51
9年以降)
契約中だった教 皇レオ 1
0世が独皇帝カール 5世に接近 したため0
1
5
2
3年,フェデ リーコ 21
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1
フ ェッランテのマ ドリー ド‑の派遣(
2
.
マ ドリー ドの和約によりフランソワ 1世が ミラノ公国を放棄(
1
5
2
6年)
独皇帝の影響力が大きくなり過ぎることに警戒 して,独皇帝 と仏王の間で中立的な
態度を取るが,独皇帝‑の従属が基本路線 となる。
おわ りに
傭兵契約が経済的な目的以上に自身の安全を確保する政治的な目的に従 う傾向
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する勢力の双方 とつなが りを維持するのも自身の安全を確保するためO
仏王との関係が独皇帝からの信頼 と恩恵を減ずる結果 となった。
基軸 としてのミラノ公国を各時点において支配 している存在との関係
ミラノ公国を維持するためにはゴンザ‑ガ家の協力を得ることが望ましい。
獲得 しようとする側 にとってもまた同じ。
3
ゴンザ‑ガ家もまた ミラノ公国の各時点における支配者との関係を重視
基本的には協調的あるいは従属的な対応をする傾向がある。
ゴンザ‑ガ家を脅かさないように,その勢力の強大化を妨害しようとする0
1
5・1
6世紀を通 じて,ミラノ公国との関係がゴンザ‑ガ家の対外政策における基軸
1
4
9
4年頃を境に, ヴィス コンテイ家 ・スフオルツア家から仏王 ・独皇帝‑移行。
外見上は派手になったが,基本的な構造は変わらない。
文 献表
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富 岡次郎 「
フィレンツ ェにお ける民兵制度 の崩壊 と傭兵使用 」,京都大学文学部 西洋史研
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究室編 『
傭兵制度 の歴史的研 究』,比叡書房 ,1
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日永井三明 「
一五世紀イ タ リア社 会 と傭兵制度の展開」,京都 大学文学部西洋史研 究室編 『
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6頁。
兵制度の歴 史的研 究』,比叡 書房 ,1
口林要一 「
ルネサンス期イ タ リアの傭兵隊長‑ その実像」,『地中海研究所紀要』3号 ,2
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[
]
D.パ レス トラ ッチ著 和栗 珠 里訳 『フィレンツェの傭 兵 隊長
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Mノ 、ワー ド著 奥村房夫/奥村 大作訳 『ヨー ロッパ史 と戦争』学 陽書房 ,1
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口M.マ レッ ト 甚野 尚志訳 「
傭兵 隊長」エ ウジェ‑ニオ ・ガ レン編
近藤恒一 ・高階秀爾他訳
『
ルネ ッサンス人』,岩波書店 ,1
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フィレンツェ傭 兵制 と商人政権」,京都大学文学部 西洋史研究室編 『傭兵制 度
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