平成14年度 学位論文 確率微分方程式と その線形フィルターへの応用 兵庫教育大学大学院 教 科・領 域 教 育 専 攻 M 0 1 1 8 3 H 学校教育研究科 自 然 系コ ー ス 荻 野 智 夫 序 論 自然現象や社会現象をモデル化しようとするとき, ランダムな要素が無視できないものが 多数存在する. 例えば水中の Brown 粒子のジグザグな運動や化学反応過程であり, また株価 の不規則な変動などがそうである. これらの現象を数学的に記述する場合, 常微分方程式に ランダムな確率過程を介在させることが必要となる. 具体的に次のような生物の増殖を記述するモデルを考える. dN (t) = a(t)N (t) , N (0) = N0 · · · (1) dt ただし N (t) は時刻 t における個体数であり, a(t) は時刻 t における相対変動率とする. こ れは孤立した集団の個体数増殖を記述する微分方程式で , Malthus の人口法則として知られ るものである. この {N (t)}t≥0 を体系だった一つのシステムと捉え , 系過程と呼ぶ. (1) の係数 a(t) が完全には確定せず , 例えば何らかのランダムな環境の影響のために , a(t) = r(t) + ”ノイズ (雑音) ” という形をしていると考えるのが本論文の立場である. ここに関数 r(t) は確定的であるが , ノイズ項の正確な挙動は分からず , その確率分布だけが分かっているとする. 一般に , 確率過 程を含む微分方程式を確率微分方程式と呼んでいる. そして本論文において ”ノイズ ”の役 割を担う確率過程が , 数学的に定義されたBrown 運動である. 不規則な現象の時間発展には , それを一つの標本ととらえたとき, その軌道がジグザグで あるという顕著な特徴があり, 常微分方程式の解のなめらかな軌道とは様相を異にする. 日 本人数学者 伊藤 清は , この不規則性を表すジグザグな標本路の力学を記述するため, Brown 運動による確率積分および確率微分方程式の概念を導入した. そしてそれを解析する基本的 手段を与え , 不規則な系の微分積分学を厳密な数学的理論として構築した. その業績はしば しば Itô Calculus の名を冠して称えられる. 確率解析の分野ではさらに日本人数学者の貢献が続くが , 中でも 國田 寛, 渡辺信三両氏が , 確率積分をより一般的なマルチンゲールの理論として美しく整備したことが , 後の発展に決 定的な役割を果たした. その後, 確率微分方程式はその優れた汎用性故に物理学・集団遺伝学・工学・経済学など 様々な分野に広く応用されることになった. 中でも有名な結果に , Kalman-Bucy フィルター の理論がある. あるシステムを観測するときに , 刻一刻とノイズが加わって観測が不正確になる場合を考 える. システムを制御したりその将来を予測したりするためには , 加わるノイズを考慮しな がらシステムの現状をできるだけ正確に推定せねばならない. 例えば (1) の解に関する情報 を得るために , 時刻 s ≤ t において N (s) の観察 Z(s) を行ったとする. しかし , 測定機器の 不確定さのために N (s) を正確に計測することができず , Z(s) = N (s) + ”ノイズ ” i · · · (2) という観測しか得られなかったとする. この {Z(s)}0≤s≤t を 観測過程と呼ぶ. 「この観測過程 {Z(s)}0≤s≤t に基づく (1) を満たす N (t) の最良の推定をどのように求め ればよいか ? 」これを「フィルターの問題」という. 直感的には , これは観測から最良の方法 でノイズを ”ろ過 (フィルタリング ) ”することを意味する. 1961 年に Kalman と Bucy が今日Kalman-Bucy フィルターとして知られるフィルター理 論を構築した. この理論は , 基本的には ”ノイズ ”項を持つ線形確率微分方程式に従うシス テムの状態を ”ノイズ ”を含む一連の観測に基づいて推定する方法を与えている. 確率微分方程式は , 極めて現実的な問題を扱うことのできる数学的手段といえるであろう. 私は現職の高校教員である. 教室で生徒と向かい合うときに心がけるのは , 自分が好きな数 学をいかに彼らに魅力的に伝えるかということである. 数学に好感を持つことによって生徒 の学習意欲は高まるだろうし , さらに生涯にわたって科学に関心を持ち続けることにもつな がると信ずるからである. 昨今の統計を見る限り, 残念ながら日本の子供たちは世界でも指 折りの ”数学が嫌いな ”子供たちである. ちまたでは「数学は現実と乖離した学問であるか ら勉強する価値はない」という定説がまかり通っているように思う. そんな逆風の中にあっ て, この確率微分方程式の理論は , 私自身にとっても数学の奥深い魅力と存在価値を改めて 実感するに足るものであった. 1. 学部時代から興味を持っている確率論に関わり, かつ近年特に注目を集めている理論で ある. 2. 厳密な数学であると同時に , 実社会において直接しかも広範囲にわたって応用されて いる. 3. 日本人数学者が世界に先駆けて, その創始から細部の整備, 一般化に大きく貢献して いる. 以上 3 点がこのテーマを選んだ大きな理由である. 教える者が数学の魅力を再確認しその 有用性に自信を持つことは , 生徒に語る言葉に大きな力を与えるであろう. 本論文の目的は , 第一にマルチンゲールの理論に基づき確率積分の概念を明らかにするこ と , 第二にその確率積分を用いて確率微分方程式を定義し , 適当な条件のもとで解の存在と 一意性を示すこと , 第三に方程式が線形の場合に具体的に解の導出を行い, その応用例とし て Kalman-Bucy フィルターの理論を考察することである. 本論文は , 5 章で構成されている. 第1章 本論文を構成するのに必要な言葉の定義と , 測度論及び確率論における基本的 な結果について簡潔に述べる. 文献 [2],[8],[9],[10],[12],[13] に基づいて述べ, 証明 は原則として参考文献を示すにとどめる. 1. 確率を全測度が 1 の測度として捉え確率空間を構成し , 独立性の概念について述べる. 2. 確率変数と平均値をそれぞれ可測関数と Lebesgue 積分に関連させて導入する. 次に , 二重積分における積分の順序交換に関する Fubini の定理, 確率測度を Fourier 変換によ り特徴づける特性関数について述べる. 最後に特性関数を用いて Gauss 型確率変数の 定義を与える. ii 3. 確率変数列の収束の概念と事象列に関する Borel-Cantelli の補題そして, 確率変数列の 極限操作と積分演算との順序交換に関する Lebesgue の収束定理について述べる. 4. 有限な符号付き測度に関する Radon-Nikodym の定理について述べ, その定理を用いて 条件付き平均値を定義し , その性質をまとめる. さらに Hilbert 空間における射影との 関係について言及する. 第2章 連続な道を持つ確率過程の典型である Brown 運動は , 不規則な運動を数学的に 理想化したものである. Brown 運動はマルチンゲール性を持つ確率過程として捉 えることができ, そのマルチンゲールの概念を用いて確率積分が定義されること になる. マルチンゲールの語源は賭け事に由来する. 離散パラメータのマルチン ゲールを表す等式 E[Xn+1 |Fn ] = Xn は「 次回の勝負後の所持金 Xn+1 を現在ま でのデータ Fn によって推定すれば , ちょうど 現在の所持金 Xn と一致する. 」と 解釈できる. これがマルチンゲールが「公平な賭け」を表現したものと言われる 所以である. 本論文の土台となるこの二つの概念について述べる. 主に文献 [12] に基づいて述べ, 証明は略しているものもある. 1. 最も基本的な ”ノイズ ”の数学的表現である Brown 運動を定義し , その典型的な性質 をいくつか述べる. 次に , σ-加法族の増大系 (フィルトレーション ) および 停止時刻に ついて述べる. 2. 確率積分の基礎となる概念であるマルチンゲールを定義する. そして, Brown 運動のマ ルチンゲール性について論及する. さらにマルチンゲールに関する重要な定理である, Doob の不等式と任意抽出定理について述べる. 3. 2 乗可積分連続マルチンゲール M に対して, M 2 − hM i が再び連続マルチンゲールと なるような連続増加過程 hM i が一意的に存在することを示す. この連続増加過程は , マルチンゲール M の二次変分という意味を持つ. この hM i は後に確率積分の被積分 関数を制限する基準となる. 次にマルチンゲールの一般化である局所マルチンゲール を定義し , 上の議論を拡張する. 第3章 2 乗可積分連続マルチンゲール全体の空間の Hilbert 構造に基づいて確率積分 を定義する. さらにその定義を局所マルチンゲールに一般化し , 本論文全体を通 して大きな威力を発揮する伊藤の公式について述べる. 1. 確率積分は , 2 乗可積分連続マルチンゲール M の, 分割 ∆ に対する Riemann 和の極 限として定義される. その際, 被積分関数 f (s, ω) は M の二次変分増加過程 hM i に Rt よって規定される. 確率積分 { 0 f (s, ω) dMs }t≥0 は再びマルチンゲールとなる. すな わち連続マルチンゲール M の f (s, ω) による変換という意味付けを与えることができ よう. この変換により M を用いた確率微分方程式の数学的定式化が可能となる. iii 2. 確率積分を , Lebesgue-Stieltjes 積分によって特徴づける. このことにより, ”確率微分 ” の記号による形式的演算の正当性が保障され , 確率微分方程式の記述や計算がより簡便 となる. さらにその考えを用いて, 確率積分の定義を局所マルチンゲールへと拡張する. 3. 局所マルチンゲールと有界変動過程の和の形で表わされる確率過程をセミマルチンゲー ルという. 連続なセミマルチンゲールに対し , 微分積分学における合成関数の微分公式 (連鎖律) に相当する公式が与えられる. これが有名な伊藤の公式である. さらにこの公 式を用いて, Brown 運動の判定条件を与える Lévy の定理を示す. 第4章 確率微分方程式を定式化し , いくつかの条件のもとで解の存在および一意性を 示す. さらに係数が線形の場合に具体的に解を導出する方法を紹介し , それを用 いて具体的なモデルを考察する. 1. 確率微分方程式を定式化し , 解の存在と一意性に関する基本定理について述べる. 2. 線形確率微分方程式を具体的に解く方法を考察する. 例として, Brown 粒子のジグザ グ運動のモデルとして有名な Ornstein-Uhlenbeck 過程, および経済学において BlackScholes の株価変動モデルとしても知られている幾何学的 Brown 運動を取り上げる. 3. 線形確率微分方程式を用いて生物の個体数の増殖モデルを記述し , 解析を試みる. 第5章 系過程および観測過程がともに線形確率微分方程式で記述される場合のフィ ルターを線形フィルターという. 特に 1 次元の場合に , 線形フィルターに関する Kalman と Bucy の理論を考察する. 1. フィルターの問題を定式化し , 系過程の時刻 t における値 Xt の, 観測 {Zs }0≤s≤t に基 bt が Xt の条件付き平均値で表されることを , Hilbert 空間における づく最良の推定 X 射影との関係に基づいて示す. bt を具体的に求める方法を考察する. まず {Zt } を 2 乗可積分マルチ 2. 1 次元の場合に X ンゲール {Nt } ( イノベーション過程と呼ぶ) で置き換える. このとき最良の Z-可測推 定は , 最良の N -線形推定と一致することが示される. さらに {Nt } と Brown 運動 {Rt } bt の満たすべき確率微分方程式を求める. との関係を求め, Rt を利用して X bt を Kalman-Bucy 3. Xt および Zt が定数係数線形確率微分方程式で記述される場合に , X フィルターを用いて具体的に求めてみる. 最後に , 二年間懇切丁寧にご 指導頂きました兵庫教育大学大学院数学教室 藤原 司先生に 衷心より感謝の意を表します. 未知の数学を学ぶことは決して楽なことではありませんでし iv た. しかし , その苦しみがあってこそ理解も深まり, 納得したときの喜びが忘れられないもの になることを身をもって体験することができました. また, 後になりましたが , 修士課程在学中お世話になりました兵庫教育大学の諸先生方に 心よりお礼申し上げます. そして, 今回, 研究の機会を与えて頂きました山梨県教育委員会, 山梨県立富士河口湖高等学校長ならびに教職員の皆様にも厚くお礼申し上げます. v 目次 第1章 1.1 1.2 1.3 1.4 基礎概念 確率空間と確率分布 確率変数と平均値 . . 確率変数列の収束 . . 条件付き平均値 . . . . . . . 1 1 2 8 10 第2章 2.1 2.2 2.3 Brown 運動とマルチンゲール Brown 運動とフィルトレーション . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . マルチンゲール . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 二次変分 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13 13 18 20 第3章 3.1 3.2 3.3 確率積分と伊藤の公式 確率積分 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 確率積分の特徴づけ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 伊藤の公式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 26 26 33 38 第4章 4.1 4.2 4.3 確率微分方程式 解の存在と一意性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 線形確率微分方程式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 個体数変動モデル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 45 45 50 54 第5章 5.1 5.2 5.3 線形フィルター フィルターの問題 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1 次元線形フィルター . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 定数係数過程への応用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 58 58 59 78 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 81 参考文献 vi 第 1 章 基礎概念 偶然現象を数学的に記述するために確率空間を用いる. 具体的には標本空間 Ω 事象の族 F およびその上の確率 P の三つ組のことをいう. 一般的な議論をするためには Ω を非可算 集合とする必要があるが , その結果各点ごとに確率を与えその和として事象の確率を定義す るようなことはできなくなる. そこで確率を測度として理解することが必要となる. 標本空間上に定義された可測関数を確率変数という. 確率変数は偶然現象を量的に表す関 数といえる. この章では , 本論文の構成に必要な確率空間と確率変数に関する基本的事項を 述べる. 1.1 確率空間と確率分布 Ω を空でない集合とする. Ω の部分集合族 F が , 次の三つの条件: i) Ω∈F ii) A ∈ F ならば Ac ∈ F iii) An ∈ F, n ∈ N (:= {1, 2, . . .}) ならば S∞ n=1 An ∈ F を満たすとき, σ-加法族という. ただし , Ac は A の補集合である. T {Ft }t∈T , T 6= ∅ を Ω 上の σ-加法族とするとき, t∈T Ft は再び σ-加法族になる. 今, Ω の任意の部分集合族 C に対し C を含む σ-加法族を {Ft }t∈T とする. このとき, C を含む最 T 小の σ-加法族 σ(C) が唯一つ存在し , σ(C) = t∈T Ft である. ある性質が共通部分をとる操作で閉じている集合族について成り立っているとする. 次の 結果は , 同じ性質がその集合族により生成される σ-加法族についても成り立つための条件を 与えている. 定義 1.1.1 集合 Ω の部分集合族 D が次の条件を満たすとき, Dynkin 系であるという. i) Ω∈D ii) A, B ∈ D , B ⊂ A ならば A \ B ∈ D S∞ An ∈ D, An ⊂ An+1 , n ∈ N ならば n=1 An ∈ D iii) 定理 1.1.2 ( Dynkin 系定理 ) C は Ω の部分集合族で , A, B ∈ C ならば A ∩ B ∈ C なる ものとする. このとき D が C を含む Dynkin 系であるならば σ(C) ⊂ D である. 証明は文献 [1, p447] を参照. 全体集合 Ω を標本空間, σ-加法族 F の要素を F -可測集合または事象, それらの組 (Ω, F) を可測空間という. また, 距離空間 Ξ に対し , Ξ のすべての開部分集合を含む最小の σ-加法 族を Borel 集合族といい, B(Ξ) と書く. 1 1. 基礎概念 2 可測空間 (Ω, F) 上の実数値集合関数 µ が次の二つの条件: i) 任意の A ∈ F に対し , µ(A) ≥ 0 S P∞ ii) An ∈ F, n ∈ N, Ai ∩ Aj = ∅ (i 6= j) ならば µ ( ∞ n=1 An ) = n=1 µ (An ) を満たすとき, µ を (Ω, F) 上の測度といい, 三つ組み (Ω, F, µ) を測度空間という. 測度 µ がさらに条件: iii) µ(Ω) = 1 を満たすとき µ を特に P と書き (Ω, F) 上の確率測度という. 三つ組み (Ω, F, P ) を確率 空間, P (A) を A の確率という. 可測空間 (Ξ, B(Ξ)) 上の確率測度を特に確率分布または単 に分布という. 確率空間を考えるとき, 最も基本的な概念は独立性である。有限個の事象 A , . . . , An が独 ³T ´ Q ¡ 1¢ k k 立であるとは , 任意の部分列 Ai1 , . . . , Aik に対し P = j=1 P Aij が成り立つ j=1 Aij ことをいう. 無限個の事象の系 {Aλ }, λ ∈ Λ が与えられたとき, その任意有限個が独立であれば 系 {Aλ }, λ ∈ Λ は独立であるという. 有限個の F の部分 σ-加法族の列 F1 , . . . , Fn が独立であるとは , 各 Fi から任意の元 Ai を 選んで得られる事象の列 A1 , . . . , An が独立であるときをいう. 無限個の F の部分 σ-加法族の系 {Fλ }, λ ∈ Λ が独立であるとは , その任意有限個の Fλ が独立であるときをいう. 1.2 確率変数と平均値 (Ω, F) を可測空間, Ξ を距離空間とする. 写像 f : (Ω, F) 7→ (Ξ, B(Ξ)) が F-可測関数で あるとは , 任意の A ∈ B(Ξ) に対し , 次を満たすときをいう. f −1 (A) := {ω ∈ Ω ; f (ω) ∈ A} ∈ F ただし , f : (Ω, F) 7→ (Ξ, B(Ξ)) とは , f は Ω 7→ Ξ なる写像でしかも F の元を B(Ξ) の 元に写すという意味である. 尚, f が実数値の場合は , 上の条件は任意の有理数 r に対し ¢ ¡ f −1 (−∞, r) ∈ F であることと同値である. 特に , RN ( N 次元 Euclid 空間 ) 上の B(RN )-可測な関数を N 次元 Borel 関数という. 例 1.2.1 ( 可測関数の例 ) (Ω, F) を可測空間とする. A ∈ F に対して, ( 1 (ω ∈ A のとき) IA (ω) := 0 (ω ∈ Acのとき) と定義すると , IA は F-可測である. 今後 IA と書けば上の関数を意味するものとする. 定理 1.2.2 Ω 上の実数値可測関数については次の性質がある. i) f (ω), g(ω) が有限な値をとる可測関数ならば , 任意の実数 α, β に対して αf (ω) + βg(ω) は可測関数である. また積 f (ω)g(ω) も可測関数である. 1. 基礎概念 ii) 3 fn (ω), n = 1, 2, . . . が可測ならば sup fn (ω) , inf fn (ω) , lim sup fn (ω) , lim inf fn (ω) n≥1 n≥1 n→∞ n→∞ は全て可測である. 従って f (ω) = lim fn (ω) が存在すれば f (ω) も可測である. n→∞ 証明は文献 [8, pp.63–64] を参照. 直積空間上の関数の可測性についての次の定理は有用である. 定理 1.2.3 (X, B(X)) を任意の可測空間とし , X と RN との直積空間 Z = X × RN におい て直積 σ-加法族 B(Z) = B(X) × B(RN ) を定義する. Z 上の関数 f (x, y) , x ∈ X, y ∈ RN について次の性質が成り立っているとする. i) y を固定すれば x の関数として B(X)-可測であり, ii) x を固定すれば y の関数として連続である. このとき f (x, y) は (x, y) ∈ Z の関数として B(Z)-可測である. 証明は文献 [8, pp.68–70] を参照. 定義 1.2.4 確率空間 (Ω, F, P ) 上で定義された写像 X : (Ω, F) 7→ (Ξ, B(Ξ)) が F-可測のと き, X を Ξ-値確率変数という. 本論文では Ξ として Euclid 空間を考えることが多い。従って以後本論文において, 単に 確率変数といえば実数値とする. 有限個の確率変数の組 X = (X1 , . . . , XN ) を N 次元確率変数あるいは N 次元確率ベク ト ルという。 F の部分集合族 {X −1 (A) ; A ∈ B(RN )} は σ-加法族をなす. これを X により生成され る σ-加法族といい, σ(X) で表す. σ(X) は X を可測にする最小の σ-加法族となる. 次に確率ベクトルの独立性について述べる. 有限個の確率ベクトル X1 , . . . , Xn が独立であるとは , σ(Xi ) , i = 1, . . . , n が独立である ことをいう. このことは , 任意の Ai (Xi の値域の開部分集合) に対し , P (X1 ∈ A1 , . . . , Xn ∈ An ) = n Y P (Xi ∈ Ai ) i=1 となることと同値である. 確率ベクトル系 {Xλ }, λ ∈ Λ が独立であるとは , σ(Xλ ), λ ∈ Λ が独立であることをいう. このことは , 任意有限個の Aλi (Xλi の値域の開部分集合) i = 1, . . . , n に対し , P (Xλ1 ∈ Aλ1 , . . . , Xλn ∈ Aλn ) = n Y i=1 となることと同値である. P (Xλi ∈ Aλi ) 1. 基礎概念 4 S 確率ベクトル系 {Xλ }, λ ∈ Λ が与えられたとき, 集合族 λ∈Λ σ(Xλ ) を含む最小の σ-加法 族を σ(Xλ ; λ ∈ Λ) で表す. 二つの確率ベクトル系 {Xλ }, λ ∈ Λ と {Yγ }, γ ∈ Γ が独立である とは , σ(Xλ ; λ ∈ Λ) と σ(Yγ ; γ ∈ Γ) が独立であることをいう. X, Y を確率ベクトル , φ, ψ を Borel 関数とするとき, X と Y が独立であれば φ(X) と ψ(Y ) も独立である. さて, 測度空間 (Ω, F, µ) 上の非負可測関数 f (ω) に対して, 測度 µ による積分 Z Z f (ω)µ(dω) あるいは f (ω) dµ(ω) Ω Ω を定義することができる. さらに一般の可測関数 f (ω) が Z |f (ω)| µ(dω) < ∞ Ω を満たすとき, f は可積分であるといい, この f についても積分を定義できる. 定義 1.2.5 X を確率空間 (Ω, F, P ) 上の確率変数とする. X の P に関する積分が定義でき るとき, Z E[X] := X(ω)P (dω) Ω £ 2¤ を X の平均値という. また V (X) := E (X − E[X]) を分散という. さらに A ∈ F に対して, Z E[X ; A] := E[XIA (ω)] = X(ω)P (dω) A と定義する. N 次元確率ベクトル X = (X1 , . . . , XN ) に対して, N 次元ベクトル M := (E[X1 ], . . . , E[XN ]) を平均ベクト ル , Cov(Xi , Xj ) := E[(Xi − E[Xi ])(Xj − E[Xj ])] を Xi と Xj の共分散, N × N 行列 V := (Cov(Xi , Xj )) を X の共分散行列という. 確率空間 (Ω, F, P ) 上の確率変数 X が可積分であるとき, X ∈ L1 (Ω, F , P ) (または L1 (Ω) , L1 (P ) または単に L1 ) と書く. さらに X ∈ Lp (Ω, F , P ) (または Lp (Ω) , Lp (P ) , Lp ) とは , Z |X(ω)|p P (dω) < ∞ E [|X|p ] = Ω 2 であるときをいう. L (Ω, F, P ) に特有な性質を一つ挙げておく. 定理 1.2.6 X ∈ L2 (Ω, F, P ) に対し µZ ¶ 21 ¤1 £ |X(ω)| P (dω) = E |X(ω)|2 2 2 kXk := Ω と定義すると , L2 (Ω, F, P ) は k·k をノルムとする Hilbert 空間である. 1. 基礎概念 5 証明は文献 [8, p.163] を参照. 本論文において次の平均値に関する不等式は重要である. 証明は文献 [13, pp.91–93,p98] を参照. 定理 1.2.7 X, Y は確率空間 (Ω, F, P ) 上の可積分な確率変数とする. i) ( Hölder の不等式) p > 1, 1 p + 1 q = 1 のとき, 1 1 E [|XY |] ≤ E [|X|p ] p E [|Y |q ] q. 特に p = 2 のときは Schwarz の不等式である. ii) ( Minkowski の不等式) p ≥ 1 のとき, 1 1 1 E [|X + Y |p ] p ≤ E [|X|p ] p + E [|Y |p ] p. iii) ( Chebyshev の不等式) このとき x > 0 に対し , ϕ を R 上の非負偶関数で (0, ∞) 上で正かつ増大とする. P ({ω ∈ Ω ; |X(ω)| ≥ x}) ≤ E [ϕ (X)] ϕ(x) . iv) ( Jensen の不等式) ψ は R 上の実数値凸関数とする. ψ(X) が可積分ならば , ψ (E[X]) ≤ E [ψ(X)] . 次の定理およびその系は , 二重積分における積分の順序交換に関するものである. ただし , 証 明は文献 [8, pp.100–105] を参照. 定理 1.2.8 ( Fubini の定理) 直積測度空間 (S, S, µ) = (S1 × S2 , S1 × S2 , µ1 × µ2 ) 上の非負 可測関数 f (z) = f (x, y) に対し , 次が成り立つ. Z i) f (x, y)µ2 (dy) は x の S1 -可測関数であり, S2 Z f (x, y)µ1 (dx) は y の S2 -可測関数である. S1 Z Z Z Z Z ii) f (z)µ(dz) = µ1 (dx) f (x, y)µ2 (dy) = µ2 (dy) f (x, y)µ1 (dx) S S1 S2 S2 S1 系 1.2.9 (S, S, µ) 上の可測関数 f (z) = f (x, y) に対し Z Z Z Z Z µ1 (dx) |f (x, y)| µ2 (dy) , µ2 (dy) |f (x, y)| µ1 (dx) , |f (z)| µ(dz) S1 S2 S2 S1 S のうちでどれか一つが有限ならば , 他の二つも有限であって三つとも等しく, しかも上の i), ii) が成り立つ. Fubini の定理を用いて独立な確率変数の平均値に関する次の有用な性質が導かれる. 1. 基礎概念 6 定理 1.2.10 (乗法定理) X1 , . . . , Xn を独立な N 次元確率ベクトルとし , f1 , . . . , fn を RN から R (または複素数の空間 C) への可測関数とする. 各 fk (Xk ) が可積分であれば , 積 Qn k=1 fk (Xk ) も可積分で , 次が成り立つ. " n # n Y Y E fk (Xk ) = E [fk (Xk )] k=1 k=1 証明は文献 [13, p.88] を参照. N 次元確率ベクトル X に対し , ¡ ¢ µX (A) := P {ω ∈ Ω ; X(ω) ∈ A} , A ∈ B(RN ) ¡ ¢ とするとき, µX は RN , B(RN ) 上の確率測度すなわち確率分布となる. これを X の分布と いう. g(x) を N 次元 Borel 関数とする. 可積分な N 次元確率ベクトル X に対し , g(X) もまた 確率ベクトルとなり E[g(X)] が定義される. 上で見たように X により P は X の分布 µX に写されるから , E[g(X)] が存在すればそれは µX の積分としても表される. すなわち Z ∞ Z ∞ E[g(X)] = ··· g(x1 , . . . , xN )µX (dx1 , . . . , dxN ) . −∞ −∞ ここに右辺の積分は Lebesgue-Stieltjes 積分 (定義については文献 [8, pp.146–149] を参照) で ある. この議論の詳細については文献 [13, p.83] を参照. 次に , 確率変数の特性関数をその分布を用いて定義する. 定義 1.2.11 X を N 次元確率変数, µX を X の分布とする. Z ∞ √ P h √ ∗ i Z ∞ N −1ξ X = ··· e −1 k=1 ξk xk µX (dx1 , . . . , dxN ), ξ ∈ RN ϕ(ξ) := E e −∞ −∞ を X の特性関数という. ここで , ξ ∗ は ξ の転置行列 (ベクトル ) を表し , ξ ∗ X は RN におけ る ξ と X との内積を表す. µX が確率密度関数 f を持つとき Z h √ ∗ i Z ∞ −1ξ X ϕ(ξ) := E e = ··· −∞ ∞ √ e −1 PN k=1 ξk xk f (x1 , . . . , xN ) dx1 · · · dxN −∞ が成り立つ. すなわち, ϕ は可積分関数 f の Fourier 変換に他ならない. 特性関数は確率変数の分布だけに依存する. 従って X と Y が同じ分布を持てば , 定義さ れている確率空間が異なっている場合でも特性関数は等しい. 定理 1.2.12 ( 一意性定理 ) RN -値確率変数 X, Y の分布を µX , µY , 特性関数を ϕX , ϕY とする. このとき, ϕX = ϕY ならば µX = µY となる. 証明は文献 [13, p.116] を参照. 定理 1.2.12 により, 特性関数は分布を特徴づける有用な量であることが分かる. 1. 基礎概念 7 定理 1.2.13 確率変数 X1 , X2 , . . . , Xn が独立であるための必要十分条件は , ϕX (ξ1 , . . . , ξn ) = n Y ϕXk (ξk ) , ξ1 , . . . , ξn ∈ R k=1 が成り立つことである. ただし , ϕX は X = (X1 , . . . , Xn ) の特性関数を表す. 証明は文献 [13, p.116] を参照. R 1 −(x−m)2 /2v e dx , Λ ∈ 例 1.2.14 ( 特性関数の例 ) 1 次元正規分布 N (m, v) は P (Λ) = Λ √2πv 1 B(R ) で定義される. その特性関数は次で与えられる. Z ∞ √ √ (x−m)2 ξ2 1 ϕ(ξ) = e −1ξx √ e− 2v dx = e −1ξm− 2 v 2πv −∞ この例を一般化して , 次の Gauss 型確率変数の定義を与える. 定義 1.2.15 i) 確率変数 X の特性関数 ϕ(ξ) がある m ∈ R1 , v ∈ R+ によって √ ϕ(ξ) := E[e −1ξX ]=e 2 √ −1ξm− ξ2 v , ξ ∈ R1 と表されるとき, X を平均 m, 分散 v の1 次元 Gauss 型確率変数という. ii) N 次元確率変数 X = (X1 , . . . , XN ) の特性関数 ϕ(ξ) がある M ∈ RN とある N × N 非負定値対称行列 V によって √ ϕ(ξ) := E[e −1ξ ∗ X √ ]=e −1ξ ∗ M − 12 ξ ∗ V ξ , ξ ∈ RN と表されるとき, X を平均ベクトル M , 共分散行列 V の N 次元 Gauss 型確率変数と いう. Gauss 型確率変数には次のような性質がある. これらは主に第 5 章で有効に働く. 定理 1.2.16 確率ベクトル X = (X1 , . . . , XN ) が Gauss 型であるための必要十分条件は , 各 PN 成分の任意の一次結合 k=1 ak Xk が Gauss 型確率変数であることである. 証明は , [9, pp.25–26] を参照. 系 1.2.17 定理の条件は , X0 = 0 として , 「各成分の階差の一次結合 が Gauss 型確率変数である」としてもよい. PN k=1 bk (Xk − Xk−1 ) 【証明】 必要性については任意の (a1 , . . . , aN ) ∈ RN に対し bk = N X ai , k = 1, . . . , N i=k とおけばよく, 十分性については任意の (b1 , . . . , bN ) ∈ RN に対し ak = bk − bk+1 , k = 1, . . . , N − 1 , aN = bN とおけばよい. ¥ 1. 基礎概念 8 定理 1.2.18 {Xk } , k = 1, 2, . . . は Ω 上の Gauss 型確率変数列で E[|Xk −X|2 ] → 0, k → ∞ が成り立っているとする. このとき X は Gauss 型確率変数である. 定理 1.2.19 Y0 , Y1 , . . . , Yn を Ω 上の実確率変数とする. さらに X = (Y0 , Y1 , . . . , Yn ) は Gauss 型確率変数であり, Y0 と Yj , j = 1, . . . , n は相関がない, すなわち E[(Y0 − E[Y0 ])(Yj − E[Yj ])] = 0 , j = 1, . . . , n が成り立つとする. このとき Y0 は {Y1 , . . . , Yn } と独立である. 以上証明は文献 [4, p349] を参照. 1.3 確率変数列の収束 確率空間 (Ω, F, P ) において, P (Ω0 ) = 1 を満たす Ω0 ∈ F があって, ある事柄が任意の ω ∈ Ω0 に対して成り立つとき, ほとんど確実 (almost sure) に成り立つといい, a.s. と書く. 例えば , 確率変数 X, Y について, X = Y a.s. とは , ¡ ¢ P {ω ∈ Ω ; X(ω) = Y (ω)} = 1 のときにいう. また一般の測度 µ に対し , ある事柄が測度 0 の集合を除いて成り立つときは , ほとんどいたるところ (almost everywhere) 成り立つといい µ - a.e. と書く. 定義 1.3.1 {Xn }n∈N , X を確率空間 (Ω, F, P ) 上の確率変数とする. i) Xn が X に概収束するとは , ³n o´ P ω ∈ Ω ; lim Xn (ω) = X(ω) =1 n→∞ が成り立つときにいい, Xn → X a.s. と書く. ii) Xn が X に確率収束するとは , 任意の ε > 0 に対して, lim P ({ω ∈ Ω ; |Xn (ω) − X(ω)| > ε}) = 0 n→∞ が成り立つときにいい, Xn → X in pr. と書く. iii) p ≥ 1 とする. Xn が X に p 次平均収束 (Lp 収束) するとは , lim E [|Xn − X|p ] = 0 n→∞ が成り立つときにいい, Xn → X in Lp と書く. まず事象列に関する重要な補題を一つあげておく. 補題 1.3.2 (Borel - Cantelli の補題) 事象列 Λn ∈ F, n ∈ N に対し , Ã∞ ∞ ! ∞ X \ [ P (Λn ) < ∞ ならば P Λk = 0 . n=1 n=1 k=n 1. 基礎概念 9 S 【証明】確率測度の劣加法性と , k≥n Λk が n に関して減少列であることから Ã∞ ∞ ! Ã∞ ! ∞ \ [ [ X P Λk = lim P Λk ≤ lim P (Λk ) = 0 . n→∞ n=1 k=n k=n n→∞ k=n ¥ それぞれの収束の関係については , 次の定理が成り立つ. 証明は文献 [13, p.73, p.93] を参照. e を確率空間 (Ω, F, P ) 上の確率変数とするとき, 次が成り立つ. 定理 1.3.3 {Xn }n∈N , X, X i) Xn → X a.s. ならば ii) Xn → X in Lp Xn → X in pr. iii) Xn → X in pr. e in pr. ならば Xn → X in pr. かつ Xn → X iv) Xn → X in pr. ならば ならば e a.s. X=X その適当な部分列は X に概収束する. 最後に極限操作と積分との順序交換を保障する定理をいくつか述べる. これらは本論文に おいて極めて重要である. 定理 1.3.4 確率変数列 {Xn }n∈N と確率変数 X に対し , 次が成り立つ. i) (単調収束定理) 0 ≤ Xn % X (単調増加) a.s. ならば lim E[Xn ] = E[X] . n→∞ h i ii) (Fatou の補題) Xn ≥ 0 ならば E lim inf Xn ≤ lim inf E[Xn ] . n→∞ n→∞ 証明は文献 [13, pp.81–82] を参照. 次に確率変数列 {Xn }n∈N に対して一様可積分性を定義し , その性質から導かれる Lebesgue の収束定理について述べる. 以下 X, Y は確率変数とする. 定義 1.3.5 {Xn } が条件: £ ¤ lim sup E |Xn | ; {ω ∈ Ω ; |Xn (ω)| ≥ a} = 0 a→∞ n を満たすとき, 一様可積分であるという. 補題 1.3.6 Y ∈ L1 (P ) が存在して任意の n ∈ N に対して |Xn | ≤ Y a.s. ならば {Xn } は一 様可積分である. 補題 1.3.7 {Xn } と X が可積分のとき, 次の条件は同値である. i) ii) {Xn } が一様可積分かつ X に確率収束する. lim E[Xn ] = E[X] . n→∞ 定理 1.3.8 (Lebesgue の収束定理) Xn → X a.s. であり, さらに Y ∈ L1 (P ) が存在して任 意の n ∈ N に対し |Xn | ≤ Y a.s. ならば lim E[Xn ] = E[X] が成り立つ. n→∞ 特に |Xn | が任意の ω, n について有界, すなわち Y を定数としてとれる場合は , 有界収束 定理と呼ぶ. 以上の証明は文献 [13, pp.95–97] を参照. 1. 基礎概念 1.4 10 条件付き平均値 条件付き平均値を定義するために , Radon-Nikodym の定理について述べる. (Ω, F, P ) を確率空間とする. 集合関数 Q : F 7→ R が次の二つの条件: i) 任意の A ∈ F に対して, |Q(A)| < ∞ S P∞ ii) An ∈ F, n ∈ N, Ai ∩Aj = ∅ (i 6= j) ならば Q ( ∞ n=1 An ) = n=1 Q (An ) を満たすとき, 有限な符号付き測度という. 有限な符号付き測度 Q が確率測度 P に関して絶対連続とは , P (Λ) = 0 となる任意の Λ ∈ F に対して Q(Λ) = 0 が成り立つときにいい, Q ¿ P と書く. 定理 1.4.1 (Radon-Nikodym の定理) Q は (Ω, F, P ) 上の有限な符号付き測度で , Q ¿ P とする. このとき, 可積分な F-可測関数 Y が一意に存在し , 任意の Λ ∈ F に対して, Z Q(Λ) = Y (ω)P (dω) (1.1) Λ と表現できる. ただし , 一意に存在するとは , Y と Ye が共に (1.1) を満たせば Y = Ye a.s. が 成り立つことを意味する. この Y を (Ω, F) 上の P に関する Q のRadon-Nikodym 導関 dQ と書く. 数といい, Y = dP 証明は文献 [13, pp.165–167] を参照. 今, X ∈ L1 (Ω, F, P ) と F の部分 σ-加法族 G ( G は Ω の σ-加法族で G ⊂ F ) が与えら れているとする. Z Q(A) := E[X ; A] = X(ω)P (dω), A ∈ G A とおけば , Q は (Ω, G) 上の有限な符号付き測度で , Q ¿ P となる. よって, Radon-Nikodym の定理により, 可積分な G-可測関数 Y が存在し , 次のように書ける. Z Q(A) = Y (ω)P (dω), A ∈ G A 定義 1.4.2 上記の Y を E[X|G] と書き, G の下での X の 条件付き平均値という. ここで , 条件付き平均値の性質をまとめておく. 証明は文献 [9, pp.18–20] を参照. 定理 1.4.3 X, Y ∈ L1 (Ω, F, P ), G, H を F の部分 σ-加法族とする. 次のことが成り立つ. i) 任意の a, b ∈ R に対し E[aX + bY |G] = aE[X|G] + bE[Y |G] a.s. ii) X≤Y iii) X が G-可測関数で , Y および積 XY が可積分ならば E[XY |G] = XE[Y |G] a.s. iv) ¯ ¤ £ H ⊂ G ならば E E[X|G]¯H = E[X|H] a.s. 特に H = {∅, Ω} ととることにより E [E[X|G] ] = E[X] a.s. a.s. ならば E[X|G] ≤ E[Y |G] a.s. 1. 基礎概念 11 v) £ ¯ ¤ |E [X|G]| ≤ E |X|¯G a.s. vi) ( Jensen の不等式 ) ψ は R 上の実数値凸関数とする. ψ(X) が可積分ならば , ψ (E[X|G]) ≤ E [ψ(X)|G] a.s. vii) f は R 上の Borel 関数で , f (X) は可積分とする. X と G が独立ならば , E [f (X)|G] = E [f (X)] a.s. viii) ix) h i ( Fatou の補題 ) Xn ≥ 0, n ∈ N ならば E lim inf Xn |G ≤ lim inf E[Xn |G] . n→∞ n→∞ ( Lebesgue の収束定理 ) |Xn | ≤ Y, n ∈ N a.s. かつ E[Y ] < ∞ なる Y が存在し , しかも Xn → X , n → ∞ a.s. ならば , lim E [Xn |G] = E [X|G] a.s. n→∞ 最後に条件付き平均値と Hilbert 空間における射影との関係について述べる. これらは第 5 章で必要となる. 定理 1.4.4 ( 射影定理 ) M を Hilbert 空間 H の閉部分空間とするとき, H の任意の要素 u は M の要素と M⊥ の要素との和に一意的に分解される. すなわち u = u1 + u2 , u 1 ∈ M , u 2 ∈ M ⊥ . ただし ( , ) を内積として M⊥ = {u ∈ H ; (u, v) = 0 , ∀v ∈ M} である. u1 を u の M の 上への正射影といい, 記号では u1 = PM (u) と表す. 定理 1.4.5 M , H を定理 1.4.4 のものとする. k · k を H のノルムとするとき, v ∈ M に 対して次が成り立つ. ku − vk = inf ku − rk ⇐⇒ v = PM (u) r∈M 以上の証明は文献 [10, pp.52–53] を参照. 補題 1.4.6 X は F-可測かつ X ∈ L2 (P ) であるとする. また F の部分 σ-加法族 G に対し , K := {Y ∈ L2 (P ) ; Y は G-可測 } とする. このとき K は Hilbert 空間 L2 (P ) の閉部分空間 となり, さらに次の関係式が成り立つ. PK (X) = E[X|G] 【証明】定理 1.2.2 により, {fn }n∈N が G-可測で lim fn = f が存在すれば f は G-可測であ n→∞ り, また L2 (P ) は完備であるから f ∈ L2 (P ) である. 従って K は L2 (P ) の閉部分空間とな り, 定理 1.4.4 により射影 PK (X) は存在する. Radon-Nikodym の定理より, 条件付き平均値 E[X|G] は次の二つの条件を満たす Ω 上の R-値確率変数として, a.s. に一意的に定まる. 1. 基礎概念 i) ii) 12 E[X|G] は G-可測である. R R E[X|G]dP = A XdP , ∀A ∈ G . A 従って PK (X) が i) , ii) を満たすことを示せばよい. PK (X) ∈ K であるから PK (X) は G-可測である. また X − PK (X) ∈ K⊥ であるから Z Y (X − PK (X))dP = 0 , ∀Y ∈ K Ω が成り立つ. 任意の A ∈ G に対して IA (ω) ∈ K であるから Z Z (X − PK (X))dP = IA (X − PK (X))dP = 0 A が成り立つ. 従って Ω Z Z PK (X)dP = A XdP , ∀A ∈ G A が分かるので , 条件付き平均値の一意性から PK (X) = E[X|G] となる. ¥ 第2章 Brown 運動とマルチンゲール 1828 年にスコットランド 人植物学者 Robert Brown は , 液体中に浮遊する花粉から出てく る微粒子が不規則な運動をする事を観測した. 後に , その動きは液体分子とのランダムな衝 突によることが判明した. Brown 運動 {Bt (ω)}t∈T の厳密な数学的記述は , N.Wiener が 1923 年に最初の存在証明を与えたことに始まった. 数学的に定義された Brown 運動は , その軌道 を見るとき, 各時点ごとに次の瞬間どの方向に動くか予測できないという不規則性を理想化 したものといえる. そして, Brown 運動の持つマルチンゲールという性質が , 本論文の展開に 大きく関わることになる. 本章では , Brown 運動やマルチンゲールに関連する定義や性質, 定理を述べた後, 2 乗可積 分連続マルチンゲール M に対し M 2 − hM i が再び連続マルチンゲールとなるような連続増 加過程 hM i が存在することを示す. 2.1 Brown 運動とフィルトレーション ΞN を N 次元距離空間とする. 確率空間 (Ω, F, P ) 上で定義された ΞN -値確率変数の族 X = {Xt (ω)}t∈T = {Xt }t∈T を N 次元 Ξ-値確率過程という. ただし , T はパラメータ空間 で , 本論文では T = [ 0, ∞) または T = [ 0, T ] をとる. 確率過程を {Xt (ω)}, {Xt } のように t ∈ T を略して書く場合もある. {Xt (ω)}t∈T が a.s. に t の連続関数であるとき, 連続確率過程という. また, {Xt }t∈T が与 えられたとき, {Xs }s≤t を可測にする最小の σ-加法族を σ(Xs ; s ≤ t) と書く. 本論文では基本的に Ξ として Euclid 空間を考える. 従って, 以後単に確率過程といえば実 数値とする. まず , Brown 運動の定義を与える. 定義 2.1.1 ( Brown 運動 ) 確率空間 (Ω, F, P ) で定義された RN -値確率過程 {Bt }t∈T が N 次元 Brown 運動であるとは , 以下の条件を満たすときにいう. i) 任意の 0 ≤ s < t に対して , Bt − Bs は平均ベクトル 0 , 共分散行列 (t − s)E の N 次元 Gauss 型確率変数である. ただし E は N × N 単位行列を表す. ii) 任意の 0 ≤ s < t に対して, Bt − Bs は σ(Bu ; u ≤ s) と独立である. iii) {Bt } は連続確率過程である. また, 特に注意しない限り B0 = 0 a.s. とする. 1 次元 Brown 運動 {Bt } には次のような顕著な性質がある. 証明は文献 [12, pp.5–6] およ び文献 [2, pp.116–117] を参照. 13 2. Brown 運動とマルチンゲール 14 定理 2.1.2 Ω0 := {ω ; {Bt (ω)} は微分可能な点を持たない } とするとき, P (Ω0 ) = 1 である. 定理 2.1.3 {Bt } の t ∈ [T1 , T2 ], 0 ≤ T1 < T2 における全変動は a.s. に無限大である. 定理 2.1.4 ( 重複対数の法則 ) log · を自然対数とするとき次の等式が成り立つ. i) Bt lim sup p t→∞ 2t log(log t) = 1 a.s. Bt ii) lim inf p t→∞ = −1 a.s. 2t log(log t) 定理 2.1.5 t > 0 に対して, 分割 ∆ : 0 = t0 < t1 < · · · < tn < t < tn+1 をとり, n X ¯ ¯ ¯Bt ∧t − Bt ¯2 , Q0 (B; ∆) = 0 かつ |∆| := max |ti+1 − ti | Qt (B; ∆) := i+1 i i i=0 と定義する. ただし a ∧ b := min(a, b) である. このとき各 t に対して, 次が成り立つ. £ ¤ E (Qt (B; ∆) − t)2 → 0 , |∆| → 0 注意 2.1.6 ( Brown 運動の実現 ) [ 0, ∞) で定義され , RN に値をとる連続関数全体の空間 W N := C([ 0, ∞) 7→ RN ) を考える. ω1 , ω2 ∈ W N に対し , µ ¶ ∞ X 1 d(ω1 , ω2 ) := sup |ω1 (t) − ω2 (t)| ∧ 1 2n 0≤t≤n n=0 と定義すると , W N は d を距離とする完備距離空間となる. W N の位相的 Borel σ-加法族を B(W N ) とする. N.Wiener (1923) は , 測度空間 (W N , B(W N )) 上に適当な確率測度 Pb を用意すれば , N 次元 Brown 運動 {Bt (ω)} が W N 上の座標関数として実現されることを示した. すなわち ω ∈ W N に対し Bt (ω) = ω(t) ∈ RN とすれば {Bt (ω)} は確率空間 (W N , B(W N ), Pb ) で定 義された N 次元 Brown 運動となる. この Wiener の業績を称えて, Brown 運動のことを別名 Wiener 過程, 確率測度 Pb を Wiener 測度と呼んでいる. 以上の議論の詳細については [12, pp.7–9] を参照. 時間とともに蓄積される確率現象のデータは , 増大する σ-加法族の系として表現される. この σ-加法族の増大系を確率空間に付随して定義する. 定義 2.1.7 (Ω, F, P ) を確率空間とする. F の部分集合の族 {Ft }t∈T が二つの条件: i) Fs ⊂ F t ⊂ F , 0≤s<t ii) 任意の t ∈ T に対して Ft は σ-加法族. を満たしているとき, {Ft }t∈T を フィルトレーション (σ-加法族の増大系) といい, (Ω, F, P ; Ft ) をフィルター付き確率空間という. 2. Brown 運動とマルチンゲール 15 例 2.1.8 {Xt }t∈T を確率空間 (Ω, F, P ) で定義された確率過程とする. FtX := σ(Xs ; s ≤ t) とするとき {FtX }t∈T を {Xt } の生成するフィルトレーションという. (Ω, F, P ; FtX ) はフィ ルター付き確率空間である. 以下では , フィルター付き確率空間 (Ω, F, P ; Ft ) が与えられているものとする. 定義 2.1.9 {Xt }t∈T を (Ω, F, P ; Ft ) で定義された Ξ-値確率過程とする. i) 任意の t に対して, Xt が Ft -可測であるとき, 確率過程 {Xt } は Ft に適合していると いう. ii) 任意の t に対して, 写像 (s, ω) ∈ [ 0, t ] × Ω 7→ Xs (ω) ∈ Ξ が , B ([ 0, t ]) × Ft に関して 可測であるとき, 確率過程 {Xt } は Ft -発展的可測であるという. 補題 2.1.10 連続確率過程 {Xt } が Ft に適合しているならば , {Xt } は Ft -発展的可測である. 【証明】各 t に対し {Xt } は定理 1.2.3 の条件を満たすから , B ([ 0, t ]) × Ft -可測である . ¥ 定義 2.1.11 ( Ft -Brown 運動 ) (Ω, F, P ; Ft ) 上の N 次元連続確率過程 {Bt } が条件: i) ii) {Bt } は Ft に適合している. 0 ≤ s < t に対して, Bt − Bs は Fs と独立で , 平均ベクトル 0 , 共分散行列 (t − s)E の N 次元 Gauss 型確率変数である. を満たすとき N 次元 Ft -Brown 運動であるという. 命題 2.1.12 定義 2.1.11 の条件 ii) の必要十分条件は h √ E e ¯ i |ξ|2 Fs = e− 2 (t−s) , t > s, ξ ∈ RN −1ξ ∗ (Bt −Bs ) ¯ (2.1) である. 【証明】必要性は明らかなので , 十分性のみ証明する h √ i. |ξ|2 ∗ (2.1) の両辺の平均値をとると , E e −1ξ (Bt −Bs ) = e− 2 (t−s) となるから Bt − Bs は N 次元 Gauss 型確率変数である. 任意の Fs -可測関数 X に対し , ! à ! à ξ1 B t − Bs ξ1 , ξ2 ∈ RN , ξ= Y= ξ2 X とすれば , h √ ∗ ¯ i h √ ∗ √ ¯ i −1 ·Y ¯ −1ξ1 (Bt −Bs )+ −1ξ2∗ X ¯ E e Fs = E e Fs h √ √ √ ¯ i |ξ1 |2 ∗ −1ξ2∗ X −1ξ1∗ (Bt −Bs ) ¯ = e Fs = e −1ξ2 X e− 2 (t−s) E e 2. Brown 運動とマルチンゲール 16 が成り立つ. 両辺の平均値を計算すると , h √ E e −1∗ ·Y i =e − |ξ1 |2 (t−s) 2 h √ ∗ i h √ ∗ i h √ ∗ i −1ξ2 X −1ξ1 (Bt −Bs ) E e =E e E e −1ξ2 X となるから , 定理 1.2.13 により Bt − Bs と X は独立である. X は任意であったから , Bt − Bs と Fs は独立になる. ¥ ¡S ¢ T 定義 2.1.13 Ft− := σ s<t Fs , Ft+ := ε>0 Ft+ε と定義する. {Ft } は Ft = Ft− , ∀t とな るとき左連続, Ft = Ft+ , ∀t となるとき右連続であるという. 一般に確率過程 {Xt } が左連続ならばフィルトレーション {FtX } も左連続であるが , {Xt } が連続だったとしても {FtX } が右連続とは限らない. 例えば , {Xt } が W N の座標関数であ る場合は右連続ではないことが示される. 証明は文献 [2, p93,p126] を参照. Brown 運動 {Bt } は W N の座標関数と見ることができるから , 生成するフィルトレーショ ン FtB := σ(Bs ; s ≤ t) は右連続ではない. このことは今後の議論に不都合を生じさせる. そこで , 次のようなフィルトレーションの拡大を考える. 命題 2.1.14 (Ω, F, P ) で定義された N 次元 Brown 運動 {Bt } に対し , µ[ ¶ B B B Ft = σ(Bs ; s ≤ t) , F = σ Ft t≤0 B N = {F ⊂ Ω ; F ⊂ ∃G ∈ F , P (G) = 0} Ft = σ(FtB ∪ N ) とするとき, Ft = Ft+ , ∀t である. 証明は文献 [12, pp.16–17] を参照. この拡大は Brown 運動の定義に何ら影響しない. したがって {Bt } は右連続なフィルト レーション {Ft } についても Brown 運動である. 次に , 停止時刻の概念を導入する. 定義 2.1.15 [ 0, ∞ ] に値をとる (Ω, F, P ; Ft ) 上の確率変数 τ (ω) が , 任意の t に対して, {ω ∈ Ω ; τ (ω) ≤ t} ∈ Ft となるとき停止時刻 ( stopping time ) であるという. 停止時刻は賭け事に由来する言葉である. 賭けをやめる時刻 τ を任意の時刻 t 以前にする かど うかを決めるのに使えるのは , 時刻 t 以前の情報のみであるということを意味している. 「持ち金が無くなったら賭けをやめる」ことは出来ても, 最後に大損したとき「今の賭けはな かったことにして欲しい」と言っても通用しない. 命題 2.1.16 {Ft } が右連続ならば , τ (ω) が停止時刻であるための必要十分条件は , 任意の t に対し {ω ∈ Ω ; τ (ω) < t} ∈ Ft となることである. 2. Brown 運動とマルチンゲール 17 【証明】{ω ∈ Ω ; τ (ω) ≤ t} を簡単に {τ ≤ t} と書く. (必要性) {τ < t} ∈ Ft とすると , 単調性から ∞ \ {τ ≤ t} = ∞ \ 1 1 }= {τ < t + }, ∀k ∈ N . n n n=k {τ < t + n=1 任意の k に対し T∞ n=k {τ < t + n1 } ∈ Ft+ 1 だから , Ft の右連続性から k {τ ≤ t} ∈ ∞ \ Ft+ 1 = Ft+ = Ft . k k=1 (十分性) {τ ≤ t} ∈ Ft とする. 任意の n について {τ ≤ t − n1 } ∈ Ft− 1 ⊂ Ft であるから , n {τ < t} = ∞ [ {τ ≤ t − n=1 1 } ∈ Ft . n ¥ 命題 2.1.17 R-値確率過程 {Xt } は右連続で Ft に適合しているとする. {Ft } が右連続のと き R の開部分集合 G に対して, ( inf {t ≤ 0 ; Xt ∈ G} , { } 6= ∅ のとき σG := ∞ , { } = ∅ のとき とすると , σG は停止時刻である. また {Xt } が連続ならば R の閉集合 F に対しても同様に σF を定義すれば停止時刻である. 【証明】(前半) Q+ を非負有理数全体の集合とする. \ {σG ≥ t} = {ω ; Xs (ω) ∈ Gc , s < t} = Q+ {ω ; Xr (ω) ∈ Gc } r<t,r∈ であるから , 補集合を考えれば [ [ {σG < t} = {ω ; Xr (ω) ∈ G} = {ω ; Xr (ω) ∈ G, r < t} Q+ r<t,r∈ Q+ r∈ となる. ここで {ω ; Xr (ω) ∈ G, r < t} ∈ Ft から {σG < t} ∈ Ft が分かるので σG は停止 時刻である. (後半) 点と集合の距離を ρ(x, F ) := inf{|x − y| ; y ∈ F} とし , Gn = {x ; ρ(x, F ) < n1 } と おくと Gn は開集合. 従って上より σGn は停止時刻となる. また, Gn ⊃ Gn+1 より σGn ≤ σGn+1 すなわち {σGn } は単調増加ゆえ , lim σGn = σ とお n→∞ T∞ くと , {σ ≤ t} = n=1 {σGn ≤ t} ∈ Ft となる. 従って σ も停止時刻となり, {Xt } は連続で あるから Xσ = lim XσGn a.s. である. 任意の n に対して F ⊂ Gn だから σGn ≤ σF であり, n→∞ σ ≤ σF が分かる. T∞ 一方, 任意の n に対して Xσ ∈ Gn だから Xσ ∈ n=1 Gn = F ゆえ σF ≤ σ も成り立つ. 以上から σ = σF がいえ , σ が停止時刻だから σF も停止時刻となる. ¥ 命題 2.1.18 Fτ := {A ∈ F ; 任意の t ≥ 0 に対して A ∩ {ω ∈ Ω ; τ (ω) ≤ t} ∈ Ft } とする と , Fτ は σ-加法族であり, τ は Fτ -可測である. 2. Brown 運動とマルチンゲール 18 【証明】以下より Fτ は σ-加法族である. i) ∅ ∩ {τ ≤ t} = ∅ ∈ Ft . ii) A ∈ Fτ のとき A ∪ {τ > t} = (A ∩ {τ ≤ t}) ∪ {τ > t} ∈ Ft . 従って, Ac ∩ {τ ≤ t} = (A ∪ {τ > t})c ∩ {τ ≤ t} ∈ Ft から Ac ∈ Fτ . S S iii) An ∈ Fτ , n = 1, 2, . . . とすると ( ∞ An ) ∩ {τ ≤ t} = ∞ n=1 n=1 (An ∩ {τ ≤ t}) ∈ Ft で S∞ あるから n=1 An ∈ Fτ . また, A = {ω ; τ (ω) ≤ a} , ∀a ≥ 0 とすると , 任意の t ≥ 0 について a < t のとき A ∩ {τ ≤ t} = A ∈ Fa ⊂ Ft であり, a ≥ t のとき A ∩ {τ ≤ t} = {τ ≤ t} ∈ Ft である. 従って τ は Fτ -可測である. ¥ 停止時刻は次の性質を持つ. 証明は文献 [12, p14] を参照. 命題 2.1.19 (Ω, F, P ; Ft ) 上に停止時刻 σ, τ が与えられているとする. このとき, 次のこと が成り立つ. 2.2 i) σ ∨ τ := max(σ, τ ), σ ∧ τ := min(σ, τ ) は共に停止時刻である. ii) σ ≤ τ a.s. ならば Fσ ⊂ Fτ である. iii) Fσ∧τ = Fσ ∩ Fτ iv) {ω ∈ Ω ; τ (ω) < σ(ω)} ∈ Fσ∧τ , . {ω ∈ Ω ; τ (ω) ≤ σ(ω)} ∈ Fσ∧τ . マルチンゲール 定義 2.2.1 (Ω, F, P ; Ft ) で定義された確率過程 {Xt }t∈T が以下の条件を満たすとき, Ft -マ ルチンゲール , または単に , マルチンゲールという. i) {Xt } は Ft に適合している. ii) 任意の t ∈ T に対し , E [|Xt |] < ∞ . £ ¯ ¤ iii) 任意の t ≥ s, t, s ∈ T に対し , E Xt ¯Fs = Xs a.s. £ ¯ ¤ また, 上の条件 iii) を E Xt ¯Fs ≥ Xs a.s. とした場合の {Xt } を Ft -劣マルチンゲールとい £ ¯ ¤ い, E Xt ¯Fs ≤ Xs a.s. とした場合の {Xt } を Ft -優マルチンゲールという. ここで , マルチンゲールの例をいくつか示す. 例 2.2.2 X を (Ω, F, P ; Ft ) で定義された可積分な確率変数とする. Zt := E[X|Ft ] とおけ ば {Zt } は Ft -マルチンゲールである. 実際 s ≤ t のとき次が成り立つ. ¯ ¤ £ E[Zt |Fs ] = E E[X|Ft ]¯Fs = E[X|Fs ] = Zs 次の命題は本論文の今後の展開に深く関わっている. 2. Brown 運動とマルチンゲール 19 命題 2.2.3 {Bt }t∈T を (Ω, F, P ; Ft ) で定義された Ft -Brown 運動とする. このとき, n 2 o 2 σBt − σ2 t i) {Bt } ii) {Bt − t} iii) e , σは定数 はすべて Ft -マルチンゲールである. 【証明】 i) s ≤ t に対して, Bt − Bs は Fs と独立だから ¯ ¤ £ E Bt − Bs ¯Fs = E [Bt − Bs ] = 0 . £ ¯ ¤ よって, E Bt ¯Fs = Bs . ¯ ¤ ¯ ¤ ¯ ¤ £ £ £ ii ) E Bt 2 − Bs 2 ¯Fs = E (Bt − Bs )2 + 2Bs (Bt − Bs ) ¯Fs = E (Bt − Bs )2 ¯Fs £ ¤ = E (Bt − Bs )2 = t − s . ¯ ¤ £ よって, E Bt 2 − t¯Fs = Bs 2 − s . h i ¯ ¤ £ £ ¤ σ2 ¯ σ2 σ2 iii) E eσBt − 2 t ¯Fs = eσBs − 2 t E eσ(Bt −Bs ) ¯Fs = eσBs − 2 t E eσ(Bt −Bs ) = eσBs − σ2 t 2 e σ2 (t−s) 2 = eσBs − σ2 s 2 . ¥ 次に T = [ 0, ∞) として, マルチンゲールに関する重要な定理を二つ述べる. 証明は文献 [12, pp.17–27] を参照. 定理 2.2.4 ( Doob の不等式 ) 確率過程 {Xt }t∈T を (Ω, F, P ; Ft ) 上の右連続な非負劣マル チンゲールとし , XT∗ = sup |Xt (ω)| とおくと次が成り立つ. 0≤t≤T i) ii) λp P ({ω ∈ Ω ; XT∗ ≥ λ}) ≤ E [|XT |p ] , p ≥ 1 ³ p ´p ∗ p E[|XT |p ] , p > 1 E[|XT | ] ≤ p−1 {Xt } がマルチンゲールのとき, Jensen の不等式を用いれば実凸関数 f に対し {f (Xt )} は劣 マルチンゲールとなる. 従って {f (Xt )} が非負であれば {f (Xt )} について上の不等式が使 える. 定理 2.2.5 ( 任意抽出定理 ) 確率過程 {Xt }t∈T を (Ω, F, P ; Ft ) 上の連続な Ft -劣マルチン ゲールとする. このとき, 停止時刻 σ, τ が σ ≤ τ ≤ K (定数) a.s. ならば , £ ¯ ¤ E Xτ ¯Fσ ≥ Xσ a.s. が成り立つ. すなわち, 劣マルチンゲール {Xt } はランダムな時刻である停止時刻について も劣マルチンゲールである. {Xt } が優マルチンゲールの場合も同じことがいえるので , {Xt } がマルチンゲールならば停 止時刻についてもマルチンゲールである. 2. Brown 運動とマルチンゲール 2.3 20 二次変分 (Ω, F, P ; Ft ) をフィルター付き確率空間とする. 本節を通じて {Ft }t∈T は右連続であり, かつ次の条件を満たしているものとする. N := {A ⊂ Ω ; ∃B ∈ F s.t. A ⊂ B, P (B) = 0} ⊂ F0 (2.2) 定義 2.3.1 [ 0, ∞) に値をとる確率過程 A := {At (ω)}t∈[ 0,∞) が連続増加過程であるとは , i) 連続かつ Ft に適合している. ii) t1 < t2 ならば At1 ≤ At2 < ∞ a.s. であるときをいう. 連続増加過程全体を A+;c で表す. さらに Ac := {A1 − A2 ; A1 , A2 ∈ A+,c } とする. また, 連続マルチンゲール全体を Mc とし , 各 p ≥ 1 に対して Mp;c := {M := {Mt }t∈T ∈ Mc ; 任意の t に対して E[|Mt |p ] < ∞} とする. 本節の目標は , 次の定理を示すことにある. 定理 2.3.2 任意の M ∈ M2,c に対して, hM i0 = 0 なる hM i ∈ A+,c が一意的に存在して, M 2 − hM i はマルチンゲールとなる. 1 次元 Brown 運動 {Bt } は M2,c の元であるから , この定理は命題 2.2.3 の一般化でもある. 準備として, 仮定を M ∈ M4,c に強めて示す. 補題 2.3.3 M ∈ M4,c とする. Qt (M ; ∆) を定理 2.1.5 のものとするとき, hM i0 = 0 なる hM i ∈ A+,c が唯一つ存在して, |∆| → 0 のとき Qt (M ; ∆) → hM it in L2 (Ω), ∀t であり, かつ M 2 − hM i はマルチンゲールとなる. この主張の証明のためにさらに補題を三つ用意する. 証明は文献 [12, pp.27–32] を参照. 補題 2.3.4 M ∈ Mc とするとき, M ∈ Ac ならば Mt = M0 a.s. 補題 2.3.5 M ∈ M4,c のとき, 分割 ∆ に依らない定数 C があって, E[Qt (M ; ∆)2 ] ≤ C . 補題 2.3.6 {Y (n) }n∈N を Ft に適合した連続確率過程の列で · ¸ ¯ (n) ¯2 (m) lim E sup ¯Ys − Ys ¯ = 0 n,m→∞ s≤t なるものとする. このとき, ある連続確率過程 Y で Ft に適合したものが存在して , ¸ ¶ · µ ¯2 ¯ ¯ (n) ¯ (n) P lim sup ¯Ys − Ys ¯ = 0 = 1 かつ lim E sup ¯Ys − Ys ¯ = 0 n→∞ s≤t を満たす. n→∞ s≤t 2. Brown 運動とマルチンゲール 21 【 補題 2.3.3 の証明】 e はともにマルチンゲールで , A, A e ∈ A+,c とする. (一意性) M 2 − A, M 2 − A e = (M 2 − A) e − (M 2 − A) はマルチンゲールとなり, しかも A − A e ∈ Ac で このとき A − A et = A0 − A e0 = 0 a.s. ある. 従って補題 2.3.4 より, 任意の t に対して At − A (存在) (Step1 ) まず , 分割 ∆n で |∆n | → 0 なるものをとるとき, {Qt (M, ∆n )} が L2 (Ω) で Cauchy 列であることを示す. ∆ : t0 = 0 < t1 < t2 < · · · < tn < t < tn+1 < · · · なる分割をとる. tk < s < tk+1 とすると , マルチンゲール性より E[(Mtk+1 − Mtk )2 |Fs ] = E[(Mtk+1 − Ms )2 |Fs ] + (Ms − Mtk )2 . また s < ti < tj のとき E[(Mtj − Mti )2 |Fs ] = E[Mtj 2 − Mti 2 |Fs ] だから E[Qt (M ; ∆)|Fs ] = k X (Mti+1 ∧s − Mti )2 + E i=0 " n X ¯ ¯ (Mti+1 ∧t − Mti ∨s )2 ¯Fs # i=k = Qs (M ; ∆) + E[Mt 2 − Ms 2 |Fs ] . 従って E[Qt (M ; ∆) − Qs (M ; ∆)|Fs ] = E[Mt 2 − Ms 2 |Fs ] (2.3) となるから E[Mt 2 − Qt (M ; ∆)|Fs ] = E[Mt 2 − Qs (M ; ∆) − (Qt (M ; ∆) − Qs (M ; ∆))|Fs ] = E[Ms 2 − Qs (M ; ∆)] がいえるので M 2 − Q(M ; ∆) はマルチンゲールである. ∆0 : t00 = 0 < t01 < t02 < · · · < t0m < t < t0m+1 < · · · を別の分割とすれば , M 2 − Q(M ; ∆0 ) もマルチンゲールで , 補題 2.3.5 より Qt (M ; ∆), Qt (M ; ∆0 ) ∈ L2 (Ω) だから Lt := Qt (M ; ∆) − Qt (M ; ∆0 ) とおけば {Lt } ∈ M2,c となる. よって (2.3) により E[Qt (L; ∆ ∪ ∆0 ) − Q0 (L; ∆ ∪ ∆0 )|F0 ] = E[Lt 2 − L0 2 |F0 ] が成り立つが , Q0 (L; ∆ ∪ ∆0 ) = 0 , L0 = 0 に注意してあらためて両辺の平均を取れば , E[Lt 2 ] = E[Qt (L; ∆ ∪ ∆0 )] すなわち次式を得る. h¡ ¢¤ ¢2 i £ ¡ (2.4) E Qt (M ; ∆) − Qt (M ; ∆0 ) = E Qt Q(M ; ∆) − Q(M ; ∆0 ) ; ∆ ∪ ∆0 ∆ ∪ ∆0 : s0 < s1 < · · · < sl < t < sl+1 とし , tj ≤ sk < sk+1 ≤ tj+1 とすると Qsk+1 (M ; ∆) − Qsk (M ; ∆) = (Msk+1 − Mtj )2 − (Msk − Mtj )2 = (Msk+1 − Msk )(Msk+1 + Msk − 2Mtj ) 2. Brown 運動とマルチンゲール 22 であるから ¡ 0 Qt Q(M ; ∆); ∆ ∪ ∆ ¢ l X ¡ ¢2 Qsk+1 ∧t (M ; ∆) − Qsk (M ; ∆) = k=0 ≤ sup |Msk+1 + Msk − 2Mtj |2 Qt (M ; ∆ ∪ ∆0 ) k となる. さらに ¡ ¢ ¡ ¢ ¡ ¢ Qt Q(M ; ∆) − Q(M ; ∆0 ); ∆ ∪ ∆0 ≤ 2Qt Q(M ; ∆); ∆ ∪ ∆0 + 2Qt Q(M ; ∆0 ); ∆ ∪ ∆0 に注意して, (2.4) に Schwarz の不等式を用いれば h¡ ¢i £ ¡ ¢¤ £ ¡ ¢¤ 0 2 E Q(M ; ∆) − Q(M ; ∆ ) ≤ 2E Qt Q(M ; ∆); ∆ ∪ ∆0 + 2E Qt Q(M ; ∆0 ); ∆ ∪ ∆0 · ¸ 21 £ ¤1 ≤ 2E sup |Msk+1 + Msk − 2Mtj |4 E Qt (M ; ∆ ∪ ∆0 )2 2 k · ¸ 12 £ ¤1 4 E Qt (M ; ∆ ∪ ∆0 )2 2 . + 2E sup |Msk+1 + Msk − 2Mt0j | k ここで supk |Msk+1 + Msk − 2Mtj |4 ≤ 44 (Mt∗ )4 に注意すれば , Lebesgue の収束定理により · ¸ · ¸ 4 4 lim0 E sup |Msk+1 + Msk − 2Mtj | ≤ E lim0 sup |Msk+1 + Msk − 2Mtj | |∆|,|∆ |→0 |∆|,|∆ |→0 k k . Mt (ω) は [ 0, t ] で a.s. に一様連続だから , 右辺は 0. ゆえに補題 2.3.5 を用いて lim |∆|,|∆0 |→0 E[(Q(M ; ∆) − Q(M ; ∆0 ))2 ] = 0 . つまり, |∆n | → 0 なる分割の列に対して {Qt (M ; ∆n )} は L2 (Ω) の Cauchy 列である. (Step2 ) 各 t > 0 に対して, 分割の列 ∆n を |∆n | → 0, n → ∞ となるようにとる. {Qs (M ; ∆n ) − Qs (M ; ∆m )}0≤s≤t はマルチンゲールなので , Doob の不等式を用い, その後 m, n → ∞ とすれば · ¸ 2 E sup |Qs (M ; ∆n ) − Qs (M ; ∆m )| ≤ 4E[|Qt (M ; ∆n ) − Qt (M ; ∆m )|2 ] → 0 . s≤t Q(M ; ∆n ) は Ft に適合した連続確率過程だから , 補題 2.3.6 より Ft に適合した連続確率過 程 hM i が存在して µ ¶ · ¸ 2 P lim sup |Qs (M ; ∆n ) − hM is | = 0 = 1 , lim E sup |Qs (M ; ∆n ) − hM is | = 0 (2.5) n→∞ s≤t n→∞ s≤t が成り立つ. また L2 (Ω) の完備性から hM is ∈ L2 (Ω), ∀s でもある. S∞ あらかじめ n=1 ∆n は [ 0, t ] で稠密で , ∆n ⊂ ∆n+1 , ∀n ととっておけば , s1 < s2 なる S∞ 任意の s1 , s2 ∈ ∆n に対して Qs1 (M ; ∆n ) ≤ Qs2 (M ; ∆n ) であることから , hM is は n=1 ∆n で単調非減少となる. 従って hM is は [ 0, t ] で単調非減少であることが分かる. また, この hM is が t について整合的にとれていることは明らかだから hM i ∈ A+,c の存在がいえた. 2. Brown 運動とマルチンゲール 23 さらに M 2 − Q(M ; ∆n ) がマルチンゲールであることから E[Mt 2 − hM it |Fs ] − E[Qt (M ; ∆n ) − hM it |Fs ] = E[Mt 2 − Qt (M ; ∆n )|Fs ] = Ms 2 − hM is + (hM is − Qs (M ; ∆n )) . ここで n → ∞ とすると , 補題 2.3.5 と (2.5) から E[Qt (M ; ∆n ) − hM it |Fs ] → 0 , hM is − Qs (M ; ∆n ) → 0 a.s. である. 従って E[Mt 2 − hM it |Fs ] = E[Ms 2 − hM is ] a.s. がいえるので M 2 − hM i もマルチ ンゲールである. ¥ 【定理 2.3.2 の証明】 ρn = inf {t ; |Mt | ≥ n} とおくと ρn は停止時刻で , ρn % ∞ となる. {Mt∧ρn } := {Mtρn } は有界マルチンゲールとなるから , 補題 2.3.3 によりある An ∈ A+,c が 存在して, 各 n に対して (M ρn )2 − An はマルチンゲールとなる. ρ (ρn+1 ∧ t) ∧ ρn = ρn ∧ t であるから (Mt n+1 )ρn = Mtρn が成り立ち, 従って次が分かる. ¡ ρn+1 2 ¢ρn (Mt ) − An+1 = (Mtρn )2 − (An+1 )ρn t t ρn 左辺はマルチンゲールだから一意性により (An+1 )ρn = Ant となり, (Am = Ant , ∀m > n t t ) n が成り立つ. 従って整合的に hM it := lim At と定義できる. このとき n→∞ ρn (Mtρn )2 − hM iρt n = (Mtρn )2 − lim (Am = (Mtρn )2 − Ant t ) m→∞ となる. 右辺はマルチンゲールだから , 任意の n に対して左辺はマルチンゲールである. 従っ て E[(Mtρn )2 − hM iρt n ] = E[M0 2 − hM i0 ] = 0 だから , 単調収束定理により E[hM it ] = lim E[hM iρt n ] = lim E[(Mtρn )2 ] . n→∞ n→∞ |Mtρn |2 ≤ |Mt∗ |2 ∈ L1 から Lebesgue の収束定理を用いれば lim E[(Mtρn )2 ] = E[Mt 2 ] < ∞ . n→∞ よって hM it ∈ L1 となり Mt 2 − hM it ∈ L1 がいえた. 一方, (M ρn )2 − hM iρn はマルチンゲールだから , 任意の A ∈ Fs に対し E[(Mtρn )2 − hM iρt n ; A] = E[(Msρn )2 − hM iρs n ; A] が成り立つ. ところが |(Mtρn )2 − hM iρt n | ≤ |Mt∗ |2 + |hM it | ∈ L1 から n → ∞ として Lebesgue の収束定理を用いれば E[Mt 2 − hM it ; A] = E[Ms 2 − hM is ; A] が成り立ち, 上と併せて M 2 − hM i がマルチンゲールとなることが分かる. ¥ 次に上の議論を M が , 次に定義する局所マルチンゲールの場合に拡張する. 定義 2.3.7 Ft に適合した連続確率過程 {Xt } に対して τn % ∞ ( 0 ≤ t ≤ T で考えるとき は τn % T ) なる停止時刻の列があって, 各 n に対して {Xtτn } := {Xt∧τn } がマルチンゲール となるとき {Xt } は連続局所マルチンゲールであるという. また, 連続局所マルチンゲール 全体の空間を Mc;loc と表す. 連続局所マルチンゲールに対して補題 2.3.3 を適用すれば , 定理 2.3.2 の証明と同様の議論 により, 次の系が得られる. 詳しい証明は文献 [12, pp.35–36] を参照. 2. Brown 運動とマルチンゲール 24 系 2.3.8 M ∈ Mc,loc とするとき, i) ii) hM i0 = 0 なる hM i ∈ A+,c があって, M 2 − hM i ∈ Mc,loc となる. また, このような hM i は一意である. 各 t > 0 に対して [ 0, t ] の分割の列 {∆n } をとるとき µ ¶ lim P sup |Qs (M ; ∆n ) − hM is | > ε = 0, ∀ε > 0 . |∆n |→0 iii) s≤t M0 = 0 のとき, M ∈ M2,c であることと , 任意の t に対して E[hM it ] < ∞ であるこ とは同値であり, さらにこのとき E[Mt 2 ] = E[hM it ] となる. 系 2.3.9 M, N ∈ Mc,loc とするとき, hM, N i0 = 0 なる hM, N i ∈ Ac が一意的に存在して i) M N − hM, N i ∈ Mc,loc . ii) 各 t > 0 に対して [ 0, t ] の分割の列 {∆n } をとるとき µ ¶ lim P sup |Qs (M, N ; ∆n ) − hM, N is | > ε = 0, ∀ε > 0 |∆n |→0 s≤t である. ただし , 分割 ∆ : t0 < t1 < · · · < tn < s < tn+1 < · · · に対し n X Qs (M, N ; ∆) := (Mti+1 ∧s − Mti )(Nti+1 ∧s − Nti ) , Q0 (M, N ; ∆) = 0 . i=0 【証明】Qs (M, N ; ∆n ) = 14 {Qs (M + N ; ∆n ) − Qs (M − N ; ∆n )} と変形できるから , hM, N i = 41 (hM + N i − hM − N i) とおけば系 2.3.8 から示される. ¥ この hM, N i を交差変分と呼ぶ. 命題 2.3.10 {(Bt1 , Bt2 , . . . , BtN )} を N 次元 Ft -Brown 運動とすれば , hB i , B j it = δij t である. ただし , δij は i = j のとき 1, i 6= j のとき 0 を表す. 【証明】Bti Btj − δij t がマルチンゲールになることを示せばよい. E[(Bti Btj − δij t) − (Bsi Bsj − δij s)|Fs ] = E[(Bti − Bsi )(Btj − Bsj ) + Bsi (Btj − Bsj ) + Bsj (Bti − Bsi ) − δij (t − s)|Fs ] = E[(Bti − Bsi )(Btj − Bsj )|Fs ] + Bsi E[Btj − Bsj |Fs ] + Bsj E[Bti − Bsi |Fs ] − δij (t − s) . ここで第二項, 第三項は 0 . また E[(Bti − Bsi )(Btj − Bsj )|Fs ] = δij (t − s) である. なぜなら i = j のとき (Bti − Bsi )2 は Fs と独立だから E[(Bti − Bsi )2 |Fs ] = E[(Bti − Bsi )2 ] = t − s となり, i 6= j のときは Bti − Bsi と Btj − Bsj は独立で Fs とも独立だから E[(Bti − Bsi )(Btj − Bsj )|Fs ] = E[Bti − Bsi ]E[Btj − Bsj ] = 0 2. Brown 運動とマルチンゲール 25 となるからである. 従って E[(Bti Btj − δij t) − (Bsi Bsj − δij s)|Fs ] = 0 がいえるので Bti Btj − δij t はマルチンゲールとなる. 二次変分の一意性から hB i , B j it = δij t が分かる. ¥ 交差変分 hM, N i が内積の性質を持つことを示す次の命題は以下の議論でしばしば有用と なる. 証明は文献 [12, p37] を参照. 命題 2.3.11 M, N, L ∈ Mc,loc とするとき, 次が成り立つ. i) hM, N i = hN, M i . ii) hM + N, Li = hM, Li + hN, Li . iii) 任意の定数 a に対して haM, N i = ahN, M i . iv) τ を停止時刻とするとき hM τ , N τ it = hM τ , N it = hM, N it∧τ . 第 3 章 確率積分と伊藤の公式 2 乗可積分連続マルチンゲール M による確率積分の構成は , 連続確率過程を含む常微分方 程式に意味を与えるために不可欠である. その定義は M が Brown 運動である場合に , 伊藤 (1942) により与えられた. 一般の M に対しては , 國田と渡辺 (1967) による. 本章では , まず 2 乗可積分連続マルチンゲール 全体の空間の Hilbert 構造に基づいて確率積分の定義を与え る. その際, 被積分関数 f は M の二次変分 hM i によって制限される. 次にその定義を局所 マルチンゲールへと一般化し , 確率解析の基本公式である伊藤の公式を示す. さらにその応 用として, Brown 運動をマルチンゲールによって特徴づける Lévy の定理を紹介する. 3.1 確率積分 (Ω, F, P ; Ft ) をフィルター付き確率空間とする. 本章を通じて, {Ft }t∈T は右連続で , しか も条件 (2.2) を満たしているものとする. また © ª M ; E[MT 2 ] < ∞, {Mt }t∈[ 0,T ] は連続な Ft -マルチンゲール ½ ·Z T ¸ ¾ 2 ϕ(s, ω) dhM is < ∞ L2 (0, T ; hM i) := ϕ ; ϕ は Ft -発展的可測で E 0 ½ ·Z T ¸ ¾ 2 ϕ(s, ω) dhM is < ∞ , ∀T L2 (hM i) := ϕ ; ϕ は Ft -発展的可測で E M2;c (0, T ) := 0 とおく. さらに , M ∈ M2 (0, T ) に対して, 1 kM kT := E[MT 2 ] 2 とする. 次の補題は確率積分を定義する際に重要な役割を果たす. 補題 3.1.1 M2,c (0, T ) は k · kT をノルムとする Hilbert 空間である. ただし , 内積は (M, N ) = E[MT NT ] で定義する. (n) (n) 【証明】{Mt }n∈N ∈ M2,c (0, T ) とし , かつ {MT } が k · kT に関する Cauchy 列であるとす る. Doob の不等式より, ·¯ · ¯2 ¸ ¯2 ¸ ¯ ¯ (n) ¯ (n) (m) ¯ (m) ¯ E sup ¯Mt − Mt ¯ ≤ 4E ¯MT − MT ¯ 0≤t≤T であるから , 仮定より · lim E n,m→∞ ¯2 ¸ ¯ ¯ (n) (m) ¯ sup ¯Mt − Mt ¯ = 0 0≤t≤T 26 3. 確率積分と伊藤の公式 27 (n) が従う. さらに , {Mt } は Ft に適合しているから , 補題 2.3.6 により Ft に適合した連続確 率過程 {Mt } が存在して , · ¯ ¯2 ¸ ¯ (n) ¯ lim E sup ¯Mt − Mt ¯ = 0 (3.1) n→∞ t≤T ° ° が成り立つ. すなわち lim °M (n) − M °T = 0 なる {Mt } の存在がいえた. n→∞ (n) また, (3.1) から任意の t ∈ [ 0, T ] に対し {Mt } は L2 (Ω, F, P ) の Cauchy 列にもなって いるので , L2 空間の完備性より, Mt ∈ L2 でもある. さらに , Jensen の不等式を用いれば , 任 意の A ∈ Fs , s ≤ t に対し n → ∞ のとき (n) E[Ms(n) − Ms ; A] → 0 , E[Mt (n) (n) であり, {Mt } のマルチンゲール性から E[Ms − Mt ; A] → 0 (n) ; A] = E[Mt ; A] となる. よって, E[Ms ; A] = E[Mt ; A] がいえるので {Mt } はマルチンゲールである. 以上から {Mt } ∈ M2,c (0, T ) が分かり, M2,c (0, T ) は完備であることが示せた. 1 また M, N ∈ M2,c (0, T ) に対して E[MT NT ] が内積の性質を持ち, E[MT MT ] 2 = kM kT が ノルムの性質を持つことは明らかである. 従って M2,c (0, T ) は k·kT をノルムとする Hilbert 空間である. ¥ 注意 3.1.2 M ∈ M2,c が与えられたとき, ϕ ∈ L2 (0, T ; hM i) に対して, ·Z |ϕ|T := E T ϕ(s, ω)2 dhM is ¸ 12 0 とすると , | · |T は L2 (0, T ; hM i) のノルムとなる. 実際, |ϕ|T ≥ 0 , |ϕ|T = 0 ⇔ ϕ = 0 および |aϕ|T = |a||ϕ|T (a ∈ R) は明らか . 三角不等式については ϕ, ψ ∈ L2 (0, T ; hM i) とするとき, Lebesgue-Stieltjes 測度 dhM i に 関する Minkowski の不等式から ¶ 12 µZ T ¶ 12 µZ T ¶ 12 µZ T 2 2 2 ϕ dhM is ψ dhM is (ϕ + ψ) dhM is ≤ + 0 0 0 を得, 右辺を ϕ e + ψe とおいてもう一度 dP に関して Minkowski の不等式を用いれば 1 1 e 2 ] 12 ≤ E[ϕ e2 ] 2 + E[ψe2 ] 2 = |ϕ|T + |ψ|T |ϕ + ψ|T ≤ E[(ϕ e + ψ) となることから確かめられる. ここから確率積分の構成に入る. まず初等確率過程 ϕ(∆) を定義し , ϕ(∆) に対する確率積 分の定義を与える. 定義 3.1.3 ある分割 ∆ : 0 = t0 < t1 < · · · < tk+1 , k = 1, 2, . . . と , ある Fti -可測で有界な ξi (ω) に対して k X (∆) ϕ (t, ω) = ξi (ω)I(ti ,ti+1 ] (t) i=1 (∆) と表される ϕ を初等確率過程といい, 初等確率過程全体を L0 と表す. 3. 確率積分と伊藤の公式 28 (∆) 補題 3.1.4 任意の ϕ ∈ L2 (hM i) に対し , ϕn ∈ L0 , n ∈ N が存在し , ¯ (∆) ¯ ¯ϕn − ϕ¯ → 0, n → ∞, |∆| → 0 T とできる. すなわち L0 は L2 (hM i) 内で稠密である. 【証明】任意の ϕ ∈ L2 (hM i) に対して, ϕ(m) (t, ω) := ϕ(t, ω)I[−m,m] (ϕ(t, ω)) , m∈N とおくと , ϕ(m) ∈ L2 (hM i) であり, すべての (t, ω) に対して, ¯ ¯ lim ¯ϕ(m) (t, ω) − ϕ(t, ω)¯ = 0 m→∞ が成り立つ. また ´ ³¯ ¯ ¯ (m) ¯ ¯ϕ (t, ω) − ϕ(t, ω)¯2 ≤ 2 ¯ϕ(m) (t, ω)¯2 + |ϕ(t, ω)|2 ≤ 4 |ϕ(t, ω)|2 2 であり, |ϕ(t, ω)| は可積分だから Lebesgue の収束定理を用いて次がいえる. ¯ ¯ lim ¯ϕ(m) (t, ω) − ϕ(t, ω)¯T = 0 m→∞ 従って, ϕ は有界と仮定してよい. 今, Rs ϕn (s, ω) := 1 )∨0 (s− n ϕ(u, ω) dhM iu hM is − hM i(s− 1 )∨0 n とし , ϕ(s, e ω) := lim sup ϕn (s, ω) とすると , ϕn , ϕ e もまた有界となる. n→∞ RT Rs ϕ は有界としたから , 0 |ϕ| dhM is < ∞ , ∀T が成り立つ. そこで F (s) := 0 ϕ(u, ω) dhM iu とすると , dF (s) は有限な符号付き測度となり, dF (s) ¿ dhM is a.s. であるから RadonNikodym の定理により, a.s. に導関数 dF (s)/dhM is が存在する. このとき lim ϕn (s, ω) = n→∞ dF (s) (ω) dhM is - a.e. dhM is であることが示される ( 詳しい証明は文献 [8, p139] を参照 ). 従って lim ϕn (s, ω) = n→∞ dF (s) (ω) = ϕ(s, e ω) dhM is であるから , 任意の 0 ≤ t ≤ T に対して Z t Z t ϕ(s, ω) dhM is = I[ 0,T ] ×Ω (s, ω) dF (s) 0 0 Z t Z t dF (s) = I[ 0,T ] ×Ω (s, ω) dhM is = ϕ(s, e ω) dhM is dhM is 0 0 が成り立つ. (3.2) (3.3) 3. 確率積分と伊藤の公式 29 ϕ は発展的可測ゆえ {ϕn (s, ω)} は Ft に適合しているから , 分割 ∆ : 0 = t0 < t1 < · · · < tk に対して k X (∆) ϕn (s, ω) := ϕn (ti , ω)I(ti ,ti+1 ] (s) i=0 とおけば (∆) ϕn ∈ L0 である. さらに ϕn が左連続であることから lim ϕ(∆) n (s, ω) = ϕn (s, ω), ∀(s, ω) |∆|→0 となる. よって, 有界収束定理より ·Z T ¸ (∆) 2 lim E |ϕn (s, ω) − ϕn (s, ω)| dhM is = 0 |∆|→0 0 が成り立つ. 同様に (3.2) と有界収束定理より ·Z ¸ T lim E 2 |ϕn (s, ω) − ϕ(s, e ω)| dhM is = 0 n→∞ 0 であり, (3.3) より Radon-Nikodym の導関数の一意性から ϕ(s, ω) = ϕ(s, e ω) dhM is - a.e. が 分かるので ·Z T ¸ 2 |ϕ(s, e ω) − ϕ(s, ω)| dhM is = 0 E 0 でもある. 従って n → ∞, |∆| → 0 のとき ( ·Z ·Z T ¸ ¸ T (∆) 2 (∆) 2 |ϕn − ϕ| dhM is ≤ 5 E |ϕn − ϕn | dhM is E 0 0 ·Z T +E ¸ ·Z T |ϕn − ϕ| e 2 dhM is + E 0 ¸) |ϕ e − ϕ|2 dhM is となることから補題を得る. ¥ 定義 3.1.5 ( 初等確率過程に対する確率積分の定義 ) P M ∈ M2,c とする. ϕ(∆) (t, ω) = ni=0 ξi (ω)I(ti ,ti+1 ] (t) ∈ L0 に対して, 確率積分を I(ϕ)(∆) (t, ω) := n X ¢ ¡ ξi (ω) Mti+1 ∧t − Mti ∧t , t ∈ [ 0, T ] i=0 Z (∆) と定義する. また, これを I(ϕ) t (t, ω) = 0 補題 3.1.6 I(ϕ(∆) )(t, ω) は次の性質をもつ. i) I(ϕ(∆) ) ∈ M2,c ii) hI(ϕ(∆) )it = Rt 0 →0 0 2 ϕ(∆) (s, ω) dhM is ϕ(∆) (s, ω) dMs と書く. 3. 確率積分と伊藤の公式 iii) 30 h i hR i 2 2 t E I(ϕ(∆) )t = E 0 ϕ(∆) (s, ω) dhM is 【証明】 s < t なる任意の s, t ∈ R と分割 ∆ : 0 = t0 < t1 < · · · に対し , tk ≤ s < tk+1 < tl ≤ t < tl+1 , k, l ∈ N とする. i) m < k のとき E[ξm (Mtm+1 − Mtm )|Fs ] = ξm (Mtm+1 − Mtm ) . m = k のとき E[ξm (Mtm+1 − Mtm )|Fs ] = ξk E[(Mtk+1 − Ms ) + (Ms − Mtk )|Fs ] = ξk (Ms − Mtk ) . ¯ ¤ £ m > k のとき E[ξm (Mtm+1 − Mtm )|Fs ] = E E[ξm (Mtm+1 − Mtm )|Ftm ]¯Fs = 0 . 従って E[I(ϕ(∆) )(t, ω)|Fs ] = I(ϕ(∆) )(s, ω) となるので I(ϕ(∆) ) はマルチンゲールである. また, ξi , M ∈ L2 (Ω) から I(ϕ(∆) ) ∈ L2 (Ω) であり, Mti ∧t は a.s. に連続だから I(ϕ(∆) )(·, ω) も a.s. に連続である. 以上から I(ϕ(∆) ) ∈ M2,c がいえた. ii) s ≤ ti < tj のとき Fs ⊂ Fti ⊂ Ftj だから ¯ ¤ £ ¤ £ E ξi (Mti+1 − Mti )ξj (Mtj+1 − Mtj )|Fs = E E[ξi ξj (Mti+1 − Mti )(Mtj+1 − Mtj )|Ftj ]¯Fs ¯ ¤ £ = E ξi ξj (Mti+1 − Mti )E[Mtj+1 − Mtj |Ftj ]¯Fs = 0 となる. これを用いると £ E {I(ϕ(∆) )(t, ω) − I(ϕ(∆) )(s, ω)}2 |Fs ¤ ( = E l X )2 ξi (Mti+1 ∧t − Mti ∨s ) ¯ ¯ ¯ Fs i=k = l X £ ¤ E ξi 2 (Mti+1 ∧t − Mti ∨s )2 |Fs i=k が成り立つ. さらに s ≤ tm のとき Fs ⊂ Ftm と M 2 − hM i のマルチンゲール性から £ ¤ E ξm 2 (Mtm+1 − Mtm )2 |Fs ¯ ¤ ¯ ¤ £ £ = E E[ξm 2 (Mtm+1 − Mtm )2 |Ftm ]¯Fs = E ξm 2 E[Mtm+1 2 − Mtm 2 |Ftm ]¯Fs ¯ ¤ £ = E ξm 2 E[(Mtm+1 2 − hM itm+1 ) − (Mtm 2 − hM itm ) + (hM itm+1 − hM itm )|Ftm ]¯Fs £ ¤ = E ξm 2 (hM itm+1 − hM itm )|Fs と変形できるので £ E {I(ϕ (∆) (∆) )(t, ω) − I(ϕ ¤ 2 )(s, ω)} |Fs = ¤ £ E ξi 2 (hM iti+1 ∧t − hM iti ∨s )|Fs i=k ·Z t = E ·Z l X ϕ (∆) ϕ (∆) s t = E 0 ¯ (r, ω) dhM ir ¯Fs 2 ¸ ¸ Z s ¯ 2 ϕ(∆) (r, ω) dhM ir (3.4) (r, ω) dhM ir ¯Fs − 2 0 となる. 一方 I(ϕ(∆) ) ∈ M2,c から , h i ¤ £ 2 2 E {I(ϕ(∆) )(t, ω) − I(ϕ(∆) )(s, ω)}2 |Fs = E I(ϕ(∆) )(t, ω) − I(ϕ(∆) )(s, ω) |Fs h i 2 2 (∆) = E I(ϕ )(t, ω) |Fs − I(ϕ(∆) )(s, ω) (3.5) 3. 確率積分と伊藤の公式 31 © ª Rt 2 2 である. (3.4) , (3.5) より I(ϕ(∆) )(t, ω) − 0 ϕ(∆) (s, ω) dhM is はマルチンゲールとなり, 二次変分の一意性から ii) を得る. iii) マルチンゲール性から · ¸ · Z t Z 2 2 2 (∆) (∆) (∆) E I(ϕ )(t, ω) − ϕ (s, ω) dhM is = E I(ϕ )(0, ω) − 0 0 (∆) ϕ 2 ¸ (s, ω) dhM is = 0 . 0 従って iii) を得る. ¥ 次に一般の f ∈ L2 (hM i) に対して確率積分を定義する. 定義 3.1.7 ( 確率積分の定義 ) 補題 3.1.4 により, 任意の f ∈ L2 (hM i) に対し fn ∈ L0 で ·Z T ¸ 2 lim E |fn (s, ω) − f (s, ω)| dhM is = 0, ∀T (3.6) n→∞ 0 (n) となるものがとれる. Xt := Rt fn (s, ω)dMs とおくと , 任意の t に対し · ¸ (n) 2 lim E sup |Xs − Xs | = 0 0 n→∞ s≤t を満たす {Xt } ∈ M2,c が一意的に存在する. Z t この Xt を f の M ∈ M2,c による確率積分といい, Xt = f (s, ω) dMs と書く. 0 実際, {Xt } の存在と一意性は次のように示される. (n) (n) Xt を上のように定義し , 補題 3.1.6 を用いれば {Xt } ∈ M2,c であり, n, m → ∞ のとき ·Z t ¸ (n) (m) 2 2 |fn (s) − fm (s)| dhM is → 0, ∀t E[|Xt − Xt | ] = E 0 (n) となる. {Xt (m) − Xt } ∈ M2,c であるから Doob の不等式を用いれば , n, m → ∞ のとき · ¸ (n) (m) (n) (m) 2 E sup |Xs − Xs | ≤ 4E[|XT − XT |2 ] → 0, ∀T . s≤T (n) 以上から {Xt }t∈[ 0,T ] は M2,c (0, T ), ∀T の Cauchy 列となる. 従って補題 3.1.1 と補題 2.3.6 から , ある {XtT }t∈[ 0,T ] ∈ M2,c (0, T ) が存在して ¶ · ¸ µ (n) (n) T 2 T (3.7) lim E sup |Xt − Xt | = 0 かつ P lim sup |Xt − Xt | = 0 = 1 n→∞ n→∞ t≤T t≤T を満たす. ここで t ≤ T1 ≤ T2 とすると , n → ∞ のとき ¸ ¸ · ¸ · · (n) 2 (n) 2 T2 T1 T2 2 T1 E sup |Xt − Xt | ≤ 2E sup |Xt − Xt | + 2E sup |Xt − Xt | → 0 t≤T1 t≤T2 t≤T1 であるから , XtT は T について整合的にとれている. 従って Xt := lim XtT と定義できる. (n) このとき {Xt } ∈ M2,c となり, また (3.7) は supt≥0 |Xt T →∞ − Xt | について成り立つ. 3. 確率積分と伊藤の公式 32 この Xt は fn の取り方によらない. et } を fn , fen から決まるマルチ 実際 fn , fen ∈ L0 はいずれも (3.6) を満たすとし , {Xt }, {X ンゲールとすると , Doob の不等式から ¸ · 2 es | e t |2 ] ≤ 4E[|Xt − X E sup |Xs − X s≤t n o (n) (n) et(m) |2 ] + E[|X et(m) − X e t |2 ] ≤ 12 E[|Xt − Xt |2 ] + E[|Xt − X が分かる. ここで n, m → ∞ とすると , 補題 2.3.6 から et E[|Xt − Xt |2 ] → 0 , E[|X (n) であり, また (n) E[|Xt ·Z et(m) |2 ] ≤ E −X t (m) e t |2 ] → 0 −X ¸ 2 e 2{|fn (s) − f (s)| + |f (s) − fn (s)| } dhM is → 0 2 0 es |2 ] = 0, ∀t から X = X e a.s. が分かる. である. 従って E[sups≤t |Xs − X 補題 3.1.8 X, M, f を定義 3.1.7 のものとするとき次が成り立つ. ·Z t ¸ 2 2 f (s, ω) dhM is E[Xt ] = E[hM it ] = E 0 © ª Rt 2 【証明】 Xt 2 − 0 f (s, ω) dhM is がマルチンゲールになることを示せば十分である. (n) Xt を定義 3.1.7 で用いたものとする. 任意の A ∈ Fs に対し ·¯ µ ¶¯ ¸ Z t Z t ¯ 2 ¯ 2 (n) E ¯¯Xt − f (r, ω) dhM ir − Xt − fn (r, ω) dhM ir ¯¯ ; A 0 0 ¯ · ¯Z t ¸ ¯ h¯ i ¯ ¯ ¯ 2 (n) 2 ¯ ¯ ¯ ≤ E ¯Xt − Xt ¯ ; A + E ¯ (f − fn ) dhM ir ¯ ; A (3.8) 0 ここで、Hölder の不等式を用いれば ¯ h¯ i h i ¯ (n) 2 ¯ (n) (n) E ¯Xt 2 − Xt ¯ ; A ≤ E |Xt − Xt |(|Xt | + |Xt |) ; A h i 12 ¶ h i 12 µ £ ¤ 21 (n) 2 (n) 2 2 E |Xt | ; A + E |Xt | ; A ≤ E |Xt − Xt | ; A E [|Xt |2 ; A] , E £ (n) |Xt |2 ; ¤ A < ∞ であるから n → ∞ とすれば (3.7) より ¯ i h¯ ¯ 2 (n) 2 ¯ E ¯Xt − Xt ¯ ; A → 0 . . また (3.6) から次も成り立つ. ¯ ¸ ·Z t ¸ · ¯Z t ¯ ¯ ¯ ¯ |f − fn | dhM ir → 0 E ¯ (f − fn ) dhM ir ¯ ; A ≤ E 0 0 ª © Rt 2 以上から (3.8) の左辺は n → ∞ のとき a.s. に 0 に収束する. 従って Xt 2 − 0 f (s, ω) dhM is がマルチンゲールであることが分かる. ¥ RT この補題により, 写像 I : L2 (0, T ; hM i) 3 f 7→ XT = 0 f (s, ω) dMs ∈ M2,c (0, T ) は各 T に 対して等距離的, すなわち | f |T = kXkT であることが分かる. 3. 確率積分と伊藤の公式 3.2 33 確率積分の特徴づけ Schwarz の不等式の一般化ともいえる次の不等式は , 國田・渡辺の不等式として知られて いる. 補題 3.2.1 ( 國田・渡辺の不等式 ) M, N ∈ M2,c とし , ϕ(s, ω), ψ(s, ω) は発展的可測で各 t > 0 に対し Z Z t t 2 ϕ(s, ω) dhM is < ∞ , 0 ψ(s, ω)2 dhN is < ∞ 0 とする. このとき各 t に対し , 次の不等式が成り立つ. ¯Z t ¯ µZ t ¶ 12 µZ t ¶ 12 ¯ ¯ 2 2 ¯ ϕ(s, ω)ψ(s, ω) dhM, N is ¯ ≤ ϕ(s, ω) dhM is ψ(s, ω) dhN is a.s. ¯ ¯ 0 0 1 2 【証明】λt (ω) := £ 0 ¤ hM it + hN it (ω) とする. 任意の u ∈ [ 0, t ] に対し , λt (ω) − λu (ω) = ¤ 1£ (hM it − hM iu ) + (hN it − hN iu ) = 0 2 とすると hM it − hM iu = 0 a.s. , hN it − hN iu = 0 a.s. である. 従って hM it , hN it は λt (ω) に関して a.s. に絶対連続である. また命題 2.3.11 により, 任意の r ∈ R に対して Ωr ⊂ Ω で P (Ωr ) = 1 となるものがあっ て, ω ∈ Ωr のとき hM + rN i = hM i + 2rhM, N i + r2 hN i S となる. よって Ω0 = r∈Q Ωr とすると P (Ω0 ) = 1 で , 任意の ω ∈ Ω0 に対して Z Z t dhM, N is + r u u Z t dhM is + 2r dhM + rN is = 0≤ Z t u t 2 dhN is (3.9) u であるが , 右辺は r について連続だから , (3.9) は任意の r ∈ R に対して a.s. に成り立つ. 従って判別式を考えれば次を得る. ¯Z t ¯ 2 µZ t ¶ µZ t ¶ ¯ ¯ ¯ dhM, N is ¯ ≤ dhM is dhN is ¯ ¯ u u u ここで λt (ω) − λu (ω) = 0 とすると右辺は 0 となるので hM, N it − hM, N iu = 0 a.s. よって hM, N it も λt (ω) に関して a.s. に絶対連続になる. 以上からある Ω1 ⊂ Ω0 があって, P (Ω1 ) = 1 かつ Ω1 上で hM it , hN it , hM, N it は λt (ω) に関して絶対連続となるようにできる. 従って Radon-Nikodym の定理により Z t Z t hM it (ω) = f1 (s, ω) dλs (ω) , hN it (ω) = f2 (s, ω) dλs (ω) 0 0 Z t hM, N it (ω) = f3 (s, ω) dλs (ω) 0 となる f1 , f2 , f3 が存在する. 3. 確率積分と伊藤の公式 34 再度命題 2.3.11 を用いれば , α, β ∈ R に対し , P (Ωαβ ) = 1 を満たす Ωαβ ⊂ Ω1 があって, ω ∈ Ωαβ のとき 0 ≤ hαM + βN it2 (ω) − hαM + βN it1 (ω) Z t2 ¡ 2 ¢ = α f1 (s, ω) + 2αβf3 (s, ω) + β 2 f2 (s, ω) dλs (ω) t1 が 0 ≤ t1 < t2 < ∞ なる任意の t1 , t2 ∈ R に対して成り立つ. R 従って任意の ω ∈ Ωαβ に対し Tαβ (ω) dλt (ω) = 0 なる集合 Tαβ (ω) ∈ B([ 0, ∞)) が存在し , t∈ / Tαβ (ω) のとき α2 f1 (t, ω) + 2αβf3 (t, ω) + β 2 f2 (t, ω) ≥ 0 (3.10) でなければならない. e := T e に対して T (ω) := S e Ω Ωαβ とし , 各 ω ∈ Ω α,β∈ Q α,β∈Q Tαβ (ω) とすると , P (Ω) = 1 か R つ T (ω) dλt (ω) = 0 である. このとき, (3.10) は任意の t ∈ / T (ω) と任意の有理数の組 (α, β) に対して成り立つが , (3.10) の左辺は α, β について連続だから , 任意の t ∈ / T (ω) と任意の 実数の組 (α, β) についても成り立つ. 特に α = αϕ(t, ω), β = ψ(t, ω) とすれば任意の t ∈ / T (ω) に対して α2 ϕ(t, ω)2 f1 (t, ω) + 2αϕ(t, ω)ψ(t, ω)f3 (t, ω) + ψ(t, ω)2 f2 (t, ω) ≥ 0 である. dλt (ω) について積分すれば , 任意の α ∈ R と t ∈ [ 0, ∞) について Z α Z t 2 ϕ(s, ω) dhM is + 2α 0 Z t 2 t ϕ(s, ω)ψ(s, ω) dhM, N is + 0 ψ(s, ω)2 dhN is ≥ 0 0 が成り立つ. 判別式を考えて ¯Z t ¯2 µZ t ¶ ¶ µZ t ¯ ¯ 2 2 ¯ ϕ(s, ω)ψ(s, ω) dhM, N is ¯ ≤ ψ(s, ω) dhN is ϕ(s, ω) dhM is ¯ ¯ 0 0 0 より題意を得る. ¥ 定理 3.2.2 M ∈ M2,c , f (s, ω) ∈ L2 (hM i) のとき, Xt = N ∈ M2,c に対して Z Rt 0 f (s, ω) dMs とする. 任意の t hX, N it = f (s, ω) dhM, N is (3.11) 0 であり, しかも (3.11) を満たす X ∈ M2,c で X0 = 0 なるものは右辺の確率積分に限る. Rt 定理 3.2.2 は , 確率積分 0 f (s, ω) dMs を (3.11) の右辺に現れる Lebesgue-Stieltjes 積分で特 徴づけるものであり, 今後の議論に極めて有用である. 【証明】f ∈ L2 (hM i) に対して fn ∈ L0 で , ·Z t ¸ 2 lim E |f (s, ω) − fn (s, ω)| dMs = 0, ∀t n→∞ 0 3. 確率積分と伊藤の公式 (n) なるものをとる. Xt = 35 Rt fn (s, ω) dMs とおくと補題 3.1.8 より ·Z t ¸ (n) 2 E[hX − Xit ] = E |f (s, ω) − fn (s, ω)| dMs → 0, n → ∞ . 0 0 國田・渡辺の不等式と Hölder の不等式を用いると E[|hX (n) , N it − hX, N it |] = E[|hX (n) − X, N it |] "µZ ¯¸ ¶ 12 µZ t · ¯Z t ¶ 12 # t ¯ ¯ dhX (n) − Xis = E ¯¯ dhX (n) − X, N is ¯¯ ≤ E dhN is 0 0 1 2 1 2 0 1 1 = E[hX (n) − Xit hN it ] ≤ E[hX (n) − Xit ] 2 E[hN it ] 2 → 0, n → ∞ (3.12) が成り立つ. 同様に次もいえる. ¯¸ · ¯Z t Z t ¯ ¯ E ¯¯ f (s, ω) dhM, N is − fn (s, ω) dhM, N is ¯¯ 0 0 ·Z t ≤ E |f (s, ω) − fn (s, ω)|2 dhM is ¸ 12 1 · E[hN it ] 2 → 0, n → ∞ (3.13) 0 © (n) ª Rt 次に Xt Nt − 0 fn (s, ω) dhM, N is がマルチンゲールになることを示す. P tk ≤ s < tk+1 ≤ tl ≤ t < tl+1 , fn (s, ω) = i ξi (ω)I(ti ,ti+1 ] (s) とすると (n) E[Xt Nt − Xs(n) Ns |Fs ] ) "( l # "( k ) # ¯ ¯ X X ¯ ¯ ξi (Mti+1 ∧t − Mti ∨s ) Nt ¯Fs + E = E ξj (Mtj+1 ∧s − Mtj ) (Nt − Ns )¯Fs j=0 i=k . N のマルチンゲール性から , 右辺第2項は 0 となる. また M, N, M N − hM, N i のマルチ ンゲール性から , i ≥ k + 1 のとき ¯ ¤ £ E[ξi (Mti+1 − Mti )Nt |Fs ] = E E[ξi (Mti+1 − Mti )Nt |Fti+1 ]¯Fs ¯ ¤ £ = E[ξi Mti+1 Nti+1 |Fs ] − E E[ξi Mti Nti+1 |Fti ]¯Fs = E[ξi (Mti+1 Nti+1 − Mti Nti )|Fs ] = E[ξi (hM, N iti+1 − hM, N iti )|Fs ] = E ·Z ti+1 ¯ ¸ ¯ fn (s, ω) dhM, N is ¯Fs ti が成り立つ. よって ¯ ¸ ¯ = E fn (r, ω) dhM, N ir ¯Fs · Zs t ¯ ¸ Z s ¯ fn (r, ω) dhM, N ir = E fn (r, ω) dhM, N ir ¯Fs − ·Z (n) E[Xt Nt − Xs(n) Ns |Fs ] t 0 0 ª © (n) Rt となるから Xt Nt − 0 fn (s, ω) dhM, N is はマルチンゲールになる. 従って Z hX (n) t , N it = fn (s, ω) dhM, N is 0 3. 確率積分と伊藤の公式 36 であるから (3.13) から ¯¸ · ¯Z t ¯ ¯ (n) E ¯¯ f (s, ω) dhM, N is − hX , N it ¯¯ → 0, n → ∞ . (3.14) 0 (3.12) , (3.14) より hX (n) , N i → hX, N i in pr. かつ hX (n) , N i → が分かるので定理 1.3.3 を用いて Z t hX, N it = f (s, ω) dhM, N is a.s. Rt 0 f (s, ω) dhM, N is in pr. 0 がいえる. R e N it = t f (s, ω) dhM, N is , ∀N ∈ M2,c なる X e があったとすると , 次に一意性を示す. hX, 0 e N i = hX, N i − hX, e N i = 0 となるが , 特に N = X − X e とおけば hX − Xi e = 0 a.s. hX − X, e 2 はマルチンゲールになる. ゆえに E[(Xt − X et )2 ] = 0, ∀t とな が成り立つ. 従って (X − X) e a.s. が分かる. るから X = X ¥ 系 3.2.3 i) M ∈ M2,c , f, g ∈ L2 (hM i), a, b ∈ R のとき Z Z t (af (s, ω) + bg(s, ω)) dMs = a g(s, ω) dMs , ∀t . 0 0 M, N ∈ M2,c , f ∈ L2 (hM i) ∩ L2 (hN i) のとき, f ∈ L2 (haM + bN i) で Z Z t 0 Z t f (s, ω) d(aM + bN )s = a iii) t f (s, ω) dMs + b 0 ii) Z t t f (s, ω) dMs + b 0 f (s, ω) dNs , ∀t . 0 Rt M ∈ M2,c , f ∈ L2 (hM i), N = 0 f (s, ω) dMs , g ∈ L2 (hN i) のとき, f g ∈ L2 (hM i) であり Z t Z t g(s, ω) dNs = f (s, ω)g(s, ω) dMs , ∀t . 0 0 上の主張は ”確率微分 ”の記号で次のように簡潔に書かれる. ただし , これらの記号はそ れが積分に組み込まれて初めて意味を持つ. i) (af + bg) dM = af dM + bg dM ii) f d(aM + bN ) = af dM + bf dN iii) dN = f dM のとき g dN = f g dM この系により, 確率積分の計算を ”確率微分 ”の記号を用いて行うことが正当化される. 【証明】 i) 任意の N ∈ M2,c に対し , 定理 3.2.2 と命題 2.3.11 より Z Z Z Z h (af + bg) dM, N i = (af + bg) dhM, N i = a f dhM, N i + b g dhM, N i Z Z Z Z = ha f dM, N i + hb g dM, N i = ha f dM + b g dM, N i となるから , 一意性より題意がいえる. 3. 確率積分と伊藤の公式 37 ii) 命題 2.3.11 と國田・渡辺の不等式により Z Z 2 f dhaM + bN i = f 2 d(a2 hM i + 2abhM, N i + b2 hN i) µZ Z 2 ≤ a 2 f dhM i + 2ab 2 f dhM i ¶ 21 µZ 2 f dhN i ¶ 12 Z +b 2 f 2 dhN i . Rt 2 従って E[ 0 f (s, ω) dhaM + bN is ] < ∞ , ∀t が分かるから f ∈ L2 (haM + bN i) である. また, 定理 3.2.2 と命題 2.3.11 から任意の L ∈ M2,c に対し Z Z Z h f d(aM + bN ), L i = ha f dM + b f dN, L i . Rt iii) 定理 3.2.2 から hN it = 0 f (s, ω)2 dhM is であるから次を得る. ·Z t ¸ ·Z t ¸ 2 2 2 E f (s, ω) g(s, ω) dhM is = E g(s, ω) dhN is < ∞ , ∀t 0 0 従って f g ∈ L2 (hM i) であり, 定理 3.2.2 より任意の L ∈ M2,c に対し hN, Li = であるから Z Z Z Z h f g dM, L i = f g dhM, Li = g dhN, Li = h g dN, L i . R f dhM, Li ¥ 次に確率積分の定義を , 定義 2.3.7 で定めた連続局所マルチンゲールに拡張する. 定義 3.2.4 ( 連続局所マルチンゲールに対する確率積分の定義 ) M ∈ Mc,loc とする. 発展的可測過程 f (s, ω) が ¶ µZ T 2 f (s, ω) dhM is < ∞ = 1, ∀T P 0 Rt を満たす場合に確率積分 I(f )(t, ω) := 0 f (s, ω) dMs を定義する. M ∈ Mc,loc から σn % ∞ a.s. なる停止時刻の列があって Mt∧σn ∈ M2,c となる. ¾ ½ Z t 2 f (s, ω) dhM is ≥ n τn (ω) := n ∧ inf t ≥ 0 ; 0 とおくと , 補題 2.1.17 より τn は再び停止時刻となり τn % ∞ a.s. である. ρn = τn ∧ σn と (n) (n) し , Mt = Mt∧ρn , f (n) (t, ω) = f (t, ω)I[ 0,ρn ] (t) とおけば , 任意抽出定理により {Mt } はマ (n) ルチンゲールになるから {Mt } ∈ M2,c , f (n) ∈ L2 (hM (n) i) である. 従って Z t Z t∧ρn (n) (n) (n) I(f )(t, ω) := f (s, ω) dMs = f (s, ω) dMs 0 0 と定めることができる. このとき明らかに I(f (n) ) ∈ M2,c である. n → ∞ のとき ρn % ∞ だから整合的に I(f )(t, ω) := I(f (n) )(t, ω) , 0 ≤ t ≤ ρn と定義できる. この I(f ) を連続局所マルチンゲール M による f の確率積分という. 3. 確率積分と伊藤の公式 38 上でいう整合性は , 0 ≤ t < ρn , n ≤ m のとき I(f (n) )(t, ω) = I(f (m) )(t, ω) であることを 意味する. 実際, 任意の N ∈ M2,c に対し Z t∧ρn (m) hI(f )(t ∧ ρn ), N it = h f (m) dM, N it Z0 t∧ρn ∧ρm Z t∧ρn = h f dM, N it = h f dM, N it = hI(f (n) ), N it 0 0 より I(f (m) )(t ∧ ρn ) = I(f (n) )(t) がいえる. ¡R T ¢ 2 命題 3.2.5 M ∈ Mc,loc とし , f (s, ω) を P 0 f (s, ω) dhM is < ∞ = 1, ∀T なる発展的可 測過程とする. ©R t ª このとき {Xt } = 0 f (s, ω) dMs ∈ Mc,loc は , X0 = 0 で任意の N ∈ Mc,loc に対して Z t hX, N it = f (s, ω) dhM, N is , ∀t a.s. 0 を満たすただ一つの元である. R t∧ρ (n) 【証明】σn , τn , ρn , f (n) を定義 3.2.4 のものとし , Xt = 0 n f (s, ω) dMs とする. N ∈ Mc,loc に対し τ 0 n = inf {t ; |Nt | ≥ n}, ηn = ρn ∧ τ 0 n とすると , ηn ≤ ρn と命題 2.3.11 および定理 3.2.2 から hX, N it∧ηn = hX, N ηn it = hX ρn , N ηn it Z t Z t (n) ρn ηn = h f (s, ω) dMs , N it = f (n) (s, ω) dhM ρn , N ηn is 0 0 Z t Z t∧ηn (n) = f (s, ω) dhM, N is∧ηn = f (s, ω) dhM, N is 0 0 ここで n → ∞ とすれば ηn % ∞ だから Z t hX, N it = f (s, ω) dhM, N is 0 R e N it = t f (s, ω) dhM, N is , ∀N ∈ Mc,loc なる X e があったと を得る. 一意性については , hX, 0 e −X, N i = 0, ∀N ∈ Mc,loc であるから , 特に N = X e −X とすれば hX e −Xi = 0 a.s. すると hX e = X a.s. を得る. が分かる. 従って X ¥ 3.3 伊藤の公式 微分積分学における合成関数の微分法則 (連鎖公式) の確率版ともいえるのが伊藤の公式で ある. その応用は極めて広い. その主張は , 連続セミマルチンゲールと ”滑らかな関数 ”の 合成は , 再び連続セミマルチンゲールであるというものであり, 同時にその具体的な分解を 与えている. 定義 3.3.1 X0 を F0 -可測確率過程, M ∈ Mc,loc , A ∈ Ac とする. 確率過程 X = {Xt } が Xt = X0 + Mt + At , M0 = 0 a.s. , A0 = 0 a.s. 3. 確率積分と伊藤の公式 39 と表されるとき, {Xt } を連続セミマルチンゲールという. また RN -値確率過程が連続セミマ ルチンゲールであるとは , 各成分が連続セミマルチンゲールのときをいう. 以下では , Ck (RN ) は RN 上の k 回連続的微分可能な関数全体とする. 定理 3.3.2 ( 伊藤の公式 ) Xt = (Xt1 , Xt2 , . . . , XtN ) を , Xti = X0i + Mti + Ait , i = 1, 2, . . . , N で定義された N 次元連続セミマルチンゲールとする. このとき, 任意の f ∈ C2 (RN ) に対 して, N Z t N Z t X X i f (Xt ) = f (X0 ) + Di f (Xs ) dMs + Di f (Xs ) dAis i=1 0 i=1 0 N Z 1X t + Dij f (Xs ) dhM i , M j is a.s. 2 i,j=1 0 (3.15) ∂ 2f ∂f , D f := , i, j = 1, 2, . . . , N とする. ij ∂xi ∂xi ∂xj この定理から , N 次元連続セミマルチンゲール X と f ∈ C2 (RN ) に対して , f (X) もまた 連続セミマルチンゲールになることが分かる. M ∈ Mc,loc , f, g ∈ C 2 (R1 ) とする. 合成関数の微分に関する連鎖律は , 通常の微積分学で は df (g(t)) = f 0 (g(t)) dg(t) であるが , 伊藤の公式によれば 1 d(f (Mt )) = f 0 (Mt ) dMt + f 00 (Mt )dhM it 2 となり, 右辺第 2 項が修正項として現れる. 証明は Taylor 展開を基本とする. ここでは 2.3 節で行った解析が有効に働く. が成り立つ. ただし , Di f := 【証明】{τn }n∈N を次のように定義する. ( PN i inf {t ≥ 0 ; |X0 | > n or |Mt | > n or |At | > n or i=1 hM it > n} , { } 6= ∅ τn := ∞ , { }=∅ 命題 2.1.17 より τn は停止時刻で , τn % ∞ a.s. であるから , {Xt∧τn } について (3.15) を示 せばよい. なぜなら , 局所マルチンゲールに対する確率積分の定義から , τn > t となった時点 で題意が示されるからである. 従って, X0 , At , Mt , hM i , M j it はすべて有界であると仮定し ても差し支えない. このとき, |X0 | ≤ L, sup0≤t≤T |At | ≤ L, sup0≤t≤T |Mt | ≤ L (L は正の定数) とすると , |Xt | ≤ 3L となり f ∈ C2 (RN ) から [−3L, 3L]N 上では f, Di f, Dij f は有界かつ一様連続 P P となる. よって, K > 0 を定数として |f | + i |Di f | + i,j |Dij f | ≤ K と仮定してもよい. t ∈ [ 0, T ] を任意に固定し , 区間 [ 0, t ] の分割 ∆ : 0 = t0 < t1 < · · · < tn = t をとる. Taylor の定理により, f (Xt ) − f (X0 ) = n−1 X ¡ ¢ f (Xtk+1 ) − f (Xtk ) k=0 = n−1 X N X k=0 i=1 n−1 X N ´ 1X ³ ´³ ´ ³ Di f (Xtk ) Xtik+1 − Xtik + Dij f (ξk ) Xtik+1 − Xtik Xtjk+1 − Xtjk 2 k=0 i,j=1 3. 確率積分と伊藤の公式 40 ¡ ¢ が成り立つ. ただし , ξk = Xtk + θk Xtk+1 − Xtk , 0 ≤ θk ≤ 1 である. (∆) I1 (∆) I2 (∆) I3 (∆) I4 := := := := N n−1 X X k=0 i=1 n−1 N XX ³ ´ Di f (Xtk ) Aitk+1 − Aitk ´ ³ Di f (Xtk ) Mtik+1 − Mtik k=0 i=1 n−1 X N X 1 2 ´³ ³ ´ Dij f (ξk ) Aitk+1 − Aitk Ajtk+1 − Ajtk k=0 i,j=1 n−1 X N X ´³ ³ ´ Dij f (ξk ) Aitk+1 − Aitk Mtjk+1 − Mtjk k=0 i,j=1 ³ ´³ ´ 1XX Dij f (ξk ) Mtik+1 − Mtik Mtjk+1 − Mtjk 2 k=0 i,j=1 n−1 (∆) I5 := N と定義する. |∆| → 0 のとき, (1) (2) (∆) I1 −→ I1 := (∆) −→ I2 := I2 N Z X i=1 0 N Z t X i=1 (∆) (3) I3 (4) I5 (∆) t 0 Di f (Xs ) dAis a.s. Di f (Xs ) dMsi in pr. (∆) −→ 0 a.s. , I4 −→ 0 a.s. Z N t 1X −→ I5 := Dij f (Xs ) dhM i , M j i in L1 2 i,j=1 0 となることを示せば , 定理 1.3.3 より 各 t に対し f (Xt ) − f (X0 ) = 5 X (∆) Ij → I1 + I2 + I5 in pr. j=1 がいえ , 再び定理 1.3.3 より f (Xt ) − f (X0 ) = I1 + I2 + I5 a.s. が得られる. (∆) (1) Ait (ω) は ω を固定するごとに t について有界変動関数だから , I1 は Lebesgue-Stieltjes 積分の意味で I1 に概収束する. P ∆ (2) fi∆ (s) := n−1 k=0 Di f (Xtk )I(tk ,tk+1 ] (s) , fi (0) := Di f (X0 ) とおくと , Di f (X) は有界であ るから fi∆ (s) は初等確率過程である. Z t Z t i(∆) i i ∆ Di f (Xs ) dMsi := fi (s) dMs , Xt := Xt 0 0 とする. Di f の連続性から , 任意の s ∈ [ 0, t ] について, |fi∆ (s) − Di f (Xs )| → 0, |∆| → 0 . Rt |fi∆ (s) − Di f (Xs )| は有界であり, 従って 0 |fi∆ (s) − Di f (Xs )|2 dhM is は可積分となるから , Lebesgue の収束定理により, ¸ ·Z T 2 ∆ E |fi (s) − Di f (Xs )| dhM is → 0 , |∆| → 0 a.s. 0 3. 確率積分と伊藤の公式 41 i(∆) 従って定義 3.1.7 で行った議論により, E[sup0≤t≤T |Xt − Xti |2 ] → 0 , |∆| → 0 であるから i(∆) (∆) Xt → Xti in L2 が分かる. よって, 定理 1.3.3 より I2 → I2 in pr. が成り立つ. (3) Aj = Aj+ − Aj− , Aj+ , Aj− ∈ A+,c , Aj+ , Aj− の全変動を |Aj+ |, |Aj− | とすると Ajt お よび Mtj の一様連続性と Aj+ , Aj− の有界変動性により, N ¯ ¯ X ¡ j+ ¢ 1 |I3 | ≤ K sup ¯Ajtk+1 − Ajtk ¯ |A | + |Aj− | → 0 , |∆| → 0 a.s. 2 j,k j=1 N ¯ j ¯X ¡ j+ ¢ j ¯ ¯ |I4 | ≤ K sup Mtk+1 − Mtk |A | + |Aj− | → 0 , |∆| → 0 a.s. j,k j=1 最後に (4) を示す. (∆)0 I5 ´³ ³ ´ 1XX Dij f (Xtk ) Mtik+1 − Mtik Mtjk+1 − Mtjk 2 k=0 i,j=1 n−1 := N とおけば , (∆) |I5 (∆)0 − I5 | ≤ n−1 N ¯ ¯¯ ¯ 1XX ¯ ¯¯ ¯ sup |Dij f (ξl ) − Dij f (Xtl )| ¯Mtik+1 − Mtik ¯ ¯Mtjk+1 − Mtjk ¯ 2 k=0 i,j=1 0≤l≤n−1 N X 1 1 1 sup |Dij f (ξl ) − Dij f (Xtl )| Qt (M n ; ∆) 2 Qt (M m ; ∆) 2 ≤ 2 i,j,l n,m=1 m となる. ただし , Qt (M ; ∆) = Pn−1 ³ k=0 Mtmk+1 − Mtmk ´2 , m = 1, 2, . . . , N である. Schwarz の不等式を2回用いて, · ¸ N ¯i 1 X h¯ 1 1 ¯ (∆) (∆)0 ¯ n m E ¯I5 − I5 ¯ ≤ E sup |Dij f (ξk ) − Dij f (Xtk )| Qt (M ; ∆) 2 Qt (M ; ∆) 2 2 n,m=1 i,j,k · ¸ 12 N 1 1 X 2 ≤ E sup |Dij f (ξk ) − Dij f (Xtk )| E [Qt (M n ; ∆)Qt (M m ; ∆)] 2 2 n,m=1 i,j,k ! · ¸ 21 à X N 1 1 ¤ ¤ £ £ 1 ≤ E sup |Dij f (ξk ) − Dij f (Xtk )|2 E Qt (M n ; ∆)2 4 E Qt (M m ; ∆)2 4 2 i,j,k n,m=1 を得る. M は有界なマルチンゲールなので , 補題 2.3.5 により, N X ¤1 ¤1 £ £ E Qt (M n ; ∆)2 4 E Qt (M m ; ∆)2 4 < ∞ . n,m=1 また, Dij f および X は一様連続であるから , |∆| → 0 のとき |Dij f (ξk ) − Dij f (Xtk )|2 → 0 . (∆) (∆)0 よって, 有界収束定理より, E[ |I5 − I5 | ] → 0 , |∆| → 0 となる. (∆)00 I5 n−1 := N ¢ ¡ 1XX Dij f (Xtk ) hM i , M j itk+1 − hM i , M j itk 2 k=0 i,j=1 3. 確率積分と伊藤の公式 42 とおき, さらに h¯ ¯i (∆)0 (∆)00 ¯2 ¯ E I5 − I5 à µ ¶!2 Z tk+1 n−1 X N X 1 Dij f (Xtk ) (Mtik+1 − Mtik )(Mtjk+1 − Mtjk ) − = E dhM i , M j is 4 tk i,j=1 k=0 1 h³ X X ij ´2 i Vk := E 4 k=0 i,j=1 n−1 N と定義する. M i , M j , M i M j − hM i , M j i のマルチンゲール性から , ¡ ¢¯ ¤ £ E (Mti − Msi )(Mtj − Msj ) − hM i , M j it − hM i , M j is ¯Fs = 0 , t > s となることに注意すれば , k < l のとき ¯ ¤¤ £ ¤ £ £ E Vkij Vlpq = E E Vkij Vlpq ¯Ftl · · Z q q ij p p = E Vk Dpq f (Xtl ) E (Mtl+1 − Mtl )(Mtl+1 − Mtl ) − tl+1 tl ¯ ¸¸ ¯ dhM , M is ¯Ftl = 0 p q が成り立つから , (3) と同様に hM i , M j i = hM i , M j i+ − hM i , M j i− とすれば N n−1 N n−1 1 h³ X X ij ´2 i 1 X h³ X ij ´2 i = Vk E Vk E 4 4 k=0 i,j=1 k=0 i,j=1 à ¶!2 Z tk+1 N µ n−1 X X 1 dhM i , M j is ≤ K2 E (Mtik+1 − Mtik )(Mtjk+1 − Mtjk ) − 4 tk i,j=1 k=0 " ¶2 # N µZ tk+1 N ³ n−1 ´2 ¡ X X X ¢ 2 dhM i , M j is Mtik+1 − Mtik E Mtjk+1 − Mtjk + ≤ K2 i,j=1 k=0 " 2 sup |Mtik+1 i,k ≤K E +K 2 N X · − Mtik |2 N X tk i,j=1 # Qt (M j ; ∆) j=1 ¯¡ ¯ ¢ i j − E sup ¯hM i , M j itk+1 − hM i , M j itk ¯ hM i , M j i+ t + hM , M it ¸ k i,j=1 となる. 従って, Hölder の不等式を用いると ·¯ ¯2 ¸ ¯ (∆)0 (∆)00 ¯ E ¯I5 − I5 ¯ #1 ¸ 12 "³X · N ´2 2 ≤ K 2 E sup |Mtik+1 − Mtik |4 E Qt (M j ; ∆) i,k +K 2 N X i,j=1 j=1 · ¯2 ¯ E sup ¯hM i , M j itk+1 − hM i , M j itk ¯ k が成り立つことが分かる. ¸ 12 E h¡ hM i , M j i+ t + hM i ¢2 , M j i− t i 12 3. 確率積分と伊藤の公式 43 PN 定理 2.3.5 より E[( j=1 Qt (M j ; ∆))2 ] < ∃C1 であり, さらに hM i + M j i および hM i − M j i i j − 2 i i j の有界変動性により E[(hM i , M j i+ t + hM , M it ) ] < ∃C2 であるから , M , hM , M i の一 様連続性を用いれば h¯ ¯i (∆)0 (∆)00 ¯2 ¯ E I5 − I5 → 0 , |∆| → 0 がいえる. 一方, (∆)00 I5 N Z 1X t → Dij f (Xs ) dhM i , M j is , |∆| → 0 a.s. 2 i,j=1 0 (3.16) PN R t (∆)00 i j であるが , I5 , i,j=1 0 Dij f (Xs ) dhM , M is は有界だから有界収束定理により (3.16) は L1 の意味でも収束している. 従って (∆) I5 N Z 1X t → Dij f (Xs ) dhM i , M j is , |∆| → 0 in L1 . 2 i,j=1 0 以上から (3.15) は各 t に対して a.s. に成り立つことが分かった. この際, 測度 0 の除外集合 は t に依存するが , 両辺は t について連続であるので , 除外集合は全ての t について共通に とれる. ゆえに , (3.15) は確率 1 ですべての t に対して成り立つ. ¥ e ∈ Ac に対して次が成り立つ. 系 3.3.3 M ∈ Mc,loc と A , A et=0 hM, Ait = hA, M it = hA, Ai 【証明】定理 3.15 の証明の中の (3) で示したことにより明らか . ¥ 以下, 伊藤の公式の応用について述べる. 尚 M 1 , . . . , M N ∈ Mc,loc のとき, ベクトル値マ ルチンゲールに対しても M = (M 1 , . . . , M N ) ∈ Mc,loc と表すことにする. 補題 3.3.4 f (x, t) : R × [ 0, ∞) → C は x について 2 回, t について 1 回連続的微分可能とす 2 + 12 ∂∂xf2 = 0 を満たすとき, M ∈ Mc,loc に対して f (M, hM i) ∈ Mc,loc である. る. f が ∂f ∂t 【証明】hM i は区間 [ 0, t ] で一様連続となるから、hM, hM iis = hhM i, hM iis = 0 , ∀s ∈ [ 0, t ] である. このことに注意して伊藤の公式を用いれば , 次が成り立つ. f (Mt , hM it ) − f (M0 , hM i0 ) Z t Z t Z ∂f ∂f 1 t ∂2f = (Ms , hM is ) dMs + (Ms , hM is ) dhM is + (Ms , hM is ) dhM is 2 0 ∂x2 0 ∂x 0 ∂t Rt (Ms , hM is ) dMs となる. 右辺は局所マルチン 条件より, f (Mt , hM it ) − f (M0 , hM i0 ) = 0 ∂f ∂x ゲールだから f (M, hM i) ∈ Mc,loc . ¥ 例 3.3.5 命題 2.2.3 および 2.1.12 は本質的に Brown 運動のマルチンゲール性によることが , 補題 3.3.4 を用いて確かめられる. f (x, t) = eλx− λ2 t 2 , λ ∈ C とすると f は補題 3.3.4 の条件を満たす. また B = (B 1 , . . . , B N ) 3. 確率積分と伊藤の公式 44 を N 次元 Ft -Brown 運動とし , Mt := ξ ∗ Bt = である. なぜなら PN i i=1 ξi Bt , ξ ∈ RN とするとき, hM it = |ξ|2 t Mt 2 − |ξ|2 t = (ξ ∗ (Bt − Bs ) + ξ ∗ Bs )2 − |ξ|2 t X X X = ξi ξj (Bti − Bsi )(Btj − Bsj ) + 2 ξi ξj (Bti − Bsi )Bsj + ξi ξj Bsi Bsj − |ξ|2 t i,j i,j i,j であり, 補題 2.3.10 より E[(Bti − Bsi )(Btj − Bsj )|Fs ] = δij (t − s) だったから X X ξi ξj Bsi Bsj − |ξ|2 t = Ms 2 − |ξ|2 s ξi 2 (t − s) + E[Mt 2 − |ξ|2 t|Fs ] = i,j i となり, {Mt 2 − |ξ|2 t} がマルチンゲールとなるからである. √ © √ ∗ |ξ|2 ª 1 従って f (x, t) = e −1x+ 2 t に対して補題 3.3.4 を用いれば , e −1ξ Bt + 2 t := {Xt } は局 所マルチンゲールになる. すなわち σn % ∞ なる停止時刻の列があって {Xt∧σn } はマルチ ¯ √ ∗ |ξ|2 ¯ 1 2 ンゲールとなるが , ¯e −1ξ Bt + 2 t ¯ ≤ e 2 |ξ| t から有界収束定理を用いれば {Xt } がマルチン ゲールとなっていることが分かる. これが命題 2.2.3 のマルチンゲールによる解釈である. √ £ √ ∗ ¤ |ξ|2 ¯ |ξ|2 ∗ さらにマルチンゲールの定義から E e −1ξ Bt + 2 t ¯Fs = e −1ξ Bs + 2 s となるが , · √ E e −1ξ ∗ Bt + |ξ|2 t 2 ¯ ¯ Fs ¸ · √ ¸ √ |ξ|2 ¯ −1ξ ∗ (Bt −Bs ) −1ξ ∗ Bs 2 t ¯ e e Fs = E e h √ ∗ √ ¯ i |ξ|2 ∗ = e −1ξ Bs + 2 t E e −1ξ (Bt −Bs ) ¯Fs も成り立つから , 上と併せて h √ ∗ ¯ i |ξ|2 −1ξ (Bt −Bs ) ¯ E e Fs = e− 2 (t−s) , s < t を得る. これが命題 2.1.12 で示した Ft -Brown 運動の定義式である. 次の定理は Brown 運動をマルチンゲールによって特徴づけるもので , 第 5 章で有効に働く. 定理 3.3.6 ( Lévy の定理 ) X = (X 1 , . . . , X N ) を , 連続局所 Ft -マルチンゲールとする. こ のとき hX i , X j it = δij t であるならば , X は N 次元 Ft -Brown 運動である. 【証明】仮定より hX i it = t < ∞ となるから X i ∈ M2,c であり, 従って X ∈ M2,c である. また ξ ∈ RN に対して ∗ hξ Xt i = h N X ξi Xti i= ξi ξj hX i , X j it = |ξ|2 t i,j i=1 √ N X ∗ |ξ|2 がいえ , これと補題 3.3.4 から e −1ξ Xt + 2 t はマルチンゲールである. 従って例 3.3.5 の計 算と同様にして h √ ∗ ¯ i |ξ|2 E e −1ξ (Xt −Xs ) ¯Fs = e− 2 (t−s) , s < t が示される. このことは X が Ft -Brown 運動であることを示している. ¥ 第 4 章 確率微分方程式 確率微分方程式は確定的微分方程式に確率的摂動 (ノイズ ) を加えたときの影響の研究に 広く応用されている. 前章で定義した確率積分を用いることにより, ノイズを含む直感的な 微分方程式に数学的意味を与えることが可能となる. 本章では , まず適当な条件のもと解の 存在と一意性を保障する基本定理について述べる. 次に係数が一次関数の場合に , 解を具体 的に表示する方法を考察する. ここでは伊藤の公式が大いに力を発揮する. さらに , 例とし て序章でも触れた生物の増殖モデルについて解析を行う. 4.1 解の存在と一意性 (Ω, F, P ; Ft ) をフィルター付き確率空間とする. 本章を通じて, {Ft }t≥0 は右連続で条件 (2.2) を満たしているものとする. {Bt }t≥0 をその確率空間上で定義された Ft -Brown 運動と する. また, N × m 行列値関数 σ と RN -値関数 b すなわち σ = σ(t, x, ω) : [ 0, T ] × RN × Ω 7→ RN ×m b = b(t, x, ω) : [ 0, T ] × RN × Ω 7→ RN が与えられており, それらは B([ 0, T ]) × B(RN ) × FT -可測で , さらに各 x に対して Ft -発 展的可測とする. ξ(ω) を F0 -可測な RN -値確率変数とし , {Xt }t≥0 に対する方程式: Z t Z t Xt = ξ + σ(s, Xs , ω) dBs + b(s, Xs , ω) ds (4.1) 0 0 を考える. (4.1) は ”確率微分 ”の記号を用いて dXt = σ(t, Xt , ω) dBt + b(t, Xt , ω) dt , X0 = ξ とも書かれる. これを確率微分方程式という. (4.1) の右辺はセミマルチンゲールであり, さ らに hBis = s である. 従って伊藤の公式が存分に力を発揮できる. 尚, (4.1) を成分表示すると , 次のようになる. Z t m Z t X i i i j Xt = ξ + σj (s, Xs , ω) dBs + bi (s, Xs , ω) ds , i = 1, . . . , N (4.2) j=1 0 0 定義 4.1.1 Xt (ω) : [ 0, T ] × Ω 7→ RN が (4.1) の解であるとは , X = {Xt (ω)}t≤T が Ft に 適合した連続確率過程であって, さらに次の二つの条件を満たすときにいう. i) σ(t, Xt , ω), b(t, Xt , ω) は Ft -発展的可測で , µZ t ¶ 2 P {kσ(t, Xt , ω)k + |b(t, Xt , ω)|} dt < ∞ = 1 0 を満たす. ただし , kσk2 := Pm PN j=1 i=1 45 |σji |2 = tr(σσ ∗ ) である. 4. 確率微分方程式 ii) 46 任意の t ≤ T に対し確率 1 で (4.1) が成り立っている. 条件 i) により (4.1) の右辺の各項が意味をもつ. 尚 σ , b が ω によらず (t, x) だけの関数 のとき, (4.1) は Markov 型と呼ばれる. 定理 4.1.2 T > 0 を任意に固定する. 任意の t ∈ [ 0, T ] , x, y ∈ RN および ω ∈ Ω に対し , K := KT > 0 が存在して, σ(t, x, ω) , b(t, x, ω) が次を満たしていると仮定する. ( kσ(t, x, ω) − σ(t, y, ω)k ≤ K|x − y| (4.3) | b(t, x, ω) − b(t, y, ω) | ≤ K|x − y| kσ(t, x, ω)k + |b(t, x, ω)| ≤ K(1 + |x|) (4.4) さらに E[|ξ|2 ] < ∞ も仮定する. このとき, 区間 [0, T ] における (4.1) の一意解が存在し , · ¸ 2 E sup |Xt | < ∞ (4.5) 0≤t≤T を満たす. ただし解が一意的であるとは , X と X 0 がともに解ならば , µ½ ¾¶ 0 P ω ; sup |Xt (ω) − Xt (ω)| > 0 =0 0≤t≤T が成り立つことである. 証明に進む前に補題を一つ示す. この補題は解の一意性の証明 (Step3) で用いる. 補題 4.1.3 ( Gronwall の補題 ) 連続関数 f (t), t ∈ [ 0, T ] が Z t 0 ≤ f (t) ≤ a + b f (s) ds, a, b ≥ 0 0 を満たすとき, f (t) ≤ aebt , t ∈ [ 0, T ] が成り立つ. Rt 【証明】u(t) = e−bt 0 f (s) ds とすると , µ ¶ Z t 0 −bt u (t) = e f (t) − b f (s) ds ≤ ae−bt 0 であるから , u(t) ≤ Rt 0 ae−bs ds = (a/b)(1 − e−bt ) となり, 条件より求める結果を得る. 【定理 4.1.2 の証明】(Step1) うに帰納的に定義する. (1) n =1 のとき Xt n ≥2 のとき (n) Xt (n) 連続確率過程の列 X (n) = {Xt }t∈[ 0,T ] , n ∈ N を次のよ =ξ = GX Z (n−1) ¥ t := ξ + 0 Z σ(s, Xs(n−1) , ω) dBs t + 0 b(s, Xs(n−1) , ω) ds (4.6) ここで , 任意の n ∈ N に対して, X (n) が次の i), ii) を満たすことを示す. 4. 確率微分方程式 (n) 47 i) Xt は Ft に適合している. ii) E[sup0≤t≤T |Xt |2 ] < ∞ (n) (n−1) (n−1) このとき (4.4) より E[kσ(t, Xt , ω)k2 ] ≤ K 2 E[(1 + |Xt |)2 ] < ∞, ∀t ∈ [ 0, T ] であ £R T ¤ (n−1) , ω)k2 dt < ∞ すなわち σ ∈ L2 (0, T ; hBi) が分かる. 同様に , るから , E 0 kσ(t, Xt RT (n−1) |b(t, Xt , ω)| dt < ∞ a.s. も成り立ち, また σ, b は発展的可測でもあるから (4.6) の右 0 辺の積分が定義できる. 従って確率過程の列 {X (n) }, n ∈ N が順次定義される. i) , ii) を数学的帰納法により示す. n = 1 のときは明らか . (n−1) (n) i) , ii) が Xt について成り立つと仮定すると (4.6) の右辺の積分が定義でき, Xt は確 率積分と連続有界変動過程の和であるから Ft に適合している. 従って i) がいえた. ii) を示す. まず不等式 (a + b + c)2 ≤ 3(a2 + b2 + c2 ) から , 次式が成り立つ. · ¸ (n) 2 E sup |Xt | 0≤t≤T " " ¯Z t ¯2 # ¯Z t ¯2 # ¯ ¯ ¯ ¯ ≤ 3E[|ξ|2 ] + 3E sup ¯¯ σ(s, Xs(n−1) , ω) dBs ¯¯ + 3E sup ¯¯ b(s, Xs(n−1) , ω) ds¯¯ 0≤t≤T 0≤t≤T 0 0 右辺第2項に Doob の不等式を , 第3項には Schwarz の不等式を適用し , さらに (4.4) に注意 すれば , 帰納法の仮定から次のように示される. · ¸ (n) 2 E sup |Xt | 0≤t≤T ·Z ≤ 3E[|ξ| ] + 12E h 2 ·Z T 0 T ¸ σ(s, Xs(n−1) , ω) dBs i · + 3E Z t sup t 0≤t≤T 0 ¸ ¯ ¯2 (n−1) ¯b(s, Xs , ω)¯ ds ¸ ·Z T ¸ ° °2 ¯ ¯2 2 (n−1) (n−1) ° ° ¯ ¯ ≤ 3E[|ξ| ] + 12E σ(s, Xs , ω) ds + 3T E b(s, Xs , ω) ds 0 0 Z T ·³ ´2 ¸ 2 2 (n−1) | ≤ 3E[|ξ| ] + (12 + 3T )K E 1 + sup |Xs ds < ∞ (4.7) 0≤s≤T 0 (Step2) 次に列 {X (n) } が n → ∞ のときに概収束し , その極限が求める解であることを 示す. 任意の n ≥ 3 と任意の t ∈ [ 0, T ] に対し , " ¯2 # ¯Z r ¸ · ¯ ¯ ¯ ¯ (n) ª © 2 σ(s, Xs(n−1) , ω) − σ(s, Xs(n−2) , ω) dBs ¯¯ ≤ 2E sup ¯¯ E sup ¯Xr − Xr(n−1) ¯ 0≤r≤t 0≤r≤t 0 ¯2 # ¯Z r ¯ ¯ ª © b(s, Xs(n−1) , ω) − b(s, Xs(n−2) , ω) ds¯¯ +2E sup ¯¯ 0≤r≤t 0 ¸ ·Z t °2 ° (n−2) (n−1) ° ° , ω) ds , ω) − σ(s, Xs σ(s, Xs ≤ 8E 0 ¸ ·Z t ¯2 ¯ (n−2) (n−1) ¯ ¯ , ω) ds , ω) − b(s, Xs b(s, Xs +2tE 0 ¸ Z t · ¯ (n−1) ¯2 (n−2) ¯ ds . ≤ C1 E sup ¯Xr − Xr (4.8) " 0 0≤r≤s 4. 確率微分方程式 48 ただし , C1 := (8 + 2T )K 2 である. 第 2 の不等式は Doob の不等式と Schwarz の不等式を適 用し , 最後の不等式は条件 (4.3) と Fubini の定理を用いた. 従って n ≥ 2 のとき, 帰納的に · ¸ ¸ Z T · ¯ (n) ¯2 ¯ (n−1) ¯2 (n−1) (n−2) ¯ ≤ C1 ¯ ds1 E sup ¯Xr − Xr E sup ¯Xr − Xr 0≤r≤T 0≤r≤s1 0 ··· ≤ C1 n−2 Z TZ 0 n−2 · sn−3 ··· 0 = C2 Z s1 E ¸ ¯ ¯ (2) (1) ¯2 ¯ dsn−2 dsn−3 · · · ds1 sup Xr − Xr 0≤r≤T 0 (C1 T ) (n − 2)! (4.9) (2) (1) が成り立つ. ただし , C2 := E[ sup0≤r≤T |Xr − Xr |2 ] < ∞ である. (4.9) に Chebyshev の不等式を用いると , µ½ ¾¶ ¯ ¯ 1 (4C1 T )n−2 ¯ (n) ¯ (n−1) P ω ∈ Ω ; sup ¯Xt (ω) − Xt (ω)¯ > n ≤ 16C2 2 (n − 2)! 0≤t≤T がいえ , 従って ∞ X µ½ P n=2 ¾¶ ¯ ¯ 1 ¯ (n) ¯ (n−1) ω ∈ Ω ; sup ¯Xt (ω) − Xt (ω)¯ > n <∞ 2 0≤t≤T であるから Borel-Cantelli の補題により, Ã∞ ∞ ½ ¾! ¯ ¯ \ [ 1 ¯ (k) ¯ (k−1) =0 P ω ∈ Ω ; sup ¯Xt (ω) − Xt (ω)¯ > k 2 0≤t≤T n=2 k=n となる. よって C(RN ) ( RN 上の連続関数全体の空間) のノルム sup0≤t≤T | · | に関する完備 (n) 性から極限 Xt (ω) が存在する. また上で見たことから Xt (ω) は確率 1 で [ 0, T ] 上一様収 束することが分かる. ゆえに Fatou の補題と (4.7) より, · ¸ · ¯¸ ¯ ¯ (n) ¯2 2 E sup |Xt | ≤ lim inf E sup ¯Xt ¯ < ∞ . 0≤t≤T n→∞ 0≤t≤T すなわち, (4.5) がいえた. 次に , m < n とすると (4.9) より, n ¯2 ¸ ¯ X (C1 T )i−2 ¯ (m) (n) ¯ C2 E sup ¯Xt − Xt ¯ ≤ (i − 2)! 0≤t≤T i=m+1 · であるが , Fatou の補題により n ¯2 ¸ ¯ X (C1 T )i−2 ¯ ¯ (m) C2 E sup ¯Xt − Xt ¯ ≤ lim inf n→∞ (i − 2)! 0≤t≤T i=m+1 · (4.10) 4. 確率微分方程式 49 が成り立つから · m ∞ ¯ ¯2 ¸ X X (C1 T )i−2 (C1 T )i−2 ¯ (m) ¯ lim sup E sup ¯Xt − Xt ¯ ≤ − lim sup C2 =0 C2 (i − 2)! (i − 2)! m→∞ m→∞ 0≤t≤T i=2 i=2 (n) となる. よって E[sup0≤t≤T |Xt − Xt |2 ] → 0 , n → ∞ が示せた. さらに , Doob の不等式と Schwarz の不等式および (4.3) に注意して, Fubini の定理を用い れば , (4.8) と同様の計算により Z T (n) 2 E[ sup |GXt − GXt | ] ≤ C1 E[|Xs(n) − Xs |2 ]ds 0≤t≤T 0 (n) が示される. ここで (4.10) から E[sup0≤t≤T |Xt − Xt |2 ] ≤ C2 eC1 T < ∞ が分かるので , 有界 収束定理より · ¸ Z T (n) 2 lim E sup |GXt − GXt | ≤ C1 lim E[|Xs(n) − Xs |2 ] ds = 0 n→∞ 0≤t≤T 0 n→∞ となる. 以上から , · ¸ 2 E sup |Xt − GXt | 0≤t≤T ½ · · · ¯ ¯2 ¸ ¯ ¯2 ¸ ¯ ¯2 ¸¾ ¯ ¯ (n) ¯ ¯ (n) ¯ (n) ¯ (n) ≤ lim E sup ¯Xt − Xt ¯ + E sup ¯Xt − GXt ¯ + E sup ¯GXt − GXt ¯ n→∞ 0≤t≤T 0≤t≤T 0≤t≤T · · ¯ ¯2 ¸ ¯ ¯2 ¸ ¯ (n) ¯ (n) (n) ¯ (n+1) ¯ = lim E sup ¯Xt − GXt ¯ = lim E sup ¯Xt − Xt ¯ n→∞ n→∞ 0≤t≤T 0≤t≤T n−1 = lim C2 n→∞ (C1 T ) = 0. (n − 1)! 従って P (sup0≤t≤T |Xt − GXt | = 0) = 1 であるから [ 0, T ] 上一様に Xt = GXt a.s. である ことが分かる. すなわち {Xt } は区間 [ 0, T ] における (4.1) の解である. (Step3 ) に対し 最後に解の一意性を示す. X, X 0 が共に (4.1) の解であるとする. 任意の n ∈ N ( τn := inf {t ≤ T ; |Xt | ∨ |Xt0 | ≥ n} , { } 6= ∅ のとき T , { } = ∅ のとき とすると , 命題 2.1.17 により τn は停止時刻であり, (4.5) を用いれば lim P (τn < T ) = 0 が n→∞ いえる. (4.8) と同様に計算すると , · E ¯ ¯2 0 ¯ sup ¯Xr∧τn − Xr∧τ n 0≤r≤t ¸ ¯2 # ¯Z r∧τn ¯ ¯ {σ(s, Xs , ω) − σ(s, Xs0 , ω)} dBs ¯¯ ≤ 2E sup ¯¯ 0≤r≤t 0 " ¯2 # ¯Z r∧τn ¯ ¯ {b(s, Xs , ω) − b(s, Xs0 , ω)} ds¯¯ +2E sup ¯¯ 0≤r≤t 0 ¸ Z t · ¯ ¯2 0 ≤ C1 E sup ¯Xr∧τn − Xr∧τn ¯ ds " 0 0≤r≤s 4. 確率微分方程式 50 £ ¤ 0 を得る. よって, 補題 4.1.3 により, E sup0≤t≤T |Xt∧τn − Xt∧τ |2 = 0 が成り立つから , n · ¸ ¯ ¯ 0 P sup ¯Xt∧τn − Xt∧τn ¯ > 0 = 0 0≤t≤T となる. 従って Fatou の補題から ¸ · ¯ ¯ 0 0 ≥ lim inf P sup ¯Xt∧τn − Xt∧τn ¯ > 0 n→∞ 0≤t≤T · ¸ · ¸ ¯ ¯ 0 0 ¯ ¯ ≥ P lim inf sup Xt∧τn − Xt∧τn > 0 = P sup |Xt − Xt | > 0 n→∞ 0≤t≤T 0≤t≤T となり一意性が分かる. 4.2 ¥ 線形確率微分方程式 まず定数係数線形確率微分方程式について考察する. 命題 4.2.1 σ , a , b ∈ R を定数とする. 確率微分方程式 dXt = σ dBt + (aXt + b) dt , X0 = ξ の解は次で与えられる. µ Xt = e at Z t ξ+b Z −as e 0 t ds + σ ¶ −as e dBs 0 【証明】セミマルチンゲール {(Xt , t)} と関数 f (x, t) = e−at x に対して伊藤の公式を用いれば Z t Z t Z t ∂f ∂f ∂f −at 0 e Xt − e X0 = (s, Xs )σ dBs + (s, Xs )(aXs + b) ds + (s, Xs ) ds 0 ∂x 0 ∂x 0 ∂t Z t Z t Z t −as −as e σ dBs + e (aXs + b) ds − ae−as Xs ds = 0 0 0 Z t Z t e−as ds e−as dBs + b = σ 0 0 となる. ¥ これを一般化して次の Markov 型線形確率微分方程式を考える. Z t Z t Xt = ξ + σ(s) dBs + (A(s)Xs + b(s)) ds 0 (4.11) 0 ここで , 係数 σ(s) : [ 0, T ] 7→ RN ×m , A(s) : [ 0, T ] 7→ RN ×N , b(s) : [ 0, T ] 7→ RN は全て有 界とし , ξ : Ω 7→ RN は F0 -可測で E[|ξ|2 ] < ∞ なるものとする. このとき (4.11) は明らか に定理 4.1.2 の条件を満し , 一意解 X = {Xt }t≤T をもつ. ところで常微分方程式 dY (t) = A(t)Y (t) + b(t) , Y (0) = ξ dt (4.12) 4. 確率微分方程式 51 の解 Y (t) は同次形方程式 dΦ(t) = A(t)Φ(t) , Φ(0) = E dt (4.13) の基本解 Φ(t) を用いて µ ¶ Z t −1 Y (t) = Φ(t) ξ + Φ (s)b(s) ds (4.14) 0 と表されることは , 定数変化法として知られている. ここで E は単位行列である. これを踏まえると次の定理が従う. 定理 4.2.2 確率微分方程式 (4.11) の解は , (4.13) の解 Φ(t) を用いて µ ¶ Z t Z t −1 −1 Xt = Φ(t) ξ + Φ (s)b(s) ds + Φ (s)σ(s) dBs 0 (4.15) 0 と書ける. Rt 【証明】Z(t) := Φ(t) 0 Φ−1 (s)σ(s)dBs とおいて, セミマルチンゲール {(Y (t), Z(t))} と関数 f (y, z) = y + z に対して伊藤の公式を用いると Z t Z t Y (t) + Z(t) − ξ = 1 dY (s) + 1 dZ(s) 0 0 となるが , (4.12) (4.13) (4.14) より dY (s) = (A(s)Y (s) + b(s)) ds ½ ¾ Z s Z s dΦ(s) −1 ds Φ−1 (r)σ(r) dBr + Φ(s)Φ−1 (s)σ(s) dBs dZ(s) = d Φ(s) Φ (r)σ(r) dBr = ds 0 0 Z s = A(s)Φ(s) ds Φ−1 (r)σ(r) dBr + σ(s) dBs = A(s)Z(s) ds + σ(s) dBs 0 であるから Z Z t Y (t) + Z(t) = ξ + A(s)(Y (s) + Z(s)) ds + 0 Z t t b(s) ds + 0 が成り立ち, Xt = Y (t) + Z(t) が分かる. σ(s) dBs 0 ¥ 例 4.2.3 (Ornstein-Uhlenbeck の Brown 運動) N = m = 1 とし , A(s) = −α < 0, b(s) = 0, σ(s) = σ > 0 とするとき (4.11) から最も古い (1930) 確率微分方程式の例 dXt = −αXt dt + σ dBt が得られる. これは Langevin 方程式と呼ばれ , 摩擦のある粒子の Brown 運動のモデルであ る. (4.15) により, この方程式の解は Z t −αt Xt = X0 e +σ e−α(t−s) dBs 0 4. 確率微分方程式 52 と書ける. この {Xt } は Ornstein-Uhlenbeck の Brown 運動と呼ばれる. Xt の平均 m(t), 共分散 Cov(Xs , Xt ), 分散 V (t) = Cov(Xt , Xt ) は次のようになる. · ¸ Z t −αt −α(t−s) m(t) = E[Xt ] = E X0 e +σ e dBs = m(0)e−αt 0 Cov(Xs , Xt ) = E[ (Xs − m(s))(Xt − m(t)) ] ·µ ¶µ ¶¸ Z s Z t −α(t+s) αr αr = e E X0 − m(0) + σ e dBr X0 − m(0) + σ e dBr 0 0 µ ·Z s ¸¶ Z t −α(t+s) 2 αr αr = e V (0) + σ E e dBr e dBr 0 0 ¶ µ ¶ µ Z s∧t σ 2 2α(t∧s) −α(t+s) 2 2αr −α(t+s) (e − 1) = e V (0) + σ e dr = e V (0) + 2α 0 ¶ µ σ2 σ2 −2αt +e V (0) − V (t) = 2α 2α 特に初期確率変数 X0 が平均 0, 分散 σ 2 /2α の Gauss 型確率変数であれば , X の平均は 0, 共 分散は (σ 2 /2α)e−α|t−s| となる. このように共分散が時間差のみの関数であるとき, 定常であ るという. 従って上の {Xt } は定常な Gauss 過程と呼ばれる. 上の例の一般化が次の命題である. 命題 4.2.4 定理 4.2.2 で得た {Xt }t≥0 において, ξ が Gauss 型であれば {Xt } は Gauss 過 程となる. すなわち任意に有限個の時点 t1 , . . . , tn をとるとき, (X(t1 ), . . . , X(tn )) が N × n 次元 Gauss 型確率変数となる. 【証明】常微分方程式の一般論から (4.13) の解 Φ(s) ∈ RN ×N は正則で , 連続かつ B([ 0, T ])可測となるから , Φ−1 (s)σ(s) := α(s) ∈ RN ×n は [ 0, T ] 上で有界可測となる. 従って α(s) ∈ L2 (hBi) であるから補題 3.1.4 よりある単関数列 {α∆ (s)} ∈ L0 が存在して ·Z T ∆ |α(s) − α (s)|T = E ¸ 21 (α − α )(α − α ) ds → 0 , |∆| → 0 ∆ ∆ ∗ 0 とできる. ∆ : 0 = s0 < s1 · · · < sj = t , α∆ (s) := し , n 次元 Ft -Brown 運動 Bt に対して Z t ∆ Z (t) := ∆ α (s)dBs = 0 j−1 X Pj−1 k=0 ck I(sk ,sk+1 ] (s) ∈ L0 , ck ∈ RN ×n と ck (Bsk+1 ∧t − Bsk ∧t ) k=0 とおく. Z ∆ の特性関数 ϕ∆ (ζ) を考えれば , Brown 運動の定義から j−1 h √ ∗ ∆i Y h √ ∗ i ϕ∆ (ζ) = E e −1ζ Z = E e −1ζ ck (Bsk+1 ∧t −Bsk ∧t ) k=0 P ∗ (s ∧t−s − 21 ζ ∗ ( j−1 k ∧t)ck ck )ζ k=0 k+1 1 ∗ = e− 2 ζ ( Rt ∗ α∆ (s)α∆ (s) ds)ζ , ζ ∈ RN Rt となり定義 1.2.15 より Z ∆ (t) は N 次元 Gauss 型確率変数となる. 従って Z(t) := 0 α(s) dBs と定義すれば確率積分の定義により Z ∆ (t) → Z(t) , |∆| → 0 in L2 であるから定理 1.2.18 により Z(t) も N 次元 Gauss 型確率変数になる. = e 0 4. 確率微分方程式 53 この Z(t) と , 任意の b1 , . . . , bn ∈ RN および任意の分割 ∆ : 0 = t0 < t1 < · · · < tn = t に Pn 対して, j=1 b∗j (Z(tj ) − Z(tj−1 )) の特性関数 ϕ(ζ) を考えると , · √ R t ¸ n h √ Pn ∗ i Y −1 ζb∗j t j α(s) dBs −1 ζ j=1 bj (Z(tj )−Z(tj−1 )) j−1 ϕ(ζ) = E e = E e , ζ∈R j=1 となるが , 有界収束定理を用いて右辺を再び単関数 α∆ で近似すれば ( ÃZ ! ) n tj Y 1 ∗ ∗ ϕ(ζ) = lim exp − ζ bj α∆ (s)α∆ (s) ds bj ζ |∆|→0 2 tj−1 j=1 ( à ! ) Z tj n |ζ|2 X ∗ = exp − b α(s)α(s)∗ ds bj 2 j=1 j tj−1 Pn が成り立つ. 従って, j=1 b∗j (Z(tj ) − Z(tj−1 )) は Gauss 型確率変数であり, 系 1.2.17 により ©R t ª (Z(t1 ), . . . , Z(tn )) も Gauss 型であることが分かる. ゆえに {Z(t)} = 0 Φ−1 (s)σ(s) dBs は Gauss 過程である. Gauss 過程 {Z(t)} に対し {Φ(t)Z(t)} が再び Gauss 過程となることは , 上と同様に単関数 列で近似することにより示される. さらに ξ が Gauss 型であるから , (4.15) は Gauss 過程と なる. ¥ 次に 1 次元の場合に (4.11) を一般化した次の確率微分方程式を考える. Xt = ξ + m Z X i=1 Z t (fi (s)Xs + 0 gi (s)) dBsi t + (α(s)Xs + β(s)) ds (4.16) 0 (4.11) 同様 fi , gi , α, β は有界とし , E[|ξ|2 ] < ∞ とすれば (4.16) は一意解を持つ. 定理 4.2.5 (4.16) の解は ( Z t Xt = Ψt ξ+ 0 ) µ ¶ m m Z t X X i Ψ−1 Ψ−1 β(s) − fi (s)gi (s) ds + s s gi (s) dBs i=1 i=1 (4.17) 0 と表される. ここで ( Ψt = exp m Z X i=1 t 0 fi (s) dBsi + Z tµ 0 ¶ ) m 1X α(s) − fi (s)2 ds 2 i=1 (4.18) であり, この Ψt は次の同次方程式を満たすものである. dΨt = α(t)Ψt dt + m X fi (t)Ψt dBti , Ψ0 = 1 i=1 【証明】まず (4.18) が (4.19) の解であることを示す. Yt := m Z X i=1 t 0 fi (s) dBsi ¶ Z tµ m 1X 2 + α(s) − fi (s) ds 2 i=1 0 (4.19) 4. 確率微分方程式 54 とし , セミマルチンゲール {Yt } と関数 f (y) = ey に伊藤の公式を用いれば ¶ Z t Z t µ m m X 1X 2 Yt 0 Ys i Ys e −e = e fi (s) dBs + e fi (s) ds α(s) − 2 0 0 i=1 i=1 Z t m m X X 1 Ys i + fi (s) Bs , fj (s) Bsj i e dh 2 0 i=1 j=1 Z Z m t X t = eYs fi (s) dBsi + α(s)eYs ds i=1 0 0 eYt = Ψt とおいて微分形で書けば (4.19) を得る. 次に (4.17) の Xt が (4.16) を満たすことを示す. セミマルチンゲール {(Xt , Ψt )} と関数 f (x, y) = xy −1 に伊藤の公式を用いると Z t Z t m m X X −1 −1 i −2 Ψt Xt − X0 = Ψs (fi (s)Xs + gi (s)) dBs − Xs Ψs fi (s)Ψs dBsi Z 0 i=1 Z t 0 i=1 t Ψ−1 Xs Ψ−2 s (α(s)Xs + β(s)) ds − s α(s)Ψs ds 0 0 ¶Z t µ Z m m X X 1 t 1 1 −2 −3 Ψs (fi (s)Xs + gi (s))fi (s)Ψs ds + 2Xs Ψs fi (s)2 Ψs 2 ds + − 2 2 2 0 0 i=1 i=1 Z t Z Z m m t t X X = Ψ−1 gi (s) dBsi + Ψ−1 Ψ−1 fi (s)gi (s) ds s s β(s) ds − s + 0 i=1 0 0 i=1 となる. 両辺に Ψt をかけて (4.17) を得る. ¥ この {Xt } は幾何学的 Brown 運動と呼ばれ , 数理ファイナンスにおける Black-Scholes に よる株価変動過程のモデルとしても知られるものである. 4.3 個体数変動モデル 線形確率微分方程式の応用例として, 序章でも触れた生物の個体数の変動モデルを考察す る. すなわち時刻 t における個体数を N (t), 相対変動率を a(t) とし , 常微分方程式 dN (t) = a(t)N (t), N (0) = N0 dt を考えるわけであるが , 問題となるのは a(t) = r(t) + ”ノイズ ”となる場合であった. この問題の確率微分方程式による解釈を , dNt = rNt dt + αNt dBt (4.20) とする. ここに r, α は定数, {Bt } は 1 次元 Brown 運動である. E[|N0 |2 ] < ∞ を仮定すれば , (4.20) は明らかに定理 4.1.2 の条件を満たし , 一意解を持つ. 定理 4.2.5 によりこの方程式の解は ½Z t ¶ ¾ ½ µ ¶ ¾ Z tµ 1 2 1 2 Ψt = exp α dBs + r − α ds = exp αBt + r − α t 2 2 0 0 4. 確率微分方程式 55 を用いて次のように表される. ½ µ ¶ ¾ 1 2 Nt = Ψ(t)(N0 + 0 + 0) = N0 exp αBt + r − α t 2 (4.21) 以下, 解 {Nt } の性質を考察する. 命題 4.3.1 Bt が N0 と独立とすれば , 次が成り立つ. E[Nt ] = E[N0 ]ert 1 2 【証明】命題 2.2.3 より {eαBt − 2 α t } はマルチンゲールだから , (4.21) の両辺の平均をとれば 1 1 2 2 E[Nt ] = E[N0 ]ert E[eαBt − 2 α t ] = E[N0 ]ert E[eαB0 − 2 α ·0 ] = E[N0 ]ert が成り立つ. ¥ 上の命題により, {Nt } は平均を見ればランダムな項のない常微分方程式の解に等しいこと が分かる. 命題 4.3.2 {Nt } は次の性質を持つ. i) r > 21 α2 ならば a.s. に Nt → ∞, t → ∞ . ii) r < 12 α2 ならば a.s. に Nt → 0, t → ∞ . iii) r = 12 α2 ならば a.s. に Nt は振動し , lim sup Nt = ∞ かつ lim inf Nt = 0 . t→∞ t→∞ 【証明】(4.21) の両辺の対数をとれば µ ¶ 1 2 log Nt = log N0 + r − α t + αBt 2 (4.22) となる. 重複対数の法則 (定理 2.1.4) により, P (Ω0 ) = 1 なる Ω0 があって, 任意の ω ∈ Ω0 と任意の ε > 0 に対し , ある t0 (ω) がとれて t ≥ t0 (ω) のとき Bt −(1 + ε) ≤ p ≤1+ε 2t log(log t) が成り立つ. (4.22) から µ ¶ p 1 2 log N0 + r − α t − α(1 + ε) 2t log(log t) 2 µ ¶ p 1 2 ≤ log Nt ≤ log N0 + r − α t + α(1 + ε) 2t log(log t) 2 となる. ここで µ ¶ p 1 2 f1 (t) = r − α t − α(1 + ε) 2t log(log t) 2 µ ¶ p 1 2 f2 (t) = r − α t + α(1 + ε) 2t log(log t) 2 4. 確率微分方程式 56 とおくと次が成り立つ. µ ¶ log(log t) + log1 t 1 2 1 = r − α − α(1 + ε) p → r − α2 , t → ∞ 2 2 2t log(log t) 1 f20 (t) → r − α2 , t → ∞ 2 f10 (t) すなわち log N0 + f1 (t) ≤ log Nt ≤ log N0 + f2 (t) かつ lim f10 (t) = lim f20 (t) = r − 21 α2 であ るから , t → ∞ のとき i) t→∞ t→∞ r > 12 α2 ならば a.s. に f1 → ∞, f2 → ∞ . 従って lim log Nt = ∞ となるから t→∞ lim Nt = ∞ . t→∞ ii) r < 12 α2 ならば a.s. に f1 → −∞, f2 → −∞ . 従って lim log Nt = −∞ となるから t→∞ lim Nt = 0 . t→∞ iii) r = 21 α2 ならば log Nt = log N0 + αBt . 従って重複対数の法則 (定理 2.1.4) から主 張は明らか . ¥ 命題 4.3.2 で得られた結果を , コンピュータ・シミュレーションで確認してみる. 尚, 以下の Mathematica によるプログラミングは文献 [11, pp.230–232] を参考にした. 1. r > 21 α2 の場合 ( r = 0.5 , α = 0.8 ) 4. 確率微分方程式 2. r < 12 α2 の場合 ( r = 0.5 , α = 1.2 ) 3. r = 12 α2 の場合 ( r = 0.5 , α = 1 ) 57 第 5 章 線形フィルター あるシステム (以下系と呼ぶ) の時刻 t での状態 Xt および Xt の観測 Zt が , 共に確率微 分方程式に従っているとする. フィルターの問題とは「時刻 0 ≤ s ≤ t で観測 {Zs }0≤s≤t が bt はどのように与えら 得られたとき, この観測に基づくシステムの状態 Xt の最良の推定 X bt を確率微 れるだろうか」というものである. 両方程式が線形であると仮定した場合には , X 分方程式を用いて特徴づけることが可能である. 1961 年に Kalman と Bucy により発見され たそのアルゴ リズムは , フィルターの満たす線形確率微分方程式と , その係数を決定する誤 差行列の満たす Riccati 行列微分方程式の二つから成り立っている. 本章では , まずフィルターの問題を定式化した後, 1 次元の場合に線形フィルターのアルゴ リズムを五つの段階に分けて導く. さらに例として, 序章でも触れた生物の増殖モデルのノ イズのある観測に基づく確率過程の推定について考察する. 5.1 フィルターの問題 連続時間パラメータを持つフィルターの問題を考える. 対象となる系の時刻 t における状態 Xt ∈ Rn および連続的に行われる Xt の観測 Zt ∈ Rm は , 次の確率微分方程式に従うものと仮定する. dXt = b(t, Xt ) dt + σ(t, Xt ) dUt (5.1) dZt = c(t, Xt ) dt + γ(t, Xt ) dVt (5.2) ただし , b : Rn+1 7→ Rn , σ : Rn+1 7→ Rn×p , c : Rn+1 7→ Rm , γ : Rn+1 7→ Rm×r は条件 (4.3) (4.4) を満たすとする. また {Ut } は X0 と独立な p 次元 Brown 運動であり, {Vt } は {Ut }, X0 とは独立な r 次元 Brown 運動であるとする. bt を求めたい. 上の条件設定のもとで , 観測 {Zs }s≤t に基づく系の状態 Xt の最良の推定 X bt が 定義 5.1.1 Gt を {Zs (·) ; s ≤ t} の生成する σ-加法族, すなわち σ(Zs ; s ≤ t) とする. X bt (·) が Gt -可測となることをいう. 観測 {Zs }s≤t に基づく推定であるとは , X 以下 (Ω, F, P ) は (p + r) 次元 Brown 運動 {(Ut , Vt )} が定義された確率空間とし , (U0 , V0 ) = 0 とする. また, 次のように関数の族を定義する. L2 (P ) := { Y ; Ω 上の可測関数で E[|Y |2 ] < ∞} Z T n o 2 L [ 0, T ] := f ; [ 0, ∞) 上の可測関数で |f (t)|2 dt < ∞ 0 K = Kt = K(Z, t) := { Y : Ω 7→ Rn ; Y ∈ L2 (P ) かつ Y は Gt -可測 } 58 (5.3) 5. 線形フィルター 59 L2 (P ) の完備性については既に述べたが , L2 [ 0, T ] もノルム を持つことが示される. 詳細は文献 [8, pp.163–165] を参照. ¡R T 0 ¢1/2 | · |2 dt に関して完備性 bt が Xt の最良の推定であるとは 定義 5.1.2 X bt |2 ] = inf E[|Xt − Y |2 ] E[|Xt − X Y ∈K (5.4) が成り立つときをいう. bt の性質を調べる. まず 1.4 節で述べた条件付き平均値と Hilbert 空間における射影との X 関係に注意する. (5.1) の解 Xt は定理 4.1.2 により E[sup0≤t≤T |Xt |2 ] < ∞, ∀T を満たすか ら , Xt ∈ L2 (P ) である. 従って定理 1.4.4 および補題 1.4.6 から , Xt の K の上への正射影 PK (Xt ) が存在し , PK (Xt ) = E[Xt |Gt ] であることが分かる. また, 上の定義と定理 1.4.5 か bt = PK (Xt ) がいえるので , 併せて次の定理を得る. ら, X bt は Xt の Gt の下での条件付き平均値 E[Xt |Gt ] に等しい. すなわち 定理 5.1.3 X bt = PK (Xt ) = E[Xt |Gt ] . X 定理 5.1.3 により, フィルターの問題は確率論および Hilbert 空間の一般論の融合した問題と して捉えることができる. 5.2 1 次元線形フィルター 一般に線形フィルターの問題とは , 系と観測の方程式が次のような形をしている場合をいう. (線形な系) dXt = F (t)Xt dt + C(t) dUt , F (t) ∈ Rn×n , C(t) ∈ Rn×p (線形な観測) dZt = G(t)Xt dt + D(t) dVt , G(t) ∈ Rm×n , D(t) ∈ Rm×r (5.5) (5.6) 本論文では 1 次元の場合を考える. すなわち, F (t), C(t), G(t), D(t) ∈ R とし , {Ut }, {Vt } は互いに独立で , X0 とも独立な 1 次元 Brown 運動とする. 仮定 5.2.1 以下次を仮定する. i) F, G, C, D は全て確定的で , さらに任意の有界区間上有界である. ii) Z0 = 0. iii) X0 は Gauss 型確率変数で , {Ut }, {Vt } と独立である. iv) D(t) は有界区間上一様に正である. bt を確率微分方程式を用いて特徴づけることができる. これ 係数が線形の場合には , X を Kalman-Bucy フィルターという. 定理 5.2.2 ( 1 次元 Kalman-Bucy フィルター ) 1 次元線形フィルターの問題 (線形な系) dXt = F (t)Xt dt + C(t) dUt , F (t), C(t) ∈ R (線形な観測) dZt = G(t)Xt dt + D(t) dVt , G(t), D(t) ∈ R 5. 線形フィルター 60 が与えられたとする. bt = E[Xt |Gt ] は , 次の確率微分方程式を満たす. 仮定 5.2.1 のもとで , Xt の最良の推定 X ! à 2 G(t) S(t) bt = F (t) − bt dt + G(t)S(t) dZt , X b0 = E[X0 ] dX X (5.7) 2 D(t) D(t)2 bt )2 ] は次の Riccati 方程式の解である. ただし , 2 乗平均誤差 S(t) = E[(Xt − X d G(t)2 2 2 2 S(t) = 2F (t)S(t) − 2 S(t) + C(t) , S(0) = E[(X0 − E[X0 ]) ] dt D(t) (5.8) 以下 Kalman-Bucy フィルターのアルゴ リズム (定理 5.2.2 の証明) を順を追って説明する. 構成にはかなりの紙面を必要とする. 従って五つの Step に分けて話を進める. 最初に各 Step の要旨を述べておく. bt は Xt の最良の Z-可測推定といえる. Zs , sj ≤ t の線形結 (Step1 ) 定理 5.1.3 により X j 2 合によって生成される L (P ) の閉包 L(Z, t) への Xt の射影 PL(Z,t) (Xt ) を最良の Z-線形推 定とするとき, 両者は一致する. (Step2 ) {Zt } をもとに 2 乗可積分マルチンゲール {Nt } ( イノベーション過程と呼ぶ) を定 義する. このとき L(Z, t) = L(N, t) が成り立ち, 従って最良の Z-線形推定は , 最良の N -線 形推定と一致することが示される. (Step3 ) {Nt } と Brown 運動 {Rt } との関係を求める. (Step4 ) 定理 4.2.2 を用いて Xt の正確な表現を求める. bt の満たすべき確率微分方程式を求める. (Step5 ) Rt を利用して X (Step1 ) Z-可測推定と Z-線形推定 K を (5.3) のものとする. さらに L(Z, t) を次のように定義する. L = L(Z, t) := {c0 + c1 Zs1 (ω) + · · · + ck Zsk (ω) , sj ≤ t , cj ∈ R という形をした元のなす空間の L2 (P ) での閉包 } (5.9) 補題 5.2.3 X, Zs , を L2 (P ) に属する確率変数とする. 任意の n ∈ N と s1 , . . . , sn ≤ t に対 し (X, Zs1 , . . . , Zsn ) ∈ Rn+1 が Gauss 型確率変数ならば PL (X) = E[X|G] = PK (X) が成り立つ. e = X − X̌ とおく. X e が Gt と独立であることを示せば , 任意の 【証明】X̌ = PL (X) , X G ∈ Gt に対し e = E[IG (ω)]E[X e · 1] E[IG (ω)(X − X̌)] = E[IG (ω)X] e ∈ L(Z, t)⊥ , 1 ∈ L(Z, t) であるから E[X e · 1] = 0 が成り立つ. すなわ がいえる. ここで X R R ち G X dP = G X̌ dP となるが , X̌ ∈ L(Z, t) から X̌ が Gt -可測であることが分かるので , 条件付き確率の一意性により X̌ = E[X|Gt ] である. 従って定理 5.1.3 と併せて次を得る. b = PK (X) = E[X|Gt ] = X̌ = PL (X) X 5. 線形フィルター 61 e が Gt と独立であることを示す. 以下 X e Zs1 , . . . , Zsn ) は Gauss 型変数になる. (1) 任意の s1 , s2 , . . . , sn ≤ t に対し , (X, e + Pn ci Zs が Gauss 型になることを示せ 定理 1.2.16 により, c0 , . . . , cn ∈ R に対し , c0 X i i=1 ばよい. X̌ ∈ L(Z, t) だから X̌ は次のいずれかで表される. P i) X̌ = a0 + m j=1 aj Zkj , aj ∈ R, kj ≤ t X̌ は右辺の形の元からなる列の L2 (P )-極限. e + Pn ci Zs = c0 (X − X̌) + Pn ci Zs は X, {Zs }1≤i≤n , {Zk }1≤j≤m の一 i) の場合は c0 X i i i j i=1 i=1 次結合となるから Gauss 型である. さらに定理 1.2.18 より Gauss 型確率変数の L2 (P )-極限 は再び Gauss 型なので , ii) の場合も Gauss 型となる. ii) e と {Zs }1≤j≤n は相関を持たない. (2) X j e e s ] = 0 であり, 上で見たように E[X] e = E[X e · 1] = 0 である. X ∈ L(Z, t)⊥ だから E[XZ j 従って次式が成り立つことから分かる. h i h i e e e e E (X − E[X])(Zsj − E[Zsj ]) = E XZsj − XE[Zsj ] e s ] − E[Zs ]E[X] e =0 = E[XZ j j e は (1), (2) より定理 1.2.19 を用いれば , 任意の 0 < s1 < s2 < · · · < sn ≤ t に対し X {Zs1 , . . . , Zsn } と独立であることが分かる. ゆえに [ G0 := σ(Zs1 , . . . , Zsn ) 0<s1 <···<sn ≤t, n∈ N e は G0 と独立である. σ(X) e と σ(G0 ) が独立であることを見るには , Dynkin とすれば , σ(X) 系定理 1.1.2 を用いる. e D := {B ; P (B ∩ A) = P (B)P (A), ∀A ∈ σ(X)} e に対し , 以下 とすると , G0 ⊂ D であり, さらに D は Dynkin 系となる. なぜなら A ∈ σ(X) が成り立つからである. i) P (Ω ∩ A) = P (A) = P (Ω)P (A) から Ω ∈ D . ii) B1 , B2 ∈ D, B1 ⊂ B2 のとき P ((B2 \ B1 ) ∩ A) = P (B2 ∩ A) − P (B1 ∩ A) = P (B2 )P (A) − P (B1 )P (A) = P (B2 \ B1 )P (A) より B2 \ B1 ∈ D . iii) Bn ∈ D, n = 1, 2, . . . かつ Bn % B のとき, 測度の下からの連続性により P (B ∩ A) = lim P (Bn ∩ A) = lim P (Bn )P (A) = P (B)P (A) n→∞ であるから B ∈ D . n→∞ 5. 線形フィルター 62 G0 は intersection について閉じているから , Dynkin 系定理により σ(G0 ) ⊂ D となる. 従っ e は σ(G0 ) = Gt と独立である. て σ(X) ¥ 補題 5.2.3 をフィルターの問題に適用するには , 以下の結果が必要である. 補題 5.2.4 Xt を (5.5) の解とするとき, ! à Xt ∈ R2 で定義される確率過程 {Mt } は Gauss 過程である. Mt := Zt 【証明】Mt は次の 2 次元 Markov 型確率微分方程式の解である. à ! X0 dMt = H(t)Mt dt + K(t)dBt , M0 = 0 ただし , 2 次元 Brown 運動 {Bt } および係数 H(t), K(t) は次のように定める. ! à ! à ! à C(t) 0 Ut F (t) 0 , K(t) = Bt = , H(t) = 0 D(t) Vt 0 G(t) 仮定 5.2.1 より M0 は Gauss 型確率変数であるから , 命題 4.2.4 により {Mt } は Gauss 過程 になる. ¥ 補題 5.2.4, 定理 1.2.16 により (Xt , Zs1 , . . . , Zsn ) は Gauss 型となるから , 補題 5.2.3 より bt = PK (Xt ) = E[Xt |Gt ] = PL (Xt ) X (5.10) を得る. すなわち Xt の最良の Z-可測推定と , 最良の Z-線形推定は一致することが示された. (Step2 ) イノベーション過程 この Step では , {Zt } を次で定義されるイノベーション過程 {Nt } と置き換えること , すな わち L(Z, t) = L(N, t) (補題 5.2.7 ) を示すことを目標とする. 尚, {Nt } を {Zt } のイノベー ションと呼ぶ所以については後に述べる. 定義 5.2.5 (イノベーション過程) Z Z t Nt := Zt − t PL(Z,s) (G(s)Xs ) ds = Zt − 0 bs ds G(s)X (5.11) 0 で表される確率過程 {Nt } を {Zt } のイノベーション過程という. 補題 5.2.6 {Nt } は 2 乗可積分 Gt -マルチンゲールである. 【証明】Zt の定義より ·Z t E[Zt |Gt ] = E 0 となる. ·Z t ¯ ¸ ¯ ¸ ¯ ¯ D(s) dVs ¯Gt G(s)Xs ds¯Gt + E 0 (5.12) 5. 線形フィルター 63 はじめに次の (1), (2) が成り立つことを示す. (1) E[Zt |Gt ] = Zt ·Z t Z t ¯ ¸ Z t ¯ bs ds (2) E G(s)Xs ds¯Gt = G(s)E [Xs |Gt ] ds = G(s)X 0 0 0 (1) {Zs }s∈[ 0,t ] は Gt -可測であるから , 定理 1.4.3 により明らか . (2) まず G(s)E [Xs |Gt ] が B([ 0, t ]) × Gt -可測であることを示す. G(s) は B([ 0, t ])-可測で ω によらないから E[Xs |Gt ] の可測性を示せばよい. i) ii) 条件付き平均値の定義により E[Xs |Gt ] は t を固定すると Gt -可測である. Xs (ω) は a.s. に連続だから , sn → s のとき Xsn → Xs a.s. また, 定理 4.1.2 により |Xsn | ≤ supn |Xsn | ∈ L1 (P ) であるから , Lebesgue の収束定理 1.4.3 により E[Xsn |Gt ] → E[Xs |Gt ] a.s. 従って E[Xs |Gt ] は t を固定すれば s について連続となる. i), ii) より補題 2.1.10 を用いて, E[Xs |Gt ] が B([ 0, t ]) × Gt -可測であることがいえる. さて, G(s) は [ 0, t ] 上有界だからある K ≥ 0 があって, 任意の B ∈ Gt に対し ¯ ¤¤ £ ¤ £ ¤ £ £ E |G(s)E[Xs |Gt ]| ; B ≤ K · E |E[Xs |Gt ]| ≤ K · E E |Xs |¯Gt · ¸ = K · E[|Xs |] ≤ K · E sup |Xs | < ∞ s≤t が成り立つ. 従って Z · t ¸ E [ |G(s)E[Xs |Gt ]| ; B ] ds ≤ tK · E sup |Xs | < ∞ s≤t 0 がいえるので , 系 1.2.9 により積分の順序交換が可能となるから , ·Z t ¸ Z µZ t ¶ E G(s)E [Xs |Gt ] ds ; B = G(s)E [Xs |Gt ] ds dP 0 B 0 ¶ µZ ¶ Z t µZ Z t = G(s)E [Xs |Gt ] dP ds = G(s) E [Xs |Gt ] dP ds 0 B 0 B µZ ¶ ¶ ·Z t ¸ Z t Z µZ t = G(s) Xs dP ds = G(s)Xs ds dP = E G(s)Xs ds ; B 0 B B 0 0 となり, (2) が示せた. (1),(2) および (5.12) を用いて Z t Nt = Z t − 0 ·Z t bs ds = E G(s)X ¯ ¸ ¯ D(s) dVs ¯Gt 0 を得る. ここで , Hs,t := σ((Uu , Vu ) ; s ≤ u ≤ t) , Vt,T := σ(Vβ − Vα ; t ≤ α ≤ β ≤ T ) (5.13) 5. 線形フィルター 64 とする. 明らかに Gt ⊂ H0,t であり, H0,t と Vt,T は Brown 運動の定義から独立である. また RT D(s)dVs は Vt,T -可測であるから Gt と独立となる. 従ってマルチンゲール性を用いて t ·Z T E ·Z ¯ ¸ ¯ D(s) dVs ¯Gt = E t ¸ T D(s) dVs = 0 t がいえるから , ·Z T Nt = E ¯ ¸ ¯ D(s) dVs ¯Gt 0 RT となる. MT := 0 D(s) dVs は D(s) が [ 0, T ] 上有界であることから , 2 乗可積分である. 例 2.2.2 で見たとおり, Nt = E[MT |Gt ] とおけば {Nt } は Gt -マルチンゲールとなる. さらに ¯ ¤¤ £ £ E[|Nt |2 ] ≤ E E |MT |2 ¯Gt = E[|MT |2 ] < ∞ から 2 乗可積分であることも分かる. ¥ 補題 5.2.7 L(N, t) = L(Z, t) である. この主張を証明するために , さらに補題を三つ用意する. 補題 5.2.8 任意の f ∈ L2 [ 0, T ] に対しある A1 , A2 > 0 があって, 次の評価式が成り立つ. "µZ ¶2 # Z T Z T T 2 f (t) dZt A1 f (t) dt ≤ E ≤ A2 f (t)2 dt 0 0 0 【証明】f ∈ L2 [ 0, T ] とすると次の等式が成り立つ. "µZ "µZ ¶2 # Z T T f (t)G(t)Xt dt + f (t) dZt = E E 0 "µZ 0 f (t)D(t) dVt 0 T = E ¶2 # T "µZ ¶2 # +E f (t)G(t)Xt dt 0 ¶2 # T f (t)D(t) dVt 0 ·µZ ¶ µZ T f (t)D(t) dVt f (t)G(t)Xt dt +2E ¶¸ T 0 0 := I1 + I2 + I3 Schwarz の不等式より Z T I1 ≤ ·Z T 2 |f (t)| dt · E 0 ¸ 2 |G(t)Xt | dt 0 である. G(t) が [ 0, T ] 上有界であることと , Fubini の定理および定理 4.1.2 を用いれば , あ る K ≥ 0 があって ·Z T ¸ ·Z T ¸ 2 2 2 E |G(t)Xt | dt ≤ K E |Xt | dt 0 0 · ¸ Z T 2 2 2 2 = K E[|Xt | ] dt ≤ K T E sup |Xt | < ∞ 0 0≤t≤T 5. 線形フィルター 65 となる. 従ってある A02 ≥ 0 があって Z I1 ≤ A02 T |f (t)|2 dt 0 が成り立つ. また, 補題 3.1.8 を使い, D(t) が [ 0, T ] 上有界であることに注意すれば , ある A002 ≥ 0 があって I2 ·Z T ¸ ·Z T ¸ 2 2 = E h f (t)D(t) dVt i = E f (t) D(t) dt 0 0 Z T Z T 2 2 00 = f (t) D(t) dt ≤ A2 f (t)2 dt . 0 0 さらに {Xt } と {Vt } は独立であるから , 確率積分のマルチンゲール性を用いれば ·Z ¸ T I3 = E ·Z f (t)G(t)Xt dt E f (t)D(t) dVt = 0 0 0 となり, A2 = A02 + A002 とおいて "µZ ¶2 # T f (t) dZt E Z f (t) dZt E f (t)2 dt 0 ¶2 # T T ≤ A2 0 を得る. 一方, "µZ ¸ T "µZ f (t)D(t) dVt ≥ E 0 ¶2 # T 0 Z Z T = 2 2 T 2 f (t) D(t) dt ≥ inf D(t) 0≤t≤T 0 f (t)2 dt 0 であるが , 仮定 5.2.1 より [ 0, T ] 上で 0 < inf D(t)2 < ∞ だから , ある A1 > 0 があって 0≤t≤T Z T A1 "µZ ¶2 # T 2 f (t) dZt f (t) dt ≤ E 0 0 となる. 従って上と併せて補題を得る. ¥ 次に , L(Z, T ) に属する関数が , Zt による積分で表現されることを示す. n o RT 2 補題 5.2.9 N (Z, T ) := c0 + 0 f (t) dZt ; f ∈ L [ 0, T ], c0 ∈ R と定義する. このとき L(Z, T ) = N (Z, T ) である. 【証明】次の三条件が満たされることを示す. i) N (Z, T ) ⊂ L(Z, T ) ii) N (Z, T ) は任意の線形結合 c0 + iii) N (Z, T ) は L2 (P ) の閉部分集合である. Pk i=1 ci Zti , 0 ≤ ti ≤ T を含む. 5. 線形フィルター 66 このとき ii), iii) より L(Z, T ) ⊂ N (Z, T ) が分かり, i) と併せて L(Z, T ) = N (Z, T ) を得る. i) f ∈ L2 [ 0, T ] のとき, f はある単関数列 {fn }n∈N の極限として表すことができる. すな Pkn わち, その単関数を fn (t) = i=0 ci I(tni ,tni+1 ] (t) とするとき fn (t) → f (t) in L2 [ 0, T ] となる. 従って補題 5.2.8 により " ¯Z " ¯Z ¯2 # ¯2 # Z T ¯ T ¯ ¯ T ¯ E ¯¯ f (t) dZt − fn (t) dZt ¯¯ = E ¯¯ (f (t) − fn (t)) dZt ¯¯ 0 0 0 Z T ≤ A2 |f (t) − fn (t)|2 dt → 0, n → ∞ 0 が成り立つ. L2 (P) - lim で 2 次平均収束を表すことにすると , 上から Z T kn X 2 f (t) dZt = L (P) - lim n→∞ 0 ci (Ztni+1 − Ztni ) ∈ L(Z, T ) i=0 がいえるので N (Z, T ) ⊂ L(Z, T ) が分かる. ii) 0 = t0 ≤ t1 < · · · < tk = T とする. ∆Zj := Ztj+1 − Ztj とおくと , c0j を適当に選べば k X k−1 X c i Zt i = i=1 j=0 Z T = 0 c0j ∆Zj à k−1 X = k−1 Z X j=0 tj+1 tj c0j dZt ! c0j I(tj ,tj+1 ] (t) dZt ∈ N (Z, T ) . j=0 従って ii) が成り立つ. RT iii) 0 fn (t) dZt → M in L2 (P) とする. L2 (P ) の完備性により M ∈ L2 (P ) であり, また ©R T ª fn (t) dZt は L2 (P ) の Cauchy 列となる. 従って補題 5.2.8 により, m, n → ∞ のとき 0 " ¯Z ¯2 # Z T T ¯ ¯ A1 |fm (t) − fn (t)|2 dt ≤ E ¯¯ (fm (t) − fn (t)) dZt ¯¯ 0 0 " ¯Z ¯2 # Z T ¯ T ¯ = E ¯¯ fm (t) dZt − fn (t) dZt ¯¯ → 0 0 0 ¡R T ¢1/2 が成り立つから , {fn } は L2 [ 0, T ] のノルム 0 | · |2 dt に関する Cauchy 列になってい RT 2 2 る. L [ 0, T ] も完備性を持つから , ある f (t) ∈ L [ 0, T ] で lim 0 |fn − f |2 dt = 0 となるも のが存在する. 再び補題 5.2.8 により, n → ∞ のとき " ¯Z ¯2 # Z Z T ¯ ¯ T ¯ ¯ fn (t) dZt − f (t) dZt ¯ ≤ A2 E ¯ 0 0 n→∞ T |fn (t) − f (t)|2 dt → 0 0 RT RT RT が成り立つので 0 fn (t) dZt → 0 f (t) dZt in L2 (P) が分かる. 従って M = 0 f (t) dZt a.s. より M ∈ N (Z, T ) となるから iii) がいえる. ¥ 5. 線形フィルター 67 補題 5.2.10 次の条件を満たす (r, s)-可測 (B(R) × B(R)-可測) な関数 g(r, s) が存在する. i) ii) iii) g(r, s) は Volterra 型, すなわち s > r のとき g(r, s) = 0 である. R TR T |g(r, s)|2 dr ds < ∞ . 0 0 R br = c0 (r) + r g(r, s) dZs . G(r)X 0 尚, i), ii) を満たす g(r, s) を Volterra 核といい, Volterra 核を含む積分方程式 Z t f (s) = h(s) + g(r, s)f (r) dr , h(s) ∈ L2 [ 0, t ] s を Volterra 型積分方程式という. br = PL(Z,r) (G(r)Xr ) ∈ L(Z, r) だから補題 5.2.9 により, ある g(s) ∈ L2 [ 0, r ], 【証明】G(r)X c0 (r) ∈ R があって Z r br = c0 (r) + G(r)X g(s) dZs 0 と表現される. また, この g(s) に対して ( g(r, s) := g(s) (s ≤ r) 0 (r < s) と定義すれば g(r, ·) ∈ L2 [ 0, T ] で g(r, s) は Volterra 型となる. 次に g(r, s) が 2 変数 (r, s) に関して可測であることを示す. R R br = c0 (r)+ u g(r, s) dZs であり, u ∈ [ 0, r) のときは r g(r, s) dZs u ∈ [ r, T ] のときは G(r)X 0 u と Vu が独立であることに注意すれば , 任意の u ∈ [ 0, T ] に対し ·µ ¶ ¸ ·µ ¶ ¸ Z r Z u b E[G(r)Xr Vu ] = E c0 (r) + g(r, s) dZs Vu = E c0 (r) + g(r, s) dZs Vu 0 0 ·Z u ¸ ·Z u ¸ = E[c0 (r)Vu ] + E g(r, s)G(s)Xs ds · Vu + E g(r, s)D(s) dVs · Vu 0 0 となるが , 第一項は 0 であり, また Xs と Vu は独立ゆえ第二項も 0 である. よって定理 3.2.2 を用いれば次が成り立つ. ·Z u ¸ Z u br Vu ] = E E[G(r)X g(r, s)D(s) dVs dVs 0 0 ·Z u ¸ Z u = E h g(r, s)D(s) dVs , dVs i 0 0 ·Z u ¸ Z u = E g(r, s)D(s) ds = g(r, s)D(s) ds (5.14) 0 0 br については (r, ω)-可測 (B(R) × F-可測) な関数 X̄r で , a.s. に X br = X̄r となる さて, X br は (r, ω)-可測とし ものが存在することが示される (詳細は文献 [9, p80] を参照) . 従って X てよい. また Brown 運動の定義から , Vu は (u, ω)-可測で u について連続である. 5. 線形フィルター 68 br (ω)Vu (ω) を考える. u を固定すると (r, ω) 7→ X br (ω)Vu (ω) は (r, ω)関数 ((r, ω), u) 7→ X br (ω)Vu (ω) は連続である. 従って定理 1.2.3 により 可測であり, (r, ω) を固定すると u 7→ X br (ω)Vu (ω) は (r, u, ω)-可測である. さらに Fubini の定理を用いれば E[X b V ] は (r, u)-可 X Ru r u 測であることが分かる. 従って (5.14) の左辺は (r, u)-可測であるから , 0 g(r, s)D(s)ds も (r, u)-可測となる. Z 1 1 s+ n D(s)ḡ(r, s) := lim sup g(r, u)D(u) du n→∞ n s ÃZ 1 ! Z s s+ n 1 = lim sup g(r, u)D(u) du − g(r, u)D(u) du n→∞ n 0 0 とおくと上で見たことより右辺は (r, s)-可測となるから D(s)ḡ(r, s) も (r, s)-可測. また, Rs D(s)ḡ(r, s) は r を固定したとき s の関数 0 g(r, u)D(u) du の Radon-Nikodym 導関数になっ ているから , D(s)ḡ(r, s) = D(s)g(r, s) a.s. がいえる. 両辺を s-可測関数 D(s) > 0 で割れば ḡ(r, s) = g(r, s) a.s. となり, g(r, s) が (r, s)可測な変形 ḡ(r, s) を持つことが分かる. 従って g(r, s) は (r, s)-可測としてよい. 以上により, 補題の i), iii) が示せた. 次に ii) を示すために次の不等式を用意する. Z r 2 2 b E[|G(r)Xr | ] ≥ inf D(s) g(r, s)2 ds (5.15) 0≤s≤T 0 証明は以下の通りである. £R r ¤ E 0 g(r, s)D(s) dVs = 0 と , Xs と Vs が独立であることに注意すれば , · ¸ Z r b E G(r)Xr g(r, s)D(s) dVs 0 ·µ ¶Z r ¸ Z r Z r = E c0 (r) + g(r, s)G(s)Xs ds + g(r, s)D(s) dVs g(r, s)D(s) dVs 0 0 0 ·Z r ¸ Z r =E h g(r, s)D(s) dVs i = g(r, s)2 D(s)2 ds 0 0 が成り立つ. 一方, 左辺に Schwarz の不等式を用いれば , · Z ¸ r br E G(r)X g(r, s)D(s) dVs "µZ ¶2 # 21 i 21 h r b r |2 E g(r, s)D(s) dVs ≤ E |G(r)X 0 0 ¶ 21 i 12 µZ r h 2 2 b r |2 = E |G(r)X g(r, s) D(s) ds 0 もいえる. 辺々 ¡R r 0 ¢1 g(r, s)2 D(s)2 ds 2 で割って ¶ 21 h i 21 µZ r 2 2 2 br | E |G(r)X ≥ g(r, s) D(s) ds 0 となるから Z r h i Z r 2 2 2 2 b E |G(r)Xr | ≥ g(r, s) D(s) ds ≥ inf D(s) g(r, s)2 ds 0 0≤s≤T 0 5. 線形フィルター 69 より (5.15) を得る. さて, (5.15) を用いれば Z TZ T Z TZ 2 r |g(r, s)|2 ds dr 0 0 µ ¶−1 Z T h Z T i 2 2 b br |2 ] dr ≤ inf D(s) E |G(r)Xr | dr ≤ ∃C E[|X 0≤s≤T 0 0 ¸ · Z T ≤ C E[|Xr |2 ] dr ≤ CT · E sup |Xr |2 < ∞ |g(r, s)| ds dr = 0 0 r≤T 0 が分かる. 従って ii) が示せた. ¥ 【補題 5.2.7 の証明】 i) まず L(N, t) ⊂ L(Z, t) であることを示す. L(N, t) の元は c0 + n X ck Ntk (5.16) k=1 の形, あるいはその L2 (P )-極限で与えられる. c0 + n X ck Ntk = c0 + k=1 n X ck Ztk − k=1 n X Z tk ck bs ds G(s)X (5.17) 0 k=1 bs = PL(Z,s) (G(s)Xs ) ∈ L(Z, s) ⊂ L(Z, t) であることから であるが , G(s)X Z tk bs ds = L2 (P) - lim G(s)X |∆|→0 0 X bs (si+1 − si ) ∈ L(Z, t) G(si )X i i がいえるので , (5.16) の形の関数は L(Z, t) の元となる. (5.16) の形の関数列の L2 (P )-極限は (5.17) の形の関数列の L2 (P )-極限となるが , L(Z, t) が閉であることからやはり L(Z, t) の元となる. 以上から L(N, t) ⊂ L(Z, t) であることが分かった. ii) 次に L(N, t) ⊃ L(Z, t) であることを示す. 補題 5.2.10 を用いれば , 任意の f ∈ L2 [ 0, T ] に対し次の等式が成り立つ. Z t Z t Z t br dr f (s) dNs = f (s) dZs − f (r)G(r)X 0 µZ r ¶ Z0 t Z0 t Z t = f (s) dZs − f (r) g(r, s) dZs dr − f (r)c0 (r) dr 0 0 0 0 ここで第二項の積分の順序を入れ替えることを考える. まず次のように変形しておく. µZ r ¶ ¶ Z t Z t µZ t f (r) g(r, s) dZs dr = f (r)g(r, s) dZs dr 0 0 0 0 ¶ ¶ Z t µZ t Z t µZ t = f (r)g(r, s)G(s)Xs ds dr + f (r)g(r, s)D(s) dVs dr 0 0 0 0 5. 線形フィルター 70 (1) 第一項の積分の順序交換について G(s) は [ 0, t ] 上有界であり, また Xs (ω) は ω を固定すると s について連続だから , やはり [ 0, t ] 上有界である. よってある K1 := K1 (ω) ≥ 0 があって |G(s)Xs | ≤ K1 となる. Schwarz の不等式から ¯ ¯ Z t ¯Z t Z t ¯Z t ¯ ¯ ¯ ¯ ¯ f (r)g(r, s)G(s)Xs dr¯ ds ≤ K1 ¯ f (r)g(r, s) dr¯ ds ¯ ¯ ¯ ¯ 0 0 0 0 Z t µZ t ≤ K1 0 |f (r)|2 dr ¶ 21 µZ 0 t |g(r, s)|2 dr ¶ 12 ds 0 を得るが , f ∈ L2 [ 0, T ] および補題 5.2.10 から , 左辺は有限となる. 従って系 1.2.9 により Fubini の定理が使えて, 積分の入れ替えが可能となる. (2) 第二項の積分の順序交換について D(s) ≤ ∃K2 と Schwarz の不等式を用いれば上と同様にして "Z ¯Z # ¯2 ·Z t µZ t ¶ µZ t ¶ ¸ t¯ t ¯ 2 2 2 ¯ ¯ E |f (r)| dr |g(r, s)| dr ds < ∞ ¯ f (r)g(r, s)D(s)dr¯ dhV is ≤ K2 E 0 0 0 0 0 を得る. 従って, 確率積分と Lebesgue-Stieltjes 積分の順序交換に関する補題 5.2.12 (後述) に より, 積分の順序交換が可能となる. 以上により次が成り立つ. ¶ Z t Z tµ Z t Z t f (r)c0 (r) dr (5.18) f (r)g(r, s) dr dZs − f (s) dNs = f (s) − 0 0 0 0 Volterra 型積分方程式の一般論から , 任意の h ∈ L2 [ 0, t ] に対し Volterra 型積分方程式 Z t f (s) = h(s) + g(r, s)f (r) dr s 2 は一意解 f (s) ∈ L [ 0, t ] を持つことが示される (詳細については文献 [5, pp.46–51] を参照). 特に , h(s) = I[ 0,ti ] (s), 0 ≤ ti ≤ t とし , 対応する fi をとれば Z t Z t g(r, s)fi (r) dr I[ 0,ti ] (s) = fi (s) − g(r, s)fi (r) dr = fi (s) − s 0 となるから , (5.18) に代入して Z t Z t Z t fi (s) dNs = I[ 0,ti ] (s) dZs − fi (r)c0 (r) dr 0 0 を得る. 従って Zti は Z Zt i = 0 Z t t fi (r)c0 (r) dr + 0 fi (s) dNs 0 と表されるが , 分割 ∆ : 0 = s0 < · · · < sn = t をとり, fi ∈ L2 [ 0, t ] に注意すれば ¯ ¯Z t Z t ¯ ¯ ¯ fi (r)c0 (r) dr¯ < sup |c0 (r)| |fi (r)| dr < ∞ ¯ ¯ Z 0 t 0 r≤t fi (s) dNs = L2 (P) - lim |∆|→0 0 n X j=0 fi (sj )(Nsj+1 − Nsj ) ∈ L(N, t) 5. 線形フィルター 71 が成り立つので Zti ∈ L(N, t) がいえ , 従って L(Z, t) ⊂ L(N, t) が分かる. i), ii) より L(Z, t) = L(N, t) が示せた. ¥ 注意 5.2.11 文献 [9, p.84] によれば , {Nt } が {Zt } のイノベーション過程であることの定義 は , 『 {Nt } が σ(Zs ; s ≤ t) = σ(Ns ; s ≤ t) を満たす Gauss 過程であること』 であるが , 本 論文では補題 5.2.7 をもって {Nt } を {Zt } のイノベーションと呼ぶことにする. 補題 5.2.12 ([ 0, T ] × Ω) × R1 3 ((s, ω), a) 7→ ϕ(s, a, ω) と M ∈ M2,c および t ∈ [ 0, T ] に ©R t ª Rt 対し , 0 ϕ(s, a, ω) dMs ∈ M2,c が定義されているとする. また, (a, ω) 7→ 0 ϕ(s, a, ω) dMs は B(R1 ) × Ft -可測であるとする. このとき # "Z ¯Z ¯2 t¯ ¯ ¯ ¯ E ¯ 1 ϕ(s, a, ·) da¯ dhM is < ∞ 0 R であるならば Z t ½Z ¾ R1 0 ½Z Z ϕ(s, a, ω) da dMs = R1 ¾ t ϕ(s, a, ω) dMs da 0 が成り立つ. 証明は文献 [3, pp.116–119] を参照. (Step3 ) イノベーション過程と Brown 運動 D(t) は有界区間上一様に正であると仮定したので , 確率過程 {Rt (ω)} を次の式で定義可 能である. Z t 1 Rt (ω) = dNs (ω) (5.19) 0 D(s) 補題 5.2.13 {Rt } は 1 次元 Gt -Brown 運動である. 1 【証明】 D(s) は [ 0, t ] 上有界なので , {Rt } は 2 乗可積分マルチンゲールとなる. また, Nt を 微分形で表せば , bt dt = G(t)(Xt − X bt ) dt + D(t) dVt dNt = dZt − G(t)X (5.20) となるから Z t hRt i = h 0 1 dNs i = D(s) Z t 0 1 dhN is = D(s)2 Z t 0 1 2 2 D(s) ds = t D(s) 従って Lévy の定理 3.3.6 により, {Rt } は 1 次元 Gt -Brown 運動である. (5.21) ¥ 明らかに L(R, t) = L(N, t) だから L(R, t) = L(N, t) = L(Z, t) となる. 従って bt = PL(R,t) (Xt ) X bt は Rt を用いて表現できることが分かる. が成り立つ. さらに次の補題により X (5.22) 5. 線形フィルター 72 bt は次のように表現できる. 尚, 補題 5.2.14 X Z t bt = E[Xt ] + X 0 ∂ ∂s は Radon-Nikodym の導関数を表す. ∂ E[Xt Rs ] dRs ∂s (5.23) 【証明】Rt を G = 0, D = 1, V = R に対応する Zt と見て補題 5.2.9 を用いれば , g ∈ L2 [ 0, t ], c0 (t) ∈ R がとれて, 次のように表現できる. Z t bt = c0 (t) + X g(s) dRs (5.24) 0 bt ] = c0 (t) が成り立つが , E[X bt ] = E [E[Xt |Gt ]] = E[Xt ] であるか (5.24) の平均をとれば E[X ら c0 (t) = E[Xt ] が分かる. また, 任意の f ∈ L2 [ 0, t ] に対して Z t b (Xt − Xt )⊥ f (s) dRs ∈ L(R, t) 0 となるから , 系 2.3.9 と定理 3.2.2 により · Z t ¸ · Z t ¸ b E Xt f (s) dRs = E Xt f (s) dRs 0 0 ¸ · ¸ ·Z t Z t Z t f (s) dRs + E c0 (t) f (s) dRs g(s) dRs = E 0 0 0 ·Z t ¸ Z t Z t = E h g(s) dRs , f (s) dRs i = g(s)f (s) ds 0 0 0 が分かる. 特に f (s) = I[ 0,r ] (s), r ≤ t とすれば · Z t ¸ Z E[Xt Rr ] = E Xt I[ 0,r ] (s) dRs = 0 r g(s) ds 0 が成り立つから , g(·) は E[Xt R . ] の Radon-Nikodym の導関数となる. 従って g(r) = ∂ E[Xt Rr ] ∂r となり, 補題を得る. ¥ (Step4 ) Xt の正確な表現 確率微分方程式 dXt = F (t)Xt dt + C(t)dUt の解は定理 4.2.2 により µ ¶ Z t R Rt s F (s) ds − F (u) du Xt = e 0 X0 + e 0 C(s) dUs 0 Z t R Rt t F (s) ds = e0 X0 + e s F (u) du C(s) dUs (5.25) 0 である. 特に両辺の平均をとれば Rt E[Xt ] = E[X0 ]e 0 F (s) ds (5.26) 5. 線形フィルター 73 が成り立つ. さらに (5.25) は t ≥ r のとき ¶ R µ R Z r R Z t R r r t t F (u) du F (u) du F (u) du 0 s r Xt = e X0 + e C(s) dUs e + e s F (u) du C(s) dUs 0 r と変形できるから , より一般に Rt Xt = e r Z F (s) ds t R t Xr + e s F (u) du C(s) dUs (5.27) r が成り立つことも分かる. bt の満たす確率微分方程式 (Step5 ) X bt の満たす確率微分方程式を求める. 補題 5.2.14 で得た関係式 四つのステップを併せて X ∂ は , f (s, t) := ∂s E[Xt Rs ] とおけば次のようになる. Z t b Xt = E[Xt ] + f (s, t) dRs (5.28) 0 この f (s, t) について考察する. 補題 5.2.15 er := Xr − X br , S(r) := E[|X er |2 ] とおけば f (s, t) は次のように表現される. X G(s) R t F (u) du S(s) es D(s) f (s, t) = この S(r) を 2 乗平均誤差と呼ぶ. 【証明】(5.19) , (5.20) により dRt = G(t) bt ) dt + dVt (Xt − X D(t) となり, R0 = 0 であるから Z s Rs = 0 が成り立つ. 従って ·Z s E[Xt Rs ] = E 0 G(r) e Xr dr + Vs D(r) ¸ G(r) e Xt Xr dr + E [Xt Vs ] D(r) となる. ここで G(r), D(r) は [ 0, t ] 上有界だから , ある K ≥ 0 があって ¯¸ ·¯ ¯ G(r) ¯ | supr≤t G(r)| er ¯ er |] ≤ E ¯¯ Xt X E[|Xt X ¯ D(r) | inf r≤t D(r)| · ¸ 2 2 2 e ≤ K · E[|Xt | + |Xr | ] ≤ K · E sup 2|Xs | < ∞ s≤t がいえるので , 系 1.2.9 より積分の順序交換が可能となる. また {Xt } と {Vs } は独立だから E[Xt Vs ] = 0 である. 従って Z s G(r) er ] dr E[Xt Rs ] = E[Xt X 0 D(r) 5. 線形フィルター 74 が成り立つ. (5.27) を代入して ·Z t R ¸ h Rt i t F (s) ds F (u) du e e e r s E[Xt Xr ] = E e Xr Xr + E e C(s) dUs · Xr er と となるが , Brown 運動の定義により X er ⊥X br に注意して 二項は 0 となる. X Rt er ] = e E[Xt X r F (s) ds Z 0 Z s 0 exp{ s r F (u) du} C(s) dUs は独立であるから , 第 Rt s E[Xt Rs ] = ∂ f (s, t) = ∂s r Rt er + X br )X er ] = e E[(X を得る. 従って と変形されるから Rt r F (s) ds e r |2 ] E[|X G(r) R t F (s) ds er S(r) dr D(r) G(r) R t F (s) ds G(s) R t F (u) du er S(r) dr = es S(s) D(r) D(s) が成り立つ. (5.29) ¥ 補題 5.2.16 S(t) は次の常微分方程式を満たす. d G(t)2 2 2 S(t) = 2F (t)S(t) − 2 S(t) + C(t) dt D(t) この方程式を , Riccati 方程式と呼ぶ. bt ] = E[(X et + X bt )X bt ] = E[|X bt |2 ] であるから 【証明】E[Xt X bt )2 ] = E[|Xt |2 ] − E[|X b t |2 ] S(t) = E[(Xt − X (5.30) となる. さらに , (5.28) より "µ ¶2 # Z t 2 bt | ] = E E[|X E[Xt ] + f (s, t) dRs 0 ·Z 2 ¸ t f (s, t) dRs = E[Xt ] + 2E[Xt ]E 0 Z t 2 = E[Xt ] + f (s, t)2 ds ·Z t ¸ + E h f (s, t) dRs i 0 0 となるから , 次が成り立つ. µ ¶ Z t 2 2 S(t) = E[|Xt | ] − E[Xt ] + f (s, t) ds 2 0 E[|Xt |2 ] := T (t) とおく. (5.25) と補題 3.1.8 , および X0 と {Us } の独立性から "µ ¶2 # Z t R Rt t T (t) = E e 0 F (s) ds X0 + e s F (u) du C(s) dUs ·³ F (s) ds ´2 ¸ 0 · Z t R ¸ t F (u) du = E e0 X0 +E h es C(s)dUs i 0 ¸ h Rt i ·Z t R t F (s) ds F (u) du +2E e 0 X0 E es C(s) dUs 0 Z t R R t 2 2 0t F (s) ds = e E[X0 ] + e 2 s F (u) du C(s)2 ds + 0 Rt 0 (5.31) 5. 線形フィルター 75 となり, T (t) は明らかに微分可能である. 一般に , d dt Z Z t t f (t, s) ds = 0 0 ∂ f (t, s) ds + f (t, t) ∂t が成り立つことに注意すれば Rt d T (t) = 2F (t)e2 0 F (s) ds E[X0 2 ] + C(t)2 + dt Z t 2F (t)e2 Rt s F (u) du C(s)2 ds 0 が分かる. すなわち d T (t) = 2F (t)T (t) + C(t)2 dt (5.32) である. また (5.26) と (5.31) から S(t) も微分可能となるから , (5.31) の両辺を微分して, µ ¶ Z t R d dS 2 2 2 0t F (s) ds T (t) − E[X0 ] e − f (s, t) ds (t) = dt dt 0 µ ¶ Z t d ∂ 2 2 = T (t) − 2F (t)E[Xt ] − f (t, t) + 2f (s, t) f (s, t) ds dt ∂t 0 を得る. (5.32) , (5.29) より d T (t) = 2F (t)T (t) + C(t)2 , f (t, t)2 = dt µ ¶2 G(t) ∂ S(t) , f (s, t) = F (t)f (s, t) D(t) ∂t であるから (5.31) より ½ ¾ Z t dS G(t)2 2 2 2 2 (t) = 2F (t) T (t) − f (s, t) ds − E[Xt ] + C(t) − 2 S(t) dt D(t) 0 2 G(t) 2 2 = 2F (t)S(t) − 2 S(t) + C(t) D(t) が成り立つ. ¥ bt の満たす確率微分方程式を求める. 以上を踏まえて X (5.28) から Z t bt = c0 (t) + X f (s, t) dRs , c0 (t) = E[Xt ] (5.33) 0 であるが , (5.26) より E[Xt ] が微分可能であることに注意すれば次の補題が得られる. 補題 5.2.17 次の関係式が成り立つ. µZ bt = c0 (t) dt + f (t, t) dRt + dX 0 t 0 ¶ ∂ f (s, t) dRs dt ∂t (5.34) 5. 線形フィルター 76 【証明】(5.28) で定義した f (s, t) は s ≤ t のときのみ意味を持つから , あらためて ( ∂ ∂ E[Xt Rs ] (s ≤ t) ∂s f (s, t) = E[Xt Rs ] = ∂s 0 (s > t) (5.35) と定義しても差し支えない. このとき f (·, t) ∈ L2 [ 0, T ] となる. また, 任意に u ∈ [ 0, T ] を とれば , 任意の t ∈ [ 0, u ] に対して ¶ ¶ Z u µZ t Z u µZ u ∂ ∂ f (s, t) dRs dt = f (s, t) dRs dt (5.36) 0 0 ∂t 0 0 ∂t が成り立つ. ここで右辺の積分の順序交換が可能であることを示す. 補題 5.2.12 により "Z ¯Z # ¯2 u¯ u ¯ ∂ ¯ f (s, t) dt¯¯ dhRis < ∞ E ¯ 0 0 ∂t (5.37) を示せばよい. (5.29) より ¯Z ¯ ¯ ¯ u 0 ¯2 ¯2 ¯Z u Rt ¯ ¯ ¯ ∂ G(s)S(s) F (u) du dt¯¯ f (s, t) dt¯¯ = ¯¯ es F (t) ∂t D(s) 0 となるが , F (t), G(t), D(t) は [ 0, u ] 上有界で inf t D(t) > 0 だから , ある K ≥ 0 があって ¯Z ¯ ¯ ¯ u 0 ¯2 ¯Z u ¯2 Rt ¯ ¯ ¯ ∂ 2¯ F (u) du ¯ s f (s, t) dt¯ ≤ K ¯ dt¯¯ S(s)e ∂t Z 0u Z u¯ R ¯ ¯ st F (u) du ¯2 2 2 ≤ K |S(s)| dt ¯ dt ¯e 0 0 ¯ Rt ¯ ¯ s F (u) du ¯2 が成り立つ. ここで ¯e ¯ < ∞ は明らかであり, さらに (5.30) より · ¸2 ¯ £ h i¯2 ¤ £ ¤ ¯ 2 2 ¯ 2 2 2 b |S(s)| = ¯E |Xs | − E |Xs | ¯ ≤ 4E |Xs | ≤ 4E sup |Xs | <∞ 2 s≤t であるから (5.37) がいえた. 従って (5.33) , (5.35) に注意すれば ¶ ¶ ¶ Z u µZ u Z u µZ u Z u µZ u ∂ ∂ ∂ f (s, t) dRs dt = f (s, t) dt dRs = f (s, t) dt dRs 0 0 ∂t 0 0 ∂t 0 s ∂t Z u Z u b = (f (s, u) − f (s, s)) dRs = Xu − c0 (u) − f (s, s) dRs 0 0 が成り立つから , (5.36) から Z Z u bu = c0 (u) + X u µZ t f (s, s) dRs + 0 となり, これを微分形で表せば補題を得る. 0 0 ¶ ∂ f (s, t) dRs dt ∂t ¥ 5. 線形フィルター 77 最後のまとめに入る. 補題 5.2.15 および (5.26) より G(t)S(t) ∂ , f (s, t) = F (t)f (s, t) D(t) ∂t ´ Rt d d ³ c00 (t) = E[Xt ] = E[X0 ]e 0 F (s) ds = F (t)c0 (t) dt dt f (t, t) = であるから (5.33) に注意すれば (5.34) は次のように書ける. G(t)S(t) bt − c0 (t)) dt dRt + F (t)(X D(t) bt dt + G(t)S(t) dRt = F (t)X D(t) bt = F (t)c0 (t) dt + dX dRt = 1 dNt D(t) = 1 ( dZt D(t) (5.38) bt dt ) を (5.38) に代入すれば − G(t)X ³ ´ bt = F (t)X bt dt + G(t)S(t) dZt − G(t)X bt dt dX D(t)2 à ! G(t)2 S(t) b G(t)S(t) = F (t) − Xt dt + dZt 2 D(t) D(t)2 となり (5.7) を得る. 以上五つの Step をまとめると , 1 次元 Kalman-Bucy フィルター (定理 5.2.2 ) が従う. 次に , 序章で触れた「生物の個体数変動の, ”ノイズ ”を含む観測に基づく最良の推定」と いう問題の一つのモデルを与え , この結果を応用して考察する. 5. 線形フィルター 5.3 78 定数係数過程への応用 まず , 係数が定数の場合を一般的に論ずる. 例 5.3.1 次のような線形フィルターの問題を考える. (系過程) dXt = F Xt dt + C dUt , F, C は定数 (観測過程) dZt = GXt dt + D dVt , G 6= 0, D > 0 は定数 付随する Riccati 方程式は a を定数として d G2 S(t) = 2F S(t) − 2 S(t)2 + C 2 , S(0) = E[(X0 − E[X0 ])2 ] := a2 dt D である. この方程式の解は , 次のロジスティック曲線によって与えられる. n o 2 1 )G t α1 − Kα2 exp (α2 −α D2 o n S(t) = 2 1 )G t 1 − K exp (α2 −α D2 (5.39) √ √ ただし , α1 = G−2 (F D2 − D F 2 D2 + G2 C 2 ) , α2 = G−2 (F D2 + D F 2 D2 + G2 C 2 ) , K = (a2 − α1 )/(a2 − α2 ) である. H(t) := F − G2 S(t) D2 bt の満たすべき方程式は次で与えられる. とおけば , 定理 5.2.2 により X bt = H(t)X bt dt + G S(t) dZt , X b0 = E[X0 ] dX (5.40) D2 n R o t bt )} に伊藤の公式を用いて 関数 f (t, x) = exp − 0 H(u) du x とセミマルチンゲール {(t, X e − Rt 0 H(u) du Z t³ bt − X b0 = X Rs − −H(s)e Z 0 H(u) du Z ´ t bs ds + X e− Rs 0 H(u) du bs dX 0 0 t = e− Rs 0 H(u) du · 0 G S(s) dZs D2 を得るから , 求める解は次のようになる. Rt bt = X b0 e X 0 H(u) du G + 2 D Z t R t e s H(u) du S(s) dZs (5.41) 0 (5.39) で t を十分大きくとれば , S(t) ' α2 がいえるから (5.41) は ½µ ¶ ¾ ½µ ¶ ¾ Z G2 α2 Gα2 t G2 α2 b b Xt ' X0 exp F− t + 2 exp F− (t − s) dZs D2 D D2 0 と近似できる. さらに F − G2 α2 D2 := −β とおいて次を得る. µ bt ' e X −βt G2 α2 b X0 + D2 Z t ¶ βs e dZs 0 (5.42) 5. 線形フィルター 79 例 5.3.2 ( 個体数変動のノイズのある観測 ) 生物の個体数変動の簡単なモデルを考え , そ のノイズを含む観測を基に個体数の最良の推定を求めてみる. (系過程) dXt = rXt dt , E[X0 ] = b > 0, E[(X0 − b)2 ] = a2 , r は定数 (観測過程) dZt = Xt dt + m dVt , m > 0 は定数 上の例に当てはめれば , まず (5.39) より −2rm2 Ke2rt a2 S(t) = , K= 2 1 − Ke2rt a − 2rm2 bt の満たすべき次の方程式を得る. を得, さらに (5.40) より X µ ¶ S(t) bt = bt dt + S(t) dZt dX r− 2 X m m2 ½µ ¶ ¾ S(t) b X0 S(t) rt S(t) b0 = b = r − 2 Xt + e dVt , X dt + m m2 m (5.43) (5.44) (5.43) を解けば (5.41) より bt = be X Rt 0 (r− S(u) ) du m2 1 + 2 m Z t Rt e S(u) s (r− m2 ) du S(s) dZs 0 となる. さらに t が十分大きいとき S(t) ' 2rm2 , β = r であるから (5.42) から近似的には µ ¶ µ ¶ Z t Z t Z t −rt rs −rt 2rs rs b Xt ' e b + 2r e dZs = e b + 2rX0 e ds + 2rm e dVs 0 0 0 となることが分かる. bt } が系過程 {Xt } の変化をどのように推定しているか , コンピュー 例 5.3.2 で得られた {X タ・シミュレーションで確認してみる. 尚, 以下の Mathematica によるプログラミングは文献 [11, pp.230–232] を参考にした. 5. 線形フィルター b0 = X0 の場合 (初期値の推定が実際の数値と一致した場合) 1. X b0 = 2. X 6 X0 の場合 (初期値の推定が実際の数値と一致しなかった場合) 80 参考文献 [1] R.Durrett, Probability: Theory and Examples, Wadsworth & Brooks/Cole Advanced Books & Software Pacific Grove, California, 1991 [2] I.Karatzas and S.E.Shreve, Brownian Motion and Stochastic Calculus, second edition, Springer-Verlag, New York, 1991 (邦訳) 渡辺 壽夫, ブラウン運動と確率積分, シュプ リンガー・フェアラーク東京, 2001 [3] N.Ikeda and S.Watanabe, Stochastic Differential Eqations and Diffusion Processess, North-Holland Publishing Company, 1981 [4] B.Øksendal, Stochastic Differential Equations, An Introduction with Applications, Fifth Edition, Springer-Verlag, Berlin Heidelberg New York, 1998 (邦訳) 谷口 説男, 確率微分方程式 入門から応用まで , シュプリンガー・フェアラー ク東京, 1999 [5] F.Smithies, (邦訳) 三島 信彦, [6] 舟木 直久, [7] 伊藤 清, 確率微分方程式, 岩波書店, 確率論, [8] 伊藤 清三, [9] 國田 寛, 自然科学者のための積分方程式論, 講談社, 1997 岩波書店, 1976 ルベーグ積分入門, 裳華房, 1963 確率過程の推定, 産業図書, 1978 [10] 黒田 成俊, 関数解析, [11] 小林 道正, Mathematica 確率 −基礎から確率微分方程式まで−, [12] 長井 英生, 確率微分方程式, [13] 西尾 真喜子, [14] 渡辺 信三, 1971 確率論, 共立出版, 1980 共立出版, 1999 実教出版, 1978 確率微分方程式, 産業図書, 1975 81 朝倉書店, 2000
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