国際協力 NGO の情報誌「シナジー」 Vol.156 2013.January P25 特集 2「シリアに“人権”の文字なし」 ヒューマンライツウォッチ 土井香苗氏 寄稿文全文 アラブの春の吹き荒れる 2011 年 3 月にシリアでも抗議デモが始まって以来、紛争下での民 間人殺害や抗議活動の弾圧などの著しい人権侵害が続くシリア。 国際人権 NGO ヒューマン・ライツ・ウォッチは、勇敢な調査員たちの調査によって、シリ ア内部の隠された人権侵害を世界に知らせるとともに、人権侵害を止めるためのグローバ ルなアドボカシーを展開してきた。国内へのアクセスが難しく、正確な情報を得るのが難 しいと言われるシリアだが、ヒューマン・ライツ・ウォッチは「アラブの春」のずっと前 からシリアにおける人権侵害を調査してきていた。その中で培ってきたネットワークや地 元での信頼をもとに、今回も、閉鎖国家内の隠された人権侵害を白日の下にさらし、これ を止めるべく世界的な圧力を生み出してきた。 たとえば最近では(執筆時は 10 月) 、シリア空軍がクラスター弾を使用したことをつきと め、世界に先がけて 10 月 14 日、いち早く発表。日本を含む世界中のメディアで報道され たのでご覧になった方も多かろう。シリア政府に対しクラスター爆弾使用をやめるよう求 めるとともに、シリア国内で人気のアルジャジーラなどのテレビ局に対し、不発弾による 被害者を最小限に抑えるため、クラスター爆弾を扱う際の危険性を報じるよう要請した。 直後にシリア政府はその使用を否定したが、我々はその後も追跡調査を続け、10 月 23 日、 イドリブ県などの 5 県全域でクラスター爆弾の投下が続いていることを示す証拠を新たに 発表。被害者の住民などの聞き取り調査等はもちろん、10 月 14 日以降の新たな 10 件のク ラスター爆弾攻撃の残骸を映した 64 本のビデオ映像と写真の分析も行い、証拠の真正性を 確認。結果、長年にわたり人々を殺害し傷つけ続けるこの無差別兵器の使用に対し、オー ストリア、ベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、ノルウェー、カタールなどの国々 が非難の声をあげた。これ以上クラスター爆弾を使わせないため、世界的なプレッシャー が必要であるが、日本政府が現時点(10 月 31 日)声を上げていないのは遺憾である。 クラスター爆弾はもちろん、市民を巻き込むその他の空爆の状況についても調査・発表を 続けてきた。そして、そうした証拠をもとに、国連安保理の理事国に対し、シリア政府に 対する武器輸出禁止措置、ならびに人権侵害の責任者である政府高官を対象にした制裁措 置を発動すると共に、シリア紛争を国際刑事裁判所(ICC)に付託するようグローバルなロビ ーイングを続けている。 一連の無差別攻撃については、詳しくはヒューマン・ライツ・ウォッチのウェブサイトを 参照していただきたいが、たとえば、2012 年 8 月 30 日、パン屋前行列攻撃の実態を発表し た際にも世界中のメディアが報じた。政府軍が、8 月 10 日から 24 日の間にアレッポ県内で、 少なくとも 10 軒のパン屋とその周辺を空爆/砲撃し、パン屋前で行列していた多数の一般 国際協力 NGO の情報誌「シナジー」 Vol.156 2013.January P25 特集 2「シリアに“人権”の文字なし」 ヒューマンライツウォッチ 土井香苗氏 寄稿文全文 市民を殺傷したのだ。たとえば、8 月 16 日にアレッポ市内で行われた攻撃では 60 人も殺害 され、70 人以上が負傷。他に 8 月 21 日に同市内であった攻撃でも、少なくとも 23 人が殺 害され、30 人が負傷。このパターンと頻度は、政府軍が一般市民を標的にしていることを 示唆するものであり、重過失による無差別攻撃も意図的な一般市民への攻撃も、いずれも 戦争犯罪に該当することを告発。改めて、こうした攻撃を終わらせるための国連安保理の 措置発動を求めた。 一方、あらゆる紛争において、 「すべての」紛争当事者の国際人道法・人権法遵守を調査・ 監視する必要性は強調しても強調しすぎることはない。シリア紛争においても、政府軍や シャヒーバ(shabeeha)と呼ばれる親政府民兵組織による人権侵害のみならず、反政府勢力 の監視も続けている。2012 年 3 月には、反政府勢力による、政府治安部隊隊員やシャヒー バ等に対する処刑、誘拐、拘留、拷問などの人権侵害の実態を詳細に調査して告発。世界 的な反響を呼んだ。シリア政府の残虐な戦略を理由に反政府武装勢力による人権侵害を正 当化できないことは言うまでもない。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、反政府勢力指導 者らに対し、自らの部下らに、いかなる状況下でも拷問、誘拐或いは処刑を行ってはなら ないと明確にするよう求めた。 我々が調査・告発してきたのは、こうした紛争下における人権侵害だけではない。政府抗 議デモ発生直後から、デモ弾圧の実態も調査してきた。そして、シリア治安機関がシリア 全域でデモ参加者らに対して実弾発射を繰り返し、市民が殺害されている実情を刻々と発 表。さらに、デモ参加者・活動家・ジャーナリストらに対する恣意的拘束が頻繁に行われ、 多くの場合彼らが拷問・虐待されている実態も調査して取りまとめてきた。 2012 年 7 月には、これまでの拷問・虐待の調査結果をまとめ、シリア全土の 27 の拘禁施設 の所在地・指揮官名・拷問方法を 81 頁の調査報告書「拷問列島:2011 年 3 月以降シリアの 地下拘禁施設で継続する恣意的逮捕、拷問、強制失踪」及びマルチメディアにまとめて発 表。この報告書では、元被拘禁者と脱走兵の協力を得て、シリアの諜報機関が運営してい る 27 カ所の拘禁施設の所在地、運営責任を担う情報機関名、拷問方法、多くの指揮官の氏 名などを特定。虐待と拷問が組織的に行われ、政府による政策として行われていることを 立証した。 シリアでは、今でも著しい人権侵害が続いており(詳しい情報は http://www.hrw.org/ja/middle-eastn-africa/syria にまとめてあるので参照していただきたい)、 これを止めることは国際社会の急務である。日本政府が人権侵害をとめるための声をあげ るよう、日本の市民たちが求める必要がある。その声があまり聞こえないのが残念である。
© Copyright 2024 Paperzz