不良債権問題の経済学 - 一橋大学経済研究所

一般(対外公表可)
調・経分第 01-3 号
2001 年 9 月
調査統計局
経済分析G
不良債権問題の経済学∗
— 理論と実証分析の展望 —
1
はじめに
本稿では、不良債権問題1 がどのようなメカニズムを通じて実体経済に悪影響を及ぼし
ているのかを中心に、最近の研究成果を、経済理論、実証分析の両面から展望する。近
年、不良債権問題に関わる研究成果が、アカデミックの世界でも多数公表されている。し
かし、ここに来て急に研究成果の数が増えたという事情もあってか、これらの論文を包括
的に展望したものは特に見当たらない。そこで本稿は、「不良債権問題が実体経済にどの
ように悪影響を及ぼしたのか」を取り扱った論文を中心に、レビューを行う。
本稿のポイントを予め要約すると、以下の通りである。
1. 不良債権の存在が実体経済を下押しをするのは、大きく分けて、
「貸し渋り」と「追
い貸し」を通じる経路が考えられる。
「貸し渋り」は銀行信用の収縮方向への力が働
くことを通じて、一方、
「追い貸し」は信用を縮小できないことを通じて、それぞれ
実体経済にインパクトを与える。一見、逆の現象にもみえるが、90 年代を通じて、
不良債権の高止まりが続く(追い貸しの可能性を示唆)一方で、銀行は国債保有を
増加(flight-to-quality)させている(貸し渋りの可能性を示唆)ことをみると、一
方のセクターに対する「貸し渋り」と他方のセクターに対する「追い貸し」が同時
平行的におこっていたのかもしれない。
2. 「貸し渋り」は、不良債権の発生に伴い、企業もしくは銀行のバランスシートが悪
化した結果、信用割当がきつくなるといったメカニズムを通じ、企業の支出活動が
抑制されるという考え方である。「貸し渋り」もしくは「貸し剥がし」といわれる
事態が 97 年から 98 年の局面において、当時デフレ・スパイラルの縁にあるとされ
た日本経済の足を大きく引っ張ったことは、多くの実証分析で明らかにされている。
しかし、この時期にどの程度のインパクトがあったのかとか、その他の期間、とり
∗
本稿は、関根敏隆(E-mail: [email protected] )、種村知樹(現人事局)、才田友美(E-mail:
[email protected] )によって取り纏められた。本稿の作成にあたっては、鶴光太郎氏(経済産業研究所)、
小林慶一郎氏(同)のほか、日本銀行の多くのスタッフから有益なコメントを得た。
1
「不良債権問題」は、見方を変えて、「デット・オーバーハング(企業の過剰債務)」とか「バランス
シート問題(金融機関や企業のバランスシートの毀損)」とも呼ばれている。
1
わけ現時点において、どれだけ日本経済を下押ししているのかについては、必ずし
もコンセンサスはない(第 2 節)。
3. 「追い貸し」は、事業が不良債権化しても、銀行がこうした不採算事業への融資を
継続してしまうことである。この結果、非効率部門が延命されてしまい、日本経済
全体の成長率が押し下げられてしまう(資金配分の歪み)。ただし、「追い貸し」が
どの程度日本経済の足を引っ張っているのかといった点はおろか、そもそも「追い
貸し」がなされていたのかを含めて実証分析はほとんどなく、現段階では、いささ
か「机上の空論」
(もしくはアネクドータルな話)といった感も否めない(第 3 節)。
こうしてみると、不良債権問題が日本経済に悪影響を及ぼしたのは、「貸し渋り」もし
くは「追い貸し」を通じるルートであることが、論理的にはもっともだとしても、実証分
析が不足しているため(とりわけ「追い貸し」について)、今一つ説得性にかける面があ
る。従って、今後は実証面での研究を蓄積することが急務といえよう。
不良債権問題については、実体経済に与える影響のみならず、(i) 不良債権問題の発生
メカニズムの解明、(ii) 金融危機の早期発見のためのマクロ・インディケータの開発、(iii)
不良債権問題を解決するための政策フレーム・ワークの提言等、多くの論点について研
究成果があげられており、今後の政策をデザインするうえでもみるべきものが多い。そこ
で、補論では、本文では取り上げなかった論文をやや網羅的に展望する。
2
貸し渋り
2.1
「貸し渋り」のメカニズム
本節では、不良債権の増加が、銀行貸出の縮小を通じて、実体経済に影響を及ぼすモデ
ルを紹介する。銀行貸出の重要性を訴える理論は、金融政策の波及経路として、「貸出の
経路」を重視する立場であり、Bernanke and Blinder (1988) をはじめとして、いくつか
のモデルが開発されている。ここでは、その一例として、貸出市場の不均衡を仮定した星
(2000b) に従う2 。
銀行貸出が設備投資に影響を与えるということは、
I = I(L, A, Q)
(1)
という形で表わされる。ただし、I は設備投資、L は銀行貸出、A は企業の正味資産、Q
は限界的投資が生み出す利益の割引現在価値で、I は、L、A、Q のそれぞれについて増
加関数とする。
2
「貸出のチャンネル」に関する理論及び実証結果を展望した論文としては、Bernanke and Gertler (1995)、
星 (1997) などがある。
2
(図表 1)不良債権と貸出
3
一方、貸出の供給関数は以下の形で定式化する。
L = L(i, C)
(2)
ただし、i は貸出の代替資産である債券の利子率、C は銀行の自己資本を表わす。金融緩
和によって i が下落すると、代替資産のリターンが低下するため、L を増加させる。また、
不良債権の発生等により銀行の自己資本が悪化すると、BIS 規制の存在等により、貸出を
抑制しようとするため、L は C の増加関数となる3 。
(2) 式を (1) 式に代入すると、
I = I(i, A, C, Q)
(3)
を得る。ここでポイントは、資産価格の下落等により、企業と銀行のバランスシートが毀
損すると(A、C の低下)、設備投資を下押しするということにある。また、その際、銀
行貸出が減少しており、「貸し渋り」もしくは「貸し剥がし」が発生している 4 。
このモデルは「情報の非対称性」という仮定が随所で鍵となっている。まず、(1) 式で
設備投資が銀行貸出という特定の資金調達手段に依存するということは、銀行貸出が、社
債や内部資金といった他の資金調達手段と完全には代替的ではないことを意味している。
これは、「投資資金の調達方法の違いは企業の資本コストに影響を及ぼさない」とした、
モディリアーニ・ミラーの定理(MM 定理)が成り立たないことを想定していることにほ
かならない。この点、情報の非対称性や税制の存在により、MM 定理が成り立たないこと
は広く知られた事実である(例えば、早川 (1986) を参照)。また、(2) 式を (1) 式に代入す
る際には、暗に貸出市場は均衡せず、貸出額は供給側で規定されていると仮定している。
これは、情報の非対称性の問題から信用割当が生じていることを想定している(Stiglitz
and Weiss (1981))。
以上、「情報の非対称性」が鍵となる仮定であることをみたが、「市場の不完備性」(お
こりうる全ての状態をいちいち債務契約に予め織り込むことはできない)等によっても、
同じような結論が得られることが知られている。ここでその細部に立ち入ることはしない
が、その一例として、
「情報の非対称性」を想定しないでも、
「既存債権者への債務が優先
3
自己資本の悪化が貸出を減少させるという仮定は直感的ではあるが、理論的には、そのような関係が本
当に成り立つのか疑問とする立場もある。例えば、星 (2000a) は、銀行は自己資本が悪化したとときに、業
況の起死回生を狙ってギャンブルをするインセンティブがあり、逆に貸出を増加させるケースがあること
を指摘している。従って、実際に (2) 式のような事態が支配的かどうかは、実証的な問題といえよう。例え
ば、図表1は、新規貸出が前年末の不良債権比率と負の相関があることを示しており、不良債権比率の上昇
が自己資本の毀損を表しているとすれば、(2) 式のような関係は取敢えずもっともらしい。
、、
4
語感の問題といった面もややあるが、「貸し
渋
り
、 、 、」という言葉からは、本来増加すべきであった貸出が
それほど増加しなかったことを、また、「貸し 剥 が し」からは、本来減少するべきでない貸出が減少したこ
とを、それぞれ連想させる。(3) 式に即してみると、金融緩和により i が低下したにもかかわらず、C が
低下したために、i の低下で促されるほどには I が増加しないことが「貸し渋り」であり、I が実際に減少
してしまうことが「貸し剥がし」ということになろう。ただし、両者とも、(1) 式で ∂I/∂L > 0、(2) 式で
∂L/∂C > 0 を想定しているということでは同じであり、両者の差は程度の違いということになる。以下、
本稿では、「貸し渋り」と「貸し剥がし」を明確には区別しない。
4
的に弁済される」という仮定をおけば、企業の過剰債務(デット・オーバーハング)が設
備投資を阻害するケースをみよう(Lamont (1995))。
企業が 100 億円の債務を抱えており、来期には全額返済しなければならないにもかかわ
らず、売上はどうみても 80 億円しかあげられそうもないと仮定する。つまり、このまま
であればこの企業は倒産を余儀なくされる。ところが一方、この企業は 5 億円の設備投資
を今期にすれば、来期には確実に 15 億円の売上を手にするプロジェクトを有していると
しよう。この場合、仮に既存債務の 100 億円の返済が優先されれば、せっかくのプロジェ
クトがあるにもかかわらず、この新規プロジェクトをファイナンスする者はいないはずで
ある。何故ならば、5 億円の投資をしても、来期の売上は 95 億円にしかならず、100 億円
の既存債務の返済をしたあとには、5 億円の赤字しか残らないからである(従って、この
企業はやはり倒産してしまう)。この例は、既存債務の弁済が優先されると、赤字部分を
うまく企業から切り離すことができないために、確実に収益をあげるプロジェクトのファ
イナンスが得られないという形で、一種の「貸し渋り」がおこることを示している5 。
カルフールやコストコといった外資系が高い収益見通しで新規出店をしているにも関
わらず、ダイエーやマイカルは出店攻勢をかけられないのは、不採算店を多く抱え、莫大
な借金をかかえているからという見方がある。この場合、「貸し渋り」がおこっていると
しても、ダイエーやマイカルのような大手では「情報の非対称性」を想定するのは難しく
(例えば、金融機関からの役員を受け入れることによって非対称性の程度を減じていると
思われる)、むしろ「既存債務の優先弁済」が鍵となっているといった方が説得的かもし
れない6 。
以上、不良債権の発生なり企業の過剰債務が、「情報の非対称性」や「既存債務の優先
弁済」といったメカニズムを通じて、設備投資に悪影響を及ぼすことをみてきた。こう
したモデルをさらに拡張して、潜在成長率のシフトがおこることや、景気循環の振幅が
生じることもモデル化されている。Lamont (1995) は、独占的競争のモデルに上記のデッ
ト・オーバーハングの要素を加えると、潜在成長率の高い均衡と低い均衡の複数均衡解
が生じ、それらの解の間でシフトがおこることを明らかにしている。また、Kiyotaki and
Moore (1997) は、貸出が土地担保で制約される一方で、地価の決定メカニズムも内生化
すると、経済に何らかのショックが加わったときに、地価と貸出の動きに従って、景気循
環が生じることをモデル化している。
5
しかし、だからといって既存債務を安易に劣後化させると、それはそれで問題を引き起こす。大瀧 (2000)
の指摘する通り、既存債務が劣後化されると、貸し手が融資に際して借り手のモラル・ハザードを予想して
しまい、融資を渋る可能性が高くなるからである。
6
なお、この例では、借入制約の無いカルフールやコストコは何故もっと出店攻勢をかけて、収益機会を
独占しないのかといった疑問が湧く。日本におけるトイザラスの成功をみると、実際そのようなことが起こ
らないとも限らないが、外国からの参入には、文化面の相違も含めて情報の非対称性の程度が高く、出店攻
勢をかけづらいということなのかもしれない。
5
2.2
「貸し渋り」の実証分析
金融政策の「貸出の経路」や「貸し渋り」については、実証分析の分野でも、多くの研
究成果が蓄積されている。その主なものをみると、以下の通りである。
• ミクロの経済データを用いた分析では、個々の企業の財務データ(主に製造業)を
用い、(3) 式を変形した、以下のような設備投資関数を計測した研究が多くみられる
(小川・北坂 (1998) 、鈴木 (2001) 、Gibson (1995、1997) 、Sekine (1999) 等)7。
I
K
it
= αQit + βAit + γCit + others + εit
(4)
ただし、添字の it は i 企業の t 期の変数ということを表わす。Kit は既存ストック、
others は金利やキャッシュ・フロー比率といったその他の変数、εit は誤差項である。
これらの研究では、企業のバランスシート指標にかかる β もしくは、メインバンク
先のバランスシート指標にかかる γ が、貸出制約のより強いとみられる中小企業や
起債実績のない企業で有意となっており、90 年代のバランスシートの悪化が設備投
資を下押ししたという結果になっている。
• また、Woo (1999) は、(2) 式でみられる関係に焦点を当て、日本の各行別財務デー
タを用い、新規貸出を自己資本比率等の銀行のバランスシート指標で回帰した。そ
の結果、1997 年ごろより、バランスシートの悪化が有意に貸出残高を押し下げてい
るという結論を得ている。時期等は違うが、同様の分析としては、宮川・野坂・橋
本(1995)や堀江(1999)がある。
• 一方、マクロ経済指標を用いた分析では、GDP 等の実体経済指標、金利、物価と
いった変数に、銀行貸出や資産価格といった「貸出の経路」に関わる変数を加えて
VAR を計測し、90 年代の景気悪化には後者の変数の影響が大きいことを示す研究
が多い( Ogawa (2000)、Bayoumi (1999)、Morsink and Bayoumi (1999)、宮川・石
原(1997)等)8 。
例えば、図表 2 は、金利に 1 standard error のショック(残念ながら、これが何パー
セントか彼らの論文からは明らかではない)を与えた場合に民需にどれだけの影響
を及ぼすのかを測ったインパルス反応関数である(Morsink and Bayoumi (1999))。
これは、金利を同幅だけ引き下げたときに 0.3 パーセント・ポイント近く民需が押
7
また、Peek and Rosengren (1997) は、邦銀の米国支店における貸出行動の変化が、日本国内の資産価
格変動と本店の危険資産/資本比率に有意に影響を受けている事実を明らかにした。さらに、Klein, Peek,
and Rosengren (2000) は本邦企業の海外直接投資のデータを用いて、メインバンクのバランスシートの悪
化が本邦企業の米国への海外直接投資を下押ししていることを示した。
8
また、Brunner and Kamin (1995) は、同様の変数に短観の貸出態度判断 DI を加えた構造方程式体系
を計測している。
6
(図表 2)民需のインパルス反応(金利を 1SE 引き下げた場合)
.25
.2
Impulse response where loans are fixed
Impulse response of private demand to interest rate
.15
.1
.05
0
5
10
15
し上げられることを示している。しかし、貸出を外生変数として固定化してしまう
と、金融政策の効果は半分ほどにまで縮小してしまう。つまり、金融緩和にも関わ
らず「貸し渋り」により銀行貸出が全く増加しなければ、金融政策の波及効果は半
分程度に縮まることを意味している。
さらに、Morsink and Bayoumi は、銀行の健全性指標(銀行株価の TOPIX 全体と
の比)を追加した拡張 VAR を推計し、貸出の動きは、銀行の健全性に大きく依存
していることを明らかにした。彼らの試算によると、約 5 パーセント・ポイントほ
ど健全性指標が悪化すると、民需は 0.35 パーセント・ポイントほど減少するとの結
果になっている。
• その他、Kato, Ui, and Watanabe (1999) では、銀行のモニタリング・コストは企
業の正味資産の減少関数であることを仮定し、企業の正味資産(株価/名目 GDP 比
率)が悪化するとモニタリング・コストが高まり、インターバンク・レートと貸出
金利との間のスプレッドが拡大することを実証している。この結果、金融緩和の割
には貸出金利が高止まり、設備投資が抑制されることになる。
これら一連の研究をみると、「貸出の経路」もしくは「貸し渋り」が、何らかの影響を
及ぼしたという点では相違はみられないが、そのインパクトがどの程度のものであったの
かとか、影響を及ぼした時期については、必ずしもコンセンサスが得られていない。特
に、「時期」の問題についてみると以下の通りである。
• Ogawa and Suzuki (2000) では、貸出制約下にある企業の割合が 93 年度ごろより顕
著に増加したとの結果を得ている(図表 3)。また、Sekine (1999) では、金融機関
7
(図表 3)「貸し渋り」
:対立する実証結果
1988
1989 1990
1995
1996
1997
21.4
(A) 貸出制約下にある企業の割合(%)a
14.0
8.6
7.0
9.7
17.5
...
...
...
...
...
...
1991
1992
1993
1994
(B) 新規貸出額と調整自己資本比率との相関b
...
... -0.85 -0.21 -0.69 0.01 0.50 0.21 1.41
...
... (-4.9) (-0.6) (-2.8) (0.0) (1.7) (1.2) (4.2)
a
製造業 517 社に対するシェア(Ogawa and Suzuki (2000))。
新規貸出増加率を自己資本比率と定数項を用いてクロス・セクションで回帰したときの、前者に
かかる係数(Woo (1999))。括弧内は t 値。
b
のバランスシート指標は、同じく 93 年度より上記の設備投資関数で有意になってい
る。これらの実証分析では、90 年代の前半から、「貸し渋り」が徐々に問題になっ
てきていることを示している。
• 一方、吉富 (1998) によると、98 年以降の設備投資の減少は、
「通常の資本ストック
調整にあるのではなく、...、金融システムへの信頼の動揺であり、銀行信用の収縮
である」
(p.104)としているが、逆に 90 年代の前半期での設備投資の減少は「過大
になった資本ストックの下方調整」
(同ページ)としており、貸出を通じた影響は小
さいとみている。また、Woo (1999) や Motonishi and Yoshikawa (1999)9 にしても、
「貸し渋り」が問題になったのは 97 年ぐらいからという結果を得ている(前掲図表
3)。
両者の違いは、4 ページの脚注で述べた「貸し渋り」か「貸し剥がし」かといった問題
の違いと同様、あくまでも程度の差に根ざすものなのかもしれない(前者は「貸し渋り」
を、後者は「貸し剥がし」を論じている)。しかし、仮に後者の立場をとると、貸出の経
路が問題なのは、大型金融機関の破綻が相次いだ 97 年から 98 年の特殊な状況においてだ
けということになり、90 年代を通じた日本経済の低成長を、このメカニズムで説明する
のは難しい。
翻って、現時点をみると、依然、不良債権は重く金融機関のバランスシートにのしか
かっているものの、公的資金の注入を経て、明らかに金融機関を取り巻く状況は、97 年か
ら 98 年にかけてのパニック的な状態を脱している。現時点で「貸し渋り」がそれほど深
刻な問題ではないということであれば、後にみる「追い貸し」の問題を別にすると、不良
9
業種別、規模別に設備投資を業況判断 DI と貸出態度判断 DI で回帰し、後者の寄与を「貸し渋り」要
因としている。
8
(図表 4)不動産向け貸出と製造業向け貸出
債権問題を解決しても、さほど大きな押上げ効果を期待できないこととなろう。この点、
上述の実証研究のリバイスも含めて、一層の研究成果の蓄積が必要である。
3
追い貸し
前節では、不良債権問題が経済を下押しするメカニズムとして、貸出市場で「貸し渋
り」がおこることをみてきた。本節では、「追い貸し」によって、不良債権の発生に伴い
非効率な事業が延命され、その結果、経済の成長が押し下げられるというメカニズムを、
Berglöf and Roland (1997) に従って紹介する10 。
実際に、90 年代に金融機関が「追い貸し」に応じていたことを示すアネクドータルな
話は多く聞かれる。典型的には、「売上規模に比べて膨大な債務を背負った不動産の中小
企業がバブルが崩壊してほどなく実質的な破綻状態に陥っている。しかし、手形を切る
業態ではないので、倒産もせず、何年もだらだらと生き長らえている。すずめの涙ほどの
金利返済はしているが、元本が返ってくる見込みはない」(週刊ダイヤモンド、2001.5.12
号)といったような状況だと思われる。実際、不動産向け貸出は、バブル崩壊後も 1998
年まで増加を続け、製造業の動きとは対照的である(図表 4)。この間、地価は一貫して
10
実は、ここで紹介するモデルの多くは、
「甘い予算制約(soft-budget-constraints)」のモデルと呼ばれ、
旧ソ連圏や東欧諸国といった体制移行国で、非効率的な部門へ追い貸しが続けられ、経済が低成長の状態
から脱却できないことを説明するモデルとして、元々は開発された。小林・加藤 (2001) の Disorganization
の議論も含めて、日本の 1990 年代の低成長を説明するメカニズムを、一見全く異なる経済システムの体制
移行国に求めている点は興味深い。
9
(図表 5)「追い貸し」のゲーム
企業
❤
怠業 → 低採算 ✁
✁ ❆
❆ 企業努力
❆
❆
❆
銀行
❆
✁ ❆
❆
✁
❆
❆
✁
❆
❆
❆ 清算
追い貸し ✁
❆
✁
❆
❆
❆❆
❆
☛✁✁
✁
✁
✁☛
x
(Rp , Bp )
(L, 0)
→ 高採算
(Rg , Bg )
下落しており、不動産業のリターンが低下していたことを考えると、何らか「追い貸し」
のようなことが起こっていたのではないかと思われる。
本節では、こうした場合でも何故金融機関は追い貸しに応じるのかを簡単なモデルでみ
た後、主要な関連論文についてサーベイを行う。
3.1
3.1.1
「追い貸し」のメカニズム
「追い貸し」のゲーム
「追い貸し」のメカニズムは、以下のような簡単なゲームで、そのエッセンスを表すこ
とができる(図表 5)11 。
銀行が企業に融資を行い、企業はその融資で、あるプロジェクトに投資を行う(融資及
びプロジェクトの期間は 2 期間)。ここで銀行も企業もリスクに対して中立的で、期待収
益を最大化することとする。企業は 2 種類のプロジェクトを有している。一つは採算性の
高いプロジェクト(g )であり、もう一つは採算性の低いプロジェクト(p)である。「情
報の非対称性」のために、銀行は企業が採算性の高いプロジェクトに投資を行っているの
か、採算性の低いプロジェクトに投資を行っているのか、プロジェクトが始まってから、
少なくとも 1 期間を経なければわからない12 。
11
このモデルは Berglöf and Roland (1997) で展開されている soft-budget-constraints モデルをやや大胆
に簡略化したものにあたる。
12
銀行と企業の間に「情報の非対称性」を仮定することは、銀行-企業間の長期的な取引関係がコーポレー
ト・ガバナンスとして機能していなかったのかという疑問を投げかける。今までのところ、Aoki and Patrick
(1994) に代表されるように、日本のメインバンク・システムがそういった機能を果たしていたというのが
10
企業にしてみると、採算性の高いプロジェクトには追加的な営業努力が必要であり、出
来れば採算性の低いプロジェクトに投資を行い、「楽をしたい」インセンティブが働くと
しよう(モラル・ハザードの可能性)。このプロジェクトからの企業のリターンを Bi とす
ると(ただし i は g または p)、こうした追加的な営業努力も考慮に入れると、実はこの
企業にとってみると、採算性の高いプロジェクトの方がリターンが低い(Bg < Bp )13 。
銀行にしてみれば、採算性の高いプロジェクトを企業が行えば利子と元本が返ってくる
が、採算性の低いプロジェクトを企業が行ってしまうと、債務減免か利子補給を要するこ
とになるとしよう。このため、銀行へのリターン(Ri )は採算性の高い場合の方が高い
(Rg > Rp )。
1 期間を経た後、銀行は企業が採算性の低い経営を行っていることを知ったときに、こ
の融資案件を途中で辞め、企業を清算するか、さらに 1 単位融資を追加する(「追い貸し」)
か選択できるとする。企業を清算すれば、銀行は企業の清算価値(L)を手にし、企業の
取り分は 0 になる。土地担保融資を前提にすると、L は地価に比例するとみてもよいだろ
う。一方、銀行が追い貸しをすれば、銀行は Rp 、企業は Bp を手にすることとなる。
このとき企業の清算価値(L)がポイントになる。
1. 仮に、地価が下がって、L が Rp − 1(1 単位の「追い貸し」のネットのリターン)を
下回れば(不良債権の発生)、企業は不採算投資を行っても、銀行が必ず追い貸し
をすると予想する。何故なら、1 期間が過ぎて、企業が不採算投資を行っているこ
とを銀行が知っても、銀行にとって、企業を清算するよりも追い貸しをした方がま
しだからである(L < Rp − 1)。こうして企業は不採算投資を、銀行は追い貸しを
続け、経済全体としてみれば、非効率なプロジェクトがファイナンスされる状態が
続くことになる。
2. 一方、仮に L が Rp − 1 を上回っていれば、企業は不採算投資を行うと、銀行に必ず
清算されると予想する。Bg > 0 である限り、企業にしてみれば、清算されるよりも
採算投資を行った方がよい。この結果、企業は採算性の高いプロジェクトにしか手
を出さず、経済全体としてはより効率的な状態となる。
このように、このモデルでは、地価の下落により清算価値が下落すると、銀行にとって
は不採算事業と知っていても、「追い貸し」を続けることが合理的になる(別のいい方を
すれば、Dewatripont and Maskin (1995) の指摘するように、貸出の実行は固定費用を伴
うものであり、変動費用を回収できる分には貸出を続けるインセンティブが生じる)。企
業にしてみると、銀行が追い貸しを続けるということを予測するので、安心して不採算事
定説であるが(最近では、細野 (1997))、そもそもメインバンク・システムの有効性に対して疑問を投げか
ける実証結果も得られている(Hanazaki and Horiuchi (2001))。
13
ここで想定している企業は、既に不良債権を積上げてしまった不良な貸出先であり、収益性を高めるた
めには、赤字部門の切り離し等大幅なリストラを余儀なくされることとすれば、ここでの仮定は現実性が
増すように思われる。より優良な貸出先があるケースへの拡張は BOX 参照。
11
業を継続できる。このようにお互いが、お互いの行動を合理的に予想したうえで、「追い
貸し」「不採算事業の継続」を選択しているので、これはゲームの均衡解になっている。
ただし、これは「悪い均衡」であり、不良債権が発生していなければ、「新規事業への
融資」
「採算事業への投資」という「よい均衡」が安定的になる(複数均衡解の存在)。経
済がひとたび「悪い均衡」に落ち込むと、いつまでも非効率な事業が延命されてしまう
のみならず、より効率的な新規事業がクラウディング・アウトされてしまう14 。このよう
に、当モデルでは、不良債権問題の発生により、資金配分が歪められ、その結果、日本経
済の成長率が低下する姿を捉えている。
ゲームの均衡解が複数あり、場合によっては、社会的にみて必ずしも望ましくない均衡
解が安定的になってしまうということは、一般に「協調の失敗(Coordination Failure)」
ということで知られている。「協調の失敗」は何も「追い貸し」による資金配分の歪みの
みならず、非自発的失業の発生や硬直的な価格設定行動等、幅広い経済現象を説明するこ
とができる15 。Cooper and John (1988) は、こうした「協調の失敗」は、想定されている
」が存在するときに、発生するこ
ゲームに「戦略的補完性(Strategic Complementarity)
とを明らかにしている。戦略的補完性があるということは、ゲームにおいて、自分の最適
な戦略が相手の戦略によって変わりうる状態を指す。現に、上記のモデルでも、銀行が不
良債権を償却するか、追い貸しするかによって企業の最適な戦略は変わるという意味で、
戦略的補完性が存在している。
なお、不良債権の発生及び放置(もしくは追い貸し)が、成長に悪影響を与えるのは、
上記の資金配分の歪みにとどまらない。小林・加藤 (2001) は、不良債権が存在し、多く
の企業がいつ倒産してもおかしくないような状態になると、企業が長期的かつ関係特殊的
な取引関係にコミットできなくなり、成長率が押し下げられるというロジックを展開して
いる。これは、
「ディスオーガニゼーション(Disorganization)効果16 」と呼ばれている。
3.1.2
その他の「追い貸し」ゲーム・モデル
前節では、
「追い貸し」を続けるメカニズムを、
「銀行-企業」間の協調の失敗というかた
ちでみた。しかし、
「追い貸し」が生じるモデルは、何も「銀行-企業」間のゲームに限ら
14
体制移行国で多くみられるように、預金取付け等により、銀行自身が資金制約を感じているような事
態ならばまだしも、日本の場合、「追い貸し」によって優良新規事業がクラウディング・アウトされている
というのは、やや疑問が残る。実際、銀行の預金残高は 1990 年代を通じて減っておらず、銀行は貸出に代
わって国債の保有残高を増やしている(本当にクラウディング・アウトがおこっているとすれば、国債保有
残高も減少しているはずである)。優良新規事業にファイナンスがつかないとすれば、むしろ前節でみたよ
うな「貸し渋り」のメカニズムが働いているとみるのが自然ではないか。
15
実は、前述の Lamont (1995) のモデルも「協調の失敗」の要素を含んでいる。「協調の失敗」について
は Howitt (1986) も参照。
16
そもそもは、旧ソ連圏の国々が、計画経済から市場経済への移行過程の混乱の中で、供給連鎖に対する
企業のコミットメントを保証していた政府の強制力が失われた結果、企業間の「協調の失敗」が発生して供
給連鎖が崩壊(disorganization)し、経済が「悪い均衡」に陥ったとするものである。
12
ず、「金融監督当局-銀行」間、さらには「金融監督当局-銀行-企業」間のゲームにまで発
展して、多くのバリエーションが開発されている(Berglöf and Roland (1995)、 Aghion,
Bolton, and Fries (1998)、Mitchell (1998a、1998b) 、Corbett and Mitchell (2000)、Tsuru
(2001b))。これらのモデルは、何らかの形で戦略的補完性を想定し、「協調の失敗」によ
り、「悪い均衡」に陥ってしまうという共通の要素を持っている。ここでは個々のモデル
の詳細には立ち至らず、それらのモデルから得られる主な結論、政策インプリケーション
を手短にまとめる17 。
1. 銀行が「追い貸し」を続けるインセンティブとしては、企業の清算価値の問題に加
えて、(i) 市場での評判や当局からの制裁を恐れて、不良債権残高を隠したいという
こと18 、または、(ii) 不良債権を放置しておいても、当局にいつか救済されるとい
う期待が働くこと(gamble for bailout)、があげられる。
2. 例えば、後者の例として、銀行の規模がある程度大きくなると、Too-Big-To-Fail の
期待が働き、銀行は不良債権の発生に頓着しなくなることがあげられる。この他、
個々の銀行の規模が小さくても、銀行間で共謀すれば、Too-Many-To-Fail といった
期待も働きかねない(Mitchell (1998b))。
3. 銀行には不良債権を隠すというインセンティブが働くことを前提にすると、自ら資本
注入を受けた銀行に対しては、銀行経営者をあまり重く罰さないほうがよい(Aghion,
Bolton, and Fries (1998))。一方、資本注入を拒んだ銀行が、後の考査・検査で資
本不足であることがわかった場合には、銀行経営者を強く罰した方がよい(Corbett
and Mitchell (2000))。これは、基本的には、自白した犯罪者には刑を比較的に軽く
することによって、自白を促すのと同じメカニズムである。
4. 情報の非対称性(銀行は企業が努力をしているかどうか観察できない、当局は銀行
がちゃんと融資を回収しようとしているかわからない)が、そもそもの問題の根源
にある。従って、銀行の貸出審査能力や当局の考査・検査能力の向上は、情報の非
対称性の程度を減じるということで、「追い貸し」のリスクを低めることになる。
5. これらのモデルでは、不良債権の処理方法(不良債権を償却するのがよいのか、買
取機構のような機関に移転するのがよいのか)や資本注入の仕方(優先株がよいの
か、普通株がよいのか)といった、政策オプションの比較が可能になる (Mitchell
(1998a)、Aghion, Bolton, and Fries (1998))。複雑性が増しハンドリングは苦しく
なるものの、うまくモデルを改良すれば、不良債権の直接償却(償却、売却、放棄)
がよいのか、引当金の積み増しがよいのかといったモデルも作れると思われる(し
かし往々にして、モデルが複雑な割には、結論は常識的なものに終始する可能性が
高いが...)。
17
ここで取り上げた論文の多くは、Corbett (1999) でもサーベイされている。
ゲーム理論という枠組を明示的に適用していないが、櫻川(2001)も、この点を強調したモデルであ
る。
18
13
3.1.3
不確実性と「追い貸し」
上記の「追い貸し」のゲームでは、銀行の合理的な選択のもとに追い貸しが行われるこ
とが、重要なポイントであった。同様に銀行の合理的な選択のもとに追い貸しが行われる
ことを、不確実性の高まりから説明したのが、Baba (2001) のモデルである。不確実性が
高まったときには、設備投資のような非可逆的な意志決定を行おうとすると、
「もうちょっ
と様子をみたい」という誘引が働く。これはオプション理論の立場からは、様子をみて意
志決定を先延ばしするというオプションを購入したことを意味する。Baba のモデルは、
このオプション理論を、銀行が不良債権を償却するという意志決定(設備投資同様、非可
逆的な意志決定)に適用したものである。
実際、銀行は不良債権を償却しようとすると、(i) 貸出実行に伴って生じるロスや、(ii)
担保処分等の手段により回収した資金を再投資することによって得られる収益について、
不確実性に直面する。Baba は、これらの不確実性が高まった場合、銀行は合理的に追い
貸しを行い、償却を先延ばしすることを示した。なお、同モデルでは、不良債権の償却を
促進するために政府が補助金を出そうとすると、補助金を受取って助かりたいという銀行
経営者には、補助金を受取れるか否かで、新たな不確実性が生じてしまい、結局は追い貸
しが助長されてしまう。これは、公的資本の注入にあたっては、銀行経営者の刷新を図る
など、モラルハザードを防止する措置が必要であることを示している。
3.2
「追い貸し」の実証分析
「追い貸し」のモデルは、最近になって発展をみたという事情もあり、実証分析につい
てはあまりみるべきものはない。数少ない例をあげると、
• Tsuru (2001a) は個別銀行の貸出データを用いて、自己資本比率の低い銀行ほど、不
良債権比率の高い不動産向けの貸出を維持する傾向があることを検証した。
• Peek and Rosengren (1999) は、一部上場企業の財務データを用い、1994 年から 1998
年の間では、ROA の低い先にほどメインバンク貸出が増加していることを示し、業
績の悪い先に「追い貸し」がなされていたのではないかとしている。
• 櫻川(2001)は、不動産関連融資のシェアと地価の関係を検討し、1992 年以降は地
価が下落するほどシェアが高まる傾向があることを示した。この結果は、1970 年か
ら 1993 年までのデータを用いて、建設・不動産向けの貸出の増加には地価上昇がと
りわけ寄与しているとした山崎・竹田(1997)と対照的な結果である。
「追い貸し」については、ミクロ、マクロの両面から、実証分析の蓄積が待たれるところ
である。
14
[BOX]「追い貸し」ゲーム・モデルの拡張
図表 5 で表わした「追い貸し」ゲーム・モデルのエッセンスは、モデルを若干複雑にして、追
加的な努力をしなくとも効率の高いプロジェクトを実行できる「優良先」をモデルに導入しても
変わらない。例えば、α の割合の企業は、そもそも生産性の高い「優良先」であり、1 単位の融資
で、2 期間後に (Rg , Bg ) のリターンをあげるとしよう。ただし、銀行は 1 期間を経るまで、融資先
が「優良先」か「不良先」かわからない。「不良先」は、1 単位の追加融資を必要とする点や怠業
のインセンティブがある点などは、本文の仮定と同じである。
1 期間を経て、たまたま運悪く、銀行は「不良先」に融資をしていることを知ったとしよう。銀行
としては、(i) 1 単位の「追い貸し」を行うか、(ii) 「不良先」への融資を清算して、新規の貸出先を探
すかの選択に迫られる。前者のリターンはネットで Rp − 1 である。仮に企業が必ず怠業すると思え
ば、後者のリターンは、
「不良先」の清算価値(L)に、新規先への期待収益 α(Rg −1)+(1−α)(Rp −2
)を加えたものになる。ポイントは、地価が十分に下がり清算価値が落ちたとき、後者のリターン
は前者のリターンを下回ることにある。 本文でみたように、こうした条件が成り立てば、合理的
に「不良先」は怠業を選択し、銀行は「追い貸し」を選択することになり、(怠業、追い貸し)が
ゲームの均衡解となる。
上記の条件は、正確には
1−α−L
,
α
となる。この条件は、(i) 地価が低ければ低いほど成立しやすくなるほか、(ii)「優良先」と「不良
Rg − Rp <
先」の銀行へのリターンの差(Rg − Rp)が小さければ小さいほど、また、(iii) 「優良先」の割合
(α)が小さくなればなるほど、成立しやすくなる。
銀行 x 1 単位の融資
1−α✁
✁
✁ ❆
✁
☛✁
企業 ❤
怠業 ✁
銀行
✁
✁ ❆
✁
☛✁
x
(L, 0)
15
❆
❆
❆
❆ 努力
❆
❆
❆
❆
❆
✁ ❆
✁
❆
❆ 清算
追い貸し ✁
✁
❆
1 単位の追加融資
✁
❆
✁
❆❆
✁☛
(Rp , Bp )
❆
❆
α
❆
❆
❆
❆
❆
❆
❆
❆
❆
❆
❆
❆
❆
(Rg , Bg )
❆
❆
❆
❆
(Rg , Bg )
(補論) その他の不良債権問題に関する論文
本論では、不良債権問題が実体経済に与える影響を中心に、諸論文をサーベイした。し
かし、不良債権問題については、「不良債権問題は何故生じたのか」とか「不良債権問題
をどうやって解決するのか」といった観点から、その他多くの論文が発表されている。補
論では、それらのうちの主要なものをレビューする。
「不良債権問題は何が原因で発生したのか」と問われれば、「バブルが発生し、破裂し
「では何故日本でバブル
たから」いうのが一般的な答えだと思われる。Cargill (2000) は、
が発生したのか」、
「何故、不良債権問題の解決に時間がかかっているのか19 」といった問
題意識で日本経済を振り返り、(i) 70 年代以降の金融自由化環境に適合しなくなった規制
の残存、(ii) 80 年代後半における日銀による金融緩和の継続、(iii) バブル経済崩壊後の政
府の初期対応の遅れ、(iv) 公的資金導入の反発などにみられる納税者の無理解、(v) 情報
開示に消極的であった金融機関の不透明性、といった 5 つの要因をあげている。
他の論文でも、概ね同様のポイントをあげているが、これら 5 つの要因のうち、どれに
力点をおくかで微妙な違いがある。
例えば、Hoshi and Kashyap (1999) は、上記のポイントのうち、金融自由化の問題に特
に焦点をあて、日本も間接金融のウェイトが米国並みに縮小していく中で、貸出市場の自
由化を預金市場の自由化に先行させてしまったため(銀行部門の貸出市場でのプレゼンス
は後退する一方、預金は高止まり)、銀行が余剰資金を無理に貸し込もうとしたのが問題
の根源としている。Ueda (2000)、 Hoshi (2000) は、こうした無理な貸し込み(その多く
は不動産関連の貸出とみられる)と不良債権の関係を、個別銀行の財務データを用いるこ
とによって、さらに浮き彫りにしており、80 年代後半に不動産関連の貸出を伸ばした銀
行ほど、後に不良債権の負担に喘いでいることを計数的に確認している。
この他、Lincoln (1998) は、銀行経営者の刷新を伴わずに公的資金を 1998 年春に注入
したことが、銀行経営者のモラルハザードを助長したのみならず、納税者の不信を買って
しまったことを指摘している。また、Kanaya and Woo (2000) は、コーポレート・ガバナ
ンスの欠如を特に重視しており、内部監査機能が不十分であったために、金融機関の経営
陣はリストラのインセンティブを失い、自らの退職までは問題を先送りする傾向が強かっ
たとしている(この点は本論でみた「追い貸し」の存在をサポートするものである)。
以上の話が、日本固有の問題にスポットをあてた分析であるが、金融危機を経験した国々
19
Demirgüç-Kunt, Detragiache, and Gupta (2000) は、日本を含み金融危機を経験した国々(18 カ国)
のデータを用いて、金融危機後の経済状況を国際比較している。金融危機の年には経済成長は大きく減少
するものの、2、3 年後には回復しており、だいたいそのぐらいの期間で、金融危機を脱するのが一般的と
している。この点、日本はタイと並んで、例外的に不良債権問題の解決に時間をかけている(Corbett and
Mitchell (2000))という叙述もみられる。
なお、国際比較の見地から日本の金融危機・不良債権問題がどの程度深刻なものであったのかを分析した
例は意外と少ない。Corbett (2000) は 80 年代から 90 年代初頭にかけて金融危機を経験した 8 カ国の比較
を通じて、日本の危機がそれら 8 カ国の中では「中ぐらい」の厳しさだったとしている。しかし、分析では
1997 年までのデータを用いたに過ぎず、それ以降の状況を考慮に入れると、この結論はやや受け入れ難い。
16
には何か共通の要素はないのかを探ったのが、Demirgüç-Kunt and Detragiache (1998) や
Hutchison, Kathleen, and Madrassy (1999)、Hutchison and McDill (1999) の研究である。
例えば、Hutchison 等は、預金保険・金融自由化・中銀の独立性を指数化して、金融危機
の確率を計算するプロビット・モデルを推計し、この中で金融自由化と預金保険の項が有
意であることを検証している。また、これらの論文は、各国のデータをプールして、金融
危機を予測する Early Warning Indicators を構築しようとしている(実質金利と株価の 2
変数が金融危機予測に有効というのが取敢えずの結論)。
以上の論文が不良債権問題が何故生じたのかを分析しているのに対し、「ではどうやっ
たら解決できるのか」といった解決法を、抽象度には差があるものの、提示する論文も
多々みられる。例えば、第 3 節でみたように「追い貸し」のモデルは、解決法をデザイン
する要素を含んでいる。その他、小林・加藤 (2001) は、監査基準の厳格化とともに、企
業金融手法の多様化や、企業会計・行政手続きの透明化等の制度的な手当てを、かなり具
体的に提案している。
また、Diamond (2001) は、資本注入について簡単な数値例を用いながら考察を加え、
銀行が企業と長期的な取引関係等を通じて、他の銀行では持ち得ない内部情報を有してい
るときには(relationship lending)、思い切った資本注入が望ましいことを示している。
一方、深尾 (2001) は、バランスシートの毀損が回復したとしても、今のような低い利
鞘では早晩、銀行業は再び立ち行かなくなるとしている。貸し倒れリスクに見合った貸出
金利を設定し、適正な利鞘がとれないのは、本来民間業務の補完として発展していたはず
の政府系金融機関が低利で融資を行っているからだとして、政府系金融機関の改革を提言
している。
17
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